TFJ's Sidewalk Cafe >

談話室 / Conversation Room

TFJ's Sidewalk Cafe 内検索 (Google)
[4052] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Dec 5 0:17:49 2022

土曜の夕方、若葉町でパフォーマンスを観た後は、山下町へ。 一本で行かれる鉄道・バス路線が無いこともあり移動は徒歩、ということで、途中、馬車道でひと休み (ここでレコード店に吸い込まれる)。 そして、このパフォーマンスを観てきました。

KAAT神奈川芸術劇場ホール
2022/12/03, 18:30-20:00.
編舞 [Choreography]: 布拉瑞揚・帕格勒法 [Bulareyaung Pagarlava]
服裝顧問 [Costume Consultant]: 林 秉豪 [Keith Lin Bing-hao]; 燈光設計 [Lighting Design]: 李 建常 [Lee Chien-chang]; 影像設計 [Projection Design]: 徐 逸君 [Hsu Yi-chun]
Dancers: Aulu Tjibulangan, Giljigiljaw Tjaruzaljum, Kwonduwa Takio, Siyang Wasawan, Liay Kitoh, Awi Pawan; Guest Dancers: Hsu Ting-wei, Chou Yu-jui, Kaniw Panay
國家表演藝術中心臺中國家歌劇院 委託製作 [Commissioned by National Performing Arts Center——National Taichung Theater]
初演: 2018/5/19, 臺中國家歌劇院 [National Taichung Theater]

芸術見本市 YPAM (横浜国際舞台芸術ミーテイング Yokohama International Performing Arts Meeting) のYPAMディレクション中の1つ、 雲門舞集 (Cloud Gate Dance Theater) の元ダンサー 布拉瑞揚・帕格勒法 [Bulareyaung Pagarlava] の主宰する台湾のダンスカンパニーの初来日公演です。 台湾原住民族の一つ排灣 [Paiwan] 族を出自に持つ布拉瑞揚 [Bulareyaung] が、 同じく台湾原住民族である布農 [Bunun] 族の集落 羅娜 [Luluna] で取材した歌唱や戦功の宴などの伝統に着想したコンテンポラリー・ダンス作品とのことでした。

ダンサーは全員男性で半裸姿です。 舞台装置は用いず、ブラックボックスの舞台に筆書きされた線や単純な図形を白光で投影する程度のミニマリスティックな演出です。 月夜を想起させる暗めの照明で、白色LED小型ヘッドライトも効果的に使われていました。 音楽はダンサー自身が歌う歌と踏み鳴らすリズムで時に低く静かに時に力強い詠唱、 また、いかにもダンサー体型ではない1名が哀愁も感じる詠唱を聴かせました。 そんな音楽に合わせ、狩猟の儀式や戦果の宴などに基づく レスリングやボディビルディングも連想させる力強い動きからなるダンスでした。

一見マッチョなパフォーマンスでもあるのですが、ダンサーではない1名の動きの歌唱の異化作用もあってか、 単に力強く盛り上がるというよりも、少々感傷的でもあり、祈りにも似た神妙さも感じるパフォーマンスでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

YPAMの連携プログラムやフリンジの会場は関内関外みなとみらいと広い範囲散らばっているので、観て回るのはなかなか大変です。 KAATの後、20時半近くに中華街に行ってみたら、めぼしい店は既に閉店してるか開いてても21時閉店。 こんなに夜が早い街だったか、と。 結局、地元小杉に戻っての夕食になってしまいました。

[4051] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Dec 5 0:12:31 2022

週末土曜は午後に横浜へ。芸術見本市 YPAM (横浜国際舞台芸術ミーティング) が始まったということで、まずは関外伊勢佐木町というか若葉町へ、このパフォーマンスを観てきました。

若葉町ウォーフ
2022/12/03, 15:30-14:45.
キャスト: 黒沼 千春 [Chiharu Kuronuma] (ダンサー, 振付家, 書道家), 岡本 晃樹 [Teruki Okamoto] (メディアパフォーマンスアーティスト).
テクニカル: 山田 タカマサ; 舞台監督・撮影: 関矢 昌宏; 制作: 松前 健司, Team Haru; 音楽: tetote; ミックス: Ayumi "Ojo" Matsui.
主催: Room Kids.

書道の師範・教授教授の免許を持ちつつダンサー・振付家として活動する 黒沼 と、 国際大会ジュニア部門に入賞するレベルのジャグリングのスキルを持ちつつ物理エンジンベースのGC動画なども用いた映像に取り組む 岡本 の2名が 2020年に結成したカンパニーによる公演です。ノーチェックだったのですが、 YPAM (横浜国際舞台芸術ミーティング Yokohama International Performing Arts Meeting) フリンジ2022 のエントリに目に止まったので観てみました。

前半は 黒沼 のソロ、後半は 岡本 のソロということで、2人が動きで絡むようなコラボレーションはありませんでしたが、 2人とも映像と動きを重ねるようなパフォーマンスでした。 前半の中では筆を扱う動きではなく筆跡の軌跡に着想するダンスをムービングタイポグラフィーならぬムービングカリグラフィと重ねた動き、 後半の中では光の粒の嵐の中でのジャグリングが、視覚的にも美しく印象に残った場面でしょうか。

しかし、特に物理エンジンを使ったコンピュータグラフィクス映像とジャグリングやダンスとなると、 Adrien M & Claire B など思い出してしまう所もあって、そこまで洗練されていなくても、 もう少しライブ感、動きと映像のインタラクティブな要素があったら ––例えば、前半であれば、既に文字が書かれたオブジェを扱うのではなく舞台上で文字を書いてそこからライブで映像を展開していくとか、 後半であれば、投影する物理エンジンのプログラミングにお決まりの操作ではなくその場にしか無いものを取り込むとか、既に録音したナレーションを使うのではなくその場で話すとか–– と思ってしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4050] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Nov 29 23:55:39 2022

週末土曜の午後、新国立劇場で舞台を観た後は、隣のビルへ移動。続いてこの展覧会を観てきました。

Rinko Kawauchi: M/E ─ On this sphere Endlessly interlinking
東京オペラシティアートギャラリー
2022/10/08-2022/12/18 (月休;月祝開,翌火休;8/7休), 11:00-19:00.

1999年代末から写真、現代美術の文脈で活動する作家の個展です。 グループ展などで観る機会はそれなりにありましたが、美術館の個展の規模で観るのは、 2012年 東京都写真美術館の『照度 あめつち 影を見る』[鑑賞メモ] 以来です。

細やかな煌めきを、逆光や露出過剰気味だったり、ピントを外したり、モヤやチリ越しだったりする白っぽいぼんやりと捉えた写真や映像が印象に残ります。 その一方で、構図などの写真の撮り方に強いこだわりが感じられず、良くも悪くもいろんなタイプの写真が入り混じるので、全体の印象もぼんやりとしたものになります。 そんなところが少々苦手だったのですが、今回は大規模な展示ということもあるのか、インスタレーションの妙を感じる所もありました。

特に、水面の煌めきを撮った映像を床面に投影した《A Whisper》や、 アイスランドの雄大な自然を壁2面に大きく投影した《M/E》などのビデオインスタレーションや、 厚いガラスもしくは透明なアクリルのブロックの一面に写真をインクジェットプリントしてその中に写真を封入したかのような作品など、印象に残りました。

収蔵品展は『連作版画の魅力』。 展示されていた 李 禹煥 の作品を見ていて、 国立新美術館での個展で示されていた反復から混沌そして秩序というストーリー [鑑賞メモ] から捨象されてしまったものもあったと、 改めて感じてしまいました。

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[4049] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Nov 28 23:45:22 2022

週末の土曜は午後に初台へ。この舞台を観てきました。

The National Ballet of Japan: The Rite of Spring
新国立劇場中劇場
2022/11/26, 14:00-15:30.
『半獣神の午後』
振付: 平山 素子.
音楽: 笠松 泰洋 “Expiration”, Claude Debussy “Syrinx”, “The Afternoon of a Faun”
衣裳: 堂本 教子; 照明: 森 規幸; 振付補佐: 中川 賢, 藤村 港平.
出演: I. 福田 圭吾, II. 渡邊 峻郁, 木下 嘉人, III. 宇賀 大将, 小野寺 雄, 福田 紘也, 石山 蓮, 太田 寛仁, 小川 尚宏, 上中 佑樹, 菊岡 優舞, 樋口 響, 山田 悠貴, 渡邊 拓朗, 渡部 義紀
約30分
新国立劇場バレエ団委嘱・初演
『春の祭典』
演出・振付・美術原案: 平山 素子; 共同振付: 柳本 雅寛.
音楽: Igor Stravinsky “The Rite of Spring” (piano, 4 hands)
衣裳: 堂本 教子; 照明: 小笠原 純; 美術作品協力: 渡辺 晃一 (作品《On An Earth》より)
出演: 池田 理沙子, 中川 賢 (ゲストダンサー); 演奏 (piano): 後藤 泉, 松木 詩奈.
約40分
2008年「古楽とストラヴィンスキー」にて初演

平山 素子 振付作品を新国立劇場バレエ団ダンサーが踊る、中劇場を使ってのダンス公演です。 第一部で新作『半獣神の午後』を、休憩を挟んで後半に2008年初演の『春の祭典』を上演しました。 何回か再演されていますが 平山 素子 の『春の祭典』を観るのは初めてです。 明示はされませんでしたが、いかにも Nijinsky / Ballets Russes を連想させられる組み合わせです。

前半はニンフが出てこない代わりに半獣神 (牧神) が1人ではなく群舞、ソロ、デュオと変奏して展開します。 官能的というより健康的な身体美という感じだったのは、ニンフ抜きという演出だけでなく、ダンサーたちの資質もあるでしょうか。 後半の『春の祭典』は、Pina Bausch [鑑賞メモ] にしても Noism [鑑賞メモ] にしてもそうですが、 生贄の乙女のプロットや群舞のイメージが強いわけですが、 デュオとすることでそこを外され、2人のダンサーと2人のピアノ奏者という構成もあり、グッと形式的に感じられました。 しかし、この場合は終わりはどうするのだろうと思って観ていたら、床に敷かれた布もろとも舞台下へ吸い込まれていきました。

身体能力の高いダンサーの資質もあるかもしれませんが、 原典のプロットはあえて外して、形式的な作りをしているようにも感じられました。 しかし、現在の社会的状況を意識させられるような Noism の『春の祭典』を観てから1年余りしか経ってないせいか、 もしくは、2008年という制作年の時代の雰囲気なのか、 かなりあっさりとした演出に感じられてしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4048] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 27 19:00:01 2022

先週末土曜の夕方は浦和から白銀台へ移動して、この展覧会を観てきました。

Journey and Imagination––Connecting to the Stories of Others
東京都庭園美術館
2022/09/23-2022/11/27 (月休; 10/10開, 10/11休), 10:00-18:00
相川 勝, 栗田 宏一, さわ ひらき, 福田 尚代, 宮永 愛子, evala; 高田 賢三, Cassandre, 他

旅をテーマに、Cassandre のようなアール・デコ期のグラフィック・デザインから 戦後20世紀半ばの高田 賢三のファッション・デザインなど、デザイン関連の資料展示から、 6人の現代アートの新作展示まで。 通してのテーマとしては緩かったのですが、会場の雰囲気も含めて楽しみました。

現代アートの新作展示は会場の特徴を生かしたという程でもなくむしろ新館のホワイトキューブでの展示の方が良かったりしましたが、 さわ ひらき [関連する鑑賞メモ] のモノクロに細やかな動きを細工した映像作品や、 宮永 愛子 [関連する鑑賞メモ] の 今までの揮発するナフタリンを使った作品と質感や光の感じに共通点を残しつつ 蝋紙やガラスなど使っての新館でのインスタレーションが、印象に残りました。

秋の夜間開館 ということで、日没後の18時頃頃に行ったのですが、紅葉にはまだ少し早かったでしょうか。 見頃とは言い難かったですが、いつも見ている昼の美術館や庭園とはまた違った眺めを楽しみました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4047] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Nov 23 20:49:56 2022

先週末土曜は午後に浦和へ。この公演を観てきました。

埼玉会館 大ホール
2022/11/19, 15:00-16:45.
Chorégraphie: Maguy Marin
Avec Kostia Chaix, Kaïs Chouibi, Daphné Koutsafti, Antoine Lavel, Louise Mariotte, Lisa Martinez, Isabelle Missal, Catherine Polo, Rolando Rocha Soto, Ennio Sammarco.
Lumières Alexandre Beneteaud; Costumes Louise Marin; Musiques originales: Franz Schubert, Gilles de Binche, Gavin Bryars.
Co-productions: Compagnie Maguy Marin, Maison des Arts et de la Culture de Créteil.
World première: 4 novembre 1981, Théâtre Municipal d'Angers, France.

