London International Mime Festival 2010 関連記事 [関連発言] を追うために The Guardian 紙の Stage 欄 をチェックしていて気になった舞台作品について。
Nic Green の Trilogy という “three-part interactive arts project” な舞台作品が この1月に The Guardian 紙で話題になっていました。 2009年の Edinburgh Fringe Festival での初演で注目され、 1月頭の BAC, London での公演で取り上げられているという感じです。 「女性、フェミニズムと裸の力についての夢中にさせるような祝祭」 (an intoxicating celebration of women, feminism and the power of nudity) という感じで。 公式サイトの記述によると、舞台は三部構成。 第一部は一般募集した地元の約100人の女性が全裸で踊るというもの。 第二部は、1971年に Town Hall, NY で行われたフェミニズムのパネルディスカッションの ドキュメンタリー映像の抜粋を使いながら、その合間に裸のダンス。 最後は、MYOH というウェブサイトを 使ったインタラクティブなプレゼンテーションとのこと。
ちなみに、Lyn Gardner の レビュー (2010-01-13) は四ツ星の高評価。 舞台の写真 “Naked ambition: the story of Nic Green's Trilogy” (2010-01-14) や インタビュー記事 “ Trilogy's naked truths” (Maddy Costa, 2010-01-13) も載るなど、破格の扱いです。 論議を呼ぶようなテーマを扱っているだけに、 “Women's right to choose was not meant to be about Botox” (Libby Brooks, 2010-01-14) や “Is Trilogy really just theatrical Gok Wan?” (Nosheen Iqbal, 2010-01-25) など、 Trilogy とフェミニズムに関する記事も出ています。
この舞台作品のレビュー等を読んでいてとても気になるのは、 もちろんフェミニズム的な主題という所もありますが、 いわゆるドラマ的な演劇ではなく、 一般の人を舞台に上げたり、ドキュメンタリー映像を使ったり、ウェブを使ってインタラクティブに、 というところ。 Chris Kondek [レビュー] や Rimini Protokoll [レビュー] と共通する所を多く感じます。今、こういう舞台作品がホットなのでしょうか。 実際の舞台はどんな感じに仕上がっているのか観てみたいなあ。 仕上りは演出家のセンスに依る所も大きいですし。日本に来ないかしらん。 といっても、一般募集で裸の女性100人を舞台に上げるなんてことを、日本でできるのか? と思ってしまうところも。
話は変わって。最近のニュース記事で興味深かったものを手短かに紹介。
The Guardian に “Don't give up the day job - how artists make a living” (Laura Barnett, 2010-01-24) という記事が出ていました。 売れっ子というわけではない平均的なイギリスのアーティスト (俳優、ダンサー、ミュージシャン、美術作家、等) が、どのように生計を立てているのか、というレポートです。 平均的なアーティストのルポルタージュがメインですが、 現在は有名なアーティストに過去の最悪な仕事を訊いていますし、 平均的な収入や支払いの相場等のデータも最後にまとめられています。 イギリスはフランス等に比べて公的支援が少ないこともあって、 かなり厳しい生活をしているようです。
フランス・ナント (Nantes, Pays de la Loire, FR) の巨大人形劇カンパニー Royal de Luxe が、去年10月のベルリン (Berlin, DE) [関連発言] に続いて、 1月29-31日に南米チリのサンチャゴ (Santiago, CL) の演劇祭 Santiago a Mil でパフォーマンスをました。 フェスティバルの公式サイトにその様子を捉えた写真を81枚も載せた ページが出来ています。 また、通信社 AFP もその様子の写真を 「巨大操り人形劇団ロワイヤル・ド・リュクス、チリの首都で公演 写真20枚」 (AFPBB News, 2010-02-01) で伝えています。 ちなみに、次は今年8月20-22日にベルギー・アントワープ (Antwerpen, Vlaams, BE) が予定されています。
今週末(明け)のCDレビューは、去年末にリリースされた techno/house の佳作。
Luciano こと Lunien Nicolet は 南米チリ (Chile) 出身ながらスイスのジュネーブ (Genève, Suisse) を拠点に活動する techno/house の DJ/producer だ。 自身のレーベル Cadenza を拠点に、同じくチリ出身の Ricardo Villalobos と似た、 minimal や click と呼ばれるようなスタイルの音作りをしていることで知られている。 そんな彼が去年末にリリースした新作は、 minimal から踏み出したような音作りになっている。
骨格となる部分だけ聴けばディープな techno/house だ。 骨格のみの “Conspirer” や “Metodisma”、“Oenologue” は、相変わらずと言えるだろう。 しかし、この新作ではサンプリングされている音源の面白さが耳を捉える。 オープニングの “Los Niños De Fuera” からして 太平洋の仏領ニューカレドニアの Kwenyii 島 (Île des Pins, Nouvelle-Calédonie, FR) のダンスの録音を使っている。 hang (steelpan を逆にしたような打楽器) と alphorn の浮遊するような響きを使った “Hang For Bruno” や、 西アフリカのマンディング (Mandingue) 系の kora の繊細な響きを使った “Africa Sweat” も良い。 それも、全体としてソフトな音色で統一されているせいか、 こういう「エスニック」なネタが浮くことなく、 ミニマルなビートの中に織り込まれているように聴こえるのも良い。 Karen Ann (フランスを拠点に活動する SSW) や Martina Topley-Bird (Tricky や Massive Attack との共演で知られる) も歌をフィーチャーしているのではなく、声をそのテクスチャに織り込んでいる。
このようなテクスチャとなる音選びのセンスには、 Ricardo Villalobos の Fabric 36 での試み [レビュー] に近いものを感じる。 Villalobos の後に続くような音になかなか出会えなかっただけに、今後の展開に期待したい。
ちなみに、DVDに収録されているのは、 Luciano の世界を巡るDJツアーのオフステージのドキュメンタリ映画だ。 ファン向けの付録と言っていいだろう。日本の様子を捉えた映像も少々使われている。
ちなみに、Tribute To The Sun のリリースは、 自身のレーベル Cadenza から。 3年余前となるが、Cadenza からCD 2枚組のアンソロジー Cadenza Contemporary 01 & Cadenza Classics がリリースされている。 Luciano や Villalobos のリリースもあるレーベル Perlon のセンスに近い、 Tribute To The Sun 以前の ディープでミニマルな Luciano や、その周辺の DJ が楽しめる作品だ。 参考までに収録曲等の情報を以下に載せる。
[レビュー]
Tribute To The Sun を入手したのは去年末。 聴いてすぐ気に入ったけれども、Top Ten に入れる程でもないかな、と、レビューを保留。 しかし、年明けに忙しくなってしまい、2月に入ってしまったという……。 タイミングを逸したかなと思いましたが、 Cadenza Contemporary 01 & Cadenza Classics もレビューしそびれていたので併せて書き残しておこうと。
Cadenza Contemporary 01 & Cadenza Classics の方は、 ちょうど2年前に椎間板ヘルニアで救急車沙汰になったとき、 激痛でベッドの上でほとんど身動きが取れなくなっている間、 痛みを紛らわすために聴いていたという。 そんなこともあって、ちょっと思い入れがあったりします。
レビューしそびれたと感じてる去年中に入手したCDが無いわけではありませんが、 落穂拾いはこのくらいにして、そろそろ今年に入って入手したものを取り上げていきたいものです。 しかし、今年に入って、買うペースに聴くペースがついていけないというか、 かなりバランスを崩してしまっている感もあって、どうしたものかと……。
土曜は昼過ぎに家を出てさいたまへ。 彩の国さいたま芸術劇場で Fumiyo Ikeda + Alain Platel + Benjamin Verdonck: Nine Finger (Premier: 2007) を観てきました。 Alain Platel も振付に参加した作品で Rosas のダンサーが踊る、ということで、 ちょっと期待したのですが……(多くは語らない)。 彩の国の大ホールではなくてシアタートラムくらいの小劇場で観たら、 ちょっとした試みとしてもっと楽しめたかもしれません。むむむ。 今年最初の舞台鑑賞がこれというのは幸先悪いですが、 コンテンポラリー物の場合、こういうこともよくあるということで。
そんなわけで、彩の国への往復で読了したこの本について、読書メモ。
19世紀ヨーロッパのピアノ演奏スタイルや教本、練習用器具、教育制度を追った文化史的な内容の本です。 クラシック音楽で19世紀というとロマン派の時代ですが、 ロマン派音楽のイメージを覆すような近代主義的なエピソードが満載。 しかし、他の文化史の本で知った19世紀の話との繋がりも感じられ、 とても興味深く読むことができました。 図版も豊富で読んでいてとても楽しめました。 特に19世紀クラシック音楽への興味が無くても、 例えば Wolfgang Schivelbusch の文化史の本 [レビュー] とか好きな人であれば、充分に楽しめる本ではないかと思います。お勧め。
特に面白かったのが、練習用器具の話を扱った 第4章「指強化器具と人体改造の思想」。 こんな装置を使ってまでトレーニングしていたのか、と。 図版のセンスも類似もあって、タイプライターの歴史を扱った 『キーボード配列 QWERTY (クワーティ) の謎』 (安岡 孝一, 安岡 素子; NTT出版, 2008) [読書メモ] を思い出しました。 で、この章も最後はタイプライターの話で終って、 なるほどやはり同時代に並行して進行した話だよなあ、と納得。
付論によると、機械的とも感じる19世紀的なピアノ演奏のスタイルは 20世紀になると自然で流れるようなものに変わるそうなのですが、 それと入れ替わるように音楽スタイル的には機械や工場を思わせるようなもの が出てくるというのも興味深いです。 (ピアノ曲ではありませんが、Arthur Honegger: Pacific 231 (1923) とか George Anteil: Ballet Mécanique (1924) とか Александр Мосолов: Завод (Alexander Mosolov: Iron Foundry, 1927) とか。)
この本は、同著者による19世紀オペラを扱った本 『オペラの運命』 (中公新書 1585, 2001) [読書メモ] の 楽器 (ピアノ) 演奏スタイル版とも言えるでしょう。 しかし、第6章冒頭に書かれているように、オペラに比べて、 音楽史というより身体制度史という面が強く感じられるものでした。 すると、『ピアニストになりたい!』で描かれたのと同様のことが 19世紀のバレエの型やレッスンのあり方にも起きたていたのではないかと、想像されます。 コンセルバトワールは音楽学校だけでなく演劇学校やバレエ学校もあるわけですし。 作品史というよりも型・技法やレッスンのあり方のような面から描いたバレエ史の本を 読んでみたくなってしまいました。 この本がお薦めというものがありましたら、是非教えて下さい。
実は、去年読んだ同著者の 『音楽の聴き方 —— 聴き方と趣味を語る言葉』 (中公新書 2009, 2009) は、規範的に過ぎて自分には面白く感じられませんでした。 『ピアニストになりたい!』第1章など、 『音楽の聴き方』第三章「音楽を読む」とネタが被るところも多いのですが、 『ピアニストになりたい!』は規範的ではないせいか、興味深く読むことができました。 しかし、修辞や感嘆符での強調が時々気になる所もあって、 もっと淡々と記述してもいいのでは、というか、 淡々と記述した方が扱っている題材の凄さがより際立つのではないかと思ったりもしました。
話は少々変わりますが、 『堕落する高級ブランド』 [読書メモ] 関連で、 1月に『オペラの運命』を軽く再読したとき、 第二章「モーツァルト音楽喜劇、または、オペラの近代ここに始まる」での説明される 『コシ・ファン・トゥッテ』 (W. A. Mozart: Così Fan Tutte, 1790) の「貞淑な年上の女/奔放な若い女/プレイボーイ/純真な男」という四つの男女類型が、 2008年に観たパフォーマンス Strange Fruit: Swoon! [写真集] の4人のキャラクタ設定と同じだと、ふと気付きました。 Swoon! も4人の様々な組み合わせから多様な動きを作り出していくような作品作りですし。 『コシ・ファン・トゥッテ』の比較としてラクロの『危険な関係』という小説が『オペラの運命』でも挙げられていますし、 Swoon! が直接 Così Fan Tutte を踏まえていたわけではないかと思いますが、 こういう登場人物類型の存在に気付かされました。
London International Mime Festival 2010 に関連する YouTube 動画を先日紹介したわけですが、 会期も終わったことですし、そのフォローアップ。 The Guardian 紙等に出た関連記事の紹介。
The Guardian 誌には、 “Mime time: what to see at London's International Mime Festival” (Matt Trueman, 2010-01-12) というプレビュー記事が載っていました。 また、Theatre blog のお薦め公演を紹介する記事 “What to see: Lyn Gardner's theatre tips” (Lyn Gardner, 2010-01-15) は、 London International Mime Festival に限った記事ではありませんが、 それに関する公演を最初に挙げてました。
開幕公演の Zimmermann & de Perrot: Öper Öpis [公演情報] は、The Guardian の レビュー (Lyn Gardner, 2010-01-14) で四つ星を貰っていました。評価高いなー。 AFPBB News の 「ロンドン国際マイム芸術祭が開幕」 (2010-01-14) という記事には、Öper Öpis の写真が15枚も載っています。 この公演はマスコミ向けプレビューがあったようですね。
Ockham's Razor: The Mill [公演情報] は、The Guardian 紙に メンバーへのインタビューに基づく 記事 (Maddy Costa, 2010-01-19) が出ました。このカンパニーのバックグラウンドの良い紹介になってます。 けど、レビュー (Lyn Gardner, 2010-01-22) の評価は三つ星と普通でした。 けど、もう一つ採点無しの レビュー (Luke Jennings, 2010-01-24) も載って、話題にはなっているな、と。ちなみに、後者のレビューは、 Kitt Johnson: Rankefod と併せてのレビューです。
あと、23日にICAで開催された トーク というかワークショップのレポート “Does theatre have any value? Well, it depends...” (Chris Wilkinson, 2010-01-27) が載っています。マイムやサーカスの話というより 「アートの価値とは?」という所から始まる少々メタな話だったようです。
The Guardian 紙以外では、 Sideshow Circus Magazine というイギリス (UK) のウェブサイトが、 London International Mime Festival 2010 関連の記事を多く載せています。 全体をプレビューする記事 “Circus at the London International Mime Festival 2010”の他、 Reviews のページから関連公演のレビューを辿ることができます。 といっても、こちらの記事は、まだちゃんと追えていませんが……。
自分が気付いた London International Mime Festival 関連の記事はこのくらいでしょうか。 そんなにいろいろチェックしていないので、 他に面白いレビュー、レポートをご存知の方は、是非教えていただければと思います。
今日は、午後半休にして、術後の経過を診てもらうための通院。 いつも大変に待たされるのですが、今日は意外に早く終わったので、日本橋へ。 閉館間際の三井記念美術館に飛び込んで、 『江戸の粋・明治の技 柴田是真の漆×絵』展 (2/7まで) を観てきました。 幕末から明治初期に活躍した漆工家、日本画家の展覧会です。 良い評判が周囲から聞こえてきていたので。 それほど詳しい分野ではないですが、特に漆工を中心に楽しめました。 金銀蒔絵の派手なものではなく、ぱっと見が渋いもの。 櫛篦を使った青海波塗や紫檀を真似た紫檀塗とか。 それも、割れた紫檀を模した紫檀塗香合など、 美しさというより遊び心を感じる所が、楽しめました。
Now for something completely different...
