TFJ's Sidewalk Cafe >

談話室 / Conversation Room

TFJ's Sidewalk Cafe 内検索 (Google)
[4195] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 22 22:12:26 2024

3連休前12日金曜の晩はしっかり降る雨の中、南青山へ。このライブを観てきました。

Baroom (青山)
2024/07/12, 19:30-21:10.
Nik Bärtsch (piano, keyboards), Sha (alto sax, bass clarinet), Kaspar Rast (drums), Jeremias Keller (electric bass); Daniel Eaton (light technician), Tobias Stritt (sound engineer).

jazz/improv の文脈で活動するスイスのグループ Nik Bärtsch's Ronin の、 2015年 [鑑賞メモ] 以来9年ぶりの来日です。 6月12日は、ノンストップ1セットにアンコール1回の2時間弱のライブでした。

electri bassが代わったものの、 Nik Bärtsch の内部奏法も交えた打楽器的に硬質な音色を多用する piano を軸に、 Kasper Rast とカチカチいうリムショットも効果的な drums が絡む、反復感を強調したグルーヴィな演奏は相変わらず。 しかし、Awase (ECM, ECM2603, 2018, CD) の頃からそうですが、 Sha がタンギングを抑えてフレーズは反復するものに普通に sax/clarinet を鳴らす演奏をメインとするようになり、 その alto sax の音色もあってかそこはかとなく fusion 味を感じる演奏でした。

しかし、アンコールでは、Sha の bass clarinet もタンギング強めに弾き刻むような演奏がグッと表に出、 Bärtsch と Rast の硬質な音のデュオもあり、 全体として展開のストップ/スタートやはっきりした音の抜き差しなど変化のある展開もあって、とても良い演奏。 このアンコールのような演奏ももっと聴きたいと思ったライヴでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4194] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 21 22:36:04 2024

7月前半の週末土曜6日と13日は続けてこの公演を観てきました。

神奈川県民ホール 大ホール, 2024-07-06, 14:00-16:15.
La Ruta by Gabriela Carrizo; I love you, ghosts by Marco Goecke; Jakie by Sharon Eyal
愛知県芸術劇場, 2019-07-13, 14:00-16:15.
La Ruta by Gabriela Carrizo; Solo Echo by Crystal Pite; One Flat Thing by William Forsythe

オランダのコンテンポラリー・ダンス・カンパニー Nederlands Dans Theater (NDT) のコロナ禍を挟んで5年ぶりの来日です。 前回来日時 [鑑賞メモ] から芸術監督が Molnar に交代しています。 今回のツアーは会場・公演日によって演目が異なるトリプルビルというプログラム。 コロナ禍以降、海外カンパニー公演が減る中、観る良い機会と、 来日演目が全て観られるよう神奈川と愛知の2会場へ足を運びました。以下、観た作品ごとに。

La Ruta
Direction: Gabriela Carrizo
Created in collaboration with: Chloé Albaret, Alexander Andison, Thalia Crymble, César Faria Fernandes, Scott Fowler, Surimu Fukushi, Boston Gallacher, Charlie Skuy, Yukino Takaura.
Music Dramaturgy: Raphaëlle Latini; Music: Composition by Raphaëlle Latini; Dmitri Shostakovich: Symphonie no. 11 (part: Eternal Memory – Adagio) performed by Leopold Stokowski, Houston Symphony Orchestra; Dmitri Shostakovich: Symphonie no. 14 in G Minor, (part: La Suicidé).
Light Design: Tom Visser; Set Design: Amber Vandenhoeck; Costume Design: Gabriela Carrizo, Yolanda Klompstra, Isabel Blokland.
Cast (both 2024/07/06 and 2024/07/13): Alexander Andison, Thalia Crymble, Surimu Fukushi, Nicole Ishimaru, Kele Robertson, Charlie Skuy, Yukino Takamura.
World premiere: 6 May 2022, Amare, The Hague.
Duration: 35 minites.

2公演共にトリプルビルの1作目 Peeping Tom [鑑賞メモ] だった Gabriela Carrizo による作品は、 Peeping Tom らしくシュールでナラティブ、夜中のバス停の不気味さから浮かんだ妄想を舞台化したような面白い作品でした。 薄暗い照明の下の薄汚れたバス停のセットを使い、 人けのない暗い夜のその周りで起きる動物や人間の轢死事故や犯罪を想起させる不穏なスケッチがしばらく続きます。 やがて、バス停が一瞬舞い上がったかと思うと、岩を持った男がそれまでの登場人物を悉く岩で殴り殺していくという凄惨な殺戮現場になり、 そこからさらに一転、日常に戻ったかのような墓参の場面で終わるという、後半の急展開に呆気に取られました。

動きの面白さに関していえば、中盤、白いドレスの女性ダンサーが轢かれた後、介抱するかのような男性ダンサーと繰り広げるグニャグニャなリフトに目が止まりました。 轢かれたりして引きつり床をのた打つような動きは Peeping Tom を思わせるものでしたが、 リフトを絡めた動きはそのスキルを持つダンサーが揃うNDTならではかもしれません。

I love you, ghost
Choreography: Marco Goecke.
Music: Harry Belafonte: Try To Remember & Danny Boy; Alberto Ginastera: Concerto per Corde, Opus 33: IV, finale furioso (for strings); Mieczyslaw Weinberg: Chamber Symphony No. 2 op. 147: I. Allegro molto. Performed by Gidon Kremer (Principal Violin), Andrei Pushkarev (Timpani) & Kremerata Baltica; Einojuhani Rautavaara: An epitaph for Bela Bartok (for strings).
Dramaturge: Nadja Kadel; Musical advisor: Jan Pieter Koch; Light: Udo Haberland; Decor & Costumes: Marco Goecke.
Cast (2024/07/06): Alexander Andison, Pamela Campos, Thalia Crymble, Chuck Jones, Madoka Kariya, Charlie Skuy, Yukino Takaura, Luca Tessarini, Theophilus Vesely.
World premiere: 3 February 2022, Amare, The Hague.
Duration: 30 minites.

Marco Goecke が Staatstheater am Gärtnerplatz 劇場付きバレエ団に振り付けた La Strada をストリーミングで観た時に [鑑賞メモ]、 細かく刻むような手足の早い動きを暑苦しく感じたのですが、 広い舞台で3, 4人のダンサーが踊る程度の場合は存在感とのバランスが良く、中盤のコミカルな動きなど印象に残りました。 前回来日公演時の Woke up Blind では Jeff Buckley の音楽の使い方がピンと来なかったのですが、 この作品のでの最初と最後の Harry Belafonte でのロマンチックな踊りは Goecke の意外な一面を見たようでした。 四方をスリットのある黒幕で覆ったブラックボックスの舞台でのダンス作品でしたが、 幕近くを薄暗くするライティングも合わせて、視覚的に後方からフェードイン/フェードアウトするダンサーの出入りも面白く感じました。

Jakie
Choreography: Sharon Eyal & Gai Behar.
Music: Composition by Ori Lichtik; Including music by Ryuichi Sakamoto, performed by Alva Noto: The Revenant Main Theme; Einstürzende Neubauten: GS1.
Assistants to the choreographer: Clyde E. Archer, Guido Dutilh, Leo Lerus; Light: Alon Cohen; Decor: Sharon Eyal & Gai Behar; Costume: Sharon Eyal in collaboration with NDT’s Costume Department.
Cast (2024/07/06): Fay van Baar, Anna Bekirova, Conner Bormann, Pamela Campos, Emmitt Cawley, Aram Hasler, Nicole Ishimaru, Chuck Jones, Genevieve O'Keeffe, Kele Roberson, Charlie Skuy, Yukino Takaura, Theophilus Vesely, Nicole Ward.
World premiere: 11 May 2023, Amare, The Hague.
Duration: 35 minites.

電子音に乗って、ベージュのボディスーツを着たダンサーたちが、爪先立ちと身を寄せ並ぶようなフォーメーションを多用し、脈動するような群舞を作り出しました。 衣装や動きに、以前にストリーミングで観た Sharon Eyol が Staatsballett Berlin へ振付た Half Life [鑑賞メモ] の変奏を観るようでした。

Solo Echo
by Crystal Pite; Staged by Eric Beauchesne.
Music: Selection of two Johannes Brahms sonatas for cello and piano: Allegro Non Troppo, op. 38 in e-minor, Adagio Affettuoso, op. 99 in F-major.
Light: Tom Visser; Decor: Jay Gower Taylor; Costumes: Crystal Pite, Joke Visser.
Cast (2024/07/13): Alexander Andison, Jon Bond, Aram Hasler, Paxton Ricketts, Yukino Takaura, Luca Tessarini, Nicole Ward.
World premiere: 9 February 2012, Lucent Danstheater, The Hague.
Duration: 20 minites.

Kid Pivot [鑑賞メモ] の Crystal Pite が2012年に振付た作品です。 前半は少々マーシャル (武術) 的に感じる力強い動きで、 複数のダンサーが舞台に乗ってもフォーメーションとして関係を保ちつつも二人で組むかそれぞれが単独で動くよう。 曲が変わって後半は、6人で連なったり固まって一人をリフトしたり、 その動きもくずおれたり逃げまどうような動きでで、Royal Ballet へ振り付けた Flight Pattern [鑑賞メモ] を思い出した。

ブラックボックスに後方に映像を投影するミニマリスト的な演出でしたが、 前半、紙吹雪を微かにちらつかせつつ、後方に雪舞うような映像を帯状に投影してイメージを補うような演出が良いなと思っていたところ、 後半、後方全面に投影が広り、厳しい降雪のよう。 視覚的にも綺麗でしたし、脆弱さを感じる動きにも合っていました。 そんな、動きと映像演出で作り出す、前半と後半のコントラストが見事でした。

One Flat Thing, reproduced
Choreography, Stage and Light Designs: William Forsythe; Staged by Ayman Harper, Ander Zabala, Thierry Guideroni, Cyril Baldy, Amancio Gonzalez.
Music: Composition by Thom Willems.
Costumes: Stephen Galloway.
Cast (2024/07/13): Anna Bekirov, Jon Bond, Conner Bormann, Pamela Campos, Thalia Crymble, Matthew Fowley, Surimu Fukushi, Aram Hassler, Chuck Jones, Madoka Kariya, Genevieve O'Keeffe, Charlie Skuy, Luca Tessarini, Sophie Whittmore.
World premiere: 2000.
Duration: 25 minites.

Thierry de Mey が2007年に映像化していることで知られる (といっても未見ですが) 2000年の William Forsythe の作品です。 テーブル20台を狭めの一定の間隔で4行5列に整然と並べると、天板が一体で床のようになり、その間が床に掘られた格子状に掘られた溝のよう。 そんな空間で14人のダンサーが踊るのですが、衣装の色形が統一されていないために視覚的なランダムさが強調されつつも、 同期した動きや変奏された動きが隣り合って、もしくは、座標を移して、生起します。 そんな格子に制約されつつ時々上の床に励起しつつ相互作用するようなダンサーの楽しみました。

前回の来日公演では Sol León & Paul Lightfoot による少々感傷的でドラマチックな Singulière OdysséeShoot the Moon も印象深かっただけに、 その要素がなくなり、プログラムの抽象度が上がったように感じました。 しかし、その中での異質さもあってか、最も印象を残したのは Gabriela Carrizo: La Luta でした。 また、Crystal Pite: Solo Echo もかなり好みで、 13日の愛知県芸術劇場のトリプルビルの方が楽しめました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

名古屋・栄への日帰り出張はそれなりの頻度であるので、今回も同じく名古屋日帰り。 併せて観たい展覧会は無いし、連休でどこへ行っても混雑していそうで、観光気分になれなかったということもありますが。 しかし、公演直後は行った甲斐があったという満足感があったのですが、いつもの出張よりも後で疲れを感じたような……。

[4193] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 8 22:39:48 2024

6月末の29日土曜は午後に2つの美術館をハシゴして、会期末近くになった展覧会をまとめて観てきました。

Ho Tzu Nyen [何 子彥]
A for Agents
ホー・ツーニェン 『エージェントのA』
東京都現代美術館 企画展示室B2F
2024/04/06-2024/07/07 (月休;4/29,5/6開;4/30,5/7休), 10:00-18:00.

21世紀に入って現代美術の分脈で活動するシンガポール出身の作家の個展です。 今までも観たことがあったかもしれませんが、作家を意識して観るのは初めてです。 今回展示されていたものは、近代以降の東南アジアに関連する出来事に取材した映像作品や映像インスタレーション、VR作品でした。 アーカイブ映像を編集したものもありましたが、実写やアニメーションをCG内内で組み合わせたような作風がメインでしょうか。 日中戦争・太平洋戦争中の京都学派に取材した «Voice of Void» など題材としては興味深く思いつつも、 アニメーションをメインとしたビジュアルの作風がポップというかキッチュに感じられて、テーマがうわ滑るように感じられてしまいました。

Where my words belong
東京都現代美術館 企画展示室1F
2024/04/18-2024/07/07 (月休;4/29,5/6開;4/30,5/7休), 10:00-18:00.
ユニ・ホン・シャープ [Yuni Hong Charpe], マユンキキ [Mayunkik], 南雲麻衣 [Mai NAGUMO], 新井 英夫 [Hideo ARAI], 金 仁淑 [KIM Insook].

方言や言語的マイノリティをテーマとしたグループ展です。 造形物として扱い辛い言語に関わる問題もあってか、そのリサーチ資料、映像を使ったリサーチベースの作品が展示の中心でした。 紹介を読むと実際そういう活動もしている作家もいるようでしたが、 インスタレーションよりも、パフォーマンス (音楽や演劇・ダンスを含む) での表現の方が合ったテーマだと感じてしまいました。

Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 Exhibition
東京都現代美術館 企画展示室3F
2024/03/30-2024/07/07 (月休;4/29,5/6開;4/30,5/7休), 10:00-18:00.
サエボーグ 「I WAS MADE FOR LOVING YOU」 / 津田 道子 「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」

アニュアルで開催されている Tokyo Contemporary Art Award の受賞者2人展の第4回です。 今年も定点観測しました [去年の鑑賞メモ]。 昨年までは2作家で共通するテーマが掲げられていたのですが、今回はタイトルも会場の作りも、2つの展覧会が並置された形になっていました。 しかし、その一方で、今回は2人の作家の双方に共通して、演劇・ダンス的な要素が感じられました。

サエボークの作品は、空気で膨らますバルーン状のキッチュな色形の造形物とボディスーツを使った作品。 ゲートのような入り口と円形舞台があるという劇場的な展示空間の設定で、ボディスーツを着たパフォーマーがセリフ無しで演じる様は、マイムによるイマーシブシアターとも言えるもの。 今回はインスタレーションに時々パフォーマンスを加える形ですが、作家紹介によると公演という形もとることも多いようで、その方が面白そうでありました。

津田 道子 の作品も、パフォーマンスに基づく映像を使って、作品を観る観客の視線を操作するような作品です。 ブラックボックスにしたギャラリーに複数のスクリーンを配置してのビデオインスタレーション «生活の条件» (2024) は、 ライブでのパフォーマンスでは無いものの、イマーシブな上演環境での日常動作に着想したダンスもしくはマイムの作品を見るよう。 日常動作のような題材の取り方に少々こぢんまりと私的なところも感じられましたが、すっきりとした映像使いと空間構成とユーモアが気に入りました。

Walking, Traveling, Moving—From the Great Kanto Earthquake to the Present
東京都現代美術館 企画展示室3F
2024/04/06-2024/07/07 (月休;4/29,5/6開;4/30,5/7休), 10:00-18:00.

コレクション展の中で目を引いたのは松江 泰治 [関連する鑑賞メモ] の2023年プリントを26枚展示した3階の展示室。 過去の様々な時期に撮った写真を、タイトルも記号的で制作年もプリントした2023年とすることで時間空間の手がかりを無くした上で様々な被写体の写真を同じサイズの大判でプリントして単調に並べることで、 逆に写真の撮り方の共通点—南中時に北向きに撮った影が少ない明るい風景をパンフォーカスで捉えたフラットが画面—が浮かび上がるよう。 そんな抽象性を高めたコンセプチャルな展示が気に入りました。

Brancusi — Carving the Essence
アーティゾン美術館
2024/03/30-2024/07/07 (月休;4/29,5/6開;4/30,5/7休), 10:00-18:00.

