年度末で余裕の無い日々になってしまっていますが、土曜の夕方に時間を作って秋葉原というか末広町へ。
この展示を観てきました。
展示は作品発表というより、レジテンス期間中のリサーチ活動の結果としての プロジェクト・プロポーザルやワークショップのドキュメント。 作品を観るという意味では少々肩透かし。
タムラサトル [関連レビュー] が参加しているので、 何をしているのかな、という興味で足を運んだわけですが。 彼の秋葉原の街中でのインスタレーション・プラン、 ガードレールを接点に使う「中央通りのための接点」や水車で動かす「水マシーン」など、 実現したら面白そうだなあ、と。 で、在廊していたタムラ氏と話することができたのですが、 中村 政人 氏に約10年余前にやった『秋葉原TV』の立体版のようなものをやりたいと考えているとのことで、 AIR 3331 はそのための準備という意味合いもあるとのこと。 今回展示されていたプロポーザルのようなプロジェクトが、その美術展で実現することを楽しみにしたいものです。
鈴木 昭男 『音点』は、 「聴く演奏」ということで、秋葉原のあちこちの音を聴いて回るようなプロジェクト。 時間がなくて、指定の場所まで行って聴いて回ることはしませんでしたが。 サウンドスケープ物ということで、John Cage: 49 Waltzes For The Five Boroughs [レビュー] を連想させられるところも。 こちらも、ちょっと気になるプロジェクトでした。
『巡回型アーティスト・イン・レジデンス成果発表「Move arts Japan」展』 が併催されていたですが、そちらも作品発表というよりリサーチ結果報告に近いもの。 AIR 3331 ほどひっかかるものに出会えなかったのが少々残念でした。
土曜劇場プレイパークの後は、一旦帰宅はせずに、三茶でランチを済ませて東池袋へ。
コンテンポラリー・サーカスを観てきました。
Le Carré Curieux は2006年に活動をはじめたベルギー・ブリュッセル (Bruxelles, BE) を拠点とする コンテンポラリー・サーカスの男性4人組カンパニー。そのデビュー作の日本公演だ。 大仕掛けや派手な大技で見せるような作品ではないし、 演劇的というほど物語があったわけではないが、 ちょっと優しく可愛らしくもある世界を感じるサーカスが楽しめた。
正直、はじめのうちは少し眠くなったが、中盤頃から舞台に引き込まれた。 特に良かったのは、フライヤにも使われていた Chinese pole のパフォーマンス。 固定して高さを稼ぐのではなく、 身長の倍くらいの高さながらパフォーマーがそのポールを動かし支えて使うことにより、 横方向と縦方向の動きのバランスが良くなって、舞台が広く感じられる動きとなっていた。 棒を横にしてバランスを取ったり、立てたり倒したり転がしたりしてユーモラスなやりとりをしたり。 直系30cm程度の重い円盤ががポールの一端に付けられているのだが、それで立ててもポールはかなり不安定。 この作品で最も良かったのは、そんな不安定なポールを使い、他の支えをほとんど使わず Kenzo と Gert の2人がバランスを取るように Chinese pole を演じた所だった。
エンディングの Kenzo の一輪車も、 その足元をクリノリンのようなもので隠して演じることにより、 一輪車芸というよりもダンス的な動きが強調されていた。 また残りの3人も (おそらくこちらは一輪車ではなく台車だと思うが) 同様に足元を隠して一緒に滑らかに踊った。 水平方向に不自然に滑らかに速くうごくダンスのようで、その動きが面白かった。 さらに、その動きの面白さを見せるだけでなく、それぞれの台車の高さを凸凹にして見た目や動きをユーモラスにしていた。 そんな所もツボにはまった舞台だった。
ワークショップで何回も世田谷パブリックシアターへ行っているし、 ビデオ上映で座・高円寺へ行ったりと、 劇場へはそれなりに行っているので、 先週末に職場新年会として企画した Blue Man Group を除くと、実は今年の初舞台鑑賞でした。 去年末から2ヶ月余ぶりとブランクが空いてしまったので、 舞台鑑賞の感覚がいろいろ鈍っているかもしれない、と思っていたのですが、 普通に楽しめてよかった……。
先週末に続いて、今週土曜の午前も 世田谷パブリックシアターの 土曜劇場プレイパーク。 『探検!フィジカルシアター』 の第二回「交流で繋がる」に参加してきました。 第一回に続いて。
最初のうちは第一回の復習という感じで、少々複雑なルールの鬼ごっこなど。 で、中盤は、目を閉じて人との接触を感じながらの動き。 腹這いで匍匐しながら他人に触れたり、密集陣形のような形になったまま音を頼りに動き回ったり。 触覚を頼りに動くことにより、何か違う世界を感じたような。 で、終盤は相手の表情や声にリアクションするような動き。 考えて動きを作るというより、考えずに反応するという形で動きを作っていくやり方も また面白かったです。 前回の経験から予想はしていましたが、今回もしっかり動いたなあ、と。
このフィジカルシアターのワークショップ、 第一回、第二回と面白かったので、第三回も参加したいところですが、 出張の予定が入っているので参加できません……。残念。
今週末(明け)のCD/DLレビューは、先週末に続いて、
バルカンな folk/roots meets jazz/improv 物。
歌物ではありませんが、先週末に続いて Bojan Z 絡みです。
The Klezmatics などニューヨークの Klezmer/Balkan jazz の文脈で活動する Matt Darriau Paradox Trio の久しぶりの新作 (といっても1年余前のリリースだが) は、 セルビア出身ながらフランスで活動する piano 奏者 Bojan Z (Бојан Зулфикарпашић [Bojan Zulfikarpašić]) をゲストに迎えてのもの。 バルカン地方の思わせる節回しや複合拍子は相変わらずだけれども、 piano の音色のせいか、今までのアルバムの中で最も jazz 寄りに聴こえる。 しかし、バルカン地方にルーツを持つ Bojan Z だけあって、 jazz 的なイデオムの強い piano の音も、 Paradox Trio の演奏から異質な音として浮いている感は無く、うまく馴染むように織り込まれている。 そんなこともあってか、むしろ、piano のソロが多めの “Zdravo” や “Pomegranate” のような曲の方が、 新鮮さもあって楽しめた。
このアルバムをリリースしたのは、イタリアはトリノの folk/roots に強い独立系レーベル Felmay。 Felmay からは Matt Darriau の参加したアルバムがもう1タイトル、リリースされている。
Ismail Lumanovski はマケドニア出身の clarinet 奏者で、 現在はニューヨークで New York Gypsy All-Stars を率いて活動している。 Patrick Novara はフランス生まれのイタリア人 clarinet 奏者で 主に Baroque music の文脈で活動しているという。 そんな3人による clarinet trio の作品だ。 accordion と percussion (frame drum など) を伴奏にした バルカン〜東地中海の伝承曲中心のレパートリーで folk/roots 色濃い演奏だ。 編成やレパートリーからもフランスの Doumka Clarinet Ensemble に近いが、 彼らよりはアップテンポで明るい印象を受ける。 特に、このトリオならではの演奏に感じるのは、 南イタリアの tarantella をアレンジした曲を2曲演奏している所だ。
CD自体は去年に入手済みで、Amira に続いて紹介できるよう1月頭から準備し初めていたのですが。 先週半ばに Postmodernism: Style And Subversion In Sound And Vision 1970-90 (V&A / EMI, 50999 6 78115 2 6, 2011, 2CD+DVD) の存在に気付いて以来、1980s British New Wave が俄然マイブームになってしまい、 仕上げるのに難儀してしまったという……。 Postmodernism の方に手を付けてしまうと、 Darriau のレビューは仕上げられないままお蔵入り、になってしまいそうでしたし。 (去年末のロシア旅行レポートは、こうして書き進められないままという……。)
土曜劇場プレイパークの後は、三茶でランチして、一旦帰宅して、着替えて再出発。
世田谷線と京王線を乗り継いで多摩センターまで。
この展覧会を観てきました。
1920年代末にデザインしたサンセリフ書体 Gill Sans で知られる 碑文彫刻家・書体デザイナー Gill Sans の展覧会です。 戦間期に広く使われるようになったサンセリフ書体は、 当時の Modernism / Avant-Garde 運動 (Bauhaus や Russian Avant-Garde など) 強く結び付いているものが多いわけですが、 Gill Sans (BBC の制定書体) や Gill が師匠 Edward Johnston とデザインした Johnston Sans (ロンドン地下鉄の制定書体) はそういうものと結びついていません。 (デザイン史では Johnston Sans や Gill Sans は Art Deco に位置づけられていることが多い。) そういう所が以前から興味深く思っていたので、足を運んでみました。
展示は Eric Gill のルーツである碑文彫刻に関する展示が多くありました。 Arts & Crafts 運動がルーツということくらいしか知らなかったので、 なるほどこういうバックグラウンドがあったのか、と。 展示を観ていて最も感慨深かったのは、1920s末に Gill Sans をデザインした後も、 Art Nouveau 風というか Arts & Crafts 風のブックデザインを手掛けていたということ。 戦間期に Art Deco の流行に乗ってスタイルを変えたわけではないのだなあ、と。 そういう意味では Gill Sans は彼の仕事の中では少々異質にすら感じられました。
土曜の晩は白金高輪でジビエの会。 もともと雷鳥を食べる会のはずだったように思いますが、今年は雷鳥どころかジビエ自体があまり穫れないとのこと。 メインもジビエではなくなってしまいました。ま、美味しかったので良し、ということで。 しかし、少々呑み過ぎたか、金曜晩〜土曜の疲れもあって、日曜はぐったり気味。 強い北風も寒い日でしたし、 Postmodernism: Style And Subversion In Sound And Vision 1970-90 (V&A / EMI, 50999 6 78115 2 6, 2011, 2CD+DVD) も届いたことですし、 家で休養に充てたのでした。
土曜の午前は、またまた、 世田谷パブリックシアターの 土曜劇場プレイパーク。今月3回目の参加です。 今回は『日本の伝統芸を体験!』の第1回「まわしてみよう!」。 講師は 江戸太神楽 丸一仙翁社中 の 家元 仙翁 師匠、仙若 師匠でした。 大道芸で何回も観たことがある方々 ということで、ちょっと楽しみにしていました。 (鏡味小仙社中 と名乗っていた頃の写真。)
「まわしてみよう!」ということで、今回は番傘を回して上で鞠を転がす「傘の曲」でした。 といっても、手順を追って練習するというわけではなく、 番傘と鞠 (もしくは練習用のビーチボール等) を使って思い思い傘の上で鞠を回そうとする中、 師匠がアドヴァイスをして回るというという感じ。 飽きてきた子供には、「曲鞠」 (鞠のジャグリング) を教えたり、と柔軟に。 こうしてみると、今まで参加してきたダンスやマイムのワークショップはシステマティックだったなあ、と。 そして、そうではない所に伝統芸能らしさを感じて、とても興味深かったです。 確かに漫然とはしていたけど、こういうのも悪くないなあと。
もちろん、2時間で「傘の曲」ができるようになるわけではなく。 出来そうな感触も得られないまま、終ってしまいました。ふむ。 主に左手を使ってまわすわけですが、終わりの頃には左手の握力が無くなってしまいました(弱)。 傘を掲げるので肩も使いますし。見かけ以上に疲れました。
終った後、仙翁 師匠 とすこしお話する機会がありました。 最近は 野毛/ヨコハマ大道芸には出ていないそう (その理由も伺いましたが……)。 現在の大道芸での活動の中で師匠のお薦めは、毎週末土日の午後の浜離宮庭園。 日本庭園という大神楽に比較的合った場ということで、好評だとのこと。 季節が良くなったら、一度、お散歩がてら観に行きたいものです。
And now for something completely differnet...
