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談話室 / Conversation Room

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[4033] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 2 18:22:04 2022

先週末の土曜は昼過ぎに渋谷宮益坂上へ。シアター・イメージフォーラムで封切られたこの映画をさっそく観てきました。

Бабий Яр. Контекст [Babi Yar. Context]
2021 / Atoms & Void (NL) for Babyn Yar Holocaust Memorial Center (UA) / documentary / B+W, colour / 4:3 / 121 min.
Режисер [Director / Режиссёр]: Сергій Лозниця [Sergei Loznitsa / Сергей Лозница]

現在のロシアのウクライナ侵攻の先駆け、ドンバス戦争で 親ロシア勢力によって実効支配された地域の不条理をグロテスクに描いた Донбас [Donbass / Донбасс] (2018) も強烈な印象を残した [鑑賞メモ] Лозница が、ロシアのウクライナ侵攻の直前に監督した映画です。 Донбас は劇映画でしたが、 こちらは Лозница の本来の作風とも言われる記録映像に基づくドキュメンタリー映画です。

タイトルにある Бабий Яр [Babi Yar] は、第二次世界大戦の独ソ戦 (大祖国戦争) 初期、 ナチス・ドイツ軍のキーウ占領直後、1941年9月29, 30日に犠牲者数33,771人に上るユダヤ人虐殺があったキエフ郊外の地名です。 この虐殺事件が一つの大きな要素ではあるのですが、ここで何が起きたのかを深掘りするというより、 独ソ戦や戦後の軍事裁判などを記録映像を時系列的に追っていくことにより、 この虐殺事件が起きた文脈 (context) を示していくような映画でした。 キーウだけではなくウクライナ西部の首邑リヴィウの状況も多く割いていましたし、 ユダヤ人の迫害、虐殺に焦点を絞らず、戦闘の進展や捕虜の扱い、傀儡政権の設立やそれを巡る市民の様子などを淡々と追っていました。 戦後の軍事裁判も、もちろんユダヤ人虐殺に関わるものも出てきますが広く戦争犯罪を問われて、公開処刑されます。 そして、最後の場面は、産業廃棄物 (陶器工場から出る陶土の泥) によって Бабий Яр が埋め立てられていく––虐殺の痕跡が抹殺されていく––様でした。

素材は、当時の記録映像、写真や記録音声などですが、説明は控えめな字幕程度、 ナレーションによる状況説明や場面をドラマチックに盛り上げるようなアフレコの音楽は使われていません。 その淡々として静謐な映像編集だけでこれだけの説得力が出せるのかと、感心しました。 この手の記録映像を編集してのドキュメンタリーは国内外のTV局制作の物を観る機会がそれなりにありますが、 海外TV局制作のものは比較的音楽の演出は控え目なものがありますが、 NHKの『映像の世紀』シリーズなど派手な音楽による効果を付けていて実にメロドラマチックだったということに気付かされました。

この Бабий Яр. Контекст [Babi Yar. Context] の日本公開に合わせて、 Донбас [Donbass / Донбасс]『ドンバス』(2018) と 群集三部作と言われる 記録映像に基づくドキュメンタリー映画3作品 Austerlitz『アウステルリッツ』(2016), Процесс [The Trial]『粛清裁判』(2018), Государственные похороны [State Funeral]『国葬』(2018) の計4作品が、国内の主要な動画配信サービスで配信されはじめました。 群集三部作は観ていなかったので、まずは、この作品を観てみました。

2019 / Atoms & Void (NL), Studio Uljana Kim (LT) / documentary / colour, B+W / 1.37:1 / 135 min.
Режисер [Director / Режиссёр]: Сергій Лозниця [Sergei Loznitsa / Сергей Лозница]

1953年のソヴィエト連邦の最高指導者 Иосиф Сталин [Joseph Stalin] の国葬を、その死を伝える様子に始まり、 友好国の要人が来ソする様子、そしてセレモニーと、記録映像を用いて描いたドキュメンタリー映画です。 控えめな字幕程度による説明、ナレーションやアフレコの音楽は無しで映像編集のみで淡々と描く手法は Бабий Яр. Контекст 以前に、こういった作品で既に確立されていたのだと確認。 確かに、1950年代の共産圏の街並み、特に鮮やかな色の無さなど、興味深く印象に残るものがありましたが、 独ソ戦の展開と比べても、当時のソヴィエトや共産圏の政治家やその顔に関する知識が無いので、 かなり置いてきぼりにされた感もありました。 ある程度の前提知識や教養を前提として求められるスタイルなのだと痛感しました。

Бабий Яр. КонтекстГосударственные похороны と続けて見ると、 むしろ、グロテスクなブラックユーモア溢れる劇映画 Донбас の作風の方が、 Лозница 監督の作風としてはむしろ例外的なのかもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4032] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 25 18:50:07 2022

この週末三連休の初日秋分の日は、台風の影響で雨かと思いきや昼頃は降らなかったので、彼岸の墓参。 その後、乃木坂へ移動して、会期末になってしまったこの展覧会を観てきました。

Museum Ludwig Cologne – History of a collection with civic commitments
国立新美術館 企画展示室2E
2022/06/29-2022/09/26 (火休), 10:00-18:00 (金土 -20:00)

ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州のケルンにある Museum Ludwig, Köln のコレクションに基づく展覧会です。 この美術館は、Peter & Irene Ludwig (美術館の名の由来でもある) から ケルン市へ寄贈されたコレクションを基に、1976年に設立された美術館です。 他の市民からも多くの寄贈を受け、包括的な20世紀美術のコレクションを持つに至っています。 Ludwig 夫妻をはじめコレクションの形成に寄与した市民コレクターを顕彰するような面もあり、 オーソドックスに20世紀美術をおさらいするような展覧会でしたが、 そんな中からもコレクションの特徴が滲み出ているところがあり、そこを興味深く観ることができました。

Ludwig 夫妻寄贈の中には包括的な Russian Avant-Garde のコレクションがあるとのことで、 その展示コーナーが設けられていましたが、 Александр Родченко [Aleksandr Rodchenko] 等による都会的な芸術写真よりも、 今まで意識的に観る機会がなかった Георгий Зельма [Georgy Zelma], Аркадий Шайхет [Arkady Shaikhet], Георгий Петрусов [Georgy Petrusov], Boris Ignatovich [Борис Игнатович] などによる 1920s-30sの農村部や中央アジア・極東で撮ったモダンなカメラワークの報道写真寄りの写真に興味を引かれました。

まだ美術シーンがさほど国際化してなかった1950s-1960s半ば頃の西ドイツの作家の作品も、接する機会が殆ど無いだけに、新鮮でした。 例えば、実験的な写真家グループ Fotoform を1949年に設立した Otto Steinert, Peter Keetman, Toni Schneiders らによる写真や、 1950年代欧州の Art Informel や CoBrA, アメリカの Abstract Expressionism と同時代的な作品 (Ernst Wilhelm Nay) や、 1950年代末にデュッセルドルフで結成され同時代の Nouveau Réalisme (フランス) や Arte Povera (イタリア) などの動きと連動した 作家グループ ZERO の Otto Piene, Heinz Mack, Günther Uecker の作品など。 同時代的にこういう作品を制作していたのだな、と、興味深く観ることができました。

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Lee Ufan
国立新美術館 企画展示室1E
2022/08/10-2022/11/07 (火休), 10:00-18:00 (金土 -20:00)

韓国出身ながら1960年代後半に日本で本格的に制作を開始し「もの派」を代表的な作家として知られる 李 禹煥 (Lee Ufan) の大規模な個展です。 国立新美術館の開館15周年を記念して開催されています。 東京国立近代美術館や東京都現代美術館、東京オペラシティ アートギャラリーの常設展示で必ずのように展示されている作家ですし、 美術館規模の個展も観たことがありますが [鑑賞メモ 1, 2] が、 「もの派」前の作品から最近の大規模インスタレーションまで辿ることができる、見応えのある展覧会でした。

最初期「もの派」以前の蛍光色のペインティングを導入に、 前半は〈関係項〉シリーズなどの立体作品、 後半は〈点より〉、〈線より〉に始まる絵画作品という構成でした。 立体作品の前半の中では、もちろん空間に余白の多く岩や鉄板などを配置する作品も良いのですが、 コレクション展などではまず観られない近年の海外での石や土を敷き詰めた インスタレーションの再制作を4点(うち1点は屋外)が、やはり興味深いものがありました。 余白、間合いを意識した展示に反するようですが、 敷き詰められている玉砂利自身が余白でもあり、また、玉砂利なども敷いていない展示との〈関係項〉的なコントラストにもなっているように感じられました。

絵画作品の後半は、規則的なストロークの反復から、やがて混沌としたストロークで埋め尽くされた画面になり、 再び秩序を取り戻して、最低限のストロークでの表現に至る道筋を示すような展示でした。 さすが美術評論家として活動する作家だけあって、作家の制作意図を変遷を形態の変化を通して簡潔に示すような展示でした。 しかし、若干道筋を単純化しすぎている、例えば、色彩の問題もまた別にあるのではないか ––例えば、〈点より〉、〈線より〉にしても、青系の色が多いものの、黒や銀、朱のような色が使われることもありますし、 近年の最低限のストロークの作品ではかなり鮮やかな色も使われます。 そんな色彩の視点がもう少し感じられる展示だったら、とも思いました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この後、どこかで一杯やってから帰るのも良かったのですが、 昼前からの墓参などで疲れていた上、雨がちな天気や、スマートフォンのバッテリー切れなどもあって、直帰することに。 そういえばこの週末は ISU Junior Grand Prix があるんじゃなかったっけと思い出し、 ストリーミングを観ようかと調べたら、 Yerevan (ARM) – September 21-24, 2022 は中止になっていました。 ロシアのウクライナ侵攻の余波で、アルメニア=アゼルバイジャン間のナゴルノ・カラバフ紛争も燻っていますし、 アルメニアの首都イェレバンでも抗議活動が頻発するなど、安全に懸念があるということ。 確かにそうなので適切な判断とは思いますが、まさか、イェレバン開催を決めた人たちも予想していなかったことでしょう。

[4031] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Sep 24 20:55:41 2022

先週末三連休は、土曜と祝日月曜と恵比寿に通って、展覧会を観つつも、 恒例の東京都写真美術館1Fホールの上映企画 『世界の秀作アニメーション2022秋編』で、 この4本 (含む短編特集1本) を観てきました。

Гофманиада [Hoffmaniada]
『ホフマニアダ』
2018 / Союзмультфильм (RU) / 72 min / Язык: русский [Language: Russian]
Фильм Станислава Соколова [A film of Stanislav Sokolov].
Композитор [Music]: Шандор Каллош [Sándor Kallós].
В Ролях [Starring]: Владимир Кошевой [Vladimir Koshevoy], Алексей Петренко [Aleksey Petrenko], Александр Ширвиндт [Aleksandr Shirvindt], Вячеслав Полунин [Slava Polunin]

ロマン派の小説作家 E. T. A. Hoffman の様々な作品を元に、その幻想的な作風を生かして人形アニメ化した物です。 主人公は Hoffman で、Hoffman 自身の伝記的エピソードと、 学生 Anselmus (この作品では Hoffman の夢の中の姿とされる) と蛇の精霊 Serpentina の恋物語 Der goldne Topf (1814) が物語の核となっています。 そこに、バレエ Coppélia (1870) の元となった Der Sandmann (1817) や バレエ Щелкунчик [The Nutcracker] (1892) の元となった Nußknacker und Mausekönig (1816)、 Hoffman の3つの小説をベースとしたオペラ Les Contes d'Hoffmann (1881) などに登場するキャラクターやオマージュ的な場面が織り交ぜられていました。 19世紀近代ではなく少し遡った近世的な衣装や背景の美術に、 鼻をデフォルメして性格付けしたかのような人形造形やその動きを楽しみました。 Hoffman の小説はほとんど読んでいないものの、バレエやオペラでお馴染みのネタも多く物語はとっつきやすく感じられましたが、 現代的な解釈があまり感じられ無かったのは少々物足りなかったでしょうか。

『オトードミニット特集1』
80 min.
2013 / Abralam Estudio (ES), Uniko (ES), Canal+ (FR) / de Alberto Vázquez / 9 min. / Dialogues en espagnol
2016 / Uniko (ES), Autour de Minuit (FR) / de Alberto Vázquez / 11 min. / Dialogues espagnols ou français, sous-titres anglais ou français
2020 / Autour de Minuit (FR), Uniko (ES) / de Alberto Vázquez / 15 min. / Dialogues espagnols ou français, sous-titres anglais ou français
2018 / Autour de Minuit (FR) / de Donato Sansone / 4 min. 40 / Sans dialogue
2015 / Autour de Minuit (FR) / de Antoine Delacharlery / 6 min. / Stereoscopic 3D
2020 / Autour de Minuit (FR) / de Geoffroy de Crécy (Dog Days) / 8 min. 30 / Sans dialogue
Musique: Sur la Sonate N°14 Op. 27 « Clair de lune », Adagio de L. van Beethoven; Piano: Jeno Jando
2009 / Autour de Minuit (FR) / de H5 (François Alaux, Hervé de Crécy, Ludovic Houplain) / 16 min. / Dialogues anglais

フランスのアニメーション・プロダクション Autour de Minuit の手がてた短編アニメーションのオムニバスです。 アニメーション・スタジオではなく個性的な作家をプロデュースするプロダクションということで、作風は多様でしたが、 全体としてはグロテスクだったり毒を感じさせる大人向けの作風です。 前半はスペイン出身のアニメーター Alberto Vázquez の3作品です。 キャラクターのベースは可愛らしいのですが、 Sangre de Unicornio ではヒーローとアンチヒーローをグロテスクに対比し、 Decorado では舞台装置の上を生きていると感じている酒に依存しがちで仕事も無い主人公のディストピアを描き、 Homeless Home では大量殺戮の戦争から戻った帰還兵と戦争で荒廃した故郷のポスト・アポカリプスをファンタジーの皮をかぶせて描いていました。 後半、宇宙や生命の歴史をラフな筆捌きの下や中から見せるように描く Bevure、 実写の街をモノクロのフレームセルで変換することで現実の裏の暗い世界を見せるかのような Ghost Cell、 ポップアートのような単純化した鮮やかな色で形態で人が忽然と消えた街を描く Empty Places と、スタイリッシュな作風が続きます。 ラスト Logorama は公的組織から企業の商品まで様々なロゴを駆使しして荒唐無稽なアクションコメディに仕上げた怪作でした。

『FLEE フリー』
2021 / Final Cut for Real (DK), Sun Creature Studio (DK) / 90 min / Language: Danish, English, Dari, Russian
Director: Jonas Poher Rasmussen.
Starring: Daniel Karimyar, Farhan Karimyar, Fardin Mijdzadeh

アフガニスタン出身の主人公の少年が戦争を逃れてデンマークに居場所を見つけるまでの実話を、 歴史的な出来事に関しては実写のニュース映像を交えて作られた、ドキュメンタリー色の強いアニメーション作品です。 その内容に合わせてか、抽象化された表現を控えめに交えるものの、基本的にデフォルメの少ない絵によるアニメーションで描いていきます。 21世紀に入ってからのタリバン政権下の抑圧的状況を描いた Les Hirondelles de Kaboul [鑑賞メモ] や The Breadwinner [鑑賞メモ] と違い、 この映画で描かれるアフガニスタンはタリバン登場以前の1980年代から1990年代初頭です。 航空機パイロットをしていた主人公の父は人民民主党政権 (ソ連の支持していた政権) に拉致されて行方不明となったようですが、 1992年の人民民主党政府の崩壊によるカブールの混乱の際にアフガニスタンを脱出します。 そこから、モスクワ経由でスウェーデン・デンマークへ逃れる逃避行が1990年代前半のソ連崩壊後の状況と交えて描かれます。 この作品のもう一つのテーマとして、デンマークへ来ることで主人公の同性愛という性的指向が受容されるというものがあるのですが、 こちらは順調な展開なので、困難な難民逃避行の方がどうしても強く印象に残ってしまいました。

Song of the Sea
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
2014 / Cartoon Saloon (IR), Melusine Productions (LU), The Big Farm (BE), Superprod (FR), Nørlum Studios (DE) / 73 min / Language: English, Irish, French
Director: Tomm Moore
Music: Composed and orchestrated by Bruno Coulais, with the participation of Kila
Starring: Brendan Gleeson, Fionnula Flanagan, David Rawle, Lisa Hannigan, Pat Shortt, Jon Kenny

アイルランドのアニメーション・スタジオ Cartoon Saloon の Tomm Moore 監督の “Irish Folklore Trilogy”「ケルト三部作」の第2作です。 都会暮らしの祖母とそこから離れて田舎の港町の外れの島で灯台守をする父の対立と和解の物語を、 祖母の家から父の家への兄妹の冒険行として アイルランドのフォークロアのキャラクターを交えた壮大な冒険ファンタジーとして描いていました。 都市と自然の対立と和解というテーマも感じましたし、 あえて遠近法を排したドローイングによる絵本を動かしたかのよう。 Wolfwalker [鑑賞メモ] のような動きもある壮大なアニメーション絵巻は、この時点で十分完成の域にあったと知ることができました。 しかし、Wolfwalker から遡ってみると、 イングランドのアイルランド侵略のような大状況が無いことや、 ヒロインの女性の行動の主体性というか内的動機の弱さが、物足りなく感じられてしまいました。

東京都写真美術館1Fホールの上映企画 『世界の秀作アニメーション』は 2021年秋編、2022年春編 [鑑賞メモ] に続いて3回目になります。 上映機会の少ない日本、アメリカ以外のアニメーション映画を観ることのできる有り難い企画なので、引き続き続けて欲しいものです。 秀作が揃った魅力的な企画だと思うのですが、今まで自分が観た回はいずれも観客が少なく、次があるのか気がかりです。 早めの告知や、あまり詳しく無い人でも観ようと思える作品紹介など、もう少し工夫の余地もありそうに思うのですが。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4030] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Sep 20 21:30:09 2022

今週末三連休初日の土曜は午後遅めに恵比寿へ。この展覧会を観てきました。

Seeing as though touching - Contemporary Japanese Photography vol. 19
東京都写真美術館 3F
2022/09/02-2022/12/11 (月休; 月祝開, 翌火休). 10:00-18:00 (木金-20:00)
水木 塁 [Mizuki Rui], 澤田 華 [Sawada Hana], 多和田 有希 [Tawada Yuki], 永田 康祐 [Nagata Kosuke], 岩井 優 [Iwai Masaru].

