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談話室 / Conversation Room

TFJ's Sidewalk Cafe 内検索 (Google)
[3713] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Jan 17 0:02:04 2019

去年の展覧会・公演等 Top 10 の番外特選に イベントシネマかストリーミングで観たバレエかオペラを選ぼうかと振り返っていて、 去年の3月にストリーミングで観て気に入っていたのに、 年度末繁忙期のために鑑賞メモを書かず仕舞いだったものがあったことに気づきました。 既にストリーミングは終わってしまっていますが、 書きかけの原稿が残っていたので、 当時の関連ツイートも参考に、鑑賞メモを作っておきました。 というわけで、ここにも振っておきます。

Nasjonalballetten [The Norwegian National Ballet]
Enregistré à The Norwegian National Opera & Ballet, 22 septembre 2017.
Production: Bel Air Media; Réalisation: Tommy Pascal
Ballet d'après la pièce de Henrik Ibsen
Création et mise en scène: Marit Moum Aune; Choréographie: Cina Espejord; Musique: Nils Petter Molvær; Scénographie: Even Børsum; Costumes: Ingrid Nylander; Lumières: Kristin Bredal; Vidéos: Odd Reinhart Nicolaysen; Voix off: Håkon Ramstad
Solistes: Andreas Heise (Oswald / Le Capitaine Alving, père d'Oswald), Kristoffer Ask Haglund (Oswald enfant), Camilla Spidsøe (Mrs. Alving, mère d'Oswald), Sonia Vinograd (Mrs. Alving jeune), Ole Willy Falkhaugen (Le Pasteur Manders), Philip Currell (Le Jeune Pasteur Manders) Grete Sofie Borud Nybakken (Regine, one jeune fille), Erle Østraat (Regine enfant), Yoshifumi Inao (Le Charpentier Engstrand, beau-père de Regine)
Danceurs: Ballet national de Norvège Ecole du Ballet national de Norvège
Musicien: Nils Petter Molvær, Jan Bang.
Première: 2014.
URL: https://culturebox.francetvinfo.fr/danse/danse-contemporaine/ibsen-s-ghost-par-le-ballet-national-de-norvege-262845
Nasjonalballetten [The Norwegian National Ballet]
Enregistré à The Norwegian National Opera & Ballet, 27 février 2018.
Production: Bel Air Media; Réalisation: Tommy Pascal
Mise en scène et choréographie: Marit Moum Aune; Assistant: Christopher Kettner; Choréographie de group: Kaloyan Boyadjiev. Cast original et co-créateurs: Grete Sofie Borud Nybakken, Eugenie Skilnand, Samantha Lynch, Klara Mårtensson, Silas Henriksen, Philip Currell, Shane Urton, Kristian Alm
Musique: Nils Petter Molvær, Décors: Even Børsum, Costumes: Ingrid Nylander, Lumières: Kristin Bredal.
Grete Sofie Borud Nybakken (Hedda Gabler), Silas Henriksen (Eilert Løvborg), Philip Currell (Jørgen Tesman), Eugenie Skilnand (Thea Elvsted), Shane Urton (Assessor Brack), Samantha Lynch (Tante Julie), Klara Mårtensson (Diana), Kristian Alm (Général Galber, Le père d'Hedda), Erle Østraat (Hedda Gabler enfants), Helle Flood (Thea Elvsted enfants).
Danceurs: The Norwegian National Ballet, The Norwegian National Ballet School.
Première: 2017.
URL: https://culturebox.francetvinfo.fr/danse/hedda-gabler-par-le-ballet-national-de-norvege-269103

Henrik Ibsen 戯曲 Ghost 『幽霊』と Hedda Gabler 『ヘッダ・ガブラー』を Nasjonalballetten [The Norwegian National Ballet, ノルウェー国立バレエ] がバレエ化したものを France.tv Culturebox がストリーミングしたので、観ることができました。 演出はいずれも演劇の演出家の Marit Moum Aune で、初めて手がけた Ghosts では別に振付家を付けていますが、 続く Hedda Gabler では Marit Moum Aune 自身が振付ています。 どちらも、抽象化された象徴的な舞台を使ったナラティブなダンスで、 バレエというより身体表現に重きを置き象徴的な表現を多用する現代的な演出の演劇を見ているよう。 そこがかなり好みの舞台でした。

Ghosts の前半は登場人物二人の会話を ロマンチックではなく表現主義的な Pas de deux というかペアのダンスで描き、 後半になると「幽霊」にもダンサーを割り当て舞台上の位置配置や映像も交えて描くようでした。 Hedda Gabler は最近上演をよく見ている戯曲ということもあり、 セリフが無いのに、まるでセリフが聞こえてくるよう。 逆に、群舞とかもあるのですが、あまりダンスが頭に入ってきませんでした。 そのせいか、Ivo van Hove 演出の演劇 [観賞メモ] にも近いものを感じました。

このバレエをストリーミングで観てみようと思った理由の一つは、Nils Petter Molvær が音楽を手がけているということ。 エフェクト深めの trumpet の漂うような音色と電子音からなる音楽は、 Hedda Gabler はもちろん、 特に Ghosts の雰囲気に合っていました。 ヨーロッパのバレエ団らしく、録音を使うのではなく、舞台の袖で Molvær がライブで演奏していたのも、良いです。

このような現代的な作風のバレエは、来日公演や映画館での上映の敷居は高そうですが、 DVD/BD化や音楽のCD化を期待しています。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

これを書き上げていて、 Ghosts は去年11月に上海公演があったことに気付いてしまいました。 この公演に限らず、コンテンポラリーなダンスやサーカスの公演は、中国で公演があっても日本までは来ないことが多くなってしまっています。 クラシカルな定番の演目やゴージャスな演出のバレエであれば日本でもそれなりに人気があるのでしょうが、 新作のコンテンポラリーなバレエとなると、日本には呼べるだけの金も客も無いのでしょう。 しかし、映画館への配給も始めたようなので、 来日公演が無理でも、せめてイベントシネマ上映が実現したら、と思ってしまいます。

[3712] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Jan 15 21:46:08 2019

日曜は、土曜とうってかわって晴れて日差しの暖かい一日。午後に砧公園へ行って、この展覧会を観てきました。

Bruno Munari: Quello delle Macchine Inutili
『ブルーノ・ムナーリ ― 役に立たない機械をつくった男』
世田谷美術館
2018/11/17-2019/1/27 (月休;12/24,1/14開;12/25,12/29-1/3,1/15休), 10:00-18:00.

イタリア・ミラノを拠点に、戦間期に未来派の一人として活動を始め、戦後、美術作家としてだけでなく、デザイナ、絵本作家としても活動した Bruno Munari の回顧展です。 戦間期モダニズムが自分の好みということもあるかもしれませんが、 このようなキャリアの作家の場合、戦間期に創造性のピークがあって戦後はその延長と感じられてしまうことも少なくありません。 しかし、Munari の場合は圧倒的に戦後の作品の方が面白く感じました。

1948年設立の具体芸術運動 Movimento Arte Concreta に参加していた頃の 絵画の地と図の関係、さらにはキャンパスと壁の関係すら反転させるような “Negativo Positivo” 「陰と陽」シリーズや、 ページ内の切り抜きや半透明の紙のページを使って図像のレイヤの面白さを生かした絵本など、 マスターピースを思わせるものがありました。

未来派時代のキネティック・アートというかモビール様の作品 “Macchine inutili” 「役に立たない機械」よりも、 その戦後の展開とも言える “Travel Sculpture” 「旅行のための彫刻」のような作品の方が興味深く思いました。 また、スライドにプラスチックの小片を挟み込み偏光を使ったスライドプロジェクタで投影する “Polarised Projection” 「偏光の映写」や、 製品化直後のPPC (Plain Paper Copier) 複写機を使った “Xerografia Originale” 「オリジナルのゼログラフィア」など、 メディア・アート的な世界にも踏み込んでいたことにも気付かされました。

余談ですが、この展覧会のタイトルは3年前の 『スペインの彫刻家 フリオ・ゴンザレス——ピカソに鉄彫刻を教えた男』 [鑑賞メモ] を連想させます。 同じ学芸員が担当した展覧会だったりするのでしょうか。

『アフリカ現代美術コレクションのすべて』
All of the African Contemporary Art Collectio
世田谷美術館
2018/11/3-2019/4/7 (月休;12/24,1/14,2/11開;12/25,12/29-1/3,1/15,2/12休), 10:00-18:00.
Saka Acquaye, Anapa, Sokari Douglas Camp, Moustapha Dimé, El Anatsui, Ablade Glover, Abdoulaye Konaté, Issa Samb, Pascale Marthine Tayou.

世田谷美術館にコレクションされているアフリカ現代美術の作品をお披露目するコレクション展。 El Anatsui [鑑賞メモ] をはじめ アフリカの現代美術を観る機会はそれなりにありましたが、 そもそも、世田谷美術館にこんなコレクションがあったということが驚きでした。 1989年の Saka Acquaye の個展、1995年の展覧会『インサイド・ストーリー 同時代のアフリカ美術』をきっかけに収蔵したとのこと。

世界的な現代美術ブームとなる2000年代以前、1980年代末から1990年代半ばにかけての作品で、 コンセプチャルなインスタレーションというより、平面もしくは立体の造形の面白さへのウェイトが まだ重かった時代の作品に感じられましたが、 それはそれで味わい深いものがありました。 『インサイド・ストーリー』展で展示された床屋の看板や服屋のマネキンとかのストリート・アートもありました。 展覧会を一過性のイベントとせずにコレクションしておくことの重要性を実感させる展覧会でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、Bruno Munari の人気を見くびっていました。 子連れも多く、会場は混雑していました。 もちろん、美術館併設のレストランやカフェも混雑。 13時半頃でしたが、レストランのランチは既に終了していて、ランチ難民になりかけてしまいました。 砧公園も美術館併設のレストランやカフェが使えないと、かなり辛いものがありますね。うむ。

[3711] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jan 14 18:48:36 2019

この週末の土曜は時折、雨や雪がぱらつく寒い一日。そんな中、午後に横浜のみなとみらいから山下町にかけて、3つの展覧会を観てきました。

Changing and Unchanging Things: Noguchi and Hasegawa in Postwar Japan
横浜美術館
2019/01/12-2019/03/24 (木休;3/21開;3/22休), 10:00-18:00 (3/2 -20:30).

戦後、アメリカと日本を拠点に活動した日系アメリカ人の彫刻家 イサム・ノグチ と、 イサム・ノグチと1950年に出会い、短いながらも影響を与え合った日本人美術家 長谷川 三郎 の二人、主に1950年前後の10年に焦点を当てた展覧会です。 書簡や写真などの交友の記録を用いる展示ではなく、主に1950年代の2人の作品からなる展示から影響を浮かび上がらせるような展示でした。

日本趣味がかった Hans Arp のようなイサム・ノグチの作品はそれなりに観る機会がありましたが、 長谷川 三郎 はほとんどノーチェックだったので、むしろそちらの作品を興味深く観ることができました。 特に第二室の1950年代前半の抽象コンポジションな墨拓刷の屏風や掛軸が、大変に気に入りました。 長谷川については戦間期のアヴァンギャルドな作風の作品も展示されていましたが、 写真シリーズ『郷土誌』 (1939) が新即物主義的な新興写真だったのに興味を引かれました。

Yokohama Museum of Art Collection: Rhythm, Resonance, Noise
横浜美術館
2019/01/04-2019/03/24 (木休;3/21開;3/22休), 10:00-18:00 (3/2 -20:30).

横浜美術館のコレクション展も、企画展に合わせたかのように、抽象度の高い作品を押し出したテーマの展示になっていました。 第一室に、抽象絵画の先駆ということで、20世紀初頭の Avant-Garde の絵画・彫刻や写真が展示さえていました。 Александр Родченко [Alexander Rodchenko] なども良いのですが、日本の新興写真を含む写真が楽しめました。 『『光画』と新興写真 モダニズムの日本』展 [鑑賞メモ] ではあまり印象に残らなかったけれども 堀 不佐夫 は良いな、とか、 後に Magnum Photos で活躍する Werner Bischof も Avant-Garde 風味のヌードを撮ったりしてたのか、とか、発見もありました。 さすが、コレクションの写真展示室を持つだけはあります。 今回は第一室で写真を展示していたので、写真展示室では写真以外の作品を展示していました。

5 Rooms II – The truth is in the air
神奈川県民ホールギャラリー
2018/12/17-2019/01/19 (12/30-1/4休), 10:00-18:00.
和田 裕美子 [Yumiko WADA], 橋本 雅也 [Masaya HASHIMOTO], 橋本 雅也 [Masaya HASHIMOTO], スコット・アレン [Scott ALLEN], 大西 康明 [Yasuaki ONISHI].