金曜の晩は、職場の遅めの新年会(?)ということで、 Blue Man Group を観た後、麻布十番で会食。 自分が幹事だったのですが、単なる呑み会にするのではなく、舞台鑑賞とかと合わせたいなあと。 Blue Man Group は 2003年に New York で観たことがあるのですが、 これなら舞台鑑賞にあまり馴染み無い人でも楽しめるだろう、と。 4年前に日本での公演が始まってから一度は観に行きたいと思っていたのですが、 きっかげが無いまま公演終了が決まってしまったので、幹事にかこつけて企画して行くしかない、と。 幹事だったので少々気を使って楽しみきれなかった所はありましたが、 参加した皆も楽しんだようで、良かったかな、と。 内容は2003年に観たものと大きく変わっておらず、 内容をあまり変えずに東京に持って来ていたんだなあ、と。 相変わらず面白かったですが。
しかし、2007年以来4年というロングランの終わり近く、ということもあるかと思いますが、 金曜の晩なのに空いていました。3〜4割程度の入りでしょうか。意外。 7500円というのは若干高めかと思いますが、 現代サーカスや大道芸などが好きな人なら楽しめるショーかと思います。 当日券でふらりと行ってみるというのも、悪くないのではないでしょうか。
週末(明け)のCD/DLレビューは、ボスニア出身の女性歌手の最近のアルバム2タイトル。
folk/roots meets jazz/improv 物です。
Amira こと Amira Medunijanin はボスニアのサラエボ (Sarajevo, BA) 出身の女性歌手。 2000年代以降、グループ Mostar Sevdah Renunion の歌手などとして活動している。 2011年にリリースされたソロ名義でのアルバムは、 セルビアのベオグラード (Београд, RS) 出身ながら フランスの jazz/improv の文脈で活動する piano 奏者 Bojan Z (Бојан Зулфикарпашић [Bojan Zulfikarpašić]) の制作によるもの。 偶然見付けた Amira & Bojan Z の2010年のベオグラードでのライブ映像 [レビュー] が非常にかっこ良かったので、遅ればせながら入手した。
残念ながらライブで演奏していた曲 (“Ajde Jano”) は収録していないし、 それに近い Bojan Z の内部奏法などを駆使した演奏が聴かれるのは “Grana Od Bora” だけ。 といっても、Amira の blues 的とも感じる (彼女はそれを Sevdah と呼んでいる) 歌い方は jazz 的なニュアンスもある演奏にも自然に馴染んでいる。 マケドニア出身の Vlatko Stefanovski [Влатко Стефановски] (ex-Leb i Sol) がゲスト参加した2曲なも良い。 しかし、自分にとっては若干スムーズに過ぎると感じる所もあって、聴いていて不完全燃焼気味。 “Grana Od Bora” や、 セルビア出身の Nenad Vasilic (Balkan Band で知られる) の doublebass の伴奏のみで歌うオープニングの “Bele Ruže”、 深い残響の中にずぶずぶと沈むような “Sabahzorski Vjetrovi” のような演奏が半分くらい入っていれば、と。
Amulette の前の Amira のアルバムは、 同郷ボスニア出身の accoudion 奏者 Merima Ključo との duo。 Ključo は classical や jazz/improv に近いバックグラウンドを持っており、 folk dance チューン的にリズミカルに聴かせる曲もあるが、 むしろ、間合いを生かしたむしろゆったりした演奏に Amira の詠唱を乗せるような曲で聴かせる。 轟々というノイズ的な響きの上に歌声が漂う “Mehmeda Majka Budila” のような曲も、凛々しくて良い。
Merima Ključo は、チェコの Iva Bittová (violin, vocals)、 Klezmer Madness で知られるアメリカの David Krakauer (clarinet) とのグループ Checkpoint KBK でも活動しているとのこと。 YouTube [1, 2] で聴く限りでは良さげなので、このグループでのアルバムを聴いてみたい。
日曜は、天気が悪かったら大人しく家で休んでいようと思っていたのですが、
午後からは陽も差してこころなしか暖かくなったよう。
そんなわけで、晩に
座・高円寺の
カフェ アンリ・ファーブルで
『ジョセフ・ナジをめぐるビデオ上映&トーク』
のCプロを観てきました。
Josef Nadj の舞台作品のビデオ上映会です。
前半は、Canard Pékinois (『北京ダック』, 1987)、 Nadj のデビュー作です。 しかし、食事をしながら観たのもマイナス要因だった気もしますが、いまいち入りこめませんでした。 確かにユーモラスな動きが多く、観客席からの笑いもよく聞かれましたが。 観客の反応が良いなあ、なんて思ってしまいました。 カナール・ペキノア と名乗る日本のパントマイム・ユニットがいたりすることもあって、 以前から観てみたいと思っていた作品だったのですが……。
後半は、Sho-bo-gen-zo (『正法眼蔵』, 2006)、 曹洞宗開祖の道元の執筆した禅の書『正法眼蔵』にインスパイアされた作品です。 Nadj 自身と Cécile Loyer の男女2人によるダンスです。 オープニングは能を思わせるような面、衣装や動きなどもあって、そのジャポニズムに若干引くところも。 しかし、以降は2人とも黒いスーツ姿で。 確かに禅を思わせるストイックな雰囲気は感じるのですが、 シュールな人形アニメーションをダンスにしたようなカクカククルクル動くところは、Nadj らしいなあ、と。 音楽は Akosh S. (Szelevényi Ákos) と Joëlle Léandre のデュオ。 saxophone / clarinet だけでなく様々な percussion を駆使する Akosh S. と 弓引きを多用して重い唸り響かせる Léandre のの演奏も、舞台を引き締めています。 2人はダンサーとほぼ対等な形で舞台で演奏しているので、 ダンス演出付きのライブ・ビデオとして楽しめたような所もありました。 ちなみに、上映されたビデオの抜粋が YouTube で観られます [YouTube]。 二月に世田谷パブリクシアターで公演する Les Corbeaux (『カラス』, 2009) も Nadj と Akosh S. のデュオともいえる作品のようですし、これは、楽しみです。
劇場付きレストランでの上映ということで、どういうスタイルになるのかいまいち読めなかったのですが、 上映中はしっかり照明を落として。手元を照らすテーブル・キャンドルくらいは欲しかったかも。 食事が来たのが上映が始まってからだったため、暗い中で食事するはめになってしまいました。 食事が冷めてしまうので、途中休憩まで置いとくわけにもいきませんし。 うーん、こういうことであれば、もっと余裕を持って行くべきでした。残念。
雪の金曜よりはましなものの、土曜も冷たい雨。
そんな中、午後に早稲田大学早稲田キャンパス16号館へ。
ことし最初の桑野塾
[関連発言]
に参加してきました。
前半の報告は、 島田 顕 「ソ連・コミンテルンとスペイン内戦 —— モスクワを中心にしたソ連とコミンテルンのスペイン内戦介入政策の全体像」。 本の出版に合わせ、 その内容の紹介でした。予備知識が少な過ぎてちゃんと話に付いて行けていたか心許ないところもありましたが、 スペイン内戦の経緯など、特に人民戦線側の動きについて、そうだったのか〜と思いつつ聴くことができました。
後半は、井上 徹 「異形のロシア・ソビエトアニメ」 ということで、最近は比較的ポピュラーとなったロシア・ソビエトアニメの中でも、 なかなか日本で上映される機会の無いアニメの紹介でした。中でも印象に残った作品について。
Владимир Тарасов [Vladimir Tarasov] の Юбилей (Jubilee [記念日], 1983) は アニメーション100周年を記念して Союзмультфильм [Soyuzmultfilm] が制作したアニメ。 1920年代から1970年代のソビエトアニメが沢山引用されていて、ソビエトアニメ史の勉強にもなるような内容。 DVD box set Animated Soviet Propaganda: From The October Revolution To Perestroika [レビュー] の中でも、Тарасов の作品は出色だったわけですが、他にも面白い作品を作っているのだなあ、と。 Тарасов の作品は一通りちゃんと観てみたいものです。 あと、アニメーション作家の Владимир Тарасов とジャズ・ドラマーの Владимир Тарасов は 別人だということを、今回、教わりました。そうだったのかー。 Юбилей でも中盤に Вячеслав Ганелин [Vyacheslav Ganelin] の free jazz な 演奏が使われていましたし (これはエンドロールのクレジットで確認した)、 あの演奏のドラムも Владимир Тарасов だと思われるのですが。 こんな近傍に、同姓同名の別人がいるというのも紛らわしいものです。
1960年代から活動するアニメーション作家 Андрей Хржановский [Andrei Khrzhanovsky] の最新作 Полторы комнаты, или Сентиментальное путешествие на родину (A Room and a Half, or Sentimental Journey Home [一部屋半 あるいは祖国への鑑賞旅行], 2009) は、 1972年にソ連を追放された詩人 Иосиф Бродский [Joseph Brodsky] の作品と経歴に基づく 実写とコンピュータグラフィックスによる作品。 抜粋で観ただけですが、落ち着いた色合いの幻想的な映像に引き込まれました。 舞台となっているサンクトベテルブルグの街並も、映画映えするなあ、と、改めて。 これは、是非、劇場でちゃんとした形で観てみたいものです。
後の懇親会でも、いつもの方々とはもちろん、初参加の方とも、映画や建築の話で盛り上がることができました。 いつもは18時頃から22時頃までとたいてい呑み過ぎてしまうのですが、 今回は21時前という節度ある飲みで、ちょっと助かりました。
火曜の晩は万難排して仕事帰りに初台へ。
クラッシックのこのコンサートを聴いてきました。
1960年代から contemporary classical の文脈で活動するイタリア (Italia) の作曲家 Salvatore Sciarrino のコンサート。 100本とフルートと100本のサクソフォンを使った曲がどんなものなのか、という興味で観に行ったのだが、 オーケストラを一つの楽器として使うような面白さも感じたコンサートだった。
