TFJ's Sidewalk Cafe >

談話室 / Conversation Room

TFJ's Sidewalk Cafe 内検索 (Google)
[3769] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Sep 17 0:23:14 2019

1ヶ月近く前の話ですが、8月下旬に観に行った第9回 シアター・オリンピックスの話の続き。 25日の夜は利賀の民宿で一泊し、26日も3本観てきました。

利賀芸術公園 利賀山房
2019/08/26, 14:00-15:00.
Бады-Доржу Ондар [Bady-Dorzhu Ondar] (vocals, игил [igil], дошпулуур [doshpuluur], guitar, баян [bayan], хомус [khomus, jew's harp]), Аян-оол Сам [Ayan-ool Sam] (vocals, дошпулуур [doshpuluur], игил [igil], guitar, хомус [khomus, jew's harp]),, Аян Ширижик [Ayan Shirizhik] (vocals, кенгирге [kengirge, Tuvan flame drum], шынгырааш [shyngyrash, Tuvan bells], хапчык [xapchyk], дуюглар [duyuglar], шоор [shoor, Tuvan longitudinal flute], мургу [murgu, Tuvan overtone flute] хомус [khomus, jew's harp]).

ロシア・東シベリアのトゥヴァ共和国の主要民族トゥヴァの民族音楽を演奏するアンサンブルです。 トゥヴァ伝統の overtone singing である хөөмей [khoomei] と伝統楽器をメインに主に伝承曲を演奏するグループです。 トゥヴァ国外では Smithsonian Folkways からアルバムを出したり Béla Fleck and the Flecktone との共演盤を Rounder からリリースしたり、と欧米 (特にアメリカ) での活動が目立つでしょうか。 トゥヴァの音楽といえば、ロック色濃い Yat-Kha や、 improv や electronica などの異種共演の多い Хуун-Хуур-Ту [Huun-Huur-Tu] などのアンサンブルと比べ、 Алаш [Alash] は electric guitar を使うとはいえ比較的オーソドックスな演奏です。 CDで хөөмей [khoomei] や хомус [khomus, jew's harp] をフィーチャーしたトゥヴァの音楽をそれなりに聴いてきているので、 アンサンブルに意外さがあったわけではありませんが、ライヴで聴くと倍音の響きの面白さはいっそうです。 игил [igil] や дошпулуур [doshpuluur] の鈍い弦の響きも合わせて、約1時間のライヴを楽しみました。

《人生天地間》[Life between Heaven and Earth]
利賀芸術公園 新利賀山房
2019/08/26 16:00-17:15.
魯 迅 [Lu Xun] 《阿Q正傳》 改編的話劇 獨角戲
導演 [Director]: 劉 立濱 [Liu Libin]; 編劇 [Playwright]: 楊 佔坤 [Yang Zhankun]; 舞美設計兼燈光設計 [Stage/Lighting Design]: 鄧 文 [Deng Wen]
主演: 蘇 小剛 [Su Xiaogang] (阿Q).
初演: 2018年3月8日 國家話劇院先鋒劇場
中國國家話劇院 [National Theatre of China] 出品・演出

中國國家話劇院の 劉 立濱 の演出に魯 迅 没後80周年の2016年から構想したという 魯 迅 の 白話小説『阿Q正伝』 (1921-22) に基づく一人芝居です。 人形や阿Qの付けた面など小道具は使えど、大きな舞台美術は無く、 暗い舞台に弱めのライティングの中に人や小道具を浮かび上がらせるという現代的な演出でした。 その一方で、台詞に合いの手を入れるように鳴らされる楽器に、中国の伝統的な劇との類似点も感じられました。 約11000文字の台詞を休まず一人で演じるのは凄いと思いつつも、 このミニマリスティックな演出に聞き取れない言葉が合わさるというのは辛いものがありました。 中国からの観客が少なからずいて、セリフに受けていたりもしたので、 おそらく台詞が聞き取れ、発話のトーンによるニュアンスが分かると印象違うのでしょう。 字幕があったといえ、そのような面白さを掴みかねた公演でした。

利賀芸術公園 岩舞台
2019/08/26 20:00-21:10.
Постановка [Director]: Велерий Фокин [Valery Fokin]; Сценография [Scenic Designer]: Николай Пущин [Nikolai Roschin]; Художник по свету [Lighting Designer]: Дамир Исмагилов [Damir Ismagilov]; Звуковая партитура и музыка [Music]: Антон Яхонтов [Anton Yakhontov]; Медиа [Media]: Юрий Дидевич [Yury Didevich]; Пластика [Plastic Art]: Владимир Варнава [Vladimir Varnava]; Художник по костюмам [Costume Design]: Ника Велегжанинова [Nika Velegzhaninova]; Редактор видео и анимации [Animation and Video]: Светлана Мурза [Svetlana Murza]; Музыкальный руководитель, ассистент режиссёра [Music Director, Assistant Director]: qИван Благодёр [Ivan Blagoder].
Пётр Семак [Pyotr Semak] (Владимир Огнев [Vladimir Ognev]), Никита Барсуков [His double] (Его двойник [His double]), Елена Вожакина (Анна, его жена [Anna, his wife]), Игорь Мосюк (Манн, чиновник [Mann, the Clerk]); София Шустрова [Sofia Shustrova], Тимур Акшенцев [Timur Akshentsev], Дмитрий Белов [Dmitry Belov], Дмитрий Бутьев [Dmitry Butev], Андрей Марусин [Andrei Marusin] (Артисты [The Actors]).
В литературной основе спектакля фантастическая повесть Кирилла Фокина «Огонь». [The performance is based on Kirill Fokin’s science fiction story Fire.]
Премьера – 25 февраля 2016 года [Premier - 25 February 2016], Российский государственный академический театр драмы им. А.С.Пушкина (Александринский) [Russian State Pushkin Academy Drama Theater (Alexandrinsky Theatre)].

ロシア・サンクトベテルブルグ Российский государственный академический театр драмы им. А.С.Пушкина (Александринский) [Russian State Pushkin Academy Drama Theater (Alexandrinsky Theatre)]. の開場260周年、 劇場芸術監督でシアター・オリンピックス発起人の一人でもある Велерий Фокин [Valery Fokin] の70歳を記念して2016年に開催されたフェスティヴァル «Десять спектаклей Валерия Фокина» [Ten Valery Fokin Performances] で、旧劇場に隣接して建てられた新劇場の杮落し公演の演目として初演された作品です。 2016年を舞台とした地球が異星人に滅ぼされる様を国際機関のシンクタンク研究員の視点から描いたSFを舞台化しています。 野外公演でしたが初演時は劇場での公演で、映像や照明を仕込んだ装置なども駆使した演出でした。 蛍光灯というか白色LED光で浮かび上がらせたガラスもしくはアクリルの箱に主役を閉じ込める演出など工夫は感じましたが、 背景に投影される映像が20世紀風だったり、異星人との交渉にうまく対応できないトップ会談の演出がキッチュだったり、映画では無く演劇でSFを上演する限界を感じてしまいました。 1時間余の時間で限界があるとは思いますが、主人公と妻との関係や異星人の描写も薄く感じられました。 そういう意味では、主題に説得力を感じることはありませんでしたが、 ドローン飛ばしたり、本物の自動車つかったり、ギミック多目で、楽しんで観ました。 主人公の妻が下着姿にコートという姿で登場する場面も、いわゆるサービスカットかしらん、と。

《人生天地間》も Сегодня. 2016 - ... も とても良かったという程ではありませんでしたが、 中国やロシアの演劇を観る機会はほとんどありませんので、 これが各国の典型的な演劇表現ということではないとは思いますが、 テイストの違いなど興味深く観ることができました。

ところで、シアター・オリンピックスの感想メモが書くのに時間がかかっている理由の一つに、 会場で配布されているパンフレット類に、 オリジナルの言語でのタイトルやスタッフ・キャストの名前や初演に関する情報など、 拠点としている国での評価や初演時の評判、作品制作時のバックグラウンドなどを知るキーとなる 自分が知りたい情報が載っておらず、これらを調べるのに時間がかかっているということがあります。 舞台上ではマルチリンガルなのに、パンフレット等の配布資料がそうじゃないのは少々残念でした。 せめて、開催地の日本語と、世界の共通語としての英語に加え、 上演作品毎のオリジナルの言語での3ヶ国語併記でのクレジット等だったらよかったのに、とつくづく。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

積み残しが大量発生していますが、少しずつ……。

[3768] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 8 22:03:51 2019

半月前の話になってしまいましたが、8月下旬、23、24日と沖縄出張だったのですが、戻っての25日日曜に合わせて26, 27日と短いながらの夏休みを取りました。

冷戦終結後の1990年代初めに鈴木 忠志、Θεόδωρος Τερζόπουλος [Theodoros Terzopoulos]、Robert Wilson ら演出家・劇作家によって創設され、 1995年に第1回が開催された国際演劇祭 シアター・オリンピックス。 第9回はロシア (サンクトペテルブルグ)、日本 (利賀) の二カ国開催です。 日本開催は第2回の1999年の静岡以来ですが、その頃は演劇に遠征して観るほどの興味が無く見に行きませんでした。 最近は『ふじのくに⇄せかい演劇祭』へ行く程度には演劇を観るようになり、 シアター・オリンピックスの雰囲気に触れ、生で観る機会の少ない海外の演劇を観る、そして、利賀に行ってみる良い機会かと、 第一週の8月25、26日に利賀へ行ってきました。 まずは、25日に観た2本について。

利賀芸術公園 利賀大山房
2019/08/25, 16:00-17:45.
構成・演出: 鈴木 忠志; 原作: William Shakespeare.
舞台美術: 戸村 孝子; 衣裳: 岡本 孝子.
出演: 竹森 陽一 (老人 (リア王)), Ellen Lauren (ゴネリル), Нана Татишвили [Nana Tatishvili] (リーガン), 木山 はるか (コーディーリア), 이 성원 [Lee Sung-Won] (グロスター), 田 冲 [Tian Chong] (エドガー), 平垣 温人 (エドマンド), Kameron Steele (オールバニ), 石川 治雄 (コーンウォール), 植田 大介 (オズワルド), etc
初演: 1984年12月28, 29日, 利賀山房 (日本).

鈴木 忠志 演出の舞台を生で観るのは、実は初めてです。 1984年に初演されて以来、世界各国で上演され続けられている作品です。 Shakespeare の King Lear を複数言語で演じる、 複数の国からの俳優がその役のセリフをそれぞれの母国語で演じるというという作品です。 初演時は男優のみで上演されたとのことですが、今回の上演では女性の役は女優が演じていました。

ライティングや引戸を使って空間を文節して、所作で場面を描き、そのイメージで物語るような舞台でした。 King Lear という有名な物語に基づいているだけでなく、 イメージで物語っていくような演出もあって、複数の言語での上演ということは物語を追う妨げにはなりませんでした。 ライティングも所作も美しいところは好みだったのですが、 奥行き感を殺した舞台美術で絵画的というか映像的な演出に感じられてしまいました。

初演時は男性のみの上演だったということもあるのか、 リア王の3人の娘の存在感が薄くなっていて、むしろ、グロスターと2人の息子の物語のようでした。 3人の娘の存在感が薄いだけに、リア王が精神病院に入院しているという設定の説得力も薄く感じられました。 上演に選ばれた5つの言語についても、そんなリア王の設定に関係あるのか、 英語とロシア語が含まれているのは初演時が1984年という冷戦時代を反映している、 もしくは東アジアの外交に関わる言語ということなのか、などと思いつつ観ていたのですが、 腑に落ちる事も無く。 いろいろ釈然としないまま終わってしまった感もあった舞台でした。

Τρωάδες [The Trojan Women]
利賀芸術公園 野外劇場
2019/08/25 19:30-20:45.
του Ευριπίδη [by Euripides]; Μετάφραση: Κωστής Κολώτας [Translation: Kostis Kolotas].
Σκηνοθεσία-Σκηνική εγκατάσταση [Direction-Stage installation]: Θεόδωρος Τερζόπουλος [Theodoros Terzopoulos].
Βοηθός σκηνοθέτης [Assistant directior]: Σάββας Στρούμπος [Savvas Stroumpos]; Μουσική [Music]: Παναγιώτης Βελιανίτης [Panayiotis Velianitis]; Κοστούμια [Costume]: Λουκία [Loukia]; Φως [Lights]: Θεόδωρος Τερζόπουλος [Theodoros Terzopoulos], Κωνσταντίνος Μπεθάνης [Konstantinos Bethanis]; Υπεύθυνη παραγωγής [Production manager]: Μαρία Βογιατζή [Maria Vogiatzi].
Διανομή [Cast]: Αναστασία Παπαδοπούλου [Anastasia Papadopoulou] (Εκάβη [Hecuba]), Σοφία Χιλλ [Sophia Hill] (Ελένη [Helen]), Νιόβη Χαραλάμπους [Niovi Charalambous] (Ανδρομάχη [Andromache]), Αντώνης Μύριαγκος [Antonis Miriagos] (Ταλθύβιος [Talthybius]) Σάββας Στρούμπος [Savvas Stroumpos] (Ποσειδών - Μενέλαος [Poseidon - Menelaus]), Ελισάβετ Ιγγλίζ [Elisavet Ingliz] (Αθηνά [Athena], Κασσάνδρα [Cassandra]), Hadar Barabash, Sara Ipsa, Evelyn Asounant (Κασσάνδρα [Cassandra]), Erdoğan Kavaz (Κορυφαίος [Chorus leader]), Όλος ο θίασος [All the troupe] (Χορός [Chorus]).
Παραγωγή: Οργανισμός Πάφος 2017, Πολιτιστική Πρωτεύουσα της Ευρώπης, Θέατρο Άττις [Production: Papos 2017 Organization, Eurpean Capital of Culture, Attis Theatre].

Θεόδωρος Τερζόπουλος [Theodoros Terzopoulos] は、シアター・オリンピックの創設者の一人ですが、 今まで演出した作品を観たことが無く、作風についてはほとんど予備知識はありませんでした。 今回観たのは、 紀元415年にアテナイで初演されたというエウリピデス [Ευριπίδης, Euripides] によるギリシャ悲劇『トロイアの女』 [Τρωάδες, The Trojan Women]。 王女カッサンドラ [Κασσάνδρα, Cassandra] をはじめトロイア戦争に敗戦したトロイアの女たちが、ギリシャ側の軍の指揮官などに妾や奴隷として分配される様を描いた作品です。 これを、内戦等で分断された都市ニコシア (キプロス)、モスタル (ボスニア)、エルサレム (イスラエル)、そしてシリアとギリシアからの俳優によって、 ギリシア語、トルコ語、クロアチア語、ボスニア語、ヘブライ語、アラビア語の6ヶ国語で演じるという作品でした。 ちなみに、Νιόβη Χαραλάμπους がキプロス、Hadar Barabash がイスラエル、Sara Ipsa がクロアチア、Evelyn Asounant がシリア、Erdoğan Kavaz が北キプロス (トルコ)、 初演の時には出演していたが今回の公演にはクレジットされていない Ajla Hamzic がボスニア、 他がギリシアの出身の俳優ということのようです。 (ボスニアの方がクレジットされていませんが、ボスニア語のセリフがどうなっていたのかは、自分にはわかりませんでした。)

黒い短ブーツ (軍靴か?) が直径3〜4 m程度の円形に渦巻くように並べられ、その後ろに椅子が並べられた程度のミニマリスティックな舞台。 女性たちはみな黒のドレス、男性も黒シャツに黒パンツという出で立ち。 クレジットの通り役を割られてはいましたが、それぞれの役を個性的に演じて物語っていくのではなく、 現在も東地中海世界に広がる紛争・内戦地帯の戦争被害者としての様々な女性の嘆きの嘆きを、 『トロイアの女』のセリフを使って現前させていくかのようでした。 冒頭に俳優たちが実際の内戦の犠牲者の遺影を掲げてその名を呼びかけたり、 カサンドラの狂乱する様を、複数の言語で繰り返し演じる様などに、特にそれを感じさせました。

効果音に近い電子音の音楽の他に、多くはないものの俳優が歌う場面もありました。 一つは女優が歌う Henry Purcel の “The Cold Song”。 あと、Κορυφαίος [Chorus leader] 役の男優が時々、憂いを感じる旋律の歌を少々がなるように詠唱していたのが気になりました。 Σαβίνα Γιαννάτου & Primavera En Salonico が取り上げそうな東地中海世界の民謡を思わせる旋律で、 自分も聞き覚えがあるので有名な曲と思うのですが、曲名を思い出せません。 Σαβίνα Γιαννάτου & Primavera En Salonico [鑑賞メモ] もそうですが、 トルコの Kardeş Türküler など Kalan レーベルが多く取り上げる多言語のプロジェクト [関連発言] など、 音楽 (特に world music) の文脈では、東地中海世界の多言語プロジェクトというのは広く行われています。 そして、多くの場合、そのプロジェクトの背景には少数民族問題や宗教が関係する紛争、内戦があります。 この『トロイアの女』にもそれと共通するものを感じました事も、観ていてこの作品の世界に入りやすかった一因かもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

