のど

のど



水面に太陽がべったりと粘りつく
生臭い川の向こう岸から
錆びたトタン屋根が庇を出している
こんなどぶ川にも緋鯉が住みついて
赤い躯をゆらゆらさせている
川べりの電信柱に頭をつけて吐いている男がいる
吐瀉物が口から筋をひく
澱みにポリエチレン容器がたくさん集まっている
向こう岸にも川に向かって吐いている男がいる
緋鯉は吐瀉物を食っている
もうひとり橋の上から吐いている
そしてもうひとり向こう岸の家の中で洗面器に吐いている
緋鯉は皮膚病にかかってはいるが
みんな肥っている
夕陽は吐く人を染めている
もうひとり唾の塊を吐いている
そしてもうひとりうずくまってアスファルトにこぼしている
街の漏斗の底には緋鯉が棲息する
電信柱や橋や錆びたトタン屋根やおびただしい同形のポリエチレン容器が灰色に褪色しても
ぬるぬるした緋鯉は吐瀉物を食いながら
いっそう赤い
患部をまだらにひらひらさせて
街をえぐるどぶ川を緋鯉は泳ぐ
夕焼けの空と灰色の建物そしてどぶ川の流れに赤い斑点
これが夕暮れの街の構図である
男は川べりの電信柱に頭をつけて吐く
向こう岸でも流れに向かって吐いている
もうひとり橋の上から吐く
そしてもうひとり向こう岸の家の窓の中で洗面器に吐いている
吐瀉物が口から筋をひく
緋鯉は異物ではない
この赤い斑点は吐いているどの男の夢にも現われる
吐いて吐いて吐き尽くしたあと
決まって水のなかに患部をひきずって動いている
水面から突き出す傘の骨やポリエチレン容器
避妊具や壊れたおもちゃ
ガーゼや腐った果実が泥にまみれている
緋鯉は皮膚病にかかってはいるが
みんな肥っている
吐瀉物を食べて肥るのだ
緋鯉は異物ではない
この構図ののどの吐き気を催す部位である
そこに指先が触れると嘔吐者の口に吐瀉物が還流する
可逆性を示している
もうひとり粘液の塊を吐いている
そしてもうひとりアスファルトにうずくまっている
のどの底に緋鯉がいる
魚影がぽつぽつと赤い
ねばねばした吐瀉物がいちめんに流れる
のどは見渡す限り灰色でありそこここに嘔吐者が見られる
川べりに電信柱に頭をつけて吐いている男がいる
向こう岸にも川に向かって吐いている男がいる
もうひとり橋の上から吐いている
そしてもうひとり向こう岸の家の窓の中で洗面器に吐いている
どぶ川をゆっくり動いていく傘の骨
ポリエチレン容器や避妊具や壊れたおもちゃ
ガーゼや腐った果実
緋鯉の卵巣には
びっしりと真っ赤な卵が育っている


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