といっても、最も興味深く聴かれたのはやはり、休憩後の後半に演奏された “Studi per l'intonazione del mare con voce, quattro flauti, quattro sassofoni, percussione, orchestra di cento flauti, orchestra di cento sax”。 flute と saxophone 合わせて200人が舞台に乗る様子は予想したよりはみっしり感は無かったけれども、その音は期待以上に面白かった。 音量をかせぐために人数を動員しているというより、 ぱたぱたいうバッドの音やかすれたような微かな音、弾くようなタンギング音など、 本来での演奏ではノイズの部分になるような音 (多くの場合は微かな音) を100本分集めて、 独特な音響にしていた。 個々の楽器の音という意味では、自分が良く聴いている jazz/improv で文脈での演奏でそれなりに聴く機会があるものだけれども、 それを100本分も束ねると違った音に聴こえる、というのが面白かった。 もはや、100人がかりで演奏するフルート (もしくはサクソフォン) 100本からなる楽器だ。 フルートとサックスあわせて200本のパットの響きで驟雨の響きを作り出した瞬間がこの曲のハイライトだったとは思うが、 自分が最も引き込まれたのは フルートのとても微かな響きを集めてシャラシャラシャラと軽く明るく煌めくような響きを作りだした時だった。
オーケストラが一つの楽器のよう、というのは、前半の曲でも感じるときがあった。 特に印象に残ったのは、2曲目の “Libro notturno delle voci per flauto e orchestra”。 フルートのソロをフィーチャーしたオーケストラ物というより、 jazz/improv の文脈でのフルートとピアノのデュオのピアノをオーケストラに置き換えたよう。 ピアノにおいてグリッサンドしたり内部奏法で複数の弦を撫でるように鳴らしたりするかのように オーケストラを鳴らしているように感じられた。そして、そんな音が面白かった。
ちなみに、このコンサートは、アニュアルの東京オペラシティの「同時代音楽」 (contemporary classical) 企画「コンポージアム」の一環として企画されたもの。 「コンポージアム」の管弦楽曲作曲コンテスト「武満徹作曲賞」の2011年の審査員が Sciarrino だった。 当初は2011年5月に予定されていたのだが、東日本大震災のため延期されていた。
なかなか面白いコンサートで万難排した甲斐があったかなと。 しかし、21時半にホールを出ても夕食の選択肢がほとんど無くて、せっかくのいい気分が興醒めという。 平日の晩の公演 (音楽、ダンス、演劇) を観るときは、まともな夕食は諦めなくてならないのか……。
しかし、自分にとって、もはや、Composium は年に一回クラッシックのオーケストラによる コンサートに足を運ぶためのイベントになっているような……。
この週末(明け)のCD/DLレビューは、少し前のリリースのものですが、
最近入手したこのフランスの女性歌手のアルバムの紹介。
Claire Diterzi こと Claire Touzi Dit Terzi は、 1980年代に folk punk のグループ Forgette Mi Noite で活動を始めた女性歌手。 2003〜4年に Philippe Decouflé のダンス作品 Iris [レビュー] の 音楽を担当し公演ツアーにも同行その音楽を元にしたソロ名義での1stアルバム Boucle (Naïve, NV808011, 2006, CD) [レビュー] で Académie Charles-Cros の Les Grands Prix du disque de la Chanson Française を受賞している。 Boucle 所収の曲 “Infidèle” の videp clip [YouTube] には Iris から抜粋されたダンスが用いられている。
その後の活動をちゃんとフォローしていなかったのだが、 2007年には映画 Requiem For Billy The Kid のサウンドトラックを担当。 その後、2枚のアルバムをリリースしている。最近になって入手して聴いたので、軽くコメント。
このアルバムは10の美術作品 (絵画もしくは彫刻、 作家は Jean-Claude Lardrot, Jean-Honoré Fragonard, Auguste Rodin, J. M. R. Turner, Allen Jones, Camille Claudel, Michal Batory, Doris Salcedo, Henri de Toulouse-Lautrec, Lucian Freud) を取り上げて、それに音楽を付けたもの。 その音楽は Boucle の延長で、 シンプルな打ち込みのリズムとそこに軽く切り込む electric guitar のフレーズに、 Diterzi のファニーな歌声が乗るもの。 Boucle でも聴かれたものだが、 オープニングの “L'Odalisque” をはじめ、この作品ではオーバーダブのコーラスが特によい。
このアルバムがリリースされてから半年余後に、 アルバムに合わせてのライヴの映像を収録した bonus DVD を付けたバージョンがリリースされた。 アルバムは多重録音で制作されているが、ライヴではバックバンドを付けている。 アルバムで特徴的だったコーラスも Diterzi も含めた4人の女性コーラスとしている。 Diterzi のコーラス使いはもともと Le Mystère des voix Bulgares にインスパイアされたものだったというが、 このライブの様子 (bonus DVDに収録されたものではないが 同ツアー中の映像 [YouTube] を見ると、 手拍子や tambourine 等のパーカッションの使い方も合わせ、むしろ南仏の女性コーラスグループ (Bombes 2 Bal [レビュー] や La Mal Coiffée) との共通するところも多く感じられた。 ちなみに、このバックの女性3人はツアー終了後もグループ Les Colettes [MySpace] として活動している。 余談だが、bass の Delphine Ciampi は 岸 恵子 の娘だ。
続くアルバムは自身が主演した舞台作品のための音楽を集めたもの。 演出はアルゼンチンの演出家 Marcial di Fonzo Bo で、 戦間期おドイツで共産党を組織した革命家 Rosa Luxemburg を主人公としている。 Diterzi 演じる Rosa の衣装は Jean-Paul Gaultier が手掛けている。
その音楽は、少々エキセントリックは歌声やコーラスに Boucle や Tableau De Chasse の雰囲気も残しているが、音楽性はより多様。 表題曲 “Rosa La Rouge” [Dailymotion] は重めの音作りだし、もっとソフトでポップな曲もあるし、rap / R&B 的な曲もある。 音だけ聴いていると少々散漫に感じるが、舞台を紹介するプロモーション映像 [Dailymotion] を観ていると、舞台作りに合わせて様々な要素を取入れたのかもしれない。
先日、Twitter にツイートしたのですが、 スイートしっぱなしにするなら、簡単なレビューにしておこうかな、と。 1タイトルあたりワンパラグラフにしようと思っていたのですが、それでは収まりませんでした。 書き出すといろいろ書きたくなるものです。いけません。
土曜の疲れもあって、日曜は動き出しも遅め。 世田谷ぼろ市のあおりをくらって、 地元の松陰神社前と三軒茶屋でランチ難民になりかけたりして、 午後の予定も狂ってしまったのですが、夕方にはなんとか渋谷へ。 いきつけのジャズ喫茶こと メアリージェーンで Gato Libre のライブを観てきました。 前回のメアリージェーンでのライブは、第一回の Jazz Art せんがわ と被って見逃しましたし。
bass の 是安 則克 が昨年亡くなり、現在は、
田村 夏樹 (trumpet),
藤井 郷子 (accordion),
津村 和彦 (guitar) の3人に
ゲストを加えてライブをしています。
今回のゲストは、Hose などで活動する 古池 寿浩 (trombone)。
前半で出しこそ危うげな感もありましたが、前半最後の曲 (“In Barcelona”) くらいから
いい感じの演奏になって、後半はけっこう楽しめました。
ま、ノリの良い演奏というより、淡々とまったりしたような演奏をするプロジェクトですし。
田村 + 藤井 のメアリージェーンのライブはいつもそうなのですが、
のんびりゆったりしたアットホームな雰囲気のライヴが楽しめました。
ゲストの 古池 も、この雰囲気にとても合ってましたし、
田村 が推していた ふいご のライブも是非観に行きたいものです。
あと、MCというか演奏の合間の雑談で出た話しですが。 現在のベルリンやニューヨークでは、面白いライブはライブハウスではなく、 ミュージシャンの家 (の地下室など) で開催されている、とか。 それについても、もう少し情報をフォローしたいものです。
土曜の午後、
土曜劇場プレイパーク @ 世田谷パブリックシアターの後、
三茶でランチして、渋谷から湘南新宿ラインで逗子へ。この展覧会を観てきました。
現リトアニアのカウナス (Kaunas) 出身で、 1930s アメリカの Social-Realism (ソ連の社会主義リアリズム Socialist Realism ではない) の 文脈で知られる作家、Ben Shahn の展覧会。 確かに、労働組合組織 CIO (Congress of Industrial Organization; 産業別組合会議) の ポスターなどはリアリズム的かなと思ったけれども、 私的な主題に移り出したころからの表現は、 少々シュールさもある新即物主義 (Neuesachlichkeit) 〜マジックリアリズムから系譜とも言えそう。 観ていて最も気に入ったのは、そんな絵画でした。 あと、1930年代に撮影した FSA (Farm Security Administration; 米国農業安定局) のためにとった写真は、 当然ながら、Walker Evans とも共通するところを感じました。 といっても、1920年代〜1930年代初頭の Avant-Garde や Neuesachlichkeit と 入れ替わるようにして出てきてきた作家だけあって、 自分の好みからはやはり外れていると感じたのも確か。(それは仕方ないとも思いますが。)
ところで、この展覧会のポスターやフライヤなどでは、 絵画、写真、グラフィック・デザインに亘る「クロスメディア」で活動した作家、 ということを強調しているような印象を受けたのですが、 戦間期 Avant-Garde 以降、そういう活動をする作家はそんな珍しい/際立ったことでもないのに、 どうしてだろうと思っていました。 展覧会を観ていても、その点については腑に落ちませんでした。
