で、入院中に読んだフィクションで、最も楽しめたのは、これ。
フランスで執筆活動したアルゼンチン人作家コルタサル (1914-84) の、 1年余り前に翻訳が出た晩年の短編集です。 冒頭の「猫の視線」 “Orientacion de los Gatos” など、 ささやかな、しかし決定的な違いになるで あろう変化を、多義的にほのめかすように幻想的に描くのが、とても巧いとつくづく思います。 コルタサルの短編小説が好きな点は、そういう所です。 晩年の作品だけあって、1970年代のラテンアメリカ軍政の抑圧を題材にした作品も2編 (「ふたつの切り抜き」 “Recortes de Prensa” と 「グラフィティ」 “Graffiti”) あります。 コルタサルの幻想というのは、非日常的な物語世界にあるのではなく、 日常のちょっとした変化や気付きから広がっていくもの。 それが、抑圧と隣り合わせの日常生活を描くのに、よく合っています。 また、J. S. Bach の曲 Musikalisches Opfer, BWV 1079 『音楽のささげもの』の 各パートを登場人物として楽章を話の展開とした 「クローン」 “Clone” のパズル的な構成など、 『石蹴り遊び』 (Rayuela, 1963) の作者らしいと思いつつ、楽しみました。
ラテンアメリカ文学というと、ボルヘス (Jorge Luis Borges) や ガルシア=マルケス (Gabriel García-Márquez) が有名ですが、 自分が最も好きな作家はコルタサルです。 初めて読んだのは高校時代、短編集の 『遊戯の終わり』 (国書刊行会, ISBN4-336-02659-9, 1977/1990; Final del Juego, 1956)。 それ以来のファンで、翻訳はそれなりにフォローし続けています。 『石蹴り遊び』のような長編 (断片を集めたような特殊なスタイルですが) も面白いと思いますが、 やはり、短編の方がささやかな変化や気付きの描きが鮮やかで好きです。 晩年の軍政の抑圧などを扱った作品も好きですが、 『遊戯の終わり』収録の「殺虫剤」 “Los Venenos” や表題作「遊戯の終わり」 に感じる変化の中にある切なさが好きです。
今回の入院の際は、この新刊 (といっても一年余り前ですが) の他、 長編の方がいいかなと『石蹴り遊び』の文庫版を持って行ったのですが、 『愛しのグレンダ』を読んだ後、やっぱり短編集にすればよかったと、 ちょっと後悔しました。
(以上、談話室への発言として書かれたものの抜粋です。)