ネタが無いわけではないけど、ちゃんとしたレビューが書けないので、 先週に続いて今週も廉価 box set の話を徒然に。
ECM レーベルが
2年程前からリリースし始めた Old & New Masters Edition は、
1970-80s のリリースから3タイトルをまとめて限定の廉価 box set にしたもの。
今まで5タイトル、リリースされています。
こちらも、大人買いでストレス発散。いや、それほどまとめ買いしたわけではないのですが。
Steve Kuhn:
Life's Backward Glances: Solo and Quartet
(ECM, ECM2090-92, 2008, 3CD) は、
Sheila Jordan をフィーチャーした Playgrand (ECM, ECM1159, 1980, LP)
を目当てに、リリースして暫くして入手してました。
その後、Gary Burton / Chick Corea:
Crystal Silence: The ECM Recordings 1972-79
(ECM, ECM2036-2039, 2009, 4CD) を入手して、
In Concert, Zürich, October 28, 1979 (ECM, ECM1182/83, 1980, 2LP)
も意外と良いではないですか、と思ったり。
さらに去年末、Eberhard Weber:
Colours
(ECM, ECM2133-35, 2009, 3CD) も入手して、1970s年代のECMって、やっぱり良いなあと。
限定だし、ここまできたら残りの2タイトルも買ってしまえ、と、
1980年代録音の音源の
Don Cherry / Nana Vasconcelos / Collin Walcott:
The Codona Trilogy
(ECM, ECM2033-35, 2008, 3CD) と
Keith Jarrett / Gary Peacock / Jack DeJohnette:
Setting Standards: New York Sessions
(ECM, ECM2030-32, 2008, 3CD) も結局買ってしまいました (これはストレス発散買い)。
Codona は個別にCD持ってたのに……。
あと、Standards な trio はやっぱりあまり好きではないと再確認してしまいました……。
こうしてみると、なんだかんだ言って聴いていますね。 BGM として流しておくこともできるので、使いでがある、というか。 けどやっぱり、箱は若干持て余し感があるのも確か。 LPジャケットをミニチュア化した「紙ジャケ」が良いとは特に思いませんし、 ミニマリズムなデザインはむしろ現在の ECM らしいと思います。 ブックレットには、録音クレジットやオリジナルジャケットの白黒写真に解説と、 最低限の情報は載っていますし。 自分にとっては、中古やアウトレットで安く出ていたら買うかもしれないけど 個別に新品で買い揃えたいと思う程ではないタイトルの場合、 廉価 box set の方が聴くきっかけになります。 けど、CDではなくダウンロードで済ましても良かったかな、と、ちょっと思ってしまいました。ふむ。
しかし、5年前にも America / Musidisc のリイシューを大人買いしてストレス発散したと 書いているし。 この時期はCDやレコードを買う判断がいろいろ狂いがちなので、危険です……。
土曜晩に呑みすぎて、日曜の朝は酷い二日酔い。
しかし、ふらふらになりながら11時過ぎ頃にお茶の水へ。
神田明神で行われた
伊勢大神楽の奉納を観てきました。
江戸太神楽のルーツの一つということで一度は観ておきたいと思っていましたし、
もちろん、江戸東京での伊勢大神楽のみによる奉納は百年以上ぶり、ということで、
かなりレアなイベントです。
天気もよく風も無い絶好の日和の下で、伊勢大神楽を楽しむことができました。
二日酔いを圧して観に行った甲斐がありました。
演目の名前とか詳しいことはよく判らなかったのですが、
さっそく、『雑芸雑報』に
「伊勢大神楽無事終了」
(2010-01-31) というレポートが上がっています。
演目の説明もありますので、そちらをどうぞ。
といっても、観ていないと何のことやら、かもしれません。
観た者としては、あの演目はそういうものだったのか、と、とても参考になりました。
江戸太神楽は何回も観たことがあるわけですが
[2003年の野毛での写真]、
それに比べてジャグリングや道化の演技は控えめ。
獅子舞がメインで、やはり神事というか、神に捧げるパフォーマンスと、強く感じました。
しかし、体調は最低。
人垣の中で大神楽が始まるのを待っていたら、
気分が悪くなって立っていられなくなってしまったり。
開始の頃にはちょっと回復して、座りながら観ることができましたが。
ついでに帰りに展覧会でも観て行こうかとも考えていたのですが、
どう考えても展覧会を観て楽しめるような体調ではありません (弱)。
謙虚に家に帰って、夕方からは休養に充てたのでした。
土曜は昼過ぎに家を出て早稲田大学へ。 「桑野塾」の第二回に参加してきました。 桑野 隆 先生を囲んで ロシアをテーマに話題を持ち寄るカジュアルな勉強会のようなものです。 去年の10月の第一回 [関連発言] の 西部劇映画作曲家 Dimitri Tiomkin (Дмитрий Тёмкин) の話も興味深かったので、 今回も楽しみにしていました。
今回の話題の一つは、永重 法子 氏による「フォレッゲルとサーカス」。 ロシア革命直後に劇団 Мастфор (Mastfor) を拠点に活動した演劇の演出家 Николай Фореггер (Nikolai Foregger) [ru.wikipedia.org] とサーカスとの関係の話。 Всеволод Мейерхольд (Vsevolod Meyerhold) の Биомеханика (Biomekhanika) より身体性の強い、 サーカスやキャバレー、ミュージックショーの要素も取り入れた舞台作品を作っていた演出家です。 写真もあまり残っておらず、動画も無かったのは、少々残念でした。 ちなみに、Baku: Symphony Of Sirens: Sound Experiments In The Russian Avant Garde (ReR Megacorp, 2008) [レビュー] に、Nikolai Foregger & His Orchestra Of Noises: “Mechanical Dances” という、 “Механические танцы” (1922) のための音楽の再演が収録されています。 検索したら、北海道大学スラブ研究センターのサイトに 村山 久美子 「革命後のモダン・ダンスの波 - ニコライ・フォレッゲル(1892-1939)の芸術」 というテキストがあることに気付きました。こちらはダンスとの関係の話ですが。 これは、村山 久美子 『知られざるロシア・バレエ史』 (ユーラシア・ブックレット No.15, 東洋書店, ISBN 4-88595-337-5, 2001) の第5章に相当するものなのでしょうか。
二つ目の話題は、武田 清 氏の「メイエルホリド劇場の名優エラスト・ガーリンの世界」。 Театр им. Мейерхольда (the Meyerhold Theatre) で活躍した男優 Эраст Гарин (Erast Garin) [ru.wikipedia.org]。 そういえば、俳優に焦点が当てられるとこはあまりなかったなあ、と。 歌舞伎の型と Биомеханика (Biomekhanika) との接点というか、 1928年に松竹の市川左團次一座がソビエト公演した際のエピソードが、興味深かったです。 ビデオの紹介もあったのですが、ロシア語字幕無しということで、全くついて行かれませんでした……。
で、最後に自分も、Лев Кулешов (Lev Kureshov) の映画 По закону (By The Law, 1926) の紹介を簡単にしました。 前回の西部劇映画音楽の話の流れで、アメリカの開拓地 (アラスカ) を舞台とした映画、として紹介したのでした。 この映画は Виктор Шкловский (Viktor Shklovsky) が脚本ということもありますし、 最後の裁判と処刑のシーンでのモンタージュを駆使した心理描写がとても良い映画です。 人を裁くこと、死刑にすること、というテーマもきわめて現代的です。 正直、研究者も多く参加している場で自分がこういう話をするのも釈迦に説法かもしれない……、と かなり腰が引けました。 しかし、こういう場で受動的に話を聴いているだけではいかんと、自分が何に興味あるのか自己紹介代わりのつもりで。 いろいろ興味深いコメントも頂けたし、やってよかったかな、と。
終わった後は、懇親会。 早稲田の居酒屋で呑みながら、昼の話の続き、というか、そこから発展していろいろ。 結局18時半頃から22時半ころまで。話が弾んで楽しかったけれども、呑み過ぎました……。
ちなみに、桑野塾の告知は 『デラシネ通信』 で行われています。次回は3月末〜4月頭頃の予定。 今のところ話題はロシア・アヴァンギャルドばかりですが、 これに限らずロシアについてのディープな話を楽しみたい、という方は是非ご参加下さい。 次回は、日程等が決まったら、ここでも紹介したいと思います。
桑野塾でフライヤを頂いたのですが、3/1から4/28まで、 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館で 『メイエルホリドの演劇と生涯展 没後70年・復権55年』 という展覧会が開催されます。 まだ、公式サイトには情報がほとんど上がっていないようですが……。 もう暫くすれば関連企画情報も含めて載るのではないかと思いますので、詳しくはそちらをどうぞ。 フライヤに載っているワークショップ、シンポジウム、上映会等の関連企画も興味深いのですが、 どれも平日のみで行かれそうもないのが、ちょっと残念……。
話は少し変わりますが、桑野塾で、 『アート・タイムズ』 の最新号 Vol.5 を入手。 特集は「野毛版・平岡正明 葬送パレード」。 これは力作です。平岡 正明 ファンや野毛のファンは必読ではないでしょうか。
正月明けにちょっと言及した
Boulez Conducts Bartók
(Deutsche Grammophon, 000289 477 8125 7, 2009, 8CD box set) と
Boulez Conducts Stravinsky
(Deutsche Grammophon, 000289 477 8730 3, 2010, 6CD box set)、
結局、勢いというかストレス発散で買ってしまいました。
しかし、届いてみると、持て余し感が……。いったい、いつ聴くのかという……。
去年買った Alban Berg Collection (Deutsche Grammophon, 000289 474 6572 0, 2003, 8CD box set) [関連発言] が、 廉価盤にもかかわらずそれなりにちゃんとした厚めのブックレットが付いていたので、 こちらにもちょっと期待した所があったのですが、 曲目と録音クレジットに短い解説の載った20頁のブックレットが付いているだけでした。 しかし、Stravinsky のように作風が大きく変わった作家のアンソロジーで、 曲に作曲年のクレジットが無いのはいかがなものかと。 ま、今はインターネットで簡単に調べられるので、困るという程では無いのも確かですが……。 しかし、簡単なブックレットしか付いていないなら、 物理的な媒体で買わずに、ダウンロードで済ましてもよかったかな、と思ってしまいました。
しかし、Leoš Janáček のオペラ From The House Of The Dead (Z Mrtvého Domu) のDVD [レビュー] に続いて、 Bartók の Stravinsky のアンソロジー box set と、 Boulez 指揮の中東欧モダニズム物に続けて手を出してしまってるような……。ふむ。
今週末明けのCDレビューは、少し前のリリースとなりますが、
ブルターニュの女性ハープ奏者のアンソロジー的な追悼企画盤を。
