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談話室 / Conversation Room

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[3957] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 28 20:54:20 2021

今週末の土曜は昼に初台へ。この公演を観てきました。

The National Ballet of Japan: DANCE to the Future: 2021 Selection
新国立劇場 中劇場
2021/11/28, 14:00-16:30.
Choreographic Group アドヴァイザー: 遠藤 康行; 照明: 眞田 みどり; 音響: 仲田 竜太.
芸術監督: 吉田 都; 主催: 新国立劇場.
第1・2部
新国立劇場バレエ団 Choreographic Group 作品より
『Coppélia Spiritoso』
振付: 木村 優里; 音楽: Leo Delibes, et al.; 出演: 木村 優子, 木村 優里.
『人魚姫』
振付: 木下 嘉人; 音楽: Michael Giacchino; 出演: 米沢 唯, 渡邊 峻郁.
『コロンバイン』
振付: 髙橋 一輝; 音楽: Þorkell Sigurbjörnsson; 出演: 池田 理沙子, 渡辺 与布, 玉井 るい, 趙 載範, 佐野 和輝, 髙橋 一輝; 『DANCE to the Future 2020』未公開作品
『≠(ノットイコール)』
振付: 柴山 紗帆, 益田 裕子, 赤井 綾乃, 横山 柊子; 音楽: 渡部 義紀; 出演: 益田 裕子, 赤井 綾乃, 横山 柊子, 柴山 紗帆.
『神秘的な障壁』
振付: 貝川 鐵夫; 音楽: François Couperin; 出演: 米沢 唯; 『DANCE to the Future 2020』未公開作品
『Passacaglia』
振付: 木下 嘉人; 音楽: Heinrich Biber; 出演: 小野 絢子, 福岡 雄大, 五月女 遥, 木下 嘉人.
第3部
『ナット・キング・コール組曲』
振付: 上島 雪夫; 音楽・歌: Nat King Cole, et al.; 照明: 杉浦 弘行; 衣裳: 有村 淳; 初演: 『DANCE to the Future 2011』
出演: 本島 美和, 寺田 亜沙子, 奥田 花純, 細田 千晶, 益田 裕子, 今村 美由起, 貝川 鐵夫, 福田 圭吾, 小野寺 雄, 福田 紘也, 中島 瑞生, 渡部 義紀, 赤井 綾乃, 朝枝 尚子, 徳永 比奈子 廣田 奈々.

新国立劇場バレエ団の中から振付家を育てるためのアニュアルの公演です。 昨年度はCOVID-19のため公演はキャンセルで、コンポジション・プロジェクトによる作品2作品が無観客上演のライブストリーミングされましたが [鑑賞メモ]、 今年度は昨年度2上演できなかった2作品を含む6作と、2011年度に上演された『ナット・キング・コール組曲』の再演ということになりました。

振付や出演のダンサーの年齢層にもよるのかもしれませんし、 エレクトロニカやバロックという使われた音楽の好みもあるかもしれませんが、 第1部は少々子供っぽく感じられてしまい (自分が老いただけで年相応な表現なのかも知れませんが)、第2部の方が好みでした。 『≠(ノットイコール)』、ダンサー自身が作った electronica に合わせて白2人、黒2人の2組4名のダンサーが派手なリフトなどはないものの、組み踊る様子にも緊張感も感じました。 『神秘的な障壁』では、harpsichord の音にスモークに紗の衣装、ダンサーのオーラもあって天女のよう。 そして、『Passacaglia』では、viola da gamba が baroque cello と思われる少し濁った弦の音色に、 ライティングで道も浮かび上がらせつつ、そこでのすれ違いを描くようでした。

ラストの『ナット・キング・コール組曲』は 宝塚や東宝などのミュージカルで知られる 上島 雪夫 の振付で、 新国立劇場バレエ団の通常の公演では観られないようなショーダンスの意外さを楽しみました。 要所要所で客席方向や決めのポーズを意識していると感じさせるところは、 さすがエンターテインメントの演出振付でした。

新国立劇場バレエ団には期待しているだけに、 欧州の公共劇場のバレエカンパニーが取り組んでいるコンテンポラリーな振付・演出の新作と比べると……、とは思ってしまいますが、 こういう試みの作品を積み重ねて、少しずつでも近付いていって欲しいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

昼食後、開演前までの時間を使って、新国立劇場の5Fにある 情報センターへ行って 『《新国立劇場情報センター所蔵品展》オペラ『蝶々夫人』初演時の衣裳・小道具デザイン原画展』 を観てきました。実は、情報センターへ行ったのは初めて。 情報センターとか、レストラン「マエストロ」とか、こんな所にあったのかと、今更ながら知りましたよ。

終演後は、久々にNTTインターコミュニケーション・センターを覗いてみたり、 東京オペラシティアートギャラリー『和田誠展』を観たり。 和田誠展は、日本の広告クリエイティヴの1960s-70sの勢いを観るようでした。うーむ。

[3956] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Nov 23 21:52:41 2021

今日は午後遅めに京橋の国立映画アーカイブへ。本日最終日の上映企画 『没後40年 映画監督 五所平之助』で、この映画を観てきました。

『新道 前篇 朱実の巻』
1936 / 松竹大船 / 白黒 / 64 min.
『新道 前篇の梗概』
1936 / 松竹大船 / 白黒 / 7 min.
『新道 後篇 良太の巻』
1936 / 松竹大船 / 白黒 / 68 min.
監督: 五所 平之助. 原作: 菊池 寛. 脚色: 野田 高梧.
田中 絹代 (宗方 朱実), 川崎 弘子 (従姉 歌子), 佐野 周二 (工藤 一平), 上原 謙 (弟 良太), 佐分利 信 (野上 徹), 斎藤 達雄 (宗方子爵), 吉川 満子 (夫人), 髙峯 秀子 (次女 京子), 山内 光 (青木), etc

あらすじ: 宗方子爵の令嬢 朱実はモダンで積極的な気質で、父が相手と薦める外交官 青木との結婚を嫌がり、いなしてばかり。 そんな中、療養中の母を見舞いに霧ヶ峰でハイキング中に、グライダーに乗る飛行士志望の青年 工藤 一平 と知り合い好意を抱く。 朱実の積極さもあって、互いの家を行き来するようになるが、一平の家も元士族の厳格な家で、朱実は一平の母親に仲を認めてもらえない。 そのうち、灯火管制訓練の日に朱美の部屋で一夜を過ごしてしまう。 一方、朱実と姉妹のように育てられた 従姉 歌子 は、性格は 朱実 とは対称的。 画家 野上 とは相愛だが、フランス留学直前の野上に対しても積極的になれずに、何も無いまま婚約もせずに野上を送り出してしまう。 やがて、朱美は自身の妊娠に気付き、そのことを、一平に知らせようとして、逆に、自身の操縦する飛行機が墜落して死んだことを知らされる。 朱実は一人で子を生んで育てる決心をし、墓参りで会った一平の弟 良太に、子を工藤家に入籍させてもらえないか相談する。 朱実に同情しその話に賛成した良太は孫の話を母にもちかけるが拒絶される。 さらに入籍だけでは私生児となってしまうことがわかり、それを避けるため、良太は朱実と形だけの結婚をすることにする。 朱美の父の了解を得、良太の母を押し切り、2人は結婚する。 朱美のための家を用意し、良太は母のいる家と朱美の家とを行き来するうちに、次第に本当の夫婦のようになっていく。 やがて、歌子が朱美の家を訪れ、青木との結婚を薦められていることを告げる。 朱実は反対するが、良太は良じゃないかと言う。その後、歌子は青木の求婚を受け入れる。 やがて朱美に子が生まれ、姑が孫の顔を見に来て、誤解も解け、朱実は工藤家に受け入れられることになった。 それからしばらくして、待ち合わせに使ったカフェで、朱実夫妻は二階から歌子が降りてきて外に出て行ったのをみかけた。 留学で名を上げた野上が二階で帰国展をやっていると気付いて、二人は会場へ野上に会いに行った。 歌子に会ったかと訊くと、やつれた歌子には会いたくなかったと野上は言うのだった。