初めて行く利賀で、アクセスの不便さだけでなく、劇場やその周辺の環境や宿泊にも不安がありました。 確かに、富山駅から遠く、レンタカーが運転できないとなると、アクセスがかなり制限されてしまう場所と実感。 民宿のレベルは、ま、そんなものでしょうか。 しかし、劇場や関連設備についてはむしろ非常に現代的に整備されていて、そこは良かったです。 テントサイトも案内されていたこともあって、ロックの野外フェスに近いサバイバルになるかと不安でしたが、そんな事はありませんでした。 一度行って様子が分かった事で、行く敷居は下がったでしょうか。

まずは、25日の話から。続きはまた後ほど。

[3767] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Aug 22 23:36:50 2019

猛暑続きの続く先週末の土曜は、午後に京橋へ。 国立フィルムアーカイブの上映企画 『シネマ・エッセンシャル 2019』 で、久しぶりに戦前日本映画を観てきました。

『浪華悲歌』
1936 / 第一映画 / 白黒 / 72min.
監督・原作: 溝口 健二. 脚本: 依田 義賢.
山田 五十鈴 (村井 アヤ子), 梅村 蓉子 (麻居 すみ子 (惣之助夫人)), 大倉 千代子 (村井 幸子 (アヤ子の妹)), 大久保 淸子 (横尾 さだ子 (医師夫人)), 浅香 新八郎 (村井 弘 (アヤ子の兄)), 志賀迺家 辨慶 (麻居 惣之助 (薬種問屋主)), 進藤 英太郎 (藤野 喜藏 (株屋)), 田村 邦男 (横尾 雄 (医師)), 竹川 誠一 (村井準造 (アヤ子の父)), 原 健作 (西村 進 (麻居店員)), etc

あらすじ: 大阪の薬種問屋で電話交換嬢として働くアヤ子には、思いを寄せる店員 西村がいたが、 家は貧しく、飲んだくれの父は会社の金を使い込んだとして追い詰められていた。 アヤ子はその金を弁償するため、家出して、電話交換嬢を辞め、かねてから言い寄ってきていた問屋主 麻居の妾となった。 アヤ子は、麻居と文楽観劇中に麻居夫人に見咎められるが、麻居の知人である株屋の藤野の機転で難を逃れる。 逃れて行ったデパートで、偶然、西村と再会し、カフェで求婚されが、アヤ子は麻居の妾であることを明かせず、求婚を受けずにその場を去る。 その後、麻居の主治医 横尾が妾宅へ行くべきところ間違えて本宅へ行ってしまったため、麻居夫人に妾宅に乗り込まれることになる。 麻居夫人に結婚相手を探すと言われ、アヤ子は事の経緯を打ち明けた上で 西村 の求婚を受ける決意をする。 西村の所に向かう途中、アヤ子は妹と遭い、学費を工面できずに兄が帰ってきていることを告げられる。 そこで、兄の学費のため、アヤ子は藤野から騙し取る。 その後、西村を妾宅に呼んで、事情を打ち明けた上で、結婚したいと言う。 そこに藤野が踏み込んでくるが、用心棒がいると西村の後ろ姿を見せて、追い返してしまう。 結局、警察がやってきて、アヤ子と西村は逮捕されてしまう。 取調で、西村が自分はアヤ子に騙されていたと供述しているのを、アヤ子は聞いてしまう。 西村はすぐに釈放され、アヤ子も初犯ということで父に身元引受されて釈放される。 実家に戻るが、兄や妹に家に帰って来るなと言われ、アヤ子は再び家を出る。 行く宛の無いアヤ子が橋に佇んでいると、医師 横尾 が通りかかり、病気かと尋ねられる。 アヤ子は不良少女という病気だと答えるのだった。

貧乏故に、電話交換嬢から妾となり、さらに男から金を騙し取る「不良少女」へ転落し、 恋人や家族にも冷淡に対応されるというバッドエンドの物語です。 しかし、アヤ子はそんな不幸に対して、身の不幸を嘆くというより、立ち向かうようなキャラクタというとこもあって、後味はカラッとした映画でした。 アヤ子の旦那となる麻居が妻に頭が上がらないボケのキャラクタで、 救いの無いハードボイルドな物語の中では、麻居が夫人に対してへまをする場面など、良いコメディリリーフになっていました。 職業婦人時代の銘仙の和装から、妾になってからは島田髷を結って豪華に和装し、その後がモダンな洋装の「不良少女」となるアヤ子の服装の変化も象徴的。 狭い日本家屋のアヤ子の実家と、妾宅のアール・デコ風の住之江のアパート (今で言うなら高級マンション) の対比も、印象に残りました。 麻居夫人が妾宅に乗りこんで、麻居を追い出した後、アヤ子と2人でしみじみ話する場面があるのですが、 この物語の中でのアヤ子の一番の理解者は、実は麻居夫人だったのかもしれないな、と思ったりもしました。

戦前日本映画は松竹大船映画を多く観てきているわけですが、 カラッとしたハードボイルドな描写 (特に、アヤ子が藤野を騙す場面以降) といい、笑いの盛り込み方といい、 松竹大船の作風とは異なり、映画における戦前モダニズムといっても多様だったのだな、と。 舞台が大阪で、セリフは全て関西弁 (といっても現代のお笑いでの関西弁では無い) というのも新鮮でした。 アヤ子が旦那と文楽を観に行く場面があるわけですが、東京が舞台の松竹映画でよく出てくる歌舞伎の場面も、大阪が舞台だとこうなるのかと。 そういう意味でも、新鮮に楽しめた映画でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

日曜も晩に西新井ギャラクシティへ行って、 ドーム映像作品『HIRUKO』を観てきたのですが (以下略。多くは語りません)。

[3766] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 18 23:19:52 2019

先週末日曜は、午後ゆっくりめに表参道へ。この展覧会を観てきました。

Christian Boltanski
Animitas II
Espace Louis Vuitton Tokyo
2019/06/13-2019/11/17, 12:00-20:00 (臨時休業、開館時間変更はウェブサイトで告知).

国立新美術館での回顧展 [鑑賞メモ] に合わせて、表参道の Espace Louis Vuitton Tokyo でも展覧会が開催されています。 展示は Aminitas のヴァリエーションの2作で、 一つは2016年の東京都庭園美術館 [鑑賞メモ] でも展示されていた豊島の Aminitas (La Forêt des Murmures), Japan (2016)。 もう一つは、Aminitas (Mères Mortes), Dead Sea, Israel (2017)。 スクリーンを背中合わせにするか、向かい合わせにするかという違いはありますが、 ギャラリーに干藁を敷き詰め緑の林と砂漠の映像を組み合わせるインスタレーションは、東京都庭園美術館 での展示を思わせました。

しかし、そんな展示コンセプトは他所に、 猛暑の街中、表参道の喧騒をしばし忘れて、涼みながらゆったりと休憩というか瞑想することのできる、 そんな場所にもなっていました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この後は、表参道をスパイラルへ移動。この公演を観てきました。

スパイラルガーデン
2019/08/11, 18:00-19:15.
演出・振付: 中村 恩恵.
出演者: 小野 絢子 (Camille), 首藤 康之 (Rodin), 中島 瑞生 (Paul), 中村 恩恵 (Calline).
演奏: 郷古 廉 (violin), 伊藤 裕 (cello).
演奏曲: Eugène Ysaÿe: Six sonatas pour violon seul, Op. 27 (No. 1, 2, 4, 5 より); Maurice Ravel: Sonate pour violon et violoncelle; J. S. Bach: Partita for Violin No. 1 in B minor BWV 1002 より.
主催: サヤテイ.
初演.

小野寺 修二 演出作品の 首藤 康之 出演作品は何回か観たことがありましたが [鑑賞メモ]、 客演ではなくメインとなった作品を観たことがありませんでした。 ex-NDT で首藤との共演も多く近年は新国立劇場バレエ団への振付も手掛ける 中村 恩恵 の演出・振付で、 新国立劇場バレエ団のダンサー2名を加え、音楽も生演奏の作品ということもあり、 観る良い機会かと足を運んでみました。

フランス近代の彫刻家 Rodin の弟子にして愛人 Camille Claudel の一生に着想した作品です。 象徴的な白い彫像2体、照明の色や明るさに変化を付けるも比較的フラットというミニマリスティックな演出で、 バレエ的なテクニックで踊り描くというより、静かな動きで場面を描いていくような作品でした。 動かしながらのテーブルを使った動きなど、縦方向にも変化がありましたし、 violin の 郷古 はダンサーに絡むというほどではありませんが、ダンサーが踊る舞台の中を歩みながら演奏するなど、 脇で静かに伴奏する以上でした。 Camille を2人1役としたり、メタな視点 (というか最後のソロなど影の主役にすら感じた) として Camille の弟 Paul を加えたりと、ストレートな物語りかたを避けようという演出を感じました。

しかし、残念ながら、ピンとくることなく終わってしまいました。 メタな視点を加えているとはいえ、ロマンチックなアーティスト像を描くという点が自分とは相性悪かったでしょうか。 しかし、席が悪かったということもあるかもしれません。 下半身がほとんど見えなかったのですが、ダンス公演でこれはかなり厳しいものがありました。 スパイラルホールは、Dance New Air などで何度となくダンス公演を観に来ていますが、こんなに見づらい席は初めてでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3765] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 18 12:07:11 2019

先週末土曜は、朝には家を出て横浜YCATから高速バスで市原へ。

市原湖畔美術館
2019/08/04-10/27 (月休;月祝開,翌平日休), 10:00-17:00 (土・休前日 9:30-19:00; 日・祝 9:30-18:00).
Никита Алексеев [Nikita Alexeev], Алена Иванова-Йохансон [Alena Ivanova-Johanson], Леонид Тишков [Leonid Tishkov], Владимир Наседкин [Vladimir Nasedkin], Таня Баданина [Tanya Badanina], Александр Пономарев [Alexander Ponomarev].

ソ連崩壊後のロシアで活動する作家による現代アートを紹介する展覧会が、房総半島中部の市原湖畔美術館で始まりました。 ロシアの現代アートは国際企画展で断片的に観る機会はあれど、まとめて観る機会はなかなか無いので、足を運んでみました。 2013年にリニューアル・オープンした市原湖畔美術館 (元・市原市水と彫刻の丘) も リニューアル後は現代アートの展覧会に力を入れている様子だったので、美術館に足を運んでみる良い機会でもありました。

ロシアの現代美術というと、今まで日本に紹介されてきた文脈もあってか、 Война [Voina] や Pussy Riot などアクティヴィズムに近いパフォーマンス・アートという印象も強いのですが [関連する談話室発言]、 この展覧会はそのような色は薄め。 宇宙をテーマにしていたせいか、インスタレーションとドローイングからなる夢想的、幻想的、瞑想的とも感じられる展覧会でした。 出展作家は6名。都内の美術館の大規模な展覧会に慣れ過ぎてしまったか、こぢんまりした展覧会でしたが、 個々の作品にゆっくり向き合うには丁度いい規模でしょうか。

最も印象に残ったのは、この展覧会における背骨とも言える Леонид Тишков [Leonid Tishkov] によるロシア宇宙主義 (Русский космизм) オマージュの一連の作品でした。 宇宙主義は20世紀初頭のロシアの文化運動で、革命後のアヴァンギャルドへも影響を与えたと言います。 Велимир Хлебников [Velimir Khlebnikov] の詩 «Ладомир» [“Ladomir”] (1919) からタイトルを取った作品は、 パスタやパンで未来都市をとったもので、パスタによるコンストラクションを思わせながらも、 パスタの繊細さが粗いタッチによる線描をそのまま空間に作り出したようでもありました。

2017年に開催された «Антарктическая биеннале» [“Antarctic Biennale”] 『南極ビエンナーレ』の企画者 Александр Пономарев [Alexander Ponomarev] による «Нарцисс» [“Narcissus”] は、 床一面位水を張った照明を落とした地下ギャラリーに、極地航海時に舳先から撮った海水面のビデオを大きな4面の液晶ディスプレイで上映した作品です。 スタイリッシュで瞑想的な雰囲気で、外の炎天が嘘のようにひんやりとした別世界へ連れて行かれたよ う。 少々力技なインスタレーションという点では、いかにも21世紀のグローバルな現代アートとも感じました。 通しては観ませんでしたが、Алена Иванова-Йохансон [Alena Ivanova-Johanson] による «Антарктическая биеннале» のドキュメンタリー的な映像作品 “Master of the Elements” [teaser] も ギャラリーで観ることができました。 その映像を観ていると、南極の風景の非日常さとそれを捕らえた映像美はあれど、作品がそれに負けていたるようにも感じてしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

35度近い炎暑で、周囲を散策して企画展関連以外の野外展示の作品を観る気になれませんでした。 美術館併設のピッツェリアを含め雰囲気も良かったですし、考えていたより便は悪くなかったので、 企画展などに合わせて時々訪れたいものです。

実家は新暦の盆に墓参している上、自分の職場にはお盆休み一斉休暇という概念がなかったので、 すっかり失念していましたが、この日は、お盆休暇初日。 午前のアクアライン下り方面は、川崎側の周辺の高速道路を含めて大渋滞でした。 予定より30分程度の遅れで済んだのはマシだったのかもしれません。 夕方は上り方面が渋滞するという予報もあったので、15時には美術館を出たのですが、アクアラインは既にノロノロ運転でした。 お盆時期の移動は要注意です。

[3764] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Aug 6 0:34:37 2019

梅雨明けから猛烈な暑さで外出が憚られるほどですが、 先の週末は土曜午後に外出ついでにこの展覧会を観てきました。

Samuel Jessurun de Mesquita
東京ステーションギャラリー
2019/06/29-2019/08/18 (月休;7/15,8/12開;7/16休). 10:00-18:00 (金10:00-20:00).

1890年代から1930年代にかけて木版画やエッチングなどの版画やグラフィック・デザインの文脈で活動した オランダのセファルディ・ユダヤ人のグラフィック・アーティスト Mesquita の回顧展です。 ほとんど知らないアーティストでしたが、 Art Nouveau から Art Deco にかけての時代という活動時期に興味を引かれて、足を運んでみました。 しかし、Art Nouveau や Art Deco からの影響はさほど感じられず、 むしろ、モダンながらグロテスクで影のある雰囲気は表現主義、ドローイングなどはシュールレアリズムとの共通点を強く感じる作風でした。 枠線をあまり用いず太さを変えた粗いストライプで陰影を表現して描いたポートレートなど、なかなか良かったです。

ただ、Mesquita 個人に焦点を絞りすぎていて、当時の彼の表現が置かれていた文脈がよく掴めなくて、観ていて不完全燃焼気味でした。 M. C. Escher の師で、Auschwitz に送られて1944年に亡くなったものの作品は Escher によって救われたというエピソードは、フライヤ等でもかなり強調されていましたが、 例えば、Mesquita がグラフィック・デザインを度々手がけた建築・芸術雑誌 Wendingen の 当時のモダニズム運動の中でのポジション (例えば、同じオランダの De Stijl との関係は?) とか、展示を観てもわかりませんでした。 同時代の木版画といえば、目黒区美術館の 『京都国立近代美術館所蔵 世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて』 展でそれなりにまとめて観る機会があったばかりなのですが、 そんな同時代の木版画表現とその中での Mesquita のポジションがわかると、もっと楽しめたかもしれないと思いつつ観た展覧会でした。

アーティスト本人とはあまり関係無い話ですが、 展示解説によるとポルトガル系のセファルディ・ユダヤ人の家系とのことで、 おそらく、レコンキスタ完了直後のユダヤ人追放令 (スペイン1491年、ポルトガル1496年) の際にオランダに移住した家系と思われますが、 ユダヤ人がイスラームのモスクを意味する Mesquita を姓に持つようになった経緯が気になってしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3763] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 4 21:30:53 2019

まだ先週末の話ですが、日曜は昼前にこの舞台を観てきました。

KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
2019/07/28, 11:30-12:15.
Original idea and direction: Sergi Ots; Assistant to director: Emilie De Lemos; Script: Sergi Ots and Emilie De Lemos.
Actors: Natàlia Méndez; Set design: Adrià Pinar, Sergi Ots; Set construction and artifacts: Adrià Pinar and Pau Seguí Costume design: Marcel Bofill and Nahoko Maeshima Lights: Adrià Pinar Photography: Sergi Ots
A Production between:Ponten Pie & Festival El Més Petit De Tots
Premier: 2015.