2007年7月に亡くなったフランス北西部ブルターニュ (Bretagne, FR) の 女性 harp 奏者/歌手 Kristen Noguès の追悼企画盤だ。 選曲は彼女のパートナーでもあったブルターニュの guitar 奏者 Jacques Pellen。 48頁のブックレットにふたつのデジパックをハードカバーとしたようなパッケージだ。 ブックレットには彼女の様々な年頃の写真が使われているが、残念ながらテキストはフランス語のみ。 Noguès の harp の繊細な響きや歌声はもちろん、 コンテンポラリーな jazz/improv 色濃いブルターニュの folk/roots が楽しめるアルバムだ。 Jacques Pellen 率いる Celtic Procession も含む 1990年代の Silex レーベルからのリリースが好きだった人はもちろん、 folk/roots 要素の強い ECM レーベルのリリースが好きな人にもお薦めだ
Kristen Noguès は1952年生まれ。 ブルターニュではなくパリ近郊のベルサイユ (Versailles) で生まれ、後にブルターニュに移っている。 子供の頃から harp を演奏しており、8歳のときには Alan Stivell の師でもあった Denise Megevand とコンサートをしているという。 1973年に21歳で Gérard Delahaye らが参加していた Névénoé というブルターニュの folk/roots のコレクティヴに参加。 1980年に Névénoé を脱退し、それ以降よりコンテンポラリーなアプローチを取るようになったという。 1980年代は Jazz E Breizh というフェスティバル等を通して Henri Texier や Jean-François Jenny-Clark のような jazz のミュージシャンと共演。 1992年には ECM Records の Manfred Eicher から契約のオファーもあったという。 1990年代は Jacques Pellen の Celtic Procession のツアーに参加した他、 breakbeats を導入した Denez Prigent の一連の録音 [レビュー] にも参加していた。
といっても、自分もこの追悼企画盤で Kristen Noguès の名を意識し、 遡って Denez Prigent の一連の録音にも参加していたことに気付いた。 彼女が参加した Celtic Procession のCDは、残念ながら無いようだ。 今まであまり注目されておらず、 数少ないレコード/CDリリースもほとんど入手困難になっているので、 このような追悼企画盤は非常にありがたかった。 生前にリリースされて再評価された方が良かったと思うけれど。
この追悼企画盤は、そんな彼女の1980年以降の活動に焦点を当てている。 1970年代の Névénoé 関連の録音は全く収録していない。 CD2枚が全5章に分けられ、最近の録音から1980年代へ遡るような構成となっている。
第1章 “Finis Terrae” (CD1前半) には、 同タイトルで1996年に行われた Jacques Pellen - Jacky Mollard - Patrick Mollard との4tetでの フィルムコンサートの録音とその関連録音を収録している。 第2章 “Les Autres” (CD1後半) には、 Noguès は参加していないが彼女が作曲した曲の録音を収録している。 1990年代から2000年代にかけての様々な時期の録音が含まれているが、 ミュージシャン編成の核となるのは Jacques Pellen だ。 CD1は Celtic Procession 風の jazz/improv 的な folk/roots だが、 後半の Paolo Fresu や Nguyên Lê の参加したセッションも聴き所の一つだ。
第3章 “Abstract” には、 electronics も駆使した John Surman との1992年のセッションなど より抽象度が高い演奏が収録されている。 Noguès の繊細な harp の音色や歌声が最も楽しめたのは、この章だった。 第4章 “Improviser et le Trio” (CD2中程の2曲) は、 1980年代前半、jazz のミュージシャンと共演した頃の録音だ。 Jean-François Jenny-Clark が参加した録音はあるが、 Henri Texier が参加した録音が収録されなかったのは少々残念だ。 最後の第5章 “La Longueur des Jours” は、 1990年録音の1曲を除き、1980年から1982年にかけての録音が収録されている。 少々 jazz/prog rock 風とはいえ他に比べると少々素朴な folk/roots に感じられるが、 このCDに収録された1980年代以降の Kristen Noguès のキャリアの原点として、 興味深く聴くことができた。
この追悼企画盤をリリースした Innacor は 2007年にリリースを始めたブルターニュ地方の町ランゴネ (Langonnet, Bretagne, FR) のレーベルだ。 Jacky Molard や Erik Marchand による1990年代に Silex レーベルに残していたような jazz/improv 的な要素の強いブルターニュの folk/roots がそのレーベルカラーだ。 Kristen Noguès の追悼企画盤には付いていなかったが、 他のリリースではビデオのボーナストラックが付いているというのも特徴だ。 taragot, violon, accordéon のトリオをバックに Marchand が歌う folk 色濃い Erik Marchand: Unu Daou Tri Chtar (Innacor, INNA20261, 2007, CD) が第一弾リリースだ。 いわゆる bagad ではなくコンテンポラリーな jazz bigband に近い Erik Marchand がディレクションする folk/roots のアンサンブル Kreiz Breizh Akademi: Norkst (Innacor, INNA21055, 2007, CD)、 saxophone や doublebass に jazz 色を感じる Jacky Molard: Acoustic Quartet (Innacor, INNA70761, 2007, CD)、 Jacky Molard を含む5tet編成で voilon はもちろん uilleann-pipes や flûte の音色も印象的な Pennoù Skoulm: Trinkañ (Innacor, INNA10806, 2008, CD) といったリリースがある。 ブルターニュのコンテンポラリーな folk/roots の拠点となるレーベルの一つとして 注目に値するレーベルだ。 ちなみに、ブルターニュの folk/roots 以外にも、 Okay Temiz のグループ出身のトルコの clarinet 奏者 Hasan Yarimdünia や、 Mahmoud Ahmed もゲスト参加してエチオピア風 funk と ブルターニュの folk/roots を折衷したような音楽を演奏する Badume's Band のような グループのリリースもある。
入手したのも10月頃で、年末頃から少しずつ書いてはいたのですが、 新録ではないということもあり後回しになって、今に至ってしまったのでした。 Innacor も活動開始した頃からそれなりにフォローしてきたレーベルでしたが、 新録も非常にお勧めという程でもなかったので、紹介しそびれていたという。 長いレビューを書くより、 簡単でいいからもっとこまめにいろいろ紹介した方がいいのかな、と、思いつつ……。
日曜は完全休養日にしようかと思ったのですが、 天気も良かったの昼過ぎに家を出て散策気分で本郷まで。 東京大学総合研究博物館で開催中の 『命の認識』展 (3/28まで) を観てきました。といっても、主目的は動物遺体解剖見学会。 こういうのはなかなか見る機会が無かろうと。 14時前に会場に着いたら、既に解剖見学会場は人で一杯で入場制限中。入場待ちの列ができていました。 客層も子供から大人まで、女性客もおおく、こういう企画でも人気があるのだなあ、と。 十数分ほど待って、入場することができました。 見学会は約1時間、15時頃まで続きましたが、 その後も会場に残った人たちの間で暫く質疑応答が続いていたようでした。
会場では解剖が行われているわけではなく、 解剖途中の動物遺体を見せながら説明するというものでした。 解剖中の遺体が見られたのは、コアラとハシビロコウ、 あと、種類を失念してしまいましたがペンギンがありました。 また、別コーナーで鶏の手羽先を使って、解剖のデモンストレーションもしていました。 解剖中の遺体はいずれも動物園から貰い受けたもの。 解剖中の動物の特徴の説明はもちろん、 解剖学研究を進めるにあたって普段どのように遺体を扱っているのか 率直な話がとても興味深かったです。 見学に来ていた中にもそれなりに詳しい人がいて、 かなり突っ込んだ質問が出ていたのも良かったです。 しかし、それなりに薬品処理されていたのか予想ほど酷いものではありませんでしたが、 やはり、屍臭はキツかった……。 家に戻ってからも、ちょっと臭うような気がする……。ううむ。
展示の『命の認識』の企画意図は、
収蔵している骨格等の標本を、標本としてではなく、命あったものの骸として観せようという物。
説明プレートやラベル等を添えられずに会場一杯に並べられた骨格標本は白骨の山のようでもあり、
しかし、整然に並べられていることもありそそこまで生々しくないようでもあり。
解剖見学での屍臭の印象が無ければ、
ちょっと奇麗なインスタレーションと感じただけだったかもしれません。
ちなみに、標本の展示会場は写真撮影可でしたが、
動物園で可愛がってきた人たちに解剖中の姿を見せたく無いということで、
解剖見学会場での写真撮影は禁止されていました。
ちなみに、解剖見学会はもう一回、2/28(日)に14:00開始で予定されています。 (変更等があるかもしれないので、予定は 公式サイト でご確認下さい。)
日曜も晩になってから、 Joseph Beuys 展 @ 水戸芸術館 が今週末までだったということに気付きました。 しまったー、もう暫くやってると勘違いしてました orz。 土曜に行くべきだったのは、横浜じゃなくて水戸だったのかも……。 ま、土曜は昼頃まで起きられませんでしたし、Joseph Beuys のような作風の場合、 あまり余裕が無い状態で観ても、頭に入ってこなかったかな、と (すっぱい葡萄)。
土曜は二週間ぶりの休み。というわけで、昼頃まで家で臥せっていたのですが、 昼過ぎ遅めに家を出て横浜は山下町に。この展覧会を観てきました。
開館35周年として企画された現代美術のグループ展だ。 タイトルから大きく外れない、日常的なものをちょっとシュールに異化するような 立体/インスタレーション作品が楽しめた展覧会だった。 印象に残った作品について個別にコメント。
最も気に入ったのは、木村 太陽 の「巣穴 (Der Bau)」 (2009)。 段ボール箱を並べて作った高さ50cm程の迷路状の通路の中を這い回りながら、 途中三カ所に設置されているモニタでアナログレコード再生の様子を収録した映像を観るという作品だ。 それもただ再生しているのではなく,レコード盤の上を蛸の球が転がっていたり、 レコード盤に付けられたゴム紐で首が締まっていったり、プレーヤーごと地中に埋められたり。 段ボール箱の筒の中を這い回って観るというシチュエーションも、 映されている映像も、不条理でシュールなユーモアを感じるもので,それが可笑しい作品だ。
雨宮 庸介 の「わたしたち」 (2009) は、 一昨年に観た「ムチウチニューロン」 [レビュー] を思わせる、ビデオを使ったインスタレーション作品。 「ムチウチニューロン」同様、ロッカーの扉が入口になった部屋の中にはロッカーが沢山並んでいた。 そして、壁の一面には、そのロッカーが並んだ部屋の様子を捉えた映像が投影されているのだが、 部屋と映像の中とで異なる時間が流れていて、不条理なパフォーマンスが行われているという。 違いは、「ムチウチニューロン」では部屋で実際にパフォーマンスも行われていたのだが、 今回のインスタレーションでは映像の中だけだったということ。 これは単にタイミング悪くパフォーマンスの無い時間帯だっただけかもしれないが、 「ムチウチニューロン」を知っているだけに、少々物足りなく感じてしまった。