コンテンポラリー・ダンスの源流の1つであるフランスのヌーヴェル・ダンス (Nouvelle danse française) 文脈で1970年代後半から活動する振付家 Maguy Marin による、 Samuel Becket の作品の登場人物に着想したという最初期の代表作です。 Maguy Marin の作品は今までそれなりに観る機会がありましたが [鑑賞メモ]、 May B は今まで何回か日本で上演されていたものの、見逃していました。

10名のダンサーたちによるダンス作品ですが、 前半は、20世紀初頭頃の下着 (ユニオンスーツなど) もしくは部屋着姿を思わせる白い衣装に頭部を白塗りにし、 ハンディキャップのある人々の動きというよりも、当時の庶民の洗練されていない (上流階級から下品とされているような) 身のこなしに着想したかのようなダンスが、 Franz Schubert の音楽やベルギー・ワロン地方バンシュ (Binche) のカーニヴァル音楽に乗って繰り広げられます。 なるほどこれがGroosland [鑑賞メモ] のルーツかと興味深く、 その一方でユーモラスとも思いつつもそう感じることに少々居心地悪さを感じつつ観ていました。

その後、場面が変わり、下着姿から外着姿に変わり始めるのですが、そこからはむしろ 演劇的というかマイム劇のような展開に切り替わります。 バースディケーキを持った老人の男性とそのパートナーらしき女性のペアを中心に、 2〜3人ずつが組みになって静かに佇む/座り込んだところでは、 戦間期のモダニズム写真家が撮り出した庶民の肖像写真を活人画として見るよう。 さらに、Gavin Bryars: Jesus' Blood Never Failed Me Yet を音楽に、 旅する人々を描くような場面となります。 その旅は、服装や荷物や振る舞いからして、 19世紀の上流階級のグランドツアーや20世紀後半に入って大衆化した観光旅行ではなく、 19世紀末から20世紀初頭にかけて欧州で大量発生した出稼ぎや移民として移動する人々のようで、 そのぎこちない動きはフレームレートの低いサイレント映画を見るよう。 そんな時代の人々の苦労と逞しさへの思いを余韻に残しました。 Salves を観た時にピンと来なかったことが [鑑賞メモ]、腑に落ちたようにも感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4046] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Nov 17 23:23:09 2022

先週末日曜は午後に横浜関内…の反対の関外へ。 伊勢佐木町/長者町のミニシアター 横浜シネマリンで開催している ピアノ生伴奏サイレント映画フィルム上映企画『柳下美恵のピアノdeシネマ』のvol. 7で上映されたこの映画を観てきました。

『神女』
邦題『女神』
1934 / 聯華影業公司 上海第一製片廠 / 89 min / 22 fps /Silent
製作: 羅 明佑; 脚本・監督・美術: 呉 永剛; 撮影: 洪 偉烈.
阮 玲玉 (母), 黎 鑑 (息子), 章 志直 (ヤクザ), 李 君磐 (校長), etc

あらすじ: 舞台は1930年代の上海、主人公は幼い息子を女手一つで育てている街娼。 売春取締から逃れるために逃げ込んだ家の主だったヤクザの親分だったことから 弱みを握られヒモとして付き纏われ、 逃げ出してまともな職に就こうとしても身元保証できる人がいないため叶わず、 結局、ヒモに見つかり子供を身代に服従を強いられる。 息子にだけは良い教育をと金を貯め、身元を伏せて私立小学校へ進学させるが、 やがて父兄に知られ、弁護した校長は辞職に追い込まれ、息子は退学させられる。 この状況から逃れようと息子を連れて街を出ようと思い立ったところで、 貯めた金をヒモに使い込まれたことに気づき、 ヒモのいる賭博場へ押しかけ、喧嘩の中で彼を殺してしまう。 懲役刑となり収監された彼女を元校長が訪れ、彼女は元校長に息子を託すことに決めるのだった。

街娼か店付きの娼婦かという違いもありますし、 ラストの悲劇的な状況 (ヒモを殺してしまう/息子が死んでしまう) も違いますが、 女手一つで息子を育てるチャブ屋の女を 桑野 通子 が演じた 清水 宏 『恋も忘れて』 (松竹大船, 1937) [鑑賞メモ] が思い出される映画でした。 「母子もの」のメロドラマ映画ではあるのですが、 その演技にも芯の強さを感じる主演女優 阮 玲玉 の美しさというより凛々しさと、 それを捉える戦間期モダニズム写真に通ずる美しい絵で、 立場の弱さから追い込まれる不利な状況と息子までも苦しめる周囲の職業差別による蔑視・偏見に ラストは悲劇的とはいえ気丈に立ち向かう女性を描いた、心を打たれる映画でした。

中華民国時代の上海で製作された映画ですが、 テーマも演出も同時代の日本映画と遜色なく、むしろ同時代性を強く感じました。 この映画を観るまで知りませんでしたが、 主演の 阮 玲玉 は当時の人気だけでなく、1935年に自殺したということもあり、伝説的な女優とのこと。 1992年には香港で伝記映画『阮玲玉』 (邦題『ロアン・リンユィ 阮玲玉』) も作られています。 彼女が主演した他の映画、 特に、翌年の映画 蔡 楚生『新女性』 (聯華影業公司, 1935) はぜひ観てみたいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4045] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 13 11:33:08 2022

この土曜は午前中には家を出て、昼前には葉山入り。この展覧会を観てきました。

NAITO Rei, Tout animal est dans le monde comme de l'eau à l'intérieur de l'eau, 2022, From the Museum Collection
神奈川県立近代美術館葉山 展示室3b
2022/10/22-2023/01/22 (月休; 1/9開; 12/29-1/3休), 9:30-17:00.

2009年に神奈川県立近代美術館 鎌倉 (現 鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム) で開催された 現代美術の作家 内藤 礼 の個展 『すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している』 [鑑賞メモ] の際に収蔵され平家池に臨むテラスに常設されていた《恩寵》を、 個展当時の作品や新作も交えて 7年ぶりに神奈川県立近代美術館 葉山 で展示する展覧会です。 サイトスペシフィックなインスタレーションという意味合いの強い 内藤 礼 の作品が、 1951年竣工のモダニズム建築から2003年竣工・開館の現代的な建築へ移って、 どのように変わるのかという興味があって、足を運びました。

展示室に入ってすぐの印象は、やはり、 鎌倉の池に面した屋外のテラスでの空気や光を感じる展示に比べ、 海に面した窓があるとはいえホワイトキューブでの展示は味気ないというもの。 しかし、個々の作品に近づいて一通り観た後、インスタレーションされた空間を見るように、 入口側の壁際から遠目に移ろう様子を眺めていたら、 空間が抽象的なだけに、少しずつ抽象画を観ているような味わいになりました。 静止した視野の中で細やかな空気の動きに反応して微かにゆっくりと《風船》が揺れます。 そして、展示室に入った時は陰の位置にあって鈍く光るだけだった水を張った無色透明なガラス小瓶《風船》が、 観てる間に窓から差し込む陽が移動し煌めきはじめます。 そんな、ほとんど白い視野の細やかな変化がとても美しく感じられました。 もっと陽が落ちれば展示室中央に下げられたテグスに無色のビーズを通した《恩寵》にまで陽が伸びて様相がさらに変わりそうでしたが、 さすがにそこまでは待てませんでした。

Man Ray and the Women
神奈川県立近代美術館葉山 展示室1,2,3a
2022/10/22-2023/01/22 (月休; 1/9開; 12/29-1/3休), 9:30-17:00.
監修 (Curated by): 巖谷 國士, Marion Meyer (Association Internationale Man Ray, Paris)

2021年夏に Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されていた Man Ray の展覧会の巡回です。 既に20年以上前にはなりますが何回か Man Ray 回顧展を観ていますし [鑑賞メモ]、 評伝的なアプローチは苦手なのでスルーしたのですが、ちょうど行った美術館で開催していたので観ました。 確かに女性たちの主体性、Man Ray との対等な関係性も感じさせる展示でしたが、 やはり、21世紀にもなって「ミューズ」の切り口は無いだろうという気持ちはあります。 しかし、初めて見たものも結構あり、回顧展として興味深く観ることができました。 1920年代の Dada / Surrealism の文脈で知られるようになった写真家/美術作家としてその時代の活動に焦点が当てられがちですが、 この展覧会では、WWIIで1940年にパリからハリウッドへ居を移した後、さらに1951年にパリへ戻ってからの活動についても、ウエイトが置かれていました。 戦後の Man Ray の作品は接する機会が少なく、1920-30年代の作品の再制作という印象も強かったので、その点は新鮮でした。

『特集:マン・レイと日本』
神奈川県立近代美術館葉山 展示室4
2022/10/22-2023/01/22 (月休; 1/9開; 12/29-1/3休), 9:30-17:00.
協力: 慶應義塾大学日吉メディアセンター

メインの企画展に合わせての日本におけるシュルレアリスム受容についての展示です。 Man Ray に限らず少々広めにスコープを取りつつ、 戦後、宮脇 愛子 と Man Ray に親交があったということで、そこにフォーカスを当てていました。 小企画ながら、無料配布のリーフレットを含め、力の入った展示でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4044] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Nov 8 23:02:40 2022

この週末の土曜は昼過ぎまでゆっくりしていたのですが、夕方に渋谷へ出てこの映画を観てきました。

2020 / El Deseo (ES) / 30 min / Language: English
Written and directed by Pedro Almodóbar, freely based on Jean Cocteau's play.
with Tilda Swinton.
Producers: Agustín Almodóvar, Esther García; Music: Alberto Iglesias; Director of photography: José Luis Alcaine (AEC); Editor: Teresa Font.

監督の作風に関する予備知識はほぼ無かったものの、 ポスターやトレイラー、そして Jean Cocteau 作の一人芝居 La voix humaine (1930) の翻案だということに引かれて、この30分の短編映画を観てみました。 ちなみに、La voix humaine は Ivo van Hove 演出の舞台を映像上映で観たことがあります [鑑賞メモ]。

原作は、3日前に去った同棲していた恋人からの電話越しのやり取りによる一人芝居の戯曲ですが、 映画的なリアリズムを排し、美術や衣装の象徴性を使って描く、一人芝居の演劇作品を映像化したかのような映画でした。 カットは普通に使われていてライブ感を強調することはありませでしたが、 組まれたセットの裏側や外側の剥き出しのスタジオを写し込み、時には、そこでの演技も交えることで、 セットの内側の世界に対する異化作用を効かせます。 そもそも、セットの内側の部屋の美術や衣装も彩度高く生活臭、生々しさが排除されます。 演ずる Tilda Swinton の少々アンドロジニアスな風貌に非日常着的な衣装もあって、 等身大のリアルな女性像を通してその心情の起伏を描くのではなく、 その内面の少々極端な心象風景だけを形式的かつ象徴的な映像で視覚化したかのよう。 有線の黒電話ではなくスマートフォン (iPhone) とワイヤレス・イヤホン (iPod) だったり、 電話がかかってくる前に斧を買ったり最後に部屋に火を付けたりする原作にはない強烈さ (実際それをしたというより、そういうことをしたくなる心情だった、という表現でしょう) も、 現代的な解釈でしょうか。 リアリズム的な演技で見せられると自分には縁遠い話にも感じかねない戯曲ですが、 形式的な表現とそれに合った現代的な解釈がとても面白く感じられました。

映画的なリアリズムを排しその舞台作品的な仕掛けも含めて映像化しているという点で、 National Theatre の映画 Romeo and Juliet [鑑賞メモ] とも共通するものを感じました。 短編ではありましたが、映画というよりも National Theatre Live, Royal Opera House cinema や Met Opera Live を観た時に近い感触でした。 こうした形式的な演出でこれだけ面白くなるのであれば、やはり、この戯曲に基づく Francis Poulenc のオペラ La voix humaine (1958) を 現代演出で観てみたいものです。

映画を観たことをきっかけに検索して気付いたのですが、 Poulenc のオペラ Dialogues des Carmélites も素晴らしかった [鑑賞メモ] Olivier Py の演出で、やはり Le Théâtre des Champs-Elyseés の制作、Patricia Petibon の主演で 2021年3月に新制作 La voix humaine を初演する予定だったようです。 Py 脚本 (libretto)、Thierry Escaich 作曲の新作オペラ Point d’orgue との組み合わせでの上演という形のようです。 この公演はキャンセルになったのですが、その後、共同制作の Opéra National de Bordeaux などで 上演されているよう [YouTube]。 ぜひこのプロダクションの Le Théâtre des Champs-Elyseés での Patricia Petibon の主演での上演を、DVD/BD化して欲しいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この短編映画はを観たのは、むしろ渋谷に出たついで。 午後遅めに行きつけのレコード店 El Sur Records の25周年25%OFFセールへ。 初めて行ったのがいつだったか既に忘れてしまいましたが、宮益坂のトルコ料理店の上の2階にあった1990年代後半なのは確か。 それから四半世紀とは、自分も歳をとるはずです。 COVID-19が無ければイベントが開催されたところでしょうが、第8波が立ち上がり始めている状況では仕方ないでしょうか。

この土日は静岡行きを想定して空けていたのですが、 大道芸ワールドカップin静岡の運営をめぐる問題 [NHKの報道] の最中に行く気にもなれず、静岡行きは取りやめ。 プランBを用意しておらず、これといったアイデアも浮かばす、たいしたこともせずに、のんびり過ごしてしまいました。 まあ、こういう週末の過ごし方も、たまには良いでしょうか。

[4043] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Nov 7 23:43:12 2022

先週末金曜は休みの間の日だったので休暇にして、午後に六本木へ。この展覧会を観てきました。

Listen to the Sound of the Earth Turning: Our Wellbeing since the Pandemic
森美術館
2022/06/29-2022/11/06 (会期中無休), 10:00-22:00 (火-17:00).

「よく生きること」とは何かという企画意図というより、 最近、あまりチェックできていない現代アートの動向を垣間見るつもりで足を運んだのですが、 結局、好みだったのは、花粉やミルクをミニマルに造形した Wolfgang Laib (ドイツ) [関連する鑑賞メモ] の作品や、 スパイス香る Montien Boonmer (タイ) の立体作品など、 雑然とではなく象徴性を活かしつつもミニマルな形式的な傾向を持つ、むしろ20世紀的な作家でした。

初めて観たと思われる作家としては、台湾の Tsai Charwei (蔡佳葳)。 ちょうど新書でインド哲学/ヒンドゥー教について読んだばかりだったので、 曼荼羅や五粗大要素 –– もしくは他のサーンキヤ学派の五つ組の概念に着想しているであろうと一目で気付くことができた、というのも大きかったと思いますが、 現代的なミニマリスティックな作品に仕上げている所が好みでした。 (キャプションによると5つ組のタブローは「5人の知恵のダーキニー (荼枳尼天)」とのことでしたが。)

しかし、Montien Boonmer にしても、Tsai Charwei の作風にしても、最近のトレンドを感じさせるというより、 むしろ1990年代に度々あったアジアの現代美術展を思い出させられ、この頃の鑑賞体験が自分の好みを形作ったのかもしれないと反省させられました。

六本木に出たついでにComplex665やPiramide Bldgにある現代アートのギャラリーを軽く巡りました。 Art Week Tokyo というイベントをやっていたこともあるのか、いつもよりも比較的アタリが多かったような印象を受けました。 そんな中からいくつか鑑賞メモを。

石田 尚志 『庭の外』
Takashi Ishida “Beyond the Garden”
Taka Ishii Gallery
2022/10/15-2022/11/12 (日月祝休), 12:00-19:00.

粗い筆跡や飛沫のような抽象的なイメージのドローイング・ペインティングのタイムラプス的なストップモーション・アニメーションで知られる作家の個展です。 巻物のような紙へのドローイングに始まり、ギャラリーのような小部屋の壁へのペインティングへと展開していたのは知っていましたが、 この個展では、ストップモーションアニメーションながら、ドローイングやペインティングではなく、木製ボードを使って空間に作り込みをして制作されていました。 その形状は、方形から始まり、それを切り出してのペインティングでの粗い筆跡や飛沫を思わせるものから、それを組み合わせてレース模様のような網状に、もしくは木のような形に組んだり。 小部屋へのペインティング以降は、光の移ろいも大きな要素でしたが、 作り込みが平面から空間になって光や影の効果もいっそう面白くなっていました。 ビデオを展示・投影する空間にもアニメーション制作に使った木製ボードを使ったインスタレーションができますし、 展開が広がる可能性を感じる展示でした。 しかし、以前に横浜美術館で個展を観たのは2015年、もう7年前になるのか、と。

池田 亮司 『data.gram』
Ryoji Ikeda “data.gram”
TARO NASU Gallery
2022/10/14-2022/11/12 (日月祝休), 11:00-19:00.