同じ1936年に撮った『朧夜の女』 [鑑賞メモ] と同じく意図しない妊娠を扱った作品ですが、 『朧夜の女』が悲恋メロドラマだったのに対して、『新道』はあっけらかんとした恋愛映画。 朱美が伝統的な家庭観から踏み出す積極的な女性として描かれていたこともあると思うのですが、 『新道』は上流階級ものです。 貴族 (子爵) の宗方家に比べて元紀州藩家老の家とはいえ貴族ではない工藤家は身分が違うと匂わせる表現はありましたが、 超えがたい階級差と言うほどではありませんし、 『朧夜の女』と同時代の同じ東京とは思えないほど近代的で経済的に余裕のある生活をしています。

この経済的な余裕が、朱美の自由奔放さを許容する余裕、 一平や良太の自由な生き方 (飛行士を目指したり、(セリフでしか語られませんでしたが) 遊び人のような生活をしたり) をする余裕を生んでいるよう。 意図しない妊娠をして未婚の母となった場合、『朧夜の女』のヒロインの女給には泥水稼業に身を沈める覚悟が要る (「大連へ行って荒稼ぎする」と言うセリフもあった) わけですし、 相手の貧乏学生にも彼女を養う余裕はありません。 『新道』では、親を押し切って形だけの結婚をして朱実にあてががれた屋敷すら、女中もいて、『朧夜の女』に出てくるどの家よりも立派でした。 結果、『朧夜の女』では選択は身を切るようなものなのに対し、『新道』では選択は主義信条的なものになるという。 そこが、あっけらかんとした印象を与える一因でしょうか。

そんなこともあり、上流階級の洒落たモダンな生活を垣間見るような興味深さはありましたが、 『朧夜の女』で観られたようなさりげないセリフや仕草を積み重ねる心情描写は少々物足りませんでした。 後篇では演出が単調に感じられましたが、 前篇、朱美の部屋に一平が訪れた場面で灯火管制訓練のサイレンの音でその場面を切ってその夜を暗示したり、 前編ラストの朱美が公衆電話から一平の家に電話するも繋がらない場面での号外の売り子の鐘の音で緊急事態を暗示させたり、 と、 (トーキー初期にも関わらず) 音も効果的に使った演出が印象に残りました。

『新道』は2016年に YouTube で観たことがあったのですが [関連するツイート]、あまり印象に残っていなかったのでした。 国立映画アーカイブの比較的状態の良いフィルムでの上映で見直せて、良かったです。 『没後40年 映画監督 五所平之助』という企画上映の中で観ることで、 『朧夜の女』と比較する形でいろいろ気付かされ、考えさせられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3955] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Nov 23 10:46:26 2021

週末日曜は自宅周辺でゆっくり。午後に東京芸術祭2021のストリーミングでこの映画を観ました。

『The New Gospel -新福音書-』
2020 / Milo Rau/IIPM, Fruitmarket, Langfilm / 105 min / colour.
Conceived, Written and Directed by Milo Rau.

スイス出身で IIPM (International Institute of Political Murder) を主宰、 また、2018年以来 NTGent (Nederlands Toneel Gent) の芸術監督を務める 演出家 Milo Rau の映画作品です。 舞台は、映画 Pier Paolo Pasolini: Il Vangelo secondo Matteo (1964) や Mel Gibson: The Passion of the Christ (2002) の ロケ地として知られる南イタリア・バジリカータ州マテーラ (Matera)。 現在のマテーラの不安定な立場で農場労働についているアフリカ系移民のコミュニティと そこで Yvan Sagnet が率いる人権運動 Rivolta Della Dignita の活動のドキュメンタリーと、 Yvan Sagnet をキリスト役として演じられる受難劇 (Pasolini や Mel Gibson の映画と重ねられる) とその制作の様子を交えた映画です。 南イタリアでの移民の農場労働の実態や、Rivolta Della Dignita の活動などドキュメンタリーとして興味深く観ましたが、 そこに重ねられる受難劇の方の必然性がピンときませんでした。 映画としてではなく受難劇として上演される様子を観れば、上演上の必然性が感じられたのかもしれないと思う一方、 10年近く前に上演を観た Hate/Radio も似たような印象が残っているので [鑑賞メモ]、 自分とは作風が合わないのかもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3954] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Nov 22 23:22:19 2021

週末土曜は午後遅めに外神田、御徒町と末広町の間へ。会期末となってしまったこの展覧会に飛び込んできました。

アーツ千代田3331 1Fメインギャラリー
2021/11/06-2021/11/21 (会期中無休). 12:00-18:00.
一柳 慧, invisi dir, 宇治野 宗輝, 金沢 健一, 齋藤 鉄平, 園部 良, 武満 徹, Phil Dadson: From Scratch, 西原 尚, Martin Riches, François Baschet, Bernard Baschet, Pierre Bastien, FUJI|||||||||||TA, 藤田 クレア, 松本 秋則, 明和電機, 吉村 弘, Hans Reichel, Luige Russolo (多摩美術大学芸術学科による再制作, 秋山 邦晴 監修).
主催: クリエイティブ・アート実行委員会

鳴らすことのできる彫刻、音が出るオブジェを集めた展覧会です。 近年よくあるサウンド・インスタレーションは外され、 叩いて鳴らす打楽器的なオブジェに偏りがある、制作年などの背景を考慮しないフラットな展示、など、 網羅性、体型性には少々物足りなさを感じましたが、会場規模などを考えると、仕方ないでしょうか。 触って音を出せる展示、音が出るよう実演のある展示が多く、さらには体験コーナーも設けられ、音出しも楽しい展覧会でした。

最近は、大きく音を鳴らすものより、繊細な音を響かせる作品が好み。 金沢 健一《音のかけらテーブル》 [過去の鑑賞メモ] をはじめ、 齋藤 鉄平《波紋音》や 松本 秋則《竹音琴》などが発する繊細な音を楽しみました。 レコード/CDで音を聴き写真で観る機会はそれなりにあるものの、なかなか実物を観る機会のない Hans Reichel の “Daxophone” が、展示のみで鳴らすことができなかったのは、少々残念。

その一方で、お馴染み明和電機 [過去の鑑賞メモ] などの 電気仕掛で音をだすオブジェ作品の実演 (無人の自動演奏ですが) も楽しみました。 会場が狭く、会期末の週末ということもあり子連れ客も含め賑わっており、 その賑やかさの中に繊細な音がかき消されがちだったのが、少々残念でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3953] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 21 20:19:39 2021

先の週末は土曜午後に駿河台へ。サイレント・コメディ映画の上映会を見てきました。

アテネ・フランス文化センターで NPO法人プラネット映画保存ネットワークの企画による上映会 『NOBODY KNOWS チャーリー・バワーズ』を観てきました。

Charley Bowers はカートゥン Mutt and Jeff のアニメーションのアニメーターとして1910年代に活動を始め、 その後、モーションストップ・アニメーションと実写を組み合わせた “Bowers System” による スラップスティックなサイレント・コメディ映画を自身のプロダクションで制作したアメリカのコメディアンです。 トーキー後の1940年まで活動していたようですが、1946年に死去。 以来忘れられた存在でしたが、フランスに残っていたフィルムが1960年代に発見され、近年再評価が進んでいるそうです。

2019年にリリースされた The Extraordinary World of Charley Bowers (Fricker Alley, 2BD, 2019) には1917年から1940年にかけて制作されたアニメーション、実写合わせて17本の作品が収録されています。 この17本が現存が確実な作品ですが、今回の上映では4本が上映されました。

Egged On
『たまご割れすぎ問題』
1926 / Bowers Comedy Corporation (USA) / Black+White / silent / 23 min.
Directed by Charley Bowers, Harold Muller, Ted Sears.

自身のプロダクションによる “Bowers System” による第1作です。 たまごが割れやすいという問題を解決するため、「割れないたまご製造機」を発明する発明家が主人公のコメディです。 Bowers はフランスでは “Bricolo” の名で知られていたようですが、 「割れないたまご製造機」はまさにブリコラージュ (bricolage)、その場で手に入るものを寄せ集めて作った装置で、 その材料集めから笑いを取りに行きますし、仕上がった機械の無駄の多い形状、動作の珍妙さ (どうして殻が柔らかくなって割れなくなるのか仕組みも不明) も可笑しいものです。 装置完成後、デモ用のたまごを集めようとしてたまごを割りまくる場面、ラストの大爆発といい、 スラップスティックな展開もテンポが良いもの。 ストップモーション・アニメーションの場面では、なんといっても、 自動車のエンジンルームで運んだたまごから自動車の「雛」が孵える場面。 Jan Švankmajer を思わせるシュールなストップモーション・アニメーションを1920年代に作っていたというのも驚きです。 これが “Bowers System” 第1作とは思えない完成度で、今回観た4作の中でも最も好みの作品でした。

He Done His Best
『全自動レストラン』
1926 / Bowers Comedy Corporation (USA) / Black+White / silent / 23 min.
Directed by Charley Bowers, Harold Muller.