KAAT神奈川芸術劇場のキッズ・プログラムの1つとして公演が行われた、 スペイン・バレンシア地方 (Valencia, ES) を拠点に活動するカンパニー Ponten Pie による、 2〜5歳の子供向けに作られた演劇作品です。 ほとんど予備知識も無く、大人が一人で観に行くのも少々憚れたのですが、 写真やティーザー動画に惹かれて足を運んでみました。

舞台は海底に沈んで半ば砂地に埋もれてた、もしくは、打ち上げられて半ば砂地に埋もれたガレオン船 (西洋近世の木造帆船) でしょうか。 水を張ったような青い薄布を被せた、その下には砂と見立てたコルクチップを厚く敷き詰めた幅3m奥行き6m程度の長方形の舞台を中央に、 砂地から突き出た船尾楼甲板の一部のような客席が取り囲こんでいました。 船尾から入ってきた女性パフォーマーが、セリフを用いず、 送風機も使って布を煽ったり、コルクチップの中から物を掘り出したり、吹き上げる「砂」と戯れたり。 最後に舳先の部分を頭部大に縮小した模型を被って砂の上を荒れ狂う夜の海を進む帆船を模したような動きをしたあと、 砂の中にうっすら顔だけを出して横たわり、客が退場する間もそのまま、 カーテンコールのようなものも無いままに静かにパフォーマンスを終えました。 女性は難破した船の乗客の亡霊、もしくは、積み荷の女神像だったのでしょうか、そんなことを思わせたエンディングでした。

客席から手が届きそうなほど舞台も狭くパフォーマーも一人というこぢんまりした舞台でしたが、 セリフを用いずに人形は用いないものの物を使って連想でイメージをつなげていくようなパフォーマンスは、 Philippe Genty [鑑賞メモ] を子供向けにしたようでした。 特に、大きな布を波打たせる動きは、夜の嵐の場面で舳先の模型に小さな照明を仕込んでいた所など、近い演出を感じました。 最近観て Philippe Genty を連想させた舞台作品に Dimitris PapaioannouThe Great Tamer があったわけですが [鑑賞メモ]、 それとは Genty を挟んで逆の方向性 (大人向け) を持っているようで、 ラストの埋もれた死体のイメージから遡って自由連想的にイメージを繋げるような構成や、 地中/砂の中から掘り出すイメージの多用など、思いのほか共通する点が多かったというのも、興味深く感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

東京芸術劇場の TACT/FESTVAL や座・高円寺の「世界を見よう!」など、 公共劇場の子供向けプログラムにはサーカスや人形劇を中心に子供向けと侮れない作品が少なくなく、好んで足を運んできています。 KAAT神奈川芸術劇場も行きやすくなたことだし、と、今回初めてキッズ・プログラムに足を運んでみたのですが、その甲斐はあったでしょうか。

この週末は他にも色々気になる公演があったて、 当日券があると知って晩に新横浜方面の某公演へ行こうかと心が動いたのですが、体が動かず (体力的にきつくて)、断念。 というか、この週末観た3本 (La Cie. Quotidienne: Vol d'usage、Noism 15周年記念公演、Ponten Pie: Loo) がどれもアタリで、これだけでもう消化不良気味でした。 重なるときは重なるものです。うむ。

[3762] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 4 12:32:22 2019

先週末の話ですが、土曜の夕方、高円寺のあとは柿の木坂の都立大学八雲キャンパス跡へ。この公演を観てきました。

めぐろパーシモンホール, 2019-07-27, 17:00-18:45.

新潟市の公共劇場である りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 を拠点に活動する 日本で唯一と言っていい公共劇場レジデンシャルなダンスカンパニー Noism の15周年公演です。 公演を観たことがあるのは『ラ・バヤデール — 幻の国』だけで [鑑賞メモ] あまりフォローできていなかったので、15年間の歩みを知る良い機会と、足を運びました。

『Mirroring Memories ––それは尊き光のごとく』
演出振付: 金森 譲.
衣装: 堂本 教子, 中嶋 祐一, Estable of Many Orders, 宮前 義之 (ISSEY MIYAKE); 出演: Noism1 + 金森 譲.
初演: 上野の森バレエホリデイ2018.

過去の作品の中から黒衣にまつわる10のシーンを抜粋し、最初と最後に 金森 振付による新作を配した、オムニバス作品です。 上野の森バレエホリデイ2018で初演された作品ですが、再演にあたって1シーン (最後から2番目) が追加されています。 可動式の幅1m高さ1m程度のハーフミラーを十数枚並べただけの舞台装置の前でシーンを踊り、 暗転と字幕や回顧的な映像、そして、Arvo Pärt の “Spiegel im Spiegel” を間奏的に使ってシーンを繋いでいきました。

劇的舞踊だからというだけでなく、作品の中でも見せ場とも言えるシーンを抜粋していることもあるかと思いますが、 パドドゥ的なリフトを多用した男女ペアでの踊りのシーンが多く、それが印象に残りました。 日本のコンテンポラリーダンスでは、コンタクトインプロビゼーションのようなものはあれど、 このような表現は少ないだけに、そんなところに Noism のバレエ的なバックグランド持つ振付家・ダンサーを揃えたカンパニーらしさを感じました。 オムニバスということもあって『ラ・バヤデール — 幻の国』にあった演劇的な面は抑えられ、 むしろ、テクニカルな感情表現を駆使してきっちり踊るところを堪能できました。 『マッチ売りの話』 (2017) の場面からの流れもあったとは思いますた、 ラストの『Träume ––それは尊き光のごとく』での 浅海 を見守るような 金森 と 井関 のダンスを見ていて、 Noism を生み育てきた慈父、慈母の話のよう、と思ってしまいました。

『Fratres I』
演出振付: 金森 譲.
音楽: Arvo Pärt: Fratres for strings and percussion.
衣裳: 堂本 教子; 照明デザイン: 伊藤 雅一 (RYU), 金森 穣.
出演: 井関 佐和子, 池ヶ谷 奏, 浅海 侑加, チャン・シャンユー [Hsiang Yu Chan], ジョフォア・ポプラウスキー [Geoffroy Poplawski], 井本 星那, 林田 海里, カイ・トミオカ [Kai Tomioka], チャーリー・リャン [Charlie Leung], 西岡 ひなの, 鳥羽 絢美, 西澤 真耶, 片山 夏波, 三好 綾音.
新作 (Noism設立15周年記念作品)

休憩を挟んでの新作は、『Mirroring Memories』とは対称的でした。 14人のダンサーによる群舞で、ナラティブな要素はほとんど感じられません。 途中で使われる白米の「滝」と照明のみの演出で、 タイトルにもなっている Arvo Pärt の “Fratres” に合わせ、 12分間、強い意志を感じさせながらも静かに、修行僧のように祈り続けるかのような作品でした。 特に、フードのある衣装を使い、フードを被って「滝」に打たれるかのような場面など、その印象も強烈でした。 現在の Noism の置かれた厳しい状況と、それを打開するための祈念を思わず連想せずには入られませんでした。

市長交代に市の財政事情もあって、Noism の存続が危うくなっていると報道されています [美術手帖の記事]。 この公演の時点では、2019/2020シーズンまで活動延長となったものの、 2020年9月以降については今年8月に市長が活動継続の可否を判断するという状況とのこと。 日本でも1990年代以降、芸術監督を置く公共劇場が増えたものの、レジデンシャルなカンパニーを置いて活動する公共劇場はほとんどありません。 コンテンポラリーダンスのカンパニーは新潟市の Noism が唯一ですし、 演劇に目を向けても、静岡県の SPAC (静岡県舞台芸術センター) くらいしかありません。 新国立劇場バレエ団にしても、レジデンシャルとは言い難い給料しか出ていないと聞きます。 Noism や SPAC の良いライバルとなるような公共劇場レジデンシャル・カンパニーが国内から出てきて欲しい、 首都圏に少なからずある芸術監督を置く公共劇場が Noism や SPAC に倣ってレジデンシャル・カンパニーを抱えるようになって欲しい、 と思っていただけに、このような動きは残念な限りです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

このカンパニーが置かれている状況を観る際に作品に投影してしまいがちで、 そうでは無くもっと自然に作品を観たいとは思いつつも、そう観てしまったことも含めた鑑賞メモとしました。うむ。

[3761] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 28 23:04:11 2019

今週末も土曜は昼に高円寺へ。この公演を観てきました。

Vol d'usage
座・高円寺1
2019/07/27, 13:00-14:00.
Conception & vélo acrobatique: Jean Charmillot; Conception & sangles aériennes: Jérôme Galan; Regard extérieur: Marc Vittecoq; Création musicale: Yannick Tinguely; Costumes: Emily Cauwet; Création lumières: Lydie Del Rabal; Administration: Valérie Binn.
Création 2016.

La Cie. Quotidienne はフランスのサーカスカンパニーという程度の予備知識しかありませんでしたが、 毎年優れたサーカスを呼ぶ座・高円寺の夏の子供向けプログラム「世界を見よう!」ということで、足を運んでみました。 自転車曲乗り (vélo acrobatique [acrobatic cycling]) を得意技とする Jean と エアリアル・ストラップ (sangles aériennes [aerial strap]) を得意技とする Jérôme の男性2名による、 それぞれが得意とする技を見せるというのではなく、2人での曲乗りやエアリアル、そして曲乗りとエアリアルを巧みに組み合わせた約1時間のパフォーマンスが楽しめました。

小道具の椅子2脚だけで大道具や装飾は無し、中央にストラップを2本垂らしただけの円形舞台を使い、そこを回りながら自転車の曲乗りを見せていきます。 一方、エアリアル・ストラップといえば前転や後転の動きで腕や脚にストラップを巻きつけながらの上下方向の力強い動きで見せるというのが一般的です。 この作品でもそういう上下の動きを使った時もありましたし、スウィングも交えましたが、 むしろ、中央から垂らしたストラップを握りながら円形舞台を回るように走ることで、遠心力で浮き上がるという使い方が特徴的でした。 エアリアル技は高さで見せることが多いわけですが、この低く浮遊するようなエアリアル技は新鮮に感じられました。 自転車曲乗りと低く浮き上がるエアリアルは、どちらも円形舞台を回りながらの演技ということで、相性も良く組み合わせも多彩でした。

前半では明かされないのですが、 ちょうど信号が変わるタイミングで交差点を突っ切るように坂を使って加速した自転車に乗った少年が、 交差点で出会い頭で自動車に衝突しそうになるも、咄嗟に無意識な動きで自動車の上を飛び越えるとことで衝突を免れた、 その飛んでいる際の時間が止まったかのような不思議な感覚をテーマとしていました。 約1時間分の技を繋げる枠組みといえばそうなのですが、この状況を物語るために曲乗りとエアリアルを組み合わせて演技しているよう。 ダイナミックながらゆっくりとした時間が流れるような、ふんわり浮遊感も感じさせる、幻想的なパフォーマンスが楽しめました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

先週、Jörg Müller / Noémi Boutin: Sarabande観たときは、 これが今年のベスト・サーカス・アクトかもと思ったのですが、これに匹敵するようなものが続いてしまいました。 今年の「世界を見よう!」のサーカスは大当たりでした。

[3760] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 22 21:45:09 2019

日曜も昼過ぎに上野公園へ。この公演を観てきました。

東京文化会館
2019/07/21, 14:00-16:00.
Балет Бориса Эйфмана [A ballet by Boris Eifman]
по роману Л. Н. Толстого [Based on the novel by Leo Tolstoy]. на музыку П. И. Чайковского [Music: Pyotr Tchaikovsky].
Декорации: Зиновий Марголин [Sets: Zinovy Margolin]; Костюмы: Вячеслав Окунев [Costumes: Vyacheslav Okunev]; Свет: Глеб Фильштинский [Light: Gleb Filshtinsky].
Дарья Резник (Анна) [Daria Reznik (Anna)], Сергей Волобуев (Каренин) [Sergey Volobueb (Karenin)], Игорь Субботин (Вронский) [Igor Subbotin (Vronsky)].
Премьера: 31 марта 2005 года [Premier: Premiere: March 31, 2005].

振付家 Борис Эйфман [Boris Eifman] が1977年にソ連レニングラード (現ロシア・サンクトペテルブルグ) に創設した バレエ・カンパニー Театра балета Бориса Эйфмана [Eifman Ballet] の21年ぶりの来日公演です。 古典ではなく Эйфман オリジナルの作品、それも、心理的な物語バレエを上演するカンパニーで、 コンテンポラリーダンスや Royal Ballet などの西欧のバレエ団とは異なるセンスの現代バレエが観られそう、という興味で足を運んでみました。 ちなみに、今回観た Анна Каренина [Anna Karenina] は、 新国立バレエ団も上演している作品です。

1870年代のロシアを舞台とする Л. Н. Толстой [L. Tolstoy] の同名小説に基づく Анна [Anna] と Каренин [Karenin]、Вронский [Vronsky] の3役と男女16名ずつで演じられる2幕の作品ですが、 力強くキレの良い群舞と、コントーションがかったアクロバットのようなパ・ド・ドゥでのリフトなど見応えあるバレエでした。 象徴的な表現はミニマリスティックではなく、むしろ群舞で表現され、 特にラストの Анна の自殺の場面での機関車の表現など群舞へのこだわりを感じました。

しかし、Анна を挟んでの三角関係の3人に絞って物語を簡略し過ぎのようにも感じましたし、 自分の好みがミニマリスティックな演出ということもあるのか、 物語の世界には入り込めずに、すれ違ったまま終わってしまいました。こういう時もあるでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

自分の好みとはちょっと違そうで、桑野塾もある週末だしどうしようと躊躇していたら、 割引チケットが出て、それなら観ておく良い機会かなと足を運んだのでした。 ある意味予想通りではありましたが、割引チケットの割に観やすい席でしたし、こういう舞台もたまに観ておくのも良いかしらん、と。

[3759] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 21 21:58:09 2019

土曜は昼に高円寺へ。この公演を観てきました。

座・高円寺1
2019/07/20, 13:00-14:00.
Jörg Müller (circassien), Noémi Boutin (violoncelliste), Hervé Frichet (création lumière).
Music: Jean-Sébastien Bach: Suite pour violoncelle n°1 en sol majeur, Suite pour violoncelle n°3 en do majeur, Suite pour violoncelle n°5 en do mineur.
Production Déléguée: Cie Frotter | Frapper.
Création 2014.

2017年に金属パイプをスイングさせるミニマルで静謐かつダイナミックなパフォーマンス Mobile観せてくれたサーカス・パフォーマー Jörg Müller が、 座・高円寺の夏の子供向けプログラム「世界を見よう!」に再び登場しました。

約1時間のパフォーマンスは曲に合わせた3部構成でした。 最初は中央で向きを変えつつ Noemi が演奏する周囲で、キャンドルを付けたスティックでのバランス芸で、 落とした照明の中で静かに動くキャンドルも美しい導入でした。 続いては、Noémi はサークルの脇に退いての伴奏で、 金属パイプを使った Mobile でみせたようなジャグリングを見せました。 ラストは、四隅からワイヤで水平に吊るしたストールが固定されたボードの上に Noémi を乗せてのパフォーマンスです。 最初はボードの下に Jörg が横になった上で演奏の反動でボードが静かに回転するままに、 そして Jörg が回転するボードを避けるよう上半身を起こし、 やがて立ち上がり静かにボードを揺らし始め、最後には大きくスイングさせて Jörg もボードに乗りました。 そして揺れながら音楽が終わり照明がフェードアウトしました。 静かな動きから少しずつダイナミックになるも、演奏は淡々として、ボードの上は静止しているよう。 ダイナミックなのに静けさの感覚を失わず、抑えたライティングもあって、動と静のコントラストも幻想的で美しいパフォーマンスでした。

Mobile も良かったですが、 Noémi Boutin による cello の生演奏が加わり、 それも、単なる伴奏では無いけれども、演奏の美しさを損なわないような関わり方を作り出して、 よりいっそう美しくなったパフォーマンスを味わうことができました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

公演の後は、早稲田へ移動して、久々に桑野塾を聴講してきました。 前半は 鈴木 佑也 「群棲する都市—1960-70年代におけるソ連建築家グループNERの試み」。 3月に『インポシブル・アーキテクチャー』展を観たこともあってか、 1960s-70sのソ連にも Новый Элемент Расселения [New Element of Resettlement] などの アンビルトの系譜があったのかー、と、展覧会の抜けを補うように興味深く聴くことがができました。 後半は、河村 彩 「絵グラフで見るソ連—イゾスタトによるグラフィック・デザインの冒険」。 Otto Neurath と Gerd Arntz によるインフォグラフィックスの手法 Vienna Method (Isotype) の ソ連における受容と変容の話でした。 «Сталинская конституция социализма» 『スターリンの社会主義憲法』 (1937) や «Москва реконструируется» 『モスクワ再建設』 (1938) などの 1930年代後半のプロパガンダ豪華本を写真スライドで見ることができたのですが、 このような形にまで消化されたのだなあ、と感慨深いものがありました。

最近は、趣味生活も全くもって低調になってしまってますが、 聴講だけとはいえ、たまにこういう所に顔を出して刺激を受けて、 趣味生活からの後退速度を少しでも抑えていきたいものです。

[3758] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 15 22:50:01 2019

この三連休の初日土曜は晩に三軒茶屋へ。この公演を観てきました。

世田谷パブリックシアター
2019/07/13, 19:00-20:45.
企画・構成・演出・出演: 野村 萬斎.
ビジュアルデザイン・テクニカルディレクション: 真鍋 大度 + 石橋 素 + ライゾマティックスリサーチ [Rhizomatiks Research].
出演: 大槻 裕一 + 万作の会.