ルーマニア出身で20世紀前半にフランスで活動した彫刻作家 Constantin Brancusi の展覧会です。 ルーマニアを出て Rodin のアトリエの助手になるもすぐに独立する頃の最初期の作品ですから、 1910年代後半以降、20年代にかけてのモダニズムらしくシンプルに抽象化されたフォルムの磨かれたブロンズの彫刻まで、 写真資料や関連する作家の作品を含めて展示されていました。 戦間期モダニズムは好んで観ているものの Brancusi をまとめて観たのは初めて。 いかにも戦間期モダニズムなフォルムは好みなのですが、 展示されていた彫刻作品が1920年代までに限られていたこともあるかもしれませんが、 当時のモダニズムの作家にしては総合芸術の色が薄く感じられてしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4192] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 7 21:49:40 2024

6月15日土曜は午後に横浜伊勢佐木町へ。 横浜シネマリンのサイレント映画上映会『柳下美恵のピアノdeフィルム vol. 12』で、 内田 吐夢 『人生劇場』 (無声短縮版, 日活多摩川, 1936) と春原 政久 『愛の一家』 (無声短縮版, 日活多摩川, 1941) をピアノ伴奏付きで観てきました。 戦前日本映画も松竹、東宝以外はほとんど観られていないので、これも良い機会と足を運んだのですが、 どちらの映画も見始めてしばらくして観たことがあったことを思い出しました。10年前のことですっかり忘れていました。 しかし、『愛の一家』の末っ子役を演じた (後、成長して欧州で活躍した後、国際スズキ・メソード音楽院校長も勤めた) ヴァイオリニスト 豊田 耕兒 ご本人や、 小杉 勇 や 春坂 政久 のご子孫の方がいらっしゃるなど、なかなかスペシャルな上映会で、行った甲斐があったでしょうか。

翌土曜22日は、午後に練馬中村橋へ。この展覧会を観てきました。

三島 喜美代
練馬区立美術館
2024/05/19-2024/07/07 (月休), 10:00-18:00.

戦後の1950年代から主に陶をメディアに現代美術の文脈で活動する日本の作家の個展です。 その代表的な作風である新聞やチラシのような印刷物を丸めたような形状で印刷を転写した陶の作品「割れる印刷物」はコレクション展示などで観たことがありましたが、 個展というまとまった形で観たのは初めてです。

1階展示室の、初期の抽象画やシルクスクリーンの作品に見られるコラージュ的なセンスに、後の作品に繋がるものを感じましたが、 やはり面白くなるのは、その後半から2階の最初の展示室に展示された1970年代の割れる印刷物。 新聞紙を丸めたような仕上がりがスタイリッシュな作品しか知らなかったので、織り込みチラシ、ダンボール箱や輸送用紙袋、マンガ雑誌を模った作品など、 その廃棄寸前のくたびれた形状も含め、題材の選択にユーモアも感じられ色彩もポップな作品がむしろ主流ということを知りました。 空き缶を転写した陶を赤く錆びたスチールのゴミ箱に詰めた作品なども、それに連なるセンスを感じます。

そんなポップなユーモアも感じる展示室から最後の展示室へ移動すると、 一転して、使い古されたかのような耐火煉瓦が床いっぱいに広げられたインスタレーション《20世紀の記憶》(1984-2013)。 新聞紙面の転写が焼け跡の黒ずみのようにに見えるというのもありますが、ポスト・アポカリプス的な廃墟のイメージを見るよう。 印刷物や空き缶の陶のユーモアとのコントラストも、味わい深いものがありました。

展覧会を観て1週間経った29日に 三島 喜美代 の訃報 [美術手帖] が報じられました。 ご高齢ではありましたが、個展の最中というタイミングに、大変驚きました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

翌日曜23日は晩に渋谷 Li-Po『『ナイジェリアン・ギター・ルーツ』発売記念イベント!!「ナイジェリアの音楽を聞く」by 深沢美樹・原田尊志』に顔を出しました。 20世紀半ばのアフリカ・ナイジェリアのギター・ミュージックはもちろん、イスラムのチャントなどレアな音源を堪能しました。 Li-Po はワールドミュージック関連イベント定番の会場ということで2000年代半ばは度々足を運んだ店でしたが、いつしか足が遠のいていました。 その後、行きつけのジャズ喫茶 Mary Jane が2018年に閉店してしまい居場所が無くなってしまったこともあり、 新型コロナがひと段落ついた2021年頃から、都心方面に出かけたついでにたまに立ち寄っていました。。 この6月28日に閉店ということで、23日晩が最後のイベントということで、お別れも兼ねて顔を出したのでした。 Li-Po も無くなり、ますます渋谷へ行く理由が無くなってしまいます。

[4191] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Jul 4 0:01:03 2024

6月8日土曜は平日の疲れもあって昼過ぎまで休養モードでしたが、夕方に表参道へ出て軽くギャラリー巡りしました。

Anselm Kiefer
Fergus McCaffrey Tokyo
2024/04/02-2024/07/13 (日月祝休), 11:00-19:00.

2025年に京都・二条城での個展か予定されている(西)ドイツで1960年代から現代美術の文脈で活動する作家の個展です。 Wim Winders によるドキュメンタリー映画 Anselm (Hanway Films, Road Movies Prod., 2023) も公開されていますが未見です。 オブジェを荒々しく塗り込んだかのような素材感の強いテクスチャで鈍く暗い色彩の荒廃した情景を半ば抽象的象徴的に描く絵画作品を観ることが多かった作家ですが、 柔らかい光のこじんまりしたギャラリーでの今回の展示は、立体作品というかガラスケース入りのオブジェを並べて、第二次世界大戦の廃墟と死と微かなエロス(性)の荒廃したイメージを描くよう。 インスタレーションになると作風が Christian Boltanski [鑑賞メモ] に寄るようでしたが、記憶を呼び起こすような使用感というよりも破壊の跡のような質感の違いも感じます。

Mark Leckey
Fiorucci Made Me Hardcore feat. Big Red SoundSystem
Espace Louis Vuitton Tokyo
2024/02/22-2024/08/18, 12:00-20:00 (臨時休業、開館時間変更はウェブサイトで告知).

1980年代末のイギリスで活動を始めた YBA (Young British Artsts) の1人、Mark Leckey の個展です。 といっても1990年代に日本であった展覧会 [鑑賞メモ] などには出展しておらず、観るのは初めてのように思います。 «Fiorucci Made Me Hardcore feat. Big Red SoundSystem» (1999/2003/2010) は1990年代末当時の労働者階級のクラブカルチャーを題材としたインスタレーションで、 がらんとしたギャラリーにサウンドシステムの大きなスピーカーが置かれ、その向かいに粗いビデオが投影されていますが、 流れている音は微かでクラブのような部屋を揺るがすような低音が無かったので、空虚にも感じられました。 キッチュなエアバルーンの«Felix the Cat» (2013) もそんな雰囲気を助長していました。

Human Baltic
スパイラルガーデン
2024/05/27-2024/06/09, 11:00-20:00.
Eesti [Estonia]: Arno Saar, Ene Kärema, Kalju Suur, Peeter Tooming, Peeter Langovits, Tiit Veermäe; Latvija [Latvia]: Aivars Liepiņš, Andrejs Grants, Gvido Kajons, Gunārs Binde, Zenta Dzividzinska, Māra Brašmane; Lietuva [Lithuania]: Algimantas Kunčius, Algirdas Šeškus, Aleksandras Macijauskas, Violeta Bubelytė, Romualdas Požerskis.

ソ連時代のバルト三国で第二次世界大戦の余波から生まれたヒューマニスト写真運動 (humanist photography movement) を紹介する写真展で、 1960年代から1980年代にかけての主に人々を捉えた白黒写真が展示されていました。

ソ連における写真表現の文脈には疎くその中での位置は掴みかねましたが、 アメリカの “New Documents” (Diane Arbus, Lee Friedlander, Garry Winogrand) や日本のコンポラ写真との同時代性も感じつつ、 抑圧的な政権下という先入観もあったせいか、抑制された風刺/皮肉の視点もあるようも見えました。

出展されていた写真家の中では、ソ連的な風景を捉えた Gvido Kajons、エストニアのパンクスの肖像の Arno Saar、 子供たちへの優しい眼差しを感じる Ene Kärema、スタイリッシュなヌード写真の Gunārs Binde が印象に残りました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4190] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 30 19:08:05 2024

1ヶ月近く前の話になってしまいましたが、6月上旬に久々に金沢へ行ったので、合間の時間を使って美術館や博物館を軽く観て回りました。

Pop-up Art
金沢21世紀美術館 交流ゾーン
2024/04/06-2024/07/15 (会期中無休), 10:00-18:00.

2024年元旦の能登地震で金沢21世紀美術館ではガラス板天井が一部落下する被害が発生し、 天井ガラス板約800枚全撤去することとなり、企画展に使用する有料ゾーンが6月22日まで休館となりました。 建物の周縁部の交流ゾーン (無料で出入りできるスペース) は安全が確認され、2月6日から営業再開しており、 そのスペースを利用して開催されたコレクションとパフォーマンスからなる展覧会です。 自分が行った時はパフォーマンスはやっていませんでした。

2010年の Peter Fischli & David Weiss 展 [鑑賞メモ] 以来、度々展示されていたように記憶するのですが、 光庭 (周囲がガラス張りの中庭) に置かれた Peter Fischli & David Weiss: «Concrete Landscape» (2010) に、 サウンドインスタレーション的な要素があったことに気付いたのが収穫でした。 風雨に晒されて荒れ肌となったような畳大のコンクリートのプレートの殺伐としたビジュアルに微かに金属音の響きが添えられていました。 こういった鑑賞体験も観客が少ない時に静かに観れてこそでしょうか。

金沢に最後に行ったのは2018年の Janet Cardiff & George Bures Miller 展 [鑑賞メモ] で、 コロナ禍を挟んで久しぶりでしたが、金沢21世紀美術館はメイン部分は再開直前。 東京国立近代美術館工芸館が金沢に移転する形で2020年10年25日にオープンした 国立工芸館も展示替え休館中、と、 なんとも悪いタイミングでした。 そんなこともあり、今回は、小規模な博物館が集まる尾張町、というか、橋場の交差点界隈へ行きました。

旧金沢県菓子文化会館の1階に2014年にオープンした 金沢美術工芸大学 柳宗理記念デザイン研究所は、 柳宗理デザインの家具食器のショールームのようではありましたが、単に観るだけではなく、椅子に座ったり食器に触ったりできるというのは良いです。 ちなみに、旧金沢県菓子文化会館は老朽化のため取り壊し、研究所は近江町市場近くの金沢市西町教育研修館へ移転する計画もあるようです。

柳宗理記念デザイン研究所の隣には金沢蓄音機館。 蓄音機のコレクションも圧巻なのですが、単に展示しているだけでなく、蓄音機聴き比べ実演があるのが、良いです。 Edison の Phonogragh (蝋管式) だけでなく、縦振動式の円盤式蓄音機 Diamond Disc L-35 がありました。 レコードの歴史に関する本などで、縦振動式は知っていましたが、実際に音を聴くことができるとは。

今回は時間も無く立ち寄りませんでしたが、 柳宗理記念デザイン研究所の裏手には泉鏡花記念館、 通りを挟んで向かいには金沢文芸館があります。 大規模な市立博物館に集約せずに個性的な博物館をあちこちに置いているというのも、金沢の好きな所です。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4189] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 23 17:13:39 2024

既に配信が終わってしまい話を振るタイミングを逸してしまった感もありますが、 6月頭の週末に ARTE Concert の配信でこの舞台作品を観ました。

Grand Théâtre de Genève
2023/11/2,3, 101 min.
Musique: Astor Piazzolla; Livret: Horacio Ferrer.
Direction musicale: Facundo Agudin; Mise en scène: Daniele Finzi Pasca.
Scénographie: Hugo Garguilo; Collaboration à scènographie: Matteo Verlicchi; Costumes: Giovanna Buzzi; Lumières: Daniele Finzi Pasca; Mouvement: Mária Bonzanigo; Direction de chœur: Natacha Casagrande.
Raquel Camarinha (María), Ines Cuello (La voz de un payador), Melissa Vettore & Beatriz Sayad (El Duende).
Cercle Bach de Genève et Grand chœur de la Haute école de musique de Genève; Orchestre de la Haute école de musique de Genéve.
Marcelo Hisinman (bandoneon), Roger Helou (piano), Sergey Ostrovsky (violin), Ophéile Gaillard (violoncelle), Quito Gato (guitare), Natanaël Ferreira (alto), Maria Jurca (violon), Alberto Bocini (contrebasse), Guy Hirschberger, Camille Perron, Eric Meier (emsemble de guitares).
Acrobates de la Compagnia Finzi Pasca: Francesco Lanciotti, Jess Gardolin, Micol Veglia, ALessandro Facciolo, Andrea Cerrato, Caternio Pio.
Créé le 8 mai 1968 à Buenos Aires. Première fois au Grand Théâtre de Genève, nouvelle production.
Réalisation: Alain Hugi; Une co-production: RTS (Radio Télévision Suisse), Unité Culture, ARTE.
ARTE Concert URL: https://www.arte.tv/fr/videos/116678-000-A/astor-piazzolla-maria-de-buenos-aires/ (-03/06/2024)

スイス・ジュネーヴのオペラハウス Grand Théâtre de Genève の タンゴ・オペラ Ástor Piazzolla: María de Buenos Aires 2023/2024シーズン新演出です。 演出を手がけるのは、Cirque de Soleil で LuziaCorteo というショーの演出も手がけ、 スイス・ルガーノ (Lugano, CH) を拠点にコンテンポラリー・サーカスの要素を多く含むインターディシプリナリーな舞台を制作するカンパニー Compagnia Finzi Pasca を率いて活動する Daniele Finzi Pasca。 Compagnia Finzi Pasca のサーカス・スキルを持つパフォーマー男女3名ずつをフィーチャーし、 各所でアクロバットやエアリアルなどのパフォーマンスを交えながらの上演です。 María de Buenos Aires の上演は生で観たことはないものの、 以前にも ARTE Concert の配信で観たことがありましたが [鑑賞メモ]、 コンテンポラリー・サーカス色濃い演出 (トレイラー [YouTube]) に興味を引かれて ARTE Concert の配信を観ました。

冒頭の場面から María の葬られた集合墓地の前でアクロバティックなダンス、 娼館を思わす高い足場に舞台が転換してからは、歌手と交錯しつつのシル・ホイール (Cyr wheel)、ポールダンスやベルトを使ったエアリアル。 前半最後の María の死の場面では、アクロバットのリフトでエンジェルが舞い、歌手と交錯しつつ大旗をトワリング。 後半に入って、一転、舞台は裏びれた下町の煤けた路地裏のようになり、 大勢の娼婦がゾンビのようになって舞うかのようなパペットダンス (Christpher で知られるパペットをバーで繋いでのダンス)、そして小悪魔に絡む酔っ払いクラウン。 その後、舞台装置がほとんど無いブラックボックスの舞台とライティングによるミニマリスティックな演出で、 ラストのダイナミックなシル・ホイールからフィギュアスケート、そして、リングのエアリアルへの繋ぎ、 ダイナミックなシル・ホイール、10m四方程のリンクを舞台に設置してのフィギュアスケート、そしてそこから、リングのエアリアルへ繋いで、María の昇天を描きます。 そこから、冒頭の María の葬られた集合墓地に戻り、人々が María を弔って終わります。

オリジナルは男女2名の歌手で歌われますが、この演出では女声2名で、男声パートを歌う女性は見た目は María でしたがパジャドール (payador, 南米の吟遊詩人) という役付け。 また、初演では Horacio Ferrer 自身が演じたという狂言回し的な小悪魔 (el duende) の役も、男装ながら Compagnia Finzi Pasca の女優2名が掛け合いで演じます。 男声がなくなることで亡霊となった María が精神分析を受ける場面は舞台上では明示的には描かれ無いことはもちろん、 全体を通してストーリーの細部を演じてみせるような演出ではありませんでした。 このような男性視線を消すような登場人物の変更もあって、María が娼婦になり死んでいくその運命に翻弄されるような様をサーカス・スキルをもって象徴的に描きつつ、 María の死を悼む女性たちの María の思い出をシスターフッド的な共感を通して描いているようにも感じられました。

コンテンポラリー・サーカス色濃い演出に興味を引かれて観たのですが、 Piazzolla のタンゴという音楽とサーカス的なアクロバティックなパフォーマンスとの相性は良く、 6人が様々な技をこなして場面を作り出ていく様も見応えありました。 María 役の女性歌手もオーケストラや大掛かりで、舞台装置もゴージャスながら象徴的でライティングを巧みに使った演出も現代的。 ゴージャスな生伴奏と演出によるコンテンポラリー・サーカスを観るようでもありました。

Grand Théâtre de Genève では、 María de Buenos Aires 以前の2019/2020シーズンにも Daniele Finzi Pasca は Philip Glass & Robert Wilson: Einstein on the Beach新演出を手がけています。 トレイラー [YouTube] を観る限りではコンテンポラリー・サーカス色濃い演出で、配信かDVD/BDで全編が観られたら、と。 その一方で、オペラのような大掛かりな舞台だけでなく、Compagnia Finzi Pasca は Bianco su Bianco のような 男女のクラウンによる二人芝居もレパートリーに持っています。 トレイラー [YouTube] の雰囲気も良く、 公共劇場の海外カンパニー招聘枠でこのような小規模なプロダクションでも良いので呼んでくれれば、とも思います。

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[4188] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 16 20:35:03 2024

先々週末の土曜の話になりますが、夕方に池袋西口へ。この舞台を観てきました。

東京芸術劇場 プレイハウス
2024/06/01, 17:30-20:30.
原作: 『未来少年コナン』 (日本アニメーション, 1978; 監督: 宮崎 駿; 脚本: 中野 顕彰, 胡桃 哲, 吉川 惣司); 演出・振付・美術: Inbal Pinto; 演出: David Mambouch; 脚本: 伊藤 靖朗; 音楽: 阿部 海太郎; 作詞: 大崎 清夏; 照明: Yoann Tivoli; 音響: 井上 正弘.
Cast: キャスト: 加藤 清史郎 (コナン), 影山 優佳 (ラナ), 成河 (ジムシー), 門脇 麦 (モンスリー), 宮尾 俊太郎 (ダイス), 岡野 一平 (ルーケ), 今井 朋彦 (レプカ), 椎名桔平 (おじい, ラオ博士); ダンサー: 川合 ロン, 笹本 龍史, 柴 一平, 鈴木 美奈子, 皆川 まゆむ, 森井 淳, 黎霞, Rion Watley.
ミュージシャン: トウヤマタケオ, 佐藤 公哉, 中村 大史, 萱谷 亮一.
主催・企画制作: ホリプロ.