従妹との結婚の許しを得ようとその親の経営するレストランに行ったら、 募集中だった皿洗いと間違えられ、働くことに。 しかし、組合員証を持っていなかったため、他のコック、従業員がボイコットを始め、 一人でレストランを回すうちに、湯沸器 (らしきもの) を倒して大爆発。 店を一週間で直す約束をして、テーブルメイキングから調理、配膳まで全自動でやる機械を開発します。 全自動レストランの機械は、割れないたまご製造機と違いブリコラージュ感が無かったのが、少々ものたりかなったでしょうか。 ストップモーション・アニメーションは自動調理の場面で活躍していました。

Now You Tell One
『ほらふき倶楽部』
1926 / Bowers Comedy Corporation (USA) / Black+White / silent / 21 min.
Directed by Charley Bowers, Harold Muller.

ほらふき選手権へ招かれた発明家の話という「劇中劇」として、シュールなスラップスティックコメディが展開します。 ここでの珍妙な発明品は、あらゆる物を実らせることができる木です。 この木が様々なものを実らせる場面に、ストップモーション・アニメーションが活用されていました。 家がネズミで荒れてしまったヒロインを助けるために、ネズミ退治のための猫を木に次々と実らせる場面が、 特にシュールで面白く感じられました。

There It Is
『怪人現る』
1928 / Bowers Comedy Corporation (USA) / Black+White / silent / 22 min.
Directed by Charley Bowers, Harold Muller.

今回上映された作品の中で最も新しく、作風もちょっと違うものでした。 珍妙な発明品が登場せず、Bowers の役も発明家ではなく、問題解決のために招かれた探偵という役です。 Bowers 演じる探偵や住人たちが屋敷に現れる謎の「ひげの怪人」を退治しようと繰り広げるスラップスティック・コメティです。 Bowers の相棒がマッチ箱に入るほどの小人で、そこにストップモーション・アニメーションが活用されていました。

4本を観た限りでは、 サイレント映画のコメディアンの中では、スラップスティックな所など Buster Keaton と多くの共通点を感じるのですが、 Buster Keaton の道具立ては大掛かりでアクロバティックな高い身体能力を駆使するものなのに対し、 Charley Bowers はもっと細かい機械仕掛けの発明品。 本人も職業として「発明家」を名乗っていたそうですが、作中でも発明家の役を演じることが多く、その珍妙な発明品が着想の核になっているよう。 そこに、ストップモーション・アニメーションを交えることでシュールさが増していました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3952] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Nov 15 21:59:49 2021

先々週末の日曜は、自宅でのんびり。午後にストリーミングでこのオペラを観ました。

Royal Opera House
15 October 2021.
Music & Libretto: Leoš Janácek.
Director: Claus Guth
Set Designer: Michael Levine; Costume Designer: Gesine Völlm; Lighting Designer: James Farncombe; Choreographer: Teresa Rotemberg; Video: rocafilm; Dramaturg: Yvonne Gebauer.
Asmik Grigorian (Jenůfa), Karita Mattila (Kostelnička Buryjovka), Nicky Spence (Laca Klemeň), Saimir Pirgu (Števa Buryja), Elena Zilio (Grandmother Buryjovka), etc
Royal Opera Chorus, Chorus Director: William Spaulding; Orchestra of the Royal Opera House, Conductor: Henrik Nánási.
Premiere: 28.09.2021, Royal Opera House.
Directed for the screen by Rhodri Huw.
OperaVision URL: https://operavision.eu/en/library/performances/flashback/jenufa-royal-opera-house
Available from 09.10.2021 21:30 CET until 09.11.2021 12:00 CET.

イギリス Royal Opera House による Leoš Janáček のオペラ Jenůfa 『イェヌーファ』の新制作です。 Janáček のオペラは Patrice Chéreau 演出の Z Mrtvého Domu [From The House Of The Dead] 『死の家の記憶』をDVDで観たことがあるだけ [鑑賞メモ]。 演出家にも疎かったものの、ティーザーに惹かれて観て観ました。

戯曲 Gabriela Preissová: Její pastorkyňa (『彼女の継娘』, 初演: 1890) に基づいたもので、 意図せぬ妊娠、低い女性の地位や階級差、そして世間体を重んじる田舎の社会がもたらした悲劇 (と最後のささやかな希望) を描いた 当時のリアリズム演劇の影響が感じられるストーリーです。 ラストで子殺しが明らかになって結婚式が滅茶苦茶になる終わり方は Henrik Ibsen を思わせます。 主要な登場人物は、服装も19世紀末を思わせるもので、 Janáček の話言葉の抑揚に着想した「発話旋律」で、アリアがあっても見得を切るようなものでは無く 、その演技もリアリズム的です。 特に、このオペラのタイトル役 Jenůfa を演じた Asmik Grigorian とその継母 Kostelnička を演じた Karita Mattila の熱演に引き込まれました。

その一方で、舞台美術や照明では、リアリズムを離れ抽象化されてた象徴的な表現が使われています。 全体として閉塞的な空間となっており、 第一幕での背景にずらりと並んだベットと吊り下げの揺り籠、そしてその前で黙々と家事や水車小屋での労働をする女性たちは、 このオペラの舞台となる社会における主人公と同じ階級の女性の立場を象徴するよう。 第二幕での Jenůfa が隠れて子を産んだ家が金網のケージのように表現され、背景に女性たちの黒い影が見えるような表現も、Jenůfa の社会から疎外を感じさせました。この場面はライティングも効果的。 そして、Jenůfa と Laca との結婚式から Kostelnička が Jenůfa の子を殺したことが明らかになるクライマックスの第三幕での、黄色い花を敷き詰めた舞台は、華やかさの中に混乱を予感させました。

そんな、リアリズム的な演技と抽象度の高い象徴的な舞台美術を組み合わせた演出は、 そのストーリーもあって、現代的な演出で上演されたリアリズム演劇、 例えば、Ivo van Hove 演出による Henrik Ibsen: Hedda Gabler [鑑賞メモ] を観た時の印象に近いものがありました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

ストリーミング中に鑑賞メモを上げることができず。いろいろ間に合ってませんね。

[3951] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 14 22:04:07 2021

先週末土曜は昼前から京橋へ。国立映画アーカイブに晩まで籠って、上映企画 『没後40年 映画監督 五所平之助』で、 戦前の松竹蒲田〜松竹大船時代の映画をまとめて観てきました。

『朧夜の女』
1936 / 松竹大船 / 白黒 / 111 min.
監督: 五所 平之助. 原作: 五所亭. 脚色: 池田 忠雄.
飯塚 敏子 (照子), 徳大寺 伸 (誠一), 飯田 蝶子 (お徳), 坂本 武 (文吉), 吉川 満子 (おきよ), etc

あらすじ: 舞台は東京の下町 下谷。 お徳は牛鍋屋の女中をしながら息子 誠一 を法科の大学生まで女手一つで育てあげてきたが、 誠一はそんな母の期待を次第に重荷に感じるようになっていた。 染物屋の旦那である伯父 文吉の町内の問題を法令の知識で解決してあげた誠一は、 文吉に連れられて呑み歩くうち、銀座のバーで、文吉とは芸者時代に馴染みだった女給 照子と知り合う。 誠一は照子に誘われるうちに親密になるが、やがて、照子は妊娠してしまう。 誠一は母の気持ちの前に、結婚すると言い出せず、伯父の文吉に相談する。 文吉は照子が妊娠しのは自分の子だということにし、誠一にはこの事を秘密にし二度と照子と会うなといいつける。 文吉に照子の子を引き取ると言われ、妻 おきよ は怒って家を出るが、お徳に説得されて、結局受け入れることにする。 用意した妾宅で文吉やお徳はお照のお産の準備をするが、やがて、尿毒症になって母子共に死んでしまう。 照子の葬式に現れた誠一は全てを打ち明けたいと文吉に言うが、出世を願っていた照子の気持ちを考え秘密とするよう文吉は誠一を諭すののだった。