Perfume のライブなどでのテクノロジーを駆使した映像演出を手がける会社 Rhizomatiks については、 そのライブのTV中継を見たり、展覧会は観たり [鑑賞メモ] したことはあるのですが、 映像演出した舞台を生で観たことがありませんでした。 Perfume のライブなどチケット争奪戦も激しく生で観ることは半ば諦めかけていたのですが、 世田谷ばプリックシアターのパフォーマンス & トークのシリーズ「MANSAI◎解体新書」で 研究部門 Rhizomatiks Research のビジュアルデザインを使ったパフォーマンスが上演されるということに気付いて、観てみました。

前半のパフォーマンス『5W1H』は、演ずる者、観るもののアイデンティティ、ライヴのパフォーマンスと映像やCGアバタの関係がテーマの1時間ほどの作品でした。 トークのように始まり、観客の名前やどこから来たのかを尋ねるような客弄りから、 Rhizomatiks Research の映像演出付きのパフォーマンスになだれ込みました。 動きに合わせてのライブ作成したCG映像のプロジェクションだけでなく、 人を乗せることもできる位置を精密に制御できる可動式の半透明のLEDディスプレイ (「ころすけ」と呼ばれているとのこと) を6台使いました。 テーマにも合致する『まちがいの狂言 〜ややこしや〜』や、三番叟、『船弁慶』の平 知盛などの能狂言のネタも散りばめられる一方、 映像演出に合わせたワイヤーアクションも見せました。 習作というにはかなり本格的なパフォーマンスで、Rhizomatiks の映像演出はライブの人の動きと合わせてこう観えるのかと十分に伺うことができました。

後半は約30分の日替わりゲストとのトークで、 自分が観た日のゲストは『シン・ゴジラ』 (2016) の縁もあってか特撮監督の 樋口 真嗣 でした。 『シン・ゴジラ』では 野村 萬斎 の動きをモーションキャプチャしてゴジラの動きとして使っており、 それと今回の Rhizomatiks でのアバタの動きを比較した話が多く出てきました。 特に、映画では作り込みに時間をかけたが、今回のパフォーマンスではライブで処理するため軽く作られているという指摘には、なるほどと。 ポストパフォーマンストークはうまくまとまらないことも少なくないのですが、 この企画はシリーズ化されているだけに流石に慣れたものを感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

2015年の Mad Max Fury Road も、 2016年の 『シン・ゴジラ』 も、このサイトには鑑賞メモを残していませんですし、 この公演も足を運ぶ動機としては同様のカテゴリなので、特に残さなくてもいいかと思っていたのですが、 軽く書くつもりがそれなりの量になってしまったので、一応残しておきます。

この三連休は新暦の盆ということで、墓参したり実家に顔をだしたり。 ゴールデンウィーク以来、公演を観に行く週末が立て続いていましたし、 来週末再来週末の予定が詰まり気味なので、少しゆっくり休養モードで過ごしました。 おかげで積み残しになっていた鑑賞メモもクリアすることができました。

[3757] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 15 10:28:54 2019

これもまた積み残していた鑑賞メモですが、6月30日(土)の昼に池袋西口でこの舞台作品を観てきました。

Apichatpong Weerasethakul
Fever Room
東京芸術劇場 プレイハウス
2019/06/30, 12:30-14:00.
Director & Editor: Apichatpong Weerasethakul.
Cast: Jenjira Pongpas Widner, Banlop Lomnoi, Teenagers of Nabua.
Production Manager: Sompot Chidgasornpongse; Projection, Visual designer: Rueangrit Suntisuk; Lighting: Pornpan Arayaveerasid; Sound Designer: Akritchalerm Kalayanamitr, Koichi Shimizu [清水 宏一]; Visual Assistant: Piti Boonsom; Lighting Assistant: Voratorn Peerapongpan; Cinematographer: Chatchai Suban; Camera Assistant: Thanayos Roopkhajorn; Sound Editor: Chalermrat Kaweewattana.
Production: Kick the Machine Films.
Premiere: 4 September 2015, Asia Culture Center Theater, Gwangju, South Korea.

現代美術の文脈でのビデオインスタレーション作品や映画作品で知られるタイの映像作家 Apichatpong Weerasethakul [鑑賞メモ] による舞台作品です。 2017年のTPAM (Performing Arts Meeting in Yokohama) で日本初演されていますが、その際は年度末繁忙期で観られず。 劇場を使ってどんな作品を作ったのだろうという興味もあって、観に行ってみました。

会場はプレイハウスという東京芸術劇場で一番大きな劇場ですが、観客は客席ではなく舞台上に案内され、 幕は下りた状態で、客席に向かって座らされます。 そして、幕側と左右の三面のスクリーンを使った、マルチスクリーンの映像作品の上映が始まります。 Weerasethakul らしく、ドラマ映画ではなく淡々とタイ北東部らしき風景とそこの洞窟を巡る漠としたイメージが投影されます。

雷雨の場面となるとビデオ上映が終わり、雷鳴が轟く中、幕が上がります。 客席側はスモークで満たされ、月のような少し欠けた明かりも見える中、 劇場の舞台照明システムを使ったライトショーが始まります。 強烈な光が舞台上の観客に向けられるので、大音響と光の軌跡に包まれるよう。 最初は細い線が多数旋回するように動くのですが、次第に光の面が回転し上下するように動きます。 劇場のスモークはムラがあるので、光で切り出されて雲海のようにも見えます。 また、ライブで上演しているのか映像投影なのか観ているだけでは判然としませんでしたが、 そのスモークの中で影絵のように人影が蠢いたり。 そんなライトショーをひとしきり観た後、再び幕が下りて、短い映像を右手のスクリーンに投影して上演は終わります。

前半はマルチスクリーンのビデオインスタレーションのために劇場を使わなくても、と思いもしましたが、 後半のライトショーで、これであれば劇場を使う理由は腑に落ちました。 しかし、前半と後半が違い過ぎて、この2者を合わせる意味が掴めませんでした。 後半の体験は確かに強烈ではあるのですが、 ライトショー、光のインスタレーションとして独自性を強く出すのはハードルが高そうです。 例えば、Guillaume Marmin & Philippe Gordiani: Timée [鑑賞メモ] をスケールアップしたよう、 と思いつつ体験していました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3756] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 14 23:48:41 2019

これも積み残していた鑑賞メモですが、6月22日(土)の午後に六本木でこの展覧会を観てきました。

Shiota Chiharu: The Soul Trembles
国立新美術館 企画展示室1E
2019/06/20-2019/10/27 (会期中無休). 10:00-22:00 (火10:00-17:00).

1990年代後半からベルリン (Berlin, DE) を拠点に活動する現代美術作家 塩田 千春 の、 パフォーマンス的な面も強い最初期1990年代の作品から、最近の舞台作品の舞台美術家としてのコラボレーションの記録まで、 作家の歩みと作風の変化をたどる回顧展です。

2001年のヨコハマトリエンナーレ以来、美術館での展覧会だけでなく、ケンジタキギャラリーでの個展 [関連する鑑賞メモ] も含めてそれなりに観てきているので、 初期の泥をモチーフにした作品 (泥水が流れる巨大なドレスのインスタレーションやバスタブの泥水に浸かるビデオ) などは観たことがありました。 その当時はほとんど意識しませんでしたが、当時の作品の記録の展示を観ていると、Marina Abramović [関連する鑑賞メモ] などのパフォーマンスの影響を強く感じました。 そんな初期のドキュメントから、赤糸や黒糸を特徴的な素材とするギャラリー空間をいっぱいに使うインスタレーション作品を経て [関連する鑑賞メモ]、 近年の舞台美術の仕事 [関連する鑑賞メモ] を続けて見ると、 表現衝動をコントロールせずに造形作品というよりパフォーマンスとして作品になっていたものが、 糸のような素材と出会うことにより表現衝動を他のジャンルのアーティストとコラボレーション可能な造形作品に落とし込む作家なりの方法論ができ、 舞台美術のような仕事が可能となったのだなあ、と。そんな制作のあり方の変遷を見るようでした。

展示されていたインスタレーション作品については、会場が明るく綺麗という森美術館という会場の癖もあるかと思いますが、小綺麗で良くも悪くも薄まったような印象を受けました。 例えば、黒焦げのピアノや椅子に黒糸が絡みついたインスタレーションは 2007年の神奈川県民ホールで観ていますが [鑑賞メモ]、 その時の印象に比べて不安を引き起こすようなものが感じられませんでした。 しかし、回顧展での作品展示ですし、そうなってしまうのも仕方ないでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3755] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 14 23:40:13 2019

約1ヶ月前の話になってしまいましたが、6月15日(土)の晩に東池袋でこの公演を観てきました。

梅田 宏明 + Somatic Field Project
『2-taxon』
あうるすぽっと
2019/06/15, 19:00-21:00.
『Movement Research - slipstream』
振付: 梅田 宏明
出演: 中村 優希, 加賀田 フェレナ, 齊藤 コン, 京極 朋彦, 大塚 郁実, 小松 菜々子, 熊谷 理沙, 三田 真央, 原 正樹.
サウンド・ライティングデザイン: S20.
新作
『vibrance』
振付: 梅田 宏明
出演: AYUMI, Chika-J, YULI.
サウンド・ライティングデザイン: S20.
新作
振付・出演: 梅田 宏明
イメージ・ディレクション: S20; イメージ・プログラミング: S20, 比嘉 了, 大西 義人; システム・デザイン: 比嘉 了, 大西 義人; サウンド・デザイン: 濵 哲史 (YCAM), S20; ライティング・デザイン: 高原 文江 (YCAM), S20 衣裳: 片山 涼子; センシング・エンジニア: 大西 義人, 大脇 理智 (YCAM); ビデオ・エンジニア: 大脇 理智 (YCAM); テクニカル・コーディネーション: 岩田 拓朗 (YCAM).
山口情報芸術センター (YCAM) 委嘱作品, 2011.

梅田 宏明 は2000年代に入ってコンテンポラリーダンスだけでなくメディアアート的な現代美術の文脈でも活動するダンサー/振付家です。 NTT ICC などでインスタレーション作品を観たことはあれど [鑑賞メモ]、ダンス作品は観たことはありませんでした。 そんなところで、スチル写真を観て少々気になっていたYCAM委嘱作品『Holistic Strata』が都内で再演されるということで、足を運んでみました。

前半は、梅田のダンス・メソッド「Kinetic Force Method」に基づく新作2作品で、 人間的というよりロボット、それも、古典的なカクカクした動きではなく滑らかにPID制御かけているような動きが特徴的でした。 『Movement Research - slipstream』はバレエやコンテンポラリーダンスをバックグラウンドに持つダンサー、 『vibrance』はストリートダンス、ヒップホップダンスをバックグラウンドに持つダンサーということで、 同じメソッドでも身体の癖 (ストリートダンスではオーバーシュート気味な動きになる) が感じられました。 しかし、あえて空間的な演出を抑えて人の動きに焦点を当てたようですが、 ダンサーの立ち位置や移動、客席方向を意識したような動きの方向性に、単調さ、変化の乏しさを感じてしまいました。

後半は『Holistic Strata』の再演でした。 照明を落とした暗い舞台に白い光の点が砂嵐のように吹き荒れる中、ミニマリスティックな electronica の音楽に合わせて踊ります。 舞台両脇からのダンサーへの投影と、正面上方からの背景の投影に分けていて、 ダンサーの黒い影の背景に光の点が渦巻いたり、ダンサーだけに光の点が蠢いたりと、様々な組み合わせを作り出していました。 これは、さすがに、スチル写真やビデオには無い見応えを感じました。 しかし、移動しているダンサーに追従して投影することに技術的な制約もあるのかもしれませんが、 ダンサーは基本的に足元を動かさず移動しないため、前半同様、空間的な単調さ、変化の乏しさを感じてしまいました。

開演前の時間、劇場ロビーを使って、VRインスタレーションのプロトタイプを展示がありました。 最近はVRを少し意識して観るようにしているので [関連する鑑賞メモ]、これもこの公演に足を運んだ理由の一つでした。 『Holistic Strata』にも似た、暗闇の中に白い光のチューブや粒が渦巻く抽象的な音響映像でした。 最近観た他のVR作品に比べるとまだまだ習作という感じでしたが、2本目の渦巻く球体のような方が好みでした。

後半の Holistic Strata などビジュアルも美しかったのです、 人の動き、演技というより舞台空間の使い方、構成という今の自分の興味と見事にすれ違った感もあった公演でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この連休は実家方面の対応であまり展覧会・公演という感ではないのですが、 積み残していた鑑賞メモを少しずつ、書き進めています。

[3754] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 7 22:56:17 2019

時折雨がパラつく梅雨寒の土曜は午後に横浜山下町へ。舞台を観てきました。

神奈川県民ホール, 2019-07-06, 14:00-16:30.

1959年設立のオランダのコンテンポラリー・ダンスのカンパニー Nederlands Dans Theater (NDT) の13年ぶりの来日公演です。 1975年以来長らく芸術監督を務めた Jiří Kylián が専任振付家に退いた2000年代頭、『彩の国キリアン・プロジェクト』の一貫として 彩の国さいたま芸術劇場 で公演を度々観る機会がありましたが [鑑賞メモ]、 いつの間にか日本に呼ばれなくなり、やっと再来日が実現しました。 現在の芸術監督は2011年以来の Paul Lightfoot ですが、彼も今シーズンで退任とのことです。 芸術監督は変わってしまいましたが、コンテンポラリーなバレエの色が濃い NDT は好きでしたし、 今の NDT を観るよい機会と、足を運びました。

来日公演のプログラムは4作品からなるミックスビルですが、 2015/16シーズンのミックスビル Somos をベースに、Same difference (2007) を 2016/17シーズンの Scenic Route で初演した Singulière Odyssée (2017) で置き換えたもの。 Singulière OdysséeShoot the Moon が専任振付家 Sol León と Lightfoot の共作、 残りの Woke up BlindThe Statement はそれぞれ現在のゲスト振付家 Marco Goecke と Crystal Pite による作品です。

Singulière Odyssée
Choreography: Sol León & Paul Lightfoot.
Music: Max Richter: “Exiles”. Light: Tom Bevoort. Set degign: Sol León & Paul Lightfoot. Costumes: Joke Visser, Hermien Hollander.
Cast: Meme von Opstal, Roger van der Poel, Meng-Ke Wu, Yukino Takaura, Gregory Lau, César Faria Fernandes, Chloé Albaret, Chuck Jones, Aram Hasler Madoka Kariya.
Premiere: 2017.

午前9時39分のスイス国境の Basel 駅の待合室を舞台とした、行き交う人々の様子に着想した作品です。 行き交う人々は現代的で匿名的な通勤客ではなく、荷物は持たないものの長距離列車に乗る旅行客で、 舞台の待合室も木製の腰板やベンチのあるクラッシックな雰囲気です。 ボーズや後ずさるような歩きも多用して、舞台上で、並行した複数の時間が流れ、止まり、逆流するよう。 行き交う人々はそれぞれに事情を抱えているようで、その物語がふっとドラマチックに湧き上がっては消えていきます。 人々はすれ違うけどあまり交わることなく、孤独を感じさせます。淡々と感傷的な Max Richter の曲調もそれに合っていました。 待合室や旅行者たちの衣装のクラシカルな雰囲気や、ポーズの姿勢やそこからの動きの美しさも、印象に残る作品でした。

Woke up Blind
Choreography: Marco Goecke.
Assistant to the choreographer: Hedda Twiehaus. Music: Jeff Buckley: “Dream of You and I”, “The way young lovers do”. Light: Udo Haberland. Decor and costumes: Marco Goecke.
Cast: Alice Godfrey, Meng-Ke Wu, Jon Bond, Olivier Coeffard, Gregory Lau, Sebastian Haynes, Luca Tessarini.
World premiere: 2016.

Goecke はドイツ出身で2000年以降作品を発表してきている振付家です。話題の振付家の一人ですが、作品を観るのは初めてです。 この作品は1997年に早世した1990年代アメリカのシンガーソングライター Jeff Buckley に着想した作品です。 男性ダンサーは上半身裸で、特に前半、腕の力瘤を見せるような動きもあり、ボディビルディングの動きに着想した所もあるのかなと見ていたのですが、 そんな動きと Jeff Buckley の歌の関係もわからず、ピンとこないまま終わってしまいました。 こんな時もあるでしょうか。

The Statement
Choreography: Crystal Pite
Assistant to the choreographer: Ander Zabala. Light: Tom Visser. Decor: Jay Gower Taylor. Costumes: Crystal Pite, Joke Visser. Music: Owen Belton. Playwright: Jonathon Young. Vocal performance: Meg Roe, Colleen Wheeler, Andrew Wheeler, Jonathon Young.
Cast: Lydia Bustinduy, Meng-Ke Wu, C´sar Faria Fernandes, Roger van der Poel.
World premiere: 2016.