Dumb Type での活動で知られる 池田 亮司 の個展です [2009年の個展の鑑賞メモ]。 壁面への投影、インスタレーションではなくモニターでの上映でのビデオ作品による個展です。 いつものデータの奔流の可視化といえばそうなのですが、抽象的な文字、数字の流れというより、 地図ベクトルデータや3D散布データの描き出しや、処理済ラスタ画像データのタイリングなど、 医療・生体情報や地図情報など空間上の配置に強い意味のあるデータの扱いに焦点が当たった展示になっていました。

Yuko Mohri “Neue Fruchtige Tanzmusik”
Yutaka Kikutake Galllery
2022/11/02-2022/12/02 (日月祝休), 12:00-19:00 (11/02-05 10:00-18:00).

今年初夏の『新しいエコロジーとアート』展のThe 5th Floor会場で展示していた [鑑賞メモ] フルーツの乾燥や腐敗の過程を音響化する 《Decomposition》シリーズの展開です。 元々、ブリコラージュ的な作風で [『日産アートアワード2015』の鑑賞メモ]、 The 5th Floorでの展示でも拡声スピーカを使うなどローファイな印象を受けましたが、 今回は20世紀後半の家具調オーディオセットをベースに、 そのレコードプレーヤーの場所にフルーツを置くようなインスタレーションでした。 当時の家庭でのオーディオセットの位置付けも想起させる所も興味深く、 レコードプレーヤーも残して組み合わせることで、音の可能性も広がるよう。 インスタレーションだけでなく、それを撮影した写真や録画したレコードへの展開は、ギャラリーならではでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

晩は地元に戻って、行きつけの店のアニバーサリーを定連の皆さんと祝いました。 いつもの倍は呑みましたが、良い呑み方すると二日酔いしないものです。 (翌日はちょっと気怠い感じにはなりましたが。)

[4042] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 6 18:48:35 2022

11日3日文化の日、練馬で美術展を観た後は、下北沢へ移動。このライブを観てきました。

下北沢 SPREAD
2022/11/03, 20:00-22:00.
平野 みどり [Midori Hirano] (keyboards, effects), 波多野 敦子 [Atsuko Hatano] (viola, effects), 松丸 契 [Kei Matsumaru] (alto saxophone, effects), 中山 晃子 [Akiko Nakayama] (alive painting).

The Notwist の Micha & Markus Acher のレーベル Alien Transistor から昨年末リリースされたアルバム Atsuko Hatano & Midori Hirano: Water Ladder (Alien Transistor, N76CD, 2021, CD) が良かったので、 ベルリンを拠点に活動する平野が日本に戻ったタイミングで開催された一年遅れの一夜限りのリリース・ライブを聴いてきました。 波多野、平野に加え、ゲストにサックスの 松丸 契、そして、中山 晃子 のビデオ・プロジェクションを加えた編成で、 下北沢の地下コンクリート打ちっぱなしのこぢんまりとしたバーカウンターのあるクラブを会場に、 ほぼ会場いっぱい30脚ほど丸椅子を並べて着席での、2セット2時間弱のライブでした。

全編、サックスのアクセントも効いたピアノ(キーボードでしたが)とヴィオラの 深いエフェクトがかった音が織りなすテクスチャに包まれるようなライブでした。 1stセットは冒頭こそ松丸のサックスから始まるもののすぐに下がってほぼデュオでの演奏で、 休憩を挟んでの後半はトリオでの演奏になりました。 松丸のサックスはフレーズをはっきり吹くのではなく、かすれたような音や、そもそもリードを鳴らさずにパッドを開閉する音だけを使い、 それをマイクで拾ってエフェクタやルーパーで音を展開していきます。 波多野のヴィオラもエフェクタやルーパーを駆使したものですが、 ピチカートやアルコ弾きでの反復感強めのフレーズを使います。 若干機材トラブルがあったか、後半は床に並べたエフェクタに向かっている時間が長めでした。 波多野や松丸と比べると平野はさほどエフェクタを使わず、 キーボードによる調性的なものの反復感の強いピアノ音のフレーズが耳に残りました。 アルバムではエフェクタによる音響の向こうに少し引っ込んだように楽器音が鳴っていましたが、 ライブで聴くと演奏する姿が見えるせいか、元の楽器音もエフェクトと対等に聴こえ、 こんなにもメロディアスだったかと新鮮でした。

中山の “alive painting” のビデオ・プロジェクションは、 『ボンクリ・フェス 2022』の「箏の部屋」での八木 美知依 Talonのライブ [鑑賞メモ] に続いて、今年2回目。 ライブで作る溶剤の作る界面や泡やその中の粉の動きを 半ばミュージシャンに被るようにミュージシャンたちの背面の壁に投影します。 前半はおそらくビデオの段階で色を落としてモノクロでの投影も、 強くエフェクトがかった音世界に合っていました。 後半はいつものようにカラフルな映像で見せました。

『ボンクリ・フェス 2022』で「箏の部屋」や「プンクトの部屋」を観て以来、 かつて六本木 SuperDeluxe でやっていたような オルタナティヴ・スペース的な会場で映像や光の演出も交えてのライブをもっと観たいと思っていたところだったので、 そんな欲求を十分に満たすことのできたライブでした。

先日の Brecht-Tokyo-2022 に続いて、こぢんまりしたハコでのライブのリハビリです。 今回は2020年にオープンしたばかりという初めての会場へ行きました。 普段はクラブとして営業しているようでしたので嫌な予感がしていたのですが、かなりヤニ臭い会場でした。 当日はドア外で喫煙している人は少なからずいたものの会場内は禁煙だったので、終演後、燻されたようにはならずに済みましたが。 2000年代半ばくらいまでは会場内喫煙可のクラブやライブハウスへ行くこともそれなりにあったのですが、 気付けば15年近くそんな会場から遠ざかっています。もはや、喫煙可でのライブは耐えられないだろうなあ、と。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

既に5年以上前の話になってしまいますが、若林に住んでいた頃は、徒歩20分程度ということもあって、 休日にランチ散策がてら下北沢へ行くということはよくありました。 小杉へ引っ越してからすっかり足が遠のいてしまい、再開発エリアがオープンしてから行ったのは初めてだったので、ライブ前に軽く歩き回ってみました。 交通広場が工事中の駅前や、再開発された小田急線沿いや井の頭線沿い東側は、確かにすっかり違う街になってしまった感がありました。 しかし、そこから少し逸れて路地に入れば、店はかなり入れ替わってしまっていましたが、狭い路地が入り組んだ昔ながらの雰囲気の下北沢の街も残っていました。

[4041] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Nov 5 14:39:08 2022

11日3日文化の日は、午後遅めに練馬・中村橋へ。会期最終日となってしまったこの展覧会に滑り込んできました。

練馬区立美術館
2022/09/04-2022/11/03 (月休; 月祝開, 翌火休), 10:00-18:00

19世紀フランスの画家 Édouard Manet の日本での受容に焦点を当てた 日本国内のコレクション、資料と日本の現代作家 (森村 泰昌, 福田 美蘭) の作品に基づく展覧会です。 近代絵画の起点にあたる作家として印象派 (Impressionism) の文脈で語られがちなものの 作風的にも世代的にもサロン中心の活動といい印象派と言い難いことや、 1900年前後の批評の中での Manet の扱いと絵画作品上での Manet からの影響などを、 資料・作品だけでなくキュレータによる熱量多めの「長すぎるキャプション」で描きます。 COVID-19などの影響もあって海外からの作家や作品を持ってくることが難しく、 使える作品・資料・作家の大きな制約の中で企画力で見せる展覧会として、とても面白い展覧会でした。

しかし、受容史といっても美術史的な文脈に大きく限定されていて、かなり深く掘り下げていたと思うものの、そのスコープが自分の興味をすれ違った感も否めず。 結局、そのような企画意図よりも、油彩だけでなく版画を多く製作していた事、 有名な近代的な風俗だけでなくスペイン・モチーフの多用に気付かされたことが、収穫でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4040] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Fri Nov 4 18:19:16 2022

先週末土曜は、午後遅めに池袋西口に出て、このパフォーマンスを観てきました。

Dr. Charnvit Kasetsiri / Teerawat Mulvilai and Nontawat Numbenchapol
東京芸術劇場 シアターイースト
2022/10/22, 16:00-17:30.
構成・出演: Dr. Charnvit Kasetsiri [チャーンウィット・カセートシリ].
演出: Teerawat “Ka-ge” Mulvilai [ティーラワット・ムンウィライ (カゲ)], Nontawat Numbenchapol [ノンタワット・ナムベンジャポン].
初演: MAIIAM Contemporary Art Museum, Chiang Mai, Thailand (国際交流基金アジアセンター [The Japan Foundation Asia Center] “The Breathing of Maps”), 2020.

タイ・タマサート大学の歴史学者によるレクチャーパフォーマンスです。 出演者や演出者の背景知識もほとんど無く、大学の講義の延長のようなものだったらどうしようと危惧しつつも、 レクチャーパフォーマンスと呼ばれる上演形態というか舞台表現のジャンルがどのようなものかという興味があって、足を運んでみました。

第二次大戦前のタイに生まれた Dr. Charnvit Kasetsiri による、 1964年の日本の皇太子夫妻のタイ訪問の際に賜った盃を契機ときっかけに タイの20世紀の歴史を日本も絡めて描くパフォーマンスです。 おおよそ時系列に沿っているのもの、大学の講義のように体系立てて歴史を描くのではなく あくまで私的な体験の中にタイの歴史も浮かび上がらせるような語りでした。 語りに合わせて、コレクションの盃やそれに関係するものを示したり、プライベートな写真、関連する報道写真・映像を投影します。 それだけでなく、下手に控えるオペレーターが影絵芝居をしたり、時には舞台に現れて短いながら台詞を発したりもしました。

1976年タイの軍事政権復帰の際にタマサート大学を去り、翌年に二度とタイには戻らないという気持ちで京都大学 (東南アジア地域研究研究所) に移り、 その後、タマサート大学に復職して頻繁にタイと京都を行き来しているとのこと。 第二次大戦中の日本軍の残虐な行為やタイにおける軍事政権など、双方の比較的否定的な面にも触れつつ、 それを声高に批判したり、あるべき姿を主張するのではなく –アフターパフォーマンス・トークでの話を聞くとそれなりの主張は持っているようでしたが–、 個人的な愛憎半ばする感情として淡々と語る、その穏やかな語り口が印象に残りました。 ただ、自分が予想していた以上に、日本の戦後の天皇制に好意的に感じられました。 大学教授という肩書をことさら利用する演出ではありませんでしたが、 アメリカ留学や京都との行き来などのエピソードも、私的な語りながら人前話慣れした感も、職業柄かもしれません。

本人による事実ベースの語りという点で Rimini Protokoll: Black Tie [鑑賞メモ] も思い出され、 確かに講義ではなく、むしろドキュメンタリー演劇とも言えるような表現でした。 本人が語るのではなく俳優が演じていた National Theatre Live の The Lehman Trilogy [鑑賞メモ] ほど演劇的な演技はありませんでしたが、 歴史語りパフォーマンスとでもいうべき舞台芸術のあり方もあるのだと、改めて意識させられました。

アフター・パフォーマンストークでもタイ語での質問が出ましたし、 自分の前に座っていた2人組もそんなタイ語のやりとりを肯きながら聞いていましたし、 在日本タイ人の観客も少なからずいたようでした。 舞台上の語りだけでなくそんな客層にも、日本とタイの関係を感じることができました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この舞台を観終わった後は、西新橋へ移動。この9月にオープンしたばかりのウクライナ避難民支援のレストラン スマチノーゴ [Smachnogo Tokyo / Смачного Токіо] で、ディナーをいただいてきました。

ガチなウクライナ料理ではなく日本料理とのフュージョン料理とのことでしたが、店の雰囲気もよく、美味。 ジョージアのブドウ品種を使ったウクライナのワイナリーのオレンジと赤のワインを頂きましたが、 他にもウクライナ、モルドヴァ、ジョージアのワインがいろいろ揃ってました。 ランチはランチとはまた別メニューのようですし、ランチやワイン呑みで、また行きたいものです。

[4039] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 31 23:09:34 2022

22日土曜は晩に三軒茶屋から渋谷へ移動。このライブを観てきました。

Brecht-Tokyo-2022
渋谷 Li-Po
2022/10/22, 19:00-21:00.
こぐれみわぞう [Miwazow Kogure] (vo, perc), 大熊 ワタル (cl, pf), 関島 種彦 (violin, viola, mandolin).

新型コロナウイルス感染症も第7波から第8波の間の小康状態のうちに こぢんまりしたハコでのライブを楽しみたい、ということで、 今年5月に初演した Bertolt Brecht の歌を歌うプロジェクト Brecht-Tokyo-2022 のライブを観てきました。 今回の編成は Cicala-Mvta の2人 (こぐれみわぞう, 大熊 ワタル) に Jinta-la-Mvta 等での共演も多い 関島 種彦 を加えた3人で。

1回休憩を挟んでアンコールを1回を含む約2時間。 Bertold Brecht が歌詞を付けた Kurt Weill, Hanns Eisler, Paul Dessau 作曲の歌を、 一部、ドイツ語でのオリジナルの歌詞を交えることもありましたが、基本的に日本語訳された歌詞で歌います。 曲の紹介すらタイトル程度にMCほどんとなく進めたのは Brecht の歌詞を大切にしたいとのこと。 ここでの「歌詞」はドイツ語での響きというより、歌詞の意味を重視したというところでしょうか。 Brecht 歌集というとロック文脈になりますが Dagmar Krause の Supply & Demand (Hannibal, 1986) は愛聴盤ですし、 他にも現代音楽文脈の Salome Kammer [鑑賞メモ] や jazz 文脈での様々なカヴァーで親しんできていますが、 ドイツ語もしくは英訳で聴くことがほとんどで、日本語で聴くのは意外と無かった体験でした。 歌手もコミカルな演技を交えるようなこともなく、演奏も improv 的な要素が多めでしたが、シリアスになり過ぎないような外し方でした。 楽器としては、clarinet と mandolin の組み合わせの時が好みで、ふっと地中海音楽風味が入るような、そんな新鮮味を感じました。

約1年前、大熊 ワタル が倒れて救急搬送されたという話がSNSで流れているのを目にしました。 その後、比較的早く快復してライブ活動も再開しているということは情報としては目にしていましたが、 実際にこうして演奏する様子を間近で観ることができ、良かったです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

COVID-19以降、小さいハコでのライブは公園通りクラシックでの 八木 美知依 関連のものだけでした。 まだ第8波が油断ならない状況ではありますが、様子見しながらも、それ以外にも少しずつ手を広げて、リハビリしていきたいものです。

しかし、CD/レコードのレビューも書かなくなり、ライブからも遠ざかってその鑑賞メモも書かなくなると、音楽についての文章が書けなくなります。 大したこと書けないならと書かないでいると、ますます書けなくなるので、書きますが。 もはや、リハビリというより老化防止に近いような。うむ。

[4038] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 30 18:08:58 2022

先週末土曜は午後遅めに三軒茶屋へ。この舞台を観てきました。

Compagnie XY en collaboration avec Rachid Ouramdane
世田谷パブリックシアター
2022/10/22, 16:00-17:10.
Acrobats: Abdeliazide Senhadji, Airelle Caen, Alejo Bianchi, Arnau Povedano, Andres Somoza, Antoine Thirion, Consuelo Burgos, Eve Bigel, Florian Sontowski, Gwendal Beylier, Hamza Benlabied, Löric Fouchereau, Mikis Matsakis, Oded Avinathan, Paula Wittib, Peter Freeman, Seppe Van Looveren, Tuk Frederiksen, Yamil Falvella
Collaborations artistiques: Rachid Ouramdane, Jonathan Fitoussi, Clemens Hourrière
Création et régie lumière: Vincent Millet; Création costumes: Nadia Léon; Collaboration acrobatique: Nordine Allal; Direction de production / Administration de tournée: Peggy Donck et Antoine Billaud; Régie générale et son: Claire Thiebault-Besombes
Production: Compagnie XY.
Première: 27 septembre 2019, Cirque Théatre d'Elbeuf.