染物屋の旦那 文吉、妻 おきよ、妹 お徳を演じる坂本 武、吉川 満子、飯田 蝶子のやりとりも軽妙な いかにも下町人情喜劇風の出だしに始まり、 やがて、お徳の息子で大学生の 誠一と女給 照子の身分違いの恋、そして、照子が妊娠して死んでしまうという悲恋メロドラマへ。 この、下町人情物とメロドラマのブレンド具合が絶妙。 女給への職業差別、夫の浮気を受け入れることも甲斐性とされるような弱い妻の立場など、当時の女性の地位の低さを背景とする物語ですが、 そのような価値観を当然のものとして扱わず、会話を通して登場人物の葛藤を丁寧に描写した、 そんな世の中のやるせなさを感じさせる映画でした。

冒頭の講談の講釈場の場面や、お徳が働く牛鍋屋での賑やかな宴会や大学生のコンパの様子、 豪華な銀座のカフェー、つつましやかながらも洒落た照子の部屋など、当時の風俗の描写も丁寧。 特に深刻な事態の場面、 照子の部屋で誠一が妊娠を告げられる場面での照子の動きや部屋の小物のモンタージュ、 文吉が妻 おきよ に子を引き取ると説得する場面での怒った おきよ の戸や襖を開け閉めしながらの動きや、 受け入れるようお徳がおきよを説得する場面での狭い部屋の中での2人の会話と動き、など、 大袈裟ではなくさりげない動きと台詞を重ねていくあたりは、これぞ松竹大船調という描写です。

また、女手一人で息子を育てた お徳 と、その優秀さが自慢の (しかし女性にうぶな) 息子 誠一、 そして誠一を誘惑するも真剣な恋仲になってしまう照子の関係に、 小津 安二郎 『浮草物語』 (1934) [鑑賞メモ] での 信吉、母 おつね、信吉と恋仲になる おとき の関係が被って見えたのは、 母役がどちらも 飯田 蝶子 だというだけでなく、 照子を演じた 飯塚 敏子 が瓜実顔の和顔美人で、おときを演じた 坪内 美子 (やはり松竹女優の中では和顔) とイメージが被ったからかもしれません。

『あこがれ』[スタヂオF版]
1935 / 16fps / 35mm / 無声 / 白黒 / 10 min.
監督: 川喜田 壮太郎

『あこがれ』 (五所 平之助 (監督), 松竹蒲田, 1935) のロケ現場で撮られたフィルムを 約10分の短編サイレント映画に仕上げたもの。 画面構成などに素人っぽさが残るものの、話が追えるだけの編集がされていました。 元の映画を観たことが無いので、元の物語をどの程度再現したものか判断し兼ねましたが。

『人生のお荷物』
1935 / 松竹蒲田 / 白黒 / 67 min.
監督: 五所 平之助. 原作・脚色: 伏見 晁.
斎藤 達雄 (福島 省三), 吉川 満子 (妻 たま子), 葉山 正雄 (息子 寛一), 坪内 美子 (長女 高子), 大山 健二 (夫 小見山 哲雄), 田中 絹代 (次女 逸子), 小林 十九二 (夫 栗山 俊吉), 水島 光代 (三女 町子), 佐分利 信 (婿 中尉 橋本 公正), 六郷 清子 (女中 お浪), etc

映画館で観るのはは初ですが、以前に観たことのある映画です [鑑賞メモ]。 善良な人たちの小市民的な悩みを風刺込みでコミカルに描いたホームドラマですが、さすがよく出来ています。

『花嫁の寝言』
1933 / 松竹蒲田 / 白黒 / 57 min.
監督: 五所 平之助. 原作: 湯山 東吉. 脚色: 伏見 晁
小林 十九二 (會社員小村), 田中 絹代 (花嫁春子), 斉藤 達雄 (学生斉田), 江川 宇礼雄 (学生江見), 大山 健二 (学生大久保), 谷 麗光 (学生日山), 龍田 静江 (酒場のマダム), 逢初 夢子 (ダンサー夏子), 飯田 蝶子 (隣家の内儀), 河村 黎吉 (その亭主), 坂本 武 (泥棒), etc.

抜け駆けて先に卒業、就職した小村が、留年した大学時代の学友に奢らされ、 寝言が色っぽいと聞きつけられ、新婚宅に押し掛けられて、の騒動を描いがコメディ映画です。 『マダムと女房』 (五所 平之助 (監督), 松竹蒲田, 1931) [鑑賞メモ] のヒットを受け、 田中 絹代 の少し鼻にかかった甘い発声 (花嫁の寝言) に焦点を当てた話になっています。 特に登場人物の設定に重なりはありませんが、冒頭で「私の青空」がかかったりと、世界観は共有しています。 コント劇の舞台を収録したような感もあって、後に観られるような繊細な日常描写はまだ感じさせません。

『花婿の寝言』
1935 / 松竹蒲田 / 白黒 / 73 min.
監督: 五所 平之助. 脚色: 伏見 晁.
林 長二郎 (花婿), 川崎 弘子 (花嫁), 小林 十九二 (花婿の友人), 忍 節子 (その細君), 水島 亮太郎 (花嫁の父), 髙松 栄子 (花婿の母), 齋藤 達雄 (研究家), 突貫 小僧 (酒屋の小僧), etc.

タイトルからして『花嫁の寝言』のヒットを受けての作品で、 小林 十九二 の役のカラミで『花嫁の寝言』の内容をネタにした笑いもあります。 しかし、この作品は 田中 絹代 は出演しておらず、フォーカスされるのは 林 長二郎 と 川崎 弘子。 この2人が演じる新婚夫婦の甘いやりとりにフォーカスしたお惚気コメディです。 対比となる 小林 十九二 と 忍 節子 の友人夫婦や、 齋藤 達雄 演じる催眠術を操る怪しい心霊術研究家や、突貫 小僧 演じる酒屋の小僧など、脇役も個性的。 コメディ映画として『花嫁の寝言』よりもグッと洗練された演出、構成になったように感じられました。

『花嫁の寝言』や『花婿の寝言』のようなたわい無いコメディも楽しんだのですが、 やはり、人情の中にも世のやるせなさを感じさせた『朧夜の女』が、心の琴線に触れるものがありました。

上映の合間を使って、展示室で開催中だったこの展覧会も観ました。

Eiji Tsuburaya: On the 120th Anniversary of His Birth
国立映画アーカイブ展示室
2021/07/17-2021/10/17 (月休;8/9,9/20開;8/10,9/21休), 10:00-18:00.

『ゴジラ』や『ウルトラマン』の特殊撮影 (特撮) で知られる 円谷 英二 の回顧展です。 特撮映画は疎いのですが、このような展示を観て体系的に観れば面白いのだろうと思わせるものがありました。 しかし、やはり興味を引かれたのは、戦前の活動初期。 京都で 衣笠 貞之助 率いるグループに参加し、前衛映画で知られる 『狂つた一頁』 (新感覚派映画聯盟, 1926) にも撮影補助で参加していたことに気付かされました。 この衣笠映画聯盟時代に参加した映画として『風雲城史』 (山崎 藤江 監督, 松竹キネマ (京都), 1928) の抜粋もモニターで上映されていました。 その後、J.O.スタヂオ (後の東宝となる映画会社の1つ) へ移籍。 展覧会に合わせての上映会 (チケット瞬殺で観られず) があった 『かぐや姫』 (田中 喜次 監督, J.O. スタジオ, 1935) も会場内モニター上映されていました。 この前に製作された音楽映画 『百萬人の合唱』 (富岡 敦雄 監督, J.O. スタジオ, 1935)、 『新しき土』 (Arnold Fanck / 伊丹 万作 監督, ファンク映画製作所=東和商事=J.O.スタヂオ, 1937) [鑑賞メモ] など、 J.O. スタジオ時代の資料も興味深かったです。 この衣笠映画聯盟時代〜J.O. スタヂオ時代の映画など、まとめて観る機会があればと思います。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3950] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 14 10:48:39 2021