日本の新進の作家によるアニュアルのグループ展です。 今回はタイトルが暗示するように、写真や映像の作品というより、立体作品やインスタレーション作品の主要な要素として写真や映像を使う現代美術作品と言った方がふさわしい作品の作家が集められていました。

中でも印象に残ったのは、多和田有希の写真の一部を燃やし出した作品。 プリントされた写真の非物質的なイメージではなく物質性が際立つというのもありますが、 インスタレーション《I am in You》で使われた波で泡立つ海の写真の、 焼き抜かれた泡ではない部分のすけ具合と、それが作り出すそのネガ的なシルエットの組み合わせが、 コントラストになっているだけでなく、視覚的にとても美しく感じられました。

永田 康祐 の展示はヘッドフォンで流れるガイドを聴きながら鑑賞する展示で、 正直に言えばとっつきは少々煩わしく感じられました。 しかし、背景にあるアルゴリズムに着想した作品が多く、その作風に合っていたでしょうか。 Adobe Photoshop の「スポット修復ブラシツール」の機能を 元の写真が全て塗り潰されるよう全面に適用した 《Theseus》シリーズの既存の写真のコラージュのような画面も良いですし、 三目並べと同型写像で変換可能なナンバースクラブルを繋いで対戦可能とした《三目並べと数字ゲーム》も面白く感じられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4029] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 18 17:47:11 2022

先週末は土曜の昼に初台へ。会期末近くなってしまったこの展覧会を観てきました。

The Markers of Our Time
東京オペラシティアートギャラリー
2022/07/16-2022/09/19 (月休;月祝開,翌火休;8/7休), 11:00-19:00.

21世紀のイギリスで現代美術の文脈で活動する作家 Ryan Gander の個展です。 国際美術展などでその作品を鑑賞したことはありましたが、美術館規模の個展で観るのは初めて。 コンセプチャルな作風で、作品を視覚的に楽しむというより、 作品リストを片手にそこに書かれた作品のタイトルや説明を手がかりに、少々謎めいた作品を追っていくような鑑賞体験です。

dOCUMENTA (13) での I Need Some Meaning I Can Memorise (The Invisible Pull) [鑑賞メモ] ほどではないものの、額縁の上に置かれた葉巻の吸殻やチューインガムを象った彫刻だったり、 天井に張り付いた風船を象った彫刻、丸められて床に捨て置かれた紙や、監視員の首にかけられたブレスレットなど、 作品によってはぱっと見すぐに気づかないものもあり、説明を頼りに作品を探すという点にも面白さを感じました。 ネズミや虫を象ったアニマトロニクスの作品も、はっきり動きがわかるというより、微かな動きだったり、そもそも動いているかどうか判別し難いものあり、その点も絶妙。 これがグループ展の中の1作品、もしくは、小さなギャラリーでの個展での数作品であれば良いのですが、 美術館規模の100点近い作品数となると、謎を解こうという集中が持たず、惰性で作品を追うようになってしまいました。

そんな中では、イギリス政府ビジネス・イノベーション・技能省 (Department of Business, Innovation & Skills) の公共広告の形を取った “Daydreamers wanted - See how your imagination can shape a better futute” というキャッチコピーを持った広告は、 子供の想像力を実際に称揚するようでもあり、 良き未来を形作ろうという言葉を裏切るようにも感じられる単にぼんやりとしているようにも見える子供の様子からそれを皮肉るようでもあり、 そんなところもイギリスらしいユーモアを感じられました。

Collection Exhibitions curated by Ryan Gander
東京オペラシティアートギャラリー
2022/07/16-2022/09/19 (月休;月祝開,翌火休;8/7休), 11:00-19:00.

2021年に予定されていた個展の代わりに開催された 『ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展』 のうち、4階部分の「色を想像する」 (Colours of the imagination) が再び展示中です。 (残念ながら2021年には観ていません。) コレクションの中から白黒の作品のみを選び、それをギャラリーの壁の片側だけ2〜3段で埋めるかのようにぎっしり展示していました。 反対側の壁は対称的にキャンバスの枠とそこの作品データが表示されています。 モノトーンの密度高い並びも視覚的に渋くスタイリッシュに感じられ、 作品データを知るために反対側のほとんどブランクな壁を観ることを促される感も面白く感じられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この日は、展覧会を観終わったら早々に帰宅。 久しぶりに桑野塾を オンライン聴講しました。テーマは「ウクライナ侵攻を考える2」ということで、 『チェマダン 2022年5月特別号——ウクライナ侵攻とロシアの現在』 の舞台裏というか背景的な話や、その後のフォローアップの話を聞くことができました。 なかなかちゃんとフォローできない分野の話になってしまっているだけに、こういう話が聴かれるのはありがたいものです。 演劇分野については ロシア演劇界タイムライン の更新が続けられていて、それだけでもありがたいのですが、 音楽や美術の分野で同じようなものがあれば、と、つくづく思います。

[4028] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 11 20:50:41 2022

今週末前金曜は夏季休暇を取得。平日でないと入場も厳しくなってしまったこの展覧会を観てきました。

Gabrielle Chanel: Manifeste de mode
三菱一号館美術館
2022/06/18-2022/09/25 (月休,祝月開,6/27,7/25,8/15,8/29開) 10:00-18:00 (祝日を除く金曜と会期最終平日、第2水曜日は-21:00)

フランス Palais Galliera - Musée de la mode de la ville de Paris (ガリエラ宮パリ市立モード美術館) の監修でそのコレクションに基いて企画された、 20世紀のファッション・デザイナー Gabrielle “Coco” Chanel の回顧展です。 さすがに、現在のブランドとしての Chanel の紹介などは全くなく、デザイナとしての Chanel の足跡を、 デザインした服や、そして、自身がデザインしてはいないもののブランド下で手掛けた アクセサリー、ジュエリーやコスメティックスのパッケージを通して辿る展覧会でした。

有名なデザイナーということでそれなりにの予備知識はありましたが、個展として観ることで、気付きもありました。 ファッション史の中では戦間期の Art Deco のデザイナーとして位置付けられ、 Ballets Russes や Stravinsky などパリの Avant-Garde 界隈との交流とかを語られることが多いわけですが、 キャリアは戦後1954年にメゾンを再開させてから死ぬまで (1954-1971) もあり、 有名な Tailleur Chanel (いわゆるシャネル・スーツ) はその時代の Mid-cencury Modern Design と言えるものだと気付かされました。 Chanel のジュエリーを初めてちゃんと観ましたが、その装飾を抑えたモダンな服飾デザインや、 Art Deco というより Avant-Garde に近い香水 N°5 の瓶のデザイン (1924) とは対称的な、 アンティーク風だったりエキゾチックだったりするデザインだったのも、少々意外でした。

また、Chanel のようなラグジュアリーのデザインではないものの、半年ほど前に同美術館で観た 『上野リチ ウィーンからきたデザイン・ファンタジー展』 [鑑賞メモ] とほぼ同時代だということを思い出しつつ、 戦間期と戦後20世紀半ばのモダンデザインの連続性も意識させられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

まだ会期は2週間ほど残ってますが、事前時間帯指定は終わってますし、 残る週末の当日券は長蛇の列が確実なので、実質、会期末ギリギリ滑り込みでした。

この後は渋谷へ出てレコード店巡り。 エル・スール・レコーズに寄って、入手できないでいたトルコ盤CDを買ったり。 渋谷の西の奥の方に久々に行ったので、ふと思い立って Tower Records も覗いてみたのですが、あまりの変わりように茫然。 薄々気づいていましたが、世間の音楽の流行に完全に疎くなっていることを実感しました。

[4027] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 4 20:23:45 2022

今週末の土曜は、昼に京橋へ。 国立映画アーカイブでは、毎年恒例サイレント映画上映企画 『サイレントシネマ・デイズ2022』。 今年はウクライナのサイレント映画を、併映の短編長編の2本、観てきました。

Ягідки кохання [Love's Berries | Ягoдка любви]
1926 / ВУФКУ Ялта (СРСР) / 34 min. / 35mm 18fps / B+W / silent
Режисер, Сценарист [Directed by, Screenplay by | Режиссёр, Сценария]: Олександр Довженко [Alexander Dovzhenko, Александр Довженко].
Мар'ян Крушельницький [Maryan Krushelnitsky | Марьян Крушельницкий] (Жан Ковбасюк [Jean Kolbacjuk | Жан Ковбасюк]), Маргарита Барська [Margarita Barskaya | Маргарита Барская] (Ліза [Liza | Ліза]), etc

結婚の覚悟も父親になる覚悟もできていない Жан が、恋人 Ліза から赤子を預けられ (意図しない妊娠による我が子と Жан は勘違いするが、実は Ліза が叔母から預かった子)、 なんとか子を捨てようとドタバタ騒ぎをするも、 人民裁判所に子連れで出頭するよう呼び出され、なんとか取り戻して出頭すると Ліза がいて、 結婚することになる、というドタバタのコメディです。 現在の視点から見るとそこまで物的な赤子の扱いはないだろう、と思うところもありましたが、 乳母車を使った動きや、スイカを使った喧嘩など、ドタバタなネタは悪くありませんでした。

Звенигора [Zvenigora | Звeнигopа]
1927 / ВУФКУ Одеса (СРСР) / 94 min. / 35mm 18fps / B+W / silent
Микола Надемський [Nikolai Nademsky | Николай Надемский] (Дід [Granpa | Дед], генерал [general | генерал]), Семен Свашенко [Semyon Svashenko | Семён Свашенко] (Тиміш [Timoshka | Тимош]), Лесь Подорожній [Aleksandr Podorozhny | Лесь Подорожный] (Павло [Pavlo | Павел]).

ウクライナの伝説 Звенигора の秘宝を伝える老人と、その孫 Тиміш と Павло の話です。 十年以上前とはいえ以前に一度観ていたせいか [鑑賞メモ]、その時よりも物語が掴めたでしょうか。 といっても、前半はウクライナの農村で話が展開するのでモダニズム的な雰囲気は感じられず少々退屈に感じました。 老人が孫に伝説を語る場面では、劇中劇のような形で伝説が映像化されるのですが、 自然主義的では無い様式化された演技 (特に戦いの場面) や多重露光を使った映像は、アヴァンギャルドというより表現主義的に感じられました。

やがて、革命の内戦がウクライナの農村にも及んで、 兄 Тиміш は共産党員になって革命側に付く一方、 弟 Павло はコサック白軍に加わった後に亡命してパリやプラハで詐欺紛いの秘宝探し資金集めをします。 ここからの映像表現はアヴァンギャルドを思わせるもので、近代主義的なテーマがグッと前に出ます。 Тиміш はソビエト下で技術者としてウクライナの工業化に取り組む一方、 老人は宝掘りを続け錆びた短剣を掘り当てて茫然とします。 戻った Павло は祖父を「火竜を止めろ」と唆して鉄道と蒸気機関車を爆破させようとしますが、 線路に爆薬を仕掛けず、機関車に向かって走り出して気絶してしまい、失敗するのを見てピストル自殺します。 この、伝説の秘宝など無く (もしくは、大したものではなく)、ウクライナの宝を工業化の中に見い出す、 という結末の寓意も、いかにもソビエトのアヴァンギャルド映画らしい近代主義でした。

しかし、Звенигора は観たことあったということをすっかり忘れてました。 始まって、これは観たことがある、と気付いたという。 一度観たことがある映画だとしても、生伴奏付きで観るというのは、やはり、楽しいものです。 ちなみに、上映は 鳥飼 りょう のピアノ (と少々の鳴り物) の生伴奏付きでした。

国立映画アーカイブ 展示室では企画展 『脚本家 黒澤明』 (11/27まで)。 単に脚本などの資料を並べてあるだけでなく、 準備稿、決定稿など複数バージョンの脚本を比較しつ詳細に分析した内容をボードで説明展示しいて、 創作の影響元や創作過程を説明して見せていました。 興味深そうとは思いつつも、映画の方を知らないと、さすがに話に付いていきがたいものがありました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

前日の金曜は、久々の新幹線片道1時間半の日帰り出張でした。 その疲労と二日酔いで、土曜の午前中はかなりヘロヘロでした。 午後から京橋だったので、なんとか家事用事を済ませましたが。 日曜になって背中や脇腹に筋肉痛が出て、出張移動というのは意外と身体を使うものなのだと実感しました。

[4026] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Aug 29 23:17:01 2022

先の週末土曜、午後に恵比寿で映画を観た後は、渋谷公園通りへ移動。このライヴを観てきました。

道場 [Dōjō]
公園通りクラシックス
2022/08/27, 19:30-21:30.
道場 [Dōjō]: 八木 美知依 [Michiyo Yagi] (electric 21-string koto, 17-string bass koto, electronics), 本田 珠也 [Tamaya Honda] (drums).

新型コロナウイルス感染症も第7波でまた公演の類が微秒な状況になってしまいましたが、 こぢんまりしたハコでのライブも観たい気分だったので、 道場 (八木 美知依 & 本田 珠也) のライブを観てきました。 ちょうど2年ぶりでした [鑑賞メモ]。

1回休憩を挟んでアンコール無しの約2時間。 8月27日は Alice Coltrane の誕生日ということで、後半は Alice の曲から。 1980年代に入ってからのヒンドゥー・スピリチュアル色濃くなってからの曲、 “Er Ra” (from Devine Songs, 1987) と “Hara Siva” (from Turiya Sings, 1982) の間に Alice 入りの編成になってからの John Coltrane の曲 “Leo” を挟み込みこむ展開。 実は、ヒンドゥー・スピリチュアル色濃くなった晩年の Alice Coltrane には付いていけないという感もあったのですが、 こうした解釈を通過してから聴いてみると気付きがあるかもしれません。

といっても、スピリチャルな展開になったりなど前半から大きく雰囲気変わる事なく、 手数の多く音圧も高いスリリングな即興でのインタープレイが繰り広げられました。 久々に爆音を浴びるようなライブを楽しみました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4025] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 28 19:13:00 2022

先週末土日、今週末土曜と恵比寿へ。 1980年代末から現代美術の文脈でニューヨーク (New York, NY, USA) を拠点に活動する Matthew Burney の映画 Redoubt (2018) の上映に合わせて、 Matthew Burney の過去の映画作品やテーマ的に関連する映画を併せての特集上映 『『リダウト』プラス』東京都写真美術館で開催されたので、 未見の Matthew Barney 作品を観てきました。

『リダウト』
2018 / USA / 134 min 03 sec / 4K DCP / 7.1ch SR / colour
Written and Directed by Matthew Barney. Produced by Matthew Barney, Sadie Coles, & Barbara Gladstone. Director of Photography: Peter Strietmann. Music Composed by Jonathan Bepler.
Anette Wachter (Diana), Eleanor Bauer (Calling Virgin), Laura Stokes (Tracking Virgin), K. J. Holmes (Electroplater), Matthew Barney (Engraver), Sandra Lamouche (Hoop Dancer).