屋外展示の 久保田 弘成 の 「Berlin Hitoritabi」 (2008) は、
旧東ドイツ製の乗用自動車 Trabant に対して横に太い回転軸を通し、
鉄骨製の台の上でバイク用のエンジンを動力に回転させるというものだ。
ただ回すだけであれば タムラサトル の作品 [レビュー] のようなのだが、
ちょっとヤンキー風の出で立ちで演歌をBGMにバイクを運転するかのようなパフォーマンスを伴う所が、異なる所。
どうして、Trabant で演歌でヤンキー風なのかよく判らなかったが、
乗用自動車を回転させるという力技でナンセンス物として楽しめてしまう所があったのも確かだ。
力技といえば、佐藤 恵子 の「変容」 (2009) も、 会場中最も広い第五展示室の半ば吹き抜けとなった地階のフロアと一階のフロアを使い 三部作の巨大な箱庭のようなインスタレーションを作り出していた。
とても良い展覧会という程ではなかったですが、 木村 太陽 や 雨宮 庸介 は以前からけっこう好きな作家ですし、 それなりに楽しめたでしょうか。なんとか会期末に間に合って良かったー。
で、県民ホールギャラリーで回る Trabant を観た後は、みなとみらいまで散策気分でふらふらと。
で、横浜美術館で
束芋 『断面の世代』 (3/3まで) を観てきました。
マルチスクリーンというよりも立体的な面に投影する方法はそれなりに面白いと思うのですが、
アニメーションがそれ自体がいまいちピンときませんでした。
2003年の東京オペラシティアートギャラリーと2006年の原美術館の2回個展を観てきてますが、
そのときもレビューは書かず仕舞い。
どうも、自分とはあまり接点の無い表現なのかも……。うむ。
最近は心身共にあまり余裕がない状態 (弱)。 余裕があるときにゆっくり観れば、もっといろいろ楽しめたかもしれない、と思ったり。 横浜美術館を見終わった時点ですっかり疲れてしまったので、謙虚に帰途についたのでした。
こんにちは、かわにさん。レスポンスが遅れて失礼しました。 ダナ・トーマス 『堕落する高級ブランド』 に関する話ですが。
岡田 暁生 の『西洋音楽史』での20世紀後半に並走する三つの道や 『オペラの運命』での三つのオペラ潮流という整理の仕方 [読書メモ] は 他でも何かと使えそうな切り口と思っていたので、 ダナ・トーマス 『堕落する高級ブランド』を読んで、 思わず当てはめてみたくなった、という所が正直なところ。 元ネタの「ニーチェ『反時代的考察』における歴史の3つのありよう」を チェックしていない (知的怠慢) ので、もしかしたら勘違いしてるかもしれないですが……。
消費者というか受容層の重なりについても、もちろんある程度は意識しました。 オペラ劇場へ行ったことは無いしオペラのファン層がどんなものかよく知らないですが、 例えば、普段良く観に行っているコンテンポラリーダンスの客層と、 Sylvie Guillem を観に行ったときの東京文化センターでのバレエ公演の客層では、 服装のセンスがかなり違うというのは、強く感じますからね。 しかし、それに比べて、音楽のコンサート/ライブの場合、 ダンスやバレエの公演ほどドレスアップして来る人がいないので、三つの道のようなものより、 むしろサブカルチャーにおけるトライブ間の差異と言った方がいいような気もします。
And now for something completely different...
去年末観た『‘文化’資源としての<炭鉱>展』 [レビュー] の話のフォローアップ。 この展覧会のハイライトの一つである 『山本作兵衛炭鉱画模写大壁画』について、 「企画のクレジットに 川仁 宏 の名が」 と Twitter に呟いたところ、これに関連して、 『川仁宏追悼集 / 口もなし、舌もなし、喉もなし』 に 菊畑 茂久馬 「山本作兵衛さんと美学校」 (pp.48-52) というエッセーが載っているということを、 メールで教わりました。ありがとうございます。 この追悼エッセーは、『山本作兵衛炭鉱画模写大壁画』制作時のエピソートを紹介するもので、 作品を観た直後ということもありとても興味深く読むことができました。 正直に言えば、展覧会で見た当初は、美学校を代表してクレジットされているだけかもしれない、 と思っていました。 しかし、このエッセーを読んで、企画としてクレジットされていることに、納得しました。
嶋田さんの読書メモは、ぼくにはいつもとても参考になります。 ちょっと前の書き込みになりますが、
という話、面白いですね。
実際の消費者の層でいうと、どんなふうに重なっているのかな、とか、ちょっと考えました。
ファッションとか詳しいわけではありませんが、けっこう重なっていそうですね。
土曜は朝9時半頃には家を出て朝の散策気分で三軒茶屋へ。 世田谷パブリックシアター が 毎週土曜の午前に開催しているワークショップ・シリーズ『土曜劇場プレイ・パーク』の 「森下真樹の≪うずうず≫ダンス教室」 第1回に参加してきました。 森下 真樹 の舞台は観たことないのですが、 去年のダンストリエンナーレトーキョー2009に 『独楽犬イルツキー』 [YouTube] で参加していましたね。
去年七月の腰の手術から半年。運動不足で若干体重増え気味だし、 自転車散策以外にも体を動かすことをしたいけど、フィットネスクラブのようなのは……、 なんて思っていた時、世田谷パブリックシアターでの観劇の際にフライヤを手にして、 その場の勢いで申し込んでしまったのでした。 場所も家の近所で、参加費も500円 (世田谷区民は400円) という安さ。 土曜の午前なら他の予定と被る可能性も低いですし。 もちろん、コミュニティ・ダンスへの関心 [関連発言] というのもないわけではないですが。
十年以上前の話になりますが、世田谷美術館で Nicolas Frize の Le Chant de la Chair というボディーパーカッションのワークショップに 参加たことがありました。 その時は、参加者の多くが音大・美大の学生・卒業者や演劇関係者のような人で、 それも圧倒的に女性が多かったという。 場違いな所に来てしまったかなー、と少々居心地の悪さを感じたものでした。 そんなわけで、今回も同じような状態かもしれない……、と、若干不安に思っていました。 しかし、行ってみたら自分のようなおやじもそれなりにいて、ひと安心。 フェスティバル/トーキョーの おやじカフェ に参加していた人たちが数人、このワークショップへも参加していたのでした。 おやじ度が高かったおかげで、リラックスして楽しむことができました。
第一回のテーマは「からだも楽器」ということで、 ボディーパーカッションを予想したのですが、良い意味で外れ。 といっても、月一回の初心者向けのワークショップということで、 あるディシプリンに沿って体を動かすトレーニングをするようなワークショップではありません。 イメージやアイデア、妄想から動きを作っていく体験をするようなワークショップでした。 特に、ワークショップ後半は、身体の動きをどう繋げて組み合わせて音楽と合わせて ダンス的な動きとして構成していくのか、その一つのやり方を体験したようで、興味深く楽しめました。
ちなみに、来月のテーマは「巻き手話」。 ウェブサイト『渋谷文化プロジェクト』の ダンストリエンナーレトーキョー2009関連特集「もっとコンテンポラリーダンスが好きになる!」の中に、 「ステップ3 ダンサー森下真樹 ミニワークショップ テーマ:「巻き手話」をマスターしよう!」 というベージがあるのに気付いてしまいました。 それも、YouTube 動画が3本も。これで予習しておかねば。
他のワークショップは知らないので、レベルや良し悪しの判断はしかねます。 頻度や参加費用を考慮しても、気楽な感じで体を動かす機会を作りたい、という人には ちょうど良いワークショップではないでしょうか。 参加者は若干女性が多めですが小学生から中高年まで年齢層も多様でした。 自分には合っていたように思います。 実は、年度末で忙しくなってきているので、参加を止めようかなとも思ったのですが、 参加して心身のリフレッシュが出来てよかったかな、と。 しかし、予想以上に激しく動くワークショップで、運動不足な体には少々キツかった……。 普段のデスクワーク中心の生活ではほとんど使わないような所を使ったので、あちこちに筋肉痛が……。
今週末は、このワークショップに参加しただけで、展覧会・舞台公演など観る余裕は無し。 CDレビューもお休みです。
最近は英米の rock/pop 文脈の音楽へのアンテナの感度もすっかり落ちてしまっています。
けど、中には面白い音楽もあるんだろう、と、
The Wire 誌
Issue 311 (Jan. 2010) の “2009 Rewind” や
Rough Trade Shops の
“Albums Of The Year 2009”、
The Guardian 紙の “Critics' poll 2009”
を参考に以下の4タイトルを買ってみました。
参考にするリストの選択が偏っているような気がしないではないですが。
Animal Collective と Broadcast は以前のアルバムを1〜2タイトル持っていて 初めて聴くというわけではありませんでしたが。 予想以上に4枚とも似た傾向の音で、今はこういうのが流行っているのかな、と。 力が抜けた歌声でバックの音もソフト。 アトモスフェリックでカフェとかでかかっているとオシャレに聴こえそうです。 けど、エッジの立った音や、強く歌いかけるような歌は、流行じゃないのでしょうか。
ちなみに、最も好みな音だったのは The XX。 しかし、新しさに耳を奪われるというより、むしろ懐かしい感じ。 1980年前後の UK New Wave を連想させられます。 特に、バックの演奏は Movement (1981) の頃の New Order あたり。 しかし、最も連想させられたのは、 2000年代前半の Monika Enterprise や Morr Music あたりの “indietronica”。 疎な guitar のフレーズや electronics 使いはもちろん 男女の歌声をフィーチャーしている所など Komëit を連想させられました。 ちなみに、dubstep を引き合いに出してるのを目にしたこともありますが、 いくらなんでもそれは無いんじゃないかな。 それなりに好みのツボにハマっているのでよく聴いてしまってはいますが、 こういうのが Rough Trade Shops と The Guardian の 2009年の1位でいいのか、と思わないでもありません。むむむ。
金沢旅行の往復を使って読んだこの本について読書メモ。 『ラグジュアリー』 と題するファッションデザイン展を先日観て、 去年出たこの本のことをふと思い出したので、さっそく読んでみました。
邦題がセンセーショナルだったので、 高級ブランドを単純に悪として告発する内容ではないかと少々腰が引けていたのですが、 かなりまともな内容でした。 確かに、この本のメインの主張は 「高級ブランド産業は儲け第一主義で、資産形成を競い合う「モノポリー」ゲームのようになっている。経営者の関心の中心はブランドの芸術性ではない。損益だ。」 (p.326) です。 しかし、現在の高級ブランド産業の利益追求の実態をルポルタージュするだけではありません。 原題の副題『ラグジュアリー (高級品、奢侈品) はその輝きをいかに失ったのか』が示すように、 王族貴族相手の職人からグローバルなコングロマリットへ至る高級ブランドの変遷や、 その周辺の職業 (スタイリストなど) の成立と変化も描いています。 高級ブランドを通して見る社会史としても興味深く読むことができました。
高級ブランドの歴史の転換点としてこの本が強調するのが、 1986年に高級ブランドのコングロマリットとして成立した LVMH (Moët Hennessy - Louis Vuitton) を 1990年に Bernard Arnault が全権掌握したこと。 これによって、高級ブランドが中間層大衆を相手に事業を拡大し、 グローバルに大量生産販売を行う完全に資本主義の論理で動く大企業となったと。
川久保 玲 (Comme des Garçons) や 三宅 一生 (Issey Miyake) が登場する 1980年前後までのファッション史については、 柏木 博 『ファッションの20世紀 —— 都市・社会・性』 (NHKブックス 831, 1998) [読書メモ] や 成美 弘至 『20世紀ファッションの文化史 —— 時代を作った10人』 (河出書房新社, 2007) [読書メモ] という本を通して知る所もそれなりにあったのですが、 『堕落する高級ブランド』で LVMH 以降を補完できたように思います。 これらの本に抜け落ちている1990年代以降のもう一つの動きとしては、 「ファストファッション」がありますが。