アニメーション映画 Les Hirondelles de Kaboul 『カブールのツバメ』 (2018) が良かったので [鑑賞メモ]、 原作の小説の翻訳 ヤスミナ・カドラ, 香川 由利子 (訳) 『カブールの燕たち』 (2002; 早川書房 / ハヤカワepiブックス, 2007) を読んでみました。タリバンの抑圧的な統治下で不条理な状況を描いた小説で、 Zunaira が Mohsen を殺してしまうことになる夫婦喧嘩に至る筋や、 看守の Atiq の病の妻 Mussarat が夫 Mohsen を殺して死刑囚となった Zunaira の身代わりになるというプロットは、ほぼ原作を踏襲していました。

特に大きく変更されていたのは Zunaira と Mohsen の夫婦で、小説では女性解放のために闘っていた司法官と外交官という設定ですが、映画では画家と歴史教師となります。 小説のエンディングは Mussarat が身代わりになったことはバレないものの、 Mussarat への罪の意識の中、姿を消した Zuraira へ探し求め、Atiq は狂乱し民衆に殺されます。 それが、映画では Mussarat が身代わりになったことがバレることにより Atiq は殺される一方、 Zuraira が Mohsen の恩師 (これも映画で追加された登場人物) の家に逃げ込む場面で終わります。 小説では明らかに Atiq が主人公ですが、映画ではポスターなどに使われているのも Zunaira の顔であるように、Zunaira に主人公と言ってもいい程のウェイトが置かれていました。

Zunaira を画家とし、ラストに姿を消すのではなく生きて逃げ延びたことを明確に描くという 変更点で気付いたのですが、この映画では、Zunaira は自由への希望を持って逃げたというより、この悲劇を伝えるために最後に一人生かされます (Dialogues des Carmélites [鑑賞メモ] で殉教しそなった Mère Marie の役回りと同じ)。 アニメーション中で Zunaira が壁に描く絵のスタイルがアニメーション自体の絵とスタイルと同じなのは、 このアニメーションの絵は Zunaira が描いたものという設定だったのか、と。

あと、アニメーション映画と小説の手法の違いもあるとは思いますが、アニメーション映画の方がタリバン支配下の不条理な状況を客観的に描く感が強く、 最後の Zunaira が逃げ延びる描写もリアリズム的です。 しかし、小説では Atiq と Mussarat の内面が丁寧に描かれ、終わりに近くなるにつれて Atiq の主観描写が強くなります。 狂乱して殺される Atiq のエンディングにしても、愛を知ってしまったことの業のようなものを感じさせ、寓話的に感じられました。

[3949] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Nov 8 23:07:53 2021

文化の日の祝日は、自宅でゆっくり。午後にストリーミング配信を観ていました。

A post-human dance fiction by Colette Sadler
2017. 45 min.
Choreography: Colette Sadler
Performance: Leah Marojevic
Music: Brendan Dougherty; Photography and Video: Mikko Gaestel; Light: Samuli Laine; Costume: Eyal Meistel; Object: Mathis Burandt / neue tische; Graphic Design: Elena Anna Rieser; Dramaturgy: Assaf Hochman; Production Management: Mira Moschallski.
Produced by Colette Sadler / Stammer Productions and Dance4 / Arts Council of England.
Funded by Creative Scotland.
Supported by residencies at TanzHaus Zurich and NordDance, Bora-Bora Aarhus
Creation: 2017.
東京芸術祭2021 Vimeo URL: https://vimeo.com/ondemand/learningfromthefuture
2021年10月29日〜11月8日

英国スコットランドのグラスゴーを拠点に活動する Colette Sadler による作品です。 バックグラウンドは知りませんでしたが、東京芸術祭2021による配信ということで観てみました。 収録日時場所は不明ですが、有観客での収録で、ビデオ配信を前提とした作品ではありません。 ライブではなくオンデマンドの配信で観ました。

サイボーグ「BODY A」を登場人物とする作品ということですが、 女性ダンサーが演じるのは、サイボーグというより、FPS/TPSゲームに出てきそうな3Dモデリングして物理エンジンで動く人物の動きを模したようなダンスでした。 自然な動きを模擬しようとして「不気味の谷」に落ちてしまったような動きです。 しかし、およそ幅1 m、高さ2 m、奥行き20 cmの直方体のモノリスを舞台中央に正面を少し左に振て起き、 暗闇の中で人物とモノリスが浮かび上がるようにライティングしたり、ストロボを使ったりすることで、 3Dモデリングされた人物っぽさがグッと上がります。 少々ステロタイプではありますが、electronica な音楽もそんな世界観に合っていました。 物語的なものはほとんど感じられませんでしたが、そんな演出もあり約40分飽きずに楽しむことができました。

その演出をビデオでも楽しむためには劇場並みに上映空間を暗くして観た方が良いでしょう。 しかし、家庭用の普通の遮光カーテンでは昼に十分に暗くできず、自宅ではその環境を作るのが難いです。 昼に観たのですが、夜に観た方がよかったでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

もう一本、NHK BS プレミアムシアターで放送された musicAeterna, Teodor Currentzis & Sasha Waltz & Guests: Beethovens 7. Symphonie in Delphi (5/6.6.2021) をNHKオンデマンドで観ました。 少しずつ日が暮れようという時間帯に、ギリシャ・デルフィの古代遺跡の風景の中、古代劇場でのコンサートとその周囲でのダンスを、 周囲に配置されたカメラだけでなくドローンを駆使した空撮も使い、美しく捉えていました。 ですが、Sasha Waltz & Guests を目当てに観たので、出番は少なめで、少々物足りないものがありました。うーむ。

[3948] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Nov 7 21:58:23 2021

先週末土曜は午後に横浜桜木町というか紅葉ヶ丘へ。このコンサートを聴いてきました。

神奈川県立音楽堂
2021/10/30, 15:00-17:30.
L'Ensemble K: Adèle Carlier (soprano), Elodie Haas (violin), Xavière Fertin (clarinet), Marie Viard (cello), Sébastien Dubourg (piano), Grégory Massat (percussion).
第1部:「禁じられた音楽」による室内楽コンサート
Bertolt Brecht / Kurt Weill: Complainte de Mackie Messer de l'Opéra de Quat'sous (1928); Maurice Magre / Kurt Weill: Complainte de la Seine (1934); Roger Fernay / Kurt Weill: Youkali (1935); Bertolt Brecht / Kurt Weill: Kanonen-Song de l'Opéra de Quat'sous (1928); Erwin Schulhoff: Duo pour violon et violoncelle (1925) 2ème mvt « Zingaresca »; Paul Dessau: « Guernica » nach Picasso pour piano (1937); Bruno Giner: Paraphrase sur « Guernica » de Paul Dessau (2006).
第2部:オペラ「シャルリー」
Bruno Giner: Charlie de poche d'après la nouvelle “Matin brun” de Franck Pavloff (2017)
Metteur en scène: Christian Rätz Lumière et technique: Anthony Auberix
Production: Ensemble K; Coproduction: CCAM – Scène nationale de Vandoeuvre-lès-Nancy
Première: 11 février 2018, CCAM de Vandoeuvre-lès-Nancy
Création: le 8 octobre 2008 par l’ensemble Aleph, Lubjana.
第3部: ブルーノ・ジネールとのトークセッション
やなぎみわ (美術作家, 舞台演出家), Bruno Giner (作曲家), 井上 はるか (神奈川県立音楽堂プロデューサー), 加藤 リツ子 (トーク翻訳).