フランスのコンテンポラリー・サーカスの文脈で活動するアクロバットを主要な技とする Compagnie XY の5年ぶりの来日公演は、 コンテンポラリー・ダンスの文脈で活動する振付家 Rachid Ouramdane (2021年より Chaillot - Théâtre national de la Danse 芸術監督) とのコラボレーションによる作品です。 2017年の Il n'est pas encore minuit... [鑑賞メモ] も 剥き出しのブラックボックスの舞台での上演でしたが、今回はさらに、 前回では使っていた planche coréenne (teeterboard, シーソー) や大きな搭を作るための円形のボードのような道具も一切使いません。 ユニフォームではなくディテールは異なるものの装飾の無いシンプルな普段着 (スポーツウェア的ではない) シャツとパンツの衣装で、 色も始まりと終わりは黒もしくはそれに近い暗色、途中で白もしくは明るいグレーやベージュに着替える程度。 これに比べると、Il n'est pas encore minuit... の衣装も個性的に感じるほど。 より一層、演出におけるミニマリズムを徹底したように感じられました。

ビートよりテクスチャを強調した electronica の音楽に乗ってアクロバット技を使ったパフォーマンスを繰り広げるのですが、 組体操のような強い規律を感じさせることなくパフォーマーが相互作用し、 人の上に登る、人を持ち上げる、人を投げる、人を受け止める、崩れる、人を振り回す、そして走るといった動きがスムースに流れるよう。 シーソーやマットも使わずに人手のみとすることで急な動きの変化が無くなったのも大きいでしょうか。 弛緩した走りの中から次第にダンス的な動きやアクロバット技が混じって緊張が高まり、 緊張のピークとしての大技 (各階1人の4階の人間タワー、など)、 そして弛緩に戻っていくというという流れも見事でした。 特に弛緩においては、一人一人の力が抜けて崩れ倒れるような動きと相似するかのように、 人間タワーの状態から横から人で支えつつそのまま斜めに倒れていくような動きも多用されていました。 このような動きの構成は、ダンスの振付家とのコラボレーションの成果なのかもしれません。

衣装も性差を抑えたものですが、パフォーマンス上でも、 さすがに小柄な女性がフライヤーで、100 kg以上はあろう大柄な男性が最下階のポーターというのはあるものの、 性別というよりも体格差で組み合わせしているよう。 パフォーマンスの性格上もあってか様々な体格のパフォーマーがいるのですが、 大技の場面の間の皆で輪になって緩く走るところから次第にダンス的な動き緊張を入れていくような場面でも、 小柄な女性やダンサー体型の男性に混じって100 kg以上はあろう体格の男性も一緒に走り踊ります。 ある意味で Rosas などのコンテンポラリー・ダンス作品でもありがちな動きなのですが、 体格が揃いちなダンス・カンパニーに比べ体格の多様性が際立ち、それがとても面白くも興味深く感じられました。

前に Compagnie XY を観たときも Rosas を連想したのですが、 より徹底した演出のミニマリズムや動きをスムースに構成したコレオグラフィもあって、 まるでアクロバットで縦方向の動きも加えた Rosas のよう – Rosas には強く感じる音楽構造を可視化するような面はほとんど感じられませんでしたが –、 そんな印象の残った作品でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

例年、三茶de大道芸をやっている週末に世田谷パブリックシアターでコンテンポラリー・サーカスの公演があるので、 今年もこの公演に合わせて 三茶de大道芸 も楽しもうと思っていました。 しかし、なんと今年の 三茶de大道芸 は一週前の週末開催だったのでした。 COVID-19の影響で3年ぶりの開催だっただけに、見逃しは残念でした。

大道芸はありませんでしたが、少し早めに三軒茶屋に出て公演の前後に周囲を散策しました。 5年以上前になってしまいましたが世田谷・若林に住んでいた頃に好んでよく行っていた カフェとかがどうなっているかな、と。 閉店して別場所でロースターとテイクアウトのみで営業していたり、 一見変わらないようでメニューが変わってお気に入りのものが無くなってしまっていたり。 やっぱり時は流れて、少しずつ自分の知らない街になっていっているんだな、と。

[4037] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 23 18:45:11 2022

先週末土曜は午後遅めに池袋へ。この公演を観てきました。

Dream and Derangement
東京芸術劇場 シアターイースト
2022/10/15, 16:30-17:30.
演出: 宮城 聰; 作: Georg Trakl; 訳: 中村 朝子.
出演: 美加理.
照明デザイン: 大迫 浩二; 音響デザイン: 澤田 百希乃; 衣裳デザイン: 清 千草
製作: SPAC-静岡県舞台芸術センター
初演: 2021年12月12日, 静岡県舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」

2018年に静岡県舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」で上演された Claude Régy (2019年没) 演出による Rêve et folie [Dream and Derangement] [鑑賞メモ] を、 縁があった 宮城 聰 と 美加理 が Régy へのオマージュとして作ったという作品です。 2018年に観た暗闇の中でのパフォーマンスがどのようにリメイクされたのかという興味もあって、観てきました。

暗闇の中でハンドライトを使うオープニングといい、全体として薄暗い照明の中で下でしたが、 Régy のかなり極端な演出と比較してしまうせいか、むしろ、オーソドックスな一人芝居に近い印象を受けました。 淡々とした前半から、丸く敷き詰められた石灰 (もしくは砂) の上でのたうちまたるなど、後半の舞台上の様相の切替などはさすが。 宮城 聰 演出では 美加理 は動き手を演じ語り手は別にいることが一般的ですが、この演出では 美加理 自身が台詞を話します。 一人芝居で喋り続ける 美加理 を観たのは初めてでそれは新鮮ではあったのですが、 通りのいい綺麗な発声で少し高く可愛らしく感じる程で、 表現主義的な Trakl の内容とはミスマッチで台詞が頭に、というか、心に入ってきませんでした。 途中の歌使い (選曲は 宮城 聰) といい、Régy の演出と比べ、かなりポップでとっつきやすい演出に感じられました。 Régy の演出の真似をしても仕方ないので、こういう演出もありかなとは思いましたが、 期待が大きかったせいか、観終わって、違和感の方が多く残った公演でした。

最前列の席になってしまったのだけれど、視線の高さが舞台の高さとほぼ同じくらいで、 舞台上の配置がほとんど分からなかったのも残念でした。 後半の演出の鍵とも言える丸く敷き詰められた石灰も、終演後に確かめて、やっとどうなっていたか分かったという状態でした。 客席中段くらいの高さから観たい舞台でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4036] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Oct 18 18:35:58 2022

先の三連休中日日曜は続けて昼前から池袋西口へ。この舞台作品の上映を観てきました。

『ローマ悲劇』
VPRO, 2021, 5h40m.
Director: Ivo van Hove
Author: William Shakespeare; Translation: Tom Kleijn.
Dramatrugy: Bart van den Eynde, Alexander Schreuder, Jan Peter Gerrits; Scenography & light design: Jan Versweyveld; Composer: Eric Sleichim; Video design: Tal Yarden; Costume design: Lies van Assche.
Casts: Alwin Pulinkcx (Brutus, Metellus, Dolabella), Hugo Koolschijn (Julius Ceasar, Proculeius), Bart Slegers (Aufidus, Anchorman, Cinna, Enobarbus), Chris Nietvelt (Anchorman, Caska, Cleopatra), Roeland Fermhout (Brutus, Thidias), Steven van Watermeulen (Menenius, Lepidus), Frieda Pittoors (Volumnia, Iras), Gijs Scholten van Aschat (Coriolanus, Agrippa), Hans Kesting (Antonius), Majd Mardo (Sicinius), Achraf Koutet (Decius, Ventidius), Ilke Paddenburg (Portia, Octavia), Janni Goslinga (Virgillia, Calpurnia, Diomedes), Maria Kraakman (Cominius, Octavius Caesar), Marieke Heebink (First Senetor, Cassius, Charmian).
Musicians: Hannes Nieuwlaet, Yves Goemaere, Ward de Ketelaere, Christiaan Saris.
Video content research: Johan Reiniers, Hiske Krammer.
Premier: 17 June 2007.
Livestream director: Reinier Bruijne.
上映: 東京芸術劇場 シアターイースト, 2022/10/09 11:00-16:40.
『WORLD BEST PLAY VIEWING ワールド・ベスト・プレイ・ビューイング』
字幕: 森脇 友梨, 杉本 あり (日本映像翻訳アカデミー); 字幕オランダ語監修: 桑原 果林 (ソウ・コミュニケーションズ); 字幕監修: 内丸 公平.

Ivo van Hove が2007年に創作した William Shakespeare によるローマ(悲)劇3作品、 The Tragedy of Coriolanus 『コリオレイナス』、 The Tragedy of Julius Caesar 『ジュリアス・シーザー』、 Antony and Cleopatra 『アントニーとクレオパトラ』の 3作品をオランダ語訳で一挙上演するという作品です。 その上演形態も特異で、 観客席と舞台を明確に区別しない空間で上演し、観客は移動可という、イマーシヴなもの。 6時間近い長丁場ですが、約30分毎に約5分の休憩が入ります。 そして、スマートフォンは使用可で写真・動画を撮影してSNSへシェアするのも可、 さらにはバーカウンターまで用意され飲食も可です。 COVID-19下の2021年、オランダ公共放送VPROがこの作品を無観客での上演をライブ収録、放送し、 ITA Live でストリーミング配信されました。 今回、東京芸術祭2022の上映企画『ワールド・ペスト・プレイ・ビューイング』の中でそれが上映されたので、それを観てきました。 上演形態とは異なり、途中で1回の休憩のみ、席移動やスマートフォン/SNS、飲食は不可の通常の形態での上映でした。

オリジナルのローマ時代ではなく、現代に舞台を置き換え、 衝立のような視界を遮るようなものは無いもののニュース番組やドラマを収録するTVスタジオを思わせるセットを用意し、 時に手持ちカメラなども使い、撮影スタッフも映し込むような形で収録しています。 そんな舞台裏も含めて見せるようなスタイルは、 Opening Night [鑑賞メモ] や All About Eve [鑑賞メモ] に近く感じられました。

前半は Coriolanus、 そして続けて Julius Caesar。 登場人物の服装も欧州の政治家のような濃紺のスーツ姿で、 現代欧州の戦争や政治のニュースや公開討論番組を思わせるセッティングで、 例えば死を伝える場面など監視カメラで捉えた死体のような象徴的な形で表現するものの、 しかし要所要所の演技は自然主義的に、古代ローマの政治劇を演じていきます。 2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、 それにまつわる欧州メディアのニュースをチェックすることが多かったので、 そこでのイメージと CoriolanusJulius Caesar での 政治的な駆け引きや戦争の推移を伝える報道のイメージに重なるところが多く、 とても面白く感じられました。

後半の Antony and Cleopatra は、 前半のような政治劇ではなく、むしろ、家庭劇的な面が強くなるのですが、 セレブな美男美女のメロドラマではなく、むしろ、 少々冴えない所もある普通の中年男女の悲劇として演じていました。 比較的頭の方の場面で、アントニーはパンツ一丁でソファーに横になってタブレットで動画を観ているくらいでかつての覇気を失った中年のようですし、 クレオパトラもちょっとヒステリックな所のある中年女性。 その演技もあって絶妙な俗っぽさのリアリティが面白く感じられました。

上演時間が長いこともあり最後まで集中が持つ自信が無かったのですが (ITA Live のストリーミングがあったときは、これに加え、日本時間で未明という時間帯もあって、観ませんでした)、 途中での演出の変化もあり、意外に飽きずに最後まで楽しむことができました。

この Roman Tragedies は、 2020年11月に東京芸術祭のプログラムとして東京芸術劇場で上演が予定されていたもののCOVID-19で中止になったのでした。 その時も代替の映像上映プログラムがあった [鑑賞メモ] があったのでした。 その後2021年に映像化されたので、今年上映されたといったところでしょうか。 La Ménagerie de verre [The Glass Menagerie] は2年越しで海外招聘公演を実現しましたが [鑑賞メモ]、 Roman Tragedies はそのイマーシヴな上演形態もあって、 実現はまだまだ難しいのでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4035] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Oct 11 23:25:58 2022

先の三連休初日土曜は午後に池袋西口へ。この舞台を観てきました。

東京芸術劇場 プレイハウス
2022/10/08, 15:00-17:50.
scenariu de [script by] Silviu Purcărete, inspirat din [inspired from] Sakura Hime Azuma Bunshô 『桜姫東文章』 de [by] Tsuruya Namboku IV [四代目 鶴屋 南北].
Regia [Directed by]: Silviu Purcărete
Traducere [Translation]: Eugen Gyemant; Muzică originala [Original Music]: Vasile Şirli; Scenografia [Scenography]: Dragoş Buhagiar; Asistent regie [Assistant director]: Eugen Gyemant, Sanda Anastasof; Asistent scenograf [Assistant scenographer]: Iuliana Gherghescu; Face designer: Minela Popa; Pregătire muzicală [Music preparation]: Vlad Robaș; Make-up: Elena Vlad, Corina Predescu, Bogdan Dobre; Manager proiect [Project manager]: Claudia Maior.
Distribuție [Casts]: Ofelia Popii (Seigen/Kiyoharu [清玄], Tsurigane Gonsuke/Sinobu no Sota [釣鐘権助/信夫惣太]), Iustinian Turcu (Shiragiku [白菊丸], Princess Sakura/Princess Scarlet [桜姫/風鈴お姫]), Dana Taloş (Zangetsu [残月]), Adrian Matioc (Nagaura [長浦]), et al.
Producție a Teatrului Național "Radu Stanca" Sibiu.
Data premierei [Premiere date]: 2018-06-01