個性的というより少々癖の強い神奈川県民ホールギャラリーの空間を生かしたインスタレーションを中心とした現代美術のグループ展。 現代美術のインスタレーションというと、社会と関係するプロジェクトのワーク・イン・プログレスな展示も少なくないわけですが、 そういったものとは距離を置いた、造形に重心のある落ち着いた展示だったのは良かったです。 といっても、インスタレーションというより彫刻と言っていい作品が過半を占めてはいましたが。

スコット・アレンの “\Z\oom” は、照明を落としたギャラリーの床に光を散乱させたり乱反射させる様々な仕掛け (多分に手作り感がある) を並べ、 天井から床に向けて射た緑のレーザ光を移動させて、時々装置で散乱させて光らせるというインスタレーション。 散乱した時の光も美しいが、そうでない時のジリジリと動く緑の光点もユーモラスに感じられました。

吹き抜けの空間に大量のカラーの紙テープをぶち撒けたような 大西 康明 “tracing orbit” も力技だが印象に残りました。 力技といっても単純に紙テープをぶちまけるのではなく、紙テープがすぐに下に落ちないよう格子状に張ったテグスに紙テープをかけたりと、空間をコントロールしようという意図も感じられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3710] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jan 13 1:10:30 2019

正月5日は映画でも観ようかと思ったのですが、観たい映画が思いつかなかったので、池袋西口へ。 年末年始にシネリーブル池袋で開催中の National Theatre Live アンコール上映を観ようかと。

『イェルマ』
from Young Vic, 2017-08-31, 19:00-20:30.
by Simon Stone after Federico García Lorca.
Direction: Simon Stone; Design: Lizzie Clachan; Costumes: Alice Babidge; Light: James Farncombe; Music & Sound: Stefan Gregory; Video: Jack Henry James.
Cast: Billie Piper (Her), Brendan Cowell (John), Maureen Beattie (Helen), John Macmillan (Victor), Thalissa Teixeira (Des), Charlotte Randle (Mary).
First Performance: 26 July 2016, Young Vig.
上映: シネ・リーブル池袋, 2019-01-05 12:05-13:30 JST.

ほとんど予備知識無く、正月に1本何か観ようということで観た National Theatre Live の1本。 演出の Simon Stone はオーストラリア出身ですが、近年は欧州で活動していて、 最近は Ivo van Hove の Toneelgroep Amsterdam で3作演出しているので、 Hedda Gabler [鑑賞メモ] のような スタイリッシュでフィジカルな演出を少々期待していました。 しかし、主役の Billie Piper のリアリズム的な演技もあってか、かなりストレートな演劇に感じられました。

スペイン内戦直前の1934年に書かれ初演された戯曲に基づくものですが、 舞台も現代のロンドンに置き換え、セリフも書き換え、不妊に悩む現代の夫婦の物語、 不妊治療に非協力的な仕事中毒気味の夫とすれ違い、匿名ながらブログに妊活を書く妻が追い詰められ、家庭が崩壊し、無理心中という悲劇的な結末になります。 この図式自体は若干ステロタイプかなと思いましたが、Billie Piper の熱演に見入ってしまいました。 ガラスかアクリルの透明な板で周囲を仕切られた長方形の舞台を四方から観客が囲むようになっていて、 観客がガラスケースの中の人を観察しているようにも見えるセッティングが、興味深く思いました。 ところで、話は頻繁に月日が飛ぶのですが、National Theatre Live の映像では字幕を挟んで編集していました。 実際の舞台ではどう転換していたのか、少々気になってしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

後日の新年会で話題が出て、Bohemian Rapsody で世間の流行に乗っておくのもありだったかな、とか、 The Slits と L7 のドキュメンタリ映画の上映があったのか、と。 やはり、普段からちゃんと情報蒐集してないとダメですね。うむ。

[3709] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Jan 9 22:14:18 2019

正月4日の晩は、水戸から戻った足で御徒町へ直行。この展覧会を観てきました。

Film Posters – The Birth of Modern City Landscape, from NFAJ's Kyohei Misono Collection
アーツ千代田3331 1階ラウンジ ほか
2018/12/12-01/16 (12/29-1/3休), 10:00-19:00.

国立映画アーカイブ (NFAJ) による、 戦前1910-30年代日本の映画ポスターの展覧会です。 国立映画アーカイブは約59,000点のポスターを所蔵しているとのことでですが、 そのうちの24点の複製を用いた展覧会です。 所蔵ポスターのデジタル化を進めているとのこと。 デジタル化されたポスターを印刷してたものが、 飲食も可能な1階ラウンジや階段踊場スター掲示スペースを使って、展示されていました。 オリジナルの紙の質感が失われつるっとはしてますが、 もともと複製されることが前提で作られたポスターですし、 スキャナやプリンタの性能向上はそのイメージを楽しむには十分なレベルです。 他の企画と連動していなかったこともあると思いますが、 むしろ、展示されていた24枚の選択の方向性がはっきり感じられな買ったことの方が気になりました。

ポスターよりも、同時に展示されていた、震災後の復興時に建てられた モダンなデザインの映画館 (バラック建築の映画館を含む) の写真資料 (こちらもデジタル化された写真をディスプレイでスライドショーしていた) の方が興味深く見れました。 吉川 清作 設計で内装や緞帳を 村山 和義 が手がけたことで有名な 葵館 だけでなく、 浅草や新宿の主要な映画館の様子も伺えるもので、これだけまとまって観るのは初めて。 現在のシネコンはもちろん、自分が体験してきた20世紀後半の映画館とも異なり、 無声映画時代の当時のはスクリーン前にオーケストラピットがあり、 スクリーン前は長椅子 (背もたれも無い場合も多い) が並ぶ平土間席で、 後方や二階に一人ずつ背もたれや肘掛けが付く席が階段状に並ぶという、 歌劇場 (オペラハウス) をお手本にした作りだったことが伺えたのが、とても興味深く感じました。 浅草オペラや歌舞伎の劇場の転用だったり併用だったりするものも少なくなく、 映画館と劇場の分化が進んでいない時代だったのだな、と。

展示専用のギャラリーを会場とせずデジタル複製を用いた小規模な展示ということ、あまり期待していなかったのですが、意外と楽しめました。 今回は、国立映画アーカイブ開館記念ということで、特に他の展覧会と連動したような企画ではありませんでした。 しかし、戦間期日本モダン文化の展覧会が開催されているときに、その企画に合わせた選択で、 会場の美術館の併設カフェ・レストランや売店などのスペースを使って、 このようなデジタル複製のポスターや写真を展示するというのは、良さそうです。 そんなデジタル複製の活用の可能性を感じさせる展覧会でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

4日の水戸への往路は空いていたのですが、復路は正月帰省Uターンラッシュで満席。 すぐの特急に乗れずに駅で1時間弱待つ羽目に。 仕事始めの日だし少しは空いているかとの期待は甘かったでしょうか。 仕事を休みにして年末年始の連休を延ばした方も多かったのでしょうか。

[3708] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jan 7 22:19:51 2019

正月4日は休暇取得。午前のうちに家を出て水戸へ。この展覧会を観てきました。

中谷 芙二子
Fujiko Nakaya: Resistance Of Fog
水戸芸術館現代美術ギャラリー
2018/10/27-2019/01/20 (月休;12/24,1/14開;12/25,12/27-1/3,1/15休), 9:30-18:00.

1970年大阪の日本万国博覧会のペプシ館で E.A.T. (Experiments in Art and Technology) [鑑賞メモ] の活動の一環として水を使った人工霧によるインスタレーション「霧の彫刻」を手掛けて以来、 人工霧のインスタレーションを作り続けている 中谷 芙二子 [鑑賞メモ] の1970年代以降の活動を回顧する展覧会です。 霧のインスタレーションは、 広場の噴水周辺を使った野外のインスタレーションと、 ギャラリー第4室を使った屋内のインスタレーションの2箇所。 インスタレーション作品やプロジェクト的な活動が多いこともあり、過去の活動記録の資料展示が中心となるのは仕方ないでしょうか。

ギャラリー第4室のインスタレーション《フーガ》(「崩壊」シリーズより)は、霧とビデオプロジェクションを組み合わせた上映時間約6分の作品です。 ギャラリー奥三分の一ほどの所に半透明の布を下げ、その奥から飛ぶ鳥たちのシルエットを投影しつつ、布の向こう側で霧を発生させます。 布の隙間から漏れる霧にうっすら包まれつつ、まるで雲の上を飛ぶ鳥を太陽に向かって逆光で見ているよう。 最後に布が取り払らわれ、鳥のシルエットが消え、濃い霧が迫ってくると、そんな飛ぶ鳥たちを追い越して、雲に飛び込んだようにも。 再現的な意味合いのものを除けばビデオプロジェクションと霧を組み合わせたインスタレーションは初めてでしたが、 淡々としつつもダイナミックな展開を体験できました。 一方の屋外のインスタレーションは、普段は噴水の所で霧を発生させていたので、噴水のバリエーションにも感じられてしまいました。 ただし、17時以降は 逢坂 卓郎 [鑑賞メモ] によるライトアップをやっているとのことだったので、 それを観ていたら、また印象も変わったかもしれません。

資料展示は、最初に手かげたペプシ館「霧の彫刻」プロジェクトに関するものは、 水を実際の霧と同じ粒子サイズにするノズルの開発や、ペプシ館の霧システムの配置や制御に関する資料もあり、興味深く楽しめました。 昔は 父 宇吉郎 との関係を語ることはあまり無かったような気がするのですが、 この展示では、この霧のプロジェクトをE.T.A.に任された理由の一つとして、父の関係で研究者との人脈があったことが挙げられていました。 また、霧のノズルを開発したのは Mee 社で その技術は MeeFog というシステムとして実用されていることを知ったり。 しかし、霧のインスタレーションの様子を捉えた映像を上映したものを見ても、実際のインスタレーションの印象で霞んでしまいます。

インターネット以前のまだ国際データ通信が高価で一般的ではなかった1980年代初頭に、 テレックスを使って理想主義的な意見交換したプロジェクト『情報彫刻 ユートピアQ&A』や、 1980年代から1990年代前半に原宿にあった『ビデオギャラリーSCAN』 (実はリアルタイムで知っている) の活動記録なども展示もありました。 当時の技術レベルからすれば先駆的な試みといえばそうですが、その時代の技術への依存度の高さに、少々、時代の徒花的なものを感じてしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

ライトアップのことを知っていれば、午後ゆっくりめに水戸に着くように行ったのに。 ま、事前の調査不足でしたね。仕方ありません。

[3707] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Fri Jan 4 0:21:08 2019

正月3日は美術館へ初詣。今年も昼過ぎに恵比寿の東京都写真美術館へ詣でてきました。

Contemporary Japanese Photography vol. 15: Things So Faint But Real
東京都写真美術館 2階展示室
2018/12/01-2019/01/27 (月休;月祝開,翌火休;12/29-1/1休) 10:00-18:00 (木金-20:00;1/2,3 11:00-18:00).
森 栄喜 [Mori Eiki], ミヤギ フトシ [Miyagi Futoshi], 細倉 真弓 [Hosokura Mayumi], 石野 郁和 [Ishino Fumi], 河合 智子 [Kawai Tomoko]

アニュアルで開催されている新進若手の作家を紹介するグループ展です。 性的なマイノリティのアイデンティティなどをテーマにした 形式的な作風というよりもスナップショット風の私的な写真に一手加えたような作風の写真が多く、 正直に言えば好みの展覧会ではありませんでした。 しかし、ミヤギフトシの展示などを観いて、 例えば Bill Viola のような高精細のくっきりした絵画的な動画でなくとも [観賞メモ]、 むしろ「私写真」に近い暗く荒れ画面でも、「液晶絵画」 [観賞メモ] は有り得ると気付けたのは、収穫でした。

A 45 Year Odyssey 1973-2018 Retrospective
『マイケル・ケンナ写真展』
東京都写真美術館 地階展示室
2018/12/01-2019/01/27 (月休;月祝開,翌火休;12/29-1/1休) 10:00-18:00 (木金-20:00;1/2,3 11:00-18:00).