神奈川県立近代美術館 葉山館 の次の展覧会は 『すべての僕が沸騰する —— 村山知義の宇宙』 (2/11-3/25)。 鎌倉館の『藤牧義夫展 —— モダン都市の光と影』 (1/21-3/25) と 併せて観に行くとちょうど良いのかな、と。
展覧会を観た後は、とんぼ返り。 大家さん繋がりの友人のホームパーティに顔を出して、日が変わるまで呑んでました。 さすがにキツかった……。 普段は週末の晩に呑み・会食などの予定があることは多く無いのですが、 年末年始もあってか最近その手の予定が急増中。スケジュールが破綻気味かも……。
先週末に続いて、今週の土曜午前も、 世田谷パブリックシアターの 土曜劇場プレイパーク。 1月〜3月の第2週のコース 『コンテンポラリーダンスってなんだろう!?』 の第1回「"ほね"と"かわ"をゆったりさせて踊る」に参加してきました。 講師は 山田 珠実。 コミュニティダンスの活動を積極的にしている、という程度の予備知識しかありませんでしたが。
コンテンポラリーダンスといってもいろんなものがありますし、 今まで参加したワークショップでも動きの作りかたイメージの仕方も講師によって様々ですが、 今回は前半のストレッチから後半の小作品的な動きを作るところまで、 骨というか骨格を強く意識させるもので、動きの作り方も骨格やそれへの制約から発想するようなものでした。 今まで参加した土曜劇場プレイパークの中で、最も細かい所に意識を使わせられたような。 そして、それが面白かったです。
しかし、このワークショップは人気あるようです。 第1回は20人弱と普通の人数でしたが、第2回は既に「受付終了」。 この時期は年度末で予定が読めないので、行かれそうな感じだったら直前申込、と思ってたのですが。 うーむ、残念。
ところで、ワーショップのはじめの自己紹介の際に「チャームポイント」を挙げることになったので 「一山丸眼鏡」と言ったところ、通じませんでした……。 うーむ、あまり一般的ではないのですね。
今年最初のCD/DLレビューはECMレーベルのカフカス物 (といっても時代もスタイルも違いますが) 2タイトルを。
当時ロシア領だったアルメニア (Armenia) の出身で欧米で20世紀前半に活動したアルメニア出身の 神秘主義者・舞踏家・作曲家 Georges I. Gurdjieff [Георгий И. Гурджиев] の作品集。 演奏するのはレバノン出身のアルメニア人 Levon Eskenian がアルメニアで結成した duduk や oud, kanon など民族楽器によるアンサンブルだ。 Gurdjieff の作品集というとピアノソロやオーケストラといった classical なものが多いが、 これはカフカス〜中近東で広く使われている楽器と旋律で folklore の演奏のよう。 14名編成のアンサンブルだけれども、一度に演奏するのは最大で7名。 小〜中編成で個々の静かな楽器の響きと音の間合いを生かした、 ECM 制作らしい静かに落ち着いた音作り。そんな所が気に入っている。 これが例えば ENJA レーベルあたりが制作したら、 大きなアンサンブルのまま厚めの音作りをしそう、なんて思ったりもした。
グルジア (Georgia) 出身の作曲家 Giya Kancheli の75歳を記念した 映画及び舞台作品のための曲を集めたアルバム。 演奏するのは、classical の文脈で活動するラトヴィア (Latvia) 出身の Gidon Kremer と、 Kremer 率いる Kremarata Baltica Chamber Orchestra の Andrei Pushkarev、 1980年代から ECM に録音を残してきているアルゼンチン出身の Dino Saluzzi。 随伴音楽ということもあると思うが、 bandoneon や vibraphone の目立つ小編成での演奏はあまり classical 的ではなく、 もちろん、グルジアの folk/roots 的なものも感じられない。 Dino Saluzzi, Anthony Cox, David Friedman: Rios (Intuition, INT2156-2, 1995, CD) [レビュー] から低音部とリズミカルな要素をすかっと抜いて、グルーヴ感を脱色して静謐にしたかのよう。 Rios も好きなのだが、静かな気分で聴きたいときはこういうのも悪くないな、と。
2タイトルとも classical の文脈の作曲家の作品集だが、New Series ではない ECM のリリース。 しかし、実際に聴くと New Series にしなかったのも納得だ。
Georges Gurdjieff の方は 去年後半によく聴いていたのですが、 レビューするタイミングを逸したまま年末になってしまい、 ま、Top 10 に選ぶ程ではないかなあ、と、年明け送りになってしまったのでした……。 せっかくなので、少し前のリリースですが、Giya Kancheli のと併せて。
最近は1タイトルにつき2〜3パラグラフくらい費やす事が多かったわけですが、 今年は1パラグラフくらいの長さで簡単に紹介するようなものも増やしたいなあ、と。
日曜は昼頃に家を出て恵比寿へ。年始に行かれなかったこの展覧会を観てきました。
日本の新進の写真家を紹介するアニュアルのグループ展。 今年のテーマはデジタル画像処理以前の技法 (フォトグラム、コラージュ、ピンホールカメラ、多重露光、露出) を駆使した 写真作品を制作している作家に焦点を当てたもの。 西野 荘平 [レビュー] や 春木 麻衣子 [レビュー] のように ギャラリーでの個展で観て気に入っていた写真家が参加しており、 ナラティヴというより、技法に意識的なフォーマルな作品が多く、そこが楽しめた展覧会だった。
この展覧会で最も興味を惹かれたのは、 ピンホールで撮ったカラー写真の 佐野 陽一。 ピンホールで撮った最近の作品というと、 佐藤 時啓 や 宮本 隆司 のもののように広角に風景を捉えたものをまず連想するのだが、 佐野 陽一 の作品はピンホールらしい甘い焦点と歪みながら普通の写真作品のような構図。 そこが新鮮に感じられた。 木漏れ日や光る水面などを甘い焦点の写真で淡い煌めきとして捉えたような画面も良かった。
コラージュの 西野 や露出の 春木 は以前に観たことのある作品かそのヴァリエーションで、 新たに気付かされたようなことは特に無かった。 泡立つ酒をフォトグラムで捉えた 添野 の抽象的な画面も悪くはなかった。 ある一つのテーマで撮った一連のポートレートを多重露光で重ねた 北野 の写真は、 それによって人物類型を浮かび上がらせるような興味深さはあった。
3階展示室でのコレクション展は 『ストリート・ライフ —— ヨーロッパを見つめた7人の写真家たち』 (1/29まで)。 19世紀末〜20世紀初頭のヨーロッパのソーシャル・ドキュメンタリー写真の特集です。 やっぱり、Brassaï: Paris de Nuit (1932) や August Sander: Antlitz der Zeit (1929) は良いなぁ〜。 John Thomson による Woodburytype の写真や Thomas Annan による Photogravure の写真では、 銀塩以前ならではのヴィンテージ感も楽しめました。
地階では 『見えない世界のみつめ方 —— 映像をめぐる冒険 vol. 4』 (1/29まで)。 3次元を2次元で表現する方法に関するデモンストレーションのような展示でしたが、 時間が無かったこともあって、こちらは軽く流して観た程度になってしまいました。
日曜の晩は、吉祥寺で鮒寿司やへしこ、イナゴの佃煮等の珍味を集めての呑み。話も盛り上がって終電まで。 で、成人の日の月曜は今年最初の父月命日墓参。 体調もあって、毎年行っていたヘブンアーティスト渋谷を今年はパスしてしまいました(弱)。
土曜の朝は余裕を持って起きるつもりが、思わず二度寝。 慌てて家を飛び出して、 世田谷パブリックシアターへ。 今年最初の土曜劇場プレイパークに参加してきました。 1月〜3月の第一週のコース 『探検!フィジカルシアター』 の第一回、 「からだで感じる」に参加してきました。 講師はイギリスを拠点に Flying Eye というカンパニーを主宰して 活動しているという 木村 早智 [Sachi Kimura]。
前半は、鬼ごっこのような動きをしたり、ある目標を決めた人の位置や動きを見ながら それに動くようなことをしました。 後半はある人のポーズに組み合わせるような形で次の人がポーズを決めていくような所から、 そのポーズを解除して1分程の短い動きを作るようなことをしました。 その際に半ば並行するような形で、つま先立ち歩きや踵歩きの中から感情を作りだすようなことも。 そんな歩き方から感情を結びつけるところは、なるほど、と。 また、演技された動きに対して、演技した側の意図は抜きに観た側に何に見えたか言わせて、 それを元に改めて演技させるような所も、動きの多義性を意識させるようで面白いなあ、と。
フィジカルシアターというのはセリフよりも身体表現を主とした演劇的な舞台を指すもので、 ダンスシアターや現代的なサーカス、パントマイムなど、かなり幅広い表現を含んでいます。 今回は講師に関する予備知識が無かったので、どんなものになるのか予想付かなかったのですが、 ま、それなりに身体を動かすだろうと、念のため着替えを持って望みました。 しかし、そんな予想を上回る動きで、 ダンスの回ではたいてい行う前半のストレッチが無かったこともあり、 動きが少ないダンスの回よりも動いたかも 年末年始の休みで鈍った身体には堪えました。 けど、楽しかったですが。
しかし、今年1月〜3月の土曜劇場プレイパークは、 第1週がフィジカルシアター、 第2週がコンテンポラリーダンス、 第4週が江戸大神楽と、 面白そうなワークショップが多くてどうしよう、という感じです。 年度末で忙しいですが、できるだけ時間を作って行きたいものです。
ワークショップの後は、新年会の偵察で麻布十番へランチに行ったり。 ついでに六本木ヒルズまで足をのばして、 『メタボリズムの未来都市展』 (1/15まで) を観てきました。 東京オリンピックや大阪万博に関連するプロジェクトも多く、時代を感じるなあ、と。 こういうハコで観ると戦後高度成長期の徒花に感じてしまいます。 しかし、工法を紹介したビデオなども上映していたあたりは良かったのではないでしょうか。 MAMプロジェクトの方は、 曾 建華 [Tsang Kin-Wah] (1/15まで)。 「モーショングラフィックス」だなあ、なんて思ったり。
昨年夏の話になってしまいましたが、ロシア旅行レポート (その9)。ビーテル編。8月6日の話。
せっかくのピーテルだし少しは観光らしい観光をするのも悪くないかな、と、 この日は 「夏の宮殿」こと Петергоф [Petergof] へ行くことにしました。 ここはピーテル市外にあるのでバスや鉄道で行く必要があるのですが、 海からのピーテルの眺めを楽しもうかと、高速船で往復しました。 Петергоф は旅行ガイド本の類にも多く紹介されているので、 ここではそこにあまり書かれてないような話を中心に。
朝10時頃にホテルを出て、まず、Невский проспект [Nevsky avenue] を