Matthew Barney の現時点での最新の映画作品は、 狩猟の女神 Diana たちの水浴を猟師 Actaeon が誤って目撃してしまったというローマ神話中のエピソード (ルネッサンス期に Tiziano が描いている) に着想し、 アメリカ・アイダホ州のロッキー山中 (Sawtooth Range と呼ばれるエリア) で撮られた作品です。 森林レンジャーをしつつ山中のトレーラーハウスで生活する Actaeon 相当の銅レリーフ作家のカップル (Barney 演じるエングレイヴ作家 (Engraver) と K. J. Holmes 演じる電気メッキ作家 (Electroplater)) の、 森の中での狩猟の女神 Diana との出会い ––親密な交流のようなものではなく、遭遇とそれによって生じたハプニング–– を描いています。

The Cremaster Cycle [鑑賞メモ1, 鑑賞メモ2] や Drawing Restraint 9 [鑑賞メモ] では、 ワセリンなどを使ったネチョっとした質感や、特殊メイク技術なども駆使した異形な造形 (Cremaster のキャラクターたちや Drawing Restraint 9 での Björk) が観られましたが、 そんな Barney の作風とも言えた要素がほとんど感じられません。 それまでであれば、Diana や従えている乙女 (Virgins) たちに精霊もしくは野獣、もしくはそれらのキメラのような格好をさせたのではないかと思うのですが、 この作品では、現代的な特殊部隊の狙撃兵を思わせる装備 (迷彩服やヘルメット、狙撃銃やピストル) です。 (ちなみに、Diana を演じる Anette Watcher はNRA会員の長距離ライフル競技の選手のようです。)

それまで Barney の作品で多用されていた質感や異形な造形の代わりにこの作品がキャラクターを描く際に使われているのが、 ダンス的な、と言うか、振付として様式化された動きです。 Electroplater 役の K. J. Holmes と Calling Virgin 役の Eleanor Bauer は コンテンポラリーダンスのアーティストですし、 Aerial Choreographer としてもクレジットされている Tracking Virgin 役の Laura Stokes は 41ème Festival du Cirque de Demain で Médaille d’Argent (銀メダル) を受賞したサーカスアーティストです。 特に、映画中の随所で観られる、乙女 (Virgins) 2人によるエアリアルや地上でのアクロバットのテクニックも使った動きには目が止まります。 ラスト、日食の日に銅レリーフ・アーティストのトレーラーハウスが狼たちに襲われる場面での Holmes のソロダンスも印象的でした。 Hoop Dancer 役として出演している Sandra Lamouche も ネイティヴ・アメリカン・フープ・ダンスのアーティストです。 Diana 役の Annette Watcher の競技者として研ぎ澄まされた銃捌きも「振付として様式化された動き」と言えるかもしれません。

Redoubt に映像によるダンス作品的な面があるとは事前に知らずに観たので、かなり意外に思いましたが、 質感とか異形なものへのフェティシズムが後退した (全く無いわけではないですが) 落ち着いた雰囲気の映画で、これはこれでかなり好みでした。 The Guardian 誌はこの映画を評して 「神秘的で神話的な映画バレエ」 (mysterious, mythical movie-ballet) と呼んでいますが、 いわゆるバレエ・テクニックは全く使われないので、映画ダンス (映像ダンス作品) と言った方が良いでしょうか。 エアリアルやフープ・ダンスなどのテクニックや、 見せるものとしての長距離射撃のような超人的なテクニック、というのは、むしろ、サーカス的。 伝統的な「サーカス」の雰囲気を作り出すために使うのではなく、 もちろん、技自体を見せることを目的にしておらず、テクニックを使いつつも型として表現するのではなく、 “Diana and Actaeon” に着想した世界を描いているところは、コンテンポラリー・サーカスにも通じます。 「映画バレエ」ではなく「映画コンテンポラリー・サーカス」と呼びたくなるような作品でした。

Matthew Burney の『クレマスター』シリーズ (The Cremaster Cycle) は 約四半世紀前に全5作中1, 3, 4と観ていましたが、それきりになっていました。 これもコンプリートする良い機会かと、残す2作も観てきました。

『クレマスター2』
1999 / USA / 79 min / 1:1.77 / Dolby SR / 35mm / colour
Written and Directed by Matthew Barney. Produced by Barbara Gladstone & Matthew Barney. Director of Photography: Peter Strietmann. Music Composed by Jonathan Bepler.
Norman Mailer (Houdini), Matthew Barney (Gary Gilmore).

Cremaster Cycle の第2話 (制作順では第4作) は、 強盗殺人により死刑囚となり、自ら「死刑にされる権利」を求めて1976年に死刑となった、Gary Gilmore に着想した作品です。 Gilmore の伝記小説 The Executioner's Song (1979) の作者 Norman Mailer が、 Gilmore の祖父かもしれない縄抜けマジシャン Houdini として出演しています。 Gilmore の祖母 Baby Fay La Foe、両親の Frank & Bassie Gilmore の役も登場し、 Gilmore の強盗殺人や処刑、両親の結婚、Gilmore の祖母と Houdini の出会いなどに着想した場面もあり、 いわゆる三代記ではあるのですが、時系列に剃って展開するわけではありません。 Matthew Berney の映画全体に言えることですが、セリフはほとんど使われず、 人物や背景を知る手がかりとなるようなセリフもありません。

野外ロケ地は、アメリカ・ユタ州のグレートソルト湖の西に広がる Bonneville Salt Flats と、 カナダのブリティッシュ・コロンビア州とアルバータ州の境にあるコロンビア氷原 (Columbia Icefield)。 前者は Gilmore が生まれ育ったユタ州に因んで、後者は Gilmore の祖母が Houdini に出会ったという Columbian Exposition hall からの連想でしょうか。 Gilmore やその両親はモルモン教徒だったということで Mormon Tabernacle Choir も登場しますし、 両親の結婚に着想した場面にもモルモン教を意識したものがあったのかもしれません。 舞台がアメリカ中西部やロッキー山中で、Gilmore の処刑のメタファー的な場面に、 ロデオやウェスタンハットの男女のダンスが使われていて、Matthew Berney 流のゴシック西部劇という感もありました。 両親の結婚や、Gilmore が強盗殺人に至る場面での、ネチゃっとした物や大量の蜂を使った表現なども、いかにも Matthew Berney でした。

Cremaster Cycle の中では最もナラティヴに感じられたのですが、 意味深な伏線っぽい断片的なナラティヴな場面が回収されないので (観ていて回収を期待してはいませんでしたが)、 いろいろ意味を掴みかねた感が強く、フェティシュなイメージに溺れていくようでした。

『クレマスター5』
1997 / USA / 54 min 30 sec / 1:1.85 / Dolby SR / 35mm / colour
Starring Norman Mailer (as Houdini), Matthew Barney (Gary Gilmore). Written and Directed by Matthew Barney. Produced by Barbara Gladstone & Matthew Barney. Director of Photography: Peter Strietmann. Music Composed by Jonathan Bepler.
Ursula Andress (as the Queen of Chain), Matthew Barney (as her Diva, Magician, and Giant), et al.

Cremaster Cycle の第5話 (制作順では第3作) は、 Cremaster 2 での Gary Gilmore のような具体固有の人物には着想したものではなく、 19世紀末のオペラに着想した Matthew Barney 版オペラ。 約1時間しかありませんが第1幕と第3幕への序曲というか前奏曲が長め3幕構成のようでもあって、オペラの形式も意識されていたよう。 オペラの主賓 The Queen of Chain とオペラのディーヴァ (her Diva) の間のメロドラマチックな関係が仄めかされますが、 やはり、明確なストーリーはありません。 主要な登場人物は、鎖の女王 (The Queen of Chain) の他は、オペラのディーヴァ (her Diva)、鎖抜けのマジシャン (her Magician) 、そして、大男 (her Giant) を3役。 この3役を Matthew Barney が演じているので、同一人物の3面のようにも感じられました。

ロケ撮影はハンガリーのプダペストで、ハンガリー国立歌劇場 Magyar Állami Operaház [Hungarian State Opera House] と、 アール・ヌーヴォー様式建築で知られるゲッレールト温泉 (Gellért gyógyfürdő [Gellért Thermal Bath])、 そして、ドナウ川にかかるセーチェーニー鎖橋 (Széchenyi lánchíd [Széchenyi Chain Bridge ])。 オペラハウスの「鎖の女王」、鎖抜けのマジシャン、鎖橋と、鎖が作品を通奏する主題のよう。 続けて観たことで気づいたのですが、 her Magician は Cremaster 5 の Houdini とも 後の Drawing Restraint [鑑賞メモ] とも通じるもので、 Barney の重要な主題のようだと、気付かされました。

といっても、観ていて最も印象に残ったのは、ゲッレールト温泉で撮影された場面。 他の Cremaster Cycle ではお馴染みのネチャっとした質感のものがこの作品ではあまり出てこないのですが、 その代わりに大男 (her Giant) や温泉の精 (Füdór Sprites) という異形の者たちが水中でのパフォーマンスを繰り広げる、 その非日常的な印象が強く残りました。

Cremaster Cycle を初めて観たのは、 1995年にワタリアム美術館を中心に北青山〜表参道界隈で展開された『水の波紋 '95』 (Ripple Across The Water '95) で観た Cremaster 4。 それから四半世紀越しでついにコンプリートすることになるとは。少々、感慨深いものがありました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4024] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Aug 15 21:58:53 2022

8月12日の午後は、竹橋から神保町経由で清澄白河へ。この展覧会を観てきました。

Jean Prouvé: Constructive Imagination
東京都現代美術館 企画展示室1F/地下2F
2022/07/16-2022/10/16 (月休;7/17,9/19,10/10開;9/19,9/20,10/11休), 10:00-18:00.

フランス・ロレーヌ地方の首邑ナンシーを拠点に、 戦間期以降に UAM (Union des artistes modernes) 創設メンバーとして Le Corbusier のサークル界隈で活動した 家具デザイナ、建築家 Jean Prouvé の回顧展です。 Prouvé デザインの什器は今までも展覧会で接する機会があり、 鋼鉄やアルミを素材として多用し、モダニズムらしくシンプルながら頑丈そうな (ゴツい) フォルムの什器が印象に残っていました。 この展覧会でも、もちろんそういった什器も観ることができますが、 第二次世界大戦末期から戦後のプレファヴ建築の仕事に、それも実物展示にて接することで、 Prouvé の業績への認識を改めました。

1F展示室はProuvé のバックグラウンドの金属工芸の延長ともいえる什器のデザインに焦点を当てた展示。 代表作ともいえる椅子 « standard » のヴァリエーションを年代順に並べた展示も素材や製造方法の違いの変遷が浮かび上がって面白かったのですが、 やはり、ディスクやテーブルと組み合わせたセットアップでの展示の方が住環境もしくはオフィス環境が想起されるだけに Prouvé の美学が明らかになるようでした。

B2F展示室は建築家 (Prouvé は建築の学位を持っておらず constructor (構築家) と自称していたそうですが) としての Prouvé に焦点を当てたもの。 通常の建築プロジェクトに関する資料も少しながらありましたが、むしろ、プレファヴの規格建築の先駆者という面に焦点を当てたもの。 戦後の熱帯向けプレファヴ住宅 « Tropicale » のための什器はもちろん、 住宅に使われたアルミ製造のファサードや壁面用可動式ルーバー « Brise-Soleill » が実物展示されていました。

そして、この展覧会の展示の目玉ともいえるのが、プレファヴ建築の展示。 Pierre Jeanneret と手がけた最初期の « Maison F 8x8 BCC » (1942) は 屋根が葺かれていないもののほぼ完全な形でB2F吹抜のスペースに展示されていました。 第二次世界大戦中の金属不足の中で手がけただけあって壁材だけでなく柱も梁も窓枠も木製ながら、 物不足の中で作られた « Maison F 8x8 BCC » の完成度に驚かされました。

戦後の鉄骨構造とアルミのパーツを組み合わせたプレファヴ住宅 « Maison Métropole » (1949) も、 壁面パーツ、門型の柱や梁の実物が、不完全ながら組み上がった状況が想像できる形で展示されていました。 一方、大戦末期の難民用住宅 « Maison démontable 6x6 » (1944) は、 « Maison F 8x8 BCC » に隣接した壁面にパーツが並べられて展示されていました。 « Maison démontable 6x6 » は、壁パーツが木製ながら門型の柱や梁などの構造が鉄骨で、 « Maison F 8x8 BCC » から « Maison Métropole » への進化の途上を見るようでした。

Prouvé の什器やプレファヴ建築の展示を見ていて、ふと、自分の小学生時代 (1970年代) の学校を思い出しました。 小学生入学した時は戦前からありそうな木造校舎で、卒業時は鉄筋コンクリートの校舎でしたが、 その間に過ごしたのが、校庭に並んだプレファヴ校舎でした。 そして、そこに並ぶ木と金属を組み合わせた机や椅子。 Prouvé のようながっしりした作りではなく、 プレファヴにしても合板とアルミ板を重ねたようなペラペラなものでしたが、 自分が小学生で使っていたものと似たような椅子もあり、 その原点を見る感慨深さがありました。

MOT Annual 2022 – My justice might be someone else's pain
東京都現代美術館 企画展示室3F
2022/07/16-2022/10/16 (月休;7/17,9/19,10/10開;9/19,9/20,10/11休), 10:00-18:00.
大久保 あり, 工藤 春香, 高川 和也, 良知 暁.

東京都現代美術館のアニュアルのグループ展です。 ほぼ毎年観てきていますが、 今年は議論を呼んでいるような社会的な問題をテーマをして扱うような作品が集められていました。 企画意図はわからないではないのですが、そのフォーマルというよりナラティヴなアプローチが、 今の自分の意識とすれ違ってしまった感がありました。 ほぼ毎年定点観測的に観てきていますが、こういう時もあるでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

12日は東近美と神保町の書店、レコード店巡りくらいにしておいて、東現美は別の日にしようかと考えていたのですが、 13日は台風直撃という予報だったので、12日じゅうにハシゴしてしまおうと。 Gerhard Richter 展も Jean Prouvé 展も充実していてとても楽しめたのですが、 それぞれ余韻を含めて1日じっくり楽しめたのにもったいなかったかな、と。

夏休みの4日間の前半を2日連続美術館ハシゴで飛ばしすぎたか、後半の土日は失速してしまいました。 13日土曜は予報ほどは荒れなかったけれども朝から一日中雨。 疲れが出たか、気圧の影響か、気怠い一日を過ごしました。 日曜は朝こそ雨が残りましたが天気は回復。しかし、休養気分の1日になってしまいました。 この夏休みを使って積聴 CD box set、積観DVD/BD、積読本を少しは消化しよう、と思っていたのですが、大したこともできずに終わってしまいました。

[4023] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 14 19:01:07 2022

8月12日は夏休みにして、午前中には竹橋へ。この展覧会を観てきました。

東京国立近代美術館 企画展ギャラリー, 2Fギャラリー4
2022/06/07-2022/10/02 (月休;7/18,9/19開;7/19,9/20休), 10:00-17:00 (金土 -20:00).

当時東ドイツだったドレスデン生まれながら壁ができる直前1961年に西ドイツへ移住し1960年代から現代美術の文脈で活動する作家 Gerhard Richter の、 生誕90年、画業60年を記念した、 Gerhard Richter Art Foundation 所蔵作品を中心にした110点からなる大規模個展です。 Richter は好きで1990年代からそれなりに観てきましたが、16年前の個展を見逃していて、 大規模な個展を観るのは Atlas (川村記念美術館, 2001) [鑑賞メモ] 以来でしょうか。 出発点ともいえるフォト・ペインティング、代表作ともいえるアブストラクト・ペインティング、 小品ながらギャラリーなどで観る機会も多かったオイル・オン・フォト、 近年手がけるストリップから、最新ともいえる2021年のドローイングまで、 主要な作風が一通り辿れる、なかなかに見応えある展覧会でした。

具象から抽象へと進んだ近代絵画の流れを想起させつつも異なる道筋を示すかのような、 写真などの具象的なイメージの抽象性を強調する Richter のアプローチの面白さを、改めて実感。 今回作品様々な作品をまとめて観て、その形式的な面だけでなく、 アブストラクト・ペインティングでのスキージのような道具の使用、 もしくは、4900 Colours [901] (2007) のようなカラー・チャートの作品や、 Strip (CR 930-3) (2013) のような コンピュータで生成した作品を観ていると、 偶然性の使用、というか、作家の恣意性を極小化するかのような面が浮かび上がってくるのが面白く感じられました。

その一方で、フォト・ペインティングの具象的なイメージだけでなく、今回の目玉の作品ともいえる Birkenau もそうだが、 シカゴの連続殺人事件に取材したという Acht Lernschwestern [Eight Student Nurses] (1971)、 9.11のWTCを思わせる September (2009)、 また古典的ともいえる頭蓋骨を描いた Schädel [Skull] (1983) など、 一連の作品の中から極小化された作家の恣意性というか意図に死のモチーフ –– 表象されたイメージというより秘められたコンセプト –– が浮かび上がってくる感も、とても興味深く感じられました。

ところで、Manchester International Festival 2015 で Birkenau が展示された際、 Richter / Pärt と題され 日に数回、ギャラリーにて Vox Calamantis が Arvo Pärt の曲 “Drei Hirtenkinder aus Fátima” を歌うというパフォーマンスが行われました [YouTube]。 イヤホンガイドでこの事に触れられ Birkenau の部屋ではその曲がかかる、とか期待しましたが、そんな事はありませんでした。 この曲は Vox Clamantis / Arvo Pärt: The Deer's Cry (ECM New Series, 2016) に収録されているので、 結局、自分の iPhone でこの曲を聴きながら鑑賞しました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

