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談話室 / Conversation Room

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[3739] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat May 25 11:23:24 2019

積み残しになっているゴールデンウィーク後半の話です。 4日に観たストリートシアターフェスティバルの前半です。

静岡市内
2019/5/4

2016年にふじのくに⇄せかい演劇祭関連イベントとして始まった野外演劇祭 ストレンジシード静岡。 5月3日にふじのくに⇄せかい演劇祭観に行ったので、 一泊して4日一日を使って観てきました。

2016年に観た時は、行われているパフォーマンスも運営も緩いイベントと感じていました。 大道芸によく出演しているパフォーマーも出演していて、まだ方向性が定まっていなかったのかもしれません。 3年ぶりに観て、出演者のラインナップも普段は劇場公演をメインとしている演劇・ダンスのカンパニーによる作家性の高い作品の上演と方向性が明確となり (対照的に、大道芸フェスティバルでは作・演出、出演などのクレジットがパンフレットに明記されることはありません。)、 そんな演劇・ダンスに合わせたステージ設定をするなど、大道芸フェスティバルとの方向性との違いはっきりしたように思います。 出演するカンパニーの野外という空間の使い方や観客との接し方に慣れ、 大道芸ほどじゃないけど観客も多くなり、 大道芸ワールドカップ in 静岡での運営ノウハウも生きて、 だいぶ成熟したストリートシアターフェスティバルになったように感じました。 大道芸ワールドカップ in 静岡 での「投げ銭方式」の採用は、少々やり過ぎではないかとも思いましたが。

夕立に降られたりもしましたが、昼前から一日野外でパフォーマンスを観て回るのは楽しいものです。 これからは、ふじのくに⇄せかい演劇祭に合わせて静岡で一泊して、 ストレンジシードも楽しみたいものです。

『グッド・モーニング』 (ストレンジシード静岡2019 ver.)
5/4 11:30〜 @ 駐輪場ステージ (静岡市民文化会館前 駐輪場)
作・演出: 三浦 直之; 出演: 望月 綾乃 ((逆)おとめ), 大場 みなみ (白子).

2009年に結成された 劇作家・演出家 三浦 直之 主宰の東京を拠点に活動する劇団です。 このカンパニーは、高校演劇の活性化のための作品シリーズ 「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校」 (通称「いつ高」) を制作してきて、 今回上演された作品は vol.6 (初演 2018/3/23, 早稲田小劇場どらま館) にあたります。 皆が登校する前の早朝の高校の駐輪場を舞台に、 不登校ながら夜に密かに学校に来ている“(逆)おとめ” と、早朝に登校してきた“白子”の2人の ぎこちないやりとりをユーモラスに描いた1時間弱。

終演後に『グッド・モーニングの脚注』というリーフレットを配布していて、 ある程度の文化的コンテテキストを前提とした作品作りをしているよう。 そのコンテキストを共有している人にとっては、いわゆる「あるあるネタ」なのかもしれませんが、 自分にとってはむしろ今まで接点の無かった異文化世界を覗くようで、 それはそれで興味深く観ることができました。

5/4 12:00〜 @ 芝生ステージ (駿府城公園内 東側)
振付: 康本 雅子; 脚本: 柴 幸男; 出演: 石倉 来輝, 小山 薫子.

2009年に結成された 劇作家・演出家 柴 幸男 主宰の東京を拠点に活動する劇団 ままごと と、 京都を拠点に活動するダンサー・振付家 康本 雅子 のコラボレーションで、 出演した2人は ままごと に新加入したという俳優の2人です。 無題、もしくは『無題』というタイトルの作品のようです。 クレジットに脚本とありますが、ほとんどセリフらしい台詞はありませんでした。 暗黒舞踏的な土俗的でグロテスクな動きと、むしろ、それとは対照的な都会的なポップさが同居したよう。

Mt.Fuji
『プールサイド』
5/4 13:00〜 @ 水上鏡池ステージ (静岡市役所 駐車場上広場)
出演: 中川 晴加, 中村 ひより, 永田 茉彩, 竹田 浩子, 大久保 亜子, 秋山 実優.

Mt.Fuji は2016年に静岡にて 秋山 実優 と 吉田 燦 によって設立されたダンスカンパニー。 今回上演した作品は2017年のストレンジシード静岡で出会った大阪、東京、静岡のダンサーによるコラボレーションとのことです。 噴水池をブールとしてはしゃぐ様をそのままダンスとしたような微笑ましい作品でしたが、 1934年竣工の市庁舎本館という趣のある建築の庭というロケーションの良さに、そんなパフォーマンスが似合う青空という、 地の利時の利を得て、楽しめました。

いいむろなおき と 静岡ストレンジシーズ
『スはストレンジのス』
5/4 14:00〜 @ 東御門から芝生ステージ (駿府城公園内 東側)
作・演出・構成・振付: いいむろなおき; 演出助手: 田中 秀彦; 出演: 五十嵐 優, 石川 大貴, 磯野 静江, 采 優里, 岡本拓也, 薫, 木村 直樹, 桑原 彩, コータロー, すずや (from suzuyacamera), 友野 翔太, にっしーな, 平石 祥子, みあ, 森岡 孝仁, 森園 まっほー.

フランスでマイムを学び、1998年から関西拠点で自身のカンパニーを率いて活動するいいむろなおき [過去の鑑賞メモ]。 今回は上演したのは、ストレンジシードのために静岡で出演者を公募し制作した作品とのこと。 実際のところは、出演者は日本全国から集まっていたようです。 前半は、黒帽子に革ハード鞄というお約束のストレンジャーの いいむろなおき と マイムパフォーマーが操る 段ボール製のロボット が遭遇し、 驚いたりしながら移動していくというもの。 移動の多さもあってか、マイムというより、段ボールロボットの寸劇付きパレードのよう。

芝生ステージに移ってからは、段ボールロボットは休ませて、 群衆とその中で匿名的で記号的な出で立ちなのに浮いてしまうストレンジャー、という状況を演じてみてていました。 公募で集めた出演者による野外での作品ということで、 個々のマイム的な動きの精度というより、大人数の配置とおおまかなポーズで物語っていくよう。 そんな演出が巧みで、面白く感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

後半の話は、また後ほど。

[3738] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue May 21 23:55:27 2019

先の週末の土曜の話ですが、三週連続週末に池袋西口へ。この舞台を観てきました。

Anne Teresa De Keersmaeker, Jean-Guihen Queyras / Rosas
東京芸術劇場 プレイハウス
2019/05/18, 15:00-17:10.
Choreography: Anne Teresa De Keersmaeker
Cello: Jean-Guihen Queyras
Created with and danced by Boštjan Antončič, Anne Teresa De Keersmaeker, Marie Goudot, Julien Monty, Michaël Pomero
Johann Sebastian Bach: 6 Cello Suites, BWV 1007 to 1012
Costumes: An D'Huys; Dramaturgy: Jan Vandenhouwe; Sound: Alban Moraud; Lighting design: Luc Schaltin.
Production: Rosas.
World Premiere: 26 August 2017, Ruhrtriennale.

ベルギーのダンスカンパニー Rosas の2年ぶりの日本公演は2演目は バロックの名曲 J. S. Bach: Cello Suites, BWV 1007-1012 全6曲で踊る約二時間の作品。 Anne Teresa De Keersmaeker 自身も含めて5人のダンサーで踊る作品ですが、 独奏曲なので A Love Supreme [鑑賞メモ] のようにパート毎にダンサーを割り当てるのではなく、 曲毎にダンサーを割り当てるような作品でした。

舞台は cello 奏者の座る丸椅子に、舞台下手に床マーキング用のビニールテープが用意されているだけの、幕も美術も無い剥き出しの舞台で、 照明も4曲目までは白いフラットなダウンライトで舞台全体を照らすという、ミニマリスティックな演出。 曲間に床にビニールテープで目印らしきものをマーキングしている所を見せ (席からはどのような図形を描いていたのか見えませんでした)、 各曲の初めに Keersmaeker が舞台前方で客席に1から6の何曲目かを指で示し、後ろの壁にこれから演奏される曲の BWV (J. S. Bach の作品目録) 番号が控えめの白文字で投影した後、 cello の生演奏に合わせてダンスを踊るというという構成でした。

最初の4曲 (BWV 1007-1010) では、曲毎に Michaël Pomelo, Julien Monty, Marie Goudot, Boštjan Antončič の順で踊っていきます。 基本的にソロでですが、途中で Keersmaeker が出てきて、 両手を合わせて突き出すような動き、腕を小さく振りながら小刻みに跳ねるような動きなど、 全曲に共通するような主題とでもいうダンスを示すように踊ります。 全て同じダンスを踊るわけでなく、位置関係を変えたりと、曲毎に変奏されていく部分もあります。 4曲目以外では2人は組むことはなく距離を保ちつつ、しかし、完全に独立というほどでも無く。 最初の Pomelo はジャンプ多めのダイナミックな動きに感じましたが、 続く Monty、Goudot と Rosas らしい性別を感じさせない精緻な動き。 しかし、4人目の Antončič はのたうち回るような動き。それも、曲が終わった後も無音の中でフロアを転げ回り5曲目 (BWV 1011) が始まるまで息を切らせて倒れ込んでいました。 こういう演出は Rosas ではしては珍しいな、と。

5曲目の頭少し Antončič が絡んだ後は、ダンス無しの cello のソロ。 照明も闇に沈んだ舞台の中で cello を弾く Queyras に下手横からスポットライトを当てるようなもの。 そのまま演奏だけかと思いきや、4曲目までと同様に途中から Keersmaeker が出てきて、 ソロで4曲目までで見せたようなダンスを踊り出しました。 半ば闇の中のダンスですが、4曲目までの反復もあって気配だけでも見えるよう。 時々ライトの中に浮かび上がる Keersmaeker の踊る姿も美しく、 ここを見せるために、4曲目までがあったのかと思うほどでした。

そして最後の6曲目 (BWV 1012) は5人揃っての大団円。照明は多少の変化はあるものの舞台全体を照らすフラット気味なものに戻り、 並んで歩いたり、渦巻くように走ったりと、Rosas らしいフォーメーションも交えつつ、 ダンサー全員が床に伏せた状態で cello の演奏を聴かせるような場面も印象に残りました。

Queyras は6曲目こそ舞台奥中央で演奏しましたが、他は舞台の中程で曲毎に椅子の位置と向きを変えて演奏しました。 4曲目以降、途中で演奏を中断して無音でダンサーに踊らせるような場面もあった程度で、 生演奏といってもダンサーに合わせた即興的な演奏も無く、 動き回ったり (一回、曲の途中で向きを変えた程度)、ダンサーが絡んだりすることも無く、端正な演奏。 しかし、背後にダンサーが回った時以外ずっとダンサーを見て演奏していたのも印象的。 音楽をダンスで可視化しているのでは無く、ダンスを楽譜に演奏しているように錯覚するようでもありました。

Jean-Guihen Queyras は Baroque から現代音楽までレパートリーの広い cello 奏者です。 フランスの現代音楽のアンサンブル Ensemble InterContemporain の一員としてだけでなく、 Thrace: Sunday Morning Sessions (Harmonia Mundi / Latitudes, HMC 902242, 2016, CD) [鑑賞メモ] のような録音も残しています。 彼の生演奏を聴くことも、この公演の楽しみでしたし、期待に違わず楽しむことができました。 しかし、Thrace: Sunday Morning Sessions の編成や、 もしくは現代音楽メインのプログラムのコンサートで、Queyras の演奏を聴いてみたいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3737] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed May 15 23:45:04 2019

ゴールデンウィーク後半、3日は昼前に静岡入り。 新静岡近くの路地裏で見つけたイタリアンでゆっくりランチをしてから、東静岡へ移動。 ふじのくに⇄せかい演劇祭 2019 の後半プログラムで、これらの舞台を観ました。

Robert Softly Gale
静岡芸術劇場
2019/05/03, 13:30-15:30.
Written and directed by Robert Softly Gale.
Music and lyrics by Richard Thomas and award-winning partnership Scott Gilmour & Claire McKenzie.
Richard Conlon (Ian), Christopher Imbrosciano (Chris), Natalie MacDonald (Nat), Katie Barnett (Amy), Neil Thomas (Grant), Shannon Swan (Gillian), Gail Watson (Sheena), Alex Parker (Alex).
Writer / Director: Robert Softly Gale; Music & Lyrics: Richard Thomas; Additional Music: Claire McKenzie; Additional Lyrics: Scott Gilmour; Choreographer: Rachel Drazek; Dramaturg / Creative Producer: Mairi Taylor; Musical Director: Alex Parker; Performance Interpreter / BSL Translation: Natalie MacDonald; Set & Costume Designer: Rebecca Hamilton; Lighting Designer: Grant Anderson;
A Bird of Paradise and National Theatre of Scotland co-production.
Premier: Assembly Roxy, Edinburgh Fringe 2018, August 2018.

ミュージカルというジャンルには疎く、 Edinburgh Fringe 2018 での評判が良さげだった という程度の予備知識しかありませんでしたが、演劇祭のセレクションを信頼して観てみました。 スコットランド・アマチュア演劇協会のコンテストのでの優勝を狙うアマチュア劇団が、 「社会的包括」に取り組むことでの得点を狙って、Daniel Day-Lewis が脳性麻痺の主人公を演じきった映画 My Left Foot (1989) のミュージカル化に取り組む様をミュージカルとした作品です。 元ネタの映画は観てませんが、知らなくても楽しめる内容です。 脚本・演出の Robert Softly Gale 自身も、脳性麻痺を持つことで劇団の雑役から主役になる Chris を演じた Christopher Imbrosciano も、実際に脳性麻痺を持っているとのこと。 かなり風刺の効いたコメディ仕立てのメタ・ミュージカルでした。

正直に言えば、どこまで演技・演出なのは測りかねるアマチュアっぽい演技に前半は入り込みづらいものがあったのですが、 休憩を挟んで後半になると次第にそれにも慣れ、むしろ、演劇における社会的包括についての議論をユーモアの込めて舞台の上で見せていくよう。 ユーモアと言っても大笑いさせるものではなく、妙に琴線に触れるものがあり、観ていて思わず涙してしまいました。 各登場人物のダメな所を、他罰的に扱うのではなく、変に肯定的に愛でるようなこともせず、 自虐的なユーモアを感じさせつつ比較的フラットに扱っているように感じられたからでしょうか。

駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
2019/05/03, 18:45-20:45.
上演台本・演出: 宮城 聰; 作: Victor Hugo; 翻訳: 芳野 まい.
音楽: 棚川 寛子; 振付: 太田垣 悠; 照明デザイン: 大迫 浩二; 衣裳デザイン: 駒井 友美子; 美術デザイン: 深沢 襟; ヘアメイクデザイン: 梶田 キョウコ.
出演: 美加理 (ドニャ・ルクレチア), 阿部 一徳 (九平太), 大内 米治 (ゼンナロ), 大高 浩一 (在本蔵), etc.