宮崎 駿 が監督したことで知られる 1978年NHK総合TV放送のアニメシリーズ作品『未来少年コナン』をホリプロの企画制作で舞台作品化したものです。 『未来少年コナン』はとても好きなアニメーション作品ということもありますが [鑑賞メモ]、 コンテンポラリーダンスの文脈で知られる Inbal Pinto [鑑賞メモ] と、 俳優でもある David Mambouch (Maguy Marin [鑑賞メモ] の息子) が演出をしているという興味で足を運びました。 マンガやアニメーションを舞台化する「2.5次元ミュージカル」を観るのは、やはりホリプロの企画制作で Philippe Decouflé が演出した 『わたしは慎吾』 (2016) [鑑賞メモ] ぶりの2回目。 出演者やミュージシャンにも被りがあり、似たような演出になるのではないかと予想していました。

主要な場面を押さえた上でストーリーはかなり大きく組み換えた構成で、プラスチップ島はなくなり残され島を出たコナンはハイハーバーに辿り着いてそこでジムシーに合いますし、ハイハーバーの後にサルベージ船に行き、そこからインダストリアへ行きます。 30分枠26話のストーリーを2時間半程度に収めることを考えると、原作を知らなければ違和感無い程度にアレンジできていたのではないでしょうか。 コナンの超人的な身体能力による冒険活劇的な面をアクションでダイナミックに描くのではなく、 元のアニメーション作品のポスト=アポカリプスのジュブナイルSFの雰囲気とそのメッセージを、ユーモラスな場面も多く交えて、幻想的に舞台化していました。 Inbal Pinto & Avishalom Pollak Dance Company: Dust [鑑賞メモ] も思い出され、そこに Pinto らしさを感じました。

オープニングは超磁力兵器が使われた戦争による終末 (アポカリプス) の場面ですが、 悲惨なもしくは壮絶な場面として描くのではなく、戦争を導いた指導者や科学者のテーブルを囲んでのやり取り想起させるマイムとダンスを通して描きます。 休憩を挟んでの第二幕の始まりも、バラクーダ号から脱出したコナンとラナが砂漠の浜に打ち上げられた後の場面を、ダンサーたちによる砂丘の表現も合わせて、台詞なしで描きます。 歌もセリフも使わずダンスのみの場面の場面を導入に使い淡々と少しずつ盛り上げて後に繋ぐオペラでいう序曲 (ouvature) 的な導入に、作品世界へ引き込まれました。 『わたしは慎吾』では説明的な台詞に興醒めしたのですが、今回はそんな台詞が少なく、身体表現を生かした描写を楽しむことができました。 第一幕ラストの海底に沈んだコナンとラナが水中で心を交わす場面もワイヤーアクションも使い幻想的に仕上げていました。 最後に大陸になった残され島を出さずに、鍵となる台詞のみであとは結婚式の祝祭で締めるというのも、余韻を残す終わり方でした。

群集を描き難いということもあったとは思いますが、インダストリアの場面が大きく削られ、ディストピアとしてのインダストリアの描写はサルベージ船の場面に委ねられていました。 そして、インダストリアでのレプカ体制転覆も革命ではなくクーデターとされてしまっていました。 元のアニメーション作品では、インダストリアとの対比でハイハーバーでの日常生活の描写にもウエイトが置かれていましたが、その場面も削られていました。 インダストリアとハイハーバーの場面が大きく削られたことで、この2つの社会のコントラストが舞台ではあまり生かされていなかったように感じられた点は、物足りなく感じました。 あと、惜しむらくは、モンスリーが心を取り戻す場面をセリフで語らせたところは、象徴的な独舞もしくは独唱だったら、と。

そんな物足りなく感じた点もありましたが、原作と Pinto の演出の相性も良かったのか、期待していたよりも楽しめた舞台でした。

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[4187] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jun 10 23:29:38 2024

メイン会場となる横浜美術館のリニューアル工事もあり、4年ぶりとなった横浜トリエンナーレ [前回の鑑賞メモ]。 今回も5月25日の1日をかけて、フリンジ的な連携プログラムの BankART Life [前回の鑑賞メモ]、などと合わせて観てきました。

横浜美術館, 旧第一銀行横浜支店, BankART KAIKO, 他
2024/03/15-2024/06/09 (休場日: 木曜日; 除 4/4, 5/2, 6/6), 10:00-18:00 (6/6-9 -20:00).
Artistic Director: 劉鼎 [LIU Ding], 盧迎華 [Carol Yinghua LU].

前回同様、欧米のメジャーな作家が避けられ、いわゆる絵画や彫刻のような平面や立体の作品ではなくインスタレーションが展示の中心です。 それも空間を変容させるというよりもリサーチベースのコンセプチャルな展示が多く、また、現在の作家ではなく、20世紀以降に活動した作家やグループに関するアーカイブ的な展示も交える構成でした。 空間的に美しく/興味深くインスタレーションするといった志向は意識的に避けられあえて雑然とカオティックに構成されていた感があって、 スマートフォンのカメラを構えても前回ではあったフォトジェニックとなる画角がほとんど無いところに徹底を感じました。

そんな雰囲気を楽しめたかというとさほどでもなく、むしろ、コンセプトを読み解く必要のあるリサーチベースの作品を大規模に集積させるのは、鑑賞者の気力体力的に無理があるのでは、と感じてしまいました。 もちろん、うまく引き込まれればそうでも無いのかもしれないのですが、 メイン会場の横浜美術館2階のほぼ導入部に掲げられた芸術監督の言葉に違和感を覚えたことも、作品を読み込む気力を削いだように思います。 そこにあった「社会主義体制が衰退し冷戦が終結した後にあって、現代の世界秩序は、新自由主義経済と保守政治が全てを支配する状況を作りだしています。」という言葉を目にして、 東欧革命以降2010年代半ば頃まであったらまだその言もアクチュアルだったかもしれませんが、 Obama 大統領後のアメリカ政治の混乱やイギリスのBrexit、そしてコロナ禍を経た今まだそれを言うのかと、違和感を覚えました。

そして、欧州難民問題の引金を引いたシリア Assad 政権による国内武力弾圧やロシアのウクライナ侵攻などの世界の動乱は、 芸術監督が言うようなポスト冷戦の世界秩序がもたらしたのではなく、むしろその秩序が終わろうとしているからではないのか、と。 また、トリエンナーレで展示されていた知識人や芸術家の「縄文」受容のなれの果てに『土偶を読む』サントリー学芸賞受賞問題のようなものがあるのではないか、 さらに言えば、この展覧会が称揚している20世紀のカウンターカルチャー的な身振りがオルタナ右翼を育てたのではないのか、と。 冒頭でそんなテキストを目にしてしまったこともあり、展示に引き込まれたというより、展示を観ながらカウンターカルチャーの亡霊 (もしくはゾンビ) を眺めているような気分になってしまいました。 2010年代半ばであれば、まだ、この企画もエキサイティングに感じられたかもしれませんが。

旧第一銀行横浜支店会場は、横浜美術館の展示から変化はなく延長に感じられました。 BankART KAIKO 会場にも展示はありましたが、むしろ、関連グッズのショップがメインに感じられました。

街中を使った展示もあったのですが、クイーンズスクエア横浜の展示は空間に溶け込み過ぎ、 元町・中華街駅連絡通路を使った 香港生オーストラリア在住の Chun Yin Rainbow CHAN [陳 雋然] による果物の歌を絵にした Fruit Song No. 2 (2024) が、 観ながら聴くようQRコードからリンクされた音楽も含めて、今回のトリエンナーレの中で最も印象に残った作品でした。

石内 都 『絹の夢』
ISHIUCHI Miyako: silk threaded memories
みなとみらい線馬車道駅コンコース
2024/03/15-2024/06/09.

「アートもりもり!」と銘打たれた関連プログラムの1つ、 馬車道にあった横浜生糸検査所及び帝蚕倉庫群に因んだ、 桐生や安中など群馬県で現在も稼働している絹の製紙工場で撮った写真 Silk Dreams (2011) を使ったインスタレーションです。 石内 の作風としては素直に鮮やかで美しい写真ですが [関連する鑑賞メモ]、 美術館やギャラリーではない空間での展示には映えるでしょうか。

磯崎 道佳 『よこはまミーティングドーム2004-2024』
ISOZAKI Michiyoshi: Yokohama Meeting Dome 2004-2024
横浜市庁舎アトリウム
2024/05/22, 10:30-19:00

こちらの「アートもりもり!」は、観客参加型のワークショップを伴うプロジェクトが多い 磯崎 道佳 による創造都市横浜20周年のプロジェクトです。 アトリウムでのインスタレーションということからなんとなく想像してたものの倍(体積8倍)のスケールの、透明ビニールの方形エアドームがありました。 「等身大アバターワークショップ」はしませんでしたが、そこで知人友人に会うことができたということがまさにミーティングドームでした。

「アートもりもり!」プログラムは、他に、象の鼻テラスの『ポート・ジャーニー・プロジェクト “SEVEN SEEDS”展』や、横浜マリンタワーの特別プログラムにも、足を運んでみましたが、 興味関心とはすれ違ってしまった感じもありました。

BankART Station 他
2024/03/15-2024/06/09 (休場日: 木曜日; 除 4/4, 5/2, 6/6), 11:00-19:00.

今回の「アートもりもり!」プログラムでもありますが、第2回以降毎回、トリエンナーレのフリンジ的なプログラムとして BankART1929 が企画する展覧会の第7回です。 メインのトリエンナーレがリサーチベースの作品に思いっきり振られたことの対比もあって、 BankART Station の展示に、コンセプト的な面よりも、造形的な美しさや面白さへのウェイトを感じました。 無印良品的なミニマルさの 婦木 加奈子『洗濯物の彫刻』片岡 純也 + 岩竹 理恵 の一連の不条理な機械など BankART1929の企画らしく [関連する鑑賞メモ]、 ある意味でオーソドックスな現代アートの展覧会にほっと一息ついたところもありましたが、少々大人しすぎる様にも感じてしまいました。

『よこはまミーティングドーム2004-2024』で会った友人に勧められ、ポートサイド周辺地区の展示へ足を伸ばしました。 横浜クリエーションスクエア界隈まではたまに行く機会がありますが、その先まで足を伸ばすのは初めてです。 いかにもな再開発エリアを抜けた先には、まだ現役の貨物線の高島線や横浜市中央卸売市場の界隈は年季の入った工業地帯的な街となり、こんなエリアが残っていたことに気付きました。 時間が遅くなったこともあって観られなかった作品も多かったのですが、 島袋 道浩 『宇宙人とは接触しないほうがいい』ヤング荘 『スナックフェンス』など、 作品だけでなくそれが置かれた場に1990年代の街中アートイベントのセンスというかノリを思い出しましたし、 おさんぽ気分で街の雰囲気を楽しむことができました。

トリエンナーレのフリンジ的なプログラムといえば、 日ノ出町駅と黄金町駅の間のエリアのアニュアルのイベント『黄金町バザール 2024』もありますが、 こちらは一足早く4月27日に観ました。 八番館で開催されていたイベント内展覧会『寄る辺ない情念』などその会場も含めて雰囲気あるかなと思いましたし、 自分もまだ若かった1990年代の頃はそういう雰囲気も楽しんでいたように思いますが、今はコンセプトや運営の緩さの方が気になってしまいます。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

5月4日のストレンジシード静岡で痛めてしまって以来、右踵が不調です。 12日の美術館・ギャラリー巡りでぶり返し、また、25日の横浜トリエンナーレ/BankART Lifeの会場巡りでぶり返してしまいました。 度々ぶり返させてしまったせいか、今 (6月10日) に至るまで痛みが続いています。 歩行に支障があるほどの痛みではないのですが、歩き出しや歩き疲れてくると痛みが強くなります。 症状からすると足底腱膜炎のような気がします。 コロナ禍以前であれば、この程度で足を痛めるようなことはなかったのですが……。

[4186] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Jun 8 22:00:51 2024

半月余前の話ですが、5月22日は仕事帰りに初台へ。このコンサートを聴いてきました。

東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル, 初台
2024/05/22, 19:00-21:00
Igor Stravinsky: Symphonies of Wind Instruments (1920 version)
Jean Sibelius (arr. Igor Stravinsky): Canzonetta, op. 62a.
Mark-Anthony Turnage: Last Song for Olly for orchestr a (2018)
Mark-Anthony Turnage: Beacons for orchestra (2023)
Mark-Anthony Turnage: Remembering for orchestra (2014-15)
Paul Daniel (conductor), 東京都交響楽団 [Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra].

現代音楽 (contemporary classical) の作曲コンペに合わせて開催されるアニュアルのコンサート『コンポージアム』。 今年の審査員となったイギリスの作曲家 Mark-Anthony Turnage を知ったのは1990年代の Argo からのリリースで、 特に John Scofield, Peter Erskine というジャズ・ミュージシャンを迎え Ensemble Modern の演奏で録音された Blood On The Floor (Argo, 466 292-2, 1997) の印象が強く残っています。 最近の作品はチェックしていなかったので、ライブで聴く良い機会と、足を運びました。

前半は Stravinsky と Sibelius の数分の曲の後に師 Oliver Knussen に捧げた6部構成の曲 Last Song for Olly、 後半は自身による短いファンファーレ様の曲の後に肉腫で早逝した友人の息子 Evan Scofield に捧げた4楽章構成の Remembering という、追悼する曲を核に構成されたプログラムでした。 Blood On The Floor からの先入観もあるかと思いますが、 Last Song for Olly にしても Remembering にしても、 特に導入部は、目立つ管楽器の音色や響き、反復でノリを作り出すのではなく少々とっ散らかした感のある打楽器音に、現代的なビッグバント・ジャズに近しいものを感じました。 しかし、そんなことを思いながら油断して聴いていると、ストリング使いなどもあって、いつの間にか違う音世界に連れていかれるよう。 選曲のコンセプトが掴めたという程ではありませんでしたが、展開を楽しみました。

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[4185] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 2 22:29:58 2024

5月18,19日の土日は2日とも昼過ぎに京橋へ。 国立映画アーカイブ恒例のサイレント映画上映企画 『サイレントシネマ・デイズ2024』で、 サイレント映画の生伴奏付き上映を観てきました。

Von Morgens bis Mitternachts [From Morning to Midnight]
『朝から夜中まで』
1920 / Ilag-Film (Berlin) / 69 min. / 35mm 18fps / B+W / silent
Drama in 5 Akten von Georg Kaiser; Künstlerische Leitung: Karlheinz Martin; Bildentwurf und Figuren: Robert Neppach; Bildaufnahmen: Carl Hoffmann.
Ernst Deutsch (Der Kassierer), Erna Morena (Die Dame), Hans Heinrich von Twardowski (Der junge Herr), Eberhard Wrede (Der Bankdirektor), Edgar Licho (Der fette Herr), Hugo Böblin (Der Trödler).

Georg Kaiser の1912年の戯曲に基づく映画です。 主人公の銀行の出納係が、窓口に来た女に目が眩んで彼女のために大金着服するも相手にされず、 家族との質素ながら堅実な生活を捨て、大金で豪遊するも虚しさを覚えて救世軍へ行き、最後は警察に踏み込まれて自殺するという、破滅の1日を描きます。 Das Cabinet des Dr. Caligari (1920) の1ヶ月後に公開された表現主義 Expressionismus の時代のドイツ映画ということで、 表現主義的な舞台美術、衣装や演技による当時の舞台の収録映像を観るかのような面白さ、興味深さがありました。 出納係の破滅の原因は退屈な日常からの逃避ですが、階級差、貧富差の描写もえげつなく、社会風刺が効いていました。 最後の場面が救世軍というのは Die Büchse der Pandora (1929) と共通しますし、 最後の場面で十字架の様な模様の壁にもたれかり死ぬ主人公の頭上に掲げられた “Ecce Homo” 「この人を見よ」は、 本来の受難劇の場面という意味と George Grosz の風刺画集 Ecce Homo (1923) での “Ecce Homo” の間を繋ぐようでした。

Новый Вавилон [The New Babylon]
『新バビロン』
1929 / Совкино (СССР) / 102 min. / 35mm 18fps / B+W / silent
Сценарии и Постановка: Григорий Козинцов и Леонид Трауберг.
Елена Кузьмина (продавщица Луиза Пуарье), Пётр Соболевский (солдат Жан).