カナダの振付家 Crystal Pite のこの作品は、 オフィスの打合せコーナーを思わせる暗い舞台の中の照明下のテーブルを囲んで、録音済みの議論に合わせて当て振りするように男女2人が踊ります。 その動きは、議論での身振り手振りをデフォルメしたようなもの。 そのキレの良いオーバーアクションとも言える動きは面白いのですが、録音を用いず、 昔観た Runar Hodne の En Folkefiende のように 踊りながらセリフを言う、それが難しいなら、ライブで俳優に喋らせるのもアリなのではないかと思いつつ観ていました。

しかし、中盤を過ぎると様相が変わります。 音楽というより電子音の中に会話の断片が飛び散り溶け出したかのようになり、 4人のダンサーの動きもそれまでのセリフ当て振りの動きに基づくダンスとなります。 視覚的にもテーブルを離れてソロで踊ったり、 テーブルの上もしくは下での2人でのダンスをライトアップで浮かび上がらせたり、と、 個々のダンスを舞台上にコラージュしていくかのよう。 このような音の変容と、それに並行する動きや空間演出の変容の関係が、とても面白い作品でした。

群舞を使った Royal Ballet の Flight Pattern (2017) も 音楽の構造の可視化と歌詞の演技による可視化の関係の絶妙さを感じさせる作品でしたが [鑑賞メモ]、 一見大きく作風が異なるようで、音の変化と動きや空間演出の変化の結び付けに、共通する問題意識を感じる作品でした。

Shoot the Moon
Choreography: Sol León & Paul Lightfoot.
Music: Philip Glass: Movement II from Tirol Concerto for piano and orchestra. Staged by: Anders Hellstrom. Light: Tom Bevoort. Decor and costumes: Sol León & Paul Lightfoot. Realization: Joke Visser & Hermien Hollander.
Cast: Madoka Kariya, Yukino Takaura, Meme von Opstal, Roger van der Poel, Sebastian Haynes.
Live camera: Niels, Paxton Ricketts. Rotating walls: Guido Dutilh, Gregory Lau, Luca Tessarini.
World premiere: 2006.

最初の Singulière Odyssée と同じく León & Lightfoot の作品です。 3組の男女ではなく2人の女性と3人の男性による絡み合う三角関係、食い違う男女の想いを描いています。 (絡み合う三角関係、食い違う男女の想いというのはメロドラマの典型ですね [関係する鑑賞メモ]。) この絡み合う三角関係を描くのに使われる舞台装置が、回り舞台を3分して作られた3つの部屋です。 舞台が周り部屋が変わる度に異なる男女の愛憎関係や一人の傷心が描かれるのですが、 隣り合う部屋の間に設けられた扉や窓が、それら場面を絡めていきます。 そして、絡み合う三角関係がメロドラマの物語を駆動するかのように、舞台は回り続けます。 ビデオカメラを使って見えない部屋の様子もライブで絡める時がありましたが、 さほど効果的に思えず、そこまでやらなくても回り舞台で十分だと感じてしまいました。

Singulière Odyssée でもポーズが多用されていましたが、この作品もそう。 場面の転換にドラマチックにポーズを使うことで、時の流れを変えるというよりメロドラマチックな瞬間をスチルとして切り出すような効果も感じられました。 駅を行き交う人々の孤独を描いたような Singulière Odyssée は pas de deux があってもほんのすれ違いという感じでしたが、 この Shoot the Moon は、むしろ、愛憎の pas de deux の変奏曲のよう。

Philip Glass によるピアノ・コンチェルト (Tirol Concerto の Movement II) のストリングスが添えられたピアノの旋律も実にドラマチックかつウェットで、 メロドラマチックな雰囲気を否が応でも盛り上げてくれます。 部屋の雰囲気も現代的でモダンな住宅というより少しくすんだ壁紙も少し古ぼけた感じ。 少々クラッシックな美男美女のメロドラマ映画から、愛憎シーンだけを抜き出して作った映像を観ているような気分になった作品でした。

久々に観ると、Kylián 時代から変わったようであり、 コンセプチャルに過ぎず技術を持つダンサーがしっかり踊る作品を演じ続けてくれているという点では変わっていませんでした。 中でも最も自分の好みだったのは、やはり Crystal Pite の The StatementShoot the Moon は、あまりにベタなメロドラマに苦笑しながら観ていたのですが、 一日経って思い出してみると、メロドラマの構造と舞台装置での仕掛けや pas de deax の変奏というダンスの構成がマッチしていて、 Singulière Odyssée よりも面白い作品ではないかと思い直しました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

積み残しが色々発生していますが、Nederlands Dans Theater の公演が良かったので、まずはそちらを優先します。 と言っても、観に行ったのは日本公演の最終日だったので、全く間に合っていませんが……。

[3753] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 1 23:33:12 2019

先週末土曜は、朝から胃もたれしそうなバレエのトリプルビルをイベントシネマで観た後は、北へ移動。 続けてこの舞台を観てきました。

彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2019/06/29, 15:00-16:40.
Performers: Pavlina Andriopoulou, Costas Chrysafidis, Dimitris Kitsos, Ioannis Michos, Ioanna Paraskevopoulou, Evangelia Randou, Drossos Skotis, Christos Strinopoulos, Yorgos Tsiantoulas, Alex Vangelis.
Set Design + Art Direction in collaboration with Tina Tzoka. Artistic Collaborator for costumes: Aggelos Mendis. Lighting Designed in collaboration with Evina Vassilakopoulou, Artistic Collaborator for Sound: Giwrgos Poulios. Sound Design and operation: Kostas Michopoulos. Music: Johann Strauss II, An der schönen blauen Donau, Op. 314. Music Adaptation: Stephanos Droussiotis. Sculpture Design: Nectarios Dionysatos. Costume – Props Painting: Maria Ilia. Creative - Executive Producer + Assistant Director: Tina Papanikolaou. Assistant Director :Stephanos Droussiotis. Assistant Director + Rehearsal Director: Pavlina Andriopoulou.
Produced by Onassis Cultural Centre - Athens (Greece)
Premiere: 24 Μay 2017, Main Stage, Onassis Cultural Centre - Athens.

主にコンテンポラリーダンスの文脈で活動するギリシャの演出家 Dimitris Papaioannou の初来日公演です。 彼の名を有名にした Athens 2004 Olympic Games の Opening Ceremony は TV中継でも観ていませんでしたが、その後、話題になっていた演出家でしたので、観る良い機会かと、足を運んでみました。 コンテンポラリーダンスの文脈とは言えど、Papaioannou 自身振付家と自称しておらず、 演じているパフォーマーも俳優とダンサー (ストリートダンスを含む) の混成。 最後の白骨死体から逆算するようにシュールレアリスティックでグロテスクなイメージをパフォーマーの身体を用いて作り出し自由連想的に繋いでいくような、 マイム劇というかフィジカルシアターに近い舞台作品でした。

表面的にはかなり異なった強面する作品と思いましたが、シュールレアリスティックなイメージの連鎖で構成されていく様は、 Philippe Genty との共通点を感じました [鑑賞メモ]。 人形を使って可愛らしくファンタジックにする代わりに、裸体も辞さないパフォーマーの身体を使ってグロテスクに表現しているよう。 Papaioannou はバラバラになる身体を複数のパフォーマーで表現していましたが、Genty は人形でそうしていたな、と。 イリュージョン的に奈落に抜けられるよう作られた黒いベニア板敷きの大きく波打った舞台も、これがふんわり波打つ白い布であれば、まさに Genty。

しかし、そういう構造よりも、グロテスクなディティールの方が重要にも感じられた作品でした。 有名なルネサンス絵画のイメージを用いた場面などは少々あざとくも感じましたが、 麦穂の羽の手投げ矢を大量に降らせて「麦畑」を作り出したり、 その「麦畑」をパフォーマーたちが摘み取る場面をはじめ、意外なイメージの転換の仕方はさすが。 「麦畑」を作る際のベニヤ板の下に舞台から見えるように人を寝かせた状態で手投げ矢を投げる所などナイフ芸も連想させるのですが、 長いスリンキー (コイルバネ状の玩具) のジャグリング、玉乗りや高足、ロープへのぶら下がりなどを使かわれていました。 この作品での Papaioannou の意図からは外れるように思いますが、サーカス芸のスキルと相性の良さそう。 そんなことを思った作品でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、イベントシネマとは言えトリプルビルの3時間余りの後に2時間弱の舞台は、キツい。 さすがに、与野本町から埼京線、東横線を乗り継いで帰る気になれず、 大宮に出て湘南新宿ラインで武蔵小杉までグリーン車で帰りました。ぐったり。 年に数回の話だし、グリーン料金570円なら常用しても良いかも、と思ったり。

[3752] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 30 0:19:47 2019

この土曜は朝から日比谷へ。このバレエをイベントシネマで観てきました。

Royal Opera House, 16 May 2019.
上映: TOHOシネマズ日本橋, 2019-06-29 10:00-13:10.

Royal Opera House Cinema Season 2018/19 唯一のコンテンポラリー・バレエのプログラムということで楽しみにしていたこのトリプル・ビルを観てきました。

Choreography: Christopher Wheeldon.
Music: Ezio Bosso and Antonio Vivaldi used by arrangement with Ezio Bosso. Costume designer: Jasper Conran. Lightning designer: Peter Mumford. Staging: Christopher Saunders.
Principals: Beatriz Stix-Brunell, Vadim Muntagirov, Lauren Cuthbertson, Ryoichi Hirano, Sarah Lamb, Alexander Campbell,
Conductor: Jonathan Lo. Orchestra: Orchestra of the Royal Opera House.
Premiere: San Francisco Ballet, 2008.

Alice's Adventures in Wonderland [鑑賞メモ] や The Winter's Tale [鑑賞メモ] でハイテクな物語バレエという印象が強い Wheeldon ですが、これは抽象バレエ。 といっても、群舞も駆使しての音楽の構造の可視化というより、 「愛の形」のスケッチとしての pas de deux をライティングも駆使して時間的空間的にコラージュして構成していくよう。 手前の pas de deux をライティングで浮かび上がらせる一方、赤く暗い背景で黒いシルエットの踊りを見せる、などの立体感あるライティングによる演出も好みでした。 衣装も、シルエットにすると体のラインが綺麗に出るようスカートなどがシースルーな上、 断片的な金のストライプが黒いシルエットの中で煌めくという、ライティング映えするものでした。 Klimt 着想ということで、初演から衣装は Klimt の絵を意識したものに変更されたようですが、 体のラインが綺麗に出る女性のワンピース風衣装は、Secession というより Art Deco 風に感じられました。 けど、Secession 風 (例えば Schwestern Flöge のドレス風) はダンス向けとは思えないですし、 むしろ、これで良かったのではないでしょうか。

最近、Secession (分離派、セゼッション)、Wiener Werkstätte (ウィーン工房) 界隈の展覧会を立て続けに観たわけですが [鑑賞メモ]、 その時はさほど良いとは思わなかった Klimt の魅力に、 このバレエで少し気付かされたようにも思いました。

Choreography: Sidi Larbi Cherkaoui.
Music: Henry Purcell. Electronic music: Olga Wojciechowska. Concept and set design: Sidi Larbi Cherkaoui and Roh Production. Costume designer: Olivia Pomp. Lighting designer: Adam Silverman. Associate choreographer: Jason Kittelberger.
Performers: Natalia Osipova (Medusa, a priestress), Olivia Cowley (Athena, goddess of the temple), Ryoichi Hirano (Poseidon, god of the sea), Matthew Ball (Perseus, a soldier), Artists of the Royal Ballet (priestess and soldiers),
Ailish Tynan (soprano), Tim Mead (counter-tenor), Toby Carr (theobro), Reiko Ichise (voila da gamba).
Conductor: Andrew Griffiths. Orchestra: Orchestra of the Royal Opera House.
Premier: Royal Opera House, 8-21 May 2019.

大幅に翻案されているものの、ギリシャ神話の Medusa の逸話に着想した物語バレエです。 Sutra [鑑賞メモ] や Dunas [鑑賞メモ] など、 大掛かりだったりスペクタクル性高い作品を観ることが多く、 テーマで緩く場面を繋げはするけど物語るというほどのものは感じてなかったので、 心理描写も繊細なナラティブな作品に、こんな表現も出来たのかと新鮮でした。

上映中の Cherkaoui のインタビュー中で 「Poseidon は力づくで Medusa の純潔を奪うが、Athena は同じ神の Poseidon を罰することが出来ないので、被害者である Medusa の方に罰を与える。現代でもよくある話ですが。」 (大意) と仄めかすように言っていたように、 Medusa の物語はセクハラや性暴力の被害の不条理、苦悩や憤り、そして救済の話に読み替えられていました。 罰として蛇髪の怪物に変えられるというのはまさにセカンドレイプで、怪物というのは性暴力被害者というスティグマ、 もしくは、その不条理への苦悩と憤りを象徴しているかのよう。 神話的な枠組みを使うことで、あくまで象徴的で普遍性を持たせた形で表現しているのも、良かったでしょうか。

そんな Medusa を演じるのはかなり難しいと思うのですが、 演ずる Natalia Osipova の演技力が凄い。 以前に観た Anastasia [鑑賞メモ] もそうですが、 内面に狂気というか、トラウマや妄想などを抱えたようなキャラクタを品位を失わずに美しく演じることができる、稀有なダンサーではないでしょうか。 以前から Osipova は Björk に顔立ちが似ていると思っていましたが、 蛇髪の怪物マスクをかぶるとますますそれらしく。 (というか、Medúlla か、と。)

Medusa の救済の物語の鍵となるのが Perseus。 この作品では怪物にされる前、互いに想いを寄せていた相手という位置付けで、Medusa から愛の証のお守りとして渡されていたベール様の布に守られて、Perseus は怪物となった Medusa の退治に成功します。 この Medusa と Perseus の pas de deux は、怪物退治というより、トラウマで狂乱する Medusa を Perseus が受け入れ宥めるよう。 Medusa にとっては Perseus に殺されることが救済だったのか、 もしくは殺されたのは「怪物」となった Medusa の心の一部だけだったのか。 いずれにせよ、現実に比べたらロマンチック、もしくは御都合主義かもしれませんが、 ラスト、怪物から元の美しい姿に戻って Henry Purcell の “The Plaint” に合わせ憂いを含む表情で美しくも切なく踊る Medusa の姿に、涙しました。

ラストだけでなく各所で Henry Purcell の “The Plaint” が使われていましたが、 “O let me weep, for ever weep” という歌詞も Medusa の心の声のよう。 (“He's gone” の部分の歌詞を使わず、作品のテーマに合わせていました。) 今まで、“The Plaint” といえば Pina Bausch の Cafe Müller のイメージでしたが、 この Medusa のイメージで上書きされたかもしれません。

Choreography: Crystal Pite.
Music: Henryk Mikołaj Górecki (from Symphony No. 3 - Symphony of Sorrowful Songs). Set desinger: Jay Gower Taylor. Costume designer: Nancy Bryant. Lighting designer: Tom Visser.
Principals: Kristen McNally, Marcelino Sambé. Dancners: Calvin Richardson, Joseph Sissens, Isabella Gasparini, Benjamin Ella, Ashley Dean, et al.
Robert Clark (piano)
Conductor: Andrew Griffiths. Orchestra: Orchestra of the Royal Opera House.
Premier: Royal Opera House, 2017.