演劇祭のディレクターでもある 宮城 聰 の新作は、 オペラ化もされた Victor Hugo の戯曲 Lucrèce Borgia (1833) に基づくもの。 元はルネサンス期15世紀から16世紀にかけてのイタリアを舞台とした戯曲ですが、舞台を日本の戦国時代に移して大幅に翻案していました。 野外の劇場を使い、歌舞伎や浄瑠璃に着想したような衣装や振る舞いに、打楽器を中心とした音楽、という演出は相変わらず。 しかし、エンディングの舞台となる茶屋での宴というのは戦国時代というより花魁風の衣装にしても江戸時代のようだったりと、 翻案の設定が合わないように感じられ、作品世界に入り込むことが難しかったです。 第一幕と第二幕て舞台を転換するのではなく野外劇場を2つ作って観客を移動させるということをしたのですが、 それも作品世界に入るのを邪魔したようにも感じました。

うまく作品世界に入り込めなかったので、演出家が見出した日本の戦国時代との類似点に納得というよりも、 むしろ、戦前日本のブルジョワ資産家一家の話にして、戦の話は株屋の仕手戦の話あたりに置き換え、 1920-30年代の松竹がメロドラマ映画に仕立てても違和感無さそう、思いながら見ていました。 特に、ドニャ・ルクレチアとゼンナロの関係など、いかにも母子物のメロドラマだなあ、と。

「有度」のような山中の緑を借景できる野外劇場を持っていることもあってか、 宮城 聰 / SPAC は奥行きのある空間使いが上手いという印象を持っていたのですが [関連する鑑賞メモ]、 第一幕、第二幕共に空間の奥行き方向を殺すかのような舞台を作っていたのが、とても気になりました。 第一幕では第二幕で使う劇場との仕切りの壁を背にして、 第二幕では屏風のような可動式の衝立を立ててその前で演技をくり広げるという演出をしていました。 ラストシーンでは、衝立越しに見える公園の木々をライトアップして浮き上がらせたりはしていましたが、 奥行き方向の広がりを感じさせるようなものではありませんでした。 第一幕第二幕共に奥行きを殺していたので、それも演出家の意図なのだろうとは思うのですが、 折角の野外なのに奥行き方向を殺して空間を狭く使っているようで勿体無く思いました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この日は静岡で一泊。というわけで、地酒の充実した赤提灯で飲んで過ごしたのでした。 梅丸という志太泉の純米酒仕込みの梅酒が飲めたのが収穫。 日帰りではなく一泊すると、心理的にも余裕が出来て、楽しめます。 演劇祭や大道芸で静岡に行くときは、一泊するくらいの余裕を持ちたいものです。

[3736] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun May 12 20:46:00 2019

ゴールデンウィーク後半は、ふじのくに⇄せかい演劇祭、ストレンジシード静岡に TACT FESTVAL と、いろいろ観たのですが、 それはついては後にすることとして、今週末の話を。 土曜の午後は池袋西口へ。このコンテンポラリーダンス公演を観てきました。

Salva Sanchis, Anne Teresa De Keersmaeker / Rosas
東京芸術劇場 プレイハウス
2019/05/11, 15:00-16:00.
Choreography: Salva Sanchis, Anne Teresa De Keersmaeker.
Danced by José Paulo dos Santos, Robin Haghi, Jason Respilieux, Thomas Vantuycom
Original version created in 2005 with Cynthia Loemij, Moya Michael, Salva Sanchis, Igor Shyshko.
Music: John Coltrane: A Love Supreme. Recording: John Coltrane (tenor saxophone, vocals), McCoy Tyner (piano), Jimmy Garrison (bass), Elvin Jones (drums).
Lighting design: Jan Versweyveld; Revised lighting design: Anne Teresa De Keersmaeker, Luc Schaltin; Costumes: Anne-Catherine Kunz.
Coproduction: Rosas, De Munt/La Monnaie (Brussels).
World premiere: 23.02.2017, Kaaitheater (Brussels).

ベルギーのダンスカンパニー Rosas の2年ぶりの日本公演は2演目が予定されていますが、 まずは、1960年代モダン・ジャズの名盤 John Coltrane: A Love Supreme (rec. 1964; Impulse!, 1965) を踊るというこの作品。 Rosas がジャズのレコードを使って踊ると言えば、 過去にも Miles Davis: Bitches Brew (Columbia, 1969) を使った Bitches Brew / Tacoma Narrows (2003) [鑑賞メモ] がありますが、 その作品でダンサーとしてだけでなくDJとしても活躍していた Salva Sachis が、この作品では振付としてクレジットされています。

Thomas Vantuycom が saxophone、Robin Haghi が piano、Jason Respilieux が bass、José Paulo dos Santos が drums と、 カルテットの各パートの演奏に4人のダンサーがそれぞれ関係付けられていて、 まるで各パートの演奏やパート間の関係によって動きが構成されたダンス作品でした。 まず、無音の状態で saxophone 役の Vantuycom が20分近くソロで踊った後、 A Love Supreme を編集することなく、4部構成そのまま流して踊りました。 Bitches Brew / Tacoma Narrows の時のように映像をくみあわせたりすることなく、 舞台美術の無いむき出しの舞台を使い、ライティングだけのミニマリスティックな演出だったので、 作品の基本的な構成がそのまま提示されるような、わかりやすい作品になっていました。 音楽をメインに据えたミニマリスティックな演出など Rosas らしいのですが、 その一方で Rosas にしては意外なと思うような事が多い作品でした。

動きは、リズムというか音の時間的な分節に合わせて動きの分節して合わせるような単純な「音ハメ」ではなく、 モードの音階の行き来やソロや伴奏などのパート間の関係性を、手先足先の動きや立ち位置などに置き換えていくようなものでした。 しかし、即興のベースとなる主題を提示する時に4人がユニゾンするように踊ったり、 ストリートダンス的なイデオムを使う的もあってか「音ハメ」的に動くように見える時もありました。 カッチリしたものではなく緩やかなものとはいえ、 以前であれば排されていたように感じたユニゾンや「音ハメ」もある程度許容しているように見えたのは意外でした。

また、音楽の構造を可視化していくようなダンスだったので、 各パートの役割分担というか、ヒエラルキーのようなものも可視化されてしまったようにも感じました。 あくまでも、主役は saxophone。 リズム隊はバッキングで、piano こそそれなりに目立つ動きをするものの、 ソロを取るときでも無ければ bass や drums は後ろの方で同じような動きで踊っていたり。 1960年代に入って、特にフリー・ジャズ以降、ジャズにおいても各パートの役割が流動的な作品が増えていくわけですが、 Coltrane がフリー・ジャズへ踏み込んでいく直前の A Love Supreme を音楽に選んた時点で、これは致し方無かったのかもしれません。 しかし、ダンサー間にバレエ的なヒエラルキーが感じられないというのも Rosas の特徴だと感じていただけに、 この点についても意外に感じました。

2005年に最初に制作したときは男女混成で踊ったようですが、この2017年の完成版は男性ダンサー4人。 その力強い動きは John Coltrane Quartet の迫真の演奏に負けていませんでしたが、 当時のジャズが持っていた男臭さ、マッチョさをも可視化してしまったようにも感じてしまいました。 クラッシック/現代音楽で踊っているときの Rosas は、性別に対してニュートラル、もしくは、 男性が踊っていても少々フェミニンに感じていたので、そういう面が見られたのも意外でした。

Rosas にしてはかなり意外に感じられた作品でしたが、楽しめなかったわけではありません。 特に Part III - Pursuance の冒頭、drums のソロに合わせて José Paulo dos Santos がソロで踊る様子を、残り3人が袖で見ている所から、 saxophone が主題を吹き出すところから3人が飛び込んで4人でユニゾンで踊りを決め、 続いて4人が思い思いの動きに散開していくような展開は、 このアルバムの格好良さを思いっきり可視化して見せ付けられたようでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

ゴールデンウィーク後半の話を書いてから、などと言っていたら、追い付けなくなりそうなので、一旦リセット。 後で少しずつ更新したいと思います。

[3735] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun May 12 19:35:03 2019

ゴールデンウィーク中盤、30日から5月1日にかけては、本降りの雨。 仕事したり、大学時代の友人と飲んだりしましたが、後半に備えて体力温存モード。 天気の回復した2日午後に表参道に出て、このVR作品を体験してきました。

スパイラルガーデン
2019/05/02, 13:40-14:10.

“a contemporary dance piece in immersive virtual reality” 「没入型仮想現実におけるコンテンポラリーダンス作品」 と謳った作品を体験するイベントがあったので、 カンパニーや制作した団体に関する予備知識はありませんでしたが、どんな感じか体験してきました。 Gilles Jubin はスイス・ジュネーブを拠点にコンテンポラリーダンスの文脈で活動するダンサー・振付家で、 同じくジュネーブを拠点とするモーションキャプチャ技術を専門とする非営利団体 Artanim とのコラボレーションということです。

観客最大5人一組で体験する作品で、観客はヘッドマウントディスプレイとヘッドホンだけでなく、 手の甲と足の甲にマーカーを装着し、計算機を背中に背負って、没入型VRの世界で作品を体験します。 最近ではスマートフォンベースの簡易な没入型VRも普及してますが、少々物々しい機材を使っていました。 観客は席に座ってじっと鑑賞するのではなく、8 m × 5 mのスペースを動き回りながら鑑賞します。 モーションキャプチャで撮影したダンサーの動きがVRの世界の中でアバターの動きとして動くだけでなく、 観客のアバターもVR世界に登場し、鑑賞中の観客の動きもアバターの動きとなります。 ただし、ヘッドセットなどの制約もあって踊るような動きは難しく、また、VR中のダンサーとインタラクションすることは無いため、あくまで傍観者という感じです。

始まりは晶洞 (ジオード) の中のような空間。 何者かが晶洞の覆いを取り除くと、半砂漠のような風景の中で見上げるような巨人たちに取り囲まれます。 やがて、大きなガラス窓を持つモダニズム様式の住宅が被せられ、その室内や窓の外でダンスが繰り広げられます。 この時のダンサーは等身大で、次いで、指先程の小人のようなダンサーが踊るのを見ることになります。 最後は周囲は街中にある広めの公園の中のような場所になり、公園のあちこちで等身大のダンサーが踊るのを見る事になります。 やがて、最初に出てきた巨人たちが現れ、晶洞を被されて、作品は終わります。

2ヶ月前に Digital Choc 2019 でもVR作品を体験していたので [鑑賞メモ]、 アバターや周囲の空間に作家性の高い「絵」が用いられず、 FPS (First Person Shooting) / TPS (Third Person Shooting) で用いられるような 比較的リアリズム寄りの表現だったことは物足りなく感じましたが、 ダンス的な人の動きに焦点を当てるという点ではこれも妥当な選択でしょうか。 感情を発露するというより空間に描くような動きのダンスはVRと相性も良く、 そして、鑑賞者とダンサーのスケールを相対的に変えて見せるという所にVRならではの面白さがありました。

Director, Choreography: Gilles Juban.
Music: Franz Treichler (The Young Gods); Stage set: Sylvie Fleury; Costumes: Jean-Paul Lespagnard.
Dance: Susana Panadés Dias, Martin Roehrich, Gilles Jobin.
Production: Cie Gilles Jubin.

しかし、VR_I より惹かれたのは、 会場の一角で液晶ディスプレイ上映されていた Cie Gilles Juban の3Dダンス映像作品 Womb

狭い空間の中、女性1名、男性2名のダンサーが空間バズルを解くが如く踊るのですが、 3D映像とすることで狭い空間の中の立体的な位置関係が際立って面白く感じました。 この狭い空間は子宮 “Womb” を暗喩していたようですが、それはさほど感じられず、 むしろ、第二次大戦後20世紀中盤のモダンデザインを思わせるカラフルな舞台美術と衣装。それも好みでした。 音楽は The Young Gods の Franz Treichler ですが、いわゆる Industrial / EBM な音ではなく、グリッチ音を多用した Electronica。 観ている途中、20歳前後の女性二人組がやってきて「プチプチいう音が気持ち悪い」と言って去っていったのに、妙にウケてしまいました。

この2作品を観た後に、表参道を原宿方面へ移動。この展覧会を観てきました。

Jesús Rafael Soto
Pénétrable BBL Bleu
Espace Louis Vuitton Tokyo
2018/12/07-2019/05/12, 12:00-20:00 (臨時休業、開館時間変更はウェブサイトで告知).

ベネズエラ生まれでパリを主な拠点に活動した、20世紀後半のキネティック・アートの文脈で知られる作家です。 細いPVC (塩化ビニール) チューブを沢山垂らした中を掻き分け歩いて体験するインスタレーション Pénétrable を最初に制作したのは1967年だそうですが、 この青い作品は1999年の自身の回顧展のために制作したものとのこと。 シンプルながら、ビジュアルが美しくミニマリスティック。 観客の楽しみ方も多様で、やっぱり良い作品です。

以前、Comme des Garçons 青山店で Pénétrable を体験したのはいつだったか、と思ったら、1996年だった [鑑賞メモ]。 もはや四半世紀近く前。時間が経つのは早いものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3734] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat May 11 12:20:38 2019

ゴールデンウィク三日目の29日は、午前中には千葉県というか下総の佐倉へ。 佐倉市の南郊、北総台地の中にある美術館でこの展覧会を観てきました。

Collage & Montage by Joseph Cornell
DIC川村記念美術館
2019/03/23-2019/06/16 (月休;4/29,5/6開;4/30,5/7休), 9:30-17:00.