イギリス出身で現在は米国西海岸シアトルを拠点に活動する写真家 Michael Kenna の 1970年代来の写真を振り返る展覧会です。 人物を写し込まない白黒の風景写真がメインの作風です。 風景写真といっても、 「サイトグラフィックス」 [観賞メモ] 的な写真に 多く見られるパンフォーカスでくっきり描くようなものではなく、 霧なども使ったソフトで奥行きと間合いのある画面です。 抽象的な絵画を描くような画面の切り取り方や、 カメラを地面近くに据えての遠近短縮法的な視点使いなど、モダンな画面作りながら、 そのソフトさがピクトリアル的に感じる時もあったのが、面白かったです。 1980年代末からアスペクト比1:1の正方形写真がメインになるのですが、 静謐で抽象的な作風といい、レコード/CDのジャケットにうってつけです。 コマーシャルな仕事もしている写真家ですが、自動車の広告が多かったのは意外でした。 ナチス強制収用所を撮った Imposible to Forget: The Nazi Camps Fifty Years After 1989-2000 でもその作風は変わりませんが、 日本で撮影している女性のヌード写真シリーズ RAFU: Japanese Nude Studies 2008-2018 は それまでの風景写真とは違った作風への試行錯誤もあるのでしょうか。 あと、落ち着いた雰囲気の作風の写真なのに、会場に掲示されていた写真家自身による挨拶文では撮影の過酷さが語られていて、そのギャップが少々面白く思われました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

東京都写真美術館は毎年 「トップのお正月」と題して2日から開館、イベントを開催しています。 「とっぷ雅楽」も毎年恒例。 今年も鳳笙、篳篥、龍笛の編成で、定番の平調越天楽をはじめ、 三鼓を使っての高麗楽や Gospel “Amazing Grace” の雅楽編曲などの演奏を楽しめました。 (左の写真は鳳笙と三鼓です。)

[3706] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Jan 2 23:36:43 2019

2018年に歴史の塵捨場 (Dustbin Of History)に 鑑賞メモを残した展覧会やダンス演劇等の公演の中から選んだ10選。 音楽関連 (レコード/ライブ) は別に選んでいます: Records Top Ten 2018

第一位
Back To Back Theatre: Small Metal Objects (演劇)
池袋西口公園 2018/10/28.
[鑑賞メモ]
第二位
Janet Cardiff and George Bures Miller (美術展)
金沢21世紀美術館, 2017/11/25-2018/03/11.
[鑑賞メモ]
第三位
Claude Régy: Rêve et folie [Dream and Derangement] (演劇)
静岡県舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」, 2018/04/28.
[鑑賞メモ]
第四位
Daniel Jeanneteau: La ménagerie de verre (演劇)
東京芸術劇場 プレイハウス, 2018/10/28.
[鑑賞メモ]
第五位
内藤 礼 『明るい地上には あなたの姿が見える』 (美術展)
水戸芸術館現代美術ギャラリー, 2018/07/28-2018/10/08.
[鑑賞メモ]
第六位
Sasha Waltz & Guests / Toshio Hosokawa: Matsukaze (オペラ)
新国立劇場オペラパレス, 2018/02/17.
[鑑賞メモ]
第七位
Stereoptik: Dark Circus (ライブパフォーマンス)
東京芸術劇場シアターウェスト, 2018/10/28.
[鑑賞メモ]
第八位
『フランス絵本の世界 — 鹿島茂コレクション』 (デザイン展)
東京都庭園美術館 新館・本館書庫, 2018/03/21-2018/06/12.
[鑑賞メモ]
第九位
カンパニーデラシネラ 『椿姫』 (フィジカルシアター)
世田谷パブリックシアター, 2018/03/17.
[鑑賞メモ]
第十位
Mathurin Bolze / Cie MBTA: La Marche / Ali (サーカス)
KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ, 2018/09/22.
[鑑賞メモ]
次点
MeCA | Media Culture in Asia: A Transnational Platform - Art Exhibition “self-reflexivity: Thinking Media and Digital Articulations” (美術展)
表参道ヒルズ スペース オー + ラフォーレミュージアム原宿, 2018/02/09-2018/02/18.
[鑑賞メモ]
番外特選
Nasjonalballetten [The Norwegian National Ballet]: Ghosts & Hedda Gabler @ Den Norsk Opera & Ballett [The Norwegian National Opera & Ballet] (バレエ / streaming)
France.tv Culturebox, 2018.
[観賞メモ]

[リストのパーマリンク]

[3705] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Jan 2 23:35:08 2019

2018年に入手した最近数年の新録リリースの中から選んだ10枚+α。 展覧会・ダンス演劇等の公演の10選もあります: 2018年公演・展覧会等 Top 10

#1
Susanna
Go Dig My Grave
(SusannaSonata, SONATACD040, CD, 2018)
#2
Joost Lijbaart, Sanne Rambags, Bram Stadhouders
Under The Surface
(Challenge, CR73438, CD, 2017)
#3
Nataša Mirković, Michel Godard, Jarrod Cagwin
En El Amor
(Carpe Diem, CD-16313, CD, 2017)
#4
Brot & Sterne
Tales of Herbst
(Traumton, 4643, CD, 2017)
#5
Kathrin Pechlof Trio
Toward The Unknown
(Pirouet, PIT3104, CD, 2018)
#6
Elina Duni
Partir
(ECM, ECM 2587, 2018, CD)
#7
Laura Veirs
The Lookout
(Raven Marching Band, RMB012, CD, 2018)
#8
Burnt Friedman & Mohammad Reza Mortazavi
Yek
(Nonplace, 44, DL, 2017)
#9
Gurlz
Run Boy, Run
(Grappa, GRCD4571, CD, 2018)
#10
Toto Bona Lokua
Bondeko
(No Format, NOF39, CD, 2017)
次点
Sara Serpa, Ingrid Laubrock, Erik Friedlander
Close Up
(Clean Feed, CF467CD, CD, 2018)
番外特選
Margit Myhr & Erlend Apneseth
横濱エアジン
2018/03/10, 20:00-21:00.
[鑑賞メモ]

[リストのパーマリンク]

[3704] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Jan 2 23:30:30 2019

あけましておめでとうございます。

このサイトや Twitter を頼りに去年一年を振り返りつつ、 2018年の レコード Top 10展覧会・公演等 Top 10 を選びました。 すっかり世の中の最新動向とか流行といったものに疎くなってしまい、読者の方の参考にどれだけなるのか不明ですが、 この一年間の趣味生活の備忘と反省をしておくのも悪くないかな、と。

仕事が忙く時間が取れないという以上に、このサイトを始めた20代の頃と比べ体力気力の衰えは否めず、 レコード/CDのレビューは完全に途絶えてしまいましたし、展覧会・公演等の観賞メモも遅れがちで、 このサイトの更新もどこまで続けられるかという状況になってしまってます。 しかし、無理の無い範囲で、細々とでも趣味生活とこのサイトの更新が続けられたらと思っています。

こんなサイトではありますが、読んでくださっている皆さん、ありがとうございます。 今年もよろしくお願いします。

[3703] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Dec 26 23:46:40 2018

先の三連休は趣味生活的にはほとんど無為になってしまったのですが、 ちょっと気になった展覧会が会期末だったので、駆け込みで観てきました。

In Goude we trust!
Chanel Nexus Hall
2018/11/28-2018/12/25 (無休), 12:00-19:30

1980年代初頭に Island レーベル時代の Grace Jones のレコードジャケット等、 当時の New Wave 界隈の一連のビジュアルデザインによって注目を浴びるようになった フランス出身のデザイナー Jean-Paul Goude の回顧展です。 Chanel とは1990年代初頭から仕事をしてきているようで、そんな縁もあってか、銀座 Chanel ビルにあるホールが会場でした。

Goude というと 1980s Postmodernism [関連レビュー] のデザイナという印象が強すぎて、 その頃から有名でしたが、1990年代に入った頃には自分の視界の外。 1991年に Vanessa Paradis を起用しての Chanel の香水 COCO の広告 [YouTube] を作っていた事を、この展覧会で知る程です。 そんな感じでしたので、この展覧会も会期末になるまで気付いていませんでした。 デザイン史的な位置付けを示したり作風の変遷を描くようなものではなく、 セレクションも Chanel の広告の色合いも感じる展示でしたが、会場からして仕方ないでしょうか。 2015年の Chance Chanel とか、 1980sのようには尖ってないですが、最近もなかなか良いもの作っていたのだなあ、と、気付くことができました。

会期末に飛び込んでみた一番の理由は、会場内でのパフォーマンスの噂を耳にして、これは観てみたいと。 Chanel のジュエリー Fire のためにビデオ作家 Pierrick Sorin と2001年にコラボレーションして制作した椅子に座ると映った鏡上で手や頭に火が付いて見えるインスタレーションが展示されていたのですが、 そのインスタレーションを使ったパフォーマンスでした。 白いドレスを着たダンサーが、鏡の前の椅子に座って歌ったり、その周囲を滑るように移動しつつ出て歌い踊る手振りで踊るというパフォーマンスです。

この滑るようなステップは、 ロシアの民族舞踊団 Ансамбль «Березка» の «плывущий» шаг [“floating” step] (伝統的な民族舞踊ではなく舞踊団を創設した Надежда Надеждина の振付) のようですが、会場で間近に見ると、その速さは驚きでした。 胸にマフを下げてましたし、頭部のアクセサリはロシアの伝統的な扇状の髪飾り кокошник とそれに付ける鎖状の飾り рясна に着想したものでしょうか。 バレリーナを思わせる美貌と踊りと歌のスキルの上、交代できるだけの数を揃えていたようですので、 実際に Ансамбль «Берёзка» のダンサーたちを起用していたのかもしれません。 まるで帝国時代のロシアの踊子の亡霊を見ているかのような少しミステリアスで幻想的な感が面白いパフォーマンスでした。 移動が速くコースが予想付かない上、狭い会場に観客も多く、会場が暗く展示が光っているので、写真を撮るのがとても難しいパフォーマンスでした。

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[3702] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Dec 25 23:00:20 2018

15日土曜は秋田。 秋田入り直前まで吹雪いていたようで、金曜のAXT行フライトは条件付き運行でどうなるかと思いましたが、 土曜にはたまにぱらつく程度の天気になったので、市内中心部にある美術館を軽く巡ってみました。

秋田県立美術館 3Fギャラリー
2018/11/10-2019/01/07 (11/19休), 10:00-18:00 (12/31-1/2 10:00-15:00).
本郷 仁, 小牟禮 尊人

少し空いた時間に入った美術館でやっていた展覧会で、出展作家についての予備知識は無かったのですが、 秋田と富山ガラス造形研究所に縁のある2人のガラス造形作家の展覧会です。 ガラス工芸に近い文脈の作家のようですが、ガラスを素材とした器や照明のデザインの展覧会では無く、 ガラスをメインの素材とした立体作品やインスタレーションの美術作品の展覧会でした。 小牟禮 尊人 『ガラスのこだま』 のような作品にしても本郷 仁 『外のうちと、内のそと』にしても、 オブジェの色や形の面白さ美しさというより鑑賞者とのインタラクションを意識している所など現代美術的ですが、 コンセプチャルに過ぎずに、シンプルかつややトリッキーに造形による視覚や聴覚の面白さを体験させる、なかなか良い展覧会でした。

今年の6月に釧路芸術館で観た 八戸 耀生 『風に導かれ 僕は旅をする』 [鑑賞メモ] もそうでしたが、 移動の空き時間に入った地方の美術館で予備知識なしで観た展覧会が良いと、良い旅先での出会いがあったような気分になれます。

秋田県立美術館、秋田市立千秋美術館といった市内のアートスポットや商店街を繋ぐ artlineAR というアプリがあったので、 街歩きついでにやってみたのですが、単に作品中の動物が動き出したり、秋田犬が出てくるだけ。 そういう単純な親しみやすさもあってもいいかとは思いますが、行った場所の歴史的地理的なエピソードを知るフックのようなものもあればと思ってしまいました。

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秋田で風邪をもらってきてしまったか、帰った翌日曜から風邪気味。 月曜晩から火曜にかけて発熱で臥せってしまいました。 発熱は38℃弱程度でインフルエンザという感じではありませんでしたが、こんなキツい風邪は久々です。 出張多くて年末進行綱渡りだったのが、風邪ひいて完全に破綻してしまいました。 以来、臥せっているか仕事してるかで、先週末の三連休も潰れてしまいました。 楽しみしていた呑み会もキャンセルせざるを得ず。しくしく。

[3701] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Dec 24 22:19:40 2018

12月9日日曜は、晩に横浜馬車道へ。このライブを観てきました。

Toivo Sõmer
横濱エアジン
2018/1209, 20:00-21:00.
Toivo Sõmer (kannel, lute, looper, vocals).

チター (zither) 族の伝統楽器 kannel や中世から近世にかけて用いられた弾弦楽器 lute を演奏するエストニアのミュージシャン Toivo Sõmer のソロでのライブを観てきました。 2017年に沿ボルガ地方のウドムルト (Удмурт) のミュージシャンとのプロジェクト AR-GOD で来日した時は見逃したので、初めて観ます。 彼自身の出身地であるエストニアを中心に、西はスウェーデン、東はウドムルドまで伝統的な民俗音楽を取り上げて、kannel や lute を弾き歌いました。 アンコール無しの約1時間のこぢんまりとしたライブでした。

kannel はフィンランドの kantele やロシア gusli にも似た楽器ですが、 昔ながらなアコスティックなものと、現代的なチューニング機構とピックアップを付けたエレクトリックアコースティックなものを使い分けていました。 また、lute もピックアップを付けたエレクトリックアコスティックなタイプ。 ギターアンプ Roland Jazz Chorus JC-120 を使い、アンプ付属の looper 機能で音を重ねていく時もありました。 しかし、そんな技法から想像されるようには electric な jazz や rock のイデオムは無く、 楽器のアコスティックで繊細な音を生かした、少し口に篭るような歌い方もフォーク的な演奏を楽しむことができました。

AR-GOD というプロジェクトもあるようにウドムルドの音楽も演奏しましたが、 これは、エストニアもウドムルドもフィン・ウゴル系の民族という関係があるから。 しかし、エストニアというかバルト地域やフィン・ウゴル系の民族の音楽に疎くて分解能が低いこともあると思いますが、 zither 族の楽器をかき鳴らしながらの歌い口など、ロシアの Сергей Старостин [Sergei Starostin] [鑑賞メモ] との共通点を感じました。 一方で、スウェーデンの音楽は lute を弾きながら歌ったのですが、 Ale Möller などの fiddle や mandola を使ったものとは少々違うように感じました。 むしろ、こういう音楽もあったのかという新鮮さがありました。 17世紀、エストニアがスウェーデン・バルト帝国領だったわけですが、その影響がエストニアに残っているということで、スウェーデンの音楽を取り上げていたようです。 エストニア最古のタルトゥ (Tartu) 大学はスウェーデン領時代に設立されたとのことで、 Sõmer はスウェーデン時代を好意的に見ているようでした。

このハコでは、今年3月にもノルウェーの Margit Myhr & Erlend Apneseth のライブを観ていますが [鑑賞メモ]、 こういう民俗音楽の色の濃いこぢんまりしたライブをするのにちょうどいい距離感で、良い雰囲気だな、と。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3700] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Dec 23 22:51:01 2018

2週間前の話になりますが、12月8日土曜の午後は神保町から白金台へ移動。この展覧会を観てきました。

French Art Deco and inspiration from afar
東京都庭園美術館 本館・新館
2018/10/06-01/14 (第2,4水休,12/28-1/4休), 10:00-18:00 (11/23,24,30,12/1,7,8: 10:00-20:00).

