シュヴァンクマイエル版「不思議の国のアリス」として評価も高くわたしも大好きな『アリス』(1987)を生み出した監督、実は『アリス』完成の16年前に「鏡の国のアリス」をモチーフにした作品があるのです。それは、「鏡の国」でアリスが手にする鏡文字で書かれたノンセンス詩「ジャバウォッキー」の世界。13分強の映像ですが、『アリス』で小さくなったときのアリスを演じたお人形も登場するなど、アリス・ファンには要注目の作品です。
この作品は、『「ジャバウォッキー」その他の短編』のラストに収録されています。とりあえず、収録順に紹介していきたいと思います。
■シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック*Posledni trik pana Schwarzewaldea
a pana Edgara
ふたりのマジシャン、シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏が交互に世にも珍妙な手品を披露しながら、最後にはケンカになって
しまい身体もバラバラに…。
ヤン・シュヴァンクマイエルのデビュー作。映像といいユーモアといい、一作目からシュヴァンクマイエルの魅力が満載です。
全編に流れる音楽は古いレコードを聞いているようで、どこかノスタルジック。針飛びのようなループするメロディも効果的。
■J.S.バッハ-G線上の幻想*J.S.Bach: Fantasia g moll
朽ち果てた建物の中、パイプオルガンに向かう男。ジャーンと始まったバッハの演奏に合わせて、ひび割れた壁や錆びた鉄枠が次々
と映し出されていく。
脚本ナシの即興で撮影された作品。廃墟好きには堪らない映像です。
■家での静かな一週間*Tichy tyden v dome
一軒の家を双眼鏡で確認し、男はその家の中へ。部屋のドアに穴を開け、物たちが音もなく動いている様を覗く。
カレンダーの日付を消し、目覚ましをセットして就寝。目覚ましが鳴ると起きては、また別の部屋のドアに穴を開け覗く。
男はこれを繰り返し、7日目には六つの穴を開けた部屋のドアにダイナマイトを突っ込み、走り去っていく…。
男の繰り返しの行動が、不条理の中の日常性を生んでいておもしろいです。二日目の主役はベロくん。
■庭園*Zahrada
20年ぶりに会った友人ヨゼフの家に招かれた男フランチシェク。彼がその家で見たものは、ズラリと手をつなぎ庭を囲んでいる人垣
(人間による生け垣)だった! 人垣たちは自発的に立っているという。気がつけばフランチシェクも人垣の一員に加わっていた。
シュール!!! ヨゼフがフランチシェクに耳打ちする秘密、知りたいような知りたくないような…。
■オトラントの城*Otrantsky zamek
イタリアを舞台とするホラス・ウォルポールのゴシック小説『オトラント城綺譚』は、実は東ボヘミアに実在する城をモデルに書か
れたと主張するヤロスラフ・ヴォザープ博士と、博士を取材するリポーターのミロシュ・フリーバ。その仮説を現地で解説するとい
うTV番組の趣向で、物語をアニメーションで再現しながら実写を交えていく。
博士がなかなかチャーミング。検閲でカットされたというラストも収録されています。
■ジャバウォッキー*Jabberwocky (Zvahlav aneb saticky Slameneho
Huberta)
「ジャバウォッキー」の詩を朗読する少女の声。やがて子ども部屋のおもちゃたちが自由自在に動き出す。
積み木に描かれた迷路を這う一本の線が出口を見つけたとき、子ども部屋の遊戯も終焉を迎える。
と同時に、主役と思われる子供用のセーラー服がかかっていたハンガーには大人の黒いスーツが。
セーラー服はタンスの隅でクシャクシャに。
冒頭でも触れましたが、「ジャバウォッキー」とはルイス・キャロル『鏡の国のアリス』に登場する鏡文字で書かれたノンセンス詩。それを少女が朗読しているわけです。ではその少女がアリス?
映像には、少女の影が。そして、人形たちのちぎれた頭や腕をスルッと食べる3人の人形のイチバン小さい子は、『アリス』で小さくなったときのアリス役のお人形と同じ顔。やはりこの子ども部屋はアリスの部屋なの? それとも…クエイ兄弟が『ヤン・シュヴァンクマイヤーの部屋』(1984)で描いたシュヴァンクマイエルの頭の中のように、この部屋はキャロルの頭の中なのでしょうか?
音楽と、積み木を崩す黒猫の存在が印象的。おもちゃや人形たちが動き回る姿が明るく楽しい一方、人形がグツグツと煮込まれていたり、ナイフで背中を割られ血が溢れたりとブラックな一面も。
詩を朗読する少女の声は、なんと、監督のお嬢さん。チェコ語で聞く「ジャバウォッキー」も魅力的です。
『「ジャバウォッキー」その他の短編』のDVDは映像特典として、「タッチ&イマジネーション ー触覚と想像力ー」の劇場予告編、全作品のバイオ&フィルモグラフィ、『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』と『J.S.バッハ-G線上の幻想』のメイキング・スチールが観れます。ビデオ紹介では今作品と同時発売の『「ドン・ファン」その他の短編』、およびイジー・トルンカの『手』『電子頭脳おばあさん』の一部映像が観れたりとかなりお買い得。
表題作でもありビデオ・パッケージのデザインにもなっている『ジャバウォッキー』。発売・販売会社の回し者じゃないけれど、この機会に是非。シュヴァンクマイエルの映像に触れていない人はとっても損をしていますぞ。
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