ちなみに、全ての高級ブランドが LVMH やそのライバル PPR (Pinault-Printemps-Redoute)、Richemont の ようなコングロマリットになったと、この本は主張しているわけではありません。 「本物の一流品を追求する姿勢を失っていないところ」として、 Hermes や Chanel を挙げています。 また、Tom Ford を高級ブランドビジネスの原点に戻ろうとしている「亡命者」として描いています。 Comme des Garçons (川久保 玲) や Issey Miyake (三宅 一生) のような 日本の高級ブランドがこの文脈の中でどう捉えられるのか興味あったのですが、 ほとんど言及が無かったのは、少々残念。 米国の高級ブランドもあまり出てこないので、 おそらく、この本の主対象とする伝統あるヨーロッパの高級ブランドとは出自が違う、 ということなのではないかとは思います。
ファッション・ジャーナリストだからこそ 多くの業界関係者に取材して書くことができたのだとは思います。 しかし、LVMH やそれを率いる Bernard Arnault のような人たちを 「関心の中心はブランドの芸術性ではない。損益だ」という 「儲け第一主義」者として描く、 ある意味で業界の裏を暴くような本をよく書けたな、と読んでいてつくづく感心してしまいました。
この本が興味深く感じられたもう一点は、 『堕落する高級ブランド』が描く高級ブランドの創業からの歴史が、去年読んだ 岡田 暁生 『オペラの運命 —— 十九世紀を魅了した「一夜の夢」』 (中公新書 1585, 2001) [読書メモ] で描くオペラの歴史と、 パラレルに見えた所。 もともと王族の威信を示すものだったオペラが、 19世紀にグランド・オペラとして新興ブルジョワの娯楽となり、 20世紀に登場した大衆によって映画に取って変わられたように、 王族・貴族相手に作っていた職人が、新興ブルジョワ相手に高級品を売る小規模な高級品店となり、 最後には大衆相手の高級ブランド・コングロマリットなった、という。 高級ブランドがハリウッド・スターと密接な関係があるのも、さもありなん、というか。 そんなことを考えながら『オペラの運命』をざっと読み直したら、 「「ブランド産業」としてのオペラ座経営」という節に 「(前略)貴族御用達の仕立て屋はブティックを開いた。そのターゲットは本物の貴族ではなく、 貴族の真似をしたがっている連中だった。オペラ座も例外ではなかった」 (p.111) という下りを再発見。
『オペラの運命』は「ポスト・ワグナー時代の三つのオペラ潮流」として 「偉大な記念碑を崇拝する神殿」「聖遺物を保存する博物館」「過去の伝統を解体する実験場」を挙げ 「偉大な記念碑を崇拝する神殿」が映画に取って代わられたと言います。 これは、続く新書『西洋音楽史』での20世紀後半の三つの道 「ポピュラー音楽」「巨匠の名演」「前衛音楽」にほぼ対応します。 これを高級ブランドの話にあてはめてみると、 LVMH のような高級ブランド・コングロマリットは 「偉大な記念碑を崇拝する神殿」に取って代わった映画や「ポピュラー音楽」における メジャーの映画会社やレコード会社 (こちらもグローバルにコングロマリット化している) に相当するもののように思います。 一方、Hermes のような「本物の一流品を追求する姿勢を失っていないところ」は 「聖遺物を保存する博物館」「巨匠の名演」に相当するのかもしれません。 すると、相対的に見て Comme des Garçons (川久保 玲) や Issey Miyake (三宅 一生)、 Martin Margiela などは「過去の伝統を解体する実験場」「前衛音楽」相当なのかもしれません。 ここの話は多分に思いつきですが……。
Dana Thomas の 「高級ブランド産業は儲け第一主義で、資産形成を競い合う「モノポリー」ゲームのようになっている。経営者の関心の中心はブランドの芸術性ではない。損益だ。」 という主張の「高級ブランド産業」を「音楽産業」「映画産業」に置き換えると、 ポピュラー音楽におけるメジャー批判や映画におけるハリウッド批判における常套句です。 「新しい権力者 スタイリスト」の話にしても、 ポピュラー音楽業界におけるDJの話に近いものがありますし。 そういう点でも、LVMH、PPR 等のメジャーに対するインデペンデント/オルタナティヴ —— Thomas は「本物の一流品を追求する姿勢を失っていないところ」や「亡命者」を そうだと考えているのでしょうが —— にも、もっと焦点を当てて欲しかったようにも思いました。
ところで、この読書メモを書いている途中に、『ハイファッション』誌休刊の 報が。 同時に『銀花』も休刊になるという。 「セレブ」を取り上げたり恋愛関連記事を載せたり付録を付けたりと 消費主義的ライフスタイルへの指向が強いファッション雑誌の中において、 文化出版局のファッション雑誌のファッションデザイン的な視点が 良いと思っていただけに、残念です。 しかし、2誌同時に休刊とは思い切ったというか、かなり厳しいのかな、と。 『装苑』にはなんとか頑張って欲しいものです。 『装苑』は1982〜6年頃に読んでいた雑誌で、 自分のファッションだけでなく音楽等の趣味の原点の一つでもありますし [関連発言]。
今年最初のCD/音楽書レビューは、
NME C86 で良かったのは Ron Johnson 一派だったよね、
という方にお勧めのこれ。
post-post-punk の1980年代半ばにイギリスに広がった DIY 色濃いノイジーな rock シーンを 当時の当事者であった The Membranes の John Robb が取り上げた事典的な本だ。 イギリスの1980年前後の post-punk [関連発言] と1980年代後半の indie-pop [関連発言] の間は不毛な時期とされがちで、 その時期にイギリスから出てきた underground/indepenent/alternative な音楽はほとんど忘れられている。 そんなミッシングリンクを知るのにうってつけの本だろう。 ちなみに、post-punk を描いた Rip It Up And Start Again: Post-Punk 1978-1984 (Faber & Faber, ISBN0-571-21569-6, 2005) の著者 Simon Reynolds が、 2009年の頭に The Guardian 紙に “Will the 'bad music era' ever become hip?” (2009-02-13) というこの時期の再評価記事を書いていたのだけれども、 その記事に応える本とも言えるだろう。お薦めだ。
このシーンはほとんど忘れられているけれども、 Sonic Youth、Dinosaur Jr.、Fugazi や Big Black 等のグループを擁した 同時代のアメリカの hardcore や post-hardcore シーンの イギリスにおける対応物だったと、著者は主張している。 このシーンの第一波として1980年代前半の The Three Johns、The Membranes、The Nightingales を、 第二波として1985年頃の Big Flame、A Witness、Bogshed を挙げている。 そして、Big Flame、A Witness、Stump 等 Ron Johnson レーベルのグループ、 The Wedding Present や The Wouldhounds 等は NME C86 に収録され、 今でもそれなりに名を残している。
このシーンを支えたのは、イギリス国内のあちこちで 様々なグループの組み合わせで際限なく続けられたギグ、 そしてそれを支持したファンジンと John Peel のラジオ番組。 また、レコードのリリースは小規模な独立系レーベルからの7″シングルが中心だったという。 著者はこのシーンを “Death to Trad Rock” シーンと呼んでいるが、 これは The Membranes の1985年の曲のタイトルから採られており、 当時からそう呼ばれていたわけではない。 出版社 (Cherry Red Book) のウェブサイトでは “The Post-Punk Fanzine Scene 1982-87” という副題が付けられているが、実際の本ではこの副題やそれに類する表現は使われていない。 1980年代半ばに登場したグループがほとんどだが、1990年代のグループも含まれている。
本の構成は、このシーンの全体を概観した序章 “Introduction” (インターネットでも読むことができる: "Death To Trad Rock By John Robb - An Extract", The Quietus, 2009-11-23) の後、シーンを構成したグループ毎にグループ名の辞書順で章立てられ、 そのグループの編成、ディスコグラフィとインタビューやバイオグラフィが記述されている。 個別に章立てて取り上げられているのは、以下のグループだ。
A Witness, AC Temple, Age Of Chance, Badgewearer, Big Flame, Phillip Boa & The Voodoo Club, Bogshed, Ceramic Hobs, Ted Chippington, The Creepers, Dandelion Adventure, Dawson, Death By Milkfloat, Dog Faced Hermans, The Dutch Scene (De Kift, etc), The Ex, Fflaps, Five Go Down To The Sea, The Janitors, The June Brides, The Keatons, The Legend!, The Membranes, The Nightingales, The Noseflutes, Fes Parker, Pigbros, Prolapse, The Rosehips, Sarandon, Shock Headed Peters, The Shrubs, Shrug, The Stretchheads, Stump, The Three Johns, Thrilled Skinny, The Turncoats, Vee V V, The Very Things / The Caravats, The Wedding Present, The Wolfhounds, Yeah Yeah Noh
多くはイングランドのグループだが、スコットランドの Dog Faced Hermans、ウェールズの Fflaps 等も取り上げている。 さらに、The Ex や De Kift のオランダのシーン、 ドイツの対応物 Phillip Boa & The Voodoo Club にも章を割いており、 それなりに広がりのあったシーンだったことが伺われる。 また、1980年代半ばに活動したグループだけでなく、 このシーンを承けて1990年年代に活動し始めたグループも採り上げている。 しかし、The Wolfhounds と兄弟グループとも言える McCarthy が挙がっていないのが、少々意外だ。
さらに、章 “Other Bands” でインタビュー出来なかったり情報が少なかったり アメリカのグループだったりという理由で個別に章立てしなかったグループについて、 章 “Associated Bands” でシーンの境界線上にいたようなグループについても触れている。 さらに、このシーンの拠点となった多くのファンジン (Rox, Attack On Bzag, Legend!, etc) と レーベル (Ron Johnson, Vinyl Drip, In Tape, Guided Missile) を簡単に紹介する章もある。
事典的な構成で、個別の記述の割に全体としてのシーンの展開の記述が薄く読み応えが無いのは確かだ。 しかし、特に中心的な一つの場があったわけでなく、個々のグループが緩く繋がっていたという シーンの特徴に合っているのかもしれない。 これで索引があればもっと使い易い本になったとは思うが、 post-punk と indie-pop を繋ぐ1980年代半ばのイギリスのシーンに関する基本文献と言えるだろう。