1920年代にサンクトペテルブルグの劇団/映画制作集団 Фабрика эксцентрического актёра (ФЭКС) を率いた Григорий Козинцов и Леонид Трауберг [Grigory Kozintsev & Leonid Trauberg] による映画です。 1871年のパリ・コミューンを舞台に、コミューンに参加することになった百貨店「新バビロン」の売り子 Louise [Луиза] と、 フランス臨時政府軍の兵士として弾圧する側になった Jean [Жан] の2人を軸として、彼らの半ばすれ違いの様な出会いと悲劇的な結末を描いています。 流石に舞台がパリ・コミューンなので美術や衣装に戦間期モダンな雰囲気はあえりませんが、 激しい市街戦を演出するモンタージュなどは1920年代のアヴァンギャルド映画らしいものでした。 当時のブルジョア退廃的な文化を象徴するものとして、オペレッタとカンカン (Cancan) が使われていたのが印象に残りました。 Дмитрий Шостакович [Dmitri Shostakovich] が付けた最初の映画のスコアでは、 Jacques Offenbach: Orpheus in the Underworld が引用されていたとのこと。 今回の生伴奏はそうではなかったので、元の Шостакович のスコアでの伴奏も聴いてみたいものです。

国立映画アーカイブ 展示室では企画展 『日本映画と音楽 1950年代から1960年代の作曲家たち』 (8/23まで)。 この時期の日本映画にもその映画音楽にも疎かったので、3人の会 (團 伊玖磨, 芥川 也寸志, 黛 敏郎) を軸とした展示に、 当時の映画音楽はクラシック音楽作曲家の大きな活躍の場だったことに気付かされました。 この頃の映画音楽は、19世紀におけるオペラ音楽のような位置にあった、ということなのかもしれません。

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[4184] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue May 28 23:48:14 2024

ゴールデンウィークの翌土曜は、昼に上野、谷中、そして夕方に乃木坂へ。会期末が迫った展覧会を中心に美術館・ギャラリー巡りしました。

Does the Future Sleep Here? ––Revisiting the museum's response to contemporary art after 65 years
国立西洋美術館 企画展示室
2024/03/12-2024/05/12 (月休; 3/25,4/29,4/30,5/6開; 5/7休). 10:30-17:30 (金土,4/28,4/29,5/5,5/6 9:30-20:00)
飯山 由貴, 梅津 庸一, 遠藤 麻衣, 小沢 剛, 小田原 のどか, 坂本 夏子, 杉戸 洋, 鷹野 隆大, 竹村 京, 田中 功起, 辰野 登恵子, エレナ・トゥタッチコワ, 内藤 礼, 中林 忠良, 長島 有里枝, パープルーム (梅津 庸一 + 安藤裕美 + 續橋 仁子 + 星川 あさこ + わきもとさき), 布施 琳太郎, 松浦 寿夫, ミヤギフトシ, ユアサエボシ, 弓指 寛治.

中世後期14世紀以降20世紀前半までの西洋美術をコレクションする国立西洋美術館で開催された、1957年開館以来初の現代美術の展覧会です。 20世紀後半の作品も取り上げられてはいましたが、 美術館収蔵作品のベースとなった松方コレクションや、日本における西洋美術受容、美術館という制度などに取材したサイトスペシフィックでコンセプチャルなインスタレーション作品が多い構成でした。 といっても、コンセプトに深みというより素朴さを感じてしまったのには否めず。 田中 功起 のインスタレーションを美術からの排除がテーマで貧困・階級の一切触れないのは不自然、と思いつつ観た後に、 それを補完するように、山谷のドヤ街と上野のホームレスに取材した生活史のアプローチにも影響を受けていそうなインスタレーションがあったものの、 男性ばかりのドヤ街の人々の絵を観ながら今度は女性の貧困が不可視化されていることが気になったりしました。 そんな微妙なインスタレーションが続いたせいか、 単に並置されているだけという 内藤 礼 の作品が一周回ってこの企画へのメタ批評にも感じられました。

Will Truth Be Resurrected? –– Goya's The Disasters of War, the Complete Set
国立西洋美術館 新刊2階 版画素描展示室
2024/02/27-2024/05/26 (月休; 3/25,4/29,4/30,5/6開; 5/7休). 10:30-17:30 (金土,4/28,4/29,5/5,5/6 9:30-20:00)

18世紀後半から19世紀初頭にかけて活動したスペインの画家 Francisco de Goya による ナポレオン戦争のスペインでの戦いであるスペイン独立戦争 (1808-1814) に取材した版画集 Los desastres de la guerra [The Disasters of War] (c.1810-15) の全82点を一挙展示したものです。 何点か断片的には観たことはありましたが、全体をまとめて観たのは初めて。 勇ましい戦闘風景ではなく、死体の山、餓死しかけた人々、女性に対する性的暴力など「戦争の悲惨」が、 時に生々しく、時に Los caprichos (1797-98) にも似た 風刺と寓意に満ちた幻想的な絵として、細かいモノクロの銅版画でこれでもかと描かれていて、見応えありました。

Yoshiwara
東京藝術大学大学美術館
2024/03/26-05/19 (前期3/26-4/21,後期4/23-5/19;月休;4/29,5/6開;5/7休), 10:00-17:00.

江戸時代の幕府公認の遊郭 吉原 の、文化・流行の発信地としての面に焦点を当て、吉原に関する美術作品を集めた展覧会です。 前半、地階の展示は約250年間の吉原遊郭の変化を制度面も含めて堅実に解説するもので、社会の中での位置、性格の移り変わりを追う様なところもありました。 しかし、3階へ移動すると、展示空間の作りはテーマパーク的な悪趣味さ。 そんな中にあっても、台東区立下町風俗資料館の 辻村 寿三郎 (人形), 三浦 宏 (建物), 服部 一郎 (小物細工) 《江戸風俗人形》(1981) には、そんなことも吹き飛ばす凄みを感じました。

Apichatpong Weerasethakul: Solarium
SCAI The Bathhouse
2024/03/16-05/25 (日月祝休), 12:00-18:00.

作家が幼少期に熱中したというタイのホラー映画 The Hollow-eyed Ghost (1981) を再現した映像に基づく 新作インスタレーション Solarium (2023) をメインに展示したギャラリーでの個展です。 暗いギャラリー中央に立てた透明なガラスのスクリーンに対し2台のプロジェクタから両面へ映像を投影します。 元ネタを知らない投影されていた映像の内容よりも、プロジェクターの光源が眼に入る位置での幻惑されるかのような鑑賞体験が、 2019年に東京芸術劇場で観た Fever Room (2015) [鑑賞メモ] をコンパクトにしたようでした。

Universal / Remote
国立新美術館 企画展示室1E
2024/03/06-06/03 (火休,4/30開), 10:00-18:00 (金土-20:00)
井田 大介 [Daisuke Ida], 徐冰 [Xu Bing], Trevor Paglen, Hito Steyerl, Giorgi Gago Gagoshidze & Miloš Trakilović, 地主 麻衣子 [Maiko Jinushi], Tina Enghoff, 차 재민 [Jeamin Cha], Evan Roth, 木浦 奈津子 [Natsuko Kiura].

現代における個人と社会の距離感をテーマとした現代アートの展覧会ですが、 ビデオ、写真やデジタルの画像などをメディアをコンセプチャルに扱った作品が多く、 「リモート」にウェイトがあったように感じられました。 長尺のビデオ作品が多いのはどうしたものかと思いつつも、 プロパンバーナーでブロンズ像を加熱し続ける様子を捉えた《Fever》 (2021) や、 アウトドア用小型ガスバーナーコンロを円形に並べて発生させた上昇気流で紙飛行機が回り飛ぶ《誰が為に鐘は鳴る》(2021) などの、 井田大介の不条理感強いビデオ作品が好みでした。

Henri Matisse –– Formes libres
国立新美術館 企画展示室2E
2024/02/14-05/27 (火休,4/30開), 10:00-18:00 (金土-20:00)

20世紀フランスの美術作家 Henri Matisse の、 Musée Matisse de Nice [ニース市マティス美術館] のコレクションに基づく展覧会です。 20世紀初頭 Faubisme の中心的な作家として知られるようになった作家ですし、 その頃から戦間期の活動も追える展示でしたが、 展示の過半は1940年代以降の切り紙絵をベースにした作品で、 特に Chapelle du Rosaire à Vence [ヴァンスのロザリオ礼拝堂] 関連の仕事の展示が充実していました。 切り紙絵時代のアート本 Jazz (1947) が好きなので、 その作風を礼拝堂の室内装飾や衣服のデザインへ大規模に展開した仕事を見ることが出来たのが収穫でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4183] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun May 19 20:51:43 2024

半月近く前、ゴールデンウィーク中の話になってしまいましたが、5日の午後は恵比寿へ。この展覧会を観てきました。

Ihei Kimura — Living in Photography, 50 Years after His Death.
東京都写真美術館 地下1階展示室
2024/03/16-2024/05/12 (月休; 4/29,5/6開; 5/7休). 10:00-18:00 (木金-20:00)

新興写真勃興期の1920年代に活動を始め、Laica によるスナップショットの作風で知られる 木村 伊兵衛 の回顧展です。 名を知るはもちろん、企画展やコレクション展示などで何度も観たことはありましたが、こうして回顧展としてまとめて観るのは初めてです。 出展された写真のうち戦前のものは沖縄を撮ったものと肖像写真など1割程度で、ほとんど戦後のもので。 そんな展示構成もあってか、 戦間期の『光画』などの新興写真 [鑑賞メモ] ではなく、 戦後20世紀半ば (1950-60年代) の Robert Doisneau [鑑賞メモ] などに近い作風に気づかされた展覧会でした。

Remembrance beyond images
東京都写真美術館 2階展示室
2024/03/01-2024/06/09 (月休; 4/29,5/6開; 5/7休). 10:00-18:00 (木金-20:00)
篠山 紀信, 米田 知子, Nguyên Trinh Thi [グエン・チン・ティ], 小田原 のどか, 村山 悟郎, Marja Pirilä [マルヤ・ピリラ], Satoko Sai + Tomoko Kurahara.

写真や映像もメディアとして使った現代アートの展覧会です。 小田原 まどか によるコレクションを使ったリサーチに基づくコンセプチャルな展示や、 村山 悟郎 によるAI生成と相互作用するドローイングなど、コンセプチャルな作風の作品に興味を引かれました。 しかし、作風が多様で、展覧会全体としては焦点が定まらない感もありました。 そんな中では、米田 知子 [鑑賞メモ] の コンセプトを秘めつつ端正な風景写真の並ぶ展示室が、オーソドックスながら落ち着きを感じました。

TOP Collection — A Traveler from 1200 Months in the Past
東京都写真美術館 3階展示室
2024/04/04-2024/07/07 (月休; 4/29,5/6開; 5/7休). 10:00-18:00 (木金-20:00)

アメリカの LIFE 誌 (1936年創刊)、 日本の『アサヒグラフ』 (1923年創刊) など戦間期から戦後間もなくにかけて多く創刊された写真メインの雑誌「グラフ雑誌」や、 そのような雑誌に使われるようなスタイルの写真、関連する同時代の風俗を感じさるポスターを使い、 しかし「グラフ雑誌の歴史」のような観点ではなく、グラフ雑誌的なセンスで20世紀以降を「時間旅行」するような企画でした。 ありそうで無かった視角だなんて思いつつ、展示を見終わった後に『Nyeyes』vol.00000158を読んだら、そんな印象とは関係ない、企画者の思いを含む企画に至る紆余曲折が描かれていて、苦笑しました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4182] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu May 16 23:49:10 2024

半月近く前の話になってしまいましたが、 3日に『ふじのくに⇄せかい演劇祭2024』を観た後は、静岡で一泊。 4日は、去年 [鑑賞メモ] に引き続き ストリートシアターフェスストレンジシード静岡2024』を観てきました。

ほころびオーケストラ
駿府城公園 児童公園
2024/05/04, 11:00-11:40
企画・構成: ほころびオーケストラ (川口 智子, 埜本 幸良).
出演: 埜本 幸良; 音楽: 鈴木 光介.

東京を拠点に活動する「まちなか演劇」ユニットによる、約40分のパフォーマンスです。 頼りなさげで優しそうなロボットが恋をするという設定を描くところから入りますが、 後半になるとロボットを応援させる形で観客を巻き込みはじめます。 その設定も造形も、微笑ましいパフォーマンスでした。

『ビトゥイーンズ・パーティ』
駿府城公園 東御門前広場(ストレンジシードガーデンステージ)
2024/05/04, 11:30-11:50
振付・出演: 浅川 奏瑛; セノグラファー: 原 良輔; プロデューサー: 菅本 千尋.

埼玉のダンサーと福岡/東京の空間演出ユニットによるコラボレーションです。 竹製のフレームを組み合わせた障害の多い空間の中をダンサーが動き踊る、動きも空間もアブストラクトなダンスです。 (途中から観ることになりましたが、ナラティブな構成でなくて良かったです。) オープンな空間でも存在感あるダンサーの俊敏な動きの切れ味の良さは、新体操でキャリアを始めたということもあるのでしょうか。 野外ですが借景とかも特に使わず、むしろ、屋内のブラックボックスでの公演の方が映えそうな抽象度でした。

『おちゃのじかん』
駿府城公園 東側芝生
2024/05/04, 12:00-12:15
脚本・演出: 山口 茜; 音楽: 増田 真結; 音響: 森永 恭代.
出演: 芦屋 康介, 達矢, 佐々木 ヤス子.

京都のカンパニーで、普段は演劇の文脈で活動してるようですが、今回上演したのはセリフはほぼ使用しないストーリーテリング・ダンスというかマイム劇でした。 衣装からも道化的な性格付けを感じる3人が繰り広げる不条理なお茶会を思わせました。

『風景とともに』
駿府城公園 東御門前広場(ストレンジシードガーデンステージ)〜沈床園〜二の丸御門跡広場
2024/05/04, 12:30-13:00
振付・演出: 鈴木 ユキオ.
出演: 鈴木ユキオプロジェクト+公募ダンサーズ+その場にいらした皆さん

コンテンポラリー・ダンスの文脈で活動する 鈴木 ユキオ が、 アーツカウンシルしずおか主催「マイクロ・アート・ワーケーション2023」の経験を経て制作したという 公募出演者、観客をも巻き込んでの群集パフォーマンスです。 東御門前広場をスタートし駿府城公園中央の庭園(沈床園)を抜けて二の丸御門跡広場まで、 パフォーマーにそれを取り囲む観客を含めて100名以上がゾロゾロと移動する様はなかなか見応えあります。 といっても、ストーリーのあるスペクタクルを展開するというわけではなく、かといって、イベントで見られるような無秩序な移動でもなく、 タイトル『風景とともに』にあるように、風景に積極的に介入するのではなく、風景を異化するギリギリの線を狙うかのような、そんなパフォーマンスでした。

『待たない!』
駿府城公園 東側芝生〜東御門前広場(ストレンジシードガーデンステージ)〜おでんやおばちゃん横〜児童公園〜二の丸橋
2024/05/04, 13:15-13:55
原作: 太宰 治 (『待つ』).
出演: アンジー, 栗栖 のあ.

東京を拠点に活動する野外劇コンビ。 駿府城公園 東側芝生のステージを出発点に、ガーデンステージ脇、おでんやおばちゃん横、児童公園を抜けて二の丸橋まで移動しながらの上演です。 公園内をピクニックと言いつつそれが上手くいなない様を演じつつ、 一方 (アンジー) が 太宰 治 『待つ』に基づくセリフを語り、 それと絡むでもなく (実際別々に動いた時も少なくない) もう一方 (栗栖 のあ) がコロナ禍下で青春期を過ごした不条理をぼやく、というもの。 そのセリフよりも発話や動きに不条理を感じました。

『まちなかサバイバル!』
青葉シンボルロードB2ブロック〜葵スクエア〜静岡市役所新館前〜静岡市役所本館駐車場上広場
2024/05/04, 15:15-15:45
演出: 安本 亜佐美.
出演: 板倉 佳奈美, 岡野 亜紀子, 長野 理音, 安本 亜佐美, エト (アコーディオン).

京都のエアリアル/ヴァーティカルダンスのカンパニーによるウォーキングアクトです。 大道芸ワールドカップin静岡ですが札の辻界隈でヴァーティカルダンスを観たことがあったので [鑑賞メモ]、 青葉シンボルロード沿いのビル壁にヴァーティカルダンスで登場するのではないかと期待しましたが、 さにあらず、B2ブロックの地下駐輪場出入口から登場。 ブルガリアの кукери (クケリ) を可愛くしたような白いモコモコ姿で、 言葉は発しないものの、アコーディオン生伴奏付きで、 葵スクエア、静岡市役所新館前を、時折、観客をグリーティングしながら、ゲートで小規模なエアリアルをしたりしながら移動。 市役所本館脇の鏡池のある駐車場上広場に立てたエアリアル・リグを使ってハーネスを使ったワイヤー・ワークのパフォーマンスを見せました。 異形で視線や注意を誘導しながら、その場を異化して回りました。

『にぎにぎしく逃逃』
駿府城公園 児童公園
2024/05/04, 15:45-16:15
作・演出・衣装: 南野 詩恵.
出演: 管 一馬, 竹ち代 毬也, ゆみた, 松本 すく, 南野 詩恵.