Festivalul Internaţional de Teatru de la Sibiu (シビウ国際演劇祭) の中核劇場として知られる ルーマニア・トランシルバニア (Transylvania) 地方の主要都市シビウ (Sibiu) の Teatrul Naţional “Radu Stanca” Sibiu (ルーマニア国立ラドゥ・スタンカ劇場) [過去の鑑賞メモ] の久々の来日公演は、 芸術監督でもある Silviu Purcărete が演出した 江戸後期 (文化文政時代) の歌舞伎狂言作家 四代目 鶴屋 南北 による『桜姫東文章』に着想した作品です。 『桜姫東文章』の歌舞伎の上演は観たことはなく、あらすじを予習した程度で臨みました。

あらすじのレベルでは大きな変更はなく、衣裳は日本的なものも交えつつも、 20世紀前半の欧米のマフィアやその娼婦を思わせる服装を交えたもの。 舞台美術は木製の台や幕を組み合わせた抽象的なものを見立てて使い、 歌舞伎舞台のような花道も使われました。 白塗りに口や目元を強調したメイクだけでなく、様式化された演技、 ミュージシャンが並び演技に合わせて鳴り物を鳴らしたり、 舞台上手袖に楽屋用ドレッサーが並んでいたりと、 という所は、Commedia Dell'Arte の流れをくむ道化芝居を思わせるものがありました。

女形の男性俳優が女性を演じる歌舞伎に着想したのか、 主要な役において役と俳優の性が逆転している ––女性が男性役を演じ男性が女性役を演じている–– のですが、 セクシャリティの問題というより、 大柄な女性に小柄な男性と体格が逆転することによる、組み合わせの意外さ、ユーモラスさが印象に残りました。 このように興味を引かれるポイントがいくつかあったのですが、 それらと現代の視点からすると感情移入し難い面のある物語に結び付きを見い出すことができませんでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4034] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 10 18:45:22 2022

先週末の土曜は夕方に初台へ。この舞台を観てきました。

新国立劇場 中劇場
2022/10/01, 19:00-21:00.
de Tennessee Williams
Mise en scène: Ivo van Hove
Avec Isabelle Huppert (Amanda), Justine Bachelet (Laura), Cyril Guei (Jim), Antoine Reinartz (Tom)
Traduction française: Isabelle Famchon; Dramaturgie: Koen Tachelet; Scénographie, lumière: Jan Versweyveld; Costumes An D’Huys; Son et musique: George Dhauw
Production: Odéon - Théâtre de l'Europe
Première: 6 mars 2020, Odéon - Théâtre de l'Europa

オランダ Internationaal Theater Amsterdam の Ivo van Hove による演出、 Odéon - Théâtre de l'Europe (フランス国立オデオン劇場) のプロダクションによる、 Tennessee Williams: The Glass Menagerie 『ガラスの動物園』のフランス語での上演です。 原作の舞台設定は1930年代のセントルイスですが、Ivo van Hove らしく現代に舞台に移しての上演でした。 舞台上は、濃いベージュ色の毛足の長い起毛生地の壁紙の壁に覆われ (父の顔が描かれているとのことでしたが自席からは判別できませんでした)、 家具といえばソファークッションなどの小物が少々、あと、中央のキッチンコーナーに冷蔵庫とキッチン台がある程度の部屋の内装で、 小さな窓とその隣の登る階段が奥に続く出入り口がここが地下室であることを暗示します。 そんな部屋を使った密室劇で、照明こそ効果的に使われたものの、映像等は全く使わず、 Ivo van Hove にしてはかなりオーソドックスにも感じられた演出でした。

フランス語上演というと2018年に観た Daniel Jeanneteau 演出 [鑑賞メモ] を思い出すのですが、 ブラックな職場に勤める Tom と毒親 Amanda、引きこもりの姉 Laura、意識高い系の同僚 Jim という 現代の普遍的な状況として描いている所は近く感じられました。 しかし、Jeanneteau 演出では Tom の記憶越しに少々淡く Amanda や Laura、Jim が描かれていたのに対し、 Ivo van Hove の演出では Tom は語り手として一歩引いた感じがあり、 むしろ Amanda、Laura、Jim が丁寧に、かつ、肯定的に演じられていました。 映画女優としても有名な Isabelle Huppert 演じる Amanda は、その演技もあってか、 令嬢だった時代に拘っているというより、その時の気分が抜けきらない子供っぽさが抜けきらない女性のようで、 その積極性が空回りするものの悪意や性格の悪さは感じさせませんでした。

そして、何より後半の Laura と Jim の場面。 Laura は身体的ではなく精神的な障害 (おそらく、モデルとなる Tennessee Williams の実姉と同じ双極性障害) として描かれる一方、 Jim も単なる意識高い系というより、Amanda に似て、素晴らしかった過去の記憶に生きる人という面もあったことに気付かされました。 暗い舞台の上でロウソクの光で2人を浮かび上がらせての語らい、そして、Laura を振り回すかのような激しいダンスを通して、 Laura が Jim へ憧れていたことだけでなく、共通の高校時代の記憶を通して Jim が Laura に惹かれていく様も丁寧に描いていました。 演技だけでなく照明使いといい音使いといい最も印象に残った場面でした。 その後の Laura と Jim の別れも含めて、こんなにメロドラマチックな場面だったのか、と。

メロドラマチックといえば、その音楽使い。 Laura と Jim が踊る場面では Arcade Fire “Neighborhood #1 (Tunnels)” で、 Jim に婚約者がいると知って Laura が心情を吐露するような場面では Barbara “L'Aigle Noir (dédié à Laurence)” が使われていました。 場面転換の場面などに使われた Claude Debussy “Clair de Lune” や Astor Piazzola “Libertango” なども印象に残りました。 知る人ぞ知る曲というよりそのミュージシャンの代表曲ともいえるそれなりにポピュラーな曲を、ここぞという場面に打ち込んできます。 こういった音楽使いは Hedda Gabler [鑑賞メモ] での Joni Mitchell “Blue” や Leonard Cohen “Hallelujah” の選曲を連想させるものがあり、これも Ivo van Hove らしいのかもしれません。

この海外招聘公演は2020年秋に予定されていたもののCOVID-19の影響で2回延期となり、今年、やっと実現しました。 正直に言えば Ivo van Hove の奇抜な演出や Isabelle Huppert の生の演技の期待が大きかったのですが、 Huppert に花を持たせるようなものではなく、変に奇を衒わずにそれぞれの登場人物を丁寧に描いた演技・演出で、良い意味で裏切られました。 今まで観た Ivo van Hove 演出作品の中では Hedda Gabler に並ぶくらい、最も好みでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

良い舞台を観ていい気分になったので、その後、馴染みのバーに行って終電近くまで独り呑みしてしまいました。 COVID-19パンデミック以降、そんなことは全くしていなかったので、翌日、ちょっとひびいてしまいました。うむ。

[4033] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 2 18:22:04 2022

先週末の土曜は昼過ぎに渋谷宮益坂上へ。シアター・イメージフォーラムで封切られたこの映画をさっそく観てきました。

Бабий Яр. Контекст [Babi Yar. Context]
2021 / Atoms & Void (NL) for Babyn Yar Holocaust Memorial Center (UA) / documentary / B+W, colour / 4:3 / 121 min.
Режисер [Director / Режиссёр]: Сергій Лозниця [Sergei Loznitsa / Сергей Лозница]

現在のロシアのウクライナ侵攻の先駆け、ドンバス戦争で 親ロシア勢力によって実効支配された地域の不条理をグロテスクに描いた Донбас [Donbass / Донбасс] (2018) も強烈な印象を残した [鑑賞メモ] Лозница が、ロシアのウクライナ侵攻の直前に監督した映画です。 Донбас は劇映画でしたが、 こちらは Лозница の本来の作風とも言われる記録映像に基づくドキュメンタリー映画です。

タイトルにある Бабий Яр [Babi Yar] は、第二次世界大戦の独ソ戦 (大祖国戦争) 初期、 ナチス・ドイツ軍のキーウ占領直後、1941年9月29, 30日に犠牲者数33,771人に上るユダヤ人虐殺があったキエフ郊外の地名です。 この虐殺事件が一つの大きな要素ではあるのですが、ここで何が起きたのかを深掘りするというより、 独ソ戦や戦後の軍事裁判などを記録映像を時系列的に追っていくことにより、 この虐殺事件が起きた文脈 (context) を示していくような映画でした。 キーウだけではなくウクライナ西部の首邑リヴィウの状況も多く割いていましたし、 ユダヤ人の迫害、虐殺に焦点を絞らず、戦闘の進展や捕虜の扱い、傀儡政権の設立やそれを巡る市民の様子などを淡々と追っていました。 戦後の軍事裁判も、もちろんユダヤ人虐殺に関わるものも出てきますが広く戦争犯罪を問われて、公開処刑されます。 そして、最後の場面は、産業廃棄物 (陶器工場から出る陶土の泥) によって Бабий Яр が埋め立てられていく––虐殺の痕跡が抹殺されていく––様でした。

素材は、当時の記録映像、写真や記録音声などですが、説明は控えめな字幕程度、 ナレーションによる状況説明や場面をドラマチックに盛り上げるようなアフレコの音楽は使われていません。 その淡々として静謐な映像編集だけでこれだけの説得力が出せるのかと、感心しました。 この手の記録映像を編集してのドキュメンタリーは国内外のTV局制作の物を観る機会がそれなりにありますが、 海外TV局制作のものは比較的音楽の演出は控え目なものがありますが、 NHKの『映像の世紀』シリーズなど派手な音楽による効果を付けていて実にメロドラマチックだったということに気付かされました。

この Бабий Яр. Контекст [Babi Yar. Context] の日本公開に合わせて、 Донбас [Donbass / Донбасс]『ドンバス』(2018) と 群集三部作と言われる 記録映像に基づくドキュメンタリー映画3作品 Austerlitz『アウステルリッツ』(2016), Процесс [The Trial]『粛清裁判』(2018), Государственные похороны [State Funeral]『国葬』(2018) の計4作品が、国内の主要な動画配信サービスで配信されはじめました。 群集三部作は観ていなかったので、まずは、この作品を観てみました。

2019 / Atoms & Void (NL), Studio Uljana Kim (LT) / documentary / colour, B+W / 1.37:1 / 135 min.
Режисер [Director / Режиссёр]: Сергій Лозниця [Sergei Loznitsa / Сергей Лозница]

1953年のソヴィエト連邦の最高指導者 Иосиф Сталин [Joseph Stalin] の国葬を、その死を伝える様子に始まり、 友好国の要人が来ソする様子、そしてセレモニーと、記録映像を用いて描いたドキュメンタリー映画です。 控えめな字幕程度による説明、ナレーションやアフレコの音楽は無しで映像編集のみで淡々と描く手法は Бабий Яр. Контекст 以前に、こういった作品で既に確立されていたのだと確認。 確かに、1950年代の共産圏の街並み、特に鮮やかな色の無さなど、興味深く印象に残るものがありましたが、 独ソ戦の展開と比べても、当時のソヴィエトや共産圏の政治家やその顔に関する知識が無いので、 かなり置いてきぼりにされた感もありました。 ある程度の前提知識や教養を前提として求められるスタイルなのだと痛感しました。

Бабий Яр. КонтекстГосударственные похороны と続けて見ると、 むしろ、グロテスクなブラックユーモア溢れる劇映画 Донбас の作風の方が、 Лозница 監督の作風としてはむしろ例外的なのかもしれません。

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[4032] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 25 18:50:07 2022

この週末三連休の初日秋分の日は、台風の影響で雨かと思いきや昼頃は降らなかったので、彼岸の墓参。 その後、乃木坂へ移動して、会期末になってしまったこの展覧会を観てきました。

Museum Ludwig Cologne – History of a collection with civic commitments
国立新美術館 企画展示室2E
2022/06/29-2022/09/26 (火休), 10:00-18:00 (金土 -20:00)

ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州のケルンにある Museum Ludwig, Köln のコレクションに基づく展覧会です。 この美術館は、Peter & Irene Ludwig (美術館の名の由来でもある) から ケルン市へ寄贈されたコレクションを基に、1976年に設立された美術館です。 他の市民からも多くの寄贈を受け、包括的な20世紀美術のコレクションを持つに至っています。 Ludwig 夫妻をはじめコレクションの形成に寄与した市民コレクターを顕彰するような面もあり、 オーソドックスに20世紀美術をおさらいするような展覧会でしたが、 そんな中からもコレクションの特徴が滲み出ているところがあり、そこを興味深く観ることができました。

Ludwig 夫妻寄贈の中には包括的な Russian Avant-Garde のコレクションがあるとのことで、 その展示コーナーが設けられていましたが、 Александр Родченко [Aleksandr Rodchenko] 等による都会的な芸術写真よりも、 今まで意識的に観る機会がなかった Георгий Зельма [Georgy Zelma], Аркадий Шайхет [Arkady Shaikhet], Георгий Петрусов [Georgy Petrusov], Boris Ignatovich [Борис Игнатович] などによる 1920s-30sの農村部や中央アジア・極東で撮ったモダンなカメラワークの報道写真寄りの写真に興味を引かれました。

まだ美術シーンがさほど国際化してなかった1950s-1960s半ば頃の西ドイツの作家の作品も、接する機会が殆ど無いだけに、新鮮でした。 例えば、実験的な写真家グループ Fotoform を1949年に設立した Otto Steinert, Peter Keetman, Toni Schneiders らによる写真や、 1950年代欧州の Art Informel や CoBrA, アメリカの Abstract Expressionism と同時代的な作品 (Ernst Wilhelm Nay) や、 1950年代末にデュッセルドルフで結成され同時代の Nouveau Réalisme (フランス) や Arte Povera (イタリア) などの動きと連動した 作家グループ ZERO の Otto Piene, Heinz Mack, Günther Uecker の作品など。 同時代的にこういう作品を制作していたのだな、と、興味深く観ることができました。

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Lee Ufan
国立新美術館 企画展示室1E
2022/08/10-2022/11/07 (火休), 10:00-18:00 (金土 -20:00)