Ron Johnson レーベルのグループは NME C86 にフィーチャーされたこともあり、 当時からその鋭角なサウンドが好きだった。 やはり NME C86 に収録された The Wedding Present や The Wolfhounds も indie-pop の文脈で聴いていたし、 The Three Johns、The Ex、Dog Faced Hermans など、 約1/3はレコードを持っているグループだ。 しかし、この本を通して、このような繋がりと広がりを持ったシーンと認識できた。
Death To Trad Rock! を出版したのは、 UK post-punk の代表的なレコード会社 Cherry Red Records の書籍部門 Cherry Red Books。 Cherry Red Records から本の出版に合わせて、コンピレーションもリリースされている。 収録されているのは本で取り上げられているグループだが、 取り上げられた全てのグループが収録されているわけではない。 CD化があまり進んでおらず、他のコンピレーションに収録されることも稀なグループが多いので、 CD 2枚組にしても良かったのではないだろうか。 CDのブックレットにはクレジット等がほとんど無いので、本と併せての入手がお勧めだ。
NME C86 20周年としてリリースされた indie-pop のコンピレーション CD86: Tracks From The Birth Of Indie Pop (Castle / Sancturary, CMEDD1420, 2006, 2CD) [関連発言] に収録された Ron Johnson レーベルのグループが Big Flame だけだったので、 その補完としてもお勧めだ。 軽くジャングリーな indie-pop の影に隠れてしまった 1980年代半ばのエッジのあるノイジーな indie/alt rock が楽しめる。
Death To Trad Rock! とほぼ同時に、 Cherry Red Books から 1980年前後に登場したイギリスの独立系レーベルに関する本が出ている。 それ以前の独立系レーベルについても導入で一章を裂いているが、 本書が扱っている範囲は、 1970年代半ばに punk と並行して活動を始めたレーベル Chiswick に始まり、 Buzzcocks の New Hormones をきっかけとする DIY 的な独立系レーベルのブーム、 Rough Trade、Beggars Banqued / 4AD、Mute、Cherry Red 等の post-punk 期に活動を始め現在まで続く大手独立系レーベル、 そして配給網の The Cartel まで。 Ron Johnson レーベルには触れられているが、 1980年代後半の indie-pop の拠点となったレーベル (Sarah や 53rd & 3rd)、 もしくは post-rave の techno のレーベル (Warp 等) はこの本の範囲外だ。
各章は、中心となるレーベルの歴史を軸に、関連するレーベルの歴史にも触れられている。 しかし、構成は、章を更に節に分けるでもなく、パラグラフが見出し等も無く単調に並べられているのみ。 確かに、多くのインタビュー取材に基づいて書かれており、その当事者の言葉には興味深いものがある。 しかし、章立てが大雑把な上索引も無く、どこに何が書かれているのは把握し辛いという難点のある本だ。
しかし、去年の最初のレビューで取り上げたのも、 Various Artists: I'll Give You My Heart, I'll Give You My Heart: The Cherry Red Records Singles Collection 1978-1983: 30th Anniversary Box Set だったんですよねー。 年始早々後ろ向きではいかんと思いつつ……。
土曜は朝9時頃に家を出て、新幹線、特急を乗り継いで北陸の金沢へ一泊旅行してきました。 目的はもちろんこの展覧会。
コペンハーゲン出身でベルリンを拠点とする光や気象現象を扱うインスタレーションで知られる
現代美術作家 Olafur Eliasson の個展だ。
原美術館という私邸の洋館を改造した会場という制約もあってか、
2006年の個展は照明デザインの展覧会と感じる所も少々あった。
しかし、今回の個展は大きなホワイトキューブの展示空間を使った
光を体感するかのようなインスタレーションがメイン。
このような体感する作品は、判り易くエンターテインメントのように消費される危うさも感じるけれど、
非日常的な光と色彩の感覚を楽しむことができた。
スモークを使ったインスタレーションなどは、現代美術向けのこの美術館の展示空間ならではだろう。 スモークを部屋いっぱいに濃く焚きしめ光の三原色RGB (赤緑青) で三分して照明した “Your Atmospheric Colour Atlas” は、 空間で色が混じりあっていくような色のグラディーションも幻想的で 見通しの悪さもあってまるで色に包まれたかのよう。 しかし、薄くスモークし暗い部屋を貫く強く太い白色の光束を 霧箱を反転した無霧箱でぶった切った “Your Making Things Explicit” の ミニマルなインスタレーションが強く印象に残った。
動的な作品では、”Eye Activity Line”。 円形の展示空間の中央に光源を置き中央に置かれたプールを通して 筒状の壁を一周する虹を作り出しているのだが、 部屋に入る際に踏むステップに仕掛けをしてプールの水面を緩く波立たせ、 虹がゆらめく様子をを観ながらプールの回りを一周することになるのだ。 もちろん、等間隔の複数の白色光源を使い分裂したかのような観客の影を作り出す “Slow-motion Shadow” や その虹色版 “Slow-motion Shadow In Colour”、 さらに万華鏡化した三色版 “Colour Shadow Theatre” 等の判り易い作品で 子供の観客の反応を観るのも面白かったけれども。
今までほとんど観る機会が無かった光以外のインスタレーションとしては、 美術館の中庭中央を貫くガラス張りの通路の中央にいっぱいの大きさのファンを置いて 風の抜け道とした “Where Do You Come From? What Are You? Where Are You Going?”。 この作品には “Your Making Things Explicit” の風版のようなスマートさを感じた。 自転車のホイールを鏡張りにした “Kepler Was Right Bike” の ようなコンセプチャルなオブジェの作品は意外な面を観る興味深さはあったが、 この展覧会の中での位置が掴めなかった。
会場となった金沢21世紀美術館は、2004年に開館した現代美術の美術館だ。
気になる展覧会は今までもいくつかあったが、今回、初めて足を運んでみた。
円形で全方向ガラス張りで4方向に入口があり、開放的。
1階と地階というフラットな建物で周囲の庭と一体に繋がったよう。
常設で James Turrel の部屋がある。
自分が Turrel の部屋に入ったのは日没後。
ぼーっと天窓が切り取った闇夜の方形を眺めていたら、
時折白い小雪がちらちらと吹き込んでくるのが見えた。
金沢行きのもう一つの目的は、セイコ蟹というか香箱蟹。
漁期が1月10日までなので、この週末が最後の機会だったのでした。
セイコはズワイの雌。小振りですが、内子 (卵) も味噌も楽しめて、ズワイより好きです。
しかし、独りだし居酒屋なら予約無しでふらりと入れるだろう、なんて考えが甘かった。
連休初日の晩ですもんね。あやうく居酒屋難民になりかけました。
結局、香林坊いたる
[橋本健二の居酒屋考現学 (2008-01-11)]
になんとか入ることができました。
ここは「酔っぱらい蟹」とか創作料理もあるのですが、シンプルに茹で香箱蟹を頼んだら、
奇麗に剥いて整えたものが出てきたのでびっくり。
ま、居酒屋だし、そんなものかー。
茹でたままでも自分で剥いて食べられるのにー、なんて、ちょっと思ってしまいました。
日曜午前の金沢は雨。
夕方頃まで軽く観光してから帰ってもいいかなとも考えていたのですが、
冷たい雨の中歩き回る気合いも無く、昼過ぎには早々に金沢を発ってしまいました。
昼食は、黒百合でおでん。
金沢おでん というのは今まで意識したことありませんでしたが、
静岡おでん程個性的なものではなく、関西風おでんに近いものでした。
こちらは某友人に教えてもらったのですが、
『橋本健二の居酒屋考現学』
でも取り上げられていたことに戻ってから気付きました……。うむ
1月はロンドンで London International Mime Festival があります。今年は1/13から1/31まで。 いわゆる「パントマイム」というより、 コンテンポラリー・ダンスに近いコンテンポラリー・サーカスのような作品が多く出るので、 毎年、プログラムをチェックしています。 また、多くの公演で、カンパニーや会場の Barbican や Southbank Center などが、 プロモーションのために紹介する動画を YouTube に載せています。 あまり知られていないコンテンポラリー・サーカスへの入門にも良いと思いますし、 去年、Mercat de les Flors の YouTube チャンネルを 紹介したのが 一部で (非常に局所的ですが) 好評だったので、 今年の中で気になる公演の YouTube 動画を紹介。
フェスティバルのオープニングを飾るのは、チューリヒのカンパニー Zimmermann & de Perrot。 Öper Öpis は、傾きが変化する床の使い方が面白そうです。
“aerial theatre company“ を自称するロンドンの空中芸のカンパニー Ockham's Razor。 The Mill はホイール使いが面白そうです。
トゥールーズのカンパニー Collectif Petit Travers。 Pan-Pot はミニマルにジャグリングで構成した舞台のようです。
ミラノの Daniel Blanga Gubbay の Paola Villani の2人組 Pathosformel。 La Timidezza delle Ossa では、張った布に身体で凹凸を作る抽象的な作品。 他の作品の YouTube を観てもあまり身体性を感じさせない抽象的な舞台作品を作っているようです。
トゥールーズのカンパニー La Compagnie Ieto。 Ieto は、 仕切り板のような足付きパネルを使ったアクロバット。 板の使い方、組み合わせ方が面白そうです。
ちなみに、今年のプログラムには、観たことのある作品が2つあります: Circus Klezmer [公演情報; YouTube; レビュー] と、 Okidok: HaHaHa [公演情報; YouTube; レビュー]。 しかし、今回紹介したようなカンパニーが、 それも、大道芸フェスティバルではなく劇場公演でもっと来日するようになって欲しいものです。
去年末に振った話ですが、 明日 (というか既に今日) 4日から9日までの6日間、 NHK BS2 『BS世界のドキュメンタリー』枠 (月-金 21:10-22:00; 土23:10-24:00) で、 2005年BBC制作のアメリカ黒人ポピュラー音楽のドキュメンタリー番組 Soul Deep がかかります。リマインダまで。 もちろん、年末年始にHDDに空きを作って、スタンバイしましたよ。
ところで、3日の晩に何気なく観た 『クレムリンを揺るがせたビートルズ』 (How the Beatles Rocked the Kremlin, BBC, 2009) が面白かったです。 確かに The Beatles がメインにフィーチャーされていましたが、 ソ連におけるロック受容の証言集とも言える内容でした。 Виктор Цой (Viktor Tsoi) の映像が観られるとは思いませんでした。 ペレストロイカ期のソ連のロック・ミュージシャンとして、 Борис Гребенщиков (Boris Grebenshchikov) ではなく、Цой を選びますかー。
Now for something completely different...