世間的にもお盆休みに入っているものの、平日なので少しは空いているかと期待したのですが、さにあらず。 まあ、仕方ないでしょうか。

[4022] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Aug 13 18:07:23 2022

8月11日は祝日 (山の日)。午前ゆっくりめに目黒駅に出て、そこを起点に三田 (恵比寿) と白金台を散策周遊。 東京都写真美術館と東京都庭園美術館をハシゴして、これらの展覧会を観てきました。

Avant-Garde Rising: The Photographiv Vanguard in Modern Japan
東京都写真美術館 3F展示室
2022/05/20-2022/08/21 (月休; 月祝開, 翌平日休). 10:00-18:00 (木金-20:00)

戦間期1930年代前半日本の新興写真 [関連する鑑賞メモ] の後、 1930年代後半から1940年代初頭にかけての個人的かつ芸術的な表現を志向した写真を集めた収蔵展です。 地域的な広がりとか、時代の前後の繋がりなど、気付かされることが多く、とても興味深く観ることができました。

この頃の動きとしては、瀧口 修造の「前衛写真協会」が有名ですが、 むしろ大阪 (「浪華写真倶楽部」「丹平写真倶楽部」「アヴァンギャルド造形集団」)、 名古屋 (「なごや・ふぉと・ぐるっぺ」「ナゴヤ・フォトアヴァンガルド」)、 福岡 (「ソシエテ・イルフ」) での動きを大きく取り上げていました。 中山 岩太 [鑑賞メモ], 平井 輝七 など度々観ていますが 地域のムーブメントを意識したことが無かったですし、全国的に広がって根付いていた様を見るようでした。

作風としては新興写真の延長のような新即物主義な作風のものも多いのですが、 やはりシュールレアリズムの影響が色濃くなってきて、 演出写真やフォトコラージュ、フォトグラム等の技法を使って 絵画とは異なる技法を用いて現実には無いイメージを作りだすものが印象に残りました。 オブジェを作っての撮影した作品の中には 大辻 清司 [鑑賞メモ] の戦後すぐの作風との共通点も感じられ、 新興写真から戦後の写真へのリンクはここにあったのかとも気付かされました。

Reinventing Image-Making
東京都写真美術館 B1F展示室
2022/05/20-2022/10/10 (月休; 月祝開, 翌平日休). 10:00-18:00 (木金-20:00)
東京都写真美術館所蔵 映像装置, Art Ex Machina (6人のコンピュータ・アーティストによるポートフォリオ), 木本 圭子, 藤幡 正樹, Tamás Waliszky

19世紀〜20世紀初頭の視覚・映像装置の収蔵品展示に始まり、 映像装置の機構に着想した作品や Computer-Generated な作品を集めた、 メディアアートの展示をすることの多いB1F展示室らしい企画の収蔵展でした。 中でも興味を引かれたのは、走査型電子顕微鏡を原理を可視光レーザーで実現した藤幡正樹《ルスカの部屋》(2004/2022)。 3Dスキャナが一般的になった現在から見るとそれに近く感じますが、3Dカメラはもちろん、 レンズ付きのカメラも用いず、光度計のみ。 仕組みは言われれば納得なのですが、本当にできるんだという、そんな感慨のある展示でした。

2階展示室では、 『TOPコレクション メメント・モリと写真 ー 死は何を照らし出すのか』。 ここの収蔵展はいつも見応えのあるのですが、どうやら今回は自分の趣味興味とすれ違ってしまいました。こういう時もあるでしょうか。

Mika Ninagawa: A Garden of Flickering Lights
東京都庭園美術館
2022/06/25-2022/09/04 (月休; 7/18開, 7/19休). 10:00-18:00

1990年代末より活動する写真家・映画監督の個展です。 写真作品や映像作品の展示ではなく、東京都庭園美術館の建物であるアールデコ様式の洋館に施したインスタレーション作品という位置づけの展覧会でした。 焦点深度浅く、明るく彩度高く撮られた花々のソフトでレイヤー感のある写真が、そしてそれにネオン管でメッセージを添えたものが、建物のあちこちに配置されていました。 隣接した新館のホワイトキューブの展示室では、紗幕も使ってレイヤー感も増幅させたビデオインスタレーション。 元の建物もあって、実にゴージャスでフォトジェニック。 でしたが、コンセプトの読み解きに誘うようなフックが無く、観ていても上滑りしてしまうような、そんな物足りなさもある展覧会でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4021] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 7 18:43:58 2022

この週末土曜は午後に日本橋室町へ移動。この舞台の上映を観てきました。

『プライマ・フェイシィ』
Harold Pinter Theatre, London, 21 July 2022.
Written by Suzie Miller. Directed by Justin Martin.
with Jodie Comer.
Set and costume designer: Miriam Buether; Lighting designer: Natasha Chivers; Sound designers: Ben & Max Ringham; Composer: Rebecca Lucy Taylor (aka Self Esteem); Video: Willie Williams for Treatment Studio.
First performance: 17 May 2019, Stables Theatre, Sydney.
First performance of this production: 15 April 2022, Harold Pinter Theatre, London.
A Production from Empire Street Productions.
上映: TOHOシネマズ日本橋, 2022-08-06 13:50-16:00.

プロダクションの初演が今年4月、上映も7月21日に始まったばかりの一人芝居の National Theatre Live の、1ヶ月も遅れずの日本上映です。(史上最速とのこと。)

法廷弁護士 Tessa が主人公、物語の語り手で、ssa 役 (Jodie Comer) の一人舞台として上演されます。 Tessa は労働者階級出身ながら有能な法廷弁護士として活躍し、時には性犯罪者の弁護も行いますが、 親密な関係となった同僚にデートレイプされ、 自分も関わってきたにもかかわらず自覚していなかった性的暴力を扱う裁判制度の問題点に直面するというプロットです。 法廷劇的な面もありますが、複数の異なる立場の登場人物を使って多声的に議論させるのではなく、 性犯罪者を弁護することもあった法廷弁護士という立場と デートレイプの被害者という2面を持つ主人公一人で、内面において両面から議論します。

セリフは会話的なものは少なく、ほとんどが Tessa 視点での状況の語り、そして、主張や心情吐露。 多声的な会話劇とはかなり異なり、 語り芸的というか、美しい舞台美術、照明の演出をつけた語り芝居のよう。 観たばかりということもありますが、社会のあり方、問題の在り処を語る、語り芝居という点で、 The Lehman Trilogy [鑑賞メモ] も連想しました。 外形的な要件での扱いが難しい「魂の殺人」とも言われる性暴力に関する 裁判制度の問題点を描くというテーマに、このような形式が合っていました。

弁護士事務所らしい書類棚が壁面を覆い高級なデスクやソファが置かれたセットが基本なのですが、 時に俳優自身が机を動かし、時に照明で背景だけ暗くしていつの間にか壁を消したり、 デートレイプ後のシャワーの場面では実際に水を使ったり、 語りに合わせた舞台美術の転換も効果的。 もちろん、とめどなく続くセリフを、ユーモア、皮肉、屈辱、悲壮など振幅広い演技で、 一時間半余 Tessa 演じ切った Jodie Comer の見応えありました。 描写も単にシリアス描くだけでなく、変化もあり、飽きさせません。 前半の有能な法廷弁護士として活躍や、その背景を描く場面での、 私立学校 (public school) を出た富裕層出身の大学の同級生や同僚弁護士への描写や、 労働者階級出身らしい失業して酒に溺れた兄の存在など Tessa の対比的な家庭の描写なども、 イギリス的なユーモアというか皮肉さを感じました。 後半の法廷の場面で Tessa への静かな連帯を示すのが、 彼女の母や彼女につきそう女性警察官という所にも、作品の裏テーマに階級の問題を感じました。

2017年から欧米で盛り上がりはじめた#MeTooの時代の作品ともいえるもので、 #MeToo に関連する報道をそれなりに目にする機会がありました。 日本でも、例えば、2019年からNHKが「NHK特集」や「クローズアップ現代」のような報道・ドキュメンタリーの番組で 「性暴力を考える」 というテーマを掲げて継続的に取り上げ続けています。 そういった報道を丁寧に追ってきたというほどではないものの、 今回の舞台作品で扱っていた問題を頭ではそれなりに知っているつもりではいましたが、 やはり、こういう舞台作品して見せらせると心を動かされます。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

COVID-19第7波で医療崩壊が起きている状況なので都心は静かめかと期待したのですが、 メジャーな映画の封切があったのか映画館ロビーは大変な混雑でした。 映画館が入っている商業施設も、飲食店に行列ができるほどの賑わい。 浴衣姿の人が目立ったのは、晩に隅田川花火大会があったからでしょうか。 もはやどこで感染してもおかしくない状況なので、今回は直行直帰、映画館やそこに入っている商業施設の滞在時間も最低限にとどめました。

というわけで、土曜晩は自宅呑みしていたのですが、 広島原爆投下の日でもありますし、Amazon Prime で 片渕 須直 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』 (2017) を観ました。 『この世界の片隅に』 (2016) のヒットで製作が可能となった長尺・完全版です。 『この世界の片隅に』は封切からしばらくしてユーロスペースでの上映で観ていたのですが、こちらは見逃していたので、観る良い機会かと。 北條[浦野]すず と 北條 周作 に加え、すずの幼馴染 水原 哲、周作が馴染み客だった遊郭の遊女 白木 りん を加えた 2つの三角関係の描写が深くなりメロドラマ色が強くなったような。 その設定も戦前松竹メロドラマ (ずず が 水戸 光子 or 田中 絹代、周作が 上原 謙、りん が 桑野 通子 といったあたりでしょうか) を連想されました。 しかし、そんなことを思いながら見ると、登場人物たちの演技がちょっと子供っぽ過ぎないか、と思わないでもないでした。 丁寧な日常描写といい、それを支える世界名作劇場の系譜のアニメーション演出といい、全体としては大変に好みのアニメーション映画ですし、 こういう日本的なメロドラマ的な要素も好物ではあるのですが、 アニメーション演出とメロドラマ的な面の間に微妙なズレを感じてしまいました。うむ。

[4020] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Aug 2 22:39:44 2022

週末の土曜の午後は、高円寺から与野本町へ移動。この舞台を観てきました。

彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2022/07/30, 15:00-16:50.
Conceived – Visualized + Directed by Dimitris Papaioannou
With: Damiano Ottavio Bigi, Šuka Horn, Jan Möllmer, Breanna O’Mara, Tina Papanikolaou, Łukasz Przytarski, Christos Strinopoulos, Michalis Theophanous.
Music: Antonio Vivaldi; Set Design: Tina Tzoka & Loukas Bakas; Sound Composition + Design: Coti K.; Costume Design: Aggelos Mendis; Collaborative Lighting Designer: Stephanos Droussiotis; Music Supervisor: Stephanos Droussiotis; Sculptures + Special Constructions - Props: Nectarios Dionysatos: Mechanical Inventions: Dimitris Korres
Executive Production: 2WORKS, in collaboration with POLYPLANITY Productions.
A Production of Onassis Stegi, To be first performed at Onassis Stagi, 22-12-2021.

ギリシャの演出家 Dimitris Papaioannou の2019年の The Great Tamer [鑑賞メモ] に続く2回目の来日公演です。 2021年に予定されていたもののCOVID-19の影響で翌年に延期、 さらに、今年に入ってから世界的な物流の混乱もあってさらに1ヶ月程会期を延期。 今年2月に上映会をした Nowhere もとても良かったので [鑑賞メモ]、 まさに待望の来日公演でした。

コンテンポラリーダンスの文脈が最も近いとはいえ、いわゆるダンス的なスキルを使った動きはほとんどなく、 むしろパフォーマーの身体はもちろん舞台装置や照明も駆使して活人画のように シュールレアリスティックで少々グロテスクなイメージの連鎖を舞台上に描いていくというのは相変わらず。 今回は舞台装置として背景に人一人が出入りできる扉があるだけの白壁を用意しそこへのライティングを効果的に使った視覚的に美しい光の演出でした。 といっても、大道芸 (ウォーキングアクト) でよく使われる頭上に被るタイプの人形を使っての奇妙な動きとシルエットを生かした冒頭の場面に始まり、 そこから雄牛を使ったイメージや、Papaioannou の好む複数の身体を組み合わせた異形のイメージからなる一連の場面あたりまでは、 彼らしいイメージと思いつつも、 The Great Tamer での大きく波打った舞台や Nowhere での舞台機構のような 大きな動きが無く、変化に乏しく感じられてしまいました。

しかし、小さな扉から発泡スチロール材のブロックやボードが瓦礫のように溢れ出てきてから、引き込まれました。 その扉の大きさから意外なほど大量に出てきたのも面白かったのですが、 むしろ出てきてから後、 「瓦礫」の上に登りつつそれらを少しずつ舞台下手へとそれらを非効率的ながら動かしていくような動きが、 災害や戦禍に見舞われた人々のイメージに重なります。 そして、ラストの場面。 女性パフォーマーが壁を背に硬めの耐水性のシートを足元に敷きその上に少しずつ水を流し始めると、 その反射光が後光のよう。 そんな後光を煌かせる水の女神が少しずつ奈落に下がって行ったあと、 舞台を覆っていた低い足場を男性パフォーマーたちが移動し始め、その下から磯のような空間が現れます。 雑然と両脇に積み上げられた足場と、まるで黄昏のような光の中の磯のイメージの、少々荒廃したイメージへの転換も強烈でした。 しかし、2月から続くロシアのウクライナ侵攻に関する報道からの報道のでしょうか、 瓦礫の場面や、ラストの磯の場面など、ポストアポカリプスを思わせるイメージに、過剰に反応しがちになっているかもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この高円寺から与野本町へのハシゴ、時間が1時間半弱で、リスキーかなと思っていたのですが、 特にトラブルも無く、むしろ乗換の接続も良くて、余裕を持って劇場に着くことができました。良かった。 乗換ロスで10分くらい後になることもよくあるし、それに加えて10分も遅延したら、間に合わなったことになるので、 こういうハシゴはあまりしたくないものです。

週末から最高気温35度近い真夏日でしたが、週明けからは35℃超の猛暑日。場所によっては40℃超も目前。 東京電力管内は需給が厳しくなるわ、流鉄流山線ではレール高温で運転見合わせになるわ、という災害級の猛暑です。 COVID-19第7波も医療崩壊してこちらも災害級。 海外に目を向けると、ロシアのウクライナ侵攻もまだまだ激しい戦闘が続いている中、 コソボ=セルビア、ナゴルノ・カラバフ、イラクに台湾と、あちこちが物騒な状況。 平穏な日々は、当分は戻ってきそうもありません……。

[4019] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 31 18:45:43 2022

先週末、今週末と土曜は昼に高円寺へ。 座・高円寺 では毎年楽しみにしているフェスティバル『世界をみよう!』が開催されていました。 人形劇、マイムやサーカスなどセリフに依らず親子で楽しめる小規模な舞台作品を国内外から集め、毎年7月に開催されています。 COVID-19の影響で2020年以降、海外アーティストの招聘ができなかったのですが、 今年は2020年に予定していたラインナップで開催されたので、以下の2つのを観ました。

『キュビックス』(テアトル・サン・トワ/フランス)
座・高円寺1
2019/07/23, 13:00-13:45.
Conception et mise en scène [Staging]: Mathieu Enderlin
Lumières [Lights]: Pierre-Emile Soulié; Scénographie [Scenography]: Jeanne Sandjian
Interprètes [Performers]: Yasuyo Mochizuki, Aurélie Dumaret
Production [Production]: Théâtre Sans Toit
Création 2016.

Théâtre Sans Toit は人形劇もバックグラウンドに持つカンパニーですが、 Cubix は、 1辺10〜15cm程の白いキューブを30〜40個を2人で操り、 それを並べたり、積み上げたり、時々キューブの組み合わせで生き物を演じて見せるという、 シンプルなアイデアのキューブブロック遊びというか「人形」劇というかオブジェクト・マニピュレーションの作品でした。 しかし、超短焦点プロジェクタを使っての客席後方からではなく舞台上方からキューブへのプロジェクションマッピング使いや、 投影された映像やブロックの動きの組み合わせ、 音楽などは使わないのですが動きに合わせてのポイント押さえたサラウンド音響使いが、 それらが主役とならない程度にキューブを動かす様子を楽しむという核の部分を生かして拡張するよう。 そんなプロジェクマッピングやサラウンド音響の絶妙な使い方も楽しめました。

『ななふし』(ラ・カンパニー・リベルティヴォル/フランス)
座・高円寺1
2019/07/30, 13:00-13:35.
Écriture, mise en scène: Fanny Soriano
Collaboration artistique: Mathilde Monfreux et Damien Fournier; Musique: Thomas Barrière; Costumes: Sandrine Rozier; Lumière: Cyril Leclerc
Interprétation: Voleak Ung, Vincent Brière
Production: Compagnie Libertivore
Création 2017.