戦間期の1930年代から戦後1960年代にかけて活動したアメリカ・ニューヨークの美術作家 Joseph Cornell の コラージュ作品、「箱」として知られるアッサンブラージュ作品、実験的な映画作品など国内美術館の収蔵作品を一挙に集めた展覧会です。 Cornell の箱のアッサンブラージュ作品は国内にもコレクションがそれなりにあって観る機会はあったけれども、 これだけまとめて観たのは初めて。

アメリカにおけるシュールレアリズムの文脈に乗る作家ですが、戦後芸術のトレンドに乗らずに独自の作風で作品を作り続けていたと知られますが、 こうしてまとめて見ると、1950年代には抽象表現主義的なテクスチャ感が現れ、1960年代にはコラージュにポップアートに通じる素材が使われるなど、時代から孤立していたわけで無かったと気づかされました。

コラージュ作品をまとめて観たのは初めてでしたが、 その初期1940年代のものなど Max Ernst の影響が感じられるとはいえ、本業だった雑誌デザインに近いものがあり、 シュルレアリズム的な悪夢感が感じられないのも特徴でしょうか。 鳥をモチーフにした箱のアッサンブラージュ作品にしても、 バレリーナと交流がありその写真をもらって作成したコラージュ作品も、私的に可愛らしく美しいものを集めて愛でているような。 また、モンタージュに基づく映像作品でも、通りで遊ぶ子供たちの映像が多用されていて、その視線にも優しいもの。 そんな毒気の無さも Cornell の個性なのだろうと感じた展覧会でした。

DIC川村記念美術館まで足を運んだのも、久しぶり。 この美術館は抽象表現主義を中心とした20世紀美術のコレクションも充実してるのですが、 緑に包まれたガラス張りのギャラリーに展示された Cy Twombly [鑑賞メモ] の部屋や、 その下の薄暗い瞑想的な Mark Rothko [鑑賞メモ] も久々に堪能しました。 正直に言えば、Cornell より Twombly や Rothko の方が好みです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

昼には無料の連絡バスで旧佐倉城趾にある国立歴史民俗博物館へ。 今年3月に先史・古代展示がリニューアルオープンしたということで、 どうなったかという興味もあって足を延ばすにしました。 しばらく前に通勤中の読書で、藤尾 真一郎 『弥生時代の歴史』 (講談社現代新書, 2015) と 山田 康弘 『縄文時代の歴史』 (講談社現代新書, 2019) という 国立歴史民俗博物館での研究がベースとなった新書を読んだということもあり、 これらに書かれていたようなことが、どのように展示に反映されたのかという興味もあったのでした。 5月3日には新書の著者2名もギャラリートークに登場したのですが、この日は既に別件を入れていたので、断念。 新書を読んでいたので逆に新鮮味はありませんでしたが、人形を使った生活再現のリアルさなど楽しめました。

しかし、国立歴史民俗博物館の展示は縄文、弥生だけではありません。 第1展示室「先史・古代」は旧石器、縄文、弥生、古墳、古代をスコープとしていて、その1コーナー程度。 さらに、第2展示室「中世」、第3展示室「近世」、第4展示室「民俗」、第5展示室「近代」、第6展示室「現代」、さらに企画展示室A, Bがあります。 到底、午後半日の2〜3時間で観て回れるボリュームではありませんでした。 なんとか「中世」までは観ましたが、「近世」「民俗」は駆け足で通り抜けて、「近代」「現代」は展示室に入る時間すらありませんでした。 DIC川村記念美術館に行くなどに足を伸ばして、少しずつ観ていきたいものです。

しかし、ゴールデンウィーク中ということで混雑していました。 往路は東京駅からDIC川村記念美術館へ直行する高速バスを利用したのですが、満席。 DIC川村記念美術館と国立歴史民俗博物館を結ぶバスは、満席どころか立つ客もラッシュ並み。 展示室はそれほど混雑した印象は受けなかったのですが、 どちらのレストランも昼食時の待ち時間が30分以上という感じでした。うーむ。

[3733] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue May 7 0:28:17 2019

ゴールデンウィーク二日目の28日日曜は、午後に横浜へ。この展覧会を観てきました。

横浜美術館
2019/04/13-2019/06/23 (木休;5/2開;5/7休), 10:00-18:00 (金土 -20:00).

横浜美術館が開館30周年記念として開催しているコレクションに基づく展覧会です。 年代順に展開を追うようには構成されておらず、 ゲストのアーティストとして束芋, 浅井 裕介, 今津 景, 菅 木志雄 を迎え、 この4人によるコレクションではない最近の作品をテーマ代わりに据えて、 コレクションをゆるく関連付けて展示していました。 この構成にピンとくるところがあったわけではないですが、 これだけまとまった形でコレクションを観るのは初めて。 以前から写真のコレクションが充実していると思っていましたが、 Salvador Dali の三対幅 “Fantastic Landscape – Dawn, Heroic Noon, Evening” (1942/43) など シュールレアリズムのコレクションが充実していたことに、この展覧会で気付きました。

ゲストの4人のアーティストの中では、やはり 菅 木志雄 [鑑賞メモ] の作品が最も好みでした。 「モノからはじめる」というテーマでギャラリーが設定されていて、 戦間期 Avant-Garde の抽象絵画と「もの派」を繋ぐような構成で、 全体に占める作品数は少なめでしたが、シンプルにすっきり空間を構成して見せる作品は良いです。

Takehito Koganezawa: Naked Theatre
KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
2019/04/14-2019/05/06 (会期中無休), 10:00-18:00.

1990年代から活動する作家ですが、グループ展などで観たことがあるかもしれませんが、作家を意識して観るのはこれが初めてです。 パフォーマンス等に利用される KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ を使い、劇場設備として既設の照明装置やスモークマシーン、客席用足場などを駆使したインスタレーションでした。

コンセプトは「むき出しとなった劇場を顕在化」とのことのようでしたが、 ミニマリスティックに光とスモークなどを即物的に体験させるというほどではなく、 半ば抽象的な舞台背景を思わせる文字が書かれ穴が開けられたパネル2組と 客席用足場2つが互いに対面するように立てられていて、天井はネオンサインが仕掛けてあり、中央のスペースは舞台のよう。 特にナラティヴな仕掛けは感じられませんでしたが、 足場に座ってスモークが吹き出、照明が点滅する様子を観ていると、 パフォーマンスが始まるところを待っているよう、 もしくは、パフォーマーは見えないけれども気配だけのパフォーマンスを観ているよう。 そんな体験が面白いインスタレーションでした。

楽屋というかドレッシングルームも会場として使われ、液晶ディスプレイを使ってビデオ作品が上映されていました。 鏡の周りの電球が全て点灯されている所などはインスタレーションとしての演出なのでしょうが、これが通常の使用状態のよう。 そこで上映されていたビデオ作品は、 スタジオや劇場のエスカレータで踊り歩き回る足元を画面半分で捉えた映像にそれを上下反転したものを残りの画面で繋げたようなものでしたが、 そこで上映されていることの妙のようなものは感じられませんでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

展覧会の後は、友人と伊勢佐木町というか長者町のロシア料理店 МИФбар へ行ってきました。 以前から、桑野塾方面の知り合いから「料理、特に黒パンが本格的」と聞いて行きたいと思いつつきっかけが無かったのですが、 全く違う文脈の友人から誘われたので、これは良い機会と。 元々、スナックかバーのような店を居抜きしたような内装の店でしたが、確かに料理は本格的。 一階はバーカウンターになっているので、一人でもふらりと生きやすそうです。 劇場や美術館のあるエリアからは少々離れてはいますが、時々は足を運びたいものです。

[3732] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Fri May 3 1:19:36 2019

ゴールデンウィーク初日の27日土曜は、日帰りで静岡へ。 ふじのくに⇄せかい演劇祭 2019 の初日に、まずはこの舞台を観ました。

静岡芸術劇場
2019/04/27, 13:00-14:00.
Conception, mise en scène et scénographie de Yoann Bourgeois
Yurié Tsugawa [津川 友利江], assistante artistique; Jérémie Cusenier, lumières; Sigolène Petey, costumes; Antoine Garry, son; Yves Bouches et Julien Ciadella, conception et réalisation de machineries; Bénédicte Jolys, conseils scénographiques Albin Chavignon, régie générale,
Avec: Mehdi Baki, Valérie Doucet, Damien Droin, Olivier Mathieu, Emilien Janneteau, Florence Peyrard et Lucas Struna
Production: La Scala Paris – Les Petites Heures
Première: La Scala Paris, 11 septembre 2018.

コンテンポラリー・サーカスとコンテンポラリー・ダンスの両方をバックグラウンドに持ち、 CCN2 - Centre Choreographique National de Grenoble の芸術監督を務める Yoann Bourgeois が、 パリに2018年に開館した劇場 La Scala Paris の杮落し公演として初演した作品です。

大きく3段となったステージに、その中央に階段が設けられていて、 中段の上手に玄関風のドア、その上段にはベッドが置いてあってベッドルーム風。 中段の下手には食卓風テーブルに椅子が2脚と少し離れて1脚、クローゼットがあって、壁には額が3枚かけられ、 隣室に繋がってそうなドアがあるという、ヨーロッパのアパートメントを思わせる舞台です。 中段の後方にはトランポリンが置かれ、さらに床や壁のあちらこちらに隠し扉が設けられていて、 テーブルや椅子は内蔵のワイヤを緩めると崩折れる構造で、これらがトリッキーな動きに活用されていました。 Arts du cirque と謳っていますが、分かり易く高難度な技の見せ場あったり、 演劇的に明確なストーリーがあったりすることはなく、少々抽象度の高くイメージを繋げていくようでした。

以前に動画で観た The Mechanics of History (Panthéon, Paris, 2017-10-14) [YouTube] で使われていた、自然に倒れ落ちてトランポリンの反動でまるで時間を逆回転したかのように戻ってくる動きが、この作品でも多用されていました。 もちろん生で観るこの動きは面白く、終盤近くの中央の階段の上方から男性4人のパフォーマーが 左右のトランポリンに落ち戻ってくる動きなどは、ダイナミックで見応えもありました。 しかし、椅子やテーブルと共に崩折れ、這いずり、床や壁に (隠し扉を使って) 吸い込まれていくような動きが多用されていて、 それが日常が溶解していくようなシュールさを生み出していました。 特に中央の階段を解け流れるように背中や尻を巧みに使って降りていく場面が、面白く感じられました。 特にそのような場面では、2人の女性パフォーマー、崩折れる様も見事な Valérie Doucet と、さりげなく軟体技を使う Florence Payrard の動きに目が止まりました。

舞台装置が暗示するような日常の生活空間が、ぼんやりとした不安や不穏の中で、 そこに同居する人々の日常がうっすらとした悪夢のようになっていくよう。 そんなシュルレアリスティックなイメージを思わせるパフォーマンスが楽しめました。

Medea and its Double
静岡県舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」
2019/04/27, 15:30-17:00.
Directed, conceived and translated by LIMB Hyongtaek. Original text by Euripides.

ギリシャ悲劇に基づく韓国のカンパニーによる作品です。 原作に忠実、というほどではなく、特に主役の Medea を二人一役にして子殺しをする Medea の二面性を描くことを狙ったという演出がされていました。 セリフが主導するストレートプレイというより、歌や踊りを多用して様式的に物語る演出は良いのですが、 肝心の二人一役については、主に演じる側が固定されていたせいか、あまり二重に感じられませんでした。 感情を強く表出させるような演技というのも、自分には少々苦手に感じられてしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この日の静岡は昼から傘が役に立たないような土砂降りの雷雨。 17時頃に終演して楕円堂から出たら晴れていましたが強烈な冷え込みでした。 今年もパスポートチケットが手に入らなかったので、 晩の野外劇場「有度」での 宮城 聰 演出 の『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』は 2015年にも観ていると、見合わせたのですが、 そうしてよかったのかもしれません (酸っぱい葡萄)。

[3731] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Apr 21 17:50:35 2019

今週末の土曜の午後は上野公園へ。この展覧会を観てきました。

Le Corbusier And The Age Of Purism
国立西洋美術館 本館
2019/02/19-2019/05/19 (月休;3/25,4/29,5/6開;5/9休) 9:30-17:30 (金土-20:00).

国立西洋美術館開館60周年記念ということで、本館を設計したフランスのモダニズムの建築家 Le Corbusier こと Charles-Édouard Jeanneret が開催されています。 それも、彼が第一次大戦終戦後1918年から1925ばにかけて推進した芸術運動 Purism に焦点を当てた展覧会です。 Le Corbusier の建築展は観たことがありますが [鑑賞メモ]、 戦間期の Purism やその絵画作品に焦点が当たったものを見たり読んだりしたことが無かったので、新鮮に観ることができました。

Charles-Édouard Jeanneret 名義で描いた Purism 絵画はもちろん、 機関誌 L'Esprit Nouveau (1920-1925) の共同発行人で Purism 運動を Le Corbusier と共に推進した 画家 Amédée Ozenfant の絵も多く展示されていました。 また、主要な協力者であった Fernand Léger や、1925年の Art Deco 博覧会の Pavillon de l'Esprit Nouveau に展示された Juan Gris など。 Léger や Gris など Cubism の画家としても知られているわけですが、 Purism の絵画をまとめて見ていると、水平、垂直方向の線が多用され色面、形態が単純化して、De Stijl などの一歩手前の抽象度です。 初期には、断片をコラージュしたかのような Cubism の作風を装飾的と批判していたとも。 Le Corbusier が cubism の画家たちとの関係を深めたきっかけが、 親交のあったスイスの銀行家にして Cubism 絵画のコレクター Dr. Raoul Albert La Roche だったというエピソードも興味深かったです。

もちろん、同時代に Le Corbusier が手がてた建築作品、 Weißenhofsiedlung (1927) や Villa Savoye à Poissy (1929-1932) などの資料も展示されていましたが、 Purism の絵画、そして Purism 画家としての Charles-Édouard Jeanneret を知ることのできた展覧会でした。

国立西洋美術館 新館2F版画素描展示室
2019/02/19-2019/05/19 (月休;3/25,4/29,5/6開;5/9休) 9:30-17:30 (金土-20:00).