韓国出身ながら1960年代後半に日本で本格的に制作を開始し「もの派」を代表的な作家として知られる 李 禹煥 (Lee Ufan) の大規模な個展です。 国立新美術館の開館15周年を記念して開催されています。 東京国立近代美術館や東京都現代美術館、東京オペラシティ アートギャラリーの常設展示で必ずのように展示されている作家ですし、 美術館規模の個展も観たことがありますが [鑑賞メモ 1, 2] が、 「もの派」前の作品から最近の大規模インスタレーションまで辿ることができる、見応えのある展覧会でした。

最初期「もの派」以前の蛍光色のペインティングを導入に、 前半は〈関係項〉シリーズなどの立体作品、 後半は〈点より〉、〈線より〉に始まる絵画作品という構成でした。 立体作品の前半の中では、もちろん空間に余白の多く岩や鉄板などを配置する作品も良いのですが、 コレクション展などではまず観られない近年の海外での石や土を敷き詰めた インスタレーションの再制作を4点(うち1点は屋外)が、やはり興味深いものがありました。 余白、間合いを意識した展示に反するようですが、 敷き詰められている玉砂利自身が余白でもあり、また、玉砂利なども敷いていない展示との〈関係項〉的なコントラストにもなっているように感じられました。

絵画作品の後半は、規則的なストロークの反復から、やがて混沌としたストロークで埋め尽くされた画面になり、 再び秩序を取り戻して、最低限のストロークでの表現に至る道筋を示すような展示でした。 さすが美術評論家として活動する作家だけあって、作家の制作意図を変遷を形態の変化を通して簡潔に示すような展示でした。 しかし、若干道筋を単純化しすぎている、例えば、色彩の問題もまた別にあるのではないか ––例えば、〈点より〉、〈線より〉にしても、青系の色が多いものの、黒や銀、朱のような色が使われることもありますし、 近年の最低限のストロークの作品ではかなり鮮やかな色も使われます。 そんな色彩の視点がもう少し感じられる展示だったら、とも思いました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この後、どこかで一杯やってから帰るのも良かったのですが、 昼前からの墓参などで疲れていた上、雨がちな天気や、スマートフォンのバッテリー切れなどもあって、直帰することに。 そういえばこの週末は ISU Junior Grand Prix があるんじゃなかったっけと思い出し、 ストリーミングを観ようかと調べたら、 Yerevan (ARM) – September 21-24, 2022 は中止になっていました。 ロシアのウクライナ侵攻の余波で、アルメニア=アゼルバイジャン間のナゴルノ・カラバフ紛争も燻っていますし、 アルメニアの首都イェレバンでも抗議活動が頻発するなど、安全に懸念があるということ。 確かにそうなので適切な判断とは思いますが、まさか、イェレバン開催を決めた人たちも予想していなかったことでしょう。

[4031] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Sep 24 20:55:41 2022

先週末三連休は、土曜と祝日月曜と恵比寿に通って、展覧会を観つつも、 恒例の東京都写真美術館1Fホールの上映企画 『世界の秀作アニメーション2022秋編』で、 この4本 (含む短編特集1本) を観てきました。

Гофманиада [Hoffmaniada]
『ホフマニアダ』
2018 / Союзмультфильм (RU) / 72 min / Язык: русский [Language: Russian]
Фильм Станислава Соколова [A film of Stanislav Sokolov].
Композитор [Music]: Шандор Каллош [Sándor Kallós].
В Ролях [Starring]: Владимир Кошевой [Vladimir Koshevoy], Алексей Петренко [Aleksey Petrenko], Александр Ширвиндт [Aleksandr Shirvindt], Вячеслав Полунин [Slava Polunin]

ロマン派の小説作家 E. T. A. Hoffman の様々な作品を元に、その幻想的な作風を生かして人形アニメ化した物です。 主人公は Hoffman で、Hoffman 自身の伝記的エピソードと、 学生 Anselmus (この作品では Hoffman の夢の中の姿とされる) と蛇の精霊 Serpentina の恋物語 Der goldne Topf (1814) が物語の核となっています。 そこに、バレエ Coppélia (1870) の元となった Der Sandmann (1817) や バレエ Щелкунчик [The Nutcracker] (1892) の元となった Nußknacker und Mausekönig (1816)、 Hoffman の3つの小説をベースとしたオペラ Les Contes d'Hoffmann (1881) などに登場するキャラクターやオマージュ的な場面が織り交ぜられていました。 19世紀近代ではなく少し遡った近世的な衣装や背景の美術に、 鼻をデフォルメして性格付けしたかのような人形造形やその動きを楽しみました。 Hoffman の小説はほとんど読んでいないものの、バレエやオペラでお馴染みのネタも多く物語はとっつきやすく感じられましたが、 現代的な解釈があまり感じられ無かったのは少々物足りなかったでしょうか。

『オトードミニット特集1』
80 min.
2013 / Abralam Estudio (ES), Uniko (ES), Canal+ (FR) / de Alberto Vázquez / 9 min. / Dialogues en espagnol
2016 / Uniko (ES), Autour de Minuit (FR) / de Alberto Vázquez / 11 min. / Dialogues espagnols ou français, sous-titres anglais ou français
2020 / Autour de Minuit (FR), Uniko (ES) / de Alberto Vázquez / 15 min. / Dialogues espagnols ou français, sous-titres anglais ou français
2018 / Autour de Minuit (FR) / de Donato Sansone / 4 min. 40 / Sans dialogue
2015 / Autour de Minuit (FR) / de Antoine Delacharlery / 6 min. / Stereoscopic 3D
2020 / Autour de Minuit (FR) / de Geoffroy de Crécy (Dog Days) / 8 min. 30 / Sans dialogue
Musique: Sur la Sonate N°14 Op. 27 « Clair de lune », Adagio de L. van Beethoven; Piano: Jeno Jando
2009 / Autour de Minuit (FR) / de H5 (François Alaux, Hervé de Crécy, Ludovic Houplain) / 16 min. / Dialogues anglais

フランスのアニメーション・プロダクション Autour de Minuit の手がてた短編アニメーションのオムニバスです。 アニメーション・スタジオではなく個性的な作家をプロデュースするプロダクションということで、作風は多様でしたが、 全体としてはグロテスクだったり毒を感じさせる大人向けの作風です。 前半はスペイン出身のアニメーター Alberto Vázquez の3作品です。 キャラクターのベースは可愛らしいのですが、 Sangre de Unicornio ではヒーローとアンチヒーローをグロテスクに対比し、 Decorado では舞台装置の上を生きていると感じている酒に依存しがちで仕事も無い主人公のディストピアを描き、 Homeless Home では大量殺戮の戦争から戻った帰還兵と戦争で荒廃した故郷のポスト・アポカリプスをファンタジーの皮をかぶせて描いていました。 後半、宇宙や生命の歴史をラフな筆捌きの下や中から見せるように描く Bevure、 実写の街をモノクロのフレームセルで変換することで現実の裏の暗い世界を見せるかのような Ghost Cell、 ポップアートのような単純化した鮮やかな色で形態で人が忽然と消えた街を描く Empty Places と、スタイリッシュな作風が続きます。 ラスト Logorama は公的組織から企業の商品まで様々なロゴを駆使しして荒唐無稽なアクションコメディに仕上げた怪作でした。

『FLEE フリー』
2021 / Final Cut for Real (DK), Sun Creature Studio (DK) / 90 min / Language: Danish, English, Dari, Russian
Director: Jonas Poher Rasmussen.
Starring: Daniel Karimyar, Farhan Karimyar, Fardin Mijdzadeh

アフガニスタン出身の主人公の少年が戦争を逃れてデンマークに居場所を見つけるまでの実話を、 歴史的な出来事に関しては実写のニュース映像を交えて作られた、ドキュメンタリー色の強いアニメーション作品です。 その内容に合わせてか、抽象化された表現を控えめに交えるものの、基本的にデフォルメの少ない絵によるアニメーションで描いていきます。 21世紀に入ってからのタリバン政権下の抑圧的状況を描いた Les Hirondelles de Kaboul [鑑賞メモ] や The Breadwinner [鑑賞メモ] と違い、 この映画で描かれるアフガニスタンはタリバン登場以前の1980年代から1990年代初頭です。 航空機パイロットをしていた主人公の父は人民民主党政権 (ソ連の支持していた政権) に拉致されて行方不明となったようですが、 1992年の人民民主党政府の崩壊によるカブールの混乱の際にアフガニスタンを脱出します。 そこから、モスクワ経由でスウェーデン・デンマークへ逃れる逃避行が1990年代前半のソ連崩壊後の状況と交えて描かれます。 この作品のもう一つのテーマとして、デンマークへ来ることで主人公の同性愛という性的指向が受容されるというものがあるのですが、 こちらは順調な展開なので、困難な難民逃避行の方がどうしても強く印象に残ってしまいました。

Song of the Sea
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
2014 / Cartoon Saloon (IR), Melusine Productions (LU), The Big Farm (BE), Superprod (FR), Nørlum Studios (DE) / 73 min / Language: English, Irish, French
Director: Tomm Moore
Music: Composed and orchestrated by Bruno Coulais, with the participation of Kila
Starring: Brendan Gleeson, Fionnula Flanagan, David Rawle, Lisa Hannigan, Pat Shortt, Jon Kenny

アイルランドのアニメーション・スタジオ Cartoon Saloon の Tomm Moore 監督の “Irish Folklore Trilogy”「ケルト三部作」の第2作です。 都会暮らしの祖母とそこから離れて田舎の港町の外れの島で灯台守をする父の対立と和解の物語を、 祖母の家から父の家への兄妹の冒険行として アイルランドのフォークロアのキャラクターを交えた壮大な冒険ファンタジーとして描いていました。 都市と自然の対立と和解というテーマも感じましたし、 あえて遠近法を排したドローイングによる絵本を動かしたかのよう。 Wolfwalker [鑑賞メモ] のような動きもある壮大なアニメーション絵巻は、この時点で十分完成の域にあったと知ることができました。 しかし、Wolfwalker から遡ってみると、 イングランドのアイルランド侵略のような大状況が無いことや、 ヒロインの女性の行動の主体性というか内的動機の弱さが、物足りなく感じられてしまいました。

東京都写真美術館1Fホールの上映企画 『世界の秀作アニメーション』は 2021年秋編、2022年春編 [鑑賞メモ] に続いて3回目になります。 上映機会の少ない日本、アメリカ以外のアニメーション映画を観ることのできる有り難い企画なので、引き続き続けて欲しいものです。 秀作が揃った魅力的な企画だと思うのですが、今まで自分が観た回はいずれも観客が少なく、次があるのか気がかりです。 早めの告知や、あまり詳しく無い人でも観ようと思える作品紹介など、もう少し工夫の余地もありそうに思うのですが。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4030] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Sep 20 21:30:09 2022

今週末三連休初日の土曜は午後遅めに恵比寿へ。この展覧会を観てきました。

Seeing as though touching - Contemporary Japanese Photography vol. 19
東京都写真美術館 3F
2022/09/02-2022/12/11 (月休; 月祝開, 翌火休). 10:00-18:00 (木金-20:00)
水木 塁 [Mizuki Rui], 澤田 華 [Sawada Hana], 多和田 有希 [Tawada Yuki], 永田 康祐 [Nagata Kosuke], 岩井 優 [Iwai Masaru].

日本の新進の作家によるアニュアルのグループ展です。 今回はタイトルが暗示するように、写真や映像の作品というより、立体作品やインスタレーション作品の主要な要素として写真や映像を使う現代美術作品と言った方がふさわしい作品の作家が集められていました。

中でも印象に残ったのは、多和田有希の写真の一部を燃やし出した作品。 プリントされた写真の非物質的なイメージではなく物質性が際立つというのもありますが、 インスタレーション《I am in You》で使われた波で泡立つ海の写真の、 焼き抜かれた泡ではない部分のすけ具合と、それが作り出すそのネガ的なシルエットの組み合わせが、 コントラストになっているだけでなく、視覚的にとても美しく感じられました。

永田 康祐 の展示はヘッドフォンで流れるガイドを聴きながら鑑賞する展示で、 正直に言えばとっつきは少々煩わしく感じられました。 しかし、背景にあるアルゴリズムに着想した作品が多く、その作風に合っていたでしょうか。 Adobe Photoshop の「スポット修復ブラシツール」の機能を 元の写真が全て塗り潰されるよう全面に適用した 《Theseus》シリーズの既存の写真のコラージュのような画面も良いですし、 三目並べと同型写像で変換可能なナンバースクラブルを繋いで対戦可能とした《三目並べと数字ゲーム》も面白く感じられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4029] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 18 17:47:11 2022

先週末は土曜の昼に初台へ。会期末近くなってしまったこの展覧会を観てきました。

The Markers of Our Time
東京オペラシティアートギャラリー
2022/07/16-2022/09/19 (月休;月祝開,翌火休;8/7休), 11:00-19:00.

21世紀のイギリスで現代美術の文脈で活動する作家 Ryan Gander の個展です。 国際美術展などでその作品を鑑賞したことはありましたが、美術館規模の個展で観るのは初めて。 コンセプチャルな作風で、作品を視覚的に楽しむというより、 作品リストを片手にそこに書かれた作品のタイトルや説明を手がかりに、少々謎めいた作品を追っていくような鑑賞体験です。

dOCUMENTA (13) での I Need Some Meaning I Can Memorise (The Invisible Pull) [鑑賞メモ] ほどではないものの、額縁の上に置かれた葉巻の吸殻やチューインガムを象った彫刻だったり、 天井に張り付いた風船を象った彫刻、丸められて床に捨て置かれた紙や、監視員の首にかけられたブレスレットなど、 作品によってはぱっと見すぐに気づかないものもあり、説明を頼りに作品を探すという点にも面白さを感じました。 ネズミや虫を象ったアニマトロニクスの作品も、はっきり動きがわかるというより、微かな動きだったり、そもそも動いているかどうか判別し難いものあり、その点も絶妙。 これがグループ展の中の1作品、もしくは、小さなギャラリーでの個展での数作品であれば良いのですが、 美術館規模の100点近い作品数となると、謎を解こうという集中が持たず、惰性で作品を追うようになってしまいました。

そんな中では、イギリス政府ビジネス・イノベーション・技能省 (Department of Business, Innovation & Skills) の公共広告の形を取った “Daydreamers wanted - See how your imagination can shape a better futute” というキャッチコピーを持った広告は、 子供の想像力を実際に称揚するようでもあり、 良き未来を形作ろうという言葉を裏切るようにも感じられる単にぼんやりとしているようにも見える子供の様子からそれを皮肉るようでもあり、 そんなところもイギリスらしいユーモアを感じられました。

Collection Exhibitions curated by Ryan Gander
東京オペラシティアートギャラリー
2022/07/16-2022/09/19 (月休;月祝開,翌火休;8/7休), 11:00-19:00.