京都府を拠点に活動しているカンパニーによる野外劇です。 お茶の間を舞台に、しかし、お茶の間の日常らしからぬ奇抜な衣装で繰り広げるシュールでオフビートな新喜劇を見るようでした。

The Road to Heaven
静岡県庁本館前〜二の丸橋〜駿府城公園 二の丸御門跡広場
2024/05/04, 17:30-18:10
Director, A man: 안재현 [Ahn Jae-Hyun]; Singer, Instrument 대금 ‘Daegeum’: 조원석 [Jo Won-Seok]; Instrument ‘Drum’: Lee.dae.hee

안재현 [Ahn Jae-Hyun] が主宰するコンテンポラリー・サーカス・カンパニーによる、 チャイニーズ・ポールと韓国の伝統音楽を組み合わせた作品です。 チャイニーズ・ポールの演技は 안재현 自身が演じていました。 分解したポールを担いで静岡県庁本館前を出発し、二の丸橋を渡った側の石垣にポール伝いに登るパフォーマンスを挟みつつ、たどり着いた二の丸御門跡広場にポールを立て、 チャイニーズ・ポールの演技でボロボロにする服へ着替えます。 第二部は、韓国伝統の竹横笛 대금 [daegeum, テグム] と太鼓を伴奏にして アクロバティックなポーズからの落下技をメインにチャイニーズ・ポールのパフォーマンスをひとしきり。 フィニッシュして一休みしているかのような所を、daegeum を吹いていたミュージシャンに促され、第三部が始まります。 今度は、daegeum を吹いていたミュージシャンによって大きな扇子を手に歌われる (男性ですが) pansori 風の歌に合わせてチャイニーズ・ポールを演じました。 見たことのないような大技や派手な演出はありませんでしたが、 堂々と力強い演技、抑制の効いた演出に、韓国の伝統的な音楽が生演奏で合わさることにより、余韻を残す渋みのあるパフォーマンスになっていました。 さすがコアプログラムと思わせる完成度、貫禄のパフォーマンスでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4181] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon May 6 20:50:39 2024

今年のゴールデンウィークはほぼ暦通りだったのですが、 ゴールデンウィーク後半初日5月3日は、昼に静岡入り。 午後と晩に、ふじのくに⇄せかい演劇祭 2024 のプログラムで、これらの舞台を観ました。

Thomas Ostermeier / Schaubühne Berlin
Die Möwe [Чайка | The Seagull]
静岡芸術劇場
2024/05/03, 14:00-17:00.
von Anton Tschechow [Антон Чехов]; In einer Fassung des Ensembles unter Verwendung der Übersetzung von Ulrike Zemme; Regie: Thomas Ostermeier
Bühne: Jan Pappelbaum / Thomas Ostermeier; Mitarbeit Bühne: Ulla Willis; Kostüme: Nehle Balkhausen; Musik: Nils Ostendorf; Dramaturgie: Maja Zade; Licht: Erich Schneider
Mit: Thomas Bading (Pjotr Sorin), Julia Schubert (Paulina Šamrayeva), Stephanie Eidt (Irina Arkadina), Laurenz Laufenberg (Konstantin Treplev), Joachim Meyerhoff (Boris Trigorin), David Ruland (Ilya Šamrayev), Renato Schuch (Semyon Medvedenko), Alina Vimbai Strähler (Nina Zarečnaya), Hêvîn Tekin (Marja Šamrayeva), Axel Wandtke (Yevgeny Dorn).
Production: Schaubühne Berlin
Premiere war am 7. März 2023.

Thomas Ostermeier 率いる Schaubühne Berlin [関連する鑑賞メモ] の6年ぶり来日は、 Антон Чехов: «Чайка» 『かもめ』 (初演1896) の新演出でした。 舞台上に仮設客席を組んでの上演ということで、観客を巻き込むイマーシヴな演出もあるかと予想していたのですが、そういう方向性ではありませんでした。 小さなステージを客席で囲むことで俳優までの距離感を近付けつつ、 舞台美術や映像での演出も最低限に、俳優の身振りとセリフでみっちりみせる会話劇でした。

2年前にNational Theatre Live で観た Jamie Lloyd 演出 [鑑賞メモ] が劇中劇のある第1幕をほぼ省略するものだったこともあり、 劇中劇のあたりまでは違和感の方が大きかったのですが、次第に登場人物の造形がはっきり掴め、劇中世界に入りこめました。 Jamie Lloyd の演出は Nina と Kostya (Konstantin) の関係に焦点が当たっていたように思うのですが、 今回の Ostermeier の演出では特に、Nina と Trigorin の関係が丁寧に描かれ、この2人の間にも愛があったんだと感じられました。 第1幕の若気の至りのような実験的な劇中劇が上演されたことで、Kostya も母のコンプレックスというより若さの空回りという面が際立ち、 最後の Nina との再会の場面には、紆余曲折を経ての Nina と Kostya の成熟を感じました。

脇役の登場人物の造形もはっきりとしていて、特に、印象に残ったのは、田舎のゴスっ娘 Maša (Marja)。 Nina もいかにも田舎育ちらしく造形されていたのですが、都会的な文化に憧れ、地元の人たちの中で孤立と鬱屈を感じつつも、積極性で対称的な2人が良いコントラストになっていました。 もちろん、この2人の対比となる地元の人々である Maša の両親や Maša が結婚することになる教師 (Medvedenko) の造形も、 単に野暮ったいというより、地に足をつけて生きているという納得感のあるものでした。

1990年代の Shoegazer の代表的なバンド Slowdive の Rachel Goswell が最近、インタビューで「若い頃は村でただ一人のゴスだった」のような話をしているのですが (“The Only Goth In The Village: Rachel Goswell's Favourite Albums”, The Quietus, August 16th, 2023.)、 今回の舞台の Maša にそんな Rachel の言葉を思い出しました。

会話劇の苦手感を払拭できたというほどではなく、パイプ椅子で3時間は辛いものがありましたが、 近い距離で登場人物の造形もはっきり演じられたこともあってか、それぞれの登場人物が身近に感じられました。 抽象度高めの Jamie Lloyd の演出では捉え損ねていて、そういう事だったのか、そういう人物だったのか、という気付きが多かった今回の上演でした。

SPAC-静岡県舞台芸術センター / 宮城 聰
駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
2024/05/03, 19:00-20:40
演出・台本: 宮城 聰; 作: 岡倉 天心 (The White Fox, 1913)
音楽: 棚川 寛子; 美術デザイン: 深沢 襟; 照明デザイン: 花輪 有紀; 音響デザイン: 澤田 百希乃; 衣裳デザイン: 清 千草; ヘアメイクデザイン: 梶田キョウコ
出演 (S: 語り手; M: 動き手): 美理加 (コルハ/M, 葛の葉/M), 葉山 陽代 に代わり 宮城 聰 (コルハ/S, 葛の葉/S), 大高 浩一 (保名/M), 若菜 大輔 (保名/S, 演奏), 貴島 豪華 (悪右衛門/M, 演奏), 吉植 荘一郎 (悪右衛門/S, 演奏), etc.
初演: 2024年5月3日, 駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場 (ふじのくに野外芸術フェスタ2024).

近年恒例になっているSPACの駿府城公園での野外公演ですが、今年は新作、 岡倉 天心がアメリカ・ボストンにて英語で書いた三幕物のオペラ台本 The White Fox (1913) に基づくものです。 安倍晴明出生説話でもある説話『葛の葉』 (『信太妻』とも) に基づくもの。 白狐 コルハ は悪右衛門に狩られ殺されそうになった所を安倍保名に救われます。 その後、悪右衛門に相愛の姫 葛の葉 を攫われ打ち負かされて傷心の保名に対し、 コルハ は 葛の葉 の姿になり、救われた恩に報いるため彼に寄り添いますが、やがて愛となり、子 (安倍晴明) をもうけます。 しかし、葛の葉 が生きていて再会が叶わなければ出家する覚悟と コルハ が知ると、保名と葛の葉のためにコルハは身を引きます。 動物報恩譚、異類婚姻譚の物語ですが、保名をはさんでコルハと葛の葉が三角関係を成し、 コルハが身を引くことで秩序が維持されるという、実にメロドラマ的な物語でもあります。 特に時代などを翻案することなく、ク・ナウカ以来の語り手と動き手を分離した様式的な演出で、そんな自己犠牲と別れの悲しみを美しく描き切っていて、ラストは思わず涙しました。

駿府城公園の特設会場では、 2016年の『イナバとナバホの白兎』[鑑賞メモ]、 2019年の『マダム・ボルジア』 [鑑賞メモ]、 2022年の『ギルガメッシュ叙事詩』 [鑑賞メモ]、 2023年の『天守物語』 [鑑賞メモ] と観ていますが、 今まで観た中では最も好みでした。 しかし、中央中段と悪い席でなかったにも関わらず、音響の調整の問題か、発声の問題か、 語り手やコロスの声の通りが悪く、聞いていてもうわ滑るというか、響くものがありませんでした。 そんなこともあり、物語も視覚的にも好みでしたが、物足りなさが残りました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

観劇の後、ふと思い出して、コロナ以前の 大道芸ワールドカップin静岡 や ふじのくに⇄せかい演劇祭 の際に立ち寄ったことのあった 静岡の地酒が充実した赤提灯居酒屋に、朧げな記憶を頼りに、再訪しました。 繁華街ではない所にある地元客向けのごく普通の居酒屋ですが、それも良し。 5年ぶりで、コロナ中に閉店してしまった可能性もありましたが、何事も無かったように営業していました。 時間帯も遅めで、目当ての地酒も刺身などの肴の類も売り切れ多数でしたが、繁盛は何よりでした。

[4180] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun May 5 22:17:54 2024

ゴールデンウィーク前半、4月27日から4日連続、午後に横浜伊勢佐木町へ。 横浜シネマ・ジャック&ベティで恒例の ピアノ即興生伴奏付きのサイレント映画上映会『柳下美恵のピアノ&シネマ 2024』で、 去年 [鑑賞メモ] に続いて、今年もサイレント期の映画を楽しんできました。

Matrimony's Speed Limit
『結婚の制限速度』
Director: Alice Guy-Blanché
1913 / Solax (US) / B+W / silent / 16 min.

19世紀末フランス Léon Gaumont の下で監督・製作を始めた草創期の女性映画作家 Alice Guy-Blanché が、 渡米し設立した自身の映画会社 Solax で監督した短編映画です。 破産して結婚を諦めた男性に対し裕福な許嫁の女性が「7時までに結婚すれば叔母の遺産が手に入る」と騙すと、 出会う女性に見境なくプロポースして結婚しようとするも失敗し、結局許嫁との結婚に至るそのドタバタを描いた、 Buster Keaton: Seven Chances (1925) の先駆とも言えるプロットです。 1910年代の映画ということで、動きの少ないカメラと構図がメインで映像表現の古さは否めませんが、 ヒロインの許嫁が車で駆け回るシーンもありますし、大写の時計のモンタージュで刻々と迫る時限を表すなど、さすがと思う場面もありました。

The Cameraman
『キートンのカメラマン』
Director: Edgar Sedgwick, Buster Keaton (uncredited)
1928 / Metro-Goldwyn-Mayer (FR) / B+W / silent / 70 min.
with Buster Keaton (Buster), Marceline Day (Sally).

Buster Keaton が Metro-Goldwyn-Mayer (MGM) と契約してハリウッド・システムの下で製作した第1作です。 不器用な街頭写真師の Buster がニュース映画社の秘書 Sally に一目惚れし、彼女に好かれようとニュース映画カメラマンを目指す、そのドタバタを描いたコメディ映画です。 監督・脚本やアドリブなどを禁じられたものの、Keaton ファンでもあった監督 Sedgwick の計らいで、かなりの裁量を得ていたとのこと。 ダメダメな展開となる Sally とのプールでのデートの場面などユーモラスなだけでなく当時の流行風俗も伺える興味深さですし、 特ダネとなる中華街の抗争での多数のエキストラを使ったアクションの場面も見応えありました。 DVD box The Art of Buster Keaton (Kino on Video, 2001) にはMGM時代の2作は収録されておらず、 今まで観たこと無く、今回の上映を楽しみにしていました。 期待違わず、MGMに入ってからも相変わらずの良さでした。

Die müde Tod [Destiny]
『死滅の谷』
Regie: Fritz Lang
1921 / Decla-Bioscop (DE) / B+W / silent (tinted) / 99 min.
mit Lil Dagover, Walter Janssen, Bernhard Goetzke.

モダンなSF映画 Metropolis 『メトロポリス』 (UFA, 1926) や アメリカ亡命後の1930-40年代の Film Noir で知られる映画監督 Fritz Lang のワイマール・ドイツ時代の作品です。 “Ein deutsches Volkslied in sechs Versen” (6節からなるドイツの民謡) という副題が付けられ、 中世ドイツを舞台に恋人の死を死神から取り戻そうとする女性を主人公とする、また、イスラム帝国、中世ベネチア、中国・清に着想したと思われる空想の国を舞台とする物語中物語を含む、 エキゾチックな要素もある寓話の色合いの濃い映画でした。 この時代のドイツ映画は表現主義 Expressionismus の時代で、 Lang も翌年 Dr. Mabuse, der Spieler 『ドクトル・マブゼ』 (UFA, 1922) を撮っています。 確かに死神の造形などに表現主義を思わせるものがありますが、 構図は自然で、セットも自然もしくは象徴的なものは簡潔に表現され、 カメラの動きの少ない正面性の強い構図を多用した絵画的な端正さも感じました。

He Who Gets Slapped
『殴られる彼奴』
Director: Victor Seastrom [Victor Sjöström]
1924 / Metro-Goldwyn-Mayer (US) / B+W / silent / 72 min.
with Lon Chaney, Norma Shearer, John Gilbert, Tully Marshall.

サイレント期のスウェーデンを代表する映画監督 Victor Sjöström がハリウッドで製作した第1作で、 帝政時代のロシアの戯曲 Леонид Андреев: Тот, кто получает пощёчины (1915) の映画化です。 パトロンの男爵に研究成果と愛する妻を奪われた貧乏学者が、学会で嘲笑された屈辱的な経験を契機に世を捨て、 叩かれて (邦題は「殴られる」ですが、原題は slapped で、映画中でも平手打ちされています) 嘲笑される芸を売りとするサーカスの道化に身をやつします。 しかし、サーカスの花形の曲馬師カップルの女性に憧れることで心を取り戻し、 彼女の親が彼女を仇の男爵に売ろうとしていることを知って、 自分を犠牲に、彼女を救い、男爵への復讐を果たすという物語です。 Norma Shearer と John Gilbert の演じる曲馬師カップルの美男美女っぷりにハリウッド映画を感じつつも、 道化の複雑な心情を表現する Lon Chaney の演技も素晴らしく、 自己犠牲と復讐、現世の苦悩と屈辱からの解放が重なるエンディングの切なさに心打たれる映画でした。

終盤、道化はその想いと合わせて彼女に破滅 (親に男爵へ売られる) が迫っていると伝えるものの、 真意を受け取ってもらえず、彼女は道化を叩いて笑います。 この場面から彼女の破滅と道化の復讐の不成就を予想しました。 原作はこのような救いの無い終わり方で、映画化の際に改められたとのこと。 確かに、映画での終わり方の方が後味は良く感動できそうとは思います。 その一方で、不条理な仕打ちや妻の寝取られという類似もある Woyzeck のように、 バッドエンドへの展開も見てみたかったようにも思いました。

The Devil's Ball (extrait de Fétiche mascotte)
『不思議な舞踏会』
un film de Ladislas et Irène Starevitch.
1933 / Gelma-Film (FR) / B+W / silent / 11 min.
avec Ladislas Starevitch.

帝政時代のロシアで活動を始めたポーランド系のパペット・アニメーション作家の、 ロシア革命に際して亡命したフランスでのシリーズ “Fétiche” の作品の1つです。 上映されたのは Fétiche mascotte (1933) から 抜粋され The Devil's Ball と題された短編です。 不気味可愛いパペットなどか沢山出てくるストップモーション・アニメーションで、 Tim Burton などの原点を見るようでした。

Le Voyage Imaginaire
『空想の旅』
un film de René Clair
1926 / Les Films Georges Loureau (FR) / B+W / silent / 63 min.
avec Dolly Davis, Jean Borlin.