1878年のパリ万博に合わせてフランス・パリに渡り、当初は通訳として、 後に美術商として日本の美術品をパリで売る一方で西洋画をコレクションし、 1905年に帰国するも直後に死亡したという 林 忠正 の展覧会でした。 書簡などの資料が中心の展示で、林の自身の美意識が伺えるような展示でもありませんでしたが、 (そもそも近現代的な美意識がどれだけあったか)、 いわゆる鹿鳴館時代 (1883-1887) 年より前にパリに渡って印象派の作家とも交流があったということで、 資料展示で納得するというより、評伝 (鹿島 茂 『パリの日本人』 (中公文庫, 2016) で取り上げられているようです) を読んでみたいと感じさせる展示でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

天気も良かったので、国立西洋美術館を観た後は、 芸大美術館陳列館の『Tokyo Independent 2019』の様子を伺ったり (多くは語らない)、 SCAI THE BATHHOUSE を覗いたり、 上野桜木あたり谷中ビールを一杯やったりと、 散策を楽しんだのでした。

[3730] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Apr 14 20:55:35 2019

今週末の土曜の午後は恵比寿へ。この展覧会を観てきました。

Shiga Lieko: Human Spring
東京都写真美術館 2階展示室
2019/03/05-2019/05/06 (月休;4/29,5/6開) 10:00-18:00 (木金-20:00).

志賀 理江子 はグループ展では何回か観たことのある作家ですが、個展で観るのは初めて。 写真展といっても、壁にプリントが並べてあるのではなく、自分で撮った写真を使って展示空間いっぱいインスタレーションしたような作品でした。 『アーティスト・ファイル2013』 (新国立美術館) では自立するパネルでしたが [鑑賞メモ]、 ここではおおよその大きさが幅2m、高さ1.5m、奥行き0.5mくらいの木枠にプリントを四面と上面に貼ったライトボックス様の箱が20個、 ギャラリー狭しと並べられていました。 半ば迷路の様になった空間を歩き回って観る展示です。 闇に少々不自然な色の証明で浮かび上がる人物像や物体は、幻想的というより少々禍々しさすら感じさせます。 そんなところは、2013年に観た印象と大きくは変わらなかったのですが、 入口から見て背面に当たる所に貼られた写真がどれも同じで、 会場に入って暫く足を進めてから振り返ってそれに気づいて、ちょっとゾッとしました。 顔から肩にかけて染料か照明で薄赤く染まったかの様な若い男性の上半身裸のバストアップ、 という写真だったということもあるかもしれません。

The Origin of Photography - Great Britain
東京都写真美術館 3階展示室
2019/03/05-2019/05/06 (月休;4/29,5/6開) 10:00-18:00 (木金-20:00).

『夜明け前 知られざる日本写真開拓史』 [鑑賞メモ] のような写真の黎明期に関する調査の成果を報告する展覧会を 東京都写真美術館は継続的に開催してきているのですが、今回はついに海外に飛び出して、英国。 19世紀半は、1840s-60sに英国で撮られた写真や、当時のイギリス人が海外に赴いて撮った写真 (日本を撮った Felice Beato を含む) を観ることができました。 写真に何が写っているかというより、時代の変遷が興味深く観れた展覧会でした。 1839年にフランスの L. Daguerre が daguerréotype の特許により写真を発明したとされていますが、 それに先行して W. Talbot が Calotype を開発していたり、1951年に F. Archer が湿板を発明するなど、イギリスの方が研究の厚みはあったようです。 湿板の発明の時期が、英国での第1回万国博覧会 (1951) やクリミア戦争 (1953) とほぼ同時時代だったということに気づかされました。 展覧会ではヴィクトリア朝文化と関係付けていましたが、「長い19世紀」の中期「資本の時代」 (1948-1875) だったんだな、と。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

地階の『戦禍の記憶 大石芳野写真展』も観ましたが、ちょうどトークもあったせいか、かなりの混雑でした。 芸術的な作品性の強い写真につい自分の興味が偏りがちですが、この手の写真の手堅い人気に気付かされました。 報道写真というのも写真の主要なジャンルだよなあ、と。

この後、竹橋に移動して東京国立近代美術館2階ギャラリー4で 『イメージコレクター・杉浦非水展』の後期を観てきました。 前期が楽しめたので後期も期待したのですが、確かに半分は展示が変わっていたように思いますが、 展覧会の構成を大きく変えるようなものではありませんでした。ま、そうですよね。うむ。

[3729] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Apr 13 11:04:39 2019

先週末の話になりますが、6日土曜は昼過ぎに清澄白河というか木場公園へ。 この展覧会を観てきました。

Weavers of Worlds –A Century of Flux in Japanese Modern / Contemporary Art–
東京都現代美術館 企画展示室
2019/03/29-2019/06/16 (月休;4/29,5/6開;5/7休), 10:00-18:00 (3/29 10:00-20:00).

2016年5月末から改修で休館していた東京都現代美術館が3月29日に再開したので、 リニューアル・オープン記念展を観てきました。 企画展は企画展示室の全フロアを使って、「編集」をキーワードに日本の近現代美術の100年を辿るというものです。 奇をてらった感の無い比較的オーソドックスな企画でしたが、展示の約1/3が戦前だったのが新鮮に感じられました。 この美術館で戦間期の美術をこれだけまとめて観たのは初めてかもしれません。

全14章構成でしたが、 最初の3階〜2階 (1章から4章前半) が1914年から紐解き始め太平洋戦争終戦まで、 続く1階 (4章後半から9章) が戦後の1970年代まで、 最後の地階が1980年代以降現在まで、という3部構成とも取れる構成でした。 第2部の1970年代までは10年単位くらいで細かく時代を追うように並べていましたが、 地階に入ると時代を分けずに作品が混在したような作品の並びになり、歴史の流れが止まったようでした。

藤牧 義夫 の1934年の隅田川絵巻 [鑑賞メモ] を久々に観ることができました。 同じ展示室には 恩地 孝四郎 [鑑賞メモ] らの戦間期モダン東京を捉えた版画作品も展示されていて、 自分の好みとも言えますが、この展覧会の中で最も楽しめた所でした。

展覧会の最後に展示されていたのは、松江 泰治 [鑑賞メモ] の最近2017年の写真作品でした。 東京都現代美術館のある木場周辺を南中時にパンフォーカスで空撮したお馴染みの写真シリーズの他に、 水路に面した長大な集合住宅などの風景を側面からパノラマで捉えた写真も展示していました。 松江 泰治 の写真を最近あまり観ておらず久々に楽しんだだけでなく、 このパノラマ写真が 藤牧 義夫 の隅田川の絵巻と符号しているように感じられたことも面白く感じました。 「編集」というキーワードにあまりマッチしなかったのか、展覧会全体として写真があまり選ばれていませんでした。 大辻 清司 のAPNの写真 [鑑賞メモ]、 杉本 博司 [鑑賞メモ]、 ホンマタカシ の「東京郊外」 [鑑賞メモ] と、 この 松江 泰治、くらいでしたでしょうか。

MOT Collection: Pleased to meet you. - New Aquisitions in recent years
東京都現代美術館 コレクション展示室
2019/03/29-2019/06/16 (月休;4/29,5/6開;5/7休), 10:00-18:00 (3/29 10:00-20:00).

東京都現代美術館は戦後美術を収集してきたわけですが、リニューアル・オープン企画展を観て ひょっとしてスコープ変えたのかと思いつつコレクション展を観たら、やっぱり戦後美術でした。 こちらは、日本現代美術史というよりここの作家に焦点を当てたような構成でした。

コレクション展の関連プロジェクトとして、サウンドアーティストとしても知られる 鈴木 昭男 による 『道草のすすめ-「点音(おとだて)」and “no zo mi”』 (2018-2019) という そこに立って耳を澄ませるための「エコーポイント」を美術館の各所に設置するインスタレーション作品があります。 このエコーポイントを巡るうちに、この美術館に来ることが、いかにルーチン化して、周囲の空間を気にかけなくなっていたかに、気付かされました。 建物の裏の空調の吹き出しなどの聞こえる音だけでなく、エコーポイントから見える景色も新鮮に感じられました。 空間を変容させずにミニマリスティックにインスタレーションされた作品を感覚を澄まして探し巡らせて周囲の環境を再発見させる作品はそれなりにありますが (例えば、内藤 礼 など [鑑賞メモ]、 これは音をキーとしているところも良く、楽しめました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

日曜は若林時代の大家さん宅で昼から晩まで花見宴。飲み過ぎです。

[3728] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Apr 7 0:22:20 2019

先週末の話になりますが、30日土曜は昼過ぎに池袋西口へ。この公演を観てきました。

スターダンス・バレエ団 [Star Dancers Ballet]
『Dance Speaks』
東京芸術劇場 プレイハウス
2019/03/30 14:00-15:40
『ウェスタン・シンフォニー』
Choreography: George Balanchine; Music: Traditional American melodies; Composer: Hershy Kay; Premier: 1954.
出演: 第1楽章: 塩谷 綾菜, 林田 翔平, 他; 第2楽章: 渡辺 恭子, 加地 暢文, 他; 第3楽章: 鈴木 就子, 関口 啓, 他; 第4楽章: 秋山 和沙, 高谷 遼, 他.
音楽: New York City Ballet Orchestra, Robert Irving (cond.), 1959 の録音を使用.
The Green Table
Choreography: Kurt Jooss; Composer: Fritz Cohen; Premier: 1932.
出演: 池田 武志 (死 [Death]), 林田 翔平 (旗手 [Standard Bearer]), 石川 聖人 (若い兵士 [Young Soldier]), 荒蒔 礼子 (若い娘 [Young Girl]), フルフォード 佳林 (女 [Woman]), 大野 大輔 (老兵士 [Old Soldier]), 佐藤 万理絵 (老母 [Old Mother]), 高谷 遼 (戦争利得者 [Profiteer]), etc; 小池 ちとせ, 山内 祐太 (pianos).

Tanztheatre 創始者と言われるドイツ出身の Kurt Jooss が戦間期、ナチスが政権を取る直前に創作した The Green Table をレパートリーに持つ国内唯一のバレエ団が、 14年ぶりにこの作品を再演するとのことで、 お勉強として観ておこうという程度の気分でこの公演を観に行ったのですが、 意外と2作とも楽しめました。

第1部は Balanchine の Western Symphony は、 “Red River Valley” など Contry & Western でよく知られる伝承曲を オーケストラ組曲化した音楽を使った作品です。 19世紀のウェスタン・サルーン (いわゆる西部劇に出てくるような酒場) が舞台で、 カンカン嬢 (サルーンの踊り娘) とカウボーイの衣装ですが、物語バレエというより、 ウェスタンの旋律に着想した4楽章構成の交響曲を踊りで表現した抽象バレエでした。 もちろん、バレエ的な動きだけでなく、カンカン嬢やカウボーイらしい動きに着想したり、 馬車を意識したような群舞のフォーメーションを取ったり。 自分にとってはウェスタンとバレエの組み合わせは意外だったので、その妙が楽しめました。 少し前に マーク・フォーサイズ, 篠儀 直子 (訳) 『酔っぱらいの歴史』 (青土社, 2019) で ウェスタン・サルーンについて読んでいた、というのもタイミングが良かったのかもしれません。

休憩を挟んで後半は、Kurt Jooss の The Green Table。 Rudolf von Laban の下で学んだ表現主義 (Expressionism) の文脈で語られることの多いダンサー/振付家で、 死 (Death) を死神のキャラクターにして舞台に載せるなどそれらしく思いますが、 兵士の動きなどはむしろ体操的な動きが目に止まったように感じました。 物語バレエというほど全体としてストーリーがあるわけではなく、 和平交渉の茶番と悲惨な戦場をテーマとした1場面5分余りの風刺的なスケッチを束ねた作品でした。 タイトルともなっている和平交渉の「緑のテーブル」の場面をオープニングとエンディングに、 間で “The Fairwells”「壮行」、“The Battle”「戦闘」、“The Partisan”「パルチザン」、“The Refusees”「難民」、“The Brothel”「娼窟」、“The Aftermath”「戦後」 の6つの場面が描かれます。 兵士の装備や女性の服装が第一次世界大戦を思わせるもので、 短いスケッチを集めた形式と風刺的にデフォルメされた動作もあって、 Otto Dix の Krieg (1924) や Käthe Kollwitz の Brot (1928) とかの ワイマール時代の風刺画 [鑑賞メモ] をダンスで見るかのよう。 ピアノ2台による生演奏の伴奏も、タンゴやジャズなどの戦間期当時の流行も感じられ、サイレント映画のピアノ伴奏を聴いているよう。 そんな戦間期の雰囲気がよく再現されているように感じられて、自分の好みということもあって、とても楽しめました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

気付いたのも遅く、観に行こうか躊躇していて完売直前にチケットを抑えたので、席があまり良くなかったのは仕方ありません。 国内のバレエ団の公演も、思いがけない現代バレエが上演されたりするので、もう少しフットワークを良くしたいものです。

晩は、若林時代の大家さん宅で花見、の予定が、雨で結局、母屋の中で宴会でした。 桜は楽しめなくても、宴会自体が楽しいので、良いのですが。

日曜は午後に原美術館へ。3日間だけの展覧会という Dries Van Noten: Interpretations, Tokyo と Sophie Calle: Exquisite Pain (Part 2) を観てきました。 が、混雑し過ぎて、まともに鑑賞できる状態では無かったので、流し見ただけで早々に退散してしまいました。うーむ。

[3727] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Apr 1 22:20:56 2019

23日土曜は冬のような寒さの中、彼岸の墓参。その後、午後遅めにこの展覧会を観てきました。

Sugiura Hisui: Image Collector
東京国立近代美術館 ギャラリー4
2019/02/09-2019/05/26 (月休;2/11,3/25,4/1,4/29,5/6開;2/12,4/9,5/7休), 10:00-17:00 (金土10:00-20:00).
前期: 2019/02/09-2019/04/07; 後期: 2019/04/10-2019/05/26.