原作に親しんでいたわけでなく、作曲家もこの作品で知った程でしたが、 「ポケット・オペラ」 (Opéra de poche) というスタイルと ティーザー映像 [YouTube] に、 また、ナチスに Entartete Musik (退廃音楽) とレッテルを貼られ禁じられた戦間期の音楽を集めた第1部の選曲に引かれて、足を運んでみました。

第1部の前半は歌物で、 ナチスにドイツを追われアメリカ亡命前のパリ時代に Weill が作ったフランス語のシャンソン2曲も取り上げていました。 Brecht / Weill は演劇の文脈での上演やジャズ/ロックのカバーでは高音部をオクターブ下げて歌われるのが普通ですが、 そうでないところにクラッシック・コンサートらしさを感じました。 また、Brecht とのドイツ語の歌やアメリカ時代の英語の歌 (“Speak Low” とか) は聴く機会がそれなりにありますが、シャンソンはほとんどありません。 特に “Youkali” など Weill らしい旋律にフランス語の歌詞が新鮮に感じられました。 Weill のシャンソンをもっと聴きたくなりました。

第2部は Charlie。 2000年代に欧州での極右の台頭を受けてベストセラーとなったディストピア短編小説ですが、 茶色い猫のペットを禁止がエスカレートしてついに主人公 Charlie の逮捕に至る話は Martin Niemöller に言葉に基づいて作られたナチスの台頭を戦争直後に描いた詩 “Als die Nazis die Kommunisten holten” 『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』を思い出させる物語です。 トークセッションの Bruno Giner も、原作の短編が話題となった文脈というよりも (全く無関係ではないと思いますが)、 第1部の選曲同様、戦間期への興味が創作のベースにあるようでした。

アンサンプルの前に白い半透明の紗幕を下げ、その前の空間で5脚の椅子などを使い、 そこを Charlie の部屋に見立て、ソプラノ歌手が Charlie を演じます。 ベルカントのようなオペラ的な歌唱はあまり使わず、低いセリフのような歌唱やアンサンプルも含め掛け声も使うので、 「ポケット・オペラ」というより、生伴奏付き一人芝居風音楽劇を観ているようでした。 といっても、ソプラノ歌手だけが一人で演じ続けているだけでなく、アンサプルのミュージシャンも、 紗幕の裏で声をかけたり新聞を読むような演技をしたり、紗幕の前から出てきて自警団員などの役を演じます。 そんなアンサンブルの介入が Charlie の平穏な生活を異化する演出が良かったです。

トークセッションでは男性主人公 Charlie を女性のソプラノ歌手が演じるという点も異化作用を狙ったものとのこと。 確かに、新聞で競馬の情報を得たりサッカーをTV観戦したりと女性らしからぬ場面も無いわけではないですし、 フランス語に通じていないので自分にはわかりませんでしたが、歌詞も男言葉だったのかもしれません。 そういった点が掴めなかったので、若い女性が主人公の話として異化を感じることなく観てしまいました。 といっても、音楽劇という形式もあって、リアリズム的な面からは逃れていて、ディストピア物の陰鬱さを抑えられ、可愛らしいというか、寓話的。 その演出は、Brecht 劇というより、Olivier Py のグリム童話 [鑑賞メモ] に近いものを感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

今年も大道芸ワールドカップin静岡は中止で11月は余裕があるだろうと思っていましたが、 公演が復活しはじめている一方で、COVID-19下でよく観るようになったストリーミングもあって、 書くペースが観るペースに追いつきません。うーむ、いけません。

[3947] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Nov 3 20:49:58 2021

先々週末の話になってしまいましたが、日曜午後にこの作品をストリーミングで観ました。

Dandee Rep Theatre
17 or 18 June 2021, 70 min.
Conceived and Directed by Joan Clevillé; Choreography by Joan Clevillé in collaboration with Scottish Dance Theatre Dancers
Performed by Scottish Dance Theatre: Bonni Bogya, Kieran Brown, João Castro, Glenda Gheller, Luigi Nordone, Nicole Nevitt, Jessie Roberts-Smith, Pauline Torzuoli, Solène Weinachter, Johanna Wernmo; Rehearsal Director: Naomi Murray.
Digital Artist: Tao-Anas Le Thanh; Costume and Set Design: Matthias Strahm; Lighting Design: Emma Jones.
Music: Carl Friedrich Abel, Johann Sebastian Bach, George Frederic Handel, Marin Marais, Domenico Scarlatti, Antonio Vivaldi.
Premier: 17 June 2021, Dundee Rep Theatre (streaming).
東京芸術祭2021 Vimeo URL: https://vimeo.com/ondemand/thelifeandtimes
2021年10月15日〜25日

英国スコットランドの Scottish Dance Theatre がCOVID-19によるロックダウンの解除の後に最初に取り組んだ作品で、 彼らの拠点てある劇場 Dundee Rep から無観客ライブ配信することを前提として制作されたものです。 今回はその際に録画されたものをオンデマンド配信で観ました。

使うカメラは1台のみでカメラの切り替えなしのワンショットで撮影されています。 カメラは固定ではなく、Tao-Anas Le Thanh がスタビライザー付きカメラを持ち、ダンサーの中に混じって撮影をしています。 劇場内はテーブルなどの道具はあるものセットは無く、カメラをパンして場面を切り替えるだけなく、 キャスター付き台車の上に立てられた無塗装の高さ2 m、幅1 m程度の木製パネルを数台活用し、 効果的に視界を遮りながらトリッキーに場面切り替える技も面白く感じられました。

ワンショットでライブ感を出した動画の配信といえば 中村 蓉 『ジゼル特別30分版』 [鑑賞メモ] も思い出しますが、 こちらはサイトスペシフィックな空間の中でカメラがダンサーをカメラがダンサーを追う追ううちに観客もその空間に迷い込む感が面白く感じられました。 一方、この作品は、劇場という空間を使っていることや、踊るダンサーが多いことから、 ワンショットならではのライブ感などは共通するものの、 フロアの上でダンサーの中でカメラがより能動的にインタラクションしているように感じられる映像でした。

テーマとしては時の流れというものがあったようで、バロック音楽に合わせて、 その時代の服装をした狂言回し的な役回りの男女2名がドタバタを繰り広げつつ、 最後の場面に観客となる以外は2名とほとんど干渉せずに現代的な服装をしたダンサーが踊るというものでした。 狂言回し的な役の男性はバロック時代の服装というより、 A Midsummer Night's Dream に出てくる Puck を連想させられたのですが、 やはり、それを意識していたのでしょうか。

2020年まで毎年秋に東京芸術劇場周辺では 東京芸術祭 と FESTIVAL/TOKYO という 2つの演劇祭が並行して開催されていましたが、今年は東京芸術祭に一本化されました。 優れた海外カンパニーを招聘しての公演が多く楽しみにしているのですが、 昨年に続き今年も海外カンパニーの参加は配信が中心。 コロナ禍で仕方ないとはわかっていても、寂しいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

劇場へ行く機会が減ってしまったこともあり、 10月9日に世田谷パブリックシアターで東京芸術祭2021のガイドを貰うまで、 東京芸術祭のことをすっかり失念していました。いけません。 10月下旬になって遅ればせながら参戦、ということで。

[3946] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Nov 1 23:42:26 2021

先週末土曜の夜、帰宅後、宅飲みしながらお気楽に観るのにちょうどいいかなと思って ストリーミングで観たら、思いの外面白かったこのショーについて。

La Boxeuse amoureuse
La Seine Musicale à Boulogne-Billancourt
22 septembre 2020. 61 min.
Avec: Arthur H (musique), Marie-Agnès Gillot (chorégraphie et danse)
Avec la participation exceptionnelle de: Souleymane Cissokho (boxeur), Tom Duquesnoy (boxeur), Staiv Gentis (boxeur), Nicolas Repac (guitare, percussions, choeurs).
Réalisation: David Montagne.
Production: Heliox Films, Zycopolis.
ARTE Concert URL: https://www.arte.tv/fr/videos/099862-000-A/la-boxeuse-amoureuse-de-marie-agnes-gillot-et-arthur-h/
Disponible du 21/10/2021 au 22/09/2023.

