あの手の調理法の元祖は「麩の焼き」という 食べ物だそーです。聞いたことありますか?。 小麦粉を溶いたものを最中の皮のように薄く焼き、それに味噌をぬった もので、創始はあの千利休!(笑)。茶菓子だったり、仏事用 だったりの流れを経て、この食べ物は、江戸時代の色々な文献にも残って、 結構食べられていたようです。
でね、その皮に餡子をつめたのが「銀つば」それが江戸に移って「金つば」
となったり、その皮を簡単な文字や動物形に焼いて楽しむ「文字焼」
というものにもなった。北斎が描いてんですよ、文字焼き屋。ふむふむ。
その文字焼が明治になって、駄菓子さんの店先で子供たちが自由に
焼いて食べるという(この話しは皆さんもご存知かと(笑))、こちら
は「もんじゃ」のルーツ。
そこからお好み焼きに発展する大事件、それは関東大震災でした。 みんな食べ物に困ったわけですよ、で、簡単な補食として、もんじゃ の材料配合をもっとリッチにし、「どんどん焼き」「お好み焼き」と 変形していく…。なんと事始めは花柳界のお座敷でであったらしい(笑)。 つまり、お好み焼きよりもんじゃが古いんですよー。ちとびっくり。
でもね、関西では、もんじゃではなく、一銭洋食がルーツで関西が
初めだっていうよね、どっちが元なんだろか。
一銭洋食ともんじゃの関係、ご存知の方いらっしゃいますか〜?
とあるHPによると、一銭洋食のルーツがもんじゃと書いてありましたが。
そもそも、関東では一銭洋食なんて知ってる人、あまりいないかも。
興味ないですか?
(付録:『一銭洋食実食記』へ)
(関連HP:伝説のもんじゃ王国「月島」のHPへ<GO!>・
なぞの「一銭洋食」のHPへ<GO!>)
TOP | MEMU | MAP | TICKET |