銀行勤めの気弱な男性が、夢の中で偶然助けた妖精の館に連れられ、 そこから繰り広がるドタバタを描いた邪気の無い大人のファンタジックなコメディでした。 この頃の Clair なのでモダンな作風を期待していたので [関連する鑑賞メモ]、 前半の書き割りに近いカメラワークもベタな妖精の館の場面には少々肩透かしを感じました。 しかし、そこからノートルダム大聖堂屋上でロケをしたという場面でのモダニズム感じるカメラワーク への飛躍には、そう変わるかと、ちょっと驚きました。 後半の蝋人形館の場面でのドタバタでの革命裁判や Charle Chaplin: The Kid (1921) の引用も絶妙でした。

今回は、Buster Keaton や René Clair で未見だったものを観られると楽しみにしていたのですが、 結局、観た中で最も印象に残ったのは He Who Gets Slapped。 この企画ででは無いですが去年に観た William Wellman: Beggars of Life 『人生の乞食』 (1928) [鑑賞メモ] もそうでしたが、 ハリウッド映画も実際に観ると良い映画が少なくなく、油断なりません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

映画帰りに、日ノ出町駅と黄金町駅の間のエリアで開催中のアニュアルのイベント 『黄金町バザール 2024』 を観てきました。 八番館で開催されていたイベント内展覧会『寄る辺ない情念』などその会場も含めて雰囲気あるかなと思いましたし、 自分もまだ若かった1990年代の頃はそういう雰囲気も楽しんでいたように思いますが、今はコンセプトや運営の緩さの方が気になってしまいます。うむ。

[4179] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Apr 28 22:09:33 2024

先々週末土曜の話になりますが、晩に渋谷でこのライブを観てきました。

KAZE + Ikue Mori
公園通りクラシックス
2024/04/13, 19:30-21:00.
KAZE: 田村 夏樹 [Natsuki Tamura] (trumpet), Christian Pruvost (trumpet), 藤井 郷子 [Satoko Fujii] (piano), Peter Orins (drums); モリイクエ [Ikue Mori] (electronics); ゲスト: 石川 高 [Ko Ishikawa] (笙 [sho]).

2010年代から継続的に活動を続ける日仏混交の improv の4tet KAZE は、 近年、ニューヨーク拠点の Ikue Mori を加えた編成でツアーやアルバム・リリースをしていますが、その5tetでのライブです。 自分が観たライブでは、雅楽の楽器 笙 をゲストとして加え、曲の区切りが3回程あったものの休憩無しの短いアンコール有り、約1時間半の演奏を聴かせました。

KAZEの演奏は特殊奏法を多用して爆音ではないものを刻んだ音を手数多めに繰り出す展開の少しとっ散らかった印象を受けるものです。 そんな KAZEの 音に、Ikue Mori の electronics もドローンではなくグリッチ音を空間に撒くような音出しもマッチしています。 しかし、笙 (sho) のリード管を束ねた倍音成分が多い音をゆったりドローンのように持続させて演奏することが多く、KAZEのスタイルとは対照的です。 1曲目は「交互」というタイトルが付けられて、そんなKAZEのチャカポコとした演奏と笙の持続音が交互に出てくる展開。 あえてその対称的な音を際立たせるような展開に、取り合わせの相性悪いんだか、妙な取り合わせが面白いんだか、聴きながら戸惑うところがありました。 笙もロングトーンではないしゃくる様な音を使うこともあり、次第に馴染んでいった感もありましたが、最後まで聴いて違和感を感じたライブでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

先週末は土曜を休養日にして、日曜昼に鎌倉へ。 北鎌倉からアプローチして、神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で 小金沢健人×佐野繁次郎『ドローイング/シネマ』 (5/6まで)。 20世紀半ばに『銀座百景』表紙などの装幀、挿画などで活躍した佐野繁次郎の原画などを資料としてオーソドックに並べるのではなく、 小金沢健人によるインスタレーションで動的に蘇らせるような展示でした。

さらにその後は、馴染みの店 鎌倉カフェ・アユーの開店1周年イベントに顔を出してきました。 この日は「オブスキュア・レーベル特集」ということで、 1970年代後半に活動した Brian Eno のレーベル Obscure の10枚のアルバムを聴くというものです。 半分くらいは自分も持っていますが、良いオーディオでじっくり聴くと新たな気付きがあるものです。 しかし、開店とほぼ同時に入って頭から順番に聴いていたのですが、 17時頃には酔いが回ってしまい、半ばにしてリタイアしてしまいました。うむ。

[4178] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Apr 21 23:48:36 2024

先週末の土曜は、午後遅めに東京駅へ。この展覧会へ会期末駆け込みしてきました。

Yasui Nakaji 1903-1942: Photographs
東京ステーションギャラリー
2024/02/23-04/14 (月休, 4/8開), 10:00-18:00 (金-20:00).

戦前戦中に大阪「浪速写真倶楽部」「丹平写真倶楽部」を拠点に活動した 安井 仲治 の回顧展です。 『アヴァンガルド勃興 近代日本の前衛写真』 (東京都写真美術館, 2022) を観て [鑑賞メモ] 意識するようになったところ、 まとまった形で作品を観るちょうど良い機会と、足を運びました。

最初期1920年代の写真はソフトフォーカスのプロムオイルプリントでピクトリアリズム的な作風で、 1920年代末頃から次第にゼラチンシルバープリントのシャープが画面の新興写真らしい作風へ、 そして、1930年代後半になると新興写真以降のアヴァンギャルドなコラージュ写真やシュールレアリズムへと、戦前日本の写真の潮流を追うようでした。 しかし、そのような潮流の典型のような作品よりも、ピクトリアリズムと新興写真の移行期の試行錯誤したような写真や、 港湾労働者やメーデーを捉えた写真に感じられるジャーナリスティックな視点が、印象に残りました。

そして、そんな作風の変遷を経て39歳で病没する直前の1940-42年に撮られた、 山根曲馬団を捉えた『サーカス』シリーズ (1940)、 勤労奉仕として撮った傷痍軍人のポートレート『白衣勇士』 (1940)、 ヨーロッパからシベリア経由で日本に逃れてきたユダヤの人々を捉えた『流氓ユダヤ』シリーズ (1940) などは、 ここまでに培ってきたモダニズムの大胆な画面作りと社会状況変化に対するジャーナリスティックな視線がここぞという点で出会った作風で、見ごたえを感じました。

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この週末は、板橋区立美術館の『「シュルレアリスム宣言」100年 シュルレアリスムと日本』も会期末で、 どちらにするか悩んで、泣く泣くそちらは見逃しました……。 国立近代美術館の『中平卓馬 火―氾濫』も、気付いたら終わってしまっていましたし。 見逃しが多くていけません。うむ。

[4177] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Apr 20 22:14:16 2024

先々週末の土曜、夕方に初台から岩本町というか秋葉原へ移動。このライブを観てきました。

CLUB GOODMAN, 秋葉原
2024/04/06, 17:00-22:00
1st set: 田中 悠美子 (三味線, エレキ大正琴), 藤井 郷子 (piano), Momose Yasunaga (modular synthesizer); 2nd set: 高良 久美子 (vibraphone, percussion), 向島 ゆり子 (violin), 妖精マリチェル (electronics); 3rd set: シュガー吉永 (guitar), かわいしのぶ (bass), 天鼓 (voice); 4th set: 八木 美知依 (エレクトリック12弦琴), 香村 かをり (Korean percussion), 武田 理沙 (synthesizer); 5th set: モリイクエ (electronics), レオナ (tap dance, 全身打楽器), 纐纈 雅代 (alto saxophone); 6th set: モリイクエ (electronics), 天鼓 (voice); Finale: frillオーケストラ: 武田 理沙 (synthesizer), シュガー吉永 (guitar), 八木 美知依 (エレクトリック12弦琴), レオナ (tap dance, 全身打楽器), Momose Yasunaga (modular synthesizer), 高良 久美子 (vibraphone, percussion), 香村 かをり (Korean percussion), 妖精マリチェル (electronics), 向島 ゆり子 (violin), 纐纈 雅代 (alto saxophone), かわいしのぶ (bass), 天鼓 (voice).

天鼓 [Tenko] の呼びかけによって実現した、日本を拠点に (ニューヨークのモリイクエ [Ikue Mori] を除く) 即興音楽の文脈でも活動する女性ミュージシャンを集めたフェスティバルです。 参加したのは15名。1970年代末から活動するパイオニア的な存在である 天鼓、モリイクエ から、 1980年代初頭頃に活動を始めた世代のミュージシャンが多いものの、2010年代以降の若い世代も参加してしています。 そのバックグラウンドも、ジャズやアンダーグラウンドなロック (ポストパンク/アヴァンロック)、邦楽、若い世代のエレクトロニカ/アンビエントなど、多様です。 これまでにライブを観たことがあるミュージシャンは数人。広く聴く良い機会かと、足を運んでみました。 15名を3人ずつ5組に分け、それぞれ約30分の即興演奏、 トリは 天鼓 と モリイクエ の短めのデュオ、そして、最後に12名によるフィナーレ、という構成でした。 間はセット替えの約15分と3,4組目の間の40分程の休憩があり、約5時間のライブでした。

最初の2組は繊細な音使い多いの展開でしたが、3組目以降はラウドな音出しによるパワフルな演奏が繰り広げられました。 ラウドな音といっても、使われる楽器の違いもあって、そのニュアンスは様々、 ロック色濃い3組目から5組次第にジャズ/インプロ色濃くなっていくように感じられました。 最近、大きな音のライブに足を運ばなくなっていたので、久々に音圧を浴びることができました。 しかし、やはり最初の2組の方が楽しめたでしょうか。 特に、2組目、ヴィブラフォン (高良久美子) とヴァイオリン (向島ゆり子) だけでは淡々と抽象的になり過ぎそうな所に、 両手にモーションセンサーを付けての身振り付きのエレクトロニクス (妖精マリチェル) が加わった点が、良い変化というかアクセントになっていて、楽しめました。 天鼓 と モリイクエ のデュオは流石に音圧無しでも鋭さのある演奏。 ほぼ全員が舞台に上がったフィナーレは、祝祭的に盛り上がりました。

正直に言えば、昼に別の公演を観た後の、晩の5時間は気力・体力的に厳しいものがありましたが、なんとかラストまで完走できました。 一度に多くのミュージシャンを観て個々の演奏の印象が薄まってしまった感はありましたが、多様性を窺い知ることはできたでしょうか。

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[4176] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Apr 14 22:53:54 2024

先週末の土曜は、昼過ぎに初台へ。このパフォーマンスを観てきました。

坂本 龍一 + 高谷 史郎
Ryuichi Sakamoto + Shiro Takatani: TIME
新国立劇場 中劇場
2024/04/06, 14:00-15:15.
音楽 + コンセプト [Sound + Concept]: 坂本 龍一 [Ryuichi Sakamoto]; ヴィジュアル・デザイン + コンセプト [Visual Design + Concept]: 高谷 史郎 [Shiro Takatani]
出演: 田中 泯 [Min Tanaka] (ダンサー), 宮田 まゆみ [Mayumi Miyata] (笙奏者), 石原 淋 [Rin Ishihara] (ダンサー); 藤田流十一世宗家 藤田六郎兵衛 [Rokurobyoue Fujita] (能管, 2018年6月録音)
照明デザイン: 吉本 有輝子; メディア・オーサリング, プログラミング: 古舘 健, 濱 哲史, 白木 良; 衣装デザイン: ソニア・パーク 衣装制作: ARTS&SCIENCE
引用テキスト及びその翻訳: 夏目 漱石『夢十夜〈第一夜〉』, 『邯鄲』 (英訳:Sam Bett), 『邯鄲』 (現代語訳: 原 瑠璃彦), 『胡蝶の夢』 (英訳: 空音 央)
Produced by Richard Castelli, 空 里香, 高谷 桜子; In co-production with Holland Festival - Amsterdam, deSingel - Antwerpen, Manchester International Festival; Developed in collaboration with Dumb Type Office, KAB America Inc., Epidemic.
初演: Holland Festival, Westergas - Gashouder, 20 June 2021.

2023年に亡くなった 坂本 龍一 と Dumb Type の 高谷 史郎 による2021年に初演された舞台作品の日本初公演です。 2018年に観た『ST/LL』 [鑑賞メモ] と同様、 正方形に薄く水を張った床を効果的に使ったミニマリスティックなビジュアルによる、スタイリッシュに静謐な舞台作品でした。 この舞台美術で使われた鏡面のような水面のインスタレーションは、『ST/LL』以前の 坂本 龍一+高谷 史郎 「water state 1」 (2013) [鑑賞メモ] などで見られたものです。

夏目 漱石 の短編『夢十夜〈第一夜〉』 (1908)、能の演目『邯鄲』、中国古典の荘子の説話『胡蝶の夢』から採られたテキストが使われ、 その朗読や字幕に沿うようにパフォーマンスが進展します。 そのテキストの主人公的な役割を 田中 泯 が、そして、テキスト中で主人公に関わる女性の役割を 石原 淋 が無言で演じるのですが、 それはリアリズム的ではなく、ゆっくりした動き、様式的かつ象徴的な佇まいや横になった姿でそれを表現していきます。 笙 を吹きながら静かに舞台を横切るだけの 宮田 まゆみ も淡々と進む時間の歩みを象徴するよう。 時おり投影されるいかにも Dumb Type のタイル貼り画像のラッシュの映像、そして、使われているテキストもあって、現実とも夢ともつかない儚い時の流れを見たようでした。

よく言えばスタイリッシュでわかりやすい作品でしたが、舞台上の各要素の関係が少々説明的にも感じられました。 そんな中では、田中 泯 が枝やブロックを投げ込んで静かな水面を乱すような不穏さが印象に残りました。

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[4175] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Apr 11 0:08:03 2024

先々週末の土曜は、昼に麻布台でパフォーマンスと展覧会を観た後に、与野本町へ移動して、この舞台を観てきました。

彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2024/03/30, 15:00-16:10.
Chorégraphie: Noé Soulier.
avec Stephanie Amurao, Julie Charbonnier, Adriano Coletta, Yumiko Funaya, Nangaline Gomis, Nans Pierson.
Musique: Noé Soulier, Tom De Cock et Gerrit Nulens; Interprétation: Ensemble Ictus (Tom De Cock et Gerrit Nulens, percussions).
Lumières: Benjamin Aymard, Victor Burel
Production: ND Productions; Production déléguée : Cndc – Angers
Première: Tanz im August, HAU Hebbel am Ufer, Berlin, 30 August 2018.

コンテンポラリー・ダンスの文脈で活動するフランス出身のダンサー/振付家 Noé Soulier による振付作品の来日公演です。 Soulier は Rosas と関係深いベルギーのダンス学校 P.A.R.T.S. (Performing Arts Research and Training Studios) 出身で、 2020年より Cdnc Anger (Centre national de danse contemporaine) の芸術監督を務めています。 そのバックグラウンドを信頼して、また、Rosas との共演での来日もある [鑑賞メモ] 現代音楽のアンサンブル Ictus が生演奏するということで、観に行きました。

ほぼ剥き出しのブラックボックスの舞台にほぼ白色のフラット気味の照明の中、モノトーンのシンプルなカジュアルウェアのような衣裳のダンサー6人が踊る、ミニマリスティックでアブストラクトなダンス作品です。 物があるかのようにそれを投げる、突く、払う、蹴るといった動作に着想した作品ですが、 日常動作というには大振りですが、マーシャルアーツの動きのような制御された型ではなく、ちょっと無造作さを感じさせる動きから、ダンスが組み上げられていきます。 前半にフロアで絡み合うデュオがありましたが、ダンサー同士が組む場面はほとんどなく、2〜3人のダンサーがシンクロすることがある程度。 Ictus の音楽は打楽器2名によるもので、あらかじめ用意されたものではなくダンスと一緒に創作したとのことですが、 ビートで動きを盛り立てるというとり、動きと音の関係も付かず離れずでそこに緊張感を生むよう。 そんな動きや音から、Rosas からストラクチャの抜いたよう、という印象を受けました。

タイトルは Virginia Woolf の小説 The Waves 『波』 (1931) から採られていますが、 その小説の物語やプロットをナラティヴにダンス化した作品ではありませんでした。 小説中に主観的な身体感覚に関するテキストが3箇所引用され、 作品中の3箇所でそれぞれそのナレーションとそれに合わせたソロがスポットライト中のダンサーによって踊られます。 それはまるで Jean-Luc Godard の映画での字幕のようで、そのテキストによって以降の作品の観方を変えることを狙った異化作用を感じる演出でした。

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[4174] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Apr 7 20:59:40 2024

先の週末土曜の昼は、パフォーマンスを観る合間に、この展覧会を観てきました。

A harmonious cycle of interconnected nows
麻布台ヒルズギャラリー
2023/11/24-2024/03/31 (1/1休), 10:00-19:00 (火-17:00;金土祝前-20:00).