2021年に予定されていた個展の代わりに開催された 『ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展』 のうち、4階部分の「色を想像する」 (Colours of the imagination) が再び展示中です。 (残念ながら2021年には観ていません。) コレクションの中から白黒の作品のみを選び、それをギャラリーの壁の片側だけ2〜3段で埋めるかのようにぎっしり展示していました。 反対側の壁は対称的にキャンバスの枠とそこの作品データが表示されています。 モノトーンの密度高い並びも視覚的に渋くスタイリッシュに感じられ、 作品データを知るために反対側のほとんどブランクな壁を観ることを促される感も面白く感じられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この日は、展覧会を観終わったら早々に帰宅。 久しぶりに桑野塾を オンライン聴講しました。テーマは「ウクライナ侵攻を考える2」ということで、 『チェマダン 2022年5月特別号——ウクライナ侵攻とロシアの現在』 の舞台裏というか背景的な話や、その後のフォローアップの話を聞くことができました。 なかなかちゃんとフォローできない分野の話になってしまっているだけに、こういう話が聴かれるのはありがたいものです。 演劇分野については ロシア演劇界タイムライン の更新が続けられていて、それだけでもありがたいのですが、 音楽や美術の分野で同じようなものがあれば、と、つくづく思います。

[4028] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 11 20:50:41 2022

今週末前金曜は夏季休暇を取得。平日でないと入場も厳しくなってしまったこの展覧会を観てきました。

Gabrielle Chanel: Manifeste de mode
三菱一号館美術館
2022/06/18-2022/09/25 (月休,祝月開,6/27,7/25,8/15,8/29開) 10:00-18:00 (祝日を除く金曜と会期最終平日、第2水曜日は-21:00)

フランス Palais Galliera - Musée de la mode de la ville de Paris (ガリエラ宮パリ市立モード美術館) の監修でそのコレクションに基いて企画された、 20世紀のファッション・デザイナー Gabrielle “Coco” Chanel の回顧展です。 さすがに、現在のブランドとしての Chanel の紹介などは全くなく、デザイナとしての Chanel の足跡を、 デザインした服や、そして、自身がデザインしてはいないもののブランド下で手掛けた アクセサリー、ジュエリーやコスメティックスのパッケージを通して辿る展覧会でした。

有名なデザイナーということでそれなりにの予備知識はありましたが、個展として観ることで、気付きもありました。 ファッション史の中では戦間期の Art Deco のデザイナーとして位置付けられ、 Ballets Russes や Stravinsky などパリの Avant-Garde 界隈との交流とかを語られることが多いわけですが、 キャリアは戦後1954年にメゾンを再開させてから死ぬまで (1954-1971) もあり、 有名な Tailleur Chanel (いわゆるシャネル・スーツ) はその時代の Mid-cencury Modern Design と言えるものだと気付かされました。 Chanel のジュエリーを初めてちゃんと観ましたが、その装飾を抑えたモダンな服飾デザインや、 Art Deco というより Avant-Garde に近い香水 N°5 の瓶のデザイン (1924) とは対称的な、 アンティーク風だったりエキゾチックだったりするデザインだったのも、少々意外でした。

また、Chanel のようなラグジュアリーのデザインではないものの、半年ほど前に同美術館で観た 『上野リチ ウィーンからきたデザイン・ファンタジー展』 [鑑賞メモ] とほぼ同時代だということを思い出しつつ、 戦間期と戦後20世紀半ばのモダンデザインの連続性も意識させられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

まだ会期は2週間ほど残ってますが、事前時間帯指定は終わってますし、 残る週末の当日券は長蛇の列が確実なので、実質、会期末ギリギリ滑り込みでした。

この後は渋谷へ出てレコード店巡り。 エル・スール・レコーズに寄って、入手できないでいたトルコ盤CDを買ったり。 渋谷の西の奥の方に久々に行ったので、ふと思い立って Tower Records も覗いてみたのですが、あまりの変わりように茫然。 薄々気づいていましたが、世間の音楽の流行に完全に疎くなっていることを実感しました。

[4027] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 4 20:23:45 2022

今週末の土曜は、昼に京橋へ。 国立映画アーカイブでは、毎年恒例サイレント映画上映企画 『サイレントシネマ・デイズ2022』。 今年はウクライナのサイレント映画を、併映の短編長編の2本、観てきました。

Ягідки кохання [Love's Berries | Ягoдка любви]
1926 / ВУФКУ Ялта (СРСР) / 34 min. / 35mm 18fps / B+W / silent
Режисер, Сценарист [Directed by, Screenplay by | Режиссёр, Сценария]: Олександр Довженко [Alexander Dovzhenko, Александр Довженко].
Мар'ян Крушельницький [Maryan Krushelnitsky | Марьян Крушельницкий] (Жан Ковбасюк [Jean Kolbacjuk | Жан Ковбасюк]), Маргарита Барська [Margarita Barskaya | Маргарита Барская] (Ліза [Liza | Ліза]), etc

結婚の覚悟も父親になる覚悟もできていない Жан が、恋人 Ліза から赤子を預けられ (意図しない妊娠による我が子と Жан は勘違いするが、実は Ліза が叔母から預かった子)、 なんとか子を捨てようとドタバタ騒ぎをするも、 人民裁判所に子連れで出頭するよう呼び出され、なんとか取り戻して出頭すると Ліза がいて、 結婚することになる、というドタバタのコメディです。 現在の視点から見るとそこまで物的な赤子の扱いはないだろう、と思うところもありましたが、 乳母車を使った動きや、スイカを使った喧嘩など、ドタバタなネタは悪くありませんでした。

Звенигора [Zvenigora | Звeнигopа]
1927 / ВУФКУ Одеса (СРСР) / 94 min. / 35mm 18fps / B+W / silent
Микола Надемський [Nikolai Nademsky | Николай Надемский] (Дід [Granpa | Дед], генерал [general | генерал]), Семен Свашенко [Semyon Svashenko | Семён Свашенко] (Тиміш [Timoshka | Тимош]), Лесь Подорожній [Aleksandr Podorozhny | Лесь Подорожный] (Павло [Pavlo | Павел]).

ウクライナの伝説 Звенигора の秘宝を伝える老人と、その孫 Тиміш と Павло の話です。 十年以上前とはいえ以前に一度観ていたせいか [鑑賞メモ]、その時よりも物語が掴めたでしょうか。 といっても、前半はウクライナの農村で話が展開するのでモダニズム的な雰囲気は感じられず少々退屈に感じました。 老人が孫に伝説を語る場面では、劇中劇のような形で伝説が映像化されるのですが、 自然主義的では無い様式化された演技 (特に戦いの場面) や多重露光を使った映像は、アヴァンギャルドというより表現主義的に感じられました。

やがて、革命の内戦がウクライナの農村にも及んで、 兄 Тиміш は共産党員になって革命側に付く一方、 弟 Павло はコサック白軍に加わった後に亡命してパリやプラハで詐欺紛いの秘宝探し資金集めをします。 ここからの映像表現はアヴァンギャルドを思わせるもので、近代主義的なテーマがグッと前に出ます。 Тиміш はソビエト下で技術者としてウクライナの工業化に取り組む一方、 老人は宝掘りを続け錆びた短剣を掘り当てて茫然とします。 戻った Павло は祖父を「火竜を止めろ」と唆して鉄道と蒸気機関車を爆破させようとしますが、 線路に爆薬を仕掛けず、機関車に向かって走り出して気絶してしまい、失敗するのを見てピストル自殺します。 この、伝説の秘宝など無く (もしくは、大したものではなく)、ウクライナの宝を工業化の中に見い出す、 という結末の寓意も、いかにもソビエトのアヴァンギャルド映画らしい近代主義でした。

しかし、Звенигора は観たことあったということをすっかり忘れてました。 始まって、これは観たことがある、と気付いたという。 一度観たことがある映画だとしても、生伴奏付きで観るというのは、やはり、楽しいものです。 ちなみに、上映は 鳥飼 りょう のピアノ (と少々の鳴り物) の生伴奏付きでした。

国立映画アーカイブ 展示室では企画展 『脚本家 黒澤明』 (11/27まで)。 単に脚本などの資料を並べてあるだけでなく、 準備稿、決定稿など複数バージョンの脚本を比較しつ詳細に分析した内容をボードで説明展示しいて、 創作の影響元や創作過程を説明して見せていました。 興味深そうとは思いつつも、映画の方を知らないと、さすがに話に付いていきがたいものがありました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

前日の金曜は、久々の新幹線片道1時間半の日帰り出張でした。 その疲労と二日酔いで、土曜の午前中はかなりヘロヘロでした。 午後から京橋だったので、なんとか家事用事を済ませましたが。 日曜になって背中や脇腹に筋肉痛が出て、出張移動というのは意外と身体を使うものなのだと実感しました。

[4026] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Aug 29 23:17:01 2022

先の週末土曜、午後に恵比寿で映画を観た後は、渋谷公園通りへ移動。このライヴを観てきました。

道場 [Dōjō]
公園通りクラシックス
2022/08/27, 19:30-21:30.
道場 [Dōjō]: 八木 美知依 [Michiyo Yagi] (electric 21-string koto, 17-string bass koto, electronics), 本田 珠也 [Tamaya Honda] (drums).

新型コロナウイルス感染症も第7波でまた公演の類が微秒な状況になってしまいましたが、 こぢんまりしたハコでのライブも観たい気分だったので、 道場 (八木 美知依 & 本田 珠也) のライブを観てきました。 ちょうど2年ぶりでした [鑑賞メモ]。

1回休憩を挟んでアンコール無しの約2時間。 8月27日は Alice Coltrane の誕生日ということで、後半は Alice の曲から。 1980年代に入ってからのヒンドゥー・スピリチュアル色濃くなってからの曲、 “Er Ra” (from Devine Songs, 1987) と “Hara Siva” (from Turiya Sings, 1982) の間に Alice 入りの編成になってからの John Coltrane の曲 “Leo” を挟み込みこむ展開。 実は、ヒンドゥー・スピリチュアル色濃くなった晩年の Alice Coltrane には付いていけないという感もあったのですが、 こうした解釈を通過してから聴いてみると気付きがあるかもしれません。

といっても、スピリチャルな展開になったりなど前半から大きく雰囲気変わる事なく、 手数の多く音圧も高いスリリングな即興でのインタープレイが繰り広げられました。 久々に爆音を浴びるようなライブを楽しみました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4025] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 28 19:13:00 2022

先週末土日、今週末土曜と恵比寿へ。 1980年代末から現代美術の文脈でニューヨーク (New York, NY, USA) を拠点に活動する Matthew Burney の映画 Redoubt (2018) の上映に合わせて、 Matthew Burney の過去の映画作品やテーマ的に関連する映画を併せての特集上映 『『リダウト』プラス』東京都写真美術館で開催されたので、 未見の Matthew Barney 作品を観てきました。

『リダウト』
2018 / USA / 134 min 03 sec / 4K DCP / 7.1ch SR / colour
Written and Directed by Matthew Barney. Produced by Matthew Barney, Sadie Coles, & Barbara Gladstone. Director of Photography: Peter Strietmann. Music Composed by Jonathan Bepler.
Anette Wachter (Diana), Eleanor Bauer (Calling Virgin), Laura Stokes (Tracking Virgin), K. J. Holmes (Electroplater), Matthew Barney (Engraver), Sandra Lamouche (Hoop Dancer).

Matthew Barney の現時点での最新の映画作品は、 狩猟の女神 Diana たちの水浴を猟師 Actaeon が誤って目撃してしまったというローマ神話中のエピソード (ルネッサンス期に Tiziano が描いている) に着想し、 アメリカ・アイダホ州のロッキー山中 (Sawtooth Range と呼ばれるエリア) で撮られた作品です。 森林レンジャーをしつつ山中のトレーラーハウスで生活する Actaeon 相当の銅レリーフ作家のカップル (Barney 演じるエングレイヴ作家 (Engraver) と K. J. Holmes 演じる電気メッキ作家 (Electroplater)) の、 森の中での狩猟の女神 Diana との出会い ––親密な交流のようなものではなく、遭遇とそれによって生じたハプニング–– を描いています。

The Cremaster Cycle [鑑賞メモ1, 鑑賞メモ2] や Drawing Restraint 9 [鑑賞メモ] では、 ワセリンなどを使ったネチョっとした質感や、特殊メイク技術なども駆使した異形な造形 (Cremaster のキャラクターたちや Drawing Restraint 9 での Björk) が観られましたが、 そんな Barney の作風とも言えた要素がほとんど感じられません。 それまでであれば、Diana や従えている乙女 (Virgins) たちに精霊もしくは野獣、もしくはそれらのキメラのような格好をさせたのではないかと思うのですが、 この作品では、現代的な特殊部隊の狙撃兵を思わせる装備 (迷彩服やヘルメット、狙撃銃やピストル) です。 (ちなみに、Diana を演じる Anette Watcher はNRA会員の長距離ライフル競技の選手のようです。)

それまで Barney の作品で多用されていた質感や異形な造形の代わりにこの作品がキャラクターを描く際に使われているのが、 ダンス的な、と言うか、振付として様式化された動きです。 Electroplater 役の K. J. Holmes と Calling Virgin 役の Eleanor Bauer は コンテンポラリーダンスのアーティストですし、 Aerial Choreographer としてもクレジットされている Tracking Virgin 役の Laura Stokes は 41ème Festival du Cirque de Demain で Médaille d’Argent (銀メダル) を受賞したサーカスアーティストです。 特に、映画中の随所で観られる、乙女 (Virgins) 2人によるエアリアルや地上でのアクロバットのテクニックも使った動きには目が止まります。 ラスト、日食の日に銅レリーフ・アーティストのトレーラーハウスが狼たちに襲われる場面での Holmes のソロダンスも印象的でした。 Hoop Dancer 役として出演している Sandra Lamouche も ネイティヴ・アメリカン・フープ・ダンスのアーティストです。 Diana 役の Annette Watcher の競技者として研ぎ澄まされた銃捌きも「振付として様式化された動き」と言えるかもしれません。

Redoubt に映像によるダンス作品的な面があるとは事前に知らずに観たので、かなり意外に思いましたが、 質感とか異形なものへのフェティシズムが後退した (全く無いわけではないですが) 落ち着いた雰囲気の映画で、これはこれでかなり好みでした。 The Guardian 誌はこの映画を評して 「神秘的で神話的な映画バレエ」 (mysterious, mythical movie-ballet) と呼んでいますが、 いわゆるバレエ・テクニックは全く使われないので、映画ダンス (映像ダンス作品) と言った方が良いでしょうか。 エアリアルやフープ・ダンスなどのテクニックや、 見せるものとしての長距離射撃のような超人的なテクニック、というのは、むしろ、サーカス的。 伝統的な「サーカス」の雰囲気を作り出すために使うのではなく、 もちろん、技自体を見せることを目的にしておらず、テクニックを使いつつも型として表現するのではなく、 “Diana and Actaeon” に着想した世界を描いているところは、コンテンポラリー・サーカスにも通じます。 「映画バレエ」ではなく「映画コンテンポラリー・サーカス」と呼びたくなるような作品でした。

Matthew Burney の『クレマスター』シリーズ (The Cremaster Cycle) は 約四半世紀前に全5作中1, 3, 4と観ていましたが、それきりになっていました。 これもコンプリートする良い機会かと、残す2作も観てきました。

『クレマスター2』
1999 / USA / 79 min / 1:1.77 / Dolby SR / 35mm / colour
Written and Directed by Matthew Barney. Produced by Barbara Gladstone & Matthew Barney. Director of Photography: Peter Strietmann. Music Composed by Jonathan Bepler.
Norman Mailer (Houdini), Matthew Barney (Gary Gilmore).