戦前1910年代から三越のポスターや広報誌のデザインや、東京地下鉄道のポスターなどを手がけていたことで知られる グラフィックデザイナー 杉浦 非水 に関するコレクションに基づく展示です。 三越のポスターなど、戦前、戦間期の日本のモダン文化に関する展覧会 [関連する鑑賞メモ] で目にする機会がありましたが、 これだけまとめて観るのは初めて。 初期の Art Nouveau 風の作風からモダンな Art Deco な作風へ、流行の移り変わりも感じられます。 ピンクの洋装の女の子を連れたシックな黒の和装の女性を大きくあしらった 『東京三越呉服店 本店西館修築落成 新宿分店新築落成』 (1925) のポスターなど、可愛らしくてとても魅力的です。 その一方で、『科学』 (1924-25) や『科学知識』 (1931-35) のような雑誌も手がけていて、 科学技術イラストレーションのような仕事もあったことに気づかされました。

1997年に 杉浦 非水 の遺族から作品や資料を一括寄贈されていたとのことで、 デザイナーとしての仕事ではない写生帖や、スクラップブックなどの資料も展示されていました。 動植物の写生は図案化していない写実的なもので、さすがの観察眼。 今回初公開というプライベート撮影の16mmフィルムもあり、デジタル化されたものが液晶ディスプレイで上映されていました。 当時のモダンな雰囲気を垣間見るというより、Instagram の stories のように私的なノリの動画を当時も撮っていたのだなと、感慨深いものがありました。 特に目を引いたのは、猫を撮影したもので、上映されていた中でも最長の約7分もありました。 現在のデジタルのカメラではない取り回しの難しいフィルムのカメラにも関わらず、かなり上手く撮っていて、猫好きだったのか、と。 1920s白黒無声猫動画として、伴奏付きでの上映を観てみたいようにも思いました。

この展覧会は前期後期に分かれていて、作品保護の為に、会期中に大幅な展示替を行うとのことです。 今回、前期を観たので、後期にも足を運びたいものです。

Laugh Off This Hopeless World: Fukuzawa Ichiro
東京国立近代美術館 企画展ギャラリー
2019/03/12-2019/05/26 (月休;3/25,4/1,4/29,5/6開;5/7休), 10:00-17:00 (金土10:00-20:00).

メインの企画展は戦間期に前衛美術運動を率い、戦後にかけて活動した 福沢 一郎 の回顧展です。 シュルレアリズムの日本への紹介者の一人で、作風もその影響が大きいものです。 自分がシュルレアリズムが苦手ということもあるかと思いますが、いまいち楽しめませんでした。 1941年には共産主義者の嫌疑で拘禁されるという経験もしているわけですが、 不条理の現実世界をその内部からいわゆるマジックリアリズムのように描くというのとは異なります。 例えば、戦後の混乱を風刺したという『敗戦群像』 (1948) にしても、 石油ショックによるトイレット・ペーパー騒動を風刺した『トイレット・ペーパー騒動』 (1974) にしても、当事者視線でその不条理を描くというより、むしろ少々上から目線で愚かな事をしていると描いているよう。 そこに、むしろ少々抵抗感を覚えました。 作家本人の資質がどうだったかは分かりませんが、 Dante: La Divina Commedia に着想した地獄図をベースとしたことによる形式的な問題もあるように思いました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3726] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Mar 31 20:38:37 2019

一週間余り前の話になりますが、22日金曜の晩は三軒茶屋へ。この公演を観てきました。

世田谷パブリックシアター
2019/03/22 19:30-21:00
演出・振付: 平山 素子.
出演: 平山 素子, 河内 大和, 竹内 梓, 宮河 愛一郎, 中川 賢, 四戸 由香.
初演: 2015年1月 穂の国とよはし芸術劇場プロデュース公演 『POISON 〜シェイクスピアを喰らう〜』

1990年代にH・アール・カオスで活動し、2000年代以降、振付家としても活動、 スポーツ・コレオグラフィなども手がける 平山 素子 の2015年作品の再制作です。 日本のコンテンポラリーダンスはつい優先度をさげて見逃しがちなので、ふと思い立って観てきました。 「平山素子、シェイクスピアを踊る。」というフライヤでも謳っていますが、物語るような作品ではなく、 Shakespeare の様々な戯曲の断片に着想したスケッチを繋いでいくような作品でした。 といっても、自分もさほど Shakespeare に親しんでいるわけでなく、わかりやすく登場人物を演じることもなかったので、ネタがわかるという程でもなく、 これは Hamlet かな、これは King Lear かなと思いつつ観ていました。

暗めの舞台で、舞台装置は巨大な方形の白い紙を四隅にワイヤーを付けて天井から吊るしたもののみ。 上下させるだけでなく少々弛ませたり舞台の背景になるように立てたりと動かしながら、 ライティングで色合いも変化させて、場面を作っていくのは面白かった。 動きは体操的というかかなりマーシャルと感じさせるものがありました。 コンテンポラリーダンスではマーシャルな身体語彙はよく使われますが、鋭さ力強さだけでなくユーモラスに感じさせる所も織り込んでいました。

そんな所は良かったのですが、それだけに、音楽使いが引っかかってしまいました。 生演奏ではなく録音が使われていたのですが、Sephardi 風や Arab 風の歌が入ったり、 electronica だったり、Orchestra で盛り上げるような曲になったり。 場面に合わせて曲を選び過ぎて、かえって説明的に感じられてしまいました。 舞台装置をミニマルに抑えていただけに、音楽が過剰に感じられてしまいました。 特にこの作品に限らない話ですが、音楽に録音を用いると、ミュージシャンや楽器の制約が無くなって、えてして何でもありになってしまう。 そんなことが頭を過ぎった作品でした。

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[3725] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Mar 25 22:08:40 2019

春分の日の午後は白金台へ。この展覧会を観てきました。

Toshiko Okanoue - Photo Collage - The Miracle of Silence
東京都庭園美術館 本館・新館
2019/01/26-04/07 (第2,4水休), 10:00-18:00 (3/29,30,4/5,6 10:00-20:00).

戦後1950年代にフォトコラージュ作家として活動した 岡上 淑子 の回顧展です。 Max Ernst の銅版画コラージュを写真に置き換えたかのような作風のコラージュ作品は美術館常設展示などで観たことがありましたが、まとめて観るのは初めてでした。 文化学院デザイン科在学中の1950年に課題をきっかけにフォトコラージュを制作するようになり、 その後、瀧口 修造 に見出されて、彼から Max Ernst を教わり影響を受けるようになったとのこと。 Max Ernst を知る以前、初期の作品は背景に写真を使っておらず、むしろコンポジション的なセンスで見せる作品でした。 1955年頃から写真を撮るようになり、1957年の結婚を機にフォトコラージュの制作を止てしまいます。 それどころか、発表を目的とはしないスケッチを描いたり、新聞連載等に挿絵を依頼されることはあったものの、 作家活動をほどんど止めてしまいます。

豪奢な Art Deco の展示空間に、彼女が制作したのと同じ1950年代のドレスも参考展示されていたこともあり、 作品からはシュルレアリスト的な禍々しさよりもお洒落さが先立つように感じられたのですが、 Time や Life のような報道写真雑誌から背景などが採られることも多いですが、 特に女性の人物像は Vogue や Harper's Bazaar などのファッション雑誌から採られていたということもあるでしょう。 日本人の人物像や風景がほとんど使われないという点も含め、終戦直後の欧米の憧れという視点もあったのかもしれません。

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[3724] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Mar 24 18:38:11 2019

先週末の話ですが、日曜は夕方に横浜山下町へ。この公演を観てきました。

KAAT神奈川芸術劇場 アトリウム
2019/03/1y, 16:30-17:10.
演出: 小野寺 修二 (カンパニーデラシネラ)
出演: Nguyen Hoang Tung, 崎山 莉奈, 大庭 裕介, 藤田 桃子

2017年の 『WITHOUT SIGNAL! 〔信号がない!〕』 に続く KAAT制作による 小野寺 修二 とベトナムのダンサーとのコラボレーション第二弾です。 第一弾が楽しめたので [鑑賞メモ]、 この第二弾にも足を運んでみました。

といっても、第一弾にあったようなベトナムの印象スケッチのような要素は無くなり、 「待つ」という行為、仕草から着想しそこから緩く連想を広げたような9のスケッチ (「プロローグ」、「待つ男女」、「バイクに乗る男」、「彼の紹介」、「コマ送り」、「若い男女」、「ある提起」、「局面4」、「エピローグ」とそれぞれ題されていました) からなる作品でした。 会場のアトリウムは劇場のある建物の1階ロビーにあたる吹き抜け空間です。 スタジオやホールではない公共空間を使うということで、そんな空間の特徴を使うことを期待したのですが、 街中で待ち合わせするような状況は用いず、ドアとテーブル、椅子という小道具を用いて、むしろ小部屋の中という密室劇的な状況設定にしていました。

大庭 と 藤田 が 崎山 の両親という薄っすらとした設定はあるものの匿名的な男女2組によるマイム劇ということで、 公共空間で上演する必然性が感じられず、前半は少々物足りなく感じました。 しかし、ジャグリング用の黄色のグローボールを受け渡しするような場面から、 密室空間を4人の動きで揺らがせていくようになり、最後には密室の内外を反転させて終演。 このような展開はさすがです。 しかし、こういう作品であれば、小スタジオのような空間を使って作り込んだ照明や音響の演出込みで楽しみたかったものです。

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KAATであれば電車一本、片道30分程度で行かれるので、夕方の買物ついでくらいの軽い気分で観に行かれます。 このくらいのフットワークの良さで観に行きたいものです。

[3723] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Mar 23 23:45:23 2019

先の週末の土曜の話の続き。プラザノースの後は、バスで大宮に出て、さらに北浦和へ移動。 会期末が迫ったこの展覧会を観てきました。

Impossible Architecture - Another History Of Architecture
埼玉県立近代美術館
2019/02/02-2019/03/24 (月休;2/11開); 前期: 2/2-2/24; 後期: 2/26-3/24; 10:00-17:30.

20世紀以降の未来構想的な建築、社会的技術的制約で提案に留まった建築、もしくは、未完に終わったい建築を集めた展覧会です。 19世紀にも実現できなかった建築プランはあったと思いますが、 実現可能性を必ずしも求めない建築が顕著になるのは、戦間期の Modernism、特に Avant-Garde から。

ということで、展覧会は、Russian Avant-Garde の作家として知られる Владимир Татлин [Vladimir Tatlin] の Памятник III Интернационалу [Monument to the Third Internationa] 『第三インターナショナル記念塔』から始まります。 実作を意識しない工場を含むモダニズム建築のイメージを絵本化したような Яков Чернихов: «Архитектурные фантазии. 101 композиция в красках» [Yakov Chernikhov: Architectural fantasies: 101 compositions in colours] (1933) は、もし復刻版が出たら買ってしまいそうです。 また、川喜田 煉七郎によるハリコフ・ウクライナ劇場 (Ukiranian Theatre) 国際設計競技応募案にも目が止まりました。 Константин Мельников [Konstantin Melnikov] の Дом культуры имени И.В.Русакова [Rusakov Workers' Club] (1927-28) を巨大化したような劇場で、 同時代に日本にも情報は入ってきてたのだな、と。 こういう劇場を日本で作ってくれれば面白かったのに、と思ったりしました。

戦間期の日本でのプランというと、1933-36年に日本に滞在した、ドイツのモダニズム建築家 Bruno Taut の 生駒山嶺小都市計画 (1933)。 大阪電気軌道 (現 近鉄) による依頼で作成した計画とのことですが、 ベルリンのモダニズム集合住宅で知られる Taut ですので、 こういう計画が日本で多く実現していたら、日本の集合住宅のあり方も今と違っていたかもしれないな、と。

Russain Avant-Garde や Bruno Taut など、戦間期のものが興味深く観れたのは、自分の好み、興味関心もあるとは思います。 しかし、戦後日本のメタボリズムなどミッドセンチュリーのモダニズムあたりまでは、実現しなかったもう一つの近代の可能性を感じさせてくれたように思うのですが、 1970sあたりから、批判といってもカウンターでしかなく、むしろ何でもありのポストモダンな中でグダグダ迷走、発散しまっていているようにも感じました。

少々気になったのは、『第三インターナショナル記念塔』を大きく取り上げる一方で、 1930sから40sにかけて建設が進められたものの完成しなかった Дворец советов 『ソビエト宮殿』に全く触れられていなかったこと。 単に取り上げる余裕が無かったということもあるかもしれませんが、 「逆説的にも建築における極限の可能性や豊穣な潜在力が浮かび上がってくる」という展覧会の狙いからして、 スターリン絡みというネガティヴな面もあってあえて避けたのでしょうか。 カタログ中の論文とかでは触れられているかもしれませんが、 展示中で『ソビエト宮殿』やナチスの Welthauptstadt Germania 『世界首都ゲルマニア』のようなものにもあえて触るというのも 企画として厚みを持たせるという点でありかもしれないと思いました。

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展覧会をハシゴして一息つきたくなったものの、美術館併設のカフェレストランが貸切準備中。 カフェを探しに美術館の北側の商店街の方へ道を渡ったら、diskunion に遭遇。 埼玉県立近代美術館は長年年1回くらいの頻度では来ていたのに、存在に全く気づいていませんでした。 思わず店内に吸い込まれて散財してしまいました。いけません。 今まで駅から美術館へ直行直帰してましたが、たまには周辺を探索してみるのも良いものです。 しかし、本来の目的にカフェについては、良さげな店は満席で、なんとか入った喫茶店は喫煙で残念。うーむ。

[3722] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Fri Mar 22 0:05:12 2019

先の週末土曜の午後は、武蔵小杉から湘南新宿ラインで土呂まで。 この展覧会を観てきました。

『Wall to Wall』
プラザノース ノースギャラリー4-7
2019/02/19-08/02 (07/28休) 10:00-20:00

不条理ながら無骨な存在感のある機械をその作風とする造形美術作家 タムラサトルの個展。 まめに画廊巡りしなくなってしまい、彼の作品を観るのも久々でした。 摺動接点で電気火花を散らす「接点」シリーズ [鑑賞メモ] のような作風のありますが、 今回展示されていた作品は、「スピンクロコダイル」 (1997) [鑑賞メモ] や 「風に吹かれる布」 (1999) [鑑賞メモ] を思い出させるものでした。