Compagnie Libertivore は Fanny Soriano 主宰のフランスの現代サーカス・カンパニーです。 Phasmes フランスの (女性はカンポジア出身ですが) ハンド・トゥ・ハンドのアクロバットをバックグラウンドに持つ男女デュオによる作品です。 といっても、ハンド・トゥ・ハンドの技も使うときもありますが、その技を見せるための作品ではありません。 半径 5〜10 m ほどの円形に、枯落葉が疎に、しかし、一箇所だけ小さな山になるように撒かれたフロアの上、 暗めの照明の下、電子音や打楽器音、ノイジーなエレクトリックギターからなるような音楽を使い、 虫のような小動物のような異形の動きをアクロバット技も使ってみせました。 タイトルからあまり早くないグニャグニャした動きを想像していたのですが、 ゆっくりとした動きも使いましたが、くみ転がったり、飛び付き放り投げたり、駆け回り転がったりと、 格闘するかのようなダイナミックも印象に残りました。

どちらも、ナラティブというより抽象度の高い作品でしたが、約30分という長さもちょうど良く、引き込まれました。 こういう小規模な作品は息遣いも感じられる生の舞台の方が楽しいとも実感しました。

『世界をみよう!』の海外招聘はもう1組、Teater Blik: Hov! 『ワォ!』(シアター・ブリック/デンマーク) があったのですが、 公演関係者にCOVID-19陽性者が出てしまい、土日の公演が中止になってしまいました。残念。 やはり、第7波の感染拡大状況下での公演は困難が伴います。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

2020年6月の運用開始時から2年余り使ってきた 新型コロナウイルス接触確認アプリ COCOA (COVID-19 Contact-Confirming Application)。 今までうんともすんとも言わず本当に機能してるんだろうか、なんて、思っていましたが、 初めて接触通知が来ました。 内容は23日9:00から24日9:00の間に172分。 通知が来た29日午後は、接触後の待機期間5日を過ぎた後でした。 接触した23日土曜は劇場 (高円寺) と映画館 (新宿東口) を一人でハシゴした日ですが、 172分という長さからすると、ちょうど映画を観た時でしょうか。 23日以降、毎日の検温は36℃代に収まっていて、風邪様の自覚症状も無かったので、感染・発症はしなかったのではないかと。 3時間近く隣り合っていたとしても、映画館の席でじっとしてマスクしたまま一言も発せずという状況では感染リスクは小さい、というところでしょうか。 COCOAログチェッカーの結果も、池袋西口の映画館に行った17日と新宿東口の映画館に行った23日の件数が突出しています。 映画館自体が、というより、新宿や池袋のような繁華街の映画館があるようなエリアがリスキーということでしょうか。 COCOA も機能しているようで、インストールは無駄ではなかった、とひと安心しました。 その一方で、今まで引っかからなかったCOCOAに引っかかる程、感染者が周囲にたくさんいるのかと、ゾッとしました。 実際、東京都の新規感染者数も4万人を超え、医療崩壊していますし。

[4018] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 25 23:16:26 2022

週末土曜は昼は観劇だったのですが、その後、新宿へ出てこの映画を観てきました。

2019 / Non-Stop Production (RU), AR Content (RU) / colour / 137 min.
Режиссёр [Director]: Кантемир Балагов [Kantemir Balagov].
Виктория Мирошниченко [Viktoria Miroshnichenko] (Ия [Iya]), Василиса Перелыгина (Маша [Masha]), etc

Святлана Алексіевіч [Светлана Алексиевич]: У войны не женское лицо 『戦争は女の顔をしていない』 (1985) に着想したという2019年のロシア映画です。 俳優や製作陣のバックグラウンドには疎いのですが、 監督の Кантемир Балагов [Kantemir Balagov] はチェルケス系 (Circassian) で、 Александр Сокуров [Alexander Sokurov] に師事したという、 これが長編2作目の1991年生の若い監督です。 やはり『戦争は女の顔をしていない』に着想したという所に興味を引かれて観てみました。

『戦争は女の顔をしていない』が原案とされていますが、 回想の語りを映画化したわけでなく、戦争中のエピソードを使うのでもなく、 第二次世界大戦 (大祖国戦争) 終戦直後 (1945年) のレニングラード (現サンクトペテルブルグ) を舞台に 復員した元女性兵士のドラマとなっています。 ちなみに、映画の原題/英題は主人公 Ия [Iya] のあだ名で「のっぽさん」の意味です。 Ия はPTSDによる身体が硬直してしまう発作に苦しみつつも看護士として軍病院で働き 幼い男の子 Пашка [Pashka] の面倒をみていますが、PTSDの発作に巻き込んで死なせてしまいます。 そんな所に Ия の戦友かつ Пашка の母 Маша [Masha] が帰還してきますが、 戦死した夫の復讐のためベルリンまで従軍した彼女は腹部を負傷して不妊となり身体的な後遺症を抱えています。 そんな精神的身体的な外傷に加え、女性兵士に対するスティグマ (「食料と交換でヤらせてくれる」「戦地妻」といった偏見) などを抱えつつ、 同性愛的な関係も育つつ生き延びようとする様を、 もちろん軍病院の医師、傷痍兵やその家族といった戦争に傷を癒そうと苦闘する人々、 そんな事とは無縁なノーメンクラトゥーラの一家などの話も交えつつ、描いていました。

2時間余りの間に様々な出来事が起こる展開はかなりドラマチックですが、 音楽を使わずセリフも控えめな寡黙な演出と、 軍病院の様子やアパートメントでの生活の長いめカットを使った丁寧な描写、 そして、セピアに退色したような色合いながら服装に使われる赤や緑の鮮やかさも印象的な画面が、 印象に残った映画でした。

ロシアのプロダクションによる映画ですが、プロデューサの Олександр Роднянський [Alexander Rodnyansky] はユダヤ系ウクライナ人で、 ロシア政府へ批判的な立場もあって2020年にはロシアの国家映画委員会から排除されいます。 もちろん、戦争 (ウクライナへのロシア侵攻) に反対の立場。 監督の Балагов [Balagov] も戦争反対を表明しており、侵攻開始後、ロシアから脱出しています。 Петровы в гриппе [Petrov's Flu] 『インフル病みのペトロフ家』 (2021) [鑑賞メモ] もそうですが、 今のロシアにはこのような映画を撮る映画人の居場所が無くなっていることを実感します。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

それにしても、 Кирилл Серебренников (режиссёр): Петровы в гриппе [Kirill Serebrennikov (dir.): Petrov's Flu] 『インフル病みのペトロフ家』、 [鑑賞メモ]、 Сергій Лозниця (Режисер): Донбас [Sergei Loznitsa (dir.): Donbass] 『ドンバス』 [鑑賞メモ]、 Валентин Васянович (Режисер): Атлантида [Valentyn Vasyanovych (dir.): Atlantis] 『アトランティス』、 Валентин Васянович (Режисер): Відблиск [Valentyn Vasyanovych (dir.): Reflection] 『リフレクション』 [鑑賞メモ]、 に続いて、と、ウクライナへのロシア侵略と直接間接に関係するようなテーマの映画を観ることが続いていて、 とても興味深い良い映画と思いつつも、さすがにちょっと辛さが蓄積してきているかも、と思ったり。

土曜の昼に観た舞台作品については、また後ほど。

[4017] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 24 22:50:09 2022

先週末の三連休中日の日曜も、2日続けて池袋西口へ。この舞台作品の上映を観てきました。

Piccadilly Theatre, London, 25 July 2015.
by Stefano Massini, adapted by Ben Power.
Directed by Sam Mendes.
with Simon Russell Beale, Adam Godley, Ben Miles.
Pianist: Candida Caldicot.
Set Designer: Es Devlin; Costume Designer: Katrina Lindsay; Video Designer: Luke Halls; Lighting Designer: Jon Clark; Composer and Sound Designer: Nick Powell; Co-Sound Designer: Dominic Bilkey; Music Director: Candida Caldicot; Movement: Polly Bennett; Associate Director: Zoé Ford Burnett
First Performance: 12 July 2018, Lyttelton Theatre.
A National Theatre and Neal Street Productions co-production.
上映: シネ・リーブル池袋, 2022-07-17 15:00-18:45.

2008年の世界的な金融危機「リーマン・ショック」のきっかけの経営破綻で有名となった 大手投資銀行 Lehman Brothers の創業者一族三代の栄枯盛衰の物語を舞台化した作品の、 National Theatre Live での上映です。 フィジカルな要素が少なさそうな作品の上、途中休憩2回を含む三部構成で4時間弱という上映時間に腰が引けていたのですが、 上映権利が切れるため最後の上映機会という話を聞いて、観にいきました。

バイエルン州北部ウンターフランケンのリンパー (Rimpar) からのユダヤ系移民 Henry Lehman (b. Hayum Lehmann) が1944年にアメリカ南部アラバマ州モントゴメリーに織物の店を開業、 Emmanuel と Mayer の2人の弟も移民してきて、3人が経営する Lehman Brothers となります。 この3兄弟がこの物語の語り手となります。 事業も織物から、周囲の農場で働く人達向けに日用品を扱うようになり、 さらに、農場の火災を契機に綿花取引に軸足を移していきます。 第一部は兄 Henry が黄熱病で死に、南北戦争 (1861-65) で危機を迎えたところまで。 第二部は、南北戦争後、当時の綿花取引の中心地だったニューヨークに拠点を作り、 Emmanuel の Sondheim 家令嬢との結婚を通して当時のニューヨークのユダヤ人上流階級の仲間入りをしていく様、 また、事業面でも綿花取引からコーヒー取引、さらに鉄道などに対する投資銀行へと軸足を移していく様を、 Emmanuel からその息子 Philip への代替わり (1901) と重ねて描いていきます。 そして、Philip からさらにその息子 Bobbie (Robert) への代替わり (1925) と大恐慌 (1929) を迎え第二部が終わります。 第三部は大恐慌の打撃と Bobbie がそれを耐え凌ぐ様から始まり、 Lehman Brothers が同族経営色、ユダヤ色を薄めていく様を描きます。 Bobbie の死 (1969) 後から経営破綻 (2008) までの細かく経緯は描かれず、 投資銀行部門と投機部門の対立が象徴的に描かれます。 そして、経営破綻を持って物語は終わります。

このような Lehman 一族三代の物語を、3人の俳優と生伴奏のピアニストだけで演じて行きます。 創業の3兄弟、二代目、三代目など主要な役は固定されているものの、次々と出てくる 様々な年齢性別の登場人物を代わる代わる演じて行くことになります。 そもそも、セリフのほとんどは第三者の視点で物語るもので、 その地の語りの中に会話が半ばシームレスに埋め込まれています。 俳優たちも役を演じるというより物語を語っている場面が多く、 特に象徴的な場面のみ登場人物の会話劇として演じられ、 その演技も自然主義的ではなく象徴的な誇張も含む声色とマイムを使っての、語り芝居的な演出でした。 舞台装置も回転するガラス張りのキューブにオフィス風の什器と段ボール箱のみ、 黒スーツ姿で衣装替えもなく、語りと見立て、そして背景の象徴的な映像プロジェクションだけで場面を描くミニマルな演出です。 英語がよく理解できればもっと叙事詩的に感じられたのかもしれませんが、 一族の栄枯盛衰を描くという意味で『平家物語』にも通じるものを感じられましたし、 内容はもちろん声色も使った語りと最低限の道具を見立てての演出もあって、 出世譚の現代物の講談を現代的な演出で見ているよう。 内容と形式の相性もよく、俳優たちも巧く、4時間弱、全く飽きずに楽しめました。

もちろん、そういう形式的な面白だけでなく、語られる物語も、 アメリカにおけるユダヤ移民の物語、そして、日用品を扱う小さな店から投資銀行へという市場と金融の発展のシステムの物語として、 もとても興味深かく観ることができました。 特に巧いと思ったのは、 Henry, Emmanuel, Philip の葬儀がユダヤ色を薄めていく様を象徴するかのように 服喪 (shiva) が1週間が3日になり最後は3秒となると、対比的に描かれ、 さらに Bobbie の死 (1969) はむしろ「死後も (リーマンショックまで) 踊り続けた」のように描かれたところでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

もちろん出来の良かった舞台作品が選ばれているとは思いますが、 National Theatre Live は、自分の守備範囲からちょっと外れているかな思うような作品でも、 観ると期待以上に楽しめてしまう事ばかり。 もちろん時間が許す範囲にはなりますが、変に選り好みをせずに観にいきたいものです。

[4016] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 18 20:26:19 2022

COVID-19第7波も第6波超えがほぼ確実な勢いになってしまっていますが、 この三連休初日土曜は午前から池袋西口へ。 『ボンクリ・フェス』 (“Born Creative” Festival) も 2019年以来の海外ミュージシャンも迎えてそれ以前の形式での開催になったということで、 2019年 [鑑賞メモ] ぶりに足を運びました。

『箏の部屋』
The Koto Room
東京芸術劇場 ギャラリー1
2022/07/16, 11:15-12:00.
八木 美知依: 組曲「あまつ風」 [Yagi Michiyo: Heavenly Wind Suite].
八木 美知依 Talon (箏アンサンブル): 八木 美知依, 磯貝 真紀, 高橋 弘子, 小林 道恵; 中山 晃子 (alive painting).

今までもライブなどで聴く機会もあった曲「森の中へ」 [Into The Forest] を 箏アンサンブル Talon [鑑賞メモ] のための組曲とした「あまつ風」を、 “alive painting” のライブ・プロジェクションと合わせて演奏しました。 前半は 八木 美知依 のソロで、中盤でパーカッション (サムルノリのゴング (ケンガリ、チン) と簓 (ささら)) を静かに鳴らしながら3人が登場し、 後半は箏4面編成で。 八木 こそディレイやルーパー等のエフェクトも駆使しましたし、 中盤4人が揃った場面では静かなポリフォニーもありましたが、 4面の箏のアコースティックな響きを使った演奏が印象に残りました。

中山 晃子 の alive painting は5年前に一度観たことがありましたが、 その時から比べてかなり進化しているように感じられました。 以前には感じられたマーブリング的な要素はほとんどなくなり、 色が流れ滲む様だけでなく、水性と油性の溶剤の作る界面だったり、泡や水泡、油泡、水泡の動きだったり、 金粉の塊から液中に粉が流れ出ていく様だったりと、様々な形状と動きを見せてくれました。 ホワイトボックスのような広めのスペースで、そんな 山中 晃子 のalive paintingのプロジェクションもあって、 super deluxeでのライブを観ているような気分になりました。 こういうスタイルのライブを久々に楽しみました。

『ボンクリ・フェス2022スペシャル・コンサート』
“Born Creative” Festival 2022 Special Concert
東京芸術劇場 コンサートホール
2022/07/16, 14:00-16:00.
1)藤倉 大 [Fujikura Dai]: THREE. Ensenble THREE: Joel Brennan (trumpet), Dan Immel (trombone), Ken Murray (guitar),
2)久石 譲: 揺れ動く不安と夢と球体 [Hisashi Joe: Shaking Anxiety and Dreamy Globe)]. 佐藤 紀雄 (guitar), 山下 俊輔 (guitar).
3)八木 美知依 & 藤倉 大: アルバム「微美」より [Yagi Michiyo & Fujikura Dai: From the album “Bibi”]. 八木 美知依 (箏 [koto]), 藤倉 大 (synthesizer).
4)Anne Leihehua Lanzilotti: Beyond the accident of time. Ensemble Nomade.
5)Punkt Live Remix of “Beyond the accident of time” by Jan Bang (electronics), Erik Honoré (electronics), Eivind Aarset (guitar, electronics),
6)大友 良英: 見えない天井と小さな石と [Otomo Yoshihide: Invisible ceiling and small stone]. Ensemble Nomade.
7)藤倉 大: ヴィオラ協奏曲「ウェイファインダー」 [Fujikura Dai: Wayfinder - Viola Concerto]. Anne Leihehua Lanzilotti (viola), Ensemble Nomade.

今年のスペシャル・コンサートは、前衛的が薄まり、 従来的な意味でのメロディの要素の強い “Modern Composition”、“Post-Classical” のコンサートのように感じられました。 アコースティックな楽器音よりも電子的な音の方が気分だったのか、 八木 美知依 & 藤倉 大 のアルバム「微美」からの曲、そして、 静かに鳴る鐘のアンサンブル Anne Leilehua Lanzilotti: Beyond the accident of time から その Punkt Live Remix への流れが楽しめました。

『プンクトの部屋』
The PUNKT Room
東京芸術劇場 ギャラリー1
2022/07/16, 17:45-18:30.
Jan Bang (electronics), Erik Honoré (electronics), Eivind Aarset (guitar).