Площадь Восстания [Uprising square] から
Александровский Сад [Alexander garden] まで、20分程散策。
Невский пр. は歴史的な有名建築や記念碑などが並ぶピーテル一番の目抜き通りということで、
少々期待したところもあったのですが、片側3車線はある大通りなので、
歩いていても趣を感じるというものではありませんでした。
メジャーな高級ファッション・ブランドやカジュアル・ブランドの店や
チェーンのコーヒーショップが並んでますし、
そんな店やレストランの類の看板が沢山見えます。日本ほどは派手ではありませんが。
ま、そんなものかなあ、と。
で、Государственный Эрмитаж [Hermitage Museum] (エルミタージュ美術館) を遠目に観つつ、
Александровский Сад に面した Главное адмиралтейство [Admiralty] (旧海軍省) の建物の脇を抜けて、
Нева [River Neva] (ネヴァ川) の川沿いへ。
Главное адмиралтейство の川側に Петергоф 行きの船着場があります。
高速船の運行会社は2社あるのですが、大差無さそうだったので、
早く出発しそうな方を選んで往復切符で乗船。
良く晴れた土曜日ということもあるのか多くの観光客が乗っていました。
船は Василиеский остров [Vasilievsky island] (ヴァシリエフスキー島) の北を迂回。
船窓からはレンガ作りの工場跡らしきものや新しい高層住宅群などが並ぶ風景が楽しめました。
で、沖に出て30分程で Петергоф に着きました。
Петергоф の船着き場は
Большой Петергофский дворец [Petergof Grand Palace] (大宮殿) と
Большой каскад [Grand Kascade] (大噴水) の正面にあるので、まずはそちらへ。
大宮殿と Верхний сад [Upper garden] (上の庭園) に入るために観光客が列を成していました。
並んでまで観たものか、と、思案していたことろ、
「この時間帯はロシア市民限定」のような内容が書かれた看板をみかけたので、
見切りを付けて Нижний парк [Lower Park] (下の公園) へ。
こちらは緑の中のあちこちに噴水が150近く配されてた広大な公園で、
ゆっくり観て回ったら丸一日は必要だろう規模。
あまり個々の噴水や建物に拘らず、散策気分で歩いてきました。
もちろん、家族連れの観光客も多いのですが、
黒いタキシードの男性に白いドレスの女性という結婚式の服装をした新婚カップルを何組も見かけました。
Петергоф で式を挙げてることができるのか、市内で式を挙げた後に結婚式衣装のまま来たのかは判らないですが、
こういうヨーロッパの宮殿という空間に結婚式衣装は絵になるなあ、と思ったり。
下の公園の何カ所かにランチが取れるカフェ・レストランの類はあったのですが、
どこも観光地レストランぽいかなあと躊躇しつつ。
天気も良いし公園だしちょっと開放的な所で気楽な食事をしたいなあ、
と、公園の西の方にあったカフェ・レストランへ。
快晴で日差しが強く暑いくらいの日だったので、
шашлык [shashlyk] (肉の串焼き) と греческий салат [Greek salad] をつまみつつ пиво (ビール) を。
ビールは Бочкарев [Bochkarev] という地元の銘柄のを生ビールで。普通のピルスナーでしたが。
ところで、十年程前にロシア旅行をした友人に、 夏にロシアに行くなら мороженое [ice cream] と квас [kwas] (クワス。麦芽発酵飲料) を屋台で、 と薦められていました。 Петергоф ならそんな屋台もあるかもしれない、と、期待していたのですが、 見かけるのは Nestlé のアイスクリームと Coca-Cola の清涼飲料水の屋台ばかり。うーむ。
ピーテルの市内も観て回りたいし、と、15時に Петергоф を後にしたのですが、
帰りの高速船が沖合で故障するというトラブルが発生。
故障の様子からおそらくエンジン故障であろうと思われたのですが、
英語によるアナウンスの類が無いので、事態が把握できません。
この夏はロシアで観光船の沈没事故が続発しているという
BBCのニュース記事
を読んだばかりだったので、そんな大事故にならなければいいが、と内心祈りつつ。
ピーテルでの最終日ではなく、その晩に観劇等の予定も入っていなかったは不幸中の幸い。
少々心の余裕が持てたように思います。
乗客の多くも「しょうがないなあ」とジョークを交わし合っているような感じ。
救助の船が来て乗り移れるように船を寄せようとしているとき、
こんな機会はめったにない、とカメラを向ける人も自分も含めて少なからずいました。
ところで、十代後半くらいのロシア人と思われるカップルが自分の近くに座っていたのですが、
救助の船が来ると男の子の方は嬉々としてして女の子を席に残したままその様子を写真を撮りに行っていました。
しかし、女の子の方はこのトラブルにかなり参ってしまっていた様子で、
その男の子が席に戻ってくると、「なに、そんなことしてるのよー」みたいな顔をした後、
不安そうに彼の腕にしがみついていました。
そんな様子を見て、微笑ましいなあ、と思ったり。
結局、1時間半ほど沖合で漂流した後、救助に来た船に乗り移って、ピーテルまで戻ることができました。
正月2日の美術館へ初詣の話の続き、 『ゼロ年代のベルリン』展と併せてこの展覧会も観てきました。
去年から始まった Tokyo Art Meeting の第二回。 去年は現代美術展だったが [レビュー]、 今年は建築事務所 SANAA との共同企画で 若干の美術作品もあるものの、ほぼ建築展と言っていい内容。
強く方向付けられているわけではないですが、一つの傾向は、 シンプルな約束事から反復などで複雑な形状をどう作り出すかという試み 伊東 豊雄 [関連レビュー] をはじめ、 平田 晃久 とか Matthew Ritchie とか。 最近の建築展でよく感じることではあるのだが、自分が面白く感じるのはこの点だった。 そんな中に El Anatsui [関連レビュー] の 作品が置かれていて、彼の作品もそう観ることができるなあ、と、気付かされたりもした。
しかし、個別に印象に残ったのはそのような傾向のものではなかった。 一つは、この展覧会の共同企画者でもある 妹島 和世 + 西沢 立衛 のSANAAによる Rolex Learning Center, Ecole Polytechnique Fédérale de Lausanne (スイス・ローザンヌ連邦工科大学 ロレックス・ラーニングセンター)。 正直に言えば、模型を見た次点ではピンとこなかったのだけれども、 Rolex Learning Center を捉えた Wim Wenders による3D短編ビデオインスタレーション If Buildings Could Talk... (2010) を観たら、映像の力かもしれないが、なかなか良さげではないかと。 模型では波打つ一層の建物という程度のイメージしか湧かなかったのだけど、 Wim Wenders のビデオで観ると、 なだらかな起伏の続く公園の芝生とそのあちこちにあるオープンカフェ、休憩所や野外ステージなどを 芝や人工地盤上に作り、 その上の連続した屋根で覆って屋内空間化したよう。 しかし、屋根を支える太い柱が無く、側面はガラス張りなので、屋外のような解放感はそれなりに残しているという。 ちなみに、この Wenders のビデオインスタレーションの La Biennale de Venezia の2010年の建築展でプレミア上映されたもの。 しかし、Pina (2011) より先に これで Wenders の3D映像を体験してしまうとは……。
もう一つ印象に残ったのは、
Transsolar & Tetsuo Kondo: Cloudscape (2010)。
部屋の上部を体温近くまで暖める一方、下に冷気を残し、そこに水蒸気を放つことにより、
中間層に層雲状の霧の空間作り出すというもの。
原理的には理解できるものだけれども、ここまで巧く制御して雲を作れるものかと感心してしまった。
この展覧会では美術館の外に足場と透明のビニールシート高さ10m程の透明な方体の空間を作り、
そこに斜めに直線の階段を置いて、雲を抜けることを体験できるようになっていた。
しかし、La Biennale de Venezia の2010年の建築展では、
会場のレンガ作りの建物の中に雲を作り、雲の中を回廊で歩き回ることができるようになっていたよう。
そういうインスタレーションを体験してみたかった。
あまり面白くなければ軽く流して東京都写真美術館の方へ行こうかとも思っていたのですが、 それなりに興味深く観れましたし、ビデオ作品も多く、見終わったときには18時近く。 後は、帰りに秋冬物セールを冷やかす程度にしておきました。 3日は毎年恒例の親族会食の後、秋冬物セールに軽く参戦した後、行きつけのジャズ喫茶に初詣。 これで、年始の休暇もおしまい……。
正月2日は、毎年恒例の、美術館へ初詣。今年はこの展覧会を観てきました。
2000年代に注目されるようになったベルリン (Berlin, DE) 在住の18組の作家を取り上げた展覧会。 ドイツ以外の国の出身者が多く、出身国は12カ国にもわたっている。 キュレータの指向に依るのかもしれないが、アイデンティティの問題を扱ったナラティヴなビデオ作品が多いという印象を受けた。 ほとんどがこの展覧会で名を知ったような作家で、全てが面白かったというわけでもないが、 それなりに興味を惹かれる作品もあった展覧会だった。 以下、気になった作家について、個別にコメント。
トルコ系の Nevin Aladağ によるビデオ作品は、 トルコの民謡をうたうドイツ在住のトルコ系の若者を捉えた “Voice Over” (2006) のようなストレートな作品より、 様々な人々の手拍子を刻む手元のみを繋いでリズムを構成した “City Language III” (2009) のような作品の方に、フォーマルなかっこよさを感じた。 建物の屋上でヘッドホンをしてその音楽に合わせて踊る女性の姿を捉えた “Raise The Roof” (2007) はちょっとありがちだとは思ったが (例えば、Jérôme Bel: The Show Must Go On [レビュー] でも似たようなことをやっていた)。
ex-Genesis のミュージシャンとは同名別人の Phil Collins はイングランド出身、 2006年に Turner Prize にノミネートされたこともあり、 The Guardian の文化欄にも時々名が挙がる作家。 この展覧会では数少ない予備知識のあった作家だった。 “The Meaning of Style” (2011) はマレーシアにおけるスキンヘッズを取り上げたビデオ作品だが、 セリフは無いもののスタイリッシュな演技・撮影・編集がされていて生々しい現場感が無く、 マレーシアにこのようなスキンヘッズがいること自体がフィクションなのではないかと感じる程。 音楽もちょっと感傷的。そして、それが面白かった。