2015年の『幻想絶佳 ― アール・デコと古典主義』展 [鑑賞メモ] に続く、 フランスにおけるアール・デコのイメージの着想元を探る展覧会第二弾。今回は絵エクソティシズム (異国趣味) というの観点から。 似たような観点の展覧会というと、『ようこそ日本へ:1920‐30年代のツーリズムとデザイン』 (東京国立近代美術館, 2016) が興味深く楽しめましたし、 [鑑賞メモ] 東京都庭園美術館は19世紀から戦間期にかけてのモダンなデザインの展覧会を得意としているので、期待していた展覧会でした。 そんな期待が大きすぎたか、少々物足りなく感じられてしまいました。

本館を会場とした前半は、モードや装飾におけるエクソティシズムを、戦間期だけでなく第一次世界大戦前夜の時期まで広く取って概観するよう。 新館を会場とした後半は、1セクションを L'Exposition Coloniale Internationale de Paris 1931 (1931年パリ植民地博覧会) に充て焦点を当てたような展覧会でした。 この植民地博覧会に関する展示を期待していたのですが、展覧会の様子がわかるような展示が薄かったのは残念。 「§4 異郷の再発見」に植民地の人々を描いた絵が多く出ていたのですが、 それらの多くが Musée des Années 30 (30年代美術館) のコレクションで、 1930年代という微妙な時期 (戦間期といっても狂乱の1920年代ではなく大恐慌後の不穏な時代) を テーマにした博物館があったのかと。 展示されていた物よりも、そんなことに興味が引かれてしまいました。

最後の展示室では関連プログラムとして、 この展覧会のために委嘱されたという Mounir Fatmi による映像作品 Human Factor (2018) が上映されていました。 映画 L'Inhumaine (Marcel L'Herbier (regie), 1924; 『人でなしの女』) [鑑賞メモ] を解体して、 1931年パリ植民地博覧会や当時のアール・デコに関するアーカイヴ資料をコラージュしたような映像でした。 しかし、そもそも元になった映画『人でなしの女』や1931年パリ植民地博覧会のアーカイブ資料といったものはなかなか観る機会が無い物ですし、 オリジナルをズタズタにした映像作品など不要とまでは言いませんが、まずは元の映画や資料をちゃんと上映して欲しかったです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

先週末日曜15日頃から風邪気味で、17日にはついに発熱して臥せってしまいました。 しかし、予定がぎっしりで休む事もほとんどできず、なかなか快復できずに現在に至っています。 このサイトを更新する体力的余裕がほとんどありません。うーむ。

[3699] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Dec 16 19:31:44 2018

12月8日土曜は二週続けて朝から 神保町シアターの特集 『生誕百五年記念――清水宏と小津安二郎』へ。 今度は未見のこの映画を観てきました。

『風の中の子供』
1937 / 松竹大船 / 白黒 / 91min.
監督: 清水 宏. 原作: 坪田 譲治 (東京朝日新聞 連載).
河村 黎吉 (父親), 吉川 満子 (母親), 葉山 正雄 (善太), 爆弾 小僧 (三平), 坂本 武 (おぢさん), 岡村 文子 (おばさん), etc

あらすじ: 優秀な兄 善太 とガキ大将だが成績の悪い弟 三平。 父親は地元の会社の経営者だが、ある日、私文書偽造の容疑で会社を辞めさせられてしまう。 さらに父親は警察に拘留され、家財は差し押さえられてしまう。 そんな中、近所の子供達も、善太や三平と疎遠な態度をとるようになってしまう。 困窮した母親は、幼い三平を離れた街に住む親戚に預け、仕事を探すことにする。 預けられた先で、盥に乗って川に流される、河童に会いに行くと言って姿を眩まし、サーカスに入門する、と言った騒動を引き起こす。 持て余された三太は母親の元に帰される。 母親は、善太と二人で住み込みで働くと話を付けてきた病院へ、善太の代わりに三平を連れて行くが、三太では幼いと、断られてしまう。 母親は途方に暮れるが、そんなとき子供達が偶然、父親の無罪を証明できる日記を発見する。 父親は無罪放免となり、子供達にも以前のように遊び友達が戻ってきた。

児童文学を原作とした子供が主人公の「子供映画」ですが、 やはり 坪田 譲治 原作で2年後に公開された 清水 宏 『子供の四季』 (松竹大船, 1939) [鑑賞メモ] とかなり似た映画です。 兄弟は善太と三平で、善太、両親役、おじさんおばさん (祖父母役) が同じ俳優ですし。 大人の世界での社内政治の話と子供の世界の絡め方といい。 監督も同じ 清水 宏 で画面の作りやのんびりしたテンポの演出も似ていて、記憶が曖昧になる数年後には色々混同してしまいそうです。 しかし、この『風の中の子供』は、父がいなくなり、母子で苦労する場面があり、 いわゆる母子ものメロドラマ [関連する鑑賞メモ] という面を見せる時があるという所は違うでしょうか。 母子ものメロドラマといっても、ハッピーエンドで終わるというだけでなく、 野外ロケの開放的な画面の美しさ、子供中心のユーモアもあって、後味は良いです。 子役の良さもありますが、母子ものという面もあったせいが、そういった映画での母役にハマる 吉川 満子や、 河村 黎吉や坂本 武とかの大人の俳優陣も人情味が感じられて良い、ということにも気付かされた映画でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3698] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Dec 13 23:06:46 2018

12月2日は晩に新宿三丁目へ。このライブを観てきました。

Elifantree
新宿 Pit Inn
2018/12/02, 20:00-21:30.
Anni Elif Egecioglu (vocals, synth), Pauli Lyytinen (saxophone, wind synth (Akai EWI), live effects, drum machine), Olavi Louhivuori (drums, percussions), Joonas Saikonen (sound).

フィンランドを拠点に活動する3人組 Elifantree。アルバムを聴いたことは無かったのですが、 Olavi Louhivuori が参加した、Augur Ensemble 等でも活動している女性歌手を フィーチャーしているという興味で、聴きに行ってみました。

以前に Sun Trio で聴いた時に近いバスドラのきいたリズムといい、 glitch 以前の synth の音といい、wind synth のソロといい、 テクスチャ的ではない時にドラマチックに歌い上げるような歌唱といい、 デジタル化以降の disco / synth pop の影響を受けた fusion を思わせる非常に80年代的なサウンドでした。 そんなビートに合わせてステップを踏みながら歌う Egecioglu を観ていると、おそらくそういうノリを狙っているのだろうとは思います。 しかし、自分のツボからは外れたか、それが面白いという程には感じられませんでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

12月4日は都心で仕事だったので、仕事帰りに Megumi Ogita Gallery ヘ。 中村 ケンゴ 『モダン・ラバーズ』、『JAPANS』 のオープニングパーティへ。 新作展の『モダン・ラバーズ』の方が楽しめたでしょうか。 しかし、引用も、マンガの描線とかではなく、19世紀後半の近代美術の花や静物では、描くだけでも大変そう。 静物アイテムを集めた『収蔵庫』がユーモアも感じられて良かったです。 友人の展覧会はコメントしづらいので、軽めに。

オープニングパーティでは久しぶりの人たちに会って、楽しかったのですが、二次会は失礼して、 6日の晩に改めて関内の BankART home 界隈で合流して呑むことができました。 Studio NYK の亡き後、新拠点の興味深い話を聞いたり。 中でも、BankART の拠点である関内周辺に約1,000人のアーティストが住んでいるという話にびっくり。 そんなに大きなアーティストのコミュニティが形成されているのか、と。 横浜市庁舎移転や新高島駅周辺の開発の中で、色々動きがあるんんですね。ほほう。

[3697] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Dec 12 23:08:08 2018

12月1日は神保町で映画を観た後に竹橋へ移動。 東京国立近代美術館と工芸館で開催中の展覧会を見てきました。

Ingegerd Råman
東京国立近代美術館 工芸館
2018/09/14-2018/12/09 (月休; 9/17,9/24,10/8開; 9/18,9/25,10/9休), 10:00-17:00.

日本・スウェーデン外交関係樹立150周年として開催された、スウェーデンのデザイナ、陶芸家 Ingegerd Råman の展覧会です。 この展覧会で初めて意識したのですが、 有田焼のティーセット 2016/ など、デザインショップなどで見覚えあるもの。 いかにも北欧モダンなシンプルなデザインの陶器やガラス器のデザインです。 IKEA とのコラボレーション Viktigt からスウェーデン王室用の食器までという振れ幅。 このようなデザインの場合、差別化できるのはほぼ質感のみ、というのも興味深く思いました。

Awakenings: Art in Society in Asia 1960s-1990s
東京国立近代美術館 企画展ギャラリー
2018/10/10-2018/12/24 (月休; 12/24開), 10:00-17:00 (金土10:00-20:00).

あ 20世紀後半に展開した東アジア、東南アジアから南アジアにおける 近代美術から現代美術への展開を、国の枠組みを超えて辿った展覧会です。 残念ながら強く興味を引かれる作品には出会えませんでしたが、 美術史も各国史からグローバルヒストリーの時代へ、なんてことが頭に浮かぶ展覧会でした。 しかし、グローバルヒストリーのような歴史の描き方を目指したにしては、政治的なトピックを作品に紐付けるような構成は合っていないように感じました。 グローバルヒストリーったら、対象としたアジア世界における文化交渉史のようなものを 貿易額や美術市場の規模などの定量的な指標に着目して分析するといったアプローチの方がそれらしく思われますし、 そんな中から美術の展開を浮かび上がらせたらどうなるだろう、と思いました。

I Want To Go Somewhere Far Away
東京国立近代美術館 ギャラリー4
2018/10/06-2018/01/20 (月休; 10/8,12/24,1/14開; 10/9,12/25,12/28-1/1,1/15休), 10:00-17:00 (金土10:00-20:00).

1962年の歌謡曲「遠くへ行きたい」に着想したという、コレクションによる小企画です。 その企画意図は掴みかねましたが、 大辻 清司 [関連する鑑賞メモ] が 《うまく作ってやろうと思うので、八年たっても手をつけられないプラモデルの写真》 (1975) や 《熱気球がうまく昇らなくて、朝早くからがんばっている人》 (1975) のようなお茶目な写真を撮ってたことに気付けたことが、収穫でした。

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[3696] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Dec 10 22:45:56 2018

12月1日は朝から神保町へ。 神保町シアターの特集 『生誕百五年記念――清水宏と小津安二郎』が始まったので、 さっそく、この2本を観てきました。 どちらも観たことがある映画でしたが、やっぱり映画館の大画面で楽しみたいので。

『信子』
1940 / 松竹大船 / 白黒 / 91min.
監督: 清水 宏. 原作: 獅子 文六 (『主婦の友』連載).
高峰 三枝子 (小宮山 信子), 三浦 光子 (細川 穎子), 岡村 文子 (関口校長), 森川 まさみ (保坂教頭), 高松 栄子 (吉岡先生), 松原 操 (特別出演・松原先生), 奈良 真養 (細川 源十郎), 飯田 蝶子 (お佳さん), 三谷 幸子 (チァー子さん), 日守 新一 (泥棒), etc

あらすじ: 九州出身の 小宮山 信子 は新任の女学校教師として九州から上京し、 芸者の置屋をしている親戚のお佳さんの家に下宿する。 女学校では国語教師の予定が、体育教師をすることになる。 芸者見習い チャー子 が弁当を女学校に届けに行ったことをきっかけに、 置屋に下宿していることを女学校に知られ、置屋を出て舎監として寮に住み込むことになる。 女学校の先生たちは、女学校を支える有力者 細川 の娘 穎子 の勝手な振舞に手を焼きつつ、注意し叱ることができないでいた。 穎子の寮でのいたずらやピックニックでの失踪などに信子も振り回されるが、手加減せずに穎子と向かい合う。 寮の女学生たちも信子を慕うようになり、勝手な穎子に反感を示すようになる。 孤立した穎子はガス自殺を図るが、無事に救出される。 女学校の先生たちは不祥事として信子に責任を取らせようとするが、 穎子の父 細川は依怙贔屓せずに接した信子に感謝したのだった。