Ballet de l'Opera National de Paris の étoile を2018年に引退した コンテンポラリーな作品を得意としたダンサー Marie-Agnès Gillot と、 1980年代末から活動する Tom Waits と比較されることの多いスタイルで知られるシンガーソングライター Arthur H (父は Saravah レーベルからのリリースのあった Jacques Higelin) とが、コラボレーションしたショーです。 ARTE TVでジオブロック無しでストリーミングされたので、顔合わせの意外さもあって観てみました。

2017年に Arthur H の “La Boxeuse amoureuse” のミュージックビデオ [YouTube] へ Marie-Agnès Gillot が出演したことが縁のようで、ショーのタイトルも La Boxeuse amoureuse です。 意味は「恋のボクサー」、ボクシングするように恋する女、といったニュアンスでしょうか。 2017年のビデオでは俳優の Roschdy Zem と共演し、バレエやダンスのテクニックを使うというより、 ボクシングと恋を重ね合わせるような演出の中で恋する女性を演じていました。

この舞台では、Marie-Agnès Gillot と「踊る」のは3人のボクサー。 セネガル出身の Souleymane Cissokho はアマチュア時代2016年リオ五輪の男子ウェルター級の銅メダリストで、 プロになってからもWBAスパーウェルター級でタイトルを取っているボクサーですし、 他の2人もボクサーとしての経歴を持っています。 音楽もピアノのボーカルの Arthur H に加え、No Format! レーベルでお馴染み Nicolas Repac がギターやパーカッションを弾き、 Arthur H だけでなく Repac の曲、Edith Piaf の “Hymne à l'amour” のカバーもあります。 2人のミュージシャンの間、少し前にリングを表す正方形のスペースが作られ、 ライブ演奏に合わせて、リングとその周辺のスペースを使ってパフォーマンスが繰り広げられます。

バレエのウォーミングアップやトレーニングをボクシングのそれに重ねるように始まり、 Gillot がボクサーとフロアワーク的なダンスで絡んだり、ボクサー同士が (試合ほどの本気度ではないですが) 戦ったり、 そしてラストに表題曲 “La Boxeuse amoureuse” を Souleymane Cissokho と踊ります。 それは、恋愛のメタファーとしてのボクシングではなく、自らを鍛え闘う者 (それはボクサーだけでなくバレエダンサーもそう) への敬愛を、 そして、アンコールでは勝ち抜いた者への崇敬を表現しているように感じられました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3945] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 31 19:44:10 2021

先週末の土曜日の晩は、数寄屋橋というか有楽町マリオンの中の劇場でこの舞台を観てきました。

オルタナティブシアター
2021/10/23, 18:30-17:45.
演出: 品川 瑞木 (CIRQUEWORK)
出演: 品川 瑞木, 西山 知希, Jean-Yves Willems, 浦和 新, SHADAI
音楽監修: 高波 由多加 (Namy / AmPm producer); 音響: 前野 公英 (SONICA); 照明: 遠藤 治郎 (SOIHOUSE inc.) + 上田 剛 (Ryu Co., Ltd)
プロデューサー: 金丸 雪菜 (SORA Inc.); 主催: SORA Inc.; 企画制作: WORQUES Productions

カナダ École Nationale de Cirque に学び、 40e Festival Mondial du Cirque de Demain (2019) で Médaille de Bronze を受賞するなど 海外のサーカスで活動する 品川 瑞木 [鑑賞メモ] が立ち上げたサーカスカンパニー CIRQUEWORKS の旗揚げ公演です。 Cirque du Soleil などの北米のサーカスで主に活躍するサーカスアーティストを集めての公演ということで、どのようなショーを作るのかという興味もあって観てきました。

品川自身が演じる aerial silk に始まり、ラストの swinging straps と空中芸を要所に配しつつ Cyl wheel, German wheel, floor acrobat に diabolo, ball juggling などの技を繰り広げていきます。 物語的な枠組みも使わず、クラウンを用いて場面を繋ぎ緩急を付けるようなこともなく、 衣裳や舞台装置を作り込んでテーマ的な世界観を作ることもなく、 照明によるミニマリスティックな演出で、 trance/hard techno のアップテンポなビートに乗って次々と技を繰り出しては見得を切る、という、 ぐいぐいと直球で見せる60分でした。 しかし、見応えの会ったのは、やはり空中芸。 冒頭の aerial silk はもちろん、中盤の3人の男性パフォーマーが並んでの aerial straps にしても、 カウンターウェイトのパフォーマーも使い、silk や straps 自体も上下させてのダイナミックなもの。 もちろん、品川を加えた3人が左右に大きく振っての動き見せた swinging straps も見応えありました。

先日、日本のサーカスアーティストが上演した Raphaëlle Boitel: Fierce 5 [5es Hurlants] もそうですが [鑑賞メモ]、 アート的なコンテンポラリーダンスに近接して公共劇場を主な上演の場として サーカススキルも活用した舞台作品を作るという方向性を持ったコンテンポラリーサーカスのカンパニーが欧州を中心に増えており、 自分もそんな作品の公演を好んで観てきてはいます。 しかし、その一方で、 Festival Mondial du Cirque de Demain [鑑賞メモ] や 『大道芸ワールドカップin静岡』 のワールドカップ部門を観ていると [鑑賞メモ]、 照明や音楽による演出を現代的にアップデートしつつ、 高難度、もしくは、道具や構成に個性的なアイデアを織り込んだ技を見せることに重心を置いた エンターテインメントとしてのサーカスの世界も奥深く、そんなパフォーマンスも楽しんできています。 そして、『RENEW』はどちらかといえば後者の文脈に乗る作品です。 2020年、2021年と『大道芸ワールドカップin静岡』が中止になってしまい、このようなパフォーマンスを観る機会が無くなっていたので、 久々にダイナミックにアクロバティックな技を堪能できました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3944] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 31 12:05:08 2021

先週末の土曜日は、日暮れに京橋から数寄屋橋にかけて軽くギャラリー巡り。 ギャラリー小柳では橋本 晶子。 細密で写実的な鉛筆画。トレーシングペーパーに書かれた実物大のカーテンは、暗めな照明の中では、半透明なレースカーテンのよう。 しかし、久々に行ったら (COVID-19以降初か)、フロアの半分に他のオフィスが入り、広さが半分程になっていて、ちょっとびっくり。

Chanel Nexus Hall では Guy Bourdin: The Absurd and the Sublime。 この会場らしく、いわゆるファッション写真です。 会期末だったせいか予想以上に混雑していて、びっくり。 撮影可だったのですが、作品を撮るというより、自撮りしたり他の人に写真に撮ってもらっている人も多く、「映え」な場所と評判になってたのでしょうか。 今までこんな感じの展覧会に遭遇したこと無かったので、ちょっと新鮮でした。

Les Couleurs en Jeu
『ル・パルクの色 遊びと企て|ジュリオ・ル・パルク展』
Ginza Maison Hermès Le Forum
2021/08/12-11/30 (無休), 11:00-20:00 (日-19:00).

アルゼンチン出身で1959年にパリへ移住、1960年に GRAV (Groupe de recherche d'art visuel) を結成したアーティストの展覧会です。 シンプルなフォルムと高彩度の色彩を使った平面作品、立体作品、キネティックアートさらに 公共の場に出てのパブリックアートを作成してきています。 今回も、ギャラリー Le Forum 内だけでなく、 Ginza Maison Hermès の外壁やエスカレータへのインスタレーションも含む展示でした。

色鮮やかでスケールの大きい作品、インスタレーションも楽しみましたが、 GRAV の Une journée dans la rue, Paris (1966) の白黒の記録写真に、20世紀半ば、ミニマル・アートがギャラリーを出て ランドアート、パブリックアートとなり始めたのと、もしくは、 同時代に活動を始めた Daniel Buren [鑑賞メモ] と、同時代的なものを強く感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

Chanel Nexus Hall 同様 Hermès Le Forum もラクジュアリー・ブランドのギャラリーで、こちらも撮影可でしたが、 展示内容の違いもあってか、会場も比較的空いてましたし、作品を撮る人はいれど、自撮りなどをしている人はいません。 客層の違いがとても興味深く感じられました。

[3943] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 25 22:05:46 2021

先週末の日曜は、夕方に横浜山下町へ。この舞台を観てきました。

KAAT神奈川芸術劇場 ホール
2021/10/17, 16:00-17:20.
第一部:『Opening I』, 『追憶のギリシャ』, 『BOLERO 2020』; 第二部:『The 80's Ghosts』, 『Opening II』
演出振付: 金森 穣.
出演: 小林 十市, 金森 穣、井関 佐和子、山田 勇気, 浅海 侑加, Geoffroy Poplawski, 井本 星那, 三好 綾音, 中尾 洸太, 庄島 さくら, 庄島 すみれ, 坪田 光, 中村 友美, 樋浦 瞳.
音楽: Lera Auerbach (『Opening I』, 『Opening II』), Μάνος Χατζιδάκις [Manos Hadjidakis] (『追憶のギリシャ』), Maurice Ravel (『BOLERO 2020』), Hugues Le Bars (『The 80's Ghosts』).
衣裳: 堂本 教子.