2019年にも登場した Punkt ですが、今回は Nils Petter Molvær 抜きの3人編成、 終わり近くで Jan Bang のMCが入った物の、それ以外はブレイクなし。 お互いの音に電子的な加工を重ねていきます。 今回は具体音のインプットは Eivind Aarset のギター。 そして、セットにマイクスタンドが立っていたので、 開演前はシークレットゲストの歌手が加わるのだろうかと思っていたのですが、 中盤、そしてラストでは Jan Bang が歌う場面も。

MCの後の短いセッションでのテクスチャ感強めながらも Jan Bang の歌をフィーチャーした展開も 歌物のエレクトロニカにもつながる良さがありましたが、 中盤の Jan Bang の抽象化された歌声や、 MCのブレイクの直前にあった Eivind Aarset のギターのコード・ストロークが 音のテクスチャの中を流れるような展開が好みでした。

しかし、この日の気分というのもあったと思いますが、 クラッシック的なコンサートホールでのコンサートというフォーマットより、 オルタナティヴ・スペース的な空間でのライブというフォーマットの方が、 自分にはしっくりとくるというか、楽しめました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この前後にも色々面白そうなコンサートやワークショップがあったのですが、 気力体力面で集中力が維持できるのは、これが限界でしょうか(衰)。

しかし、六本木 Super Deluxe が閉店 [関連する鑑賞メモ] して以来 全く観無くなったわけではないものの遠ざかってしまいましたが、 オルタナティヴスペースで行われるような インスタレーションやライブの映像やパフォーマンスなどど共演するスタイルの 音楽ライブは良いものだなあ、と、つくづく。 たまにはそのようなライブへ足を運びたいものです。

[4015] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Jul 12 23:27:10 2022

週末土曜の午後に展覧会巡りをした後は、埼京線で与野本町へ。この公演を観てきました。

彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2022/07/09, 17:00-18:30.
Noism0 + Noism1 『お菊の結婚』
演出振付: 金森 穣.
音楽: Igor Stravinsky: Les noces
衣装: 堂本 教子.
出演: Noism: 井関 佐和子, 山田 勇気, Geoffroy Poplawski, 井本 星那, 三好 綾音, 中尾 洸太, 庄島 さくら, 庄島 すみれ, 坪田 光, 中村 友美, 樋浦 瞳, 杉野 可林, 糸川 祐希.
世界初演: 2022年7月1日 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈劇場〉
Noism × 鼓童 『鬼』
演出振付: 金森 穣.
音楽: 原田 敬子 「鬼」舞踊と打楽器アンサンブルのための (2020-2022)
衣裳: 堂本 教子.
演奏: 太鼓芸能集団 鼓童: 米山 水木, 小平 一誠, 吉田 航大, 木村 佑太, 平田 裕貴, 渡辺 ちひろ, 中谷 憧.
出演: Noism: 金森 穣, 井関 佐和子, 山田 勇気, Geoffroy Poplawski, 井本 星那, 三好 綾音, 中尾 洸太, 庄島 さくら, 庄島 すみれ, 坪田 光, 中村 友美, 樋浦 瞳, 杉野 可林, 糸川 祐希.
世界初演: 2022年7月1日 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈劇場〉

新作を精力的に発表し続ける Noism Company Niigata [2021年冬公演の鑑賞メモ] による 佐渡を拠点に活動する太鼓芸能集団 鼓童とコラボレーションしての新作公演です。 ナラティヴな『お菊の結婚』に抽象度の高い『鬼』と対称的な2作品の組み合わせでしたが、 今の自分の気分には『お菊の結婚』のようなナラティヴな作品の方がしっくりきました。

前半に上演されたのは、鼓童とのコラボレーションではなく、 ディアギレフ生誕150周年ということで、1923年に Ballets russes が初演した Igor Stravinsky 作曲のバレエ Les Noces [Свадебка] のリメイクでした。 Stravinsky の音楽を使って、 André Messager 作曲のオペラ (1893) でも知られる Pierre Loti の小説 Madame Chrysanthème 『お菊さん』 (1885) に着想した物語 –長崎にやってきたフランス海軍将校 Pierre が芸者 お菊 と現地妻として娶る話– を演じたナラティヴなダンス作品で、タイトルも『お菊の結婚』となっています。 楼主 (結婚仲介人の勘五郎) 役だけでなく女将役、さらには Madama Butterfly 『蝶々夫人』を思わせる本国の妻の役が加わる一方、 Pierre の子分 Yves は登場せず、ラストで Pierre が死ぬ、等の変更が加えられていました。

原作で Pierre がお菊を「人形」と見ていることに着想して、 Pierre とそ本国妻役以外、お菊だけでなくお菊を Pierre へ売ろうとする遊郭の人々の踊りが人形のような動きとなっていました。 Pierre の日本人に対する差別的な視線を可視化しているだけでなく、 早回しの人形浄瑠璃にようだったり、むしろお菊を売ろうとする遊郭の人々に対する風刺的なドタバタだったりと、多義的に感じられました。 そして、歌入りかつパーカッシヴな Stravinsky の音楽が、意外にもそんな狂騒的な雰囲気に合ってました。

後半はメインの鼓童とコラボレーション作品 『鬼』。 鼓童の活動の場である佐渡に取材し、 上相川の遊女町 (柄杓町) の起源に関する 佐渡金山の創業期に相川で勧進したという熊野比丘尼を率いた清音尼に着想した作品です。 『お菊の結婚』のようなナラティヴな作品ではなく、 金山創業期にあったと思われる修験道的なものを 清音尼率いる遊女たちと金山を開いた山師たち (修験者でもある) のダンス –Noism1のダンサーたちが様々な組み合わせを見せるだけでなく、 Noism0の2人に 金森 穣 を加えて単純なデュオを避けるかのようなダンスに、全員での群舞– として表現したかのような作品でした。

白米の滝に打たれつつの祈念するかのような『Fratres』三部作 [鑑賞メモ] など典型的ですが、Noism のダンスには修行を思わせる所もあり、修験道的なイメージとは親和的。 金のイメージも、金塊とか金貨のような形あるものとして見せるのではなく、 舞台前方の床に貼られた金箔の反射や、ラストの場面のうっすら金光りする後方の幕など、 不定形の雰囲気的なものとして表現されます。 鼓童に太鼓アンサンブルが演奏する 原田 敬子 作曲の音楽は、 力強い太鼓の打撃音だけでなく繊細なテクスチャを生かしたもので、 太鼓の音で山師たちが力強く踊るだけでなく、 (後半にはそんな衣装も脱ぎ捨てNoism らしくストイックな雰囲気になるのですが) 衣装の紅い袖をひらめかせつつの遊女たちが艶やかに舞う場面も印象に残りました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

海外ではロシアのウクライナ侵攻もまだまだ激戦が続き、 先週後半から、イギリス Boris Johnson 首相が辞任表明、 そして、国家破産したスリランカの大統領&首相辞任表明と騒乱。 国内では COVID-19の第7波もありますが、 衆議院選挙の結果や 安倍 元首相の銃撃犯の背景に関する報道もあって、 なかなか心穏やかに過ごせません。

[4014] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 11 22:19:14 2022

この週末土曜は午後に乃木坂、表参道と回って、これらの展覧会を観てきました。

Spinning Crocodiles, Tamura Satoru
国立新美術館 企画展示室1E
2022/06/15-2022/07/18 (火休), 10:00-18:00 (金土-20:00).

1990年代に活動を始めた不条理な存在感のある機械を作風とする作家 タムラサトル の、まさかの国立新美術館での個展です。 通常の展覧会では壁で幾つかの展示室に区切って使われることが一般的な企画展示室1Eを、 あえて区切らずに、だだっ広いスペースとしてそのまま使用。 さらに作品も《スピンクロコダイル》縛りにして、 《スピンクロコダイル・ガーデン》を出現させていました。

今回の一番の見どころは、なんと言っても、展示空間の広さを生かした 史上最大と思われる長さ12 mの《スピンクロコダイル》。 いつもの展示よりもゆっくりめに、空間的にも余裕が取られ、悠々と回転していましたが。 そして、20〜30 cm 程度の小さな《スピンクロコダイル》1,000点がお花畑のように並べられているという物量感。 これだけの規模になるとカメラ等で全景を捉えるのも難しくなるのですが、 あえて切り取って写真を撮ると、《スピンクロコダイル・ガーデン》の一部という文脈がおぼろげになり、ナンセンスさが増すよう。 そんな所も面白く感じられました。

こんな展覧会を楽しんだのですが、惜しむらくは、 『接点』シリーズ [鑑賞メモ] や 『Wall to Wall』 [鑑賞メモ]、 もしくは『10回たたく』 [鑑賞メモ] のような、 観ていて危険も感じさせる無骨な機械の展示がなかったところでしょうか。 関連して子供向けのワークショップも開催した 鑑賞料無料の「子どもから大人まで楽しんでいただける展覧会」として企画されているので、 その点は仕方ないでしょうか。

それにしても、当時まだあった東大駒場寮内にあった コマバクンストラウム で 『ワニガマワルンデス − タムラ サトル 展』 (1997) [鑑賞メモ] で 《スピンクロコダイル》を観てから、既に四半世紀が経つのかと思うと、感慨深いものがあります (遠い目)。

スパイラルガーデン
2022/06/19-2022/07/11 (会期中無休), 11:00-20:00.

1970年代に「もの派」と呼ばれた作家の一人、菅 木志雄 [鑑賞メモ] の個展です。 木や石、金属板、棒やコンクリートブロックを素材感剥き出しのまま使ったストイックな作風という印象が強かったので、 色彩感ある作品が多く並んだ展示はとても意外でした。 作品リストを見ると2020年代に入ってからの作品が中心で、最近の作風と気付きました。 スパイラルホールという会場を意識した展示作品のチョイスなのかもしれなですが、 ポップでオシャレにすら感じられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4013] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 10 18:53:57 2022

劇場の公演をそれなりに観に行くようになって、家でストリーミングを観ることも減ってきているのですが、 そんなことですっかり忘れかけていて期間終了ギリギリになってしまったこのストリーミングを 金曜の晩に観ました。

on the beach in Toubab Dialaw, Senegal
March 2020. 40 min.
2020 Restaging:
Artistic Directors: Josephine Ann Endicott, Jorge Puerta Armenta;
Rehearsal Directors: Clémentine Deluy, Çağdaş Ermiş, DittaMiranda Jasjfi, Barbara Kaufmann, Julie Shanahan, Kenji Takagi.
Dancers: Rodolphe Allui, Sahadatou Ami Touré, Anique Ayiboe, D’Aquin Evrard Élisée Bekoin, Gloria Ugwarelojo Biachi, Khadija Cisse, Sonia Zandile Constable, Rokhaya Coulibaly, Astou Diop, Serge Arthur Dodo, Estelle Foli, Aoufice Junior Gouri, Luciény Kaabral, Zadi Landry Kipre, Bazoumana Kouyaté, Babacar Mané, Vasco Pedro Mirine, Stéphanie Mwamba, Florent Nikiéma, Shelly Ohene-Nyako, Brian Otieno Oloo, Harivola Rakotondrasoa, Oliva Randrianasolo (Nanie), Asanda Ruda III, Tom Jules Samie, Amy Collé Seck, Pacôme Landry Seka, Gueassa Eva Sibi, Carmelita Siwa, Armel Gnago Sosso-Ny, Amadou Lamine Sow, Aziz Zoundi; Further company dancers Korotimi Barro, Inas Dasylva, Franne Christie Dossou, Profit Lucky, Vuyo Mahashe, Didja Kady Tiemanta
The Rite of Spring: Choreography: Pina Bausch; Music: Igor Stravinsky; Set and Costume Design: Rolf Borzik Collaboration: Hans Pop; World Premiere 3 December 1975, Opera House Wuppertal, Tanztheater Wuppertal Pina Bausch.
Film production: Director and Editor: Florian Heinzen-Ziob; Cinematographer & Colour Correction: Enno Endlicher; Sound Recording & Sound Design: Armin Badde; Production: polyphem Filmproduktion.
Produced by Pina Bausch Foundation, École des Sables and Sadler’s Wells.
Salder's Wells Digital Stage URL: https://www.sadlerswells.com/digital-stage/dancing-at-dusk-a-moment-with-pina-bauschs-the-rite-of-spring/
Available 12 noon (BST) 9 June – 12 noon (BST) 11 July. First screened on Sadler’s Wells Digital Stage in July 2020.

アフリカ14か国の39名のダンサーによるダカールの砂浜でリハーサルした Pina Bausch: The Rite Of Spring [Le Sacre du printemps] を収録したビデオ作品です。 元々、The Rite of Spring / common ground[s] のダブルビルとして 2020年3月からセネガル・ダカールに始まるツアーを予定していたものの、COVID-19のためキャンセルになってしまい、 このセネガルでの最後のリハーサルが収録され、2020年7月に Salder's Wells の Digital Stage としてストリーミングされました。 その後、このダブルビルは2021年9月23日にマドリード Teatros del Canal で初演され、 2022年6月7-11日にはロンドン Sadler's Wells で公演。 この公演に合わせて、再び Digital Stage でストリーミングされました。

カメラの視野の中は、時々遠景にわずかに人影が写るものの、明るいベージュの砂浜と白い空のみ。 地と空を分つのは、水平に一直線な砂丘の稜線、そして、そこから微かに除く水平線のみ。 衣装は Pina Bausch のオリジナルのものを踏襲して、 男性は上半身裸に黒のワイドパンツ、女性はベージュのスリップで、 犠牲となる女性ダンサーは赤のスリップになります。 さらに時間は夕方。上演開始時は表情もはっきり見えるほど明るいのですが、 次第に暗くなり、ラストは砂地こそ明るく見えますが、人はほとんど黒いシルエットのよう。

映画 Pina で観た [鑑賞メモ] The Rite Of Spring が 暗めの褐色の土が敷かれたブラックボックスでダンサーの白い肌がそこに浮かび上がっていたのに対し、 このバージョンは動きの生々した迫力はそのままに、 砂浜の白っぽい背景に暗い色のダンサーたちのシルエットと色味が反転。 野外の上演ではレアなミニマリスティックな舞台設定と自然光の変化を生かした、 美しい映像に仕上がっていました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、COVID-19もオミクロン株BA.5系統への置き換わりで第7波に突入。 この週末の日曜発表の東京都の新規感染者数は9482人と1万人に迫る勢いで、前週比が2.5倍という急上昇ぶり。 今年度に入ってノーマルに復帰しつつあったように思うのですが、再び雲行きが怪しくなってきてしまいました。

まだ結果を知らない状況で書いていますが、今日日曜は参議院選挙の投票日。 去年末、ジョセフ・ヒース&アンドルー・ポター『反逆の神話〔新版〕』 (早川書房, 2021) を興味深く読んだので、 ジョセフ・ヒース 『啓蒙思想2.0〔新版〕』 (早川書房, 2022) を読んでいるのですが、この選挙戦と並行して読んでいると、まさに具体例を見ているようでした。 選挙戦終盤の8日金曜には、演説中の安倍晋三元首相が銃撃され死亡する事件も発生。 自分か生きている間に自国の元首相が銃撃で死亡というニュースを目にするとは思いもしませんでしたよ……。

[4012] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Jul 9 10:18:22 2022

先週末の日曜は、午後に渋谷宮益坂へ。この映画2本を観てきました。

Атлантида [Atlantis]
『アトランティス』
2019 / Garmata Film Production (UA), Limelite (UA) / colour / 109 min.
Режисер [Director]: Валентин Васянович [Valentyn Vasyanovych].
Відблиск [Reflection]
『リフレクション』
2021 / Arsenal Films (UA), et al / colour / 127 min.
Режисер [Director]: Валентин Васянович [Valentyn Vasyanovych].