女性版『坊ちゃん』とも言われる 獅子 文六 の小説の映画化です。 少々単純で曲がった事が嫌いな 信子 の性格付は、確かに『坊ちゃん』と似ています。 穎子 との関係が物語の主軸になっていますが、 九州訛りが抜けずに生徒にも揶揄われ校長にも注意される話や、 穎子のいたずらと感違いして寮の侵入した泥棒を退治する話など、 細かいエピソードをユーモアも込めて丁寧に積み重ねていく所が楽しい映画です。 もちろん、戦前に撮られた女学校を舞台とした学園物ということで、戦前の女学校の様子を垣間見る興味深さもあります。

女学校は校舎はもちろん寮もとてもモダンな建物。 そんなモダンな室内をシンメトリーや幾何的な構図を強調するように撮影していますし、 女学生の体操する様子をローアングルや下から見上げるようなアングルで捉えたり、 そんな画面はまさに、新興写真 [鑑賞メモ] の映画版。 野外ロケでの画面も美しく、上方から俯瞰するような引いた画面と、ローアングル気味で女学生を捉えた画面を交える、 ピクニックで失踪した穎子さんを皆で探す場面など、この映画の中でも最も美しい場面でしょう。 この美しい画面に女学生たちの「えいこさーん」という呼び声が重なるのも良いです。 テンポ良く畳み掛けるように話を進めるのではなく、 少しゆったりとしたテンポで間合いを多く取って情感を描いていく所が、さすが 清水 宏 でしょうか。

『按摩と女』
1938 / 松竹大船 / 白黒 / 67min.
監督: 清水 宏. 原作: 獅子 文六 (『主婦の友』連載).
高峰 三枝子 (三沢 美千穂), 徳大寺 伸 (徳市), 日守 新一 (福市), 爆弾 小僧 (研一), 佐分利 信 (大村 真太郎), etc

あらすじ: 「めくら」の徳市は伊豆の温泉場を巡る按摩。 感が鋭く健脚な徳市は、旅歩きの「めあき」を追い抜くことを「道楽」としていた。 そんな 徳市 がやってきた山中の鄙びた温泉場に、馬車に揺られて、謎めいた東京の女 (三沢) や、男の子を連れた男 (大村) が乗り合わせてやってきた。 宿に着いた女は按摩を頼み、それ以来、徳市を指名するようになる。 徳市は女が何かに追われて怯えていると勘付いた。 そんな女が泊まった 鯨屋 で窃盗が発生する。 男が連れていた甥の 研一 と遊んであげた事がきっかけで、男と女は知り合い、男はお礼に女を夕食に誘う。 女が男が泊まる鉋屋を訪れたとき、今度は、鉋屋で窃盗が発生する。 男は少しずつ三沢に好意を抱きはじめ、宿泊の予定を伸ばす。 しかし、はぐらかし続ける女を諦め、帰ることを甥から女に告げさせ、甥と東京へ帰る。 男が帰ることを知って女は馬車乗り場に駆け付けるが、男が乗った既に馬車は山中を走り去っっていた。 再び温泉場で盗難が発生し、警察は温泉場を封鎖した。 女を犯人と疑っていた徳市は女を逃そうと手引きをした。 一時的に隠れた路地で温泉場で続発した窃盗の犯人と決めつけ徳市は女を諭すが、 それは徳市の勘違いだと女は言い、自分は妾であり執拗に追いかける旦那から逃げていると明かす。 そして、女もまた温泉場を去っていった。

温泉宿を舞台にそこに集まる温泉客、按摩や宿の人々を描いた映画で、 グランドホテル形式ともいえますが、モダンなホテルではなく、伊豆山中の温泉宿を舞台とすることで、 グランドホテル形式とは思えないような日本的な情緒を感じさせる映画です。 物語に謎の女を中心としたミステリ的な要素も無いわけじゃないですが、 むしろ、ゆったりとした間合いの多いテンポで、温泉場での些細なエピソードをユーモアも含め情緒豊かに描いていきます。 近世から変わらない日本家屋の温泉宿の雰囲気を生かす一方、 東京からハイキングに来ている大学生や女学生のグループ、そして、鉄道駅からのアクセスである馬車など、モダンな要素の取り入れ方も絶妙。

そしてそんな情緒ある温泉を背景に、 東京の女らしいモダンな洋装も温泉での浴衣姿も似合う 高峰 三枝子 を、美しくとらえていきます。 そして、彼女をめぐる二人の男、徳市と男。 しかし三角関係という程ではなく、徳市については、女は徳市へは風変わりと興味を持っているだけで、徳市の一方的な好意。 むしろ、男との関係は、お互い仄かな好意を抱いているのに、男は甥連れという引け目もあってか積極的になりきれず、 女も謎めいた答えでぐらかして、諦めに終わってしまうという。 そんな諦めに終わる仄かな好意の描写が、情緒的な温泉場の雰囲気に合っています。 夜の温泉場の橋で二人が「銀座なんかでばったり出会っても知らん顔でしょうね」「そんなことありませんわ。……でも、わたし、東京には帰らないかもしれませんの」なんていう いかにも松竹メロドラマにありそうな会話 [関連する鑑賞メモ] で好きです。 しかし、何と言っても、二人の別れの場面、 女へ帰りを告げに行かせた甥を馬車脇で待つ男、 そして駆け付けるも間に合わずに去っていく男が乗った馬車を目で追う女、 そして、雨の中、和傘をさして寂しげに川辺を歩く女という一連の場面をほとんどセリフを用いず描くところは、 この映画の中でも最も情緒的で美しくもメロドラマチック。 今まで観た戦前の日本映画の中で、最も美しい映画です。

というわけで、この2本で、戦前松竹時代の 高峰 三枝子 の美しさを堪能しました。 戦前の映画女優で最も好きなのは 桑野 通子 ですが [関連する鑑賞メモ]、 桑野はその勝気なキャラクタが良いのでスチルでは魅力が半減する一方、高峰はスチルで絵になる美しさ、という違いを感じます。 網羅的には観ていませんが、戦前の 高峰 三枝子 映画Top 5を選んでみました。

  1. 清水 宏 『按摩と女』 (松竹大船, 1938)
  2. 吉村 公三郎 『暖流』 (松竹大船, 1939) [鑑賞メモ]
  3. 大庭 秀雄 『花は僞らず』 (松竹大船, 1941) [鑑賞メモ]
  4. 清水 宏 『信子』 (松竹大船, 1940)
  5. 島津 保次郎 『浅草の灯』 (松竹大船, 1937) [鑑賞メモ]

『暖流』や『花は僞らず』のような、気品ある令嬢の役は 高峰 三枝子 のハマり役ですね。 令嬢役といえば 島津 保次郎 『婚約三羽烏』 (松竹大船, 1937) [鑑賞メモ] にも美しさが炸裂する場面がありますが、これは出番少ないということで選外。 令嬢役ではなく庶民的な町娘を演じた 大庭 秀雄 『むすめ』 (松竹大船, 1943) [鑑賞メモ] も意外な良さがありますが、 高峰 三枝子 の美しさを堪能する映画とは違います。 「歌う映画女優」という点では『純情二重唱』 (松竹大船, 1939) も重要な作品だとは思いますが、自分の好みからは外れるかしらん、と。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3695] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Dec 9 22:50:27 2018

11月24日晩は、葉山から、横浜山下町へ移動。 神奈川県民ホール時代から「アート・コンプレックス」として [鑑賞メモ]、 KAAT神奈川芸術劇場になってからは「KAAT EXHIBITION」と題して [鑑賞メモ]、 アニュアルで開催されている展覧会とパフォーマンスのコラボレーション企画を観てきました。

Hiraki Sawa: Latent image revealed
KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
2018/11/11-12/09 (会期中無休), 10:00-18:00.

さわ ひらき は2000年代以降に映像作品を中心にインスタレーション等の作品を発表してきている現代美術の文脈で活動する作家。 グループ展等で観たことはありますがその時の印象は薄く、 2014年の東京オペラシティギャラリーでの個展は観ておらず、こうして作品をまとめて観るのは初めてです。

実写を多用していますが、ピクシレーション (コマ撮り) や、実写を背景にキャラクタ的なオブジェ等をシュールレアリスティックにコラージュしたものを動画化したような所は、 アートアニメーションのテイスト濃い映像です。 ドローイングを使っているわけではないですが、William Kentridge にも近いセンスを感じました。

インスタレーションや立体作品という観点からすると、 アンティーク風小物に埋め込んだ作品など、映像の作風に合っているように感じました。 しかし、匿名的なブラックキューブな空間が会場ということもあるのか、 空間を使ったビデオインスタレーションは、そうする必然性をあまり感じられませんでした。 映像を全て観るようとすると約1時間を要するボリュームだったので、むしろホールでの上映という形でじっくり観た買った。

KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
2018/11/24, 19:00-20:00.
会場構成・映像: さわ ひらき; 演出・振付・演出: 島地 武保; 出演: Altneu (酒井 はな, 島地 武保)

展示会場 (中スタジオ) でパフォーマンスが行われている日もあったのですが、この公演は大スタジオで。 さすがインスタレーション作品も制作しているだけあって、映像を映す衝立も後方だけでなく、上手側で前方に折り曲が流というもの。 そんな作りの衝立に映像を投影するだけでなく、床面に投影したり、衝立からパーツが外れるようになっており、ダンサーにそれを持たせて投影させたり。 と、映像が単純に背景にならないような、かつ、正面性をずらして奥行きも生かした舞台使いになるよう、工夫が見られたのは良いと思いました。 衝立への映像投影に超短焦点の大画面プロジェクタを使っていて、 投影する映像がダンサーに被ってしまうことがほとんど無かったのも、印象的でした。 超短焦点プロジェクタの登場で、 ダンサーを投影する映像に埋没させてしまうことなく、むしろ横からのライティングと併用することでダンサーを映像から浮かび上がらすことが出来るようになったんだな、と。

にも関わらず、やはり映像がダンスの背景になってしまっていたように感じることが多かったのは、映像が既に作られているものでライブ感が無かったからでしょうか。 伝統的なバレエのイデオムに基づく 酒井 はな と、それを感じさせない力強いコンテンポラリーな 島地 の動きも、 面白い組み合わせとなっているとより、ソロの時の方が良く感じられてしまいました。 そんなこともあり、前半はかなり微妙に思っていたのですが、 段ボール箱の中で焚いたスモークを箱を叩いて穴から打ち出す場面頃から、 手持ちのパーツに映像を映させるなど、映像とダンスの関わりが面白くなったりと、 可能性を感じるところもあ李ました。このコラボレーションも、一つの試みでしょうか。

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[3694] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Dec 5 23:06:15 2018

11月24日は午後に逗子からバスを乗り継いで葉山へ。この展覧会を観てきました。

『アルヴァ・アアルト − もう一つの自然』
神奈川県立近代美術館 葉山
2018/09/15-2018/11/25 (月休;9/17,9/24,10/8開), 9:30-17:00.