自然現象に着想した作品で知られるアイスランド系のデンマーク出身の作家 Olafur Eliason [関連する鑑賞メモ] の個展です。 2023年11月24日にオープンした麻布台ヒルズに併設されたギャラリーの開館記念として開催されたものです。 同じ森ビル系の六本木ヒルズにある森美術館と比べるとかなり麻布台ヒルズの展示スペースは小規模です。

«Firefly biosphere (falling magma star)» (2023) はペンダントライト風の 回転して移ろう光と影が織りなす色彩を楽しむ作品ですが、 外部から強い光を当てる作品から [鑑賞メモ] から、 内部にLED光源を内蔵する作品への展開も、光源の技術的な進化によって可能になったというところでしょうか。

レンズで集光した太陽光を紙の円盤に焼き付けた «Sun drawing» シリーズや、 風による振り子の振動をアクリルインクで紙の円盤に記録した «Wind writing» シリーズ、 «The melting globe» シリーズのような淡い顔料のシミのような水彩画など、 自然現象を相手にしているだけに単純な幾何学的形状にならないものの、 スッキリ端正な抽象画に落とし込んでいます。

今回の展示のハイライトであるブラックボックス中のインスタレーション作品 «Your split second house» (2010) は、 回転するホースから噴き出すのたうつような水飛沫の連なりを、ブラックボックス中のストロボライトで断続的に視覚的に切り出していくようです。

西麻布ヒルズギャラリーのオープニング展に Olafur Eliasson が選ばれたのは、 Eliasson の «A harmonious cycle of interconnected nows» (2023) が 西麻布ヒルズ森JPタワーオフィスロビーにパブリックアートとして展示されることになったという経緯からなのですが、 再生亜鉛合金の粗い粒が連なるような形状は «Your split second house» の水滴の連なりにも重なるところがありました。

ギャラリーに併設されたカフェでは Studio Olafur Eliasson Kitchen とコラボレーションした ビーガンフード、ベジタリアンフードなどを使ったりメニューも提供していました。 共同開発した和食や発酵文化を取り入れた点の興味を引かれたのですが、奇を衒ったものではなく、赤米のおにぎりや味噌汁が付いていました。

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[4173] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Apr 2 21:36:15 2024

先の週末土曜は昼に麻布台へ。 麻布台ヒルズでは、開業した11月末 [鑑賞メモ] に続いて、 この3月末にも『Azabudai Hills Spring -麻布台ヒルズの春-』と題して、 中央広場やアリーナを使い、街中・野外で上演される演劇、ダンス、サーカスなどのパフォーマンス (フランス語で “Arts de la rue” と呼ばれる) のイベントを繰り広げていました。 美術展を観に行った合間の時間を使って、30日の昼、12時から13時にかけて観てきました。 今回はローヴィング・アクト (roving act) (回遊型のパフォーマンス)を揃えたという感じでした。

麻布台ヒルズ アリーナ
2024/03/30, 12:00頃
Jean-Louis Cortès, Jeanne Cortès

11月末 [鑑賞メモ] はソロだった Macadam Piano ですが、今回は violin を弾く Melle 1925 を連れて。 名前の通り Art Déco 期というか Les Années folles を思わせる服装ですが、 演奏していた音楽はそこまでその時代を思わせるものではなかったような。

麻布台ヒルズ アリーナ
2024/03/30, 12:50頃

イギリスの Theatre Illumiere によるスティルト (stilt; 高足) のウォーキングアウト。 スティルトのウォーキングアクトというと、ヨーロッパ中世風やスチームパンク風のファンタジー色濃い出立ちでミステリアスな演出をするものが多いという印象がありました。 しかし、これは、人間彫刻、それもカートゥーン的なディフォルメをされたコミカルさで、フレンドリーにグリーティングしていました。 こういうのもアリだったか、と。

麻布台ヒルズ 中央広場
2024/03/30, 12:50頃

お馴染みスリンキー (slinkie; 螺旋状のワイヤを骨に持つ伸縮折り曲げ自在なパイプ) を使ったショーです。 2000年代初頭は Theater Rue Piétonne をよく観たものでしたが [鑑賞メモ]、 今回出演していたのはオーストラリアのカンパニー Bedlam Oz。 プログラムはストーリー仕立てのショーではなく、スリンキー姿で取り囲んだ観客に戯れついたりというグリーティングを10分程度。 そのあとはスリンキーを脱いで整然と退場しました。

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美術展の方の話はまた後ほど。

[4172] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Mar 31 18:40:48 2024

先の土曜の夕方は、渋谷から三軒茶屋へ移動。この公園を観てきました。

世田谷パブリックシアター シアタートラム
2024/03/23, 17:00-18:10.
演出: 小野寺 修二.
出演: 數見 陽子, 丹野 武蔵, 大西 彩瑛, 鈴鹿 通儀, 藤田 桃子, 小野寺 修二; 桂 小すみ (三味線演奏).
照明: 阿部 康子; 音響: 池田 野歩; 美術: 松岡 泉, 石黒 猛; 衣装: 今村 あずさ; 舞台監督: 橋本 加奈子, 鈴木 章友; イラストとチラシデザイン: チャーハン・ラモーン; 稽古手話通訳: 清田 真見, 井本 麻衣子; 制作協力: 河野 遥
新作公演.

マイムをベースとしたカンパニーデラシネラ [関連する鑑賞メモ] の新作は Albert Camus の未完の自伝的小説をモチーフにした作品です。 モチーフが採られた小説はおそらく Le Premier Homme『最初の人間』 (1994) かと思われますが、 フライヤや当日リーフレットにもタイトルが明記されていませんでした。 このカンパニーは必ずしも台詞を排した作品作りをしているわけでは無いですが、この作品では、三味線演奏者の歌はありましたが、台詞なしでした。

祖母役こそ 藤田 に固定されていましたが、1人で複数役が演じられます。 さらに、冒頭の場面こそ馬車での旅、そして出産準備のシーンでしたが、 父の墓参りの場面や鶏小屋の場面などは終わり近くにあります。 衣裳や美術も抽象度は高く、 日干しレンガを思わせる土くれた質感のスケールを三分の一程度にした方形を組みあわたような建物のセットが、 そして祖母のスカーフと、時折被られる赤いトルコ帽が、近代の旧オスマン帝国領 (フランス植民地時代のアルジェリア) が舞台であることをかすかに想起させる程度です。 そんなこともあってか、小説の展開や登場人物の内面などを追うナラティヴな作品ではなく、断片的なイメージのスケッチを積み重ねていく抽象度高めの作品に感じられました。

そんなスケッチの中では、影を上手く使った墓参の場面や、 冒頭の馬車の場面や中盤にあった列車での移動の場面など建物のセットを他のものに見立てる場面などに、いかにもデラシネラらしい演出を楽しみました。 銃やピストルの小道具も使われましたが、戦争や暴力の影を感じる程度。 いくつかのスケッチで使われた、ふと蘇った記憶か幻影かのように周囲の人が消える終わらせ方、 そしてラストの電燈を見上げる場面などから、ノスタルジックというか感傷的な余韻を残しました。 その一方で、テーブルの移動やライティングで場面を切り替えるものの、 舞台奥中央にどっしり動かない日干しレンガの建物風のセットがあったせいかダイナミックな空間変容は感じられず、 動きが控えめな静かなスケッチが連なるようでした。

カミュの母はろう者だったというエピソードにフライヤで触れており、 日本ろう者劇団の 數見 陽子 が出演していましたが、 手話に疎いからかもしれませんが、開演直前の注意事項の案内を除いて明らかにそれとわかるような演出はありませんでした。 また、音楽は寄席囃子の 桂 小すみ による生演奏に、録音を重ねたもの。三味線演奏とクレジットされていますが、太鼓などの打楽器も使いました。 ミュージカル専攻というバックグラウンドを活かしてオペラ (記憶が怪しいですが確か La traviata) の一節を歌ったりもしましたが、 録音では取って付けた感が強くなる所、それとは違った異化作用を感じられて、そこに生演奏の良さを感じました。

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公演後、馴染みのヨーロピアンビアパブ Pigalle Tokyo で一杯やったのですが、 隣になったのが偶然、コンテンポラリーダンスをよく観ている方。 今回のカンパニーデラシネラは観ていないようですが、主要な海外カンパニーの来日公演はほぼ観ているような方で、 Dimitris Papaioanou 観に京都行きましたよね、とか、来週末は Noé Soulier ですね、とか、会話が盛り上がりました。 こういう偶然があるので公演後の一杯は楽しいものです。

[4171] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Mar 25 22:43:06 2024

先の土曜の午後は、雨上がりに渋谷文化村へ。休館中の建物を使った展覧会を観てきました。

『渋谷ファッションウィーク2024春 - THE INSTALLAYION II』
Bunkamura 地下1階
2024/03/16-2024/03/24, 13:00-20:00 (最終日 -18:00)
西野 達, evala.

『渋谷ファッションウィーク2024春』の一環の、 東急本店跡再開発工事のためオーチャードホールを除き休館中の Bunkamura 地下1階を使ったインスタレーション展示です。 西野 達、evala の2人のインスタレーションが展示されていました。

西野 達 といえば公共彫刻の人物像などの周囲に小部屋などを作り込むインスタレーションで知られますが、 今回はそのような作風のものではなく、Bunkamura 内施設で使われてきた什器備品の表面をミラーボールに使う小さな鏡で埋め尽くしたものを吊るした “Mirrorball Furniture”。 作家の意図とは違い、ミラーボールというより人工衛星のように見えるものになっていたのは面白く感じましたが、 使われていない空間を大胆に使ったインスタレーションを観たかったように思いました。

evala の作品は、1年前に閉鎖された音楽スタジオの空間を使ったインスタレーション “Sprout”。 録音用の各種機材が運び出された後の薄暗いスタジオに小型のスピーカを疎に敷き詰めたり、 暗いオペレーションルームに小さなディスプレイ2台でスタジオの映像を薄し出したり。 そこで流す音も控えめな物音、電子音のようなもの。 作家性を強く主張するというより、その空間の雰囲気を活かしつつ、スタジオ跡の見学を誘うかのようなインスタレーションでした。

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[4170] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Mar 24 22:50:45 2024

先の水曜、春分の日の晩に、配信でこのダンス映画を観ました。

Based on the stage production Creature by Akram Khan, A Co-Production between English National Ballet and Opera Ballet Vlaanderen, Co-Producer: Sadler's Wells, 2021.
Director: Asif Kapadia; Producer: Uzma Hasan of Little House Production.
Choreography and Stage Direction: Akram Khan; Original Music and Sound Design: Vincenzo Lamagna; Visual and Costume Design: Tim Yip, with the voice of Andy Serkis; Repetiteurs: Mavin Khoo, Nicky Henshall; Original Stage Lighting Design: Michael Hulls; Dramaturgy: Ruth Little; Assistant Choreographer: Andrej Petrovic; Sound System Designer: Yvonne Gilbert.
Director of Photography: Daniel Landin b.s.c.; Editor: Sylvie Landra a.c.e.
Cast: Jeffrey Cirio (Creature), Erina Takahashi (Marie), Stina Quagebeur (Doctor), Ken Saruhashi (Captain), Fabian Reimair (Major), Victor Prigent (Andres), et al.
English National Ballet Philharmonic, Music Director: Gavin Sutherland
Filmed in the Holloway Production Studio, English National Ballet, London (Mulryan Centre for Dance)
配信: NHKオンデマンド, from 2024-03-19 to 2024-04-16.

ロンドンを拠点に活動するバングラディシュ系イギリス人の振付家 Akram Khan [関連する鑑賞メモ] が English National Ballet のために制作したダンス作品を映画化したものです。 いわゆる劇場中継ではなく、劇場同等のセットを English National Ballet の持つ Holloway Production Studio に作り、そこで劇場に近い形で上演されたものを撮影しています。 劇場中継に近い作りですが、カメラの動きやノイズなどのエフェクト、回想シーンの挿入など劇場中継ではできない映像演出も使われています。

物語バレエというか、バレエのイデオムはほとんど使われない、コンテンポラリーなダンス作品です。 「Mary Shelley の Frankenstein の影と共に、Georg Büchner による表現主義の古典 Woyzeck に着想」とのことで、 Frankenstein の怪物 (Creature) が北極へ向かった後日譚として、 北極圏にある軍事組織下の収容所らしきディストピアで生体実験の実験台にされる Creature の物語として Woyzeck を翻案したような物語でした。 Creature が表現主義的というか苦しみ悶える様をのたうち回るようなダンスとして表現する一方で、 モノトーンのシンプルな衣装をまった軍事組織の人々の体操を思わせる力強い動きでの群舞がコントラストとなり、 わかりやすくもディストピア的な不条理の描写を楽しみました。

しかし、着想したという Woyzeck にあった階級と貧困の問題 [関連する読書メモ] が無くなってしまった点は物足りなく感じました。 Woyzeck では主人公は嫉妬で錯乱して Marie を殺して自分も溺死してしまう破滅的な結末を迎えますが、 Creature では Marie は死んでしまうものの Creature (Woyzeckに対応) が手をかけるわけではなく、死んだ Marie を抱えて昇天するかのようで、そこに救済を感じました。

Akram Khan が English National Ballet のために制作した作品は、これで3作目。 最初の Dust (2014) は未見ですが、 Giselle (2016) は配信で観ています [鑑賞メモ]。 Woyzeck のプロットが好みということもあるのか、 バレエ的な要素が後退したこともあるのか、Giselle と比べて楽しめました。 こういう公演を生で観たいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この週末金曜晩、 筑波大学第6回 オンラインによるロシア・中央アジア映画上映会による配信で映画 Yo'ldosh A'zamov: Maftuningman [Юлдаш Агзамов: Очарован тобой]] 『きみに夢中』 (O'zbekfilm [Узбекфильм], 1958) を観ました。 時代は雪解け直前、ソ連時代のウズベキスタンで制作されたミュージカル映画、 というかミュージカル映画制作のために新人オーディションなどする様子を通してウズベキスタン各地の歌や踊りを取り上げたメタ映画です。 映画のスタイルにしても、映画中で使われている伝統的な音楽・舞踏をオペラ・バレエ的な制度で舞台芸術化するかのようなスタイルにしても、時代を感じるところがありましたが、 ソ連時代の中央アジアの映画にしても音楽・舞踊にしてもなかなか接することが無いものなので、とても興味深く観ることができました。

[4169] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Mar 20 23:20:24 2024

先々週末と先週末の土曜は、 シアター・イメージフォーラム『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師』で、 1980年代から1990年代初頭にかけての Peter Greenaway の映画4本を観てきました。

The Draughtsman's Contract (4K remaster)
『英国式庭園殺人事件 (4Kリマスター)』
A film by Peter Greenaway
1982 / Vista / monoral / 107 min.
Produced by British Film Institute (BFI) in association with Channel Four. Remastered in 4K by BFI National Archive, 2022.
Starring: Anthony Higgins (R. Neville), Janet Suzman (Virginia Herbert), Anne Louise Lambert (Sarah Talmann), Neil Cunningham (Thomas Noyes), Hugh Fraser (Mr. Talmann).
Photography: Curtis Clark; Art Direction: Bob Ringwood; Costume: Sue Blane; Music by Michael Nyman; Written and Directed by Peter Greenaway.
上映: シアター・イメージフォーラム, 2024-03-16 15:45-17:42.

Greenaway の長編劇映画 (feature film) の第1作です。 舞台は1694年のイングランド南西部ウィルトシャーの田舎の屋敷 (country house)。 その屋敷に招かれた画家 R. Neville は、屋敷の主人の妻 Mrs. Virginia Herbert と、 夫 Mr. Herbert が不在の間に邸宅を含む風景画を12枚描くという契約を結ぶことになり、その殺人事件に巻き込まれるという話です。 映画の中で謎が明かされることはありませんが、 Neville の契約は、関係が冷え仕事で不在がちな Mr. Herbert の殺害の罪を Neville に着せ、子の無い Mrs. Talmann に相続人となる子を妊娠させるいう、 邸宅の地所の相続を目的とした Mrs. Herbert とその娘 Mrs. Sarah Talmann の策略だったと、暗示されます。 母娘の策略とその道具に使われることとなる男、リアリズム的な心理描写に欠け、むしろ、セックスや殺人も契約や相続を巡るゲームの一部のような展開で、 特殊なライティングやグロテスクな細部はまだあまり見られませんが、 横移動はあれと動きの少ないカメラによる奥行き感を殺した正面性の強い画面作りによる様式的な映像は、 Drawning By Numbers (1988) の原点を観るようです。

A Zed & Two Noughts
『ZOO』
A film by Peter Greenaway
1985 / Vista / 2.0 ch / 116 min.
A BFI Production/Allarts Enterprises/Artificial Eye Productions/Film Four International Co-production.
Starring: Andrea Ferréol (Alba Bewick), Brian Deacon (Oswald Deuce), Eric Deacon (Oliver Deuce), Frances Barber (Venus de Milo), Joss Ackland (Van Hoyten).
Written and Directed by Peter Greenaway; Music by Michael Nyman; Director of Photography: Sacha Vierny; Film Editor: John Wilson; Production Designer: Ben Van Os & Jan Roelfs.
上映: シアター・イメージフォーラム, 2024-03-16 18:30-20:36.