『Wall to Wall』では、黒い鉄枠の土台に銀色の金属 (おそらくアルミ) パイプの腕からなる機械が ギャラリーの空間いっぱい使って回っていました。 腕は壁 (もしくは床天井) に当たらんばかりのギリギリの所を過ぎていきます。 「スピンクロコダイル」や「風に吹かれる布」でも、ワニや旗がギャラリー狭しと回る感が楽しめたわけですが、 巨大なワニのような具象的な形態はおろか、白い四角い布すら無くなり、 長い金属製の腕だけで空間いっぱいギリギリで回っている感だけを純粋に抽出していました。 まさに、壁 (もしくは床天井) ギリギリ回るためだけの機械。 そうすることでギリギリ感をミニマリスティックに表現しているところが、大変に良かった。

金属パイプの腕こそ壁 (もしくは床天井) に当たっていないのですが、 細い腕の先には細いピアノ線が付けて当て、それが壁を引っ掻いていました。 そのカリカリと引っ掻く微かな音も、不穏さを醸し出していました。 もし、接する壁 (もしくは床天井) の板をアースしてピアノ線に電圧をかければ、 摺動接点となってバチバチと火花が散らすこともできたかもしれませんが、 展示するには危険すぎるかもしれません。

ギャラリーの外に面した壁にもショーウィンドウ風の小さな展示スペースがあ流のですが、 そこにもミニチュアの機会が展示されていました。 小さくてもちゃんと壁や天井を擦るように作られていました。 それも可愛らしくて面白いのですが、やはり迫力ある大きな機械の方が不条理さが際立つでしょうか。

プラザノースはさいたま市北区の中核となる公共複合文化施設で、ノースギャラリーはその中にあるギャラリーです。 10年前にオープンして、その第一回の展覧会が『Domain of Art 1 タムラサトル展』でした [鑑賞メモ]。 今回の『Wall to Wall』は開館10周年記念展で Domain of Art 22 とのこと。 もう10年も経ってしまったのか、と。

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10年前はニューシャトルの加茂宮駅から行ったのですが、今回は東北線の土呂駅から15分程歩きました。 土呂駅からプラザノースまでの間には集合住宅やショッピングモールもあって、歩道もちゃんと整備されていました。こちらが表側なのでしょうか。 前回来た時は乗換も多く遠く感じられたのですが、今回は湘南新宿ラインで一本だったので、意外とアクセス良く感じられました。

[3721] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Mar 3 22:16:58 2019

この週末土曜は、春めいた陽気。 散策日和ということで、飯田橋 (アンスティチュ・フランセ東京)、 初台 (ICCインターコミュニケーションセンター)、 六本木 (結局、展覧会は観ませんでしたが) と展覧会巡りしました。

In a Gamescape: Landscape, Reality, Storytelling and Identity in Video Games
NTTインターコミュニケーションセンター
2018/12/15-2019/3/10 (月休;月祝開,翌火休;2/11休,2/12開), 11:00-18:00.
出品作家: COLL.EO, Joseph DeLappe, Harun Farocki, Giant Sparrow, Ip Yuk-Yiu, JODI, Abdullah Karam & Causa Creations, Playables (Michael Frei & Mario von Rickenbach), Playdead, Lucas Pope, 谷口 暁彦, Jonathan Vinel, 和田 淳, Brent Watanabe, 山内 祥太.
共同キュレーション: 土居 伸彰, 谷口 暁彦.

PCや家庭用ゲーム機 (video game console) で遊ぶヴィデオ・ゲームを、 インディ・ゲームとヴィデオ・ゲーム・アートという2つの動向から捉えた展覧会です。 日本国内に絞ることなく、広く世界の動向を紹介するような内容でした。

インディ・ゲームは個人もしくは小規模チームで製作されたゲームのことで (インディとは独立系という意味)、 小規模ならではの作家性の強い、狭い意味でのエンターティンメントに留まらない作品が取り上げられていました。 中でも、戦争や難民などの社会問題を扱うゲームと、アニメーションの分野で「アート・アニメーション」に相当するゲームが目に付きました。 一方のヴィデオ・ゲーム・アートとは「ヴィデオ・ゲームというメディアを批評的な視座から俯瞰するメタメディアとしてのアート表現」とのことですが、 ゲームを想定された遊び方とは違う使い方をすることで批評的な視点を表出している作品が目にとまりました。

殺伐とした社会を舞台とした FPS (First Person Shooting) / TPS (Third Person Shooting) ゲームは 戦争や犯罪などの社会問題との親和性が高いのか、この展覧会の中では特に目立っていました。 米陸軍の作成したオンラインFPSゲーム America's Army 上で チャットのメッセージでイラクでの米軍の死者に関する情報を重ねていくパフォーマンス作品 Joseph DeLappe: dead-in-iraq (2006-2011) など、現実のレイヤにゲームのレイヤを重ねるARゲームとは逆の、ゲームのレイヤに現実のレイヤを重ねるような興味深さはありました。 しかし、そもそもほとんどゲームをしたことがないためベースとなるリテラシー不足は否めず、その表現の面白さは掴みかねました。

むしろ、PlayablesPlug & Play (2015) や Kids (2017-2019)、 和田 淳 『マイエクセサイズ』 (2017-2019) などのアート・アニメーション作家がらみのゲームは、インタラクティヴなアート・アニメーションのよう。 得点などの目標の設定が緩い、もしくは、そもそも無いところも、シュールさというか不条理さを倍加させていて、良かったです。 自分に比較的馴染みのある表現のせいか、自然に楽しむことができました。

意外だったのは、VR (Virtual Reality, 仮想現実) ゴーグルの廉価化で普及し始めているVRゲームについては 山内 祥太 の作品のみで (体験はできませんでしたが)、 スマートフォンの普及と Ingress や Pokémon GO のようなゲームの登場で一躍メジャーとなったAR (Augmented Reality, 拡張現実) ゲームが見当たらなかったこと。 このような企画に大きくフィーチャーされるほどにはジャンルとして成熟していない、ということでしょうか。

常設展示相当の 『オープン・スペース2018 イン・トランジション』 は流し観た程度。 新進アーティスト紹介コーナー ermergencies!平瀬 ミキ 『半透明な物体』 はそこはかとなく既視感もあって強い独自性を感じたわけではないですが、 シンプルなアイデアと造形の面白さをミニマリスティックに映像化した作品が気に入りました。

『イン・ア・ゲームスケープ』展の前に、 アンスティチュ・フランセ東京の主催するアートとデジタルカルチャーのフェスティバル Digital Choc のアンスティチュ・フランセ東京の展覧会に寄ったのですが、 こちらもヴィデオ・ゲームの展示、それもVR/ARゲームの展示でした。 Julia Spears et Ferdinand Dervieux の作品はVRゲームで、 イサム・ノグチの彫刻に着想した2人で遊ぶ Playgrounds と 1人で体験する物語風ゲーム Recall。 Julie Stephen Chheng はタヌキ探しのARゲーム Uramado, le réveil des TanukisRecallUramado, le réveil des Tanukis を体験しましたが、 どちらも、得点などの目標の設定が無い、もしくは、重要でないゲームで、 ゲームとしての面白さというより、類型的な2D/3D CGではなく作家性の高い「絵」を楽しむ インタラクティヴな「アート・アニメーション」としてのインディ・ゲームと言えるもの。 意図したわけではないのですが、In a Gamescape を補うような展覧会を観たことになりました。

同会場で開催していた Digital Choc 関連イベント Contemporary Computer Music Concert 2019 は、第一部のみ。 そのあと NTTインターコミュニケーションセンターへ移動してしまったので、雰囲気に触れる程度でした。 NTTインターコミュニケーションセンターの後、 Digital Choc の東京スカイビュー会場の展覧会を観ようと六本木ヒルズまで行ったのですが、 スカイビューまで40分待ちという表示を見て断念しました。 週末晩の六本木ヒルズの混雑を甘く見ていました……。

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日曜は、うって変わって、雨で真冬のような寒さ。年度末繁忙期の疲れた身体には寒暖の差が堪えます。

[3720] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Feb 25 0:21:33 2019

まだまだ年度末の繁忙期のトンネルは抜けられず、土曜は職場に出ていたのですが、 少しは気分転換も必要ということで、日曜はオフにして、この舞台を観てきました。

オーチャードホール (渋谷)
2019/02/24, 12:30-15:00.
Chief choreographer, artistic director: Yang Liping; Production, visual director, costume and set design: Tim Yip; Stage installation: Beili Liu.
Creation: 2016.

中国雲南省大理出身で白 (ペー) 族というバックグラウンドを持ち Peacock Dance 『孔雀の精霊』で知られる ダンサー/振付家/演出家の 楊麗萍 (Yang Liping)。 日本にも度々来日していたものの、観たことはなかったのですが、 2016年の Sadler's Wells での公演が 少々気になっていたので、思い立って観てみました。

中国古代、秦王朝滅亡後の項羽と劉邦の戦いを舞台化したもの。 チャイニーズ・オペラやカンフーの身体語彙を使ったコンテンポラリーダンスというより、 カンフーの身体語彙やコンテンポラリーダンスの演出テクニックを使ってアップデートしたチャイニーズ・オペラ、と言った方が良い作品でした。 かなり物語性が強い作品なのですが、音楽の使い方や動きが、自分にとっては説明的に過ぎて、 2時間半は逆に少々退屈に感じられてしまいました。 大量に吊るされてた銀色に光る金属製の鋏を上下に動かしたり、 最後の場面で床一面に赤い羽根を敷き詰めて巻き上げながら踊ったりと、 視覚的に非常に豪華で、写真映えしそうな舞台美術は圧巻でしたし、 カンフー的なイデオムを多用した力強い動きなどダンサーの身体能力の高さも感じられましたが、 それも心に響きませんでした。

楊麗萍 はカーテンコールに登場しただけでなく、開演直前にも挨拶というほどではないものの客席内を通って行きましたが、出演は無し。 このような作風のカンパニーということであれば、楊麗萍が出演するより伝統色濃い作品の方が楽しめたかもしれません。

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この日曜は、『紫苑物語』『恵比寿映像祭』と迷って、 結局 Yang Liping にしたのですが、果たしてこの選択は正しかったのか、と。うーむ。

公演後、どこかでゆったり一休みしようとしてカフェ難民に。 以前は行きつけのジャズ喫茶があったので、渋谷で他の店をほとんど探しておらず、これといったあてもなく。 人混みの中を歩き回ることになってしまい、逆に疲れてしまいました。 こんなことであれば、さっさと帰って、家でゆっくりすればよかった。

[3719] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Feb 16 23:16:42 2019

年度末という事で、先週末は職場に出ていたのですが、日曜は忘れ物をして仕事にならず。 諦めて、午後遅くなったものの、この展覧会を観てきました。

国立新美術館 企画展示室2E
2019/01/23-2019/03/03 (火休). 10:00-18:00 (金土10:00-20:00).

アニュアルで開催されている文化庁芸術家在外研修の成果報告展。 定点観測という事で、今年も観てきました [去年の鑑賞メモ]。

最も印象に残ったのは 白木 麻子 の整然としたインスタレーション。 21世紀のインスタレーションはワーク・イン・プログレスのような未完を演出するような 雑然とした雰囲気を強調するインスタレーションが目立つわけですが、 それとは対照的で、むしろ20世紀半ばの謎解きがかったコンセプチャルなインスタレーションを思わせます。 作品が読み解けたという程ではありませんでしたが、そんな雰囲気が面白く感じられました。

他には、モロッコのラバトで撮影した赤いポピーの写真を次第に枯れるかのように床に配置した 松原 慈、 和田 的 のシンプルな造形の白磁や青白磁、 計算づくしでカオスを設計しているかのような 村山 悟郎 の「自己組織化する絵画」が印象に残りました。

Leiko Ikemura: Our Planet - Earth & Stars
国立新美術館 企画展示室1E
2019/01/18-2019/04/01 (火休). 10:00-18:00 (金土10:00-20:00).

日本出身ながらスイスを拠点を拠点に活動する美術作家 イケムラケイコ の1970年代後半からの活動を回顧する展覧会です。 暗いトーンでぼんやりボヤけた少女像を描いた油彩や、埴輪や土偶すら連想させられる造形のテラコッタの立体作品などで知っていた作家ですが、 思ったより多様な作風を持った作家だったと気づかされました。 しかし、大画面の山水画のような作風の作品よりも、ボヤけた少女の油彩から近年のアマゾン像へという対称的とすら感じる展開に興味を引かれました。

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[3718] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Feb 10 22:37:35 2019

先週末の話。 日曜は休養に充てるつもりだったのですが、土曜の朝にこのライブに気付いてしまったので、予定を変更して、晩に観てきました。

近江楽堂 (東京オペラシティ3F)
2019/02/03, 17:30-19:00.
Olov Johansson (nyckelharpa), Roger Tallroth (12-string guitar), Mikael Marin (5-string viola).

1989年に結成されたスウェーデンの folk/roots グループ Väsen が、 結成30周年を記念して来日、その軌跡を辿る5回連続コンサートを開催しました。 2000年前後に NorthSide レーベルの活動を追っていたので Väsen もその頃から知っていましたが、 これまでもの度々の来日も公演が終わってからそれを知ることが多く、見逃していました。 今回も第1回コンサートの後に知ったのですが、5回連続だったおかげで、4回目のコンサートに足を運ぶことができました。 4回目のコンサートは “Väsen street 2009-2013 From Väsen Street & Mindset” と題されていて、 2010年前後のアルバムからの曲を演奏するという内容でした。 (MCからは必ずしもその時期の曲でないものも演奏していたように聞こえましたが。)

主にクラッシックの室内楽やソロ演奏に用いられているステージも固定席も無いこじんまりとした会場で、観客用に並べた椅子も100席ほど。 上手から viola (Tallroth), nyckelharpa (Johansson), guitar (Marin) という並びで、 PAは用いず、アコースティックな楽器の響きを生かしていました。 ライブなのでもう少し即興的な要素があるかと予想したのですが、そうでもなく、 viola と nyckelharpa がユニゾンで、もしくは、代わる代わるに、時に装飾フレーズを加えて、歌うようにメロディを弾き、 guitar はコードをかき鳴らしてリズムを刻んでいきます。 viola と nyckelharpa もピチカートする曲もありましたが、間合いを取って音の余白を使ったり、 各楽器がこの基本的な役割から大きく逸脱する (例えば viola や nyckelharpa の通奏低音の上でで guitar がソロを取る) ことはほとんどありませんでした。 ノリの良い polska の曲を中心に、しかし、演奏中に掛け声などの声を上げることもなく、足をふみ鳴らす程度で、荒っぽさのない丁寧な演奏でした。

スウェーデンの民族楽器 nyckelharpa をCDで聴くことはそれなりにありますが、演奏を生で聴くのは久しぶり。 最近は遠ざかってたタイプの音楽ですし、アンコール2回を含めても1時間余りというコンパクトさもあって、最後まで集中を切らすことなく新鮮に楽しむことができました。

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2000年前後は、それまでの folk の録音に比べ、 NorthSide の紹介する北欧 folk/roots に world music 以降ならではのくっきりシャープな音作りを感じたものです。 しかし、その後、ノルウェーの Hubro や NOR-CD といったレーベルで聴かれるような improv や electronica を通過した音作りの方がより好みとなったこともあり、 それ以前のものからすっかり遠ざかってしまっていました。 しかし、たまにこういう音楽を聴くのも良いものです。

[3717] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Feb 4 22:05:02 2019

土曜午後、横浜赤レンガ倉庫でダンス公演を観た後は、大桟橋というか開港広場の方へ移動。 新たにオープンしたアートスペースをチェックしてきました。

『映像と身体』
BankART SILK
2019/02/01-2019/02/24 (会期中無休), 11:00-19:00.