最近注目を集めているカナダの振付家 Crystal Pite ですが、これでやっと作品を観ることができました。 ポーランド・シレジア地方の民謡にある戦争で失った息子を嘆く母親の歌や、 ゲシュタポの監獄の壁に残された女性の言葉などに着想したという、 Henryk Mikołaj Górecki: Symphony No. 3 - Symphony of Sorrowful Songs を音楽に使った作品です。 36名という大人数のダンサーを使っての音楽の構造の可視化というシンフォニック・バレエにも近い面 (といっても、整然としたダンスではなく、不規則に蠢く難民の列でしたが) と、 曲の歌詞を難民人道問題という現在的な問題に読み替えての演技による可視化を、 どちらか一方が浮くことなく作品していて、 選曲と読み替え先の題材の選び方のセンスの良さを感じました。 しかし、ある程度予習して知っていたということもあるかと思いますが、 直前に見た Medusa の強い印象で、 少々霞んでしまったかもしれません。

それにしても、最初の一本はさておき、性暴力被害に難民人道問題と、 なかなかにヘビーな題材に取り組んだ見応えあるトリプル・ビルでした。 Royal Ballet の来日公演にもこのような見応えのあるコンテンポラリー作品のプログラムがあれば、 足を運ぼうと思うのですが……。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

積み残し案件がいくつかありますが、Met Live の Dialogues des Carmélites の鑑賞メモが時機を逸してしまった (上映期間中に書けなかった) 反省から、こちらを優先します。 公演期間の短い舞台公演であれば、期間中に間に合わなくても諦めがつくのですが。

[3751] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 23 12:03:52 2019

先週末の土曜午後、Boltanski 展を観た後は、階下へ移動。この展覧会も観てきました。

Vienna on the Path to Modernism: The 150th Anniversary of the establishment of diplomatic relations between Japan and Austria
国立新美術館 企画展示室1E
2019/04/24-2019/08/05 (火休). 10:00-18:00 (5/25 10:00-22:00;4/28-5/2,4,5,6月の金土10:00-20:00;7,8月の金土10:00-20:00)

展覧会のタイトルやフライヤのグラフィックは1900年前後の Secession (分離派、セゼッション)、Wiener Werkstätte (ウィーン工房) 界隈の展覧会を思わせますが、 Secession、Wiener Werkstätte の展示は全体の半分から三分の二程度。 18世紀後半 Maria Theresia 治世下の啓蒙の時代から紐解はじめ、第一次世界大戦直前の表現主義までスコープに収めた、 Eric Hobsbawm の言う「長い19世紀」 (1789-1914) の間にウィーンの美術・デザインがどう変化していったか見るような展覧会でした。

「革命の時代」 (1789-1848) は、その後半に当たる Biedermeier 時代の展示が充実していました。 この時代はロマン主義が流行した時代ですが、革命への態度が対照的なようであり、 ファッションや空想的な面などが共通するようで、興味深く観られました。 続く「資本の時代」 (1848-1875) に相当するのが、 1958年の市壁の取り壊しによるリング通り建設から Weltausstellung 1873 Wien (ウィーン万国博覧会) にかけての「リング通りとウィーン」の展示まで。 この展示を観ていると、同時代の Georges-Eugène Haussmann によるパリ改造 (1853-1870) と比較したくなりました。

「帝国の時代」 (1875-1914) の多くを占めるのは、もちろん、Secession、Wiener Werkstätte 関連の展示。 グラフィックデザインだけでなく食器、家具などのプロダクトデザインやファッションの展示が充実していて、とても楽しめました。 Gustav Klimt との関係で知られる Emilie Flöge が姉 Helena と経営していた Schwestern Flöge [Flöge Sisters] のオートクチュール・ファッション・サロン (デザインは Koloman Moser) の再現模型のコーナーがあり、 やはりウィーン工房デザインで知られた Cabaret Fledermaus の様子を再現した模型があったら、と思ったりもしました。

確かにオーストリア一国史的な美術史・文化史に基づく展示の限界も感じましたが、 「日本・オーストリア外交樹立150周年記念」と言う位置付けの Wien Museum のコレクションに基づく展覧会では仕方ありません。 フランス革命の時代から第一次世界大戦までの「長い19世紀」というスコープ設定も良く、充実した展覧会でした。 それだけに、広告やマーケティングの都合なのでしょうが、クリムト、シーレ、世紀末だけをタイトルに入れるのは、明らかにミスリーディングではないかと思わざるを得ませんでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

「日本・オーストリア外交樹立150周年記念」ということもあ流のでしょうが、 4月から都内で「世紀末」に関係する展覧会が3つも開催されていました。 まとめて観る良い機会かと全て観たのですが、さすがに国立新美術館のこの展覧会が最も充実していましたね。 それにしても、まとめて開催されると観る方も大変ですし、個々の展覧会の印象が薄れるので、 1〜2年に1回くらいの頻度で継続的に開催される方がありがたいです。

[3750] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Jun 22 13:01:30 2019

先週末の土曜は本降りの雨。こういう日の方が空いているだろうと、昼過ぎに乃木坂へ。 始まったばかりのこの展覧会を観てきました。

Christian Boltanski
Lifetime
『クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime』
国立新美術館 企画展示室1E
2019/06/12-2019/09/02 (火休). 10:00-18:00 (6月の金土10:00-20:00;7,8月の金土10:00-20:00).

記憶をテーマとしたインスタレーションを得意とするフランスの現代美術作家 Christian Boltanksi の回顧展です。 美術館規模の個展としては2016年に東京都庭園美術館でもありましたが [鑑賞メモ]、こちらは2010年代の作品が中心。 初期の映像作品から、1990年前後の慰霊のモニュメントを思わせる立体作品を経て、近年の大規模にインスタレーションまで、 Boltanski の歩みを一通りたどることができる大規模な回顧展でした。

最初期にあたる1969年の映像作品や1970-71年のオブジェや写真の作品など、のちの表現の原点を見る興味深さはありましたが、 やはり最も印象を残したのは「モニュメント」“Monument”、「保存室」“Réserve”、「聖遺物箱」“Reliquaire”、「祭壇」“Autel” などと名付けられた1990年前後の作品。 曰くありげに積み上げられた古びた箱などの上に新聞の訃報欄などにあるような粗い白黒のポートレイトを遺影のごとく拡大して載せて薄暗いアームライトで浮かび上がらせるような作品です。 まるで霊安室か集合墓地の祭壇のような少々不気味ながら厳かな印象も受ける作品です。 ホロコーストの記録と結び付けられている、という、印象を持っていたのですが、 新聞の死亡欄から取られた一般の人の普通の死なども題材となっている作品もあり、 広く死の記憶をテーマにしていたと認識できたのは収穫でした。 現代美術の企画展などで同様の作品は観たことは少なからずありましたが、 20 m × 10 m はあろうギャラリーにずらりと並べられたのを観るのは初めて。 まるで、Boltanski 流の礼拝堂。 残念ながら見逃してしまった1990年の水戸芸術館での個展はこんな感じだったのだろうか、 ということも思いつつ、場の雰囲気を味わうことができました。

後半は2010年以降その制作の中心となる大規模なインスタレーション作品。 2016年の東京都庭園美術館のタイトル作品でもある Aminitas のヴァリエーションや、 視線を遮らず天井近くの上方に下げられてはいましたが 半透明のカーテンを使った Les Spirits (2013)、 2012年の越後妻有トリエンナーレに出展された古着の山 No Man's Land [鑑賞メモ] も思い出す Terril (2015) など、 いかにも彼らしいインスタレーションが楽しめました。 しかし、東京都庭園美術館で観た時も感じたことなのですが、 半ば廃墟ががった古い建築物でのインスタレーションだから雰囲気があって良いのであって、 綺麗な美術館ギャラリーだと少々薄っぺらく感じてしまう所もありました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3749] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 16 21:57:08 2019

先週末の日曜は、昼前へ川崎へ。このオペラをイベントシネマで観てきました。

『カルメル会修道女の対話』
from Metropolitan Opera House, 2019-05-11, 12:00–15:10.
Composed by Francis Poulenc, libretto by the composer, based on the play by Georges Bernanos.
Production: John Dexter.
Set Designer: David Reppa. Costume Designer: Jane Greenwood. Lighting Designer: Gil Wechsler. Revival Stage Director: David Kneuss.
Cast: Isabel Leonard (Blanche de la Force), Erin Morley (Sœur Constance), Karita Mattila (Madame de Croissy), Karen Cargill (Mère Marie), Adrianne Pieczonka (Madame Lidoine), David Portillo (Le chevalier de la Force), Jean-François Lapointe (Le marquis de la Force), Tony Stevenson (Le Père confesseur du couvent), et al.
Conductor: Yannick Nézet-Séguin.
World Premiere: Teatro alla Scala, Milan, 1957. This production's premiere: Metropolitan Opera House, 1977.
上映: 109シネマズ川崎, 2018-06-09 11:20-14:40 JST.

現代オペラ (第一次世界大戦以降に作られたオペラ) や現代演出のオペラがメインとはいえ、5年前からオペラを時々ながら観ているわけですが、 それに合わせてオペラ作品に関する本などを読むようになって気になっていたのが、この Francis Poulenc の Dialogues des Carmélites。 Les Six (フランス六人組) の1人として知られる Poulenc による、フランス革命末期の恐怖政治の時代に殉教したコンピエーヌの16名のカルメル会修道女の実話に基づくオペラです。 修道女たちが “Salve regina” を合唱しながら断頭台の露と消えていく壮絶なエンディングに触れられた紹介に興味を引かれる一方、 Avant-Garde と絡んていた戦間期ではなく、カトリック信仰に基づく作曲をするようになった晩年の作品で、それも殉教劇という宗教色が強いとされる所に少々敷居の高さも感じていました。 上演機会が少なく、されても事前に話題になることも少なく、なかなか観る機会が無かったのですが、 Met Live in HD 2018-2019 シーズンの最後の作品として上映されたので、観ておく絶好の機会と足を運びました。

主人公は、貴族の娘で少々神経質そうなで怖がりな女性 Blanche。 Blanche はフランス革命の社会不安から逃れるようにカルメル会修道院に入ります。 Blanche を受け入れた修道院長 Madame de Croissy は病に侵されれおり、 やがて、その苦痛に取り乱した状態で死にます。 その後、教会資産が国有化されることになり修道女たちは修道院から追い出されることになります。 修道女たちの間では追い出されることなく殉教しようという意見も出ますが、恐怖に Blanche は逃げ出します。 修道女たちは殉教せずに修道院を出ますが、結局は革命政府に捕らえられ、反革命で処刑されることになります。 断頭台での処刑が進み最後の一人、親友の Constance の番となったところで、逃れていた Blanche が断頭台の下に現れ、Constance に続いて最後の一人として処刑されます。 そんな Blanche や親友となる最年少の Constance、 Blanche が入った時の修道院長 Madame de Croissy、次期修道院長と目されていた厳格な Mère Marie、 Marie と比べ大らかな Madame de Croissy の後の修道院長 Madame Lidoine ら、 修道女たちの信仰や殉教に関する対話からなるオペラです。

John Dexter の1977年の演出は、1970年代末以降 Patrice Chéreau らによる現代オペラ演出が流行る以前だけあって、 比較的オーソドックスと感じられました。 三幕構成を前半後半の二幕構成に変えてはいましたが、違う時代の話に翻案したりすることなく、 演出家の解釈を押し出すというより、原作に忠実。 ゴージャスな舞台装置が多いオペラの中では、舞台装置の数も最低限で、 白い十字架となっている床に13名の修道女が五体投地のように伏せて祈っているオープニング、 修道院内と俗世の境界を象徴的に示す十字架を組み合わせた網状のオブジェなど、 ここぞという場面で視覚的にも印象的な象徴的な演出も見られましたが、 衣装・美術だけでなく演技もリアリズム的なもの (特に、前半最後の Madame de Croissy の死の場面)。 音楽を聴き込んだりリブレットを読み込んだりまではしませんでしたが、 それなりに予習して臨んだこともあり、前半は比較的冷静に観ていられました。 しかし、リアリズム的にそれぞれ修道女の個性を丁寧に描いていたこともあってか、 後半に入り恐怖政治下で修道院をめぐる状況がどんどん切迫していくにつれて、話にグイグイと引き込まれました。 最後の場面も、記号的な殉教/処刑ではなく、それぞれに個性的で顔の見える修道女たちの死として描かれたからこそ、 強く心打たれました。

このオペラが初演された1957年は Total serialism 全盛期とも言える時代ですが、音楽は調性的。 ラストの “Salve regina” [YuouTube] をはじめ、 重要な場面で合唱される聖歌 (旋律は Poulenc のオリジナル) も美しく印象に残るオペラですが、 それ以外でも、時にドラマチックに美しい旋律が耳に残ります。 流石にアリアとレチタティーヴォを使い分けるようなものではなく、対話を自然に音楽にのせるよう。 特に、後半の第2幕第3場、危険迫る修道院から救い出そうと来た兄 (Le chevalier de la Force) と Blanche の対話のデュエット “Oh! Ne me quittez pas” [YouTube] は、 凛として切なく美しく最も心に残るものでした。

この “Oh! Ne me quittez pas” は、歌詞の内容にも心打たれます。 「いつも憐れんでくれるけど、友達なら普通に払う敬意も私には払ってくれない。私は、もう可愛いうさぎじゃない。カルメルの娘よ。共に戦っている仲間と思って欲しい。」と。 修道女たちは教義に完璧な聖人としてではなく、運命に翻弄されながら、 時に凛として、時に怯え躊躇し (特に Blanche)、時に弱さを見せ (修道院長ですら取り乱して死ぬ)、時に生きる喜びを見出し (特に Constance)、 意見を違えることがあれど、誰かを否定的に描くことなく、互いに敬意を払いあうかのように対話を通して描いていきます。 そんな対話を通して、修道女たちの宗教者であること以上の個性が浮かび上がり、 本来の宗教的な意味を越えて、不条理の下で尊厳を持って生きる/死ぬことはどういうことなのか、問うてくるかのよう。 このような対話に、このオペラの宗教性を越えた普遍性を感じました。

主人公 Blanche を演じたのは、Marnie でもタイトル役を演じていた Isabel Leonard。 Marnie にしても、この Blanche にしても、表情も細やかに演技できるイベントシネマ向けの演技派だと、つくづく。 Blanche に次いで印象に残った役は、Blanche の親友にして対照的な性格の Constance。 明るいというか少々天然っぽいのですが、息詰まるようなこの作品の中で彼女が出てくるとホッとする、まさにコミックリリーフでした。 (それだけに、最後の最後の場面、断頭台の前で2人が手を取る場面の切なさが増幅されるのですが。) Constance 役の Erin Morley と Blanche 役の Isabel Leonard の2人の噛み合わなさも含めた絶妙なやり取りを見ていて、 このような組み合わせは少女漫画のよう、というか。妙に既視感を覚えたのですが、何の作品だったのか、と。

この Met Live in HD を観たあと、 2013年に Théâtre des Champs-Elysées で Olivier Py [関連する鑑賞メモ] の演出によるプロダクションが上演されたことを知りました。 John Dexter のリアリズム的な演出で登場人物の個性を丁寧に表現していたのが良かったのであって、 抽象的で象徴的な現代演出ではこのオペラは図式的になってしまうかもしれないと思っていましたが、 Olivier Py のプロダクションを予告編 [2013年, 2018年その1, 2018年その2] で断片的に観た限り、かなり良さそう。 DVD/BD になっているので、いずれ入手して観たいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

オペラ好きというわけでもないし、年に何本も観ないのに、観たいと思うようなものに限って日程が被ってしまうのは、どうしてなのか、と。 土曜は生、日曜はイベントシネマという違いはあれど、二日連続になってしまいました。 土曜に観た二期会の Salome も良かったと思うのですが、 その後の Dialogues des Carmélites が強烈過ぎて、 特に演奏に関する印象が吹っ飛んでしまいました。 (Salome の鑑賞メモに音楽の話が無いのはそのせいです。) 後でゆっくり思い返しながら色々考えるのも鑑賞の楽しみの一つだけに、 なんとももったいないないなあ、と。

[3748] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 16 11:42:23 2019

先週末の土曜は、昼過ぎに上野へ。このオペラを観てきました。

東京二期会オペラ劇場 / Willy Decker
東京文化会館
2019/06/08, 14:00-15:30.
Libretto: Oscar Wilde, translated by Hedwig Lachmann, edited by Richard Strauss. Music: Richard Strauss.
指揮: Sebastian Weigle; 演出: Willy Decker.
キャスト: 今尾 滋 (Herodes), 池田 香織 (Herodias), 森谷 真理 (Salome), 大沼 徹 (Jochanaan), 大槻 孝志 (Narraboth), 他.
管弦楽: 読売日本交響楽団.
Premier: 9 December 1905, Königliches Opernhaus, Dresden; Premier of this production: 8 November 2016, Hamburgische Staatsoper.

2017年に Met Live in HD で観たドイツの演出家 Willy Decker のプロダクションによる La Traviata のそのミニマリスティックで象徴的な演出が とても好みだったので、 その Decker 演出オペラの上演を生で観る良い機会と、足を運んでみました。 上演したのは、20世紀初頭、というか、いわゆる「世紀末芸術」の典型的な作品とも言える Oscar Wilde 原作 Richard Strauss 作曲の一幕もののオペラ Salome です。 Richard Strauss のオペラを観るのは、 Elektra (1909) [鑑賞メモ]、 Der Rosenkavalier (1911) [鑑賞メモ] に続いてとなります。 Salome は Aubrey Beardsley の挿絵も有名ですし、 Morrissey (ex-The Smiths) が Oscar Wilde が好きという有名な逸話もありますし、 一度ちゃんと観て (聴いて) おく良い機会、というのもありました。

舞台美術は、少し歪んだ左右の大壁と裂け目のある大階段のみ。 裂け目の上手側が少し落ち込んでいて、裂け目の中が Jonachaan が捕らえられている地下室として使われました。 俳優陣も Jonachaan を除いて、没個性的なの衣装で丸刈りでとなって、記号のよう。 階段の上下の使い分けや、裂けた左側の落ち込んだ側だけ明るくしたりと、抽象的でシンボリックに、階段上の立ち位置や距離感に意味を持たせる演出が楽しめました。 階段の下段の方で Jonachaan を Salome が誘惑させつつ、 上段の方で Narraboth がそのやりとりを遠くから見下ろしつつ身悶え自殺する場面など、秀逸でした。 有名な “Dance of the Seven Veils” の場面をどのように抽象的に表現するのかというのも興味があったのですが、 この場面はダンスではなく階段いっぱい使って Salome が Herodes を誘惑したり突き放しつつじゃれ回るようなマイム芝居でした。 ラストは Salome が Jonachaan の傍で自殺するよう改変されていて、 男性の愛し方を知ることができなかった女性の悲劇のような印象を残しました。

主要な役を含めて日本人のみでのオペラ上演を観たのは、これが初めて。 Willy Decker の演出もそうですが、 DVD や Met Live in HD などで観ている現代演出のオペラは、オペラ歌手に歌唱力だけでなく演技力、身体能力が要求するもので、 それがどうなるのかという興味もありました。 この作品のタイトル役も大階段を駆け巡りながらの熱演で、なかなか素晴らしいものでした。 日本のオペラ団体もこういう演出がちゃんとこなせることがわかったのも収穫でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

Salome を観た後は、東京都美術館へ。 展覧会『クリムト展 ウィーンと日本 1900』を観てきました。 入場待ちという程ではありませんでしたが、人多過ぎです。 “Judith I” や “Nuda Veritas” とか有名な作品を観られたという感慨はあれど、 Klimt 個人に焦点を当てたこの展覧会の構成より、 先週末に目黒区美で観た『世紀末ウィーンのグラフィック』のデザインなども合わせて時代を浮かび上がらせる展示の方が、 自分には興味深く観られるものでした。 と言っても、同時代のオペラ Salome を観た直後ということで、その時代の雰囲気は堪能できました。 男の生首を抱えた妖艶な美女 Judith の絵を観つつ、こういうのが流行った時代だったんだな、と、つくづく。

[3747] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 9 22:23:06 2019

水曜は都内で仕事していたので、仕事帰りに渋谷へ。このライブを観てきました。

公園通りクラシックス
2019/06/05, 20:00-22:45.
Jen Shyu (vocals, piano, Taiwanese moon lute, Korean gayageum, biwa, percussion, movement), 須川 崇志 [Takashi Sugawa] (contrabass, cello).