年末30日は、毎年恒例の大家さんの母屋での餅つき。
腰を悪くしてからは準備や餅つきには参加できないのですが、
たくさんの人が集まるので、力仕事ではない仕事もいくらでもあります。
今年は主にのし餅を作る手伝いをしました。
しかし、つきたての餅は常に動かしていないとすぐにくっついてしまうので、
扱いが難しかった〜。
あと、コチュジャンの仕込みで、唐辛子の粉を練ったり。
こちらも、火にかけてからが加減が分からず難しかった……。
ま、めったにできない良い経験でしたが。
餅つき後の宴会は早めに失礼して、夜は 行きつけのジャズ喫茶 へ。 年内営業最終日が常連が多く集まるので、自分も顔を出して、皆と談笑。 最後の忘年会というか。
31日は昼に年越しの買い物を済まして、
晩は、例年のように、独り呑みながら2009年の Top Ten 選び。
今年は、常陸野ネストビールの Extra High を飲んでみました。
初めて飲みましたが、少々強めながらコクがあって美味かった〜。
あと、去年に続いて、Ginger Ale も。
しかし、今年は例年と違い twitter もあって
独りで淡々という感じにはならなかったような……。ふむ。
元日は実家へ年始の挨拶。実家に行くとTVを観るくらいしかできることがありません。 しかし、自宅にいたら見逃していたであろう NHK BS2 「初笑い!オールスター昭和なつかし亭」 を観られたり、と、意外な収穫も。寄席芸のお宝映像も悪くないのですが、 藤山 新太郎 による 江戸手妻「蝶のたわむれ」が観られたのが嬉しかった。 やっぱり生で観たいなあ。
2日は東京都現代美術館へ初詣、3日は親戚との会食の後にいきつけのジャズ喫茶へ年始の挨拶。 これで、年末年始の休暇は終わってしまったのでした……。
正月2日から開館する博物館・美術館も、最近は多くなりました。
というわけで、昼頃に家を出てこの美術館へ初詣に行ってきました。
身体の拡張装置 (extension) で知られる 1970年代から活動するドイツの現代美術作家 Rebecca Horn の日本では初の個展だ。 企画展示室3階で立体作品の展示、企画展示室1階で映像作品の上映が行われている。 グループ展で以前に作品を観たときにも思ったことだが、作品の多くは、 立体作品は Modernism というより、象徴的な所などいかにも Surrealism の流れを汲む表現。 しかし、意識/無意識の問題というより身体感覚に着想を得ているためか、 abject なものをあまり感じさせず、むしろユーモラスで可愛らしく感じることもあった。 詩との組み合わせもあって、奇妙に叙情的と感じた時すらあった。
しかし、興味深く観ることができたのは、そこからちょっと外れた所。 床に広く張った水面を機械仕掛けの真鍮の棒で軽く掻き乱し、そこに光を反射させる作品だ。 円形の水面に反射させて光の濃淡に変換された波を観る “Heartshadows for Pessoa, Cinema Verité” の、タイトルを裏切るようなミニマルさも良かった。 しかし、Heyden Chisholm の環境的な音楽の中、 プロジェクタで投影された自身の詩を文字列が回転し、反射で裏返り、波でゆらめく “Light Imprisoned in the Belly of the Whale” の アナログながら立体的なムービング・タイポググラフィのような所が、最も気に入った。
Surreal な表現なら、逆さ吊りにしたグランドピアノから鍵盤が飛び出してだらんとぶら下がった “Concert for Anarchy”。 時々、大きな音を立てて鍵盤が正しい位置に吸い込まれていくのが可笑しかった。 壁にインクを吹き付ける “Painting Machine” は描いた痕跡のみの所が少々物足りなかった。
映像作品は1970年代のパフォーマンスの記録から最近の長編映画まで。 全8本8時間以上の長さで、全部観ることは到底できないので、 初期 (1970年代前半) の映像作品、 Performance 1 (1972)、 Performance 2 (1973)、 Berlin (10. 11. 1974 – 28. 1. 1975) – Übungen in neun Stücken (1974/75) を通して観た。 機能や感覚のための身体の拡張というコンセプトのミニマルな映像化から、 次第にシュールな叙情を湛えた演出が加わってくるよう。 現在の作風の成立過程を見るようで興味深く楽しめた。
ところで、2000年代の Horn の多くの作品で音楽を手がける Heyden Chisholm は 自身のグループ The Embassador や Nils Wogram のグループ Root 70 など ケルンの jazz/improv シーンで活躍する saxophone 奏者だ [関連レビュー 1, 2]。 この展覧会に合わせ Horn と一緒に Chisholm も来日したよう。 10/31に Horn × Chisholm のアーティスト・トークがあり、 オープニングでは展示室で saxophone を吹いていたとも聞く。 しかし、ライブハウス等でライブをしたという噂は聞いていない。 ライブがあれば、是非聴きに行きたいと思っていただけに、少々残念だ。
Rebecca Horn 展の他に、東京都現代美術館では 『ラグジュアリー: ファッションの欲望』 (1/17まで) という展覧会もやっていました。 10年前の『身体の夢』 [レビュー] に続いて 京都服飾文化研究財団 の企画のファッション展です。 しかし、前回がファッションとジェンダーの問題に取り組んだ意欲的な展覧会だったことを考えると、 今回はテーマ設定もかなり保守的。 それに、焦点を当てる現代のデザイナーが10年前と同じ 川久保 玲 (Comme des Garçons) と Martin Margiela。 1990年代に進行して2000年代に顕在化した 高級ブランドのコングロマリット化やSPAによるファストファッションなど、全く無かったかのよう。 ちなみに、関連する特別展示として 『妹島和世による空間デザイン COMME des GARÇONS』 があります。 また、直接関係する展覧会ではありませんが、 『スウェーディッシュ・ファッション: 新しいアイデンティティを求めて』 というのもやっています。
ランチを食べに一年ぶり美術館地下のレストランへ行ったら、 また違うレストランになってました。最近、よく変わるような……。 以前より小洒落た雰囲気にはなっていましたが、以前にあった企画展に合わせたメニューは無し。 残念。
読んだのは去年に夏頃ですが、他にいろいろ話題もあって書きそびれていたこの本の読書メモ。 ホントは去年中に仕上げるべく少しずつ書き進めていたのですが、 年を越してしまったという……。
中東欧の20世紀クラッシック音楽や民俗音楽、ポピュラー音楽についての小論文を集めた本で、 序に書かれているように、汎ヨーロッパ的のクラシカルな宮廷音楽とは別に、 ロマやユダヤの楽師が諸民族間の音楽を繋ぎ、 そのディアスポラが世界的に (ポピュラー音楽を含む) 西洋音楽の世界的受容の素地となった、 という仮説が通してのテーマとなっています。 といっても、それを論証しているというほどの強いテーマではなく、 作品分析的なものから、エッセー的なもの、インタビューなど様々な章を緩く繋ぐ 問題意識といった感じでしょうか。 しかし、各章の内容が興味深かったこともあって、それほど散漫な印象を受けずに面白く読めました。
特に興味深く読めたのは、ヴァイオリンの絵が描かれた Marc Chagall の絵を入り口に クレズマー音楽やユダヤの結婚式の様式、さらに舞曲の種類や音階構造へと話を進める 第1章「ニシンとヴァイオリンと緑のユダヤ人」、 Igor Stravinsky のバレエ Les Noces (1923; 『結婚』) の歌詞、プロットがいかに 作られていったかを論じた第2章「異教的習俗のモンタージュ」。 また、第8章「リゲティが見入る地図」のイントロダクションで紹介されている György Ligeti のオペラ Le Grand Macabre (1978) に興味を引かれました。去年2月に日本初演があったようで、見逃し痛恨。
各章末に内容的には独立した数ページのコラムでは、 Joseph Kessel の小説 Nuits de princes (1927; 『朝のない夜』) で描かれた 1920年代のパリのロシア人街を紹介した 「パリのロシア風ナイト・クラブ」。 Boulez/Chéreau によるオペラ Leoš Janáček: From The House Of The Dead (Z Mrtvého Domu) をDVDで観た直後だったこともあり、 このオペラの劇中劇でも登場する粉屋の女房にも触れた 「粉挽き場というトポス」にはなるほどと。
また、コラム「ポクロフスキー・アンサンブル《結婚》」で紹介されている Pokrovsky Ensemble: Stravinsky: Les Noces and Russian Village Wedding Songs (Elektra Nonesuch, 9 79335-2, 1994, CD) は、第2章「異教的習俗のモンタージュ」と内容的に関連することもあり、早速入手。 この本の助けもあって、興味深く聴くことができました。 2001年に『〈東京の夏〉音楽祭』で公演があったとのこと。こちらも見逃し痛恨。
さらに、この本の良いのはCDが付録に付いていること。 本を読みながら実際の音を聴くと、理解が深まります。これで2900円というのは、かなりお得です。 兵藤 裕己 『琵琶法師 —— <異界>を語る人びと』 (岩波新書 1184, 2009) [読書メモ] というDVD付き新書もありましたし、岩波書店は頑張っているように思います。 こういう試みを今後も続けていって欲しいものです。 去年読んだ音楽書の中で最も興味深く読めたのは、この『琵琶法師』と『中東欧音楽の回路』でした (この2冊は甲乙付けがたい)。
ちなみに、この本を手に取ったきっかけは、以前に読んだ 伊東 信宏 『バルトーク —— 民謡を「発見」した辺境の作曲家』 (中公新書 1370, ISBN4-12-101370-0, 1997) が良かったから。内容的にも重なりますし、こちらもお薦めです。
ところで、2009年夏に Boulez Conducts Bartók (Deutsche Grammophon, 000289 477 8125 7, 2009, 8CD box set) が出たのに続いて、今年年始に Boulez Conducts Stravinsky (Deutsche Grammophon, 000289 477 8730 3, 2010, 6CD box set) が出るんですよね。 どうして、こういう本を読んだタイミングでこういう全集が出るのかと。 何かの弾みでつい買ってしまいそうで、大変に危険。(←買ってもいつ聴くんだ、という。)
2009年に歴史の塵捨場 (Dustbin Of History)で レビューした展覧会・ダンス演劇等の公演の中から選んだ10選。
2009年に音盤雑記帖 (Cahiers des Disques) で取り上げた最近2〜3年の新録リリースの中から選んだ10枚。
あけましておめでとうございます。
毎年恒例ですが、大晦日の晩は独り呑みながら (今年は twitter もしながらでしたが)、 談話室の過去ログを眺めつつこの1年の趣味生活を反省。 というわけで、 レコード Top 10 と 展覧会・公演等 Top 10 を選びました。 この Top Ten は現在の動向を反映したり今後の動向を占うようなものでもありませんし、 そもそも、そんなものは期待されていないとも思っています。 しかし、自分にとっても区切りをつけて最近の自分はどういう表現に興味を持っているのか 客観視するいい契機になりますし、 読者の方に最近の自分の傾向を知ってもらう一つの手がかりになるのではないかと。
ちなみに、過去16年間のレビューの本数の推移は下表のとおりです。
| 年 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 音盤雑記帖 (Cahiers des Disques) | 71 | 93 | 109 | 78 | 80 | 75 | 78 | 63 | 63 | 53 | 40 | 49 | 44 | 52 | 39 | 44 | 1031 |
| 歴史の塵捨場 (Dustbin of History) | - | - | 75 | 66 | 65 | 75 | 72 | 55 | 57 | 47 | 28 | 31 | 42 | 49 | 67 | 57 | 786 |
| 合計 | 71 | 93 | 184 | 144 | 145 | 150 | 150 | 118 | 120 | 100 | 68 | 80 | 86 | 101 | 106 | 101 | 1817 |
2009年は、音盤雑記帖 (音楽レコード/ライブのレビュー) が44本、 歴史の塵捨場 (展覧会/公演等のレビュー) が57本で、併せて101本。 かろうじて100本を超えてといった所ですが、ほぼ週2本ペースは保てたように思います。 談話室アーカイブに残した発言は約40本と減ってしまいましたが、 談話室の発言バックアップのファイル・サイズは、2008年の1,198,626byteから 1,340,077byteへ増えました。一つ一つのレビューや発言が長くなっているということでしょうか。 今年もまた約一ヶ月のブランクがありましたが、 趣味生活を継続し、このサイトへも書き続けることができました。 これには、数は多くないもののこのサイトの読者の存在が励みになっています。 みなさん、どうもありがとうこざいました。
2009年の趣味生活上の (それに限らないですが)最大の出来事は、去年に続いての7月の入院。 入院中はもちろんその前後を含めて、行かれなかった展覧会や公演もありました。 それだけでなく、体調上の不安もあって、野外のフェスティバルからも遠ざかってしまいましたし、 週末に観て回れる展覧会の数もすっかり減ってしまいました。 体調とうまく相談しながら、その範囲で趣味生活を楽しむしかない、と悟った2009年でした。