2018年3月31日をもって閉鎖となった BankART Studio NYK の運営母体 BankART 1929 が、 2月1日に開港広場前のシルクセンターに新スペース BankART SILK をオープンさせたので、 横浜赤レンガ倉庫へ行ったついでに、早速、行ってきました。

オープニングの展覧会は、 Nibroll の舞台美術を手がける 高橋 啓祐 の個展です。 展示されていたのは、«The Foctional Island» (2016) と «a world» (2010) の2つのビデオインスタレーション。 BankART studio NYK でのグループ展で観たことのあった作品 [鑑賞メモ] で、 作品そのものというより、空間の違いを意識させられてしまいます。 BankART Studio NYK の日本郵船所有の古い倉庫という重厚で広い空間は望むべくもありませんが、 BankART SILK はシルクセンター1階の開港広場に面したガラス張りのオフィス2部屋程度のスペース。 そんな空間の特徴を生かして制作された作品ではなく、 むしろ閉鎖的な空間を半ば前提としたビデオインスタレーションなため、 外光を遮断するためベニヤ板やスクリーンで目張りしてたのですが、安普請感は否めませんでした。 BankART SILK は BankART Studio NYK と空間の特徴が大きく異なるので、インスタレーション作品は苦戦しそうです。

空間としては BandART Studio NYK の方が好みですが、 BankART SILK の方が、KAAT や県民ホール、象の鼻テラスなどに近く、他のイベントついでに寄り易い、という利点はあるでしょうか。

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[3716] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Feb 3 22:07:30 2019

この土曜は午後に横浜新港地区へ。 木曜から始まった Yokohama Dance Collection 2019 から、この公演を観てきました。

Futuristic Space
エラ・ホチルド 『Futuristic Space』
横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
2019/02/02 15:00-16:30
Choreography, Direction: Ella Rothschild.
Art: Ohmaki Shinji [大巻 伸嗣]; Music: Gershon Waiserfirer
Performance: Omiya Daisuke [大宮 大奨], Sasamoto Ryoji [笹本 龍史], Suzuki Ryu [鈴木 竜], Yuasa Ema [湯浅 永麻], Michal Sayfan.
World Premiere.

Inbal Pinto & Avishalom Pollak Dance Company [鑑賞メモ] や Batsheva Dance Company [鑑賞メモ] で ダンサーとして活動し、現在はカンパニーから独立した振付家・ダンサーとして イスラエルのテルアビブ (Tel-Aviv, IL) を拠点に活動する Ella Rothschild の新作が、 Yokohama Dance Collection 2019 のオープニング・プログラムとして上演されました。 作風に予備知識はほとんど無かったけれども、彼女のバックグラウンドと、 シャボン玉自動発生装置を使ったインスタレーション [鑑賞メモ] で知られる 大巻 伸嗣 が舞台美術ということに引かれて、観てきました。

全員黒もしくは暗色の衣裳で、舞台美術は宙をたなびく半透明の煌めく布のみ、というミニマリスティックなビジュアル。 床に5箇所メッシュの送風口が設けてあり、そこからの送風を強弱して布の位置形状を変えつつ、天井からのライティングで煌めかせていました。 抽象ダンスというほどではありませんでしたが、はっきり分かるような物語は無く、倒れる動きや倒れた状態が多く、 近未来のアポカリプティックな死をイメージさせられました。

音楽は Gershon Waiserfirer による生演奏。 ドラムパットやフレームボディのエレクトリック・ウードをルーパー駆使して重ねて作る音は、 中東的な旋法など使わず音響的で、時にリバーブも効かせて幻想的。けっこう、好みの音でした。 しかし、2018単にステージ脇で演奏するだけでなく、ミュージシャンがダンスに絡むのですが、 それが演出的に面白く感じられることはありませんでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3715] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jan 27 18:34:29 2019

年度末の繁忙期でこの土日は職場に出ていたのですが、そんな合間を縫って、土曜の晩は仕事帰りに渋谷へ。このライブを観てきました。

公園通りクラシックス
2019/01/19, 19:30-21:10.
Asbjørn Lerheim (electric guitar), Atle Nymo (tenor saxophone), Roger Arntzen (doublebass), Torstein Lofthus (drums); guests: 田中 徳崇 [Noritaka Tanaka] (drums), 八木 美知依 [Michiyo Yagi] (koto).

Chrome Hill はノルウェーの jazz/improv の文脈で活動する4tet。 去年最新作を Clean Feed からリリースしたこと程度の予備知識しかありませんでしたが、ちゃんと聴く良い機会かと、ライブに足を運んでみました。 Appalachian folk, Delta blues や Redneck rock などのアメリカの音楽と jazz の融合がコンセプトのようですが、 ラウドな Blues rock の縦ノリもそのままに、 1960s半ばの John Coltrane あたりを思い出す脈動的で厚い free jazz 的な音を合わせたよう。 リーダーがギターなので、guitar のソロを聴かせるような展開が多いかと予想していましたが、むしろ、アンサンブルを厚くするようにかき鳴らしていることの方が多かったでしょうか。 ゲストを入れて、ダブルドラムとなり、かき鳴らされる弦の音もグッと厚くなっていました。 変拍子を多用したり guitar のソロを聴かせたりしない所は、1970s の fusion や jazz rock とはかなり違いました。 正直に言えば、ラウドで厚い音は今の自分の気分では無かったので、演奏にはさほど乗り切れませんでしたが、こういう音もありでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

あと、この週末は、ISU European Figure Skating Championships 2019。 時差もあって開催時間が日本時間で真夜中前後。 帰りが遅くても観られる時間帯ということで、今年もライブストリーミングで楽しむことが出来ました。 欧州各国のトップの選手が出てくるので、応援している選手、上位選手以外でも十分に楽しめます。 やはり欧州の Ice Dance は観ていて楽しいなあ、と。

[3714] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jan 21 22:52:03 2019

この日曜は午前中から川崎へ。イベントシネマでこのオペラを観てきました。

『マーニー』
from Metropolitan Opera House, 2018-11-10, 13:00–16:00.
Music by Mico Muhly, libretto by Nicholas Wright, based on the novel by Winston Graham.
Production: Michael Mayer.
Set and Projection Designers: Julian Crouch and 59 Productions. Costume Designer: Arianne Phillips. Lighting Designer: Kevin Adams. Choreographer: Lynne Page. Dramaturg: Paul Cremo.
Cast: Isabel Leonard (Marnie), Christopher Maltman (Mark Rutland), Iestyn Davies (Terry Rutland), Janis Kelly (Mrs. Rutland), Denyce Graves (Marnie's Mother), et al.
Conductor: Robert Spano.
World Premiere: English National Opera, London, 2017.
New Production: Oct. 19 - Nov 10, 2018. Commissioned by the Metropolitan Opera. A co-production of the Metropolitan Opera and English National Opera.
上映: 109シネマズ川崎, 2018-01-20 11:20-14:20 JST.

Alfred Hitchcok の1964年の映画、というか原作の1961年の小説に基づく新作オペラです。 Post-classical というか indie/alternative の文脈での共演も多い Nico Muhly の作曲という興味もあって、 Met Opera live in HD で観てきました。 舞台は1950年代のイギリス。トラウマとなるような過去を抱え盗癖を持つ女性 Marnie と、 盗癖を持つと知りつつその弱みを握って彼女と結婚する同族会社の社長 Mark Rutland の 二人を軸に展開する心理サスペンス劇です。 現代的でかつ分かりやすい演出と音楽で、現代オペラを見てるような感も無い作品でした。 もう少し抽象度の高い演出と音楽の方が好みですが、主演の良さもあって、楽しめました。

演出家の Michael Mayer をはじめとするする Broadway で活躍しているチームによるプロダクションということで、 音楽のスタイル、特に唱法以外はミュージカルを思わせるもの。 それでもオペラにしたのは、 音楽的に明朗なミュージカルよりも不協和音多目のオペラの方が、 音楽のスタイルとして心理サスペンスに向いていた、ということでしょうか。 Nico Muhly の音楽は、歌いやすいリズムやメロディの歌を付けるわけではないものの、 Minimal Music の影響を強く感じる反復フレーズをあちこちに散りばめるような post-Minimal な作風で、取っつきやすいものでした。

原作の小説を読んでおらず、Hitchcock の映画も観ておらず、小説や映画との違いはわかりませんが、 オペラ化にあたり物語をわかりやすく整理したのか、 サスペンス的な面が薄れて、特に後半、オペラによくあるファム・ファタール物、 Marnie を巡るメロドラマっぽく感じてしまう事も少なからずありました。

演出面で少々気になったのが、 Marnie 役を mezzosoprano 歌手 (Isabel Leonard) に加えて churus 4人の5人1役としていたこと。 複数人1役というのはマイム劇などでよく使われますが [関連する鑑賞メモ]、 mezzosoprano と chorus のヒエラルキーが明確過ぎて、単なる影のように感じられてしまいました。 歌の役割も入れ替わるくらいのことがあるとスリリングになったのではないかと思いつつも、 そんなことをしたらオペラの約束事から外れ過ぎになるのかもしれないと思ったりもしました。

主役 Marnie を演じた mezzosoprano の Isabel Leonard は、 ファッションモデルとまではいかないもののハリウッド映画女優を思わせるオペラ歌手らしからぬ体型 と美貌で、 ミッドセンチュリー・モダンなハイファッションのデザインに基づく衣装を早替えで変えていくのに目を奪われました。 衣装替え15回という回数、一回1分以下という早さも含めて、実はこのオペラの一番の見所かもしれません。 初演は English National Opera ですが、Metropolitan Opera による委嘱で、 Metropolitan Opera でのキャストがオリジナルとなるとのこと。 そういう点でも Isabel Leonard のために作られたようなオペラでした。

2016/17シーズンの L'Amour de Loin [鑑賞メモ]、 2017/18シーズンの The Exterminating Angel [鑑賞メモ]、 そして、この Marnie と、 ここ3年、Met Opera live in HD は新作もしくはそれに近いオペラをプログラムの中に1本、必ずように入れてきています。 有名な古典的作品と比べて集客は厳しそうですが、Met Opera live in HD のプログラムの中でも楽しみな一本です。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

ちなみに、Isabel Leonard が主演する次の Met Opera live in HD は、 Francis Poulenc の Dialogues des Carmélites。 1957年初演と20世紀半ばに作られたオペラ作品ですが、1977年の John Dexter のプロダクションのリバイバル上演とのことです。 ということで、これも観てみたいものです。

しかし、川崎のショッピングモールにあるシネマコンプレックスは、オペラとかバレエを観るような落ち着いた雰囲気じゃないよなー、と。 今回は日曜に観たので近場を選びましたが、土曜だったら場所も選びたいものです。うむ。

[3713] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Jan 17 0:02:04 2019

去年の展覧会・公演等 Top 10 の番外特選に イベントシネマかストリーミングで観たバレエかオペラを選ぼうかと振り返っていて、 去年の3月にストリーミングで観て気に入っていたのに、 年度末繁忙期のために鑑賞メモを書かず仕舞いだったものがあったことに気づきました。 既にストリーミングは終わってしまっていますが、 書きかけの原稿が残っていたので、 当時の関連ツイートも参考に、鑑賞メモを作っておきました。 というわけで、ここにも振っておきます。

Nasjonalballetten [The Norwegian National Ballet]
Enregistré à The Norwegian National Opera & Ballet, 22 septembre 2017.
Production: Bel Air Media; Réalisation: Tommy Pascal
Ballet d'après la pièce de Henrik Ibsen
Création et mise en scène: Marit Moum Aune; Choréographie: Cina Espejord; Musique: Nils Petter Molvær; Scénographie: Even Børsum; Costumes: Ingrid Nylander; Lumières: Kristin Bredal; Vidéos: Odd Reinhart Nicolaysen; Voix off: Håkon Ramstad
Solistes: Andreas Heise (Oswald / Le Capitaine Alving, père d'Oswald), Kristoffer Ask Haglund (Oswald enfant), Camilla Spidsøe (Mrs. Alving, mère d'Oswald), Sonia Vinograd (Mrs. Alving jeune), Ole Willy Falkhaugen (Le Pasteur Manders), Philip Currell (Le Jeune Pasteur Manders) Grete Sofie Borud Nybakken (Regine, one jeune fille), Erle Østraat (Regine enfant), Yoshifumi Inao (Le Charpentier Engstrand, beau-père de Regine)
Danceurs: Ballet national de Norvège Ecole du Ballet national de Norvège
Musicien: Nils Petter Molvær, Jan Bang.
Première: 2014.
URL: https://culturebox.francetvinfo.fr/danse/danse-contemporaine/ibsen-s-ghost-par-le-ballet-national-de-norvege-262845
Nasjonalballetten [The Norwegian National Ballet]
Enregistré à The Norwegian National Opera & Ballet, 27 février 2018.
Production: Bel Air Media; Réalisation: Tommy Pascal
Mise en scène et choréographie: Marit Moum Aune; Assistant: Christopher Kettner; Choréographie de group: Kaloyan Boyadjiev. Cast original et co-créateurs: Grete Sofie Borud Nybakken, Eugenie Skilnand, Samantha Lynch, Klara Mårtensson, Silas Henriksen, Philip Currell, Shane Urton, Kristian Alm
Musique: Nils Petter Molvær, Décors: Even Børsum, Costumes: Ingrid Nylander, Lumières: Kristin Bredal.
Grete Sofie Borud Nybakken (Hedda Gabler), Silas Henriksen (Eilert Løvborg), Philip Currell (Jørgen Tesman), Eugenie Skilnand (Thea Elvsted), Shane Urton (Assessor Brack), Samantha Lynch (Tante Julie), Klara Mårtensson (Diana), Kristian Alm (Général Galber, Le père d'Hedda), Erle Østraat (Hedda Gabler enfants), Helle Flood (Thea Elvsted enfants).
Danceurs: The Norwegian National Ballet, The Norwegian National Ballet School.
Première: 2017.
URL: https://culturebox.francetvinfo.fr/danse/hedda-gabler-par-le-ballet-national-de-norvege-269103