Jen Shyu [徐 秋雁] は Pi Recording からのリーダ作や Steve Coleman のグループなどアメリカの jazz/improv の文脈で活動する 台湾と東チモールを出身とする両親を持つアジア系アメリカ人ヴォーカリストが来日したので、そのライブを観てきました。 共演したのは、八木 美知依 トリオ [鑑賞メモ] などで活動する日本の jazz/improv の文脈で活動する 須川 崇志。 第1部は即興で1時間弱、第2部は Jen Shyu の曲を演奏する約1時間半という休憩を挟んで2部構成3時間弱のライブでした。

月琴 (円形の胴を持つ中国の伝統的なリュート) や伽耶琴 (箏に似た朝鮮半島の伝統楽器)、薩摩琵琶などアジアの伝統的な楽器を使いますし、日本語を含め様々な言葉も使いました。 しかし、Jen Shyu の歌は、ベースが英語ということもあるのか、特に即興での抽象的なヴォイスの時など、アジア的なものはさほど感じさせない、少々アブストラクトな jazz/improv のヴォーカルでした。 様々な楽器を持ち替えまずが、ピアノを除くと、技巧的に演奏するのではなくむしろパフォーマンスの一部として鳴らすという程度でした。 須川の cello / doublebass は出しゃばらず、手数も控えめに Shyu の声を支えるよう。

第2部は Jen Shyu 作曲の曲というより、作の音楽劇というか、須川の伴奏で、様々な楽器を持ち替え歌り語る一人芝居でした。 親しかったワヤンクリ・アーティスト一家の交通事故と唯一生き残った娘という実際の話に基づく、 彼らに捧げる、鎮魂と、残った命に希望を見出すようなパフォーマンスでした。 照明演出もあって、踊りながら語り歌うのですが、狭い会場に並べられた楽器の間を縫うように移動したり、 客席からグランドピアノを挟んで向こう側で踊ったり。 こういう音楽劇、ダンスのようなパフォーマンスはかなり好みなのですが、 公園通りデラックスのような狭いライブハウスではなく、 ちゃんとした広さと照明設備のある小劇場、せめて、かつての Super Deluxe のような空間だったら、 パフォーマンスとして楽しめたのではないかと。その点が少々残念でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、平日の晩、仕事の後に3時間弱というのは、体力的にきついです。劇場のような座席でもありませんし。なかなか集中できませんでした。 第2部の音楽劇というかパフォーマンスだけ、週末の余裕のある状態でそれも劇場で見たかったなあ、と。

[3746] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Jun 8 23:43:14 2019

先週末土曜、新国立劇場へダンスを観に行ったついでに、オペラシティでこの展覧会を観てきました。

Tea Ceremony
東京オペラシティアートギャラリー
2019/04/20-2019/06/23 (月休), 11:00-19:00 (金土11:00-20:00).

ラグジュアリー・ブランドのアイデンティティ・デザインを日用品に適用するなど、 既存のプロダクトやデザイン等の文脈をずらす作風で知られるアメリカの現代美術作家による 2016年ニューヨークの The Noguchi Museum 制作の 「宇宙開発時代」の茶会をテーマにした展覧会の巡回です。 NASAのロゴの入った宇宙開発や航空機に関係する廃材などを駆使して作った茶室と庭園のインスタレーション、 および、The Noguchi Museum での茶会の様子を捉えた映像の上映からなります。 展覧会初日に Tom Sachs 自身による茶会が開催されていました。 自分が行った時もちょうど茶会が終わった所のようで、時々茶会を開催しているようでした。

伝統的に茶室というのは廃材などを使い質素に作ることが多く、 その流儀を「宇宙開発時代」に移せば、宇宙開発の現場な航空機のハイテク廃材で作ることになるという納得感もありました。 その一方で、素材の鮮やかな色も残ったハイテク廃材は、茶道の美意識に繋がるような古び方、朽ち方ではないため、 おおよそ別物になってしまっているよう。 これは侘び寂びではなくキッチュじゃないかという感が、納得感と攻めぎ合うような展覧会でした。

Open Space 2019: Alternative Views
NTTインターコミュニケーション・センター
2019/05/19-2020/03/01 (月休;月祝開,翌火休;8/4,12/28-1/6,2/9休), 11:00-18:00.

NTTコミュニケーション・センターでは企画展をやっていなかったので、この年間常設展のみ。 最も印象に残った作品は、後藤 映則 の 『ENERGY #01』 (2017)。 人の動きのキャプチャからメッシュ状の構造を作り、それにスリット状の光を動かしながら当てることにより、光のシルエットの動きとして浮かび上がらせる立体作品です。 シンプルに視覚的に美しさ動きの面白さを作りだしているところが気に入りました。

梅田 宏明 『kinesis #3 - dissolving field』 (2019) は 光の粒を埋め尽くすように投影した小部屋で、人の動きをセンシングして、それに応じて光の粒の流れを生じさせるインタラクティヴなインスタレーション。 振付家・ダンサーらしい身体性を意識させる作品です。 しかし観客の動きではたかが知れていて確かにこう動くよねと確認できる程度なので、 身体能力の高いダンサーやサーカスアーティストに動かさせると面白そうです。

emergencies! 037, NTTインターコミュニケーション・センター
2019/05/19-2020/08/03 (月休;月祝開,翌火休), 11:00-18:00.

NTTインターコミュニケーション・センターの新進アーティスト紹介コーナー「emergencies!」での展覧会です。 最近、スマートフォン等の電子機器で読むことを前提とした 「縦スクロール漫画」が一般的になりつつあり、 従来の本・雑誌ベースの漫画とは異なるマンガ文法、コマ割り、ストーリーテリング手法が 話題となっています。 この作品は、縦スクロールに限らない、タブレット等の電子機器で読むことを想定したフレーミング、パンニング、ズーミングなどを駆使したストーリーテリングを試みた作品でした。 そうしてまでも語りたい物語がある程ではなく、 原画と実際の作品を対比させるなど、手法の試行、手法に対するメタな視線という面が強く、 そこがアート作品らしくもあり、少々物足りなく感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

翌日曜は休養に充てるつもりだったのですが、気になっていた目黒区美術館の展覧会 『京都国立近代美術館所蔵 世紀末ウィーンのグラフィック - デザインそして生活の刷新にむけて』 が会期末 (6/9まで) に迫っていることに気付いたので、急遽観てきました。

分離派が設立された1897年から第一次世界大戦開戦の1914年を主な対象とした ウィーン分離派やウィーン工房の界隈の展覧会です。 ポスターや装丁のデザインなどだけでなく、木版画を素描が多くあったのが特徴的でしょうか。 最近、19世紀をスコープとした展覧会を楽しめるようになってきたのも、 足を運んだ理由ですが、琴線に触れるというほどではありませんでした。うむ。 いかにも Jugentstil / Art Nouveau な Koloman Moser より、 Art Deco 先取りしたかのような Dita Moser のトランプやカレンダーの幾何学的なデザインの方がカッコいい、というのが、この展覧会一番の気付きでした。

[3745] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Jun 5 0:11:10 2019

先週末土曜は昼過ぎに初台へ。この舞台を観てきました。

新国立劇場 小劇場 THE PIT
2019/06/01, 14:00-16:00.
演出・振付・アート・ディレクション: 森山 開次
音楽: 川瀬 浩介; 照明: 櫛田 晃代; 映像: ムーチョ村松; 衣裳: 武田 久美子; 音響: 黒野 尚
出演: 森山 開次, 浅沼 圭, 中村 里彩, 引間 文佳, 藤村 港平, 宝満 直也, 美木 マサオ, 水島 晃太郎.
制作: 新国立劇場
初演: 2019-05-31, 新国立劇場 小劇場 THE PIT.

2015年に初演された新国立劇場の政策による「大人も子供も一緒に楽しめるダンス作品」 森山 開次 『サーカス』2018年の再演も見逃してしまったのですが、 『サーカス』のメンバーからのスピンオフ的なスタッフ/出演者による TACT FESTIVAL 2019 で上演された『WANDER WATER』、『Rinne』、『MASK』など楽しんだので [鑑賞メモ]、 「大人も子供も一緒に楽しめるダンス作品」の第二弾となるこの作品を観てきました。

子供時代の忍者遊びに着想した、というより、忍者遊びした原っぱに生きる小動物 (鳥、爬虫類、両生類や昆虫) を「忍者」に見立て、 その動きや生態に着想したスケッチを連ねるような、前半後半約45分ずつのダンス作品でした。 大きな舞台装置は用いず、フロアをスクリーンにしての映像プロジェクションを駆使していましたが、ダンサーが映像に埋もれることはなし。 むしろ、高い身体能力のダンサーの動きを「忍術」として楽むような演出でした。

新体操やバレエなど異なるバックグラウンドを持つダンサーが参加して、それぞれの得意な動きでソロを見せるような場面もあるのですが、 全体としてバラバラにならずに調和しているように感じられたのは、 小動物を「忍者」と見立てるコンセプトと、映像や照明、衣装、音楽の作りだす世界観が明確に作り込まれているからでしょうか。 特に、川瀬 浩介 の擬音語擬態語や言葉遊びを駆使したキャッチーな音楽は、観終わった後も頭にこびりつく程で、作品の残す印象に大きな影響を与えます。 『WANDER WATER』、『Rinne』、『MASK』[鑑賞メモ] と、 この『NINJA』では、振付、衣装担当や映像の有無の違いなどがスタッフに共通点は多くないにも関わらず、とても似たテイストに感じたのは、 小動物に着想したダンスという類似点だけでなく、音楽による所も大きいです。

オープニングの忍者のシルエットがヤモリになって「ひっそりこっそりひっそり〜」とヤモリ這いダンスとなる掴みから引き込まれ、 新体操リボン技も使ったカエルの場面や、龍というか蛇のダンスも面白く。 コントーション的な床の技を使ったナメクジ・ダンスが少しセクシーな一方で、 舞姫のバレエの語彙を使ったダンスもキレよく凛々しさを感じるものだったりというのも良かったです。 (後になって気付いたのですが、登場するカエル、ヘビ、ナメクジのキャラクタの元ネタは、 歌舞伎の『児雷也豪傑譚話』の児雷也、大蛇丸、綱手ですね。) 後半になると、新体操の赤いリボン技のデュオで草っ原を焼き尽くす野火のダンスや、 男性ダンサー陣の力強い群舞など、ユーモラスだけではない見応えある動きが堪能できる場面もあり、 最後まで作品世界に引き込まれたまま、子供心を呼び起こさせられるような遊び心ある作品を楽しむことができました。

しかし、『サーカス』を見逃していることが悔やまれます。 森山 開次 が演出・振付した オペラ『ドン・ジョバンニ』も 年度末の万難を排して観ておけばよかったかしらん、と。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

初台へ行ったので、ついでに展覧会も観てきたわけですが、この話はまた後ほど。

[3744] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jun 3 21:49:00 2019

5月5日の話の続き。夕方はプレイハウスに移動して、 TACT FESTIVAL 2019 のプログラムの一つ、この公演を観てきました。

東京芸術劇場 プレイハウス
2019/05/05, 16:00-17:10.
Created by 1927.
Directed & Written by Suzanne Andrade. Film, Animation and Design by Paul Barritt. Music by Lillian Henley. Costume by Sarah Munro & Esme Appleton.
Performed by Genevieve Dunne, Felicity Sparks and Rowena Lennon.
Voice of the Caretaker: James Addie
Producer: Joanna Crowley
Co-commissioned by BAC, Malthouse Theatre Melbourne & The Showroom (University of Chichester)
Premier: Sydney Opera House, 2010.

1927は、アニメーター/イラストレーターの Paul Barritt と劇作家/パフォーマーの Suzanne Andrade によって2005年に設立された、 アニメーション上映と音楽生演奏とマイムをベースとする演技を組み合わせた作品を制作するカンパニーです。 カンパニーに関する予備知識はあまり無かったのですが、 去年見たフランスの Stereoptik [鑑賞メモ] も楽しめましたし、 映像とライブ・パフォーマンスを組み合せた表現ということに興味を惹かれて、観ることにしました。

貧民街の人情物とディストピアものを合わせたような救いのあまり無い物語で、現在の格差社会や管理社会に対する風刺も込められていました。 しかし、1920s-30sのサイレント映画や初期トーキーにはそういう主題のものが少なからずあることもあり、むしろそれに近いものを感じました。 ディストピアと革命は Fritz Lang の Metropolis (1927) を連想させずにはいられませんし、 アパートメントの管理人が街を逃げ出すためになけなしの貯金をはたいて無償で知り合いの子供を救うというエピソードからは、 小津 安二郎 の初期映画によくあるエピソード、 近所の子供が病気になった時に年季奉公で金を工面したり (『出来ごころ』, 1933) や なけなしの貯金を渡したり (『一人息子』, 1936) などを連想しました。 (こういう小津映画のエピソードは当時のアメリカ映画に元ネタがあると言われていますが、残念ながら元ネタまではわかりません。)

投影されるアニメーションは、いわゆる商業映画で一般的な様式ではなく、 戦間期モダニズム (特にロシア構成主義) やスチームパンクの影響を強く感じる 彩度の低いイラストレーションを動かす、いわゆる「アート・アニメーション」です。 そのアニメーションとぴったり合せるように、3人のパフォーマーが1人数役で、 歌いはするもののストレートなセリフは用いずにマイムと字幕で物語ります。 マイムや字幕での物語りに、生演奏の伴奏ピアノも、サイレント映画に近しいものでした。 そして、そんなスタイルと物語の内容がぴったりマッチしていました。

こういう作風を見ると、確かにカンパニー名の1927というのは年号で、 その時代にインスパイアされたということ、 もしかしたら、まさに Metropolis の年ということを意味しているのかもしれません。 そして、そんな当時の戦間期モダニズムや当時のサイレント映画の雰囲気をうまく生かした作風が自分の好みのツボにはまりました。 そして、第二次大戦後に格差が狭まる前、戦間期の不穏な格差社会に対するものと同様の風刺が そのまま通用する世界に戻りつつあるのだろうか、なんてことも考えさせられた作品でした。

1927は Komische Oper Berlin と組んで、2012年には The Magic Flute を、 2017年には PetrushkaL'Enfant e t les sortilèges のダブルビルと、 オペラの演出も手がけています。 ぜひ彼らが手がけたプロダクションのオペラを観たいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

1ヶ月かかってしまいましたが、ゴールデンウィーク中の積み残しを解消。 しかし、この週末に観た分が新たな積み残し分となってしまっているという……。

[3743] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 2 20:54:10 2019

1ヶ月近く経ってしまいましたが、ゴールデンウィーク中の話。 5月5日は昼前には池袋西口へ。このフェスティバルを観てきました。

東京芸術劇場 館内各所
2019/5/5

2010年から開催されている舞台芸術フェスティバル TACT (Theater Arts for Children and Teens) FESTIVAL は、 子供向けを謳っているものの大人でも十分に楽しめるサーカスやダンスの面白い公演をするので毎年楽しみにしています [去年, 一昨年の鑑賞メモ]。 今年はGW開催に戻ったので、5月5日に観てきました。

去年の『WONDER WATER』が好評だったのか、今年は ひびの こづえ, 川瀬 浩介 関連の作品が3つもロワー広場での無料パフォーマンスに登場。 3作品ともハズレなしの、ビジュアルも音楽も楽しいパフォーマンスというのは、さすがです。 このレベルの作品をオープンなスペースで済まさずに、 シアターイースト/ウェストのようなスペースでちゃんとした照明や映像も使った上演もしてほしいものです。

一方で、田中 泯 のような、子供向けというより親世代向けではないかと思うようなパフォーマンスもありましたが、 多少はそういうのが混じっているのも良いのかもしれません。

浅沼 圭 × 高岡 沙綾 × ひびの こづえ × 川瀬 浩介
『Rinne』
5/5 11:30〜 @ 東京芸術劇場 ロワー広場 (B1F)
パフォーマー: 浅沼 圭, 高岡 沙綾; 音楽: 川瀬 浩介; 衣装: ひびの こづえ.