ウクライナの映画監督 Валентин Васянович [Valentyn Vasyanovych] による、 2014年に始まったドンバス戦争で生じた状況に着想した映画 2本 [日本配給公式サイト] です。 初めて観る監督で背景や作風は知りませんでしたが、今観ておいた方が良い題材ということで、まとめて観ました。

Атлантида [Atlantis] は ドンバス戦争が終結してから1年後 (2025年と想定) という近未来のドンバス地方が舞台。 戦争で全てを失った Сергій [Sergii] が、 戦争犠牲者の発掘・回収を行うボランティア団体 (Black Tulip という実在する団体) の女性と知り合い、次第に親密になり、 戦争で荒廃した地に向き合って生きていくことを受け入れる、という淡いストーリーがあります。 しかし、そんな2人の描写を通して、むしろ戦争がもたらした荒廃した不条理な世界を淡々と描くようでした。 戦争による破壊で大規模に汚染され大量の地雷が残り無人地帯となった雨に煙る灰色の大地で 淡々と戦争犠牲者を発掘して検死して埋葬するというポストアポカリプスのイメージと、 ソ連的なものと戦って得たものが西側資本による製鉄所合理化というディストピアのイメージ (2022年ロシアによるウクライナ侵略で激戦地として有名になった Маріуполь [Mariupol] の Азовсталь [Azovstal] 製鉄所で撮影され、 Дзига Вертов [Dziga Vertov] の映画 Ентузіязм: Симфонія Донбасу [Энтузиазм: Симфония Донбасса / Enthusiasm: The Symphony of Donbas] (1931) が引用される) が交錯します。

しかし、特に印象に残ったのは、 多くが左右対称構図で正面からの固定カメラでロングショットするという絵画的とも感じる画面で、 音楽も使わず、それぞれの場面の長さも同じくらいで、ドラマチックな起伏のある展開をあえて避けた、抑制の効いた、しかし美しい映像演出。 そんな映像は、登場人物の内面に踏み込こまず、その不条理を淡々と描くようでした。

Відблиск [Reflection] も、 音楽を使わず、左右対称構図の固定カメラロングショットという抑制の効いた映像演出は相変わらず。 舞台をドンバス戦争が始まったばかりの2014年に移し、 外科医がドンバスの戦場で道に迷い人民共和国軍の捕虜になっての非人道的な体験を描き、 その後の捕虜交換でキーウに戻っての捕虜時の体験に決着を付け、 日常を、そして離婚して別居していた娘、そして元妻を取り戻して行くという淡いストーリーがあります。 ポストアポカリプス的だったりディストピア的だったりするイメージは後退し、 近未来のフィクショナルな不条理ではなく、 むしろ、主人公の壮絶な捕虜体験と戦場から戻ってからのPTSDや 愛する継父を失った娘の喪失感に向かい合った作品に感じられました。

しかし、Сергій Лозниця [Sergei Loznitsa] の映画 Донбас [Donbass] 『ドンバス』 (2018) を観た時もそうでしたが [鑑賞メモ]、 ロシアによるウクライナ侵攻は2022年に急に始まったのではなく、むしろ、2014年のドンバス戦争からの継続だったのだと、改めて認識させられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4011] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 4 21:10:26 2022

週末土曜の午後は、二週連続で初台へ。今度はオペラパレスの方でこのオペラを観てきました。

Pelléas et Mélisande
新国立劇場オペラパレス
2022/07/02, 14:00-17:30.
Composer: Claude Debussy. Libretto by the composer adapted from the play by Maurice Maeterlinck.
Conductor: 大野 和士. Stage Director: Katie Mitchell. Dramaturge: Martin Crimp. Stage designer: Lizzie Clachan. Costume designer: Chloé Lamford. Lighting designer: James Farncombe. Choreographer: Joseph W. Alford. Revival director: Gilles Rico. Stage Manager: 高橋 尚史.
Cast: Bernard Richter (Pelléas) Karen Vourc'h (Mélisande) Laurent Naouri (Golaud), 妻屋 秀和 (Arkel), 九嶋 香奈枝 (Yniold), 河野 鉄平 (Un médecin), 浜田 理恵 (Geneviève); Actors [黙役]: 安藤 愛恵 (Mélisande); 高橋 伶奈, 中島 小雪 (Maids).
合唱指揮: 冨平 恭平. 合唱: 新国立劇場合唱団. 管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団.
芸術監督: 大野 和士.
制作: 新国立劇場.
Co-production with the Festival d'Aix-en-Provence, Teatr Wielki Opera Narodowa - Polish National Opera.
Premier: 30 April 1902, Opéra Comique, Paris.
Premier of this production: 02 July 2016, Grand Théâtre de Provence (Festival d'Aix-en-Provence).

2016年に Festival d'Aix-en-Provence で初演されたプロダクションによる、 Claude Debussey 唯一のオペラ Pelléas et Mélisande です。 初演時の Mélisande 役は現代音楽を得意とする歌って踊れる歌手 Barbara Hanning でしたし、 名を目にしたことはあれど観たことがなかったイギリスの演劇・オペラの演出家 Katie Mitchell の現代演出を観る良い機会かと、足を運びました。

舞台は現代 (と言っても家電の存在感が無いので戦後の20世紀半ばくらい) のかなり裕福な一家。 序曲前に無音で演じられる冒頭の場面、パーティ中に気分が悪くなったかで、 花嫁姿の女性が一人部屋に入って来てベッドに倒れ込みます。 そこで見た現代の女性のマリッジブルーと言うには深刻な悪夢として描かれていました。 オリジナルは5幕構成ですが、第3幕と第4幕の間に休憩を入れる2部構成でした。

舞台装置は二階建てで、上下と左右 (1:2くらいの比) で4分割し、 暗幕と照明で区分した演じられている部分だけ浮かび上がせ、 幕が閉じている間に区分内のセットを入れ替えていくと言う、 マルチスクリーンの映像のように場面を切り替えていく演出でした。 それぞれのセットは象徴的ながら細部はリアルに作りこまれたもの、 ベッドルーム、家族が集うダイニング、着替えなどに使うクローゼットのような小部屋、はもちろん、 泉の場面に用いられる使われなくなって久しい屋内プールとか、 建物裏で薄暗い螺旋状の金属製非常階段が、 スリラー的というかシュールな悪夢の雰囲気を作り出していました。

Mélisande の分身に、メイド2人と、黙役を3人使っているというのも演出上の特徴です。 Mélisande の分身の役割は固定的ではなく入れ替わっていくのですが、 家族の中で演じている役割と彼女自身の意思や欲望との分裂を象徴しているよう。 歌詞と舞台上の演技を矛盾させることも多く、 歌詞では Pelléas との関係はプラトニックなものなのに対し、 舞台の上ではそれに反してエロティックに描かれる場面が多くありました。 これも、現実としてそれが起きているというより、夢の中での彼女自身の欲望を見るようで、この分裂を感じさせるものでした。 舞台装置や照明効果に加え、この現実と悪夢、役割を演ずることと意思や欲望の間をシームレスに行き来する感は、 演出家自身もその影響を語っていますが David Lynch を連想させられるところがありました。

Mélisande の悪夢ということで、展開は Mélisande の視点から。 Golaud は彼女を抑圧する DV (domestic violent) 夫で、 Pelléas も、DV夫からの逃げ先というか相談相手のような存在。 また、黙役で侍女2名が Mélisande を人形のように着替えさせる役として度々登場します。 オリジナルでは第5幕で登場する Mélisande の赤子の娘が、 第3幕で Golaud が Pelléas へ Mélisande の妊娠を告げる場面から登場するのですが、 Mélisande と娘の関係の描写が薄く、 第5幕で Mélisande の死後に Arkel が今度はこの子が生きる番だと歌う場面も、 Mélisande の人格よりも子供を産んだことの方が大事と歌っているよう。 Mélisande の自身は侍女の役ではなかったものの、 侍女を伴い人形のような着替え、最初に着替えさせられるのか赤い服 (侍女の服ではなくスリップドレスですが) など、 Margaret Atwood: The Handmaid's Tale 『侍女の物語』 も連想させられました。

演出意図が掴めたとは言い難いものの様々な深読みを誘う演出で、 とても興味深く観ることは出来たのですが、 見立ての妙とかのある抽象的なものが自分の演出の好みということもあると思いますが、 舞台作品としては演出が細か過ぎにも感じました。 1階中央やや前方という良席で観たのでそれなりに舞台上の世界に没入できましたが、 2階席以上だったら厳しかったかもしれません。 Royal Opera House cinema や Met Opera live in HD のような 映像化しての上映向きかもしれないと、観ながら思ってしまいました。

Pelléas et Mélisande は Robert Wilson 演出を NHKオンデマンドで観たことがあり [鑑賞メモ]、 その違いに関する興味もありましたが、 同じオペラ作品のとはいえ全く違う舞台作品を見たかのようで、なんとも比較し難いものが……。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この日も都内は猛暑日。 COVID-19対策のためホワイエは飲食禁止ということで、 幕間のシャンパン一杯が、炎天下に出るか、一杯を我慢するか、なかなかに究極の二択になってしまったという。ま、一杯をとりましたが。

東京都内はその前の週末土曜6/25からこの週末日曜7/3まで、過去最長の9日連続猛暑日。 6/27には関東甲信地方は梅雨明けになって、史上最短の梅雨でした。 「電力需給ひっ迫注意報」も6/27から6/30まで4日連続発令。 暑さに慣れないうちに、6月下旬とは思えない記録的な熱波で、すっかり夏バテ気味です。 4日は雨で猛暑はひと段落ですが、今度は台風4号が九州から関東まで日本を縦断するコースで接近中。 一難去ってまた一難のような天気の移り変わりです。

[4010] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 3 11:29:14 2022

先週末土曜の午後は、新宿から初台へ移動して、今度は生の舞台を観て来ました。

新国立劇場 中劇場
2022/06/25, 14:00-16:00.
演出・振付・アート・ディレクション: 森山 開次
音楽: 川瀬 浩介; 照明: 櫛田 晃代; 映像: ムーチョ村松; 照明: 櫛田 晃代; 衣裳: 武田 久美子; 音響: 黒野 尚
出演: 森山 開次, 浅沼 圭, 碓井 菜央, 中川 賢, 中川 奈奈, 引間 文佳, 藤村 港平, 美木 マサオ, 水島 晃太郎, 宮河 愛一郎.
制作: 新国立劇場
初演: 2019-05-31, 新国立劇場 小劇場 THE PIT; 新版初演: 2022-06-25, 新国立劇場 中劇場.

2019年に新国立劇場の制作による「大人も子供も一緒に楽しめるダンス作品」として上演された『NINJA』 [鑑賞メモ] の再演です。 会場を小劇場から中劇場へ移したことにより「新版」と銘打っていますが、 広くなった舞台に合わせてダンサーの数を増やし、映像や音楽も改訂され、 基本的な構成や世界観を引き継ぎつつの新作、と言ってもいいくらいでした。

大きな変化をもたらしたのは新たに加わった女性ダンサー2人でしょうか。 男女のバランスという意味でも、女性ダンサーの組合せという意味でも、バランス良くなったように思います。 特に、初演時に無かった役を踊った 碓井 菜央 は、 ダンサーとして踊るのはもちろん、だけでなく兜(かぶ)殿様の場面など、 兜(かぶ)殿様演じるダンサー (動き手) に合わせて語り手としてセリフを語ったり。 小劇場で観た時は印象に残らなかった場面になったのですが、 この人形浄瑠璃、もしくは、ク・ナウカ〜SPACを思わせる演出で、グッと面白くなりました。 バレエダンサーが踊る姫の役は初演時にもありましたが、 今回は新国立劇場バレエ研修所のダンサーが登場。 流石に動きの美しさ、華やかさが中劇場の広い舞台でも際立ちます。 後半は女忍者姿になって動きもコンテンポラリーなものになりますが、それも良かったです。

忍者遊びや小動物の動きに着想したダンス、フロアに映像プロジェクションしての演出など、 初演時からの面白さも相変わらずで、とても楽しい2時間でした。 あえて一点、初演時に比べて少々物足りなく感じた点を挙げると、音楽。 会場の音響のせいもあるかもしれないのですが、かなり印象が変わりました。 初演時にはほとんど印象に残らなかった和楽器のサンプリング音がかなり面に出てきて、 それは良かったのですが、 そんな音の中に「ひっそりこっそりひっそりん」のような思わず口をついてしまうフレーズが後退してしまいました。 そんな所に、『NINJA』のキッチュなキャッチーさも良かったなと、ふと思ってしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4009] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jun 27 23:16:36 2022

東京は、先週後半から梅雨明けのような暑さになり、土日からは最高気温35℃超となる猛暑日続き。 そんな猛暑の中、土曜は午前から新宿へ。まずは、この上映を観て来ました。

『ジェローム・ロビンズ・トリビュート』
Palais Garnier, L'Opéra national de Paris, 2018-11-08.
Orchestre de l’Opéra national de Paris, Direction musicale: Valery Ovsyanikov.
Fancy Free
Musique: Leonard Bernstein; Chorégraphie: Jerome Robbins.
Décors: Oliver Smith; Costumes: Kermit Love; Lumières: Ronald Bates.
Première: 1944.
Alice Renavand (1ère femme (red bag)), Stéphane Bullion, Karl Paquette, François Alu (Hommes), Eleonora Abbagnato (2ème femme), Aurélia Bellet (3ème femme), Alexandre Carniato (Le barman).
A Suite of Dances
Musique: Johann Sebastian Bach; Chorégraphie: Jerome Robbins.
Décors: Jean Rosenthal; Costumes: Santo Loquasto; Lumières: Jennifer Tipton.
Créée en 1994 avec Mikhaïl Barychnikov.
Mathias Heymann (soliste), Sonia Wieder-Atherton (violoncelle).
Afternoon of a Faun
Musique: Claude Debussy; Chorégraphie: Jerome Robbins.
Décors: Jean Rosenthal; Costumes: Irene Sharaff; Lumières: Jean Rosenthal.
Première: 1953.
Hugo Marchand (Le Faune), Amandine Albisson (La Nymphe).
Glass Pieces
Musique: Philip Glass; Chorégraphie: Jerome Robbins.
Décors: Jerome Robbins, Ronald Bates; Costumes: Ben Benson; Lumières: Jennifer Tipton.
Première: 1983.
Sae Eun Park (Soliste femme), Florian Magnenet (Soliste homme), avec les Étoiles, les Premiers Danseurs et le Corps de Ballet.
上映: 新宿ピカデリー, 2022-06-25, 10:50-12:40.

『パリ・オペラ座バレエ シネマ』の最新上映は、 戦後、New York City Ballet だけでなくブロードウェイのミュージカルの振付家として活動した Jerome Robbins へオマージュした2018年の公演から。 DVD/Blu-rayのリリースも無いようですし、 リメイクの映画ですが Steven Spielberg (dir.): West Side Story (2021) を先日観たということもあり、 Jerome Robbins 振付作品を知る良い機会かと、足を運びました。 ミュージカルを思わせる Fancy Free、 モダンなバレエのソロとデュエット、 そして、コンテンポラリーダンスにも接近したラストの Glass Pieces と、 Robbins の作品の多様性を観ることができ、そして、かつ個々の作品についても必ずしも好みではないものの興味深く観ることができたプロクラムでした。

最初の作品は、出世作の Fancy Free (1944)。 ヒットし、On the Town としてミュージカル化 (1944)、映画化 (1949) されています。 街行く女性を引っかけようとする水兵仲間3人と、女性たちの間のやりとりを描いています。 たわいない軽妙な小作品と言うには現在からすればセクハラに当たるような行為を題材としているという点で時代を感じますが、 音楽も Leonard Bernstein で、これが West Side Story (1957) へと発展したと考えると、感慨深いものがありました。

続いては、J. S. Bach の Suites for solo cello からの曲を伴奏に 男性がソロで踊る A Suite of Dances (1994)。 ミニマリスティクな照明のみの青いバックに赤い衣装も映えます。 バレエ的な振付作品としてはそんなものかとは思うのですが、 cello 奏者も舞台には上げているもののあくまで伴奏という所が物足りなく感じました。

三つ目の作品は、Nijinskiy / Ballet Russes で有名な Afternoon of a Faun (1953)。 舞台を現代 (制作時の20世紀半ばですが) に置き換え、シンプルでモダンな舞台美術。 男性ダンサーが1人スタジオにいるところに、女性ダンサーが入ってきてバーレッスンを始めるものの、 やがてお互いを気にかけ惹かれる様をダンスとして描き、 最後、男性が女性の頬にキスをし、女性は恥じらいながらスタジオから出ていく、という情景を描いていました。 性的な欲望というよりむしろプラトニックに近い惹かれ合いを描くようで、モダンで上品なリメイクでした。

最後の作品は Philip Glass の Glassworks (1982) と Akhnaten (1983) の曲を使った Glass Pieces (1983)。 舞台装置は最小限ながら照明も効果的でミニマルな曲に合わせた群舞も視覚的に美しく、最も好みの作品でした。 しかし、動きのバレエ的なところというより、コンテンポラリーダンス –– 例えば Steve Reich の音楽を使った Rosas: Fase [鑑賞メモ] –– では避けられるようなダンサーの階層的な扱いや男女の役割の明確な区別を付ける構成が使われている所に、 これはコンテンポラリーダンスではなくやっぱりバレエ的だと感じる所がありました。 例えば、第一部 “Rubic” の冒頭の場面、衣装にも多様性を持たせたダンサーたちがランダムに歩くかのような場面から始まりますが、 次第に3組のメインのカップル (衣装が他と差別化されている) のダンスが中から浮かび上がります。 第二部 “Façades” では、シルエットの女性バックダンサーを背景にプリンシパルのカップルが踊るという、より明確な階級差が付けられます。 第三部 “Akhnaten” 前半も明確に男女別のダンスなのですが、ラストが第一部冒頭の場面に回帰する所に、 そういった階層的な扱いや男女の区別を解消していこうという方向性も感じられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

季節外れの猛暑日続きということもあると思いますが、 東京電力管内は月曜15〜18時は「電力需給ひっ迫注意報」発令。 明日火曜も同じ時間帯に「電力需給ひっ迫注意報」発令しています。 今年の夏が思いやられます……。

[4008] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 26 17:10:38 2022

先の週末は、土曜の午後に上野公園、池之端界隈へ。これらの展覧会を観て来ました。

東京都美術館 ギャラリーA
2022/06/11-2022/07/01 (6/20休), 9:30-17:30.
パラレルモダンワークショップ (Parallel Modern Workshop): 泉 桐子, 大平 由香理, 尾花 賢一, 金子 富之, 金子 朋樹, 菊地 匠, 小金沢 智, 硬軟, 春原 直人, 多田 さやか, 谷保 玲奈, ⻑沢 明, 中村 ケンゴ, 丹羽 優太 (下寺 孝典とのユニット「親指姫」として展覧会に参加), ベリーマキコ, 歩火, 山下 和也 (ちやのある Le Cha noir), 山本 雄教.
キュレーター: 小金沢 智.