Henrik Ibsen 戯曲 Ghost 『幽霊』と Hedda Gabler 『ヘッダ・ガブラー』を Nasjonalballetten [The Norwegian National Ballet, ノルウェー国立バレエ] がバレエ化したものを France.tv Culturebox がストリーミングしたので、観ることができました。 演出はいずれも演劇の演出家の Marit Moum Aune で、初めて手がけた Ghosts では別に振付家を付けていますが、 続く Hedda Gabler では Marit Moum Aune 自身が振付ています。 どちらも、抽象化された象徴的な舞台を使ったナラティブなダンスで、 バレエというより身体表現に重きを置き象徴的な表現を多用する現代的な演出の演劇を見ているよう。 そこがかなり好みの舞台でした。

Ghosts の前半は登場人物二人の会話を ロマンチックではなく表現主義的な Pas de deux というかペアのダンスで描き、 後半になると「幽霊」にもダンサーを割り当て舞台上の位置配置や映像も交えて描くようでした。 Hedda Gabler は最近上演をよく見ている戯曲ということもあり、 セリフが無いのに、まるでセリフが聞こえてくるよう。 逆に、群舞とかもあるのですが、あまりダンスが頭に入ってきませんでした。 そのせいか、Ivo van Hove 演出の演劇 [観賞メモ] にも近いものを感じました。

このバレエをストリーミングで観てみようと思った理由の一つは、Nils Petter Molvær が音楽を手がけているということ。 エフェクト深めの trumpet の漂うような音色と電子音からなる音楽は、 Hedda Gabler はもちろん、 特に Ghosts の雰囲気に合っていました。 ヨーロッパのバレエ団らしく、録音を使うのではなく、舞台の袖で Molvær がライブで演奏していたのも、良いです。

このような現代的な作風のバレエは、来日公演や映画館での上映の敷居は高そうですが、 DVD/BD化や音楽のCD化を期待しています。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

これを書き上げていて、 Ghosts は去年11月に上海公演があったことに気付いてしまいました。 この公演に限らず、コンテンポラリーなダンスやサーカスの公演は、中国で公演があっても日本までは来ないことが多くなってしまっています。 クラシカルな定番の演目やゴージャスな演出のバレエであれば日本でもそれなりに人気があるのでしょうが、 新作のコンテンポラリーなバレエとなると、日本には呼べるだけの金も客も無いのでしょう。 しかし、映画館への配給も始めたようなので、 来日公演が無理でも、せめてイベントシネマ上映が実現したら、と思ってしまいます。

[3712] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Jan 15 21:46:08 2019

日曜は、土曜とうってかわって晴れて日差しの暖かい一日。午後に砧公園へ行って、この展覧会を観てきました。

Bruno Munari: Quello delle Macchine Inutili
『ブルーノ・ムナーリ ― 役に立たない機械をつくった男』
世田谷美術館
2018/11/17-2019/1/27 (月休;12/24,1/14開;12/25,12/29-1/3,1/15休), 10:00-18:00.

イタリア・ミラノを拠点に、戦間期に未来派の一人として活動を始め、戦後、美術作家としてだけでなく、デザイナ、絵本作家としても活動した Bruno Munari の回顧展です。 戦間期モダニズムが自分の好みということもあるかもしれませんが、 このようなキャリアの作家の場合、戦間期に創造性のピークがあって戦後はその延長と感じられてしまうことも少なくありません。 しかし、Munari の場合は圧倒的に戦後の作品の方が面白く感じました。

1948年設立の具体芸術運動 Movimento Arte Concreta に参加していた頃の 絵画の地と図の関係、さらにはキャンパスと壁の関係すら反転させるような “Negativo Positivo” 「陰と陽」シリーズや、 ページ内の切り抜きや半透明の紙のページを使って図像のレイヤの面白さを生かした絵本など、 マスターピースを思わせるものがありました。

未来派時代のキネティック・アートというかモビール様の作品 “Macchine inutili” 「役に立たない機械」よりも、 その戦後の展開とも言える “Travel Sculpture” 「旅行のための彫刻」のような作品の方が興味深く思いました。 また、スライドにプラスチックの小片を挟み込み偏光を使ったスライドプロジェクタで投影する “Polarised Projection” 「偏光の映写」や、 製品化直後のPPC (Plain Paper Copier) 複写機を使った “Xerografia Originale” 「オリジナルのゼログラフィア」など、 メディア・アート的な世界にも踏み込んでいたことにも気付かされました。

余談ですが、この展覧会のタイトルは3年前の 『スペインの彫刻家 フリオ・ゴンザレス——ピカソに鉄彫刻を教えた男』 [鑑賞メモ] を連想させます。 同じ学芸員が担当した展覧会だったりするのでしょうか。

『アフリカ現代美術コレクションのすべて』
All of the African Contemporary Art Collectio
世田谷美術館
2018/11/3-2019/4/7 (月休;12/24,1/14,2/11開;12/25,12/29-1/3,1/15,2/12休), 10:00-18:00.
Saka Acquaye, Anapa, Sokari Douglas Camp, Moustapha Dimé, El Anatsui, Ablade Glover, Abdoulaye Konaté, Issa Samb, Pascale Marthine Tayou.

世田谷美術館にコレクションされているアフリカ現代美術の作品をお披露目するコレクション展。 El Anatsui [鑑賞メモ] をはじめ アフリカの現代美術を観る機会はそれなりにありましたが、 そもそも、世田谷美術館にこんなコレクションがあったということが驚きでした。 1989年の Saka Acquaye の個展、1995年の展覧会『インサイド・ストーリー 同時代のアフリカ美術』をきっかけに収蔵したとのこと。

世界的な現代美術ブームとなる2000年代以前、1980年代末から1990年代半ばにかけての作品で、 コンセプチャルなインスタレーションというより、平面もしくは立体の造形の面白さへのウェイトが まだ重かった時代の作品に感じられましたが、 それはそれで味わい深いものがありました。 『インサイド・ストーリー』展で展示された床屋の看板や服屋のマネキンとかのストリート・アートもありました。 展覧会を一過性のイベントとせずにコレクションしておくことの重要性を実感させる展覧会でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、Bruno Munari の人気を見くびっていました。 子連れも多く、会場は混雑していました。 もちろん、美術館併設のレストランやカフェも混雑。 13時半頃でしたが、レストランのランチは既に終了していて、ランチ難民になりかけてしまいました。 砧公園も美術館併設のレストランやカフェが使えないと、かなり辛いものがありますね。うむ。

[3711] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jan 14 18:48:36 2019

この週末の土曜は時折、雨や雪がぱらつく寒い一日。そんな中、午後に横浜のみなとみらいから山下町にかけて、3つの展覧会を観てきました。

Changing and Unchanging Things: Noguchi and Hasegawa in Postwar Japan
横浜美術館
2019/01/12-2019/03/24 (木休;3/21開;3/22休), 10:00-18:00 (3/2 -20:30).

戦後、アメリカと日本を拠点に活動した日系アメリカ人の彫刻家 イサム・ノグチ と、 イサム・ノグチと1950年に出会い、短いながらも影響を与え合った日本人美術家 長谷川 三郎 の二人、主に1950年前後の10年に焦点を当てた展覧会です。 書簡や写真などの交友の記録を用いる展示ではなく、主に1950年代の2人の作品からなる展示から影響を浮かび上がらせるような展示でした。

日本趣味がかった Hans Arp のようなイサム・ノグチの作品はそれなりに観る機会がありましたが、 長谷川 三郎 はほとんどノーチェックだったので、むしろそちらの作品を興味深く観ることができました。 特に第二室の1950年代前半の抽象コンポジションな墨拓刷の屏風や掛軸が、大変に気に入りました。 長谷川については戦間期のアヴァンギャルドな作風の作品も展示されていましたが、 写真シリーズ『郷土誌』 (1939) が新即物主義的な新興写真だったのに興味を引かれました。

Yokohama Museum of Art Collection: Rhythm, Resonance, Noise
横浜美術館
2019/01/04-2019/03/24 (木休;3/21開;3/22休), 10:00-18:00 (3/2 -20:30).

横浜美術館のコレクション展も、企画展に合わせたかのように、抽象度の高い作品を押し出したテーマの展示になっていました。 第一室に、抽象絵画の先駆ということで、20世紀初頭の Avant-Garde の絵画・彫刻や写真が展示さえていました。 Александр Родченко [Alexander Rodchenko] なども良いのですが、日本の新興写真を含む写真が楽しめました。 『『光画』と新興写真 モダニズムの日本』展 [鑑賞メモ] ではあまり印象に残らなかったけれども 堀 不佐夫 は良いな、とか、 後に Magnum Photos で活躍する Werner Bischof も Avant-Garde 風味のヌードを撮ったりしてたのか、とか、発見もありました。 さすが、コレクションの写真展示室を持つだけはあります。 今回は第一室で写真を展示していたので、写真展示室では写真以外の作品を展示していました。

5 Rooms II – The truth is in the air
神奈川県民ホールギャラリー
2018/12/17-2019/01/19 (12/30-1/4休), 10:00-18:00.
和田 裕美子 [Yumiko WADA], 橋本 雅也 [Masaya HASHIMOTO], 橋本 雅也 [Masaya HASHIMOTO], スコット・アレン [Scott ALLEN], 大西 康明 [Yasuaki ONISHI].

個性的というより少々癖の強い神奈川県民ホールギャラリーの空間を生かしたインスタレーションを中心とした現代美術のグループ展。 現代美術のインスタレーションというと、社会と関係するプロジェクトのワーク・イン・プログレスな展示も少なくないわけですが、 そういったものとは距離を置いた、造形に重心のある落ち着いた展示だったのは良かったです。 といっても、インスタレーションというより彫刻と言っていい作品が過半を占めてはいましたが。

スコット・アレンの “\Z\oom” は、照明を落としたギャラリーの床に光を散乱させたり乱反射させる様々な仕掛け (多分に手作り感がある) を並べ、 天井から床に向けて射た緑のレーザ光を移動させて、時々装置で散乱させて光らせるというインスタレーション。 散乱した時の光も美しいが、そうでない時のジリジリと動く緑の光点もユーモラスに感じられました。

吹き抜けの空間に大量のカラーの紙テープをぶち撒けたような 大西 康明 “tracing orbit” も力技だが印象に残りました。 力技といっても単純に紙テープをぶちまけるのではなく、紙テープがすぐに下に落ちないよう格子状に張ったテグスに紙テープをかけたりと、空間をコントロールしようという意図も感じられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3710] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jan 13 1:10:30 2019

正月5日は映画でも観ようかと思ったのですが、観たい映画が思いつかなかったので、池袋西口へ。 年末年始にシネリーブル池袋で開催中の National Theatre Live アンコール上映を観ようかと。

『イェルマ』
from Young Vic, 2017-08-31, 19:00-20:30.
by Simon Stone after Federico García Lorca.
Direction: Simon Stone; Design: Lizzie Clachan; Costumes: Alice Babidge; Light: James Farncombe; Music & Sound: Stefan Gregory; Video: Jack Henry James.
Cast: Billie Piper (Her), Brendan Cowell (John), Maureen Beattie (Helen), John Macmillan (Victor), Thalissa Teixeira (Des), Charlotte Randle (Mary).
First Performance: 26 July 2016, Young Vig.
上映: シネ・リーブル池袋, 2019-01-05 12:05-13:30 JST.

ほとんど予備知識無く、正月に1本何か観ようということで観た National Theatre Live の1本。 演出の Simon Stone はオーストラリア出身ですが、近年は欧州で活動していて、 最近は Ivo van Hove の Toneelgroep Amsterdam で3作演出しているので、 Hedda Gabler [鑑賞メモ] のような スタイリッシュでフィジカルな演出を少々期待していました。 しかし、主役の Billie Piper のリアリズム的な演技もあってか、かなりストレートな演劇に感じられました。

スペイン内戦直前の1934年に書かれ初演された戯曲に基づくものですが、 舞台も現代のロンドンに置き換え、セリフも書き換え、不妊に悩む現代の夫婦の物語、 不妊治療に非協力的な仕事中毒気味の夫とすれ違い、匿名ながらブログに妊活を書く妻が追い詰められ、家庭が崩壊し、無理心中という悲劇的な結末になります。 この図式自体は若干ステロタイプかなと思いましたが、Billie Piper の熱演に見入ってしまいました。 ガラスかアクリルの透明な板で周囲を仕切られた長方形の舞台を四方から観客が囲むようになっていて、 観客がガラスケースの中の人を観察しているようにも見えるセッティングが、興味深く思いました。 ところで、話は頻繁に月日が飛ぶのですが、National Theatre Live の映像では字幕を挟んで編集していました。 実際の舞台ではどう転換していたのか、少々気になってしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

後日の新年会で話題が出て、Bohemian Rapsody で世間の流行に乗っておくのもありだったかな、とか、 The Slits と L7 のドキュメンタリ映画の上映があったのか、と。 やはり、普段からちゃんと情報蒐集してないとダメですね。うむ。