Matthias Wermka & Mischa Leinkauf の “The Neonorange Cow” (2005) は、ベルリンの街中のあちこちにブランコをかけて漕いでいる様子を捉えたビデオ作品。 地下鉄や鉄道の線路の上とか、ハイウェイの案内看板の下とか、地下水路の上とか、 意外な所で漕いでいる様子を、ちょっと気付き辛いくらいの映像で捉えているところに、 さりげないユーモアを感じた。 タイトルやビデオの冒頭で掲げられるタイトルに関連するテキストと、 そういったブランコの映像との関係がよくわからず、腑に落ちないところもあったけれども。
東京都現代美術館ではもう一つ展覧会を観たのですが、それについてはまた後程。
この正月は12月29日から元旦にかけて実家へ帰省。 といっても、30日は大家さん宅の餅つきがあるので、一旦、自宅に戻りましたが。 いつもは元旦に挨拶に行くだけなのですが、今年は母も一人暮らしになってしまいましたし。 大学3年の時に一人暮らしを始めて以来、実家で過ごす大晦日なんて20余年ぶりでしょうか。 今年は久しぶりに紅白歌合戦を観ることになるのかなあ、それも悪くないかなと思っていたのですが、 結局、母の話し相手をしていたら、ほとんどBGV状態でちゃんと観れませんでした。 ま、紅白歌合戦なんてそんなものでしょうか。 元旦に実家でサッカー天皇杯と Neujahrskonzert der Wiener Philharmoniker を観る というのは、ここ数年恒例になっていたり。
2011年に歴史の塵捨場 (Dustbin Of History)で レビューした展覧会やダンス演劇等の公演の中から選んだ10選。 音楽関連 (レコード/ライブ) は別に選んでいます: Records Top Ten 2011。
2011年に音盤雑記帖 (Cahiers des Disques) で取り上げた最近2〜3年の新録リリースの中から選んだ10枚+α。 展覧会・ダンス演劇等の公演の10選もあります: 2011年公演・展覧会等 Top 10。
あけましておめでとうございます。
このサイトで談話室を始めた1998年以来、毎年、大晦日といえば 独り呑みしつつ談話室の過去ログを眺めつつこの1年の趣味生活を反省して、 レコード Top 10 と 展覧会・公演等 Top 10 を選んでいるのですが、今年は約20年ぶりに実家に帰っての大晦日。 独り静かに考えを巡らすというわけにはいきませんでした。 しかし、最近の自分の興味趣味を客観視する良い機会ということで、なんとか今年も選んでみました。 ま、世間のトレンドとの接点などほとんど無いので、あまり参考になるものではないかと思いますが……。
ちなみに、過去18年間のレビューの本数の推移は下表のとおりです。
| 年 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 音盤雑記帖 (Cahiers des Disques) | 71 | 93 | 109 | 78 | 80 | 75 | 78 | 63 | 63 | 53 | 40 | 49 | 44 | 52 | 39 | 44 | 47 | 30 | 1108 |
| 歴史の塵捨場 (Dustbin of History) | - | - | 75 | 66 | 65 | 75 | 72 | 55 | 57 | 47 | 28 | 31 | 42 | 49 | 67 | 57 | 51 | 51 | 888 |
| 合計 | 71 | 93 | 184 | 144 | 145 | 150 | 150 | 118 | 120 | 100 | 68 | 80 | 86 | 101 | 106 | 101 | 98 | 81 | 1996 |
2011年は、社会的には東日本大震災があり、個人的には父の死があり、 趣味生活を取り巻く環境がかなり変わった一年でした。 そして、こういう時は変にそれを意識して舞い上がったり落ち込んだりせずに、 むしろこういう時だからこそそれまでの趣味生活を淡々と維持していこうと思いつつ過ごした一年でした。 といっても、否が応でも影響を受けざるを得ないわけですし。
このサイトの運営に関していえば、 歴史の塵捨場 (展覧会/公演等のレビュー) はなんとか去年と同数を維持できましたが、 音盤雑記帖 (音楽レコード/ライブのレビュー) は今までで最低の30本。 合計81本は週2本ペースを大きく割り込んでしまいました。 このサイトを始めて最低かなと思っていたのですが、2004-5年はもっと低調だったようですね。 ま、それと同じレベルまで下がってしまいました。 談話室の発言バックアップのファイル・サイズは767907byte。 昨年の 1,082,651byte から25%減というだけでなく、一昨年から半減に近いという……。 昨年は twitter の影響と言い訳できましたが、 今年は、それ以外の影響、特に父の死による環境変化が大きかったように思います。 このサイトの更新の低下程には趣味生活が低調になったようには感じていないのですが、 週末に観た展覧会、公演 (ダンス、音楽等) のレビューを書く時間を確保するのが精一杯。 このサイトのアクセス数もジリ貧で、このサイトへの反応もほぼ全く無くなってしまいました。 ま、twitter にしてもそれほど読まれている/反応があるわけでもありませんし。 この程度のものとはいえレビューを書くというのは、 自分が音楽を聴いたり展覧会を観たりする際の問題意識を明確にする良い機会ですし、 十年以上続けてみてレビューを書いた方が記憶の残りが良いということを実感することしきりなので、 自分に無理の無いペースでこのサイトの更新も続けたいと思っています。
音楽趣味については、 いわゆる world music 界隈からすっかり遠ざかってしまいましたし、 jazz/improv も今年はこれといったものに出会えなかったこともあり、 2010年に続いて club music / electronica をよく聴いていたように思います。 Bleep や beatport で曲をMP3で買ったり、podcast 等で DJ mix を聴いたり、 というのも、すっかり定着したかな、という感じです。 DJ mix の podcast などは飽きてきた程でした。 CD/DLレビューを書く時間がなかなか取れなったものの、 CD/DLを買うペースはそれほど落ちてはいません。 レビューを書いていないので、2011年は Top 10 選びに苦しんでしまいました。 今年は簡単なものでもいいので、もっと書いておきたいものです。 ライブについてはそれなりに足を運んでいるつもりですが、 ライブ情報を直前になって知る事が多く、 自分のアンテナ感度が落ちていることを痛感した年でもありました。
音楽以外の趣味については、 現代美術にしてもパフォーミング・アーツにしても、 いまいちこれだというものに出会えなかったように思います。 Sylvie Guillem 関連が2つも Top 10 に2つも入ってしまったのも、 あまり良いものに出会えなかった裏返し、というか。 シーンが低調というより、単に自分のフットワークやアンテナ感度が悪くなっているだけ、 のような気もするのですが……。
そんなわけで、趣味生活を維持することに精一杯で充実していたとは言い難い2011年でしたが、 そんな中での2011年の趣味生活のハイライトは、やはり、 8月のロシア旅行 [レポート (未完ですが……)] 節電のために職場が休みになったタイミングで行ったため、 バレエやサーカスの公演や音楽のライブについてはシーズンオフという感じでイマイチ恵まれませんでしたが、 Russian Avant-Garde の建築を沢山観ることができましたし、 アートスペースもそれなりに巡ることができ、後から振り返ってもかなり充実した旅が楽しめたなあと。 そんな記憶が失せないうちに、レポートを書き上げたいのですが、 時間が取れないまま、年が明けてしまったという……。
2011年の趣味生活関連で大きく変わったといえば、外食が増えたということがあります。 東日本大震災直後、お気に入りのお店を応援しようと意識して外食を増やしたのですが、 そのまま、いくつかの店で顔なじみになってしまい、なかなか減らせなくなっているような……。 呑むことも増えているので、ちょっと太ってしまったかも。うーむ。 このは談話室で食の話題が増えたということはありませんが、 外食で家にいる時間が減っているということもあるかもしれません。 twitter の方ではしょうもない呑みツイートが増えてしまっているので、 音楽や美術の話題を期待しているフォロワーにはウザがられているかもしれない……、 なんて思うところもあったり。
こんな感じで、今までの趣味生活のレベルを維持するのがだんだん難しくなってはきていますが、 今年も、無理のないペースで趣味生活を楽しんで、それをこのサイトへ反映していければと思っています。 これを読んで下さった方も、たまにこのサイトのことを思い出して、このサイトを覗いてみて頂ければと思います。 それでは、今年もよろしくお願いします。
数ヶ月間が空いてしまいましたが、ロシア旅行レポート (その8)。ビーテル編。 8月5日の晩に観に行ったライブの話。
Арт-центр «Пушкинская 10» の後、 ホテルに戻って一休みするつもりだったのですが、出たときは既に19時頃。 戻る程の時間は無かったので、直接、クラブ兼ライブハウス Клуб Грибоедов (Club Griboedov) へ向かいました。 «Пушкинская 10» から Лиговский пр. を南へ10分余、 メトロの Лиговский Проспект [Ligovsky avenue] 駅の交差点を ул. Константина Заслонова [Konstantina Zaslonova street] に折れて数分の所に そのクラブはあります。
Клуб Грибоедов は地元の rock グループ 2 Самолёта [Dva Samolyota] が1996年に始め、 それ以来、Fish Fabrique と並んで、ピーテルにおける underground な rock や club music の主要な拠点として活動を続けています。 2000年前後にその手の音楽をインターネットで調べたりCDを買ったりするようになって以来 [関連発言]、 その名をよく目にしていました。 このクラブへの出演者して名を連ねていたのは、例えば、 Tequilajazzz、Колибри、Markscheider Kunst、Ленинград、Борис Гребенщиков といったグループ/ミュージシャンでした。
Клуб Грибоедов は元防空壕を改造したもので、
石造りの街並みの中にぽっこりとある緑の丘のようでした。
その丘の地下には迷路のようなクラブの空間が広がっていて、
丘の上には Грибоедов Хилл [Griboedov Hill] と呼ばれる
オープンなテラス席もある洒落たカフェ (2006年完成) があります。