音楽趣味については、 今年も新たな興味深い動きとは出会えませんでした。 Top Ten の選択も過去の延長のようになてしまい、 我ながら冴えないなあ、と。 不景気もあって新譜のリリース自体が低調だったように思います。 しかし、個人的には 7月の入院中に Daniel Barenboim / Patrice Chéreau の Alban Berg: Wozzeck のDVD [レビュー] を観たり、 Musica Elettronica Viva のアンソロジー [レビュー] をまとめ聴きしたり したことをきっかけに、 2000年代に入って遠ざかってしまっていた 現代音楽 (contemporary classical) への興味を取り戻すことができました。 新録新作というわけでもなく Top Ten には反映されませんが、 今年の後半は現代音楽のCDを楽しんでいることが多かったように思います。
音楽以外の趣味のうち、 現代美術については2000年代のバブルな雰囲気から逃れる手がかりを感じる展覧会に いくつか出会えたように思います。 一方、ダンス等のパフォーミングアーツについては、 春と秋のフェスティバル/トーキョー、秋のダンス・トリエンナーレもあって、 それなりに数を観ることができました。 しかし、振り返ってみると、今まで観たものの延長でしかない感じで、 観た数の割に、ぱっとしなかったな、と。
あと、2009年の趣味生活にあった変化としては、 twitter が挙げられるかもしれません。 2008年の夏から細々と初めていたのですが、 2009年の7月の入院の際に病院外とのコミュニケーション手段として使ったことを契機に、 退院後もそれなりのペースで使い続けています。 平日などは華も色気もない中年独身男の地味な日常生活を垂れ流しがちなので、 どうして200名近い (2009年末時点) フォローが付いているのか、よくわからなかったりしますが……。 しかし、展覧会や公演、イベントに行った際にリアルタイムに近いタイミングでコメントや写真を残すことができ、 時にはレスポンスもある、というのは、面白いです。 このおかげで通勤や週末の移動の際の読書のペースが落ちてしまったようには思いますが、 今のところ、このサイトに書くこととは上手く棲み分けられているかな、と。
2010年は入院することもなく、無事に一年を過ごしたいものです。 そして、趣味生活を楽しんで、それをこのサイトへ反映していければと思っています。 また、このサイトが読者の方の趣味生活を充実させる一つのきっかけになれば、とも思います。 それでは、今年もよろしくお願いします。
観てからしばらくたってしまいましたし、 だんだんレビューを書く程でも無かったかなという気もしてきてしまいましたが、 この三部作の舞台作品を、備忘録をかねて。
イタリア・エミリア州 (Emilia-Romagna, IT) 出身の演出家 Romeo Castellucci による新作三部作は、 14世紀初頭に書かれた Dante Alighieri: La Divina Commedia (ダンテ 『神曲』) から自由に着想したもの。 といっても、三部構成は Dante のものに倣ってはいるが、 それをなぞって演劇化したというわけではない。 Castellucci の作品は今年3月に Hey Girl! [レビュー] を観ている。 その作風に Inferno は近かったけれども、 三部作それぞれの作風がかなり異なっていたので、通して観た後、少々印象が混乱してしまった。
最初に観た Inferno は、 Hey Girl! と同じく、 俳優やダンサーの演技ではなく舞台装置や照明、音響でその雰囲気を作り出す舞台だった。 大音響や閃光、スモークなどけれん味を感じる演出も同様。 この作品では、さらに動物 (犬や馬) を登場させたりピアノを燃やしたりもしていたが、 演出が映像的過ぎてあまり生々しく感じられなかかった。 子供を含むエキストラの多用の方が、 演技に依存しない舞台づくりがより徹底されていたようで、興味深かった。 Inferno に感じられたことで、気付いたのだが、 Hey Girl! も、 実は Castellucci の中世ゴス趣味だったのかなと腑に落ちた気がした。 カラフル/現代/キッチュ/俗とモノクローム/中世/ゴシック/聖の対比と接続を 感じられる舞台だった。 ちなみに、自分が観た公演では、 アフターパフォーマンストークとして Castellucci × 飴屋 法水 の対談があった。 その中で、この作品中で俳優に Andy Warhol を演じさせている点についての話を 聞くことができた。 その話では、Andy Warhol を平凡を芸術にするトリックスターとして象徴的に使ったのことだった。 キッチュとゴシックの併置を感じていた所だったので、妙に納得させられたように感じた。
続いて観たのは Paradiso。 5分程度で鑑賞できるインスタレーション作品だ。 巨大な白い方形に開けられた四角い穴から中に入ると、全面白い空間の奥に黒い丸い穴があった。 さらにその穴に入ると、黒塗りの背の高い空間で、中はむっとする湿気。 奥の壁から湯が滝のように落ちている。 上を見上げると、湯の吹き出し口から裸白塗りの男が上半身を突き出して身悶えていた。 天国というより地獄に近い逆説的なイメージの提示はわからないではないが、 Inferno との繋がりも見えず。 三部作を通して観れば、わかる所もあるかもしれない、と。
最後に観たのは Purgatorio。 この作品では、舞台上に丁寧にセットを作りこんでいた。 さらに、エキストラではなく俳優を使用。 前半では、デフォルメされた動作や発声は用いずに、つぶやき声すら多用していた。 また、観客と舞台の間にほとんど透明なスクリーンを張り、そこに字幕を投影したり。 まるで、映画やテレビを舞台上のライブとして再現しているよう。 演じられるのはブルジョワの平凡な日常生活。 題材と表現手法の関係は興味深かったけれども、眠気を感じたのも確かだ。 そんな状況が、いきなり急転して、絶叫のような大音響とともに 回る花が巨大な覗きカラクリのようなものが舞台に登場する。 それが過ぎると舞台装置も役者も一気に年が20年程経ったかのようになり、 演技もシュールで表現的になるという。 平凡の日常の中に潜む「煉獄」という意味では分からないではないし、 テイストに違いはあるけれども、そのスタイリッシュなども David Lynch と共通する所もあるとも思った。 しかし、Inferno、Paradiso との作風があまりに違い、三部作という程の関連性も掴めなかった。 通して見終わって、なんとも釈然としない、不完全燃焼感が残ってしまった三部作だった。
土曜に調子に乗って自転車散策し過ぎたか、 日曜は足腰にかなりのダメージで、午後遅くまで臥せってしまいました。しくしく。
しかし、夕方に広尾の 在日フランス大使館旧庁舎 へ。 『No Man's Land』 [レビュー] 参加企画 『Memento Vivere / Memento Phantasma』 を観てきました。しかし、別館2〜4階での展示はちょっと残念な感じ (多くは語らない)。
27日に行ったのは、『ENSEMBLES'09 休符だらけの音楽装置 — 余韻GIG』目当てでもありました。
10月の旧千代田区立練成中学校屋上も良かったですし。
17時頃に会場に着いたときは、本館前向かって右手の植え込み斜面の中で、
大友 良英 がギターを響かせていました。
光る球体の明かりに照らされてというより、その陰に沈んで、という雰囲気は悪くありませんでした。
18時頃まで旧フランス大使館でふらふらした後は、 渋谷メアリージェーンへ。 田村 夏樹 (trumpet) - 一噌 幸弘 (能管) - 藤井 郷子 (keyboards) のライブ 『暮ノ心ノ大掃除』。 後半はコロンビア人ゲスト (名前失念) の live painting が加わりました。 抽象度高い即興ではなく、ちょっとユーモラスでアットホームなライブが楽しめました。 狭いジャズ喫茶でのライブですし、リラックスした感じで音楽を楽しむのもそれはそれでいいものです。
こんにちは、いそざきさん。 『‘文化’資源としての<炭鉱>展』、 良かったですよー。 企画した 正木 基 氏ってそういう方だったのですね、なるほど。 コミュニティから湧き上がる表現を捉える、 もしくは、コミュニティに向い合って創作するということ、 コミュニティ・アートというのはこういうことなんじゃないのか、と、 展覧会を通して強く問いかけてきてるように感じましたよ。
映画 『僕らのミライへ逆回転』 (Michel Gondry: Be Kind Rewind. 2008) も気に入っていただけたようで、ここで紹介した甲斐がありました。 あの映画も、コミュニティ・アートの一つの良き例を示しているようなところがあったと思います。 単に映画中のフィクションとして済まさずに、 実際にワークショップを 展開して本まで出しているというのも素晴らしいなあ、と。
地域発アート・イベントも、最近はすっかりブームというかバブルの様相を呈しているけど、 こういったものを観てしまうと、ほとんどが軽薄に感じられてしまいますね。 「街をアートで飾り立てて街おこし」なんて広告代理店にでも任せておけばいいようなことじゃないのか、とか。
こんにちは、『‘文化’資源としての<炭鉱>展』@目黒区美術館、やっぱり見に行けば良かったなと後悔。レベッカ・ホルン展と特別展示 岡崎乾二郎をやってる東京都現代美術館の方に行ってしまいました。
この展覧会を企画した正木基氏は元々北海道の学芸員で、最初期の川俣正のテトラハウスプロジェクトや、岡部昌生氏のプロジェクトに関わったり、あと牛島達治展をやったり、昔ながらの作家的な学芸員で僕は気になる人です。
Pylon、いいです。とても気に入りました。それと、「僕らのミライへ逆回転」Be Kind Rewindも。
土曜の午前はゆっくり休んでいたのですが、
午後は晴れて風も無い散策日和だったので、自転車散策がてら、
会期末間際になってしまったこの展覧会を観てきました。
日本の炭鉱を捉えた絵画や絵画、ポスター等のグラフィックスなどを集めた展覧会だ。 技法ではなく主題の観点からの切り口の展覧会ということで少々腰が引けていたのだが、 非常に楽しめた展覧会だった。 出展作品は戦後、特に1950年代の炭鉱を主題にしたものが中心。 炭鉱の街のコミュニティ・アートの展覧会とも言えるし、 最近のバブル的に増えているコミュニティ・アート・ブロジェクトに対する アンチテーゼにも感じられた所も、とても興味深かった。
1階・2階展示室の「Part. 1 - <ヤマ>の美術・写真・グラフィック」で興味深かったのは、 炭鉱夫の作家による絵画だ。 特に、炭鉱夫の仕事だけでなく風俗、生活をも炭鉱夫の視点から描いた 山本 作兵衛 の作品は強く印象に残った。 絵が上手いというより、人物の描き方などアウトサイダー・アートなのだが、それがむしろ観る者に迫ってくる。 1970年に 菊畑 茂久馬 の指導の下、現代思潮社美学校・描写教場の学生が 山本 作兵衛 の絵を9点一組の大壁画にした『山本作兵衛炭鉱画模写大壁画』は圧巻だった。 この 山本 作兵衛 を知ることができ、まとまった数の作品を観ることができたのが、 この展覧会の一番の収穫だった。 しかし、美学校が壁画化している程なので、その文脈では有名なのだろう。 今までノーチェックだったのは痛恨だ。
そんなフォーク・アート、アウトサイダー・アート的な作品のインパクトに比べて、 美術作家の作品は端正過ぎて印象が薄くなったのも確か。 そんな中で最も印象に残ったのは、 夕張炭鉱で働いていたという 倉持 吉之助 の日本画。 暗いトーンで描かれた油彩が並ぶ中、明るい色彩が目立っていたということもある。 しかし、遠景を描いたものなど、その構図やパンフォーカス的な描き込みなど、 ふと 畠山 直哉 が写真に撮りそうな絵だと思ったりもした。
美術館と隣接する区民ギャラリーでの 「Part. 2 - 川俣正コールマイン・プロジェクト 筑豊、空知、ルールでの展開」 は、そのタイトルや最近の展覧会 (例えば『通路』 [レビュー]) のような、プロジェクトのドキュメントを並べたインスタレーションではないかと予想していた。 しかし、「景」と題されたギャラリー全体を使ったインスタレーションには、 プロジェクトに関するドキュメントの類はなし。 炭鉱の風景を巨大なギャラリーいっぱいの巨大なジオラマに仕立てたものだった。 といっても、川俣 正 の作品らしく、細部まで作りこんだものではなく、仮設的なもの。 地面はダンボール箱を開いたものやベニヤ板を敷いて作られ、 その上に灰色一色塗りの建物を象ったものが並べられていた。 しかし、そのダンボールやベニヤ板の作り出すテクスチャーは、全体としての色彩感の薄さが、 逆に炭鉱の街っぽさを感じさえているように感じた。 特にギャラリーの端に置かれているベンチに座って観ると、 近くの山の稜線くらいから炭鉱の街を見下ろしているようだった。 川俣 正 の最近のプロジェクトの展示に退屈を感じていただけに、 この最新のインスタレーションはとても良かったように思う。
この展覧会は、目黒区美術館の他、ポレポレ東中野で 「Part. 3 - 特集上映<映像の中の炭鉱>」が開催されていた (11/28-12/11)。 残念ながら、こちらへは全く足を運ばなかった。
And now for something completely different...
金曜の晩は、渋谷 エル・スール・レコーズ @ 国境の南。 といっても、今年はいわゆる「ワールド」物をほとんどチェックしませんでしたし、 エル・スール・レコードからも足が遠のきがち。 「今年の一枚」というお題があったものの、どうしたものかと。 Moritz von Oswald Trio: Vertical Ascent [レビュー] とどちらにするかちょっと悩んだのですが、 結局、Shackleton: Three EPs [レビュー] を持っていきました。ま、局所的に受けていたようなので、持っていって良かったかな、と。
しかし、今年は例年になく場違い感が強くて、居心地が悪かったです。 パーティに行ってそんなことではいかんとは思いつつも、結局、親しい数人としか話しませんでした……。 というか、「ワールド」物をあまり聴いていないうえ、 『ミュージック・マガジン』の今年のベストもチェックしていかなったので、 話の輪にどう入ればいいのかますますわからなくなってしまったという……。 会話が楽しめなくても、今年聴き逃している良いCDに出会えたら、とは思っていたのですが、 かなり遅れて会場に着くことになってしまい、 場も既にゆっくり音楽を紹介するといういうノリでなくなっていてたのが、少々残念でした。