2014年に Vitra Design Museum で始まった戦間期から活動するモダニズムのフィンランドの建築家 Alvar Aalto の国際巡回の回顧展です。 Aalto の回顧展は MoMA の国際巡回展を1999年にセゾン美術館で観ていますが [鑑賞メモ]、 その時の記憶もすっかり薄れてしまったので、見直す良い機会かと足を運びました。

Vitra Design Museum はPDF形式の写真付き出品リストを公開していて、大変にありがたいです。 しかし、保険上の価値 (Ins. value) まで載っているのには驚きです。 ちなみに、この展覧会はこの後、 名古屋市美術館 (2018/12/08-2019/02/03)、 東京ステーションギャラリー (2019/02/16-2019/04/14)、 青森県立美術館 (2019/04/27-2019/06/23) と巡回する予定となっています。

この展覧会でも大きくフィーチャーされていたのは、戦間期の極めてモダニズム的な建築、 Viipuri (現在ロシアの Выборг) の図書館 (1927-35) や Paimio のサナトリウム (1928-33)。 セゾン美術館では図書館が再現されていましたが、今回の展覧会ではサナトリウムの個室内が再現されていました。 Turk 市のプロジェクトでは、Sanomat 新聞社のビル (1928-30) よりも、 Turk Finnish City Theatre (トゥルク市立劇場) が入っていたという Southwestern Finland Agricultural Cooperative Building (南西フィンランド農業協同組合ビルディング) (1927-28) や、 その劇場で上演されたという Hagar Olsson: S.O.S. (1930) のポスターや舞台デザインデッサンなどの資料に惹かれました。

20年前に観た記憶が無いものでは、1939年の World's Exhibition Fair in New York, USA (ニューヨーク万国博覧会) の Finnish Pavillion (フィンランド館)。 写真からは伺えるのは巨大な Vase Savoy (雲形の花瓶) のような曲面の壁なのです。 小さな紙製の模型はありましたが、これはもっと詳しく見てみたかったものです。 そのパビリオンで上映されていたという Heikki Aho & Björn Soldan による映画 Suomi Kutsuu (1939) も上映されていたのですが、 オリジナルには Jean Sibelius の音楽が付いているのですが、展示空間の都合とは思いますが音無しで上映されていたのは残念でした。

多分に自分の戦間期モダニズムへの好みのせいかとは思いますが、 20年前の回顧展の時もそうでしたが、今回の展覧会でも、戦後のプロジェクトは琴線に触れるものがありませんでした。 また、最後にショールーム的な写真撮影可能な部屋を設けてあったのも、SNS時代の展覧会らしいと感じました。

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会期末にだったので展示室はそれなりに混んでいるだろうとは予想していましたが、併設レストランの混雑まで頭が回っていませんでした。 14時半頃に美術館に着いてランチすべくレストランに直行するも、既に「本日の予約は終了しました」状態。 この美術館のロケーションでは、ランチ難民になった際のリカバリが出来ません。 結局、ランチを抜くことになってしまいました。しくしく。 空いているときは気持ち良い美術館でわざわざ行く価値もありますが、混雑した会期末に行くものではありません。 東京ステーションギャラリーへ巡回することを知っていれば、……。

職場が横須賀に移転したので、実は、葉山の美術館は逗子から職場へ行く途上にあるという。 開館している時間からして通勤途上についでに行かれるものではありませんが。 そんなロケーションもあって、逆に足が遠のきがちで、気付いたら、2015年1月に行って以来と実に4年ぶりでした。 うーむ。

[3693] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Dec 3 23:10:24 2018

祝日の金曜11月23日は、午後に高円寺へ。このライブを観てきました。

Schlippenbach Trio + Aki Takase
Winterreise in Japan
座・高円寺2
2018/11/23, 15:00-17:00.
Schlippenbach Trio: Alexander von Schlippenbach (piano), Evan Parker (tenor saxophone), Paul Lytton (drums); Aki Takase [高瀬 アキ] (piano).

1970年代からベルリンを拠点に欧州の free jazz/improv シーンで活動してきた Schlippenbach Trio。 最近は毎冬 Winterreise と題したツアーをしているとのこと。 その日本編のツアーが行われたので、座・高円寺でのライブを観てきました。 Schlippenbach Trio のオリジナルのドラマーは Paul Lovens ですが、長距離のツアーに耐えられないとのこと。 最近は代役することが多いという Paul Lytton が、このツアーでも代役を果たしていました。 前半は Alexander von Schlippenbach とその妻 Aki Takase のデュオとソロ。 と言っても、ピアノは1台のみでデュオというより連弾で。中盤にそれぞれのソロを交える構成。 休憩を挟んで後半は Schlippenbach Trio による演奏で、最後は Aki Takase も加えた編成。 それぞれ1時間弱、合わせて約2時間のライブでした。

Schlippenbach Trio は、Cecil Taylor や 山下 洋輔 のトリオと同様、 1970年代の典型だった piano / saxophone / drums という bass-less のトリオです。 と言っても、今や Schippenbach の80歳を筆頭に全員70歳以上の高齢者ばかり。 FMPからのリリースなどで聴かれるような強面する即興演奏を動態保存、というほどパワフルではありませんでした。 トリオの演奏では手数の多い Lytton がもっとも元気に聞こえましたが、 Evan Parker も特殊奏法を多用しませんでしたが、サーキュラーブリージンジグのソロの見せ場を作るなど、それなりに。 しかし、前半のソロでの Alexander von Schlippenbach による Herbie Nichols や Thelonious Monk のカバーに枯れた味わいを感じたりもしました。

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[3692] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Dec 2 18:23:56 2018

10日余り前の話になりますが、11月21日の晩は仕事帰りに赤坂というか青山一丁目へ。 この展覧会のライブパフォーマンスを観てきました。

Poem of a Cell - Triptych of Love and Ecstasy - Sound- and 3-Channel-Video Installation
コンサートホールとロビー, OAGハウス (ドイツ文化会館)
Exhibition: 2018/11/19-24, 10:00-20:00. Live performance: 2018/11/21, 18:30-21:30.
Author and director: Stefan Winter
Producer: Mariko Takahashi
Artist: Noriko Kura [倉 紀子]
Director of photograph: Gernot Aschoff, Assistant: Florian Epple; Sound engineer: Adrian von Ripka
Musicians: Alan Bern, Marco Blaauw, Joachim Badenhorst, Uri Caine Trio, Cecilia Gospel Choir, Exaudi Vocal Ensemble, Forma Antiqva Baroque Ensemble, Kettwiger Bach-Ensemble, Mtendeni Maulid Ensemble, Saada Nassor, Ernst Reijseger, Schlagquartett Köln, Rajab Suleiman, Barbara Walker, Fanny Winter, Fumio Yasuda; Voice over: Barbara Sukowa.
First installation: Zanzibar International Film Festival, Tanzania, July 2017.
Space-intallation (Tokyo): Takashi Tanaka [田中 多加志].
Live performance (Tokyo): Fumio Yasuda [安田 芙充央] (piano), Akimuse (vocals), Joachim Badenhorst (clarinets, saxophones), Nobuyoshi Ino [井野 信義] (doublebass), Fanny Winter (vocals).

ミュンヘン (München, DE) を拠点に1985年に jazz/improv のレーベル JMT を設立、1995年にJMTの活動を終えた後、Winter & Winter を1997年に設立し、 レーベル A&R として精力的に活動を続けてきた Stephan Winter。 JMT時代には Steve Coleman ら M-Base や Tim Berne、Hank Roberts や Joey Baron などNY Downtownを拠点に活動するミュージシャンによる コンテンポラリーな jazz/improv を積極的に紹介してきていま下が、 Winter & Winter に入り、ルネサンス期から現代に至る classical に幅を広げ、 また、映画の無いサウンドトラックとでもいう AudioFilm のようなコンセプチャルな企画を継続するなど、 独立系らしい個性の強いリリースを続けてきています。

Winter は音楽や映像を使ったインスタレーション作品も手がけているのですが、 2017年の作品 Poem of a Cell の展覧会が日本で開催されました。 このような作品を観るのは初めて。 JMT の頃から現在の Winter & Winter も、そのリリースを好んで聴いてきたので、 Stefan Winter はその音楽の向こうにどんなイメージを見てるんだろうという興味もあって、 21日晩のライブパフォーマンス付きの映像上映 (上演時間約2時間半) を観てきました。 ロビーには田中 多加志による青竹を使った立体インスタレーションと映像のスチルが展示され、 ホールのステージから見て右手の壁に竹のインスタレーションに縁取られた3枚のスクリーンに映像が投影されました。 生演奏はステージ上で行われましたが、時折、そして、エンドロールの際は、スクリーン前に降りてきました。

作品に関する予備知識をほとんど持たずに臨んでいたので、人物の写り込みが少ない抽象的な映像かと予想していたのですが、 明確なストーリーは無いものの、 Noriko Kura [倉 紀子] による “Living Painting” をメインにフィーチャーした、かなり官能的な映像でした。 着色した水や油 (絵具風) を全身にかぶりつつ、フィールドに「アクションペインティング」するかのようなパフォーマンスを多く捉えていました。 ヌードの時もありましたが、主に体のラインが出る白いロング丈のワンピースドレスでのパフォーマンスで、 それが色に染まっていく様子や絵具様の油が流れていく様を捉えていく様は少々フェティッシュにも感じられました。 後半になると、Stefan Winter 自身も “Living Painting” に加わります。 ロケ地はいくつかあったようですが、東アフリカ・ザンジバルでのロケが多く、その浜の美しさが印象的。 明るい昼の海はもちろん月夜の月光を反射する海を遠景の静的な画面で捉えた映像と、フェティッシュな画面が、コントラストとなっていました。 その一方で、廃墟のような建物内も、“Living Painting” の舞台としてマッチしていました。

作品の副題は「愛とエクスタシーの三連祭壇画」。 ユダヤ教のタナハ (Tanakh) の “Song of Songs”、 キリスト教の Mechthild of Magdeburg の “The flowing Light of the Godhead”、 イスラム教の Rabi'a of Basra の “Unity with the Devine” の3つのテキストに基づいていて、 アブラハムの三宗教における神秘主義的な神への愛とエクスタシー的な神との合一がテーマとなっているよう。 しかし、アブラハムの三宗教と直接的な関係がなさそうな日本人アーティストの “Living Painting” をメインにフィーチャーしたり、 特に三宗教の展開の主舞台とは言い難い (イスラム教の周縁かもしれませんが) ザンジバルを主なロケ地としたりと、 テーマと映像との関係に判然としないものを感じたのも確か。 むしろ、テキストを聞き取れずに映像だけ見ていると、もっと世俗的なエロティックな愛、それも普遍的なものというより私的な嗜好を強く感じました。

音楽については、流石に映像作品に付いている音楽を全てライブに置き換えるのは不可能ということで、ライブは jazz/improv 的な部分のみ。 Classical なアンサンブルやザンジバルでの Tarab 楽団の演奏は、録音が生かされていました。 オリジナルの映像作品に参加していないミュージシャン2人、Akimuse と 井野 信義 は On the Path of Death and Life (Winter & Winter, 2013) 繋がりでしょうか。 生演奏ではない状態でのインスタレーションを観ていないのですが、 CD 3枚に分けてリリースされたインスタレーションのための音楽と聴き比べると、 ライブでは歌の jazz vocal 的なニュアンスが強くなるなど、ライブ版ならではの音楽になっているように聞こえました。 あくまでも映像が主役と感じさせる演奏でしたが、 Mikkel Ploug (guitar)、Sissel Vera Pettersen (vocals) とのトリオ Equilibrium で知られる clarinet 奏者 Joachim Badenhorst の演奏を生で聴かれたのは、良かったでしょうか。

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[3691] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Nov 26 22:01:33 2018

11月17,18日の週末は久しぶりのオフの週末。 出張続きで疲れが溜まっていたので、二日とも完全休養に充てようかと思いつつ、土曜の午後に恵比寿へ。 この展覧会を観てきました。

Architecture × Photography: A Light Existing Only Here
東京都写真美術館 3階展示室
2018/11/10-2019/1/27 (月休;12/24,1/14開,12/25,1/15休,12/29-1/1休), 10:00-18:00 (木金 -20:00, 1/2,3 11:00-18:00, 1/4 10:00-18:00)
第2章: 渡辺 義雄, 石元 泰博, 原 直久, 奈良原 一高, 宮本 隆司, 北井 一夫, 細江 英公, 柴田 敏雄, 二川 幸夫, 村井 修, 瀧本 幹也

建築をテーマとした中心とした展覧会。 前半 (第1章) は「建築写真の歴史」と題した 主に19世紀のタゲレオタイプから20世紀前半戦間期にかけての海外の写真家による (戦後は Bernt & Hella Becher のみ) コレクションに基づく展示。 こちらは、写真史のおさらいという感も。 後半 (第2章) は「建築写真の多様性」と題して、11人の日本の写真家による建築を捉えた写真からなる企画展。 第1章の写真史的な展示と対照的で、写真家の作家性に着目したのか、 1950年代の写真が最も多く、1960年代から1970年代前半が少なめ、1970年代後半から1980年代が多く、1990年代、2000年代がバッサリ抜けて、2010年代のカラー写真、 という、かなりムラを感じるセレクション。 アレ・ブレ・ボケな写真が無いのは (1960年代から1970年代前半が少なめなため) そんなものかと思いましたが。 『サイトグラフィック』 [鑑賞メモ] のような写真がほとんど無かったのは (1990年代、2000年代がバッサリ抜けているため) は意外でした。

企画の意図は掴みかねましたが、こうして並べて見ると、気づきはあります。 宮本 隆司 『九龍城砦』 (1987) [鑑賞メモ] は、 その正面性のブレのようなものだけでなく、住民の写り込みもあって、形式的というよりドキュメンタリ的なんだな、と。 直前に展示されていた 奈良原 一高 のまだ住民がいた軍艦島を捉えた 『緑なき島ー軍艦島』 (1954-1957) に近い表現に感じられました。 これに近い作風では、天空の迷宮のような街を捉えた 原 直久 『イタリア山岳丘上都市』シリーズが気に入りました。

展示の最後は 柴田 敏雄 と 瀧本 幹也 による2010年代のカラー写真で、 どちらも、そこに住む人への意識を感じさせない抽象画のような画面。 瀧本 幹也 がむしろ壁や窓のテクスチャに意識が行ってるように感じるのとは対照的で、 柴田 敏雄 建築物のテクスチャではなく、構造が作り出す形状への意識を感じます。 好みは 柴田 敏雄 ですが、二人のアプローチの違いも興味深く感じられました。 柴田 敏雄は全てインクジェット・プリントで、滝本 幹也 は印画の方が多いけど、インクジェットもあって、 写真のあり方も変わったのだな、と実感しました。

I know something about love, asian contemporary photography
東京都写真美術館 2階展示室
2018/10/02-2018/11/25 (月休;10/8開,10/9休), 10:00-18:00 (木金 -20:00)
Chen Zhe [陳 哲], Geraldine Kang, Hou Lulu Chur-tzy [侯 淑姿], Kim Insook [金 仁淑], Kim Okuson [金 玉善], Sudo Ayano [須藤 絢乃].