カフェの一角にステージがあるものの、普段はテーブル席があって
昼やイベントの無い夜はカフェ・レストランとして営業しているようです。
その晩は、テーブル席が取り払われ立席のライブスペースとなって、
席は窓際のベンチとバーカウンター席のみになっていました。
アンダーグラウンドなライブハウスらしく、 «Пушкинская, 10» の ГЭЗ-21 [ESG-21] や Fish Fabrique のような 薄暗く落書き等で「汚れた」スペースを想像していたので、 落書きもほとんど無いモダンな作りのカフェだったのは、かなり意外でした。 ライブをやった21時過ぎでもまだ明るい窓の外の眺めは、緑もあって爽やかで気持ち良いもの。 街行く人よりも個性的なお洒落を決めている客が多く、 女性の一人客すらそれなりに見られる程でした。 男臭いライブハウスと予想していたのに、むしろ女性客の方が若干多く感じる程でした。 それも、昔ながらのファンと思われる中年の客もそれなりにいましたが、 二十歳前後の若い客が多かったのも、少々意外でした。
で、このライブを観ました。
ソ連時代の1980s前後から活動を続けるサンクトペテルブルグの rock グループ Ауктыон [レビュー] のメンバーからの2人、 Леонид Фёдоров と Дмитрий Озерский のライヴを 地元の拠点の一つとも言えるクラブで観ることができた。
けっして広くないステージ前のスペースに200人程がぎっしり。 2人は派手に動き回ることもせず椅子に座ったまま、MCもなし。 Озерский は少々安っぽい音のする keyboards を弾きつつ、時折 trumpet を手に取り吹き、 Фёдоров が guitar をかき鳴らし歌った。 Ауктыон や Леонид Фёдоров - Владимир Волков に比べると サウンドという点では少々残念な所もあったが、 彼らのような音楽が現在のロシアにおいて どのような雰囲気の場で演奏されているものなのか知ることができただけでも、収穫だった。
ノリの良い音楽というわけでもないので、観客は曲に合わせて体を軽く揺らす程度。 しかし、観客の多くは歌詞を覚えているようで、前の方に陣取っている若い女性客を中心に、 Фёдоров の歌に時折声を合わせて歌いつつ聴き入っていた。 そんな様子を見て、ロシアにおける人気には歌詞による面も大きいのかもしれない、とも思った。 といっても、Как Слышится, Так и Пишется に収録されたような有名どころは無く、自分には聴き覚えない曲ばかりだったが。
1時間程度のセットが終った後、何回ものアンコールが続き、結局2時間近くなる程。 静かな熱さを感じるライブだった。
ライブの後、Фёдоров はステージ脇のCD販売コーナー近くに座って、気さくにサインに応じていました。
ライブ会場限定のCDがあれば嬉しかったのですが、残念ながら、自分が持っていないものは無し。
しかし、私も彼に声をかけて、2010年リリースのCD «Разин Рим и Лев» のジャケットにサインをもらってしまいました。
普段、ライブでミュージシャンに声をかけたりサインをもらったりすることはめったにしないのですが、
ここではむしろそうすることが自然に感じられる、ミュージシャンが身近な雰囲気がありました。
また、店の物販コーナーで売られていた開店10周年記念のライブを収録したDVD Клубу Грибоедов 10 Лет: 18 Октября 2006 Года (not on label, 2007, DVD[PAL/0]) を買いました。 既に Грибоедов Хилл がオーブンした後で、ライブもそちらで行われたよう。 改装前の様子が伺えないのは残念でしたが、 2 Самолёта、Tequilajazzz や Markscheider Kunst といった 縁のグループのライブの様子が店の雰囲気とともに見れるのは、良かったかなと。 物販にはTシャツもあったのですが、キリル文字を使ったいい感じのTシャツが無かったのでパス。 しかし、その後巡った美術館等にTシャツが無かったので、ここで買っておけばよかったと、 後に後悔することになったのでした。
余韻を噛み締めながらライブ会場を後にしたのは23時過ぎ。さすがに日が暮れて薄暗くなってきました。 ホテルまで歩ける距離ではありましたが、日暮れ後の独り歩きはあまりしたくなかったので、 Лиговский Проспект [Ligovsky avenue] 駅からメトロに乗って、 Достоевская [Dostoevskaya] = Владимирская [Vladimirskaya] で乗り換えて Площадь Восстания [Ploshchad Vosstanya] 駅まで。 24時近くに駅前のホテルへ戻り、長いピーテル初日が終ったのでした。
21日の晩から3晩連続のヘヴィーな呑みで土曜は昼頃まで臥せっていたのですが、 昼過ぎには家を出て軽めの美術館・ギャラリー巡り。
まずは目黒区美術館で
『DOMA 秋岡 芳夫 展』 (12/25まで)。
1950sに工業デザイングループKAKの一人として活動し、
1970s以降、木工デザインを通した地域活性プログラムのような活動をした、
秋岡 芳夫 の足跡を辿る展覧会です。
ミッドセンチュリーモダンから木工へ、という所に、1960s末に大きく変わった時代を感じたり。
その後、銀座に流れて、 ギンザ・グラフィック・ギャラリーで 杉浦 康平 『マンダラ発光』 (12/24まで)。 武蔵野美術大学美術館での回顧展が良かったので その勢いもあって会期末駆け込みをしたのですが、自分の最も興味が無い所が集まっていた感も。 銀座では他にも軽くギャラリー巡りもしてみたのですが、休廊も人混みも多く徒労感が……orz。
さらに、九段下へ流れて、今年いっぱいで取り壊しとなる1927年竣工の九段下ビルへ。
『さよなら九段下ビル』 (12/26まで)
を観てきました。
九段下ビルは、同潤会アパート同様、関東大震災後から復興時に立てられたもの。
保存状態はかなり悪いものの、昭和モダンの面影を感じられるところもあって、良いなあと。
しかし、8月にロシアで同時代の Russian Avant-Garde の建築を
いろいろ観てきたわけですが、
それと比べると間取り等のスケールも小さく少々安普請という印象はやはり否めず……。うーむ。
展覧会の方は場の雰囲気の強さに呑まれてしまっていた感も……。
その後は渋谷へ。酷い人混みだったので、 El Sur Records に久々に顔を出した程度。 早々にいきつけのジャズ喫茶に流れて、結局独り吞みしていたのでした……。
今週末のCD/DLレビューは、最近ヘヴィーローテーションしているこのアルバムを紹介。
Giovanna Pessi はスイスのバーゼル (Basel, CH) の harp 奏者。 古楽 (Alte Musik; Baroque 以前の classical music) の文脈で多くの録音を残しているが、 Christian Wallumrød Ensemble のメンバー等で ECM にも録音がある。 そんな彼女の ECM からの初リーダー作は、 Susanna & The Magical Orchestra で知られる女性歌手 Susanna Wallumrød との共作だ。
13曲中8曲がイングランドの17世紀バロック音楽 (Baroque music) の作曲家 Henry Purcell の歌曲を取り上げている。 baroque harp や viola da gamba の鈍い響きもそれを思わせるところがある。 これで Trio Medieval が歌えばいかにも ECM らしいバロック音楽のアルバムになるのではないかと思う。 しかし、Susanna の歌声はそういう classical なものではなく、 Susanne & The Magical Orchestra: Melody Mountain (Rune Grammofon, RCD2057, 2006, CD) でのポピュラーソングのカヴァーのように、緩く漂い、呟くように歌う。 英語の言い回しの古さが直接的に感じられないこともあるかもしれないが、 Henry Purcell の歌もまるで20世紀のポピュラーソングのように感じられる。
実際、このアルバムでも、Leonard Cohen のカヴァーを2曲 (“Who By Fire” と “You Know Who I Am”)、 Nick Drake のカヴァーを1曲 (“Which Will”) 歌っている。 残り2曲は Susanna Wallumrød の自作曲だ。 そんなカヴァー曲や自作曲での baroque harp や viola da gamba での伴奏は、 その少し濁って鈍い音色のおかげで、classical に大仰しいものにならず、 むしろ、少し goth の入った folk のようにすら聴こえる。 folk guitar の爪弾きアルペジオのような harp のフレーズに who? と畳み掛ける歌詞を載せる “Who By Fire”、 すこし舞い上がるような薄明るさを感じる “Which Will” が特に気に入っている。
このようなカヴァー曲だけでアルバム1枚通して制作しても This Mortal Coil のバロック版のようになって良さそうと思う一方、 それでは少々変わった伴奏でのカヴァー曲集の範囲に収まってしまったかもしれないとも思う。 そういう意味では、 Henry Purcell の曲を約半分入れているというのは良いのかもしれない。
しかし、11月にレビューした Nina Becker といい、 こういうレイドバックした女性歌手物がヘヴィーローテーションしてしまうというのも、いろいろ疲れて入るのかかな……、と。
日曜は出張で沖縄へ。といっても、日曜は移動日で仕事は無し。
ホテルへのチェックイン後の夕方、少し時間に余裕があったので、
識名園まで足を伸ばしてみました。
琉球王国時代の1799年造営の琉球庭園ということで、どんな感じなんだろうかと。
基本的な構造は近世の日本庭園 (池泉回遊式庭園) との共通点も多いのですが、
個々の構成要素が琉球っぽさ (もしくは中国っぽさ) を感じさせるもので、
そこが面白かったです。ほほう。
木曜の夜は、万難排して仕事を切り上げ新宿へ。このライヴを観てきました。
Dans Les Arbres は、 jazz/improv の文脈活動するノルウェーの Grydeland、Wallumrød、Zach の3人と、 フランス出身の Xavier によるグループ。 Dans Les Arbres (ECM, ECM2058, 2008, CD) をリリースした ECM Records の紹介によると、 The New York School (John Cage, Morton Feldman ら) の影響もあるという。 実際、jazz のイデオムをほとんど感じさせない抽象的な即興を聴かせるのだけれど、 CDではは聴かれないような展開を、ライヴでは聴くことができた。