『都美セレクション グループ展 2022』という並行して開催されている3つのグループ展の1つです。 「現在の美術家たちが黎明期における日本画の不在を仮装したときにどう振る舞うか」というコンセプトでの展覧会で、 2021年6月5日に「楊斎延一の錦絵《内国勧業博覧会 上野公園一覧》 (1890) から、東京美術学校(現・東京藝術大学)がなかったらばと発想」した、 上野恩賜公園を舞台に行った数々のアクション 『たえて日本画のなかりせば 上野恩賜公園篇』に続く展覧会となっています。

上野という場所も意識して練り上げられたサイトスペシフィックでコンセプチャルな展示で、 中央に六角堂(弁天堂)を置くなど展示の配置も上野恩賜公園の見立てにはなっています。 しかし、キュレーターが過去の作品を企画意図に沿って計算して配置するのではなく、 作家間で意思統一をあえて取らずに様々な作家が制作した新作を並べており、 そんなコンセプトが緩く破綻気味なカオスな展示になっていました。 そんなカオス的な展示の「ノイズ」の中からコンセプトを掬いあげる所が面白いと思う一方で、 「日本画が無かったら」の一点縛りでは何でもあり過ぎて取りとめなくなってしまい、 何か他の可能性を感じることはできませんでした。

東京藝術大学大学美術館 本館3F & The 5th Floor.
2022/05/28-2022/06/26 (月休), 10:00-17:00 (東京藝術大学大学美術館), 11:00-18:00 (The 5th Floor).
坂本 龍一 + YCAM InterLab, 知念 ありさ, Chloe Paré, 佐藤 亜矢子, Marina Zurkow, Klima, Liliana Zapata, 小谷 元彦, 川内 倫子, 篠原 雅武, Elena Tutatchikovav, 長坂 有希, 本田 健, Revital Cohen & Tuur van Balen, AKI INOMATA, HATRA + Synflux, 石上 純也, Stefano Mancuso + PNAT, 小野 寛志, スプツニ子!, 中園 孔二, 八谷 和彦, Keiken, 渡辺 育 + 井上 岳, 伊阪 柊, 黒沢 聖覇, 毛利 悠子.
アーティスティック・ディレクター: 長谷川 祐子; コ・キュレーター: 石倉 敏明, 篠原 雅武, 黒沢 聖覇, 山本 浩貴.

長谷川祐子退任記念展として開催されたこちらの展覧会は、いかにも「現代アートの展覧会」らしく、 キュレーターのコンセプトが行き届いた、展示空間もスタイリッシュに仕上げられた展覧会でした。 しかし、興味深く感じられた作品の興味深さのポイントにエコロジーとの関連性を見出せず、 コントロールが行き届いているだけにカオス感として楽しめるというわけでもありませんでした。 個別に楽しめた作品には出会えたのですが、 「新しいエコロジー」のコンセプトが自分には響いてきませんでした。

いにしえの (1990年代の) VR技術CAVEを現在の技術で廉価に再現した 八谷 和彦 『Homemade CAVE』。 世代交代の早い情報通信技術は、当時は周辺技術が整わずに普及しなかったものが、廉価化や周辺技術の進展で当時の想定とは異なる形で普及したりと、時代の徒花のようなものも多いわけですが、 それを現在の技術で廉価に復元してみせるというだけでなく、 「召喚して供養する」という技術の話からのずらしが面白く感じられました。

The 5th Floor で展示されていた 毛利 悠子 『Decomposition』 は、 歌う静物というその視覚な面白さ、 そのちょっと歪んで反復する音も印象に残りましたが、 部屋に満ちた熟れたバナナの甘い匂いが強い印象を残しました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4007] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jun 13 22:35:35 2022

先の週末土曜は、午後に清澄白河というか木場公園へ。この展覧会を観て来ました。

東京都現代美術館 企画展示室3階
2022/03/19-2022/06/19 (月休;3/21開;3/22休), 10:00-18:00.
藤井 光, 山城 知佳子.

東京都と Tokyo Arts and Space (TOKAS) が始めた現代美術の賞 Tokyo Contemporary Art Award (TCAA) の第2回受賞者の展覧会です。 去年の第1回はピンと来なかったのですが [鑑賞メモ]、 今回は歴史的な出来事や現在の社会の問題に対するリサーチに基づくインスタレーションという方向性も感じられるものになっていました。

藤井 光 の2作品は、 1946年に東京都美術館で占領軍関係者向けに開催された戦争画の展覧会に取材したインスタレーションで、 2作品合わせて1つのインスタレーションとも取れる展示でした。 《日本の戦争画》 (2022) はこの展覧会に出展された絵画の作家、タイトルとそのサイズのみを復元して、 ミニマリズムの絵画やサイズを示すだけの板や布などの掲げたミニマリズム以降のコンセプチャルな絵画の展覧会として再現したかのよう。 その一方で、《日本の戦争美術》 (2022) は展覧会当時の関係者のやりとりを読み上げた音声と、 作品が白黒で記録されたマイクロフィルムから作ったビデオからなるインスタレーション。 《日本の戦争美術》に、「美術的な価値があるのか、単なるプロパガンダなのか、見てみないとわからない」のようなやりとりが出てくるのですが、 《日本の戦争画》のサイズ感だけで具体的イメージがない展示や、 《日本の戦争美術》の顕微鏡で一部だけ覗き見ていくかのようでどんな絵画なのかなんとも掴み難いビデオを観ていると、 実際に観ることなしに判断することのむずかしさを実感させるよう。 そんな興味深さを感じた作品でした。

もう一人の 山城 知佳子 は、去年に東京都写真美術館で個展を観たばかり [鑑賞メモ]。 インスタレーションとしてではなく劇場版でですが、 《肉屋の女》 (2012), 《チンビン・ウェスタン 家族の肖像》 (2019) は観ていたので、 むしろ、インターリュード的に置かれた ナラティヴではなく抽象度が高い液晶絵画的な映像作品の新作《彼方》 (2022) に、 こういう作風もあったのかと、興味を引かれました。

企画展示室1Fでは 『吉阪隆正展ひげから地球へ、パノラみる』。 戦後から1980年代にかけて活動した建築家の回顧展です。 回顧展とはいえ、こんなに人物像に焦点を当てた建築展は、あまり観た覚えがありません。 Le Corbusier に師事しただけあるモダニズム的な作風と、 冒険家としての活動なども含めた全体としての緩さ –– 多分に戦後高度成長期だから成立したように思いますが –– を感じる展示に、分裂を感じました。

企画展示室地下2Fでは 『生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展』。 特撮監督 円谷 英二 を支えた特撮美術監督としてキャリアを始めた 井上 泰幸 の回顧展です。 去年、国立映画アーカイブ展示室で観た『生誕120年 円谷英二展』 [鑑賞メモ] くらいの規模であれば、 特撮映画に疎い自分でも鍵となる仕事など掴みやすかったのでしょうが、 その数倍はあろう大規模な展示は、逆に取り付く島もありませんでした。 しかし、そんな中では、円谷や井上の特撮の進め方の解説はとても興味深く、 絵コンテを元にその撮影に必要となる美術を作るのではなく、 台本から絵コンテと美術を並行して作っていたというエピソードに、 この製作陣の一体感というか、強みを見るようでした。

コレクション展示室では 『MOTコレクション 光みつる庭/途切れないささやき』。 3階の最初の展示室が「刻むことから」と題が付けられ、 駒井 哲郎、浜田 知明 等の戦後版画を集めた展示室になっていました。 それも、集められていたのが、エッチングやメゾチントで細かく描かれ白黒で剃られた銅版画が主。 こうして集められて観ると、見応えがありました。

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[4006] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 12 18:19:04 2022

先週末土曜、初台で午後に美術展を観た後、早めに夕食して、隣の歌劇場に移動。このソワレを観てきました。

Alice's Adventures in Wonderland
新国立劇場 オペラパレス
2021/06/04, 18:30-21:30.
Choreograhy: Christopher Wheeldon.
Music: Joby Talbot; Set and Costume Designer: Bob Crowley; Senario: Nicholas Wright; Lighting Designer: Natasha Katz; Projection Designer: Jon Driscoll, Gemma Carrington; Puppetry Designer: Toby Olié.
Premier: 28 February 2011, Royal Opera House.
出演: 小野 絢子 (Alice), 福岡 雄大 (Jack / The Knave of Hearts), 中島 瑞生 (Lewis Carroll / The White Rabbit), 木村 優里 (Mother / The Queen of Hearts), 貝川 鐵夫 (Father / The King of Hearts), Jarryd Madden (Magician / The Mad Hatter), etc
指揮: Nathan Brock; 東京フィルハーモニー交響楽団.
制作: 新国立劇場; 共同制作: The Australian Ballet.

Royal Ballet が Christopher Wheeldon の振付で2011年に 『不思議の国のアリス』 (Lewis Carroll: Alice's Adventures in Wonderland, 1865) をバレエ化した作品です。 新国立劇場バレエ団がアジアで唯一の上演権を得て2018年11月に上演、 2020年にも予定されていたもののCOVID-19の影響で中止、やっと再上演が実現したというものです。 2014年に Royal Opera House cinema (ROH cinema) で観たことがありましたが [鑑賞メモ]、 生で観てみるのも良いかと、足を運んでみました。

ROH cinemaで観た時はプロジェクション・マッピングなど駆使したトリッキーな演出に目が行きがちだったのだと気付かされました。 客席から舞台を生で観ているとその印象が薄まって、むしろ、その動きや構成のオーソドックスなバレエらしさを実感しました。 ソロやパ・ド・ドゥ、ディヴェルティスマンにあたる場面はもちろん、 ROH cinema ではほとんど印象に残らなかった群舞、特に flower waltz の美しさや cards の面白さに気付くことができたのは、 舞台全体を把握しやすい劇場での鑑賞ならではでしょうか。

既に一度観ているせいか、生で観たからかは判断しかねますが、観ていて物語もスッと入ってきました。 冒頭の場面で、Alice と Jack の関係が、単なる恋仲というだけでなく、 お屋敷住まいのお嬢様 Alice と邸の雇いの庭師 Jack という身分違いの恋であり、 それゆえに母親は Jack を解雇して追い出す、という設定だったことに気づきました。 これは典型的なメロドラマ設定、それがどう生かされていたのか、改めて期待しながら観ていたのですが、 結局その設定は生かされることなく、結末は現代の女性が見た夢でしたという落ち。 現代にはそんな身分差は関係ないということの表現なのかもしれませんが、ちょっと肩透かし感もありました。

Royal Opera House cinema, National Theatre Live, Met Live in HD など、 それなりに観るようになってから8年ほど経ちますが、 上映で観た作品を、上演カンパニーは異なるものの同じ演出で、生で観たのは、これが初めてです。 上映からも伝わる事は多くあるということを実感する一方、 その違いというか、生で劇場で観てこそという事もある、ということを実感しました。

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こういう公演は子連れファミリー客にこそ観ていただきたい、と、自分はマチネではなくソワレにしたのですが、 意外にもソワレにも子供の観客が結構いました。 そんなものなのかー。終演21:30頃なんですけどね。

[4005] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Jun 11 11:34:07 2022

先週末土曜は、午後遅めに初台へ。この展覧会を観てきました。

Toko Shinoda: a retrospective
東京オペラシティ アートギャラリー
2022/04/16-2022/06/22 (月休, 5/2開), 11:00-19:00.

第二次世界大戦後に前衛書 (前衛的な書) の文脈を活動を始め、 1950年代以降、同時代の抽象表現主義との類似性もあって国際的にも注目され、1956年から2年間、渡米。 2021年に107歳で亡くなった 篠田 桃紅 の回顧展です。 美術館のコレクション展かホール等の壁画・レリーフなど、どこかで観たことがあるはずですが、 これだけまとめて観たのは初めてでした。 伝統的な書に近い作品もありますが、筆跡の密度低く大胆に太い色面を多く描くあたりは、 Action painting というより Color field painting との共通点を感じました。 墨や銀泥でこれだけ微妙で多様な色を出せるのかと思う一方で、 同時代の欧米の絵画とは異なる彩度の低い落ち着いた雰囲気も良かったです。 また、そんな色調の中に加えられる朱に、生々しさ、色気を感じられる時もありました。

そんな作品の雰囲気を楽みましたが、興味深く見られたのは、 ビデオ上映されていた短編のドキュメンタリー映画 Pierre Alechinsky: Calligraphie japonaise (19657)。 1955年に東京、鎌倉、京都で撮影された書家のドキュメンタリーで、 最後に取り上げられる 篠田 桃紅 をはじめ、伝統から踏み出した前衛的な作風のものが中心。 穂首の長い筆を使い立って書く 篠田 桃紅 の様子など、 あの流れるような文字はこのように書かれていたのか、と。 しかし、看板の活字体ではなく、暖簾やのぼり、提灯などに書かれた書の文字が街中に溢れる様子を捉えた映像に、 伝統的な書が社会的に溢れていた当時の書が置かれた社会的文脈を気付かされました。

また、戦後のモダニズム建築を飾った壁画・レリーフのスライドショー『篠田桃紅と近代建築』を観ていて、 それまでの伝統的な日本建築に飾られた書画に代わって、そして、木造の町家の街並みに溢れた書に対するものとして、 篠田 桃紅 の前衛書は、コンクリート打ちっ放しのような戦後モダニズム建築を飾るものとして時代に求められたのだろうとも気付かされました。 抽象表現主義の潮流に乗った表現というだけではなく、そんな、日本における受容の文脈について気付きの多い展覧会でした。

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[4004] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jun 6 22:44:56 2022

先々週末土曜、烏山で展覧会を観た後は、渋谷宮益坂へ移動。この映画を観てきました。

2018 / Ma.ja.de Fiction (DE), Arthouse Traffice (UA), JBA Production (FR), Graniet Film (NL), Wild at Art (NL), Digital Cube (RO) / colour / DCP / 121 min.
Режисер [Director / Режиссёр]: Сергій Лозниця [Sergei Loznitsa / Сергей Лозница]

2014年ウクライナのマイダン革命を扱った Майдан [Maidan] (2014) などのドキュメンタリー映画で知られる映画監督による、 2014年以降続き、2022年ロシアのウクライナ侵攻の先駆けとなったドンバス戦争を扱った劇映画です。 初めて観る監督で作風に関する予備知識はありませんでしたが、題材的に今観ておいた方が良いと思い、足を運びました。

親ロシア勢力によって実効支配されている地域で起きた、監督がSNS等で知った話に基づく13のエピソードからなります。 登場人物などに重なりを持たせて繋げているものの主人公のような登場人物はなく、 明確なストーリーで描くのではなく、ドキュメンタリー風のエピソードの積み重ねによって、 戦争下の実効支配地域の支配の (1エピソードはウクライナ側の腐敗に関するものでしたが) の不条理な状況を描くような映画でした。 Петровы в гриппе [Petrov's Flu] [鑑賞メモ] のようなマジックリアリズム的な演出はなく、 不条理な現実をグロテスクなまま描くよう。

ロシアによるウクライナ侵攻におけるロシア攻撃占領下での出来事を知ってこの映画を見ると、この現在の戦争を観ているような現実味があります。 ドンバス紛争も2014年の激しい戦闘の後は小競り合いは続くものの日常が戻っていたのだろうと漠然と思っていたのですが、 むしろ、ドンバス戦争から地続きでそれが拡大したようなものだったのだと気付かされました。 しかし、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、ニュースやSNSで観たような映像やシチュエーションが少なからずあり、 映画館のような逃げ場の無い場所で見続けるのはきついものがありました。

Лозниця [Loznitsa] はベラルーシ生まれのウクライナ育ち、ロシアで映画大学へ行き映画を作り始め、 2001年にドイツに移住したという経歴の持ち主です。 公式サイトは英語のみ。 監督の名前や映画タイトルの表記を何語にするのが良いのか悩みましたが、 ウクライナ語をメインにして、英語とロシア語を併記することにしました。 Майдан [Maidan] やこの Донбас [Donbass / Донбасс] で見られるように、 Лозниця [Loznitsa] の立場は明確にウクライナ側だと思うのですが、 この3月にウクライナ映画アカデミーから除名されるという出来事がありました。 ロシアによるウクライナ侵攻にロシア映画ボイコットを行き過ぎだと非難したことが直接的な原因のようですが、他にも複雑な要因があるようです。 (事情に通じているわけではないので、 「不興を買うセルゲイ・ロズニツァ新作『バビ・ヤール・コンテクスト』:自国を代表する映画監督に怒るウクライナの現在」 (Indie Tokyo, 2022/05/20) を紹介するに留めます。)

[この鑑賞メモのパーマリンク]