以降で継続的に協働する Sacha Vierny (撮影)、Ben Van Os & Jan Roelfs (プロダクション・デザイナ) が参加した初めての作品です。 アムステルダムの動物園で働く双子の動物学者 (Oswald, Oliver) が、自動車事故で同時に妻を亡くしたことを契機に、動物の死体の腐敗を記録する実験にハマっていくという話です。 リアリズム的な心理描写や物語に欠ける展開で、謎めいている部分も含めて多分に寓話的です。 双子という主人公もそうですがシンメトリーにこだわった、 また、カタツムリなど使ったフェティッシュさを感じる画面作り、 死体の腐敗のタイムラプス映像と生物進化のドキュメンタリー映画の対比などが、強く印象を残します。

Drawning by Numbers (4K remaster)
『数に溺れて (4Kリマスター)』
A film by Peter Greenaway
1988 / Vista / 2.0 ch / 118 min.
A Allarts Enterprises/Drawing By Numbers BV/Film Four International/Elsevier Vendex Film Co-production; 4K remaster: Severin Films, 2023.
Starring: Bernerd Hill (Madgett), Joan Pluwright (Cissie Colpitts), Juliet Stevenson (Cissie Colpitts), Joely Richardson (Cissie Colpitts), Jasen Edwards (Smut), et al.
Director of Photography: Sacha Vierny; Production Designer: Ben Van Os & Jan Roelfs; Production Sound: Garth Marshall; Music: Michael Nyman; Film Editor: John Wilson; Written and Directed by Peter Greenaway;
上映: シアター・イメージフォーラム, 2024-03-09 13:15-15:23.

舞台は現代のイングランド東部サフォークの海近く。 同じの名を持つ母とその娘、姪の3人の Cissie Colpitts による溺死による夫殺しと、 それを事故死とするよう求められ最後には溺死させられる検視官 Magett の話です。 The Draughtsman's Contract の変奏のようなプロットですが、 夫殺しに財産相続のような動機すら感じられないこと、 Madgett は Neville のように女性たちと性的関係を結べずに拒絶されること、など、さらに徹底した感があります。 映画の中で様々なゲームが描写され、Cissie たちと彼女たちの夫殺害を疑う人々の争いすら綱引きとして描かれるなど、世の中はすべてゲームであるといった感すらあります。 ZOO ほどではないもののグロテスクなフェティッシュを感じさせ、 また、不自然なライティング使いや対称性を強調した画面など、 ストーリーだけでなく映像も様式性を強く感じます。

Prospero's Book
『プロスペローの本』
A film by Peter Greenaway
An adaptation of The Tempest by William Shakespeare.
1991 / Vista / 2.0 ch / 126 min.
A Miramax/Kees Kasander Production.
Starring: John Gielgud, Michael Clark, Michael Blanc, Erland Josephson, Isabelle Pasco, Tom Bell, Kenneth Cranham
Directed and Written by Peter Greenaway; Director of Photography: Sacha Vierny; Music by Michael Nyman; Infography by Eve Ramboz; Edited by Marina Bodbijl; Production Design by Ben Van Os & Jan Roelfs.
上映: シアター・イメージフォーラム, 2024-03-09 15:45-17:58.

1990年代に入って当時最新の映像技術だったハイビジョンを使って撮影された映画です。 William Shakespeare 最後の作品 The Tempest に基づくもので、翻案で大きく話が変えられていることもなく、今回観た4作品の中では最もわかりやすいストーリーです。 しかし、リアリズム的な劇映画にしているわけではなく、オペラ・バレエを思わせる様式的な過剰な舞台作品的な演出がなされ、神話的な叙事詩として映像化しています。 マルチウインドウやオーバーレイによる画面の組み合わせを行ったり、本を擬したアニメーションを字幕に使うなど、オーソドックスな劇映画からは外れた多分に視覚デザイン的なセンスを感じる画面作りです。

怪物 Caliban 役でコンテンポラリー・ダンスの文脈で知られるダンサー/コレオグラファー Michael Clark が出演して、舞踏も思わせる奇怪なダンスを披露しています。 さらに、コレオグラファーとしてもクレジットされ、映画中のあちこちで彼が振付た群舞を含むダンスが期待以上に観られます。 Michael Clark のダンス映画としても観られる映画でした。

The Draughtsman's ContractDrawning By Numbers は日本公開当時に観ていましたが、 4Kリマスターの精細な画面で見直すことで、この様式的な作風の Peter Greenaway を堪能できました。 ZOO は当時観た覚えはないのですが、音楽に聴き覚えがあって、少々不思議な気分でした。 Prospero's Book も初見でしたが、自分がバレエやオペラにもそれなりに親しむようになっているせいか、 また、The Pillow Book (1996) など1990年代のコンピュータ編集した画面を駆使した作風の原点という点でも、興味深く観られました。 4Kリマスターと交えてみたせいか、ハイビジョンでも精細さに欠けて見えてしまったのが、残念。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4168] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Mar 13 23:15:20 2024

十日前の日曜は、午後に三軒茶屋へ。この公演を観てきました。

Ate9 Dance Company / Danielle Agami (choreo.)
EXHIBIT B / calling glenn
世田谷パブリックシアター
2024/03/04, 15:00-17:00.
Artistic Direction and Choreography: Danielle Agami
Director's assistant and production: Andrea Just; Dramaturge: Rebecah Goldstone; Lighting designer: Bernat Jansà.
Dancers: Manon Andral, Adrien Delépine, Björn Bakker, Julien Guibourg, Carmela di Costanzo, Yun-Ting Tsai, Óscar Pérez.
EXGHIBIT B
Year: 2017; Length: 30 min.
Music: Omid Walizadeh.
calling glenn
Year: 2016; Length: 50 min.
Live Music: Glenn Kotche.

中東系ユダヤ人のルーツを持ち、イスラエルの出身で Batsheva Dance Company での活動の後、 アメリカに拠点を移したダンサー/振付家 Danielle Agami が、 2012年に立ち上げたロサンジェルスを拠点とするカンパニー Ate9 Dance Company のダブルビルです。 Batsheva Dance Company はそれなりに観ているという程度の事前知識で、 アメリカのコンテンポラリー・ダンス・カンパニーが来日する機会が少なく (自分が観たのは Benjamin Millepied L. A. Dance Project [鑑賞メモ] 以来10年ぶり)、 久々に観る良い機会かと足を運びました。

前半はイスラエルの紛争 (conflict) をテーマにしたという30分ほどの作品です。 7人のダンサーによる、体をぶつけたり投げ出したりという荒い動きと、日常的と感じる動きが、交錯します。 ロサンジェルスのイラン系DJによるアブストラクトなブレイクビーツを使い、 後方や袖は暗く落とし、白っぽい床に薄くベージュがかった白の衣裳でにライティングのみミニマリスト的な演出でしたが、 それが単調にも感じられ、掴みどころなく感じました。

後半は、オルタナティヴ・ロック Wilco のドラマー Glenn Kotche による生伴奏を使った50分ほどの作品です。 前半と同じ7人のダンサーによって演じられました。 壁も床も剥き出し感のある状態で、ジェンダーレスな黒の衣裳で時に赤を纏い、折り畳みパイプ椅子を道具に使います。 一人から数人の間の日常的なやり取りを時にデフォルメしたかのようなスケッチを、音楽に即興的なダンスも交えつつ、繋げていくような展開でした。 ユーモラスな動きも多く、また、生演奏の伴奏も爆音ドラムから鉄琴類の繊細な音までメリハリある緊張感で、グッと引き込まれて観ることができました。

良かった後半 calling glenn の印象のおかげもあってか、 もしくは、公演後のトークでの気取らない雰囲気もあってか、抽象度高めの作品の割には親しみやすやを感じました。 そういう所はヨーロッパのカンパニーにはあまり無い雰囲気かもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4167] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Mar 10 20:38:32 2024

先週末土曜は、昼過ぎ初台へ。この公演を観てきました。

『カルメル会修道女の対話』
新国立劇場 中劇場
作曲 [Music by]: Francis Poulenc; 台本 [Libretto by]: Georges Bernanos.
演出・演技指導 [Production]: Stephan Grögler;
キャスト: 野口 真瑚 (Blanche de la Force), 小林 紗季子 (Madame de Croissy), 宮地 江奈 (Madame Lidoine), 後藤 真菜美 (Mère Marie), 谷 菜々子 (Sœur Constance), 他
指揮 [Conductor]: Jonathan Stockhammer.
管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団.
初演: Teatro alla Scala, Milan, 1957; このプロダクションの初演: 新国立劇場 中劇場, 2024-03-01.
制作 [Presented by]: 新国立劇場.

2018/2019シーズンのMet Opera live in HD で観て以来 [鑑賞メモ]、上演を生で観たいと思っていたオペラが、 2024年の新国立劇場オペラ研修所 修了公演として取り上げられたので、観てきました。

フランス革命時という時代設定そのままの衣裳はオーソドックスなものでしたが、 舞台美術はミニマリスト的ではないものの、抽象度が高め。 廻舞台を使い、その中央に立った三柱の枠と一本の道を様々に見立てていきます。 現代演出というほどはではない、Met Opera の John Dexter 演出に近いでしょうか。 さらに、枠に掛けられた布を少しずつ落としていくことで、状況の悪化を示すだけでなく舞台の抽象度が上ります。 貴族の邸宅を表す豪華なタペストリー風のプロジェクションマッピングされた布がかけられた枠が、 最後にはギロチン台になってしまいます。 処刑は、パフォーマーの引き攣ったポーズとギロチンの音に合わせて紐から下げられる布を落とすことで表現しました。

公演の性格からしてその質は、世界トップレベルが演じる Met Opera live in HD や Olivier Py 演出の Le Théâtre des Champs-Elyseés のBD/DVD [鑑賞メモ] と比ぶべくもありません。 やはり修了公演だなと思いつつ観始めましたが、結局、作品世界中に思い切り感情移入しながら観てしまいました。 公演を生で観て良いオペラ作品と改めて実感しましたし、それを味わうのに十分なレベルの演出・演技でした。

話は変わって。公演後、隣の建物で開催中の 展覧会を観てきました。

Trubute to RYUICHI SAKAMOTO - Music / Art / Media
NTTインタコミュニケーション・センター[ICC] ギャラリーA
2023/12/16-2024/03/10 (月休; 月祝開,翌火休; 12/28-1/4休), 11:00-18:00.
Strangeloop Studios, 高谷 史郎, Dumb Type, Carsten Nicolai, 404.zero, Kyle McDonald, 真鍋 大度, 毛利 悠子, Rhizomatiks, 李 禹煥.

2023年3月の死去後に企画された展覧会で、会場規模からしても、回顧展というほどの内容ではありません。 入口側半分が暗室でのインタラクティヴな映像上映3作品、その奥に明るいギャラリーでの追悼的な展示がされていました。 真鍋 大度 とコラボレーションした映像作品が、Rhizomatics というより、むしろ 池田 亮司 (Dumb Type) に近く感じられたのは、 パフォーマンス的な動きの無いスクリーンへの上映というスタイルのせいでしょうか。 そんなことに興味を引かれた展示でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4166] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Feb 25 19:03:32 2024

この週末土曜は、昼過ぎに恵比寿へ。この映画を観てきました。

『夢の涯までも (ディレクターズカット4Kリストア版)』
Ein Film von Wim Wenders
1991 / 1994 (Director's Cut / 2014 (4K Restaurierung) / Super 35mm Eastmancolor (4K Restaurierung: DCP) / 1:1,66 / Dolby Stereo / 179 min (Director's Cut: 287 min).
Produktion: Road Movies Filmproduktion GmbH (Berlin), Argos Films S.A. (Neuilly), Village Roadshow Pictures Pty. Ltd. (Sydney); 4K Restaurierung: Wim Wenders Stiftung.
Darsteller: William Hurt (Sam Farber / Trevor McPhee), Solveig Dommartin (Claire Tourneur), Sam Neill (Eugene Fitzpatrick), Max von Sydow (Henry Farber), Rüdiger Vogler (Philip Winter), Jeanne Moreau (Edith Farber), u.a.
Regie: Wim Wenders; Produzenten: Anatole Dauman, Jonathan Taplin, Wim Wenders; Drehbuch: Wim Wenders, Peter Carey, nach einer Idee von Wim Wenders und Solveig Dommartin,
上映: 『恵比寿映像祭2024』地域連携プログラム, 東京都写真美術館1階ホール, 2024-02-23 12:50-17:50.

1991年公開 (1994年ディレクターズカット版公開) のWim Wendersの映画の4Kレストア版です。 公開当時に観なかったので、これも良い機会かと、『恵比寿映像祭2024』地域連携プログラムの一環の上映を観ました。 途中休憩1回を挟んで二部構成、計5時間弱はさすがに長すぎで、最後まで観たという達成感はありましたが、集中力がそこまで持つわけではなく、消化不良感の残る鑑賞体験でした。

物語の舞台は1999年で、制作された1991年から見て近未来を舞台としたSci-Fiです。 といっても、第一部はSci-Fi色は薄めで、何からの理由で追われるように旅する男 (Trevor McPhee / Sam Farber) と 彼と偶然出会った淪落した生活を送る女性 (Claire Tourneur)、その元恋人 (Eugene Fitzpatrick) や、彼女に雇われた探偵 (Philip Winter) が、 追いつ追われつパリ、ベルリン、リスボン、モスクワ、シベリア、中国、東京、サンフランシスコ、オーストラリア (都市、地域、国と粒度が揃っていませんがこれが映画での描写の粒度) と世界を巡るロードムービーです。 一同がオーストラリアのアボリジニ居住区にたどり着いてからの第二部は、 インドの核衛星の爆破の影響を受けて、アボリジニ居住区でのポスト=アポカリプスな生活とそこからの復帰を描いた物語となります。 視覚転送技術という夢を追うマッドサイエンティスト的な父 (Henry Farber) と、その妻 (Edith) と子 (Sam) の間の愛と葛藤がテーマとして浮かび上がります。 さらに、視覚転送技術が完成し核衛星爆破でも世界は無事だったと判明した後、再び物語は大きく転換し、 夢の視覚化への視覚転送技術の応用、その結果、自己の夢に中毒するHenry、SamとClaire。そして Eugene による Claire の治癒、救済の物語となります。 テーマを色々盛り込み過ぎで、それぞれのテーマの掘り下げが足りず、大味です。 また、第一部の展開は追いつ追われつの話にしては描写や展開が緩いです。 長大な物語としたのも神話的な叙事詩にしたいという作家の意図なのでしょうが、 物語を整理してテーマを掘り下げ、1話1時間半程度の全4回のシリーズ物にしても良かったのではないかと思ってしまいました。

その一方で、この映画を観ていて、1989年東欧革命後、ソ連崩壊中で冷戦はほぼ決着は付いたロスタイムのような時間帯、 ホブスボームの言う「短い20世紀」が終わったもののまだ21世紀の姿が見えない、そんな隙間の時代を思い出しました。 1980年代前半であれば核戦争による破局は現実的な脅威でしたが、その代わりに描かれる核衛星の爆発の描写は、 ポスト=アポカリプスな生活の描写や結局世界は無事だったという結末など、楽観的な雰囲気です。 これは冷戦終結で核戦争による破局は回避されたという当時の時代の雰囲気の反映でしょうか。 細部を見ても、登場人物-特に女性の主役の Claire-の服装が1980年代のスタイルで、 当時勃興しつつあったポストレイヴのクラブカルチャーに見られるようなドレスダウンしたカジュアルなスタイルが見られません。 もちろん、服装だけでなく、冒頭のパーティの様子やバーの雰囲気にも、映画中の音楽にも1990年代後半には一般的となるテクノ/エレクトロニカの影響はなく、クラブカルチャーの影響を微塵も感じさせません。 特に第一部の生活感の無い描写は、1970年前後のカウンターカルチャーを出自に持ちながらも1980年台にはリッチなエスタブリッシュメントとなった人々を想起しました。

Sci-Fiということで、自動車やテレビ電話にみられた近未来的な技術の描写も気になりました。 映画が制作された1991年に1990年代後半のインターネットやGUIを持つPCの急速な普及 (スマートフォンの普及はもう少し後) など予想できるわけもないのですが、 電子メール、ウェブのようなインターネット・サービスは無く、探偵が使う人物追跡システムの検索端末もTVゲームのようなGUIです。 第二部後半で描写される視覚化された自己の夢に中毒するというエピソードは、自己完結した自己愛か他者からの承認欲求という違いはありますが、現在であればSNS依存症として描かれたのかもしれません。このような点は慧眼かもしれません。

このような理由もあって、物語それ自体というより、映画から感じられた1990年代初頭の時代の雰囲気が強く印象に残りました。 そして、それから社会は大きく変わってしまったのだな、と。

前作 Der Himmel über Berlin 『ベルリン・天使の詩』 (1987) に良い印象が残っていなかったこともあり、 公開当時にこの映画は観なかったのですが、 好きだったミュージシャンがこの映画のために録音した曲を多く収録していたので、 サウンドトラックCD Until The End Of The World (Warner Bros., 9 26707-2, 1991) を買って聴いていました。 好きな音楽なので期待していましたが、映画の中での印象的な使われ方されているという訳ではありませんでした。 そもそも、ロック、ポップのようなポピュラー音楽は時代に紐付きやすいので、近未来Sci-Fi映画向けではないのかもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]