今回の来日では、アコースティックなものとエレクトリックなものと2つのセットでやっているのだが、 観たのはアコースティックな方。 Wallumrød の piano はガチガチにプリペアドされて、鈍く鳴る音はまるで打楽器のよう。 Zach の bass drums は台のように横置きされ、それ自身を叩くこともあっtが、 むしろそれを共鳴箱として、その上で様々なパーカッションをキーキー、ガチャガチャと鳴らしていた。 Grydeland の guitar や banjo もフレーズを演奏するというより、弓やつま弾きで弦を鳴らすという感じだ。 Xavier の saxophone も奇麗に音を鳴らすことはなく、強いタンギング音だけだったり、倍音成分の多い音をブォーブォーと鳴らしたり、 頭と clarinet を縦に振ることで音の強弱に変化を付けたり。
そんな演奏で始まった前半。CDで聴かれるような 疎な音の断片が織りなす薄いテクスチャのような演奏が、区切りを起きつつそのまま続くのかと予想していた。 しかし、特に曲を区切ることなく、いつのまにかグルーヴを感じるような音にまで組み上がっていった。 Wallumrød の鈍い piano の反復フレーズを中心に脈動のようなリズムを作りだし、 electronica か minimal な dub techno / minimal な音を人力でやっているようにすら感じた。 しかし、そんな演奏もまた緩く解けて、疎な音の断片へ。そんな展開が楽しめた前半だった。
後半は、三味線の 田中 を加えて。 といっても、歌でイデオムを加えることはあったけれども、 三味線の演奏は Grydeland に近く、大きな音構成の変化はなし。 後半は長めの演奏の後、短めにもう一曲。そして、アンコール。 こちらでは前半で見せたような展開は聴き取れなかった。 後半で楽しめたのは、アンコール前。 真鍮の半球をカチッカチッと叩き合わせて鳴らし、 その後にスリスリと擦り鳴らすという、Zach のフレーズを追うように、 各ミュージシャンがテクスチャを作って行くような所だった。
エレクトリックなセットを土曜に幡ヶ谷で観てもいいかな、と思っていたのですが、 寝坊してやる予定だったことがいろいろこなせないまま日が暮れてしまい、結局、断念。うむ。 今週末は日曜が潰れるので、土曜に効率良く動けないといろいろ厳しい……。
日曜も風邪気味。しかし、床に伏せ続けているのも腰に良くないので、午後に散策がてら初台へ。 この展覧会を観てきました。
2010年にYCAM 委嘱で 制作されたインスタレーション作品の 新ヴァージョンでの展覧会。 監視カメラを題材にしたインスタレーションだ。 小型カメラ付きの10cm余の可動デバイス90本が壁面を埋め尽くす一方、 天井から大型の監視カメラを付けた数メートルのアームが6本、 これらのカメラが観客を追尾し撮影している。 小型カメラ付きデバイスの壁と対する壁面に投影される映像は、 複眼のように複数の映像を組み合わせたもの。 個々の映像はインスタレーション中のカメラで撮影されたデータベースに蓄えられたものから、 一部はリアルタイムで、さらに一部は外部のカメラから集められたもの。 監視カメラのもたらす社会機構について考えさせられるというより、 結局のところ、複眼のような映像とアームの動きの節足動物的なイメージ —— 薄気味悪さを醸し出している —— を体感する インスタレーションかもしれない。
合わせて、個別体験型の作品 『Eye-Tracking Informatics —— 視線のモルフォロジー』 (2011) も展示されている。これは、視線追尾システムを使って線を描くインスタレーション。 といっても、視線の動線をそのまま描くのではなく。 視線は3次元空間中を動く点を方向転換させるのに用い、その点の軌跡を三次元空間に線描する。 背景が黒いこともあると思うが、宇宙空間を飛ぶ宇宙船を視線で操舵するよう。 その動きが楽しめた。
『Eye-Tracking Informatics』が2時間待ちだったので、 その待ち時間の間、隣のスペースでやっていた 江島 和臣 のライヴを聴いたり。 体調があまり良くなかったので電子ノイズだったら辛いかも、と、思ったのですが、 そんなことはなく、ギターをフィーチャーした軽快な electronica。 怠い体を椅子に預けてぼっーっと聴いていました。
東京オペラシティアートギャラリーの 『考える服 感じる服: 東京ファッションの現在形』 (12/25まで) も覗いてきました。 未だに ISSEY MIYAKE / COMME des GARÇONS / Yohji Yamamoto な人で、 1990年代以降の動きには正直ついていけていないので、勉強になるかなと思ったのですが……。 ピンとこなかったのは体調が悪かったからなのか……。 けど、中村 竜治 の手掛けた展示空間、 特に、目の高さに梁を巡らせて空間を区切っているのは良いなあと。 視覚的に分節化されているのだけど、壁を立ててしまうほど閉鎖的ではなく、隣の様子もそれなりに伺えるという。 むしろ、それが一番印象に残った展覧会でした。ふむ。
土曜は風邪で臥せっていたのですが、夕方に体調が少し持ち直したので渋谷へ。 Uplink で 『ロシア・ジャズ再考 / 復活祭』 を聴いて/観てきました。 モスクワ (Москва, RU) を拠点に活動する multi reeds 奏者 Сергей Летов [Sergei Letov] を囲んでのトーク & パフォーマンスのイベントでした。
Летов は jazz/improv の文脈を中心に他ジャンルとの共演も多いのですが、 前半のトークでは、 そんな中でも演劇やダンスなどのパフォーミング・アーツに焦点をあてて、 動画等を交えつつそれを紹介するという内容。 CDやDVDだけではなかなか追いきれない所なので、 あまり知らない人が興味を持つきっかけという意味では悪くなかったかもしれません。 しかし、もともと Летов に興味がある人であれば、 彼の公式サイトのプロジェクトのページ で追えるような事が多かったようには思います。
後半は contrabass 奏者の 河崎 純 の構成による Осип Мандельштам の詩 «Путешествия в Армению» (『アルメニアへの旅』, 1933) に基づく音楽、ビデオ投影、演劇などの要素を交えたパフォーマンス。 Летов は客演、という感じでした。 Sound Migration [レビュー] を春に観たときも思ったのですが、 こういう試みは続けていって欲しいとは思うけれども、作品としては微妙な感じ。うーむ。
Сергей Летов の約1週間のライブ、イベントのうちこの土曜の晩のイベントくらいしか、 諸般の都合から行けなかったのですが、演奏をあまり聴かれなかったのは残念。 一時的な客演ではなく彼がもっと主体的に関わったプロジェクトで、 Летов の演奏をもっと聴く機会があればなあ、とは思うのですが。
しかし、演劇・ダンスとの共演くらいでミュージシャンの活動を特別視するのは、 そろそろやめた方がいいのではないかと思う今日この頃……。
週末明け……って、火曜になってしまいましたが……のCD/DLレビューは、
最近リリースされた DJ mix CD の中からこの2タイトルを紹介。
Scuba こと Paul Rose は2000年代から自身のレーベル Hotflush Recordings を拠点に techno 寄りの dubstep とでもいう音作りをする DJ/producer だ。 ロンドン (London, UK) 出身だが、2007年にベルリンに移住しており、 クラブ Berghain [関連レビュー] で開催しているイベントからタイトルを取った Sub:stance Vol. 1 (Ostgut Ton, OSTGUTCD11, 2010, CD) という DJ mix もリリースしている。
!K7の DJ mix シリーズ DJ-Kicks からリリースされた DJ mix は、 硬質な dubstep と minimal techno の間を行き来するよう。 それほどディープなものではなく、フロアを意識したかのようなアップテンポの展開で、 さらには1990年前後の Detroit techno などを思わせるような時もあったりと、 techno 色も濃い。そのノリの良い勢いのある mix が良い。 exclusice track である 後半の山場を飾るこの mix のための曲 Scuba: “M.A.R.S.” も、 跳ねるような重量リズムも耳を捉えるトラックで気に入っている。
この DJ mix CD に合わせて、Rough Trade Shops 限定ボーナスCDとして、 Jungle Rinse Out 1993-2001 と題された DJ mix CD がリリースされている。 1990年代の jungle というか drum'n'bass 縛りの DJ mix だ。 少々懐かしさもあるけれども、この軽快な高速 breakbeats が織りなすノリも気持ち良かった。
There Is Love In You リリースに合わせて発表された BBC Radio 1's Essential Mix (2010-01-23) [レビュー] も素晴らしかった ロンドンの DJ/producer Four Tet の DJ mix。 聴いていてさすがだと思ったのは、 流して聴いていてふと気になってトラックをチェックすると、Four Tet / Kieran Hebden のトラックだったということ。 多く使われているわけではないのだけれども、 Intro と Outro 〜 Four Tet: “Locked” はもちろん、 There Is Love In You (Domino, 2010) を思わせる 声のサンプリングが散りばめられた KH: “101112” や Four Tet: “Pyramid” のような曲で要所を押さえ、 Four Tet らしいと思わせる DJ mix に仕上げている。 ロンドンのクラブのレーベルからのリリースということもあるのか、全体としてダンスフロアを意識したノリの展開だ。 しかし、BBC Radio 1's Essential Mix のレベルのものを期待すると若干物足りなく感じてしまう所 ——特に、Weather Report や Joyce のような曲をさりげなく織り込んだりしていないこと——もあった。
今や podcast でリリースされている DJ mix が大量にあって、 週5本くらいのペースで新たな DJ mix を聴いているような気もしますが、ほとんどが一回聞き流しておしまい。 やっぱり、DJ-Kicks や Fabric といった名の知られた DJ mix CD シリーズの方が、 気合いが入ってレベルも高いような気がします。 ま、とりあえず聴いてみるかという podcast と違い、 CDの場合、ある程度気に入っている DJ/producer のものしか手を出さない、 ということもあるとは思いますが。 にしても、FACT や Resident Advisor のような名の知れたものであっても podcast DJ mix は粗製濫造のフェーズに入っているような気がしないではありません。ふむ。