アジア、それも東アジア系の女性作家のみで、ジェンダー、セクシャリティとアイデンティティをテーマにした写真の展覧会。 というより、写真をメディアに使ってジェンダー、セクシャリティとアイデンティティついてドキュメンタリ的というより象徴的に語るナラティヴな現代美術作品、か。 テーマからしてポートレイト的な人物写真がメイン。 そんな作風の作品を集めているので、アイデンティティの題材とするのはそれが必然に感じられがちがけど、 人を撮らず遺品のような物を通して寡黙に語った 石内 都 の「Mother's」や「ひろしま/hiroshima」 [鑑賞メモ] や、 そうと意識させないような静的な風景写真とするコンセプチャルな 米田 知子 [鑑賞メモ] とは対照的なアプローチだな、などと、 この展覧会には無い対照的な作品のことが頭に浮かんでしまった展覧会だった。

地階展示室では『写真新世紀 2018』。 結果としては好みの作品には出会えませんでしたが、定点観測ということで。 去年 [鑑賞メモ] と同様、 かつての私写真のような写真が影を潜め、写真をメディアに使ったコンセプチャルな作品が中心。 暫くはこれがトレンドでしょうか。

1階のホールでは『ポーランド映画祭 2018』。 展覧会を一通り見終わった後、『ポーランドの女性監督たち・短篇3作品』のプログラムを観てみました。 寄宿制の聾唖学校の子供たちの日常を淡々と捉えた Eri Mizutani: Proszę o ciszę 『お願い、静かに』 (2017)、 劇映画のこれからどうなるのだろうと思わせるような意味深長な断片的な場面を繋げ合わせたような Jagoda Szelc: Taki pejzaż 『こんな風景』 (2013) と、 女性の自慰をユーモラスかつ空想的に描いたアニメーション Renata Gąsiorowska: Cipka 『チプカ』 (2016)。 特に強く惹かれる作品には出会えませんでしたが、 明快なストーリーがあるわけではない映像作品を観ながら、かつてはこういう映像作品をイメージフォーラム・フェスティバルでよく観たものだったなあ、と懐古的な気分になりました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3690] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 25 19:47:13 2018

28日午後は、東京芸術劇場の地階から二階へ移動、続けてこの公演を観ました。

東京芸術劇場 プレイハウス
2018/10/28, 15:30-18:00.
Texte: Tennessee Williams; Nouvelle traduction de l’anglais: Isabelle Famchon
Mise en scène et scénographie: Daniel Jeanneteau; assisté de Olivier Brichet.
Avec Solène Arbel (Laura), Quentin Bouissou (Jim), Dominique Reymond (Amanda), Olivier Werner (Tom), et la participation de Jonathan Genet.
Lumières: Pauline Guyonnet; Costumes: Olga Karpinsky assistée par Cindy Lombardi; Son: Isabelle Surel assistée par Benoît Moritz; Vidéo: Mammar Benranou; Collaboratrice à la scénographie: Reiko Hikosaka; Remerciements à Marie-Christine Soma.
Production: Maison de la Culture d’Amiens – Pôle européen de création et de production, Studio-Théâtre de Vitry, T2G – Théâtre de Gennevilliers.
Coproduction: La Colline – Théâtre national, Espace des Arts – Scène nationale de Chalon-sur-Saône, Centre Dramatique National Besançon Franche-Comté, MCB° Maison de la Culture de Bourges – Scène Nationale, Shizuoka Performing Arts Center (Japon), Institut français
Création de la version française le 24 février 2016 à Amiens.

Daniel Jeanneteau は長年 Claude Régy [鑑賞メモ] の舞台美術を手がけてきたフランスの舞台美術家で、 2000年代に入って演出を手がけるようになったとのこと。 この『ガラスの動物園』は2011年に静岡県芸術舞台センター (SPAC) の俳優を使い日本語による上演をしていますが、それは観ていません。 2015年に SPAC で『盲点たち』を観ていますが、この時は雨天で本来の形での上演で鑑賞できませんでした [鑑賞メモ]。 『ガラスの動物園』はその粗筋を知る程度でしたが、劇場での上演を前提にした Jeanneteau の演出はどうなのだろう、と、観に行ってみました。

舞台前面に白い薄布を下げ、それ越しに観る舞台はソフトフォーカスがかかったよう。 舞台中央に半透明の白布で作られた方形の部屋が、照明で見え方を劇的に変わったり、風でなびいたり。 そんなシンプルな舞台装置がとても美しく、この装置が主役のような演出でした。 ただ、最初のうちは、舞台装置だけで2時間はさすがに飽きるよ、と、思いつつ観ていました。 しかし、主人公の Jim が出てきたあたりから、ぐいぐい引き込まれてしまいました。

半透明の白い幕越しの少し霞んだ舞台は Tom の記憶越しに世界を観ているというメタファーというだけでなく、 現実からの逃避先、特に白布で作られた部屋は Amanda と Laura が篭っているコクーンのメタファーのよう。 そして、Jim が現れてそのコクーンである部屋の壁が風で揺らぎます。 Jim と Laura の2人のやり取りは、白い部屋の中ではなく、外に出て幕の前で演じられます。 Jim は Tom の部屋に現実をもたらしたというより、あのひとときの間だけでも、Laura を現実に引き出したんだな、と。 そんな光と幕と俳優の位置でニマリスティックかつ象徴的に物語るような演出が、あの舞台装置が主役のように感じた理由でした。

抽象的な舞台装置を使った象徴的な演出だったので、母 Amanda のアメリカ南部出身というバックグラウンドや、戦間期のアメリカの労働者階級の都市生活といった雰囲気は、 ほとんど感じられませんでしたが、逆に現代の日本に通じる普遍的な話に感じられました。 主人公 (Tom) は、就職氷河期で正規雇用が叶わず、ブラックな非正規労働な仕事に就いていて、 父は失踪し、派手なバブル時代の記憶が忘れられない毒親 (Amanda)、ニートなオタク女子の姉 (Laura) のいる家から、逃げ出したい。 親からの圧力で、仲良いという程でもない職場の意識高い系の同僚 (Jim) を家に呼んで、……のような 今の日本に舞台を置き換えた話が、頭を過ぎりました。 しかし、Jim はいかにも意識高い系ですが、Amanda の「ガラスの動物園」を頭ごなしに否定することなく、ちゃんと話を聞くあたり、結構いい所もある奴だなあ、と思ってしまいました。

ところで、この日に観た三演目 Back To Back Theatre: Small Metal Objects [鑑賞メモ]、 Stereoptik: Dark Circus [鑑賞メモ] と、 この『ガラスの動物園』 La ménagerie de verre東京芸術祭2018のプログラム。 総合ディレクターがSPACの 宮城 聰 で、いかにもSPACらしいというか、 ふじのくに⇄せかい演劇祭に近いセレクション。 3演目とも楽しめて充実した1日を過ごせました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

結局、10月最後の週末は、土曜は彩の国さいたま芸術劇場とKAAT神奈川芸術劇場をハシゴ。 日曜は午前から夕方まで東京芸術劇場で3本という過密なスケジュールに。 予定を入れた時は、一泊二日で静岡へふじのくに⇄せかい演劇祭や大道芸ワールドカップin静岡を観に行くことを思えば、 この土日のスケジュールは乗り切れるかなとは思っていました。 しかし、一泊二日で静岡へ行くより疲れたような気がします。 やはり、遠征ではないので日常の延長感は否めないし、都内の人混みの中での移動や時間調整や消耗するんだなあ、と。

この週末明けから3週間、出張続き。 例年であれば11月頭は大道芸ワールドカップin静岡を観に行くわけですが、今年はそんな余裕はありませんでした。

[3689] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Nov 24 11:53:49 2018

28日日曜、昼前に池袋西口公園で観た後、午後一の東京芸術劇場の地階でこの公演を観ました。

ステレオプティック 『ダーク・サーカス』
東京芸術劇場シアターウェスト
2018/10/28, 13:30-14:30.
De et par Romain Bermond et Jean-Baptiste Maillet
D’après une histoire originale de Pef
Production déléguée: Stereoptik
Coproduction: L'Hectare scène conven­tionnée de Vendôme, Théâtre Jean Arp scène conventionnée de Clamart, Théâtre Le Passage scène conventionnée de Fé­camp, Théâtre Epidaure de Bouloire – compagnie Jamais 203.
Création Festival d'Avignon 2015

ビジュアルアーティストとして活動を始めた Domain Bermond と ミュージシャンとしての活動を始めた Jean-Baptiste Maillet という、フランスを拠点に活動する2人組による、 ライブドローイングならぬライブアニメーションと音楽生演奏を組み合わせたライブパフォーマンスです。

上手に打楽器やギターなど生演奏用のセット、下手にアナログのアニメーション制作に使われるような撮影台が置かれ、 コマ撮りでは無いもののライブ作り出したアニメーション的な映像をステージを投影していきます。 Bermondo の作り出す映像は、ドローイング、砂絵、紙人形など、アートアニメーションでよく使われる技法を駆使しつつ、 時にミュージシャンの Maillet の側にもカメラが渡り、ギターの内部から紙人形劇のような映像を撮ったり、水槽を使った映像を使ったり。 今度は何をするんだろうというライブ感も楽しめました。

映像は物語性のあるもので、出し物は悉く最後に失敗して人が死ぬというオチがつく “Dark Circus” を描いたもの。 Monty Python Flying Circus での Terry Guilliam のアニメーションなども思い出させます。 そんな脱力感あるユーモアを感じる話、少々ノスタルジックにフォーキーなインストゥルメンタルなロックな音楽も含めて、このテイストはかなり好みでした。 最近はかなり遠ざかってしまいましたが、1990年代後半、アートアニメーションを好んでよく観てた時があったことを思い出してして、ちょっと懐古的な気分になったりもしました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3688] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Nov 20 0:33:04 2018

与野本町〜横浜山下町とマチソワしたその翌日28日日曜も、午前中から池袋へ。まずは、この野外公演を観ました。

バック・トゥ・バック・シアター 『スモール・メタル・オブジェクツ』
池袋西口公園
2018/10/28, 11:00-12:00.
Director: Bruce Gladwin.
Devisors: Bruce Galdwin, Simon Laherty, Sonia Teuben, Jim Russell, Genevieve Morris.
Performers: Simon Laherty, Sonia Teuben, Jim Russell, うみうまれ ゆみ.
Sound Composer & Designer Hugh Covill.
Premier: at Flinders Street Station Concourse, Melbourne International Arts Festival, 7-22 October 2005.

知的障がいを持つ6名の俳優によるオーストラリアの劇団 Back To Back Theatre は、 2013年にF/Tのプログラムとして東京芸術劇場プレイハウスで Ganesh Versus the Third Reich を観ていますが、 その時はあまり印象に残りませんでした [鑑賞メモ]。 今回の Small Metal Objects は、劇場での公演ではなく、 池袋西口公園での野外上演で、それも観客はヘッドホンを付けて鑑賞するという作品。 そんな上演スタイルに興味を引かれて、観てきました。 観る前は、2010年に池袋西口公園で参加した観客参加型パフォーマンス作品 Roger Bernat: Public Domain [鑑賞メモ] に近いものだろうかと予想していました。 しかし、むしろ、Janet Cardiff & George Bures Miller: Alter Bahnhof Video Walk [鑑賞メモ] のような AR (Augument Reality, 拡張現実) 作品に近い印象を残した作品でした。

観客は公園の端に設けられた雛壇状の客席に座り、密閉型ヘッドホンをしてその音声を聞きながら、公園で広げられるパフォーマンスを鑑賞します。 音響や照明、装置、大きな目立つ声や身振りを使ったパフォーマンスでその場を祝祭的に変容させることなく、 公園を行き交う人々はそのままに、観客席から距離を置いて知る人でなければ気付かないようにさりげなく演じられます。 客席から離れた場所での小声の会話は直接観客に届かないこともあり、小型マイクで音声を拾い、密閉 型ヘッドホンを使って観客に届けられます。 Alter Bahnhof Video Walk のように録音録画済みの音声動画を使っているわけではないですが、 ヘッドホンを通した音とさりげない演技で現実のレイヤはそのままに演劇のレイヤを重ね、 現実の見え方を変える所が、拡張現実的な手法に感じられました。 タイトルの Smalll Metal Objects というのは「硬貨」のことを意味しているようですが、金銭取引というか、 違法薬物や銃刀のような違法物の取引の駆け引きを思わせる、いかにも街中でさりげなく密かに行われそうな会話を思わせる台本も、 そんな拡張現実的な手法にうまくハマっていました。 この作品では演じていた俳優のうち2人が障がい者でしたが、普通の人が演じても特に問題なく成立する作品でしょう。

