ちゃぶ台(1996.10.8)

ちゃぶ台(1996.10.8)


路地の奥の
百日紅の木のある家から
西へ曲がって
破れ塀がある貸家
それは元病院の診察室で
受付の窓が廊下に開いていた
目が覚めると
看護婦さんの尖った帽子の残像が
よくドアを通りすぎていった
物や本は十分だった
冷蔵庫に肉も魚も詰まっていた
ただ
ちゃぶ台がなかった
ズボンプレッサーも
掃除機もラジカセもあったけれど
ちゃぶ台だけがなかった
ちゃぶ台が欲しかった
ちゃぶ台でお茶漬けを食べたかった
折り畳み式のちゃぶ台が
望みだった

遠くおばさんがたき火をしている
煙が路地一帯に立ちこめている
神田川と赤い手ぬぐい
向こうからきたのはちゃぶ台じゃなかった
女だった
鰹の叩きを食べたのは
みかん箱だった
ちゃぶ台じゃなかった

清水鱗造 週刊詩 目次前頁(秋葉原(1996.10.15))次頁(草々(1996.10.1))

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