Cremaster Cycle の第2話 (制作順では第4作) は、 強盗殺人により死刑囚となり、自ら「死刑にされる権利」を求めて1976年に死刑となった、Gary Gilmore に着想した作品です。 Gilmore の伝記小説 The Executioner's Song (1979) の作者 Norman Mailer が、 Gilmore の祖父かもしれない縄抜けマジシャン Houdini として出演しています。 Gilmore の祖母 Baby Fay La Foe、両親の Frank & Bassie Gilmore の役も登場し、 Gilmore の強盗殺人や処刑、両親の結婚、Gilmore の祖母と Houdini の出会いなどに着想した場面もあり、 いわゆる三代記ではあるのですが、時系列に剃って展開するわけではありません。 Matthew Berney の映画全体に言えることですが、セリフはほとんど使われず、 人物や背景を知る手がかりとなるようなセリフもありません。

野外ロケ地は、アメリカ・ユタ州のグレートソルト湖の西に広がる Bonneville Salt Flats と、 カナダのブリティッシュ・コロンビア州とアルバータ州の境にあるコロンビア氷原 (Columbia Icefield)。 前者は Gilmore が生まれ育ったユタ州に因んで、後者は Gilmore の祖母が Houdini に出会ったという Columbian Exposition hall からの連想でしょうか。 Gilmore やその両親はモルモン教徒だったということで Mormon Tabernacle Choir も登場しますし、 両親の結婚に着想した場面にもモルモン教を意識したものがあったのかもしれません。 舞台がアメリカ中西部やロッキー山中で、Gilmore の処刑のメタファー的な場面に、 ロデオやウェスタンハットの男女のダンスが使われていて、Matthew Berney 流のゴシック西部劇という感もありました。 両親の結婚や、Gilmore が強盗殺人に至る場面での、ネチゃっとした物や大量の蜂を使った表現なども、いかにも Matthew Berney でした。

Cremaster Cycle の中では最もナラティヴに感じられたのですが、 意味深な伏線っぽい断片的なナラティヴな場面が回収されないので (観ていて回収を期待してはいませんでしたが)、 いろいろ意味を掴みかねた感が強く、フェティシュなイメージに溺れていくようでした。

『クレマスター5』
1997 / USA / 54 min 30 sec / 1:1.85 / Dolby SR / 35mm / colour
Starring Norman Mailer (as Houdini), Matthew Barney (Gary Gilmore). Written and Directed by Matthew Barney. Produced by Barbara Gladstone & Matthew Barney. Director of Photography: Peter Strietmann. Music Composed by Jonathan Bepler.
Ursula Andress (as the Queen of Chain), Matthew Barney (as her Diva, Magician, and Giant), et al.

Cremaster Cycle の第5話 (制作順では第3作) は、 Cremaster 2 での Gary Gilmore のような具体固有の人物には着想したものではなく、 19世紀末のオペラに着想した Matthew Barney 版オペラ。 約1時間しかありませんが第1幕と第3幕への序曲というか前奏曲が長め3幕構成のようでもあって、オペラの形式も意識されていたよう。 オペラの主賓 The Queen of Chain とオペラのディーヴァ (her Diva) の間のメロドラマチックな関係が仄めかされますが、 やはり、明確なストーリーはありません。 主要な登場人物は、鎖の女王 (The Queen of Chain) の他は、オペラのディーヴァ (her Diva)、鎖抜けのマジシャン (her Magician) 、そして、大男 (her Giant) を3役。 この3役を Matthew Barney が演じているので、同一人物の3面のようにも感じられました。

ロケ撮影はハンガリーのプダペストで、ハンガリー国立歌劇場 Magyar Állami Operaház [Hungarian State Opera House] と、 アール・ヌーヴォー様式建築で知られるゲッレールト温泉 (Gellért gyógyfürdő [Gellért Thermal Bath])、 そして、ドナウ川にかかるセーチェーニー鎖橋 (Széchenyi lánchíd [Széchenyi Chain Bridge ])。 オペラハウスの「鎖の女王」、鎖抜けのマジシャン、鎖橋と、鎖が作品を通奏する主題のよう。 続けて観たことで気づいたのですが、 her Magician は Cremaster 5 の Houdini とも 後の Drawing Restraint [鑑賞メモ] とも通じるもので、 Barney の重要な主題のようだと、気付かされました。

といっても、観ていて最も印象に残ったのは、ゲッレールト温泉で撮影された場面。 他の Cremaster Cycle ではお馴染みのネチャっとした質感のものがこの作品ではあまり出てこないのですが、 その代わりに大男 (her Giant) や温泉の精 (Füdór Sprites) という異形の者たちが水中でのパフォーマンスを繰り広げる、 その非日常的な印象が強く残りました。

Cremaster Cycle を初めて観たのは、 1995年にワタリアム美術館を中心に北青山〜表参道界隈で展開された『水の波紋 '95』 (Ripple Across The Water '95) で観た Cremaster 4。 それから四半世紀越しでついにコンプリートすることになるとは。少々、感慨深いものがありました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[4024] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Aug 15 21:58:53 2022

8月12日の午後は、竹橋から神保町経由で清澄白河へ。この展覧会を観てきました。

Jean Prouvé: Constructive Imagination
東京都現代美術館 企画展示室1F/地下2F
2022/07/16-2022/10/16 (月休;7/17,9/19,10/10開;9/19,9/20,10/11休), 10:00-18:00.

フランス・ロレーヌ地方の首邑ナンシーを拠点に、 戦間期以降に UAM (Union des artistes modernes) 創設メンバーとして Le Corbusier のサークル界隈で活動した 家具デザイナ、建築家 Jean Prouvé の回顧展です。 Prouvé デザインの什器は今までも展覧会で接する機会があり、 鋼鉄やアルミを素材として多用し、モダニズムらしくシンプルながら頑丈そうな (ゴツい) フォルムの什器が印象に残っていました。 この展覧会でも、もちろんそういった什器も観ることができますが、 第二次世界大戦末期から戦後のプレファヴ建築の仕事に、それも実物展示にて接することで、 Prouvé の業績への認識を改めました。

1F展示室はProuvé のバックグラウンドの金属工芸の延長ともいえる什器のデザインに焦点を当てた展示。 代表作ともいえる椅子 « standard » のヴァリエーションを年代順に並べた展示も素材や製造方法の違いの変遷が浮かび上がって面白かったのですが、 やはり、ディスクやテーブルと組み合わせたセットアップでの展示の方が住環境もしくはオフィス環境が想起されるだけに Prouvé の美学が明らかになるようでした。

B2F展示室は建築家 (Prouvé は建築の学位を持っておらず constructor (構築家) と自称していたそうですが) としての Prouvé に焦点を当てたもの。 通常の建築プロジェクトに関する資料も少しながらありましたが、むしろ、プレファヴの規格建築の先駆者という面に焦点を当てたもの。 戦後の熱帯向けプレファヴ住宅 « Tropicale » のための什器はもちろん、 住宅に使われたアルミ製造のファサードや壁面用可動式ルーバー « Brise-Soleill » が実物展示されていました。

そして、この展覧会の展示の目玉ともいえるのが、プレファヴ建築の展示。 Pierre Jeanneret と手がけた最初期の « Maison F 8x8 BCC » (1942) は 屋根が葺かれていないもののほぼ完全な形でB2F吹抜のスペースに展示されていました。 第二次世界大戦中の金属不足の中で手がけただけあって壁材だけでなく柱も梁も窓枠も木製ながら、 物不足の中で作られた « Maison F 8x8 BCC » の完成度に驚かされました。

戦後の鉄骨構造とアルミのパーツを組み合わせたプレファヴ住宅 « Maison Métropole » (1949) も、 壁面パーツ、門型の柱や梁の実物が、不完全ながら組み上がった状況が想像できる形で展示されていました。 一方、大戦末期の難民用住宅 « Maison démontable 6x6 » (1944) は、 « Maison F 8x8 BCC » に隣接した壁面にパーツが並べられて展示されていました。 « Maison démontable 6x6 » は、壁パーツが木製ながら門型の柱や梁などの構造が鉄骨で、 « Maison F 8x8 BCC » から « Maison Métropole » への進化の途上を見るようでした。

Prouvé の什器やプレファヴ建築の展示を見ていて、ふと、自分の小学生時代 (1970年代) の学校を思い出しました。 小学生入学した時は戦前からありそうな木造校舎で、卒業時は鉄筋コンクリートの校舎でしたが、 その間に過ごしたのが、校庭に並んだプレファヴ校舎でした。 そして、そこに並ぶ木と金属を組み合わせた机や椅子。 Prouvé のようながっしりした作りではなく、 プレファヴにしても合板とアルミ板を重ねたようなペラペラなものでしたが、 自分が小学生で使っていたものと似たような椅子もあり、 その原点を見る感慨深さがありました。

MOT Annual 2022 – My justice might be someone else's pain
東京都現代美術館 企画展示室3F
2022/07/16-2022/10/16 (月休;7/17,9/19,10/10開;9/19,9/20,10/11休), 10:00-18:00.
大久保 あり, 工藤 春香, 高川 和也, 良知 暁.

東京都現代美術館のアニュアルのグループ展です。 ほぼ毎年観てきていますが、 今年は議論を呼んでいるような社会的な問題をテーマをして扱うような作品が集められていました。 企画意図はわからないではないのですが、そのフォーマルというよりナラティヴなアプローチが、 今の自分の意識とすれ違ってしまった感がありました。 ほぼ毎年定点観測的に観てきていますが、こういう時もあるでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

12日は東近美と神保町の書店、レコード店巡りくらいにしておいて、東現美は別の日にしようかと考えていたのですが、 13日は台風直撃という予報だったので、12日じゅうにハシゴしてしまおうと。 Gerhard Richter 展も Jean Prouvé 展も充実していてとても楽しめたのですが、 それぞれ余韻を含めて1日じっくり楽しめたのにもったいなかったかな、と。

夏休みの4日間の前半を2日連続美術館ハシゴで飛ばしすぎたか、後半の土日は失速してしまいました。 13日土曜は予報ほどは荒れなかったけれども朝から一日中雨。 疲れが出たか、気圧の影響か、気怠い一日を過ごしました。 日曜は朝こそ雨が残りましたが天気は回復。しかし、休養気分の1日になってしまいました。 この夏休みを使って積聴 CD box set、積観DVD/BD、積読本を少しは消化しよう、と思っていたのですが、大したこともできずに終わってしまいました。

[4023] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 14 19:01:07 2022

8月12日は夏休みにして、午前中には竹橋へ。この展覧会を観てきました。

東京国立近代美術館 企画展ギャラリー, 2Fギャラリー4
2022/06/07-2022/10/02 (月休;7/18,9/19開;7/19,9/20休), 10:00-17:00 (金土 -20:00).

当時東ドイツだったドレスデン生まれながら壁ができる直前1961年に西ドイツへ移住し1960年代から現代美術の文脈で活動する作家 Gerhard Richter の、 生誕90年、画業60年を記念した、 Gerhard Richter Art Foundation 所蔵作品を中心にした110点からなる大規模個展です。 Richter は好きで1990年代からそれなりに観てきましたが、16年前の個展を見逃していて、 大規模な個展を観るのは Atlas (川村記念美術館, 2001) [鑑賞メモ] 以来でしょうか。 出発点ともいえるフォト・ペインティング、代表作ともいえるアブストラクト・ペインティング、 小品ながらギャラリーなどで観る機会も多かったオイル・オン・フォト、 近年手がけるストリップから、最新ともいえる2021年のドローイングまで、 主要な作風が一通り辿れる、なかなかに見応えある展覧会でした。

具象から抽象へと進んだ近代絵画の流れを想起させつつも異なる道筋を示すかのような、 写真などの具象的なイメージの抽象性を強調する Richter のアプローチの面白さを、改めて実感。 今回作品様々な作品をまとめて観て、その形式的な面だけでなく、 アブストラクト・ペインティングでのスキージのような道具の使用、 もしくは、4900 Colours [901] (2007) のようなカラー・チャートの作品や、 Strip (CR 930-3) (2013) のような コンピュータで生成した作品を観ていると、 偶然性の使用、というか、作家の恣意性を極小化するかのような面が浮かび上がってくるのが面白く感じられました。

その一方で、フォト・ペインティングの具象的なイメージだけでなく、今回の目玉の作品ともいえる Birkenau もそうだが、 シカゴの連続殺人事件に取材したという Acht Lernschwestern [Eight Student Nurses] (1971)、 9.11のWTCを思わせる September (2009)、 また古典的ともいえる頭蓋骨を描いた Schädel [Skull] (1983) など、 一連の作品の中から極小化された作家の恣意性というか意図に死のモチーフ –– 表象されたイメージというより秘められたコンセプト –– が浮かび上がってくる感も、とても興味深く感じられました。

ところで、Manchester International Festival 2015 で Birkenau が展示された際、 Richter / Pärt と題され 日に数回、ギャラリーにて Vox Calamantis が Arvo Pärt の曲 “Drei Hirtenkinder aus Fátima” を歌うというパフォーマンスが行われました [YouTube]。 イヤホンガイドでこの事に触れられ Birkenau の部屋ではその曲がかかる、とか期待しましたが、そんな事はありませんでした。 この曲は Vox Clamantis / Arvo Pärt: The Deer's Cry (ECM New Series, 2016) に収録されているので、 結局、自分の iPhone でこの曲を聴きながら鑑賞しました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

世間的にもお盆休みに入っているものの、平日なので少しは空いているかと期待したのですが、さにあらず。 まあ、仕方ないでしょうか。