ひびの こづえ 衣装、川瀬 浩介 音楽の1演目目は、2018年に奥能登国際芸術祭で 初演された『Rinne』。 パフォーマーについては、 イギリスにてダンス留学経験を持つ 高岡 沙綾 と新体操で鍛え上げた身体を持つ 浅沼 圭 という程度の予備知識しか無かったので、 お魚のバルーンを乗せているもののフリフリの袖、スカートな衣装で、 アイドル歌謡のような音楽に乗って、アイドル風の振りで2人が踊るのを見て、えっ、そういう作品なのかとびっくり。

しかし、着替えていくに連れて、衣装の造形に着想したような、 かつ、優れた身体能力を生かしたダンスとなって、楽しめました。 海の中の生き物などの形態模写に着想した衣装・造形など 去年の TACT FESTIVAL での演目『WONDER WATER』との共通点も感じますが、 どちらも奥能登国際芸術祭のために制作した作品ということもあるでしょうか。

『場踊り』
5/5 12:00〜 @ 東京芸術劇場 劇場前広場
パフォーマー: 田中 泯

劇場以外の場所で、その場に着想して踊る『場踊り』ですが、観るのも15年ぶりでしょうか。 初夏で日差しも暑い日ですが、冬のような黒のコートに帽子という姿で、 最初のうちは正面入り口近くで、引き攣るような動作で、ガラス壁に張り付くようにしたり、地面に這ったり。

場所を動くようになってからは、わずかながら観客の反応を見ているのかなと思わせる所も。 暑かったのか、最後はホースで水を大きく吹き上げて。 以前に観た時よりも、スペクタクル性が上がっていたように感じたのは、 TACT FESTIVAL で観客が多かった、ということもあるのでしょうか。

5/5 13:00〜 @ 東京芸術劇場 ロワー広場 (B1F)
パフォーマー: ホワイトアスパラガス (谷口 界, ハチロウ); 音楽: 川瀬 浩介; 衣装: ひびの こづえ.

ひびの こづえ 衣装、川瀬 浩介 音楽の2演目目は、この TACT FESTIVAL のための新作『MASK』。 パフォーマーは『WONDER WATER』と同じ ホワイトアスパラガス ですが、ビジュアルイメージは海中から地上へ。 カブトムシのバルーンを被って登場、ということで、小さな虫の世界。 黒い被り物を被ってのジャグリングはフクロタケのイメージでしょうか。

主な技は、アクロバット、ジャグリングにシルホイールでしたが、 大道芸的な客弄りは控えめ。 それはそれで舞台作品らしいスタイリッシュも出て良かったかもしれません。

5/5 15:00〜 @ 東京芸術劇場 ロワー広場 (B1F)
パフォーマー: ホワイトアスパラガス (谷口 界, ハチロウ); 音楽: 川瀬 浩介; 衣装: ひびの こづえ.

ひびの こづえ 衣装、川瀬 浩介 音楽の3演目目は、去年の TACT FESTVAL でも上演した『WONDER WATER』。

『Rinne』、『MASK』と続けて観ると、大道芸/サーカスによくある観客とのインタラクションを それなりに前提とした演目であることが、際立ちます。 おかげで、3演目の中でも客が最も盛り上がって、ロワー広場でのフィナーレとしては良かったでしょうか。 こういう野外でのパフォーマンスでは、観客と盛り上がれる演目もあると良いものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この後にもう一つ、プレイハウスでの公演も観ているのですが、この話はまた後ほど。

[3742] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue May 28 22:19:27 2019

先の土曜の晩は、恵比寿から六本木へ移動して、このコンサートを観てきました。

六本木ヒルズ アリーナ (東京)
2019/05/25, 18:30-19:10.
Harkaitz Martínez de San Vicente (txalaparta), Mikel Ugarte (txalaparta), Mixel Ducau (alboka, bambuzko klarineta, etc), Juanjo Otxandorena (bouzuki).

材木状の音板に撥を立てて落として音を出すバスクの伝統的な打楽器 txaraparta (チャラパルタ) を メインにフィーチャーするスペイン・バスク地方のグループ Oreka TX が 『六本木アートナイト 2019』に出演したので、観てきました。 会場はメインステージ相当の 六本木ヒルズ アリーナ で、オープニングセレモニー直後の演目ということもあり、かなり混雑していました。 (オープニングセレモニーに出席した来賓が既に良い席を占めていたというのもありますが。) txaraparta 奏者2名は大きな人形に操られているという程で、 alboka や bambuzko klarineta などチャルメラ様の少々耳障りな音の管楽器を吹く Dacau は下手で「起き上がり小法師」状態で、 bouzuki の Otxandorena は直径3m以上あろうビニール風船でできたスノードームのような中で演奏という演出でした。 30分ほどそんな状態で演奏した後、舞台前に出てきて、普通に演奏してひとしきり盛り上げました。

この大きな人形を用いた操り人形仕立てのステージは、もともと、 PiKoTaiLuKe と題された、歌手 Thierry Biscary や サーカス・パフォーマー (Garazi Pascual (tightrope), Xabi Larrea & Gorka Pereira (acrobatics, juggling)) とのコラボレーションによるプロジェクトです。 (YouTube で約1時間のショーを通して観ることができます。) しかし、この来日はミュージシャンのみ。 ひょっとしてサーカスも少しは楽しめるかもと期待して足を運んだだけに、残念でした。 代わりに日本人のフープ・ダンサーが参加して、曲に合わせての踊りましたが、 ミュージシャンより一段低い客席前で踊ったので、ほとんどよく見えず。 音楽を聴くライブとしても txaraparta の繊細な音の響きの片鱗が聞くことができましたが、 音楽だけならもっと音響の良い、生音の響きも楽しめるようなホールで聴きたかったです。 サーカスとのコラボレーションのショーからサーカスを抜いて、音楽を聴かせるライブとしても微妙で、 結局のところオープニング・セレモニーの賑やかしのようにになってしまい、残念な限り。 独立したショーとしてちゃんとした形での来日というのも期待薄なので、こんな形で雰囲気を一端だけでも味わえただけでもましなのかもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

『六本木アートナイト 2019』 関連イベントが六本木界隈で繰り広げられていたわけですが、 ある程度予想されたことで、人が多過ぎです。 少し早めに行って野外で夕涼みしつつ軽食でも摘みつつビールでも飲んで開演を待機するつもりが、 アリーナは入れ替え制で、1時間前から待機列に並ばされる羽目に。のんびりできる状態ではありません。 どこに行っても人が多くてのんびりゆっくり観て楽しめる状況ではなかったので、終演後は早々に六本木を離脱しました。

年度末繁忙期に年度頭からGW前後の多忙期が続いて、すっかり平日の晩に何か観に行くということから遠ざかってしまっていましたが、ひと息ついたので、少しリハビリ。 先週の火曜日は都心で仕事していたので、仕事帰りに渋谷へ、 セルリアンタワー能楽堂で Fabula Collective: Elevation を観ました。 当日券が出るというのを目にして、 ex-Wayne McGregor のダンサー2名 James Pett と Travis Clausen-Knight によるコンテンポラリー・ダンスですし、どんなものかしらん、と。 短編3作品で、2作は新作でしたが、特に、能楽堂という空間を生かしたり、演出の妙があったりするわけではなく、 本格的な公演というより、ちょっとした顔見せショーケースといったところでした。うむ。

金曜も晩に渋谷へ。公園通りクラシックスで Selen Gülün with 八木 美知依 のライブを観てきました。 お互いの曲を持ち寄って、エフェクタも使いつつ、即興も交えての piano と箏の duo でした。 様子見もあったのかもしれませんが、こんなものでしょうか。 しかし、ライブで足を運んだのは、2月頭の Väsen 以来ですので、3ヶ月余りぶり。流石に間が空き過ぎです。 ライブでの感度も落ちてしまっていたかもしれません。 これもリハビリの一環という事で、少しずつ感度を上げて行きたいものです。

[3741] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon May 27 23:00:56 2019

金曜から日中は30度超えと、5月らしからぬ猛暑。 ということで、土曜は体力温存で昼過ぎまで家でのんびりしていたのですが、 午後遅めに恵比寿へ。この展覧会を観てきました。

TOP Collection — Reading Images: The Stories of Four Places
東京都写真美術館 3階展示室
2019/05/14-2019/08/04 (月休;月祝開,翌火休) 10:00-18:00 (木金-20:00,7/18-8/2木金-21:00).
W. Eugene Smith: Country Doctor (1948); 奈良原 一高 『人間の土地 緑なき島——軍艦島』 (1954-56); 内藤 正敏 『出羽三山』 (1980-1982) 『出羽三山の宇宙』 (1984); 山崎 博 『10 POINTS HELIOGRAPHY』 (1982)

東京都写真美術館の今年のコレクション展のテーマは「イメージを読む」。 その第一期にあたる「場所をめぐる4つの物語」では、「場所」をテーマに4人の作家のシリーズ写真を取り上げていました。 典型的なフォトエッセーからコンセプチャルな写真まで、典型的なナラティブな作風とは違う視点を感じました。 W. Eugene Smith は Country DoctorLife 誌掲載時のフォト・エッセーの形式を再現するような構成で、 美術館でこのように観るのは少々新鮮でした。

しかし、この中ではコンセプチャルな作風の 山崎 博 [過去の鑑賞メモ] の『10 POINTS HELIOGRAPHY』が最も気に入りました。 長時間露光で軌跡を捉えた 山崎 の代表的な Heliography シリーズの中の20枚組の作品で、 1982年9月13,14日の2日の夕方、調布近辺の多摩川を挟む10地点から同時に日没する約30分の太陽の軌跡を捉えています。 10地点で同時に長時間露光した写真は、太陽の軌跡を捉えた作品のようで、むしろ黒く浮かび上がった地上の建物や構造物のシルエットの差異が際立ちますし、 二日続けて撮ったものが向かい合わせで対比されることで、撮影日による天気というか雲の出具合の差異も浮かび上がります。 そんな時空がうっすら浮かび上がる感が面白く感じました。 関連資料として作品構想のための書き込みのある地図も展示されていたのですが、 開かれていた場所が都心寄りで実際の撮影場所と合っていなかったように見えたのが、少々気になりました。

MIYAMOTO Ryuji: Invisible Land
東京都写真美術館 2階展示室
2019/05/14-2019/07/15 (月休;月祝開,翌火休) 10:00-18:00 (木金-20:00).

解体中の近代建築を捉えた『建築の黙示録』シリーズ (1983-) や、阪神大震災直後の神戸の写真、 解体前の香港九龍城を捉えた『九龍城砦』シリ-ズ (1987-1993) などで知られる写真家 宮本 隆司 の個展です。 グループ展で観ることは度々ありましたが、これだけの規模の個展を観るのは久しぶりです。 廃墟的なイメージの都市を捉えた写真が多い写真家ですが、 そんなイメージとは異なる写真をあえて集めたかのような展覧会でした。

通常は出口の側から入って入口から出るという順路で、前半は「都市をめぐって」、後半は「共同体としてのシマ」という構成でした。 前半で最も数が多かったのは、経済発展する前の1980sから1990s初頭のアジアの雑然とした街を白黒で捉えた『東方の市』シリーズ (1984-1992)。 初めて観たように思いますが、廃墟的ではないですが都市の活気を捉えるというのも異なるもので、こんな写真も撮っていたのかと。 しかし、最も印象に残ったのは、ネパールの城塞都市 Lo Manthang を撮影した 『ロー・マンタン』 (Lo Manthang) シリーズ (1996)。 廃墟というより迷宮ですが、視界を塞ぐような壁というより、奥に誘うような構図が多く [関連する鑑賞メモ]、そこに『九龍城砦』と共通するものを感じました。 2000年代以降ピンホール写真の作品が増えるわけですが、 スカイツリーや電柱を撮った縦長ピンホール写真シリーズ『塔と柱』も以前に観たものより大判 (1036 mm × 約 320 mm) で、 その暗くてピントの甘い質感も含めて楽しめました。

両親出身の鹿児島県奄美地方の徳之島で、宮本は2014年に「徳之島アートプロジェクト2014」を企画しそれ、 それ以降、ルーツである徳之島についての作品を制作・発表してきているとのこと。 後半はそんな作品を集めた展示になっていました。 整然と直線的に展示された前半に対し、空間を広く取りインスタレーション的に配置された構成、 人物の存在感の薄い前半に対して、人物ポートレイト中心の後半、白黒もしくは彩度の低い前半に対して、明るい色彩が中心の後半、と 都市と自然の多い離島というテーマの違いが形式の違いとして明示されていました。 ちゃんとフォローしていなかったのですが、最近はこんな試みをしていたのですね。 畠山 直哉 が東日本大震災後に故郷の陸前高田の作品を作り出した、ということを連想しました。 この展示もそういう今の時代の雰囲気の表れなのかもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

土曜晩の話はまた後ほど。

[3740] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun May 26 20:32:48 2019

続いて、4日に静岡市内で見たストリートシアターフェスの後半です。

静岡市内
2019/5/4
『山田うんソロダンス』
5/4 14:30〜 @ レトロステージ (静岡市役所本館)
振付: 山田うん; 山田 うん (ダンス), 港 大尋 (ドラム演奏).

東京拠点で自身のカンパニーを率いて活動する振付家・ダンサーによるソロ。 途中から観ましたが、おそらく即興で、 伴奏というよりドラムの生演奏と互いに組み合うようなエネルギッシュなダンスでした。

5/4 15:00〜 @ レトロステージ (静岡市役所本館)
Régisseur: Yannick Brisset; Costumes: Mathilde Lecornu; Mise en scène: Samuel Gardès, Romain Ozenne, Alice Wood; Comédiens: Alice Wood, Romain Ozenne.

Alice Wood と Romain Ozenne によって2005年に結成された フランス・ノルマンディのルーアン (Rouen) を拠点に活動するカンパニー。 マイム、クラウン (道化) 芸、音楽などの身体芸をベースとしているようです。 ユニット名から手品技を交えるのだろうかと予想してたのですが、 木製のゴミ箱住まいのホームレス風の二人の、客弄りもオーソドックスなクラウン芸でした。

『浴槽船』
5/4 16:00〜 @ 大階段ステージ (静岡市役所 御幸通り側玄関前 大階段)
作・演出・音楽: 糸井 幸之介; 出演: 深井 順子, 日髙 啓介, 鯉和 鮎美, 高橋 義和, 澤田 慎司, 新部 聖子.

深井 順子 が2004年に結成した、作・音楽家の糸井 幸之介による「妙〜ジカル」を上演する東京を拠点み活動する劇団です。 観るのは4年前のストレンジシードに続いて。 3年前の2曲とは違う、入浴の気持ちよさをテーマにした『浴槽船』でした。 が、夕立の中での鑑賞になってしまい、雨よけに配布された大判ビニール袋が抑えることで集中が削がれてしまいました。 3年前に聞いた『サロメvsヨカナーン』がその後かなり尾を引いて頭に残って、その「妙」がわかったような気もしていましたし、 『浴槽船』の狭い世界からの話の広げ方も面白そうだっただけに、少々残念。

『モニカモニカ』
5/4 15:00〜 @ 大階段ステージ (静岡市役所 御幸通り側玄関前 大階段)
振付: 黒田 育世; 音楽: 松本 じろ; 出演: 大熊 聡美 (ダンス), 松本 じろ (ギター演奏).

東京拠点でカンパニー BATIK を率いて活動する振付家・ダンサー 黒田 育世。 踊ったのはBATIKの 大熊 聡美 でした。 松本 じろ のパーカッシヴなギターを伴奏に、長い髪だけでなく、腕で左右を払うような動きから構成されたようなダンスをエネルギッシュに踊りました。

『逆さの樹 (野外 ver.)』
5/4 17:30〜 @ 芝生ステージ (駿府城公園内 東側)
出演: 渡邉 尚; アシスタント: 儀保 桜子.

2015年に活動を始めたジャグリングを主な技とするサーカスカンパニー、頭と口 [過去の鑑賞メモ]。 活動当初は京都を拠点に、山村 佑理 との2人のユニットとして活動していましたが、 2016年の渡仏後、いろいろあったようで、現在は、渡邉 尚 とアシスタント 儀保 桜子 のユニットということのようです。 ジャグリング用のビーンバッグを使っていますが、 ジャグリングというより軟体 (コントーション) のテクニックを中心に組み立てたのようなパフォーマンスでした。

タイトルにある「逆さの樹」というより、グニャっと動く異形の動物のよう。 そんな動きの面白さもあるのですが、写真撮っていて、 ビーンバッグの配置、配置されたビーンバックとパフォーマーの間合いなど、 空間使いの巧さに気付かされました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

ゴールデンウィーク中の話、残すは5日の TACT FESTVAL。あと一息です。