一般的な音声を使ったAR作品と違い観客を歩きまわらせることなく固定しているのは、 観客が出演者を取り囲んでしまうことで現実空間が変わってしまうことを避けるためだろうとは思いますが、やはり雛壇に固定されて観る所は少々物足りなく感じました。 しかし、録音録画済みの音声動画を使わずライブで演じる形でも仮想現実的な手法が成立させてしまっているということだけでも、十分に面白く楽しめました。

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[3687] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 18 23:59:15 2018

10月27日土曜、与野本町の後は、急いで横浜山下町へ移動。この公演を観てきました。

KAAT神奈川芸術劇場 ホール
2018/10/27, 18:00-17:30.
Created by Tuan Le, Nguyen Nhat Ly, Nguyen Lan Maurice, Nguyen Tan Loc.
Director: Tuan Le; Musical Director: Nguyen Nhat Ly; Artistic Director: Nguyen Lan Maurice; Choreographer: Nguyen Tan Loc.
Performers: Tran Duc An, Do Manh Hung, Bui Quoc Huy, Truong Chinh Phu, Nguyen Nhat Quang, Pham Van Son, Nguyen Van Thanh, Tran Ban Tin, Dinh Van Tuan, Quach The Nam, Dang Tram Anh, Nguyen Ton Doan Khanh, Nguyen Thi Lien, Nguyen Khanh Linh, Hoang Thi Lien.
Musicians: Thanh Hai, Luong Thang Long, Do Trong Thai, Nguyen Truong Tho, Nguyen Thi Phuong Thao.
Produced by Lune Production

今年の2月にベトナムの近代化をテーマとしたショー À Ố Show で来日公演した ヴェトナムの現代サーカス Lune Production [鑑賞メモ] が、 半年も経たずに次のショーを持って来日しました。 À Ố Show で洗練された演出のショーが楽しめたので、このショーにも足を運んでみました。 今回のショーは、いわゆるサーカスのテクニックは全く使っておらず、ダンスに基づくショー。 ベトナムの農村を舞台にし、米をテーマとしていますが、コンセプチャルという程ではありませんでした。 衣装や舞台美術がそれ風で、民族楽器をアクセントに使ったり、動きの中に民族舞踊的なものを使ったりもしていましたが、 群舞あり、パ・ド・ドゥありと、コミカルなマイムの場面あり、鳴り物を手に観客と一緒に盛り上がる場面もあり、 構成としてはかなりベタなエンタテインメント性の高いダンスショーでした。 サーカスのテクニックをベースにしているショーでステロタイプな演出があまり気にならないのは、 その技に目を取られて気にならないということもあるかな、と思ってしまいました。

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16時半終演なら移動1時間半でギリギリ間に合うかと考えていたのですが、 アンコールもあって少々延びて、開演に間に合わず。途中からの入場ができる公演で良かったです。 しかし、時間に間に合うようなスケジュールだとしても、移動だけで疲れてしまうので、 彩の国さいたま芸術劇場とKAAT神奈川芸術劇場のハシゴは少々無理があったと痛感。 二度と無理はしまいと反省。

[3686] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 18 19:09:42 2018

3週間前の話になってしまいましたが、10月27日土曜の午後は与野本町へ。この公演を観てきました。

イスラエル・ガルバン 『黄金時代』
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2018/01/20, 15:00-16:30.
Coreografía: Israel Galván.
Israel Galván (baile), Alfredo Lagos (guitarra), David Lagos (cante).
Estreno el 17 de febrero de 2005 en el XIII Festival Flamenco Cajamadrid, Madrid.

フラメンコを起点としながら、Akram Khan との Torobaka など、そのジャンルを超えてコンテンポラリーダンスの文脈でも活動するスペインのダンサー/振付家 Israel Galván。 フラメンコの文脈で度々来日していましたが、それはノーチェックでした。 2016年にキャンセルになった Torobaka の日本公演を Akram Khan との共演ということで興味を持ち、今回の公演でやっと観ることができました。

黒い衣装に舞台装置を使わずスポットのダウンライトを中心に使うというミニマリスティックな舞台に、 数分の曲ごとに演技・演奏を区切るような構成演出で、ダンスの公演というより、音楽のライブを観てるよう。 Akram Kahn とのコラボレーションもあるくらいでナラティヴな演出などの仕掛けもあるかと予想していたこともあり、 確かに高速なステップなどの見所はあるものの、最初のうちは意外とオーソドックスだったかなと退屈しました。 しかし、中盤にもなると、ステップ音だけとか楽器音だけとか、音の切り出し方とかが面白くなってきました。 さらに後半になると、移動、回転や床に座る動きやユーモラスな仕草も増え、観客も温まってく感じもわかって、グッと引き込まれて、楽しめました。

客層も、コンテンポラリーダンスでは見ないような、おそらくフラメンコを踊っていると思われる方も少なくありませんでした。 スタンダードと思われる曲では客席からも掛け声が上がるときも。 曲や踊りの型を知っていればもっと楽しめたかもしれません。

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10月末から11月中ばにかけての3週間、米国出張を含む怒涛の出張ラッシュとなってしまい、 公演や展覧会を観に行くどころか、このサイトを更新する余裕すらありませんでした。 趣味生活とサイト更新の遅れを、少しずつ取り戻したいものです。

[3685] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Oct 25 21:39:40 2018

先週末の土曜も、二週連続、三軒茶屋へ。この舞台を観てきました。

サーカス・シルクール 『LIMITS/リミッツ』
世田谷パブリックシアター
2017/10/20, 14:00-16:00.
Ensemble: Saara Ahola (acrobatics, aerial acrobatic and vocals), Anton Graaf (acrobatics and teeterboard), Oscar Karlsson (acrobatics and teeterboard), Sarah Lett (acrobatics and roue cyr), Peter Åberg (acrobatics, juggling and vocals), Samuel Andersson (musician).
Director and concept: Tilde Björforsl; Text: Tilde Björfors, the ensemble, Nadia Ben Belgacem, Arash Dehvari, Kajsa Bohlin, Tatiana-Mosio Bongonga, Qutaiba Aldahwa, Javid Heidari; Composer: Samuel “Looptok” Andersson; Set design: Fanny Senocq, Stefan ”Drake” Karlström, Joel Jedström, Tilde Björfors; Costume design: Jonna Bergelin; Video scenography/projections: Johannes Ferm Winkler, Tom Waldton and Per Rydnert/Visual Relief; Lighting design: Fredrik Ekström; Sound technician: Fredrik “Börje” Danielsson.
Premiere: March 19, 2016 Västerås

毎年10月の三茶de大道芸に合わせて 世田谷パブリックシアターで開催されるサーカス公演は、 コンテンポラリーサーカスを観る良い機会と、毎年楽しみにしています。 今年はスウェーデンのコンテンポラリーサーカスのカンパニー Cirkus Cirkör。 前に観たのは2005年でしたので [鑑賞メモ]、久々です。

今回のプロダクション Limits は、2015年のプロダクション Borders の続編とのこと。 100万人以上の難民が欧州に殺到した2015年欧州難民危機をテーマにしたプロダクションです。 サーカスで時事問題を扱う場合は風刺的な寓話やコメディのような形で扱うことが多いように思いますが、 この作品ではそのアプローチは取らず、難民に関する統計的なデータを演技の背景に投影したり (Talking Heads の “Nothing But Flowers” の ビデオを連想しました)、 難民の証言をナレーションのように流したり、関連する映像を投影したりという、ドキュメンタリに違い扱い。 しかし、例えば難民の証言に着想した演技がされているかと言えば、あると言えばそうかもしれないとは思うものの、説得力というか必然性を感じつ程ではありませんでした。 その扱いは、背景というか、複数の演技に統一感を持たせてまとめ上げるための道具立てのよう。 スチームパンク風だったり戦間期モダン風だったりそういう世界観の代わりに、トピカルな題材を使うのも一つの試みとは思いますし、それなりに成功していたとは思います。 しかし、こういうノンフィクションに基づく舞台作品としてドキュメンタリ演劇があるわけですが、 そのような面白さがあったか、という程ではなく。 そもそもドキュメンタリーサーカスのようなものはあり得るものなのかと、そんな問題が頭を過りました。

そんなテーマはさておき、 トランポリンやティーターボード (シーソー) など縦方向の動的な動きも使ったアクロバットや、 エアリアルやシルホイールからなるパフォーマンスを楽しみました、 特に大きな透明のビニール袋に包まれた状態から始まる古着を結び繋げたかのようなティッシュのエアリアルは、最後を飾るに相応しかったでしょうか。

このようなプロダクションも悪くないのですが、 Cirkus Cirkör の近年のプロダクションというと、 Stockholm Konstsim Herr と Neptun Konstsim という2つのシンクロナイズドスイミングのチームとコラボレーションした2017年の Aquanauts [trailer] や、 スウェーデン Folkoperan (フォルクオペラ歌劇場) との共同制作で BAM 2018 Next Wave Festival にもラインナップされた Philip Glass のオペラ Satyagraha (2016年初演) [trailer] など、観たいものです。 もちろん、日本に呼ぶには予算的にかなり難しいプロダクションとは思いますが……。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

終演後は、三茶de大道芸を軽く流して観ながら、久々に三軒茶屋界隈を散策。 弦巻、そして、若林に住んでいた1年半前までの約20年間、ほぼ毎週末、散策がてら週末の買物に出ていた地元の商店街でした。 最近は、世田谷パブリックシアターに来ても、駅とキャロットタワーの間を移動する程度で、太子堂商店街や栄商店街を歩くのも久しぶりでした。 1年ブランクが開くと、店の入れ替わりもそれなりにあることに気付かされます。 若林時代にお気に入りだった栄商店街の奥の三叉路の近くにあるカフェに久しぶりに入ったら、 席のレイアウトが変わっていて、お気に入りだった窓に向かう一人席が無くなっていたり。 確実に時間は流れてるんだなと、思い知らされたひとときでした。

そんなカフェで、夜に観る予定の野外公演に備えて体力を温存していたら、暗くなって土砂降りの雷雨に。 それでも、池袋に向かって移動を始めたのですが、渋谷駅での乗換中に中止の連絡がありました。 観る予定だったのは、 池袋西口公園を舞台とした Giorgio Barberio Corsetti 演出による The Threepenny Opera 『野外劇 三文オペラ』。 他の日への振替も難しく、見逃しでしょうか。御天道様には勝てません。

[3684] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 22 23:05:01 2018

先々週末の話になってしまいましたが、13日午後は三軒茶屋へ。この舞台を観てきました。

世田谷パブリックシアター シアタートラム
2018/10/13 15:00-16:30
構成・演出: 小野寺 修二.
脚本: 平田 俊子; 音楽: 阿部 海太郎.
出演: 小林 聡美, 貫地谷 しほり, 小田 直哉 (大駱駝艦), 崎山 莉奈, 藤田 桃子, 古川 玄一郎 (打楽器奏者), 佐野 登 (能楽師 宝生流シテ方).
美術: 杉山 至; 照明: 沢田 祐二; 音響: 池田 野歩; 衣裳: 堂本 教子.
企画・監修: 野村 萬斎.
初演: 2018年10月, 世田谷パブリックシアター シアタートラム.

世田谷パブリックシアターが2003年から継続しているシリーズ 現代能楽集 第9弾はかぐや姫の話で知られる『竹取』。 現代能楽集は観たことがなかったのですが、カンパニーデラシネラの 小野寺 修二 [鑑賞メモ] が構成・演出を手掛けるということで、観てみました。

小野寺 修二なのでもっと物語る演出になるかと思いきや、イメージを重視した演出でした。 台詞もあれどイメージを膨らます契機という程度で、物語ももはや断片的でした。 小林 聡美 と 貫地谷 しほり の女優枠2人がいることもあってか、ダンスやマイムの身体の動きの面白さで見せるというより、 むしろオブジェクトのマニピュレーションとそれによる空間操作を意識した演出。 古川 の演奏する打楽器の他は舞台にあるのは、全体を天井から床に向かって砂袋で可動なように張られた何本もの伸縮ロープのみ。 このロープの配置の変更と、人の動きとライティングで、次々と空間を変容させていくアイデアは、さすがです。 片面畳片面障子のパネル2枚のみを使い、俳優たちがそれを立てたり寝かせたりスライドさせながら動かしつつ、その上を小林聡美が歩いていくことで、大屋敷を表現したり。 (これは、Simon McBurney: Shun Kin [鑑賞メモ] を思い出しました。) 最近、LEDのポータブル照明を使った演出を多用していますが、 薄布への影や光を使った演出、水の波紋への光の反射を使った演出など、光使いも巧くなったな、と。

その一方でで、女優2人はオーラあるんだろうなと予想していたのですが、むしろそれを消すような演出にも感じました。 登場人物のキャラ立ちの面白さとか、そういう印象がほとんど残りませんでした。 また、台詞にしても、現代的な台詞から、落語的なものから狂言の詞や謡まで、音楽も打楽器を中心にした抽象的なものから、西洋的な歌まで。 あえて多様にしたのだとは思うのですが、多様性を生かすというよりバラバラに感じられてしまいました。 全体としては楽しめたのですが、そんな引っかかりも感じてしまった舞台でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]