トリエンナルで開催されている横浜のダンス・フェスティバル Dance Dance Dance @ YOKOHAMA の 今年のディレクターは元 Béjar Ballet Lausanne の 小林 十市、 そして、フェスティバルの最後を飾ったはこの 小林 十市 をフィーチャーした Noism の公演でした。 小林 十市 は1989年に Béjart Ballet Lausanne に参加した一方で、 Noism 芸術監督 金森 穣 は 1992年設立の Ecole-Atelier Rudra Béjart Lausanne に一期生として渡欧した経歴があります。 2人の接点となった Maurice Béjart へのオマージュも交えつつ、 私的な記憶に始まり、現在を経由して、時代の記憶に至る1時間余の舞台でした。

金森 と 小林 の出会いを象徴的に描くような『Opening I』に続き、 Béjar がよく使ったという Hadjidakis の音楽で踊られる『追憶のギリシャ』は親密さを伴う私的な人間関係を描くよう。 そして、Béjar の作品 [鑑賞メモ] でも有名な Ravel の曲を使いCOVID-19パンデミックによる外出制限を描いた映像舞踊を舞台化した『BOLERO 2020』が続きます。 休憩を挟んで後半は、小林が Béjart Ballet Lausanne に参加した1989年にフランス革命2000年を受けて作られた Béjar 作品 1789... et nous を参照した『The 80's Ghosts』で、 その時代の雰囲気も含めこの Béjar の作品に込められたメッセージに立ち返るよう。 そして、再会、再出発の『Opening II』に戻るという構成でした。

自分にも身近な状況を扱っているということもあると思いますが、中で最も印象に残ったのは『BOLERO 2020』。 映像舞踊 [鑑賞メモ] では 自宅風に見せた空間の中で踊り、その映像をマルチウインドウ画面で組み合わせていました。 舞台上ではそれぞれのダンサーに1脚ずつの椅子のみでその他の家具は途中で天井から下げられる2台の姿見のみ。 マルチウインドウのそれぞれの画面に相当する枠を装置を使って作らずに、 それぞれのダンサーごとにライティングでフロアを長方形に区画し、 ライトのオンオフで画面切り替えのような効果を作り出していきます。 方形の光の中で踊るダンサー、暗がりの中で床に伏せているダンサー、 椅子に座って姿のみが浮かび上がってダンサーが、 舞台の上で併存し、様々なタイミングで切り替わっていきます。 舞台の上でほとんど干渉し合わないため、 多くの人々がそれぞれ孤立した状態に置かれて苦闘している様が浮かび上がるようにも感じられました。 そして、フィナーレの集合の場面への転換もライティングを変えるだけなので、スムーズ。 中央に 小林 がセンターにフィーチャーされて、Béjar 作品に近づいたようにも感じられました。 映像舞踊ではユーモラスにすら感じられましたが、 ダンス (身体の動き) はそのままに、ライティングも巧みなミニマリスティックな演出で、 ここまでスタイリッシュな舞台に仕上がるのか、と、驚きました。 素晴らしかった『春の祭典』 [鑑賞メモ] と併せ、 COVID-19パンデミックを記憶する作品として再演を続けて欲しいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この週末 (とその前の週末) は Béjar Ballet Lausanne の来日公演も上野の東京文化会館であって、ハシゴしたファンもいた模様。 自分はそちらは諦めましたが、それでも、2週連続土日共に劇場へ行ってました。 週末土日ともに劇場とか美術館とかへ行ってしまうと、鑑賞メモを書くだけの気力体力時間が残りません(弱)。 それが2週続くと辛いものがあります。 今年の10月半ばに過密スケジュールになることは、3月に公共劇場の年間スケジュールが発表になりはじめた時点で 予想はついてましたが。 COVID-19以前は例年のことでしたが、10月から11月にかけては公演ラッシュになりがちですね。うーむ。

[3942] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 24 20:07:06 2021

先週末の土曜の午後は、2週続けて三軒茶屋へ。この舞台を観てきました。

世田谷パブリックシアター
2021/10/16, 15:00-16:30.
構想・出演: François Chaignaud [フランソワ・シェニョー], 麿 赤兒
振付アシスタント: 鉾久 奈緒美 (大駱駝艦); 衣裳: Romain Brau, Cédrick Debeuf, 堂本 教子; 面: 小津 清太郎.
技術監督・照明デザイン: Abigail Fowler; 音響オペレーター: Nicolas Hadot; ステージオペレーター: Brice Dolorme.
企画制作: 大駱駝艦, 世田谷パブリックシアター
世田谷アートタウン2021関連企画, 日仏国際共同制作ダンス公演.
Premiere: 30 septembre 2020, Mainson de la musique de Nanterre (Festival d'Automne à Paris 49e édition)

COVID-19パンデミック下の2020年12月に Romances inciertos, un autre Orlando で来日した [鑑賞メモ] François Chaignaud が 舞踏集団 大駱駝艦を率いる 麿 赤兒 [鑑賞メモ] とコラボレーションした作品です。 かなり作風が違う2人がどのようなコラボレーションをしたのかという興味もあって、足を運びました。

アフター・トークで2013年に 麿 赤兒 から声をかけたというエピソードも納得の、麿 赤兒 の色濃い作品でした。 Romances inciertos, un autre Orlando のようにリサーチをしてコンセプトを練り上げるというより、 Chaignaud のギリシャ/ローマ古典の彫刻のような美青年のイメージを出発点に、さらなるイメージを広げていくような舞台でした。 Romances inciertos, un autre Orlando では晒すことがあまりなかった Chaignaud の身体も美しく、身体語彙はバレエのテクニックも感じさます。 一方、麿 赤兒 は舞踏的な動きは殊更強調せずに、むしろ、年齢性別不詳なキャラクターを生かしていました。 衣裳もキッチュさを感じさせるもので、その不条理なイメージ展開を楽しみました。

この公演は「世田谷アートタウン2021関連企画」で、例年は、 『三茶de大道芸』に合わせてコンテンポラリーサーカスの公演が当てられるのですが、 今年はコンテンポラリーサーカスの公演が1週前になる [鑑賞メモ] という異例のスケジュールでした。 といっても、大駱駝艦 (ゴールデンズ) も大道芸の常連なので [鑑賞メモ]、違和感はありません (そうか、Gold Shower は超豪華なゴールデンズなのか!?)。 しかし、COVID-19パンデミックのため、去年に続いて今年も大道芸は中止になり「大道芸onステージ」になってしまいました。 世田谷パブリックシアターのある三軒茶屋へ行っても周囲に大道芸の賑わいが無いのは、毎年楽しみにしていただけに、やっぱり寂しいものがありました。 去年は大道芸だけでなく劇場公演 (Cie Oktobre) も中止で、ビデオ上映会だった [鑑賞メモ] ことを考えると、先週末今週末と劇場公演ができただけマシですが。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3941] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 17 20:22:51 2021

先週末の日曜は昼に京橋へ。 毎年恒例の国立映画アーカイブのサイレント映画の上映企画 『サイレントシネマ・デイズ2021』 で このサイレント映画を観てきました。

The Thief of Bagdad
1924 / United Artists (USA) / 140 min. / 35mm 1.33:1 24fps / B+W / silent
Directed by Raoul Walsh
Screenplay by Achmed Abdullah, Lotta Woods. Story by Douglas Fairbanks.
Douglas Fairbanks (Ahmed, the Thief of Bagdad), Julanne Johnston (The Princess), Sojin Kamiyama [上山 草人] (Cham Shang, the Prince of Mongols), et al
Produced by Douglas Fairbanks.

スタントを使わないアクションで 『怪傑ゾロ』 (The Mask of Zorro, 1919) などの冒険活劇のヒーローを演じ、サイレント映画で人気を博したアメリカの俳優 Douglas Fairbanks。 ソヴィエト・ロシアのアヴァンギャルド期の映画ポスター [鑑賞メモ] にも多くなっている程ですが、 スチル写真や短い動画をチェックした事がある程度だったので、ちゃんと観る良い機会と、足を運びました。

バクダットの宿無しの盗賊が、街中で見染めたお姫様をさらおうと、偽って花婿候補となって王宮に入りこむが、お姫様の本心を知り、改心します。 そして、様々な困難を乗り越え魔法の品を得て、それで作った大軍勢で、お姫様を窮地から救い、正式に王子として迎えられてハッピーエンドという、典型的な冒険活劇物です。 まだ特撮技術も洗練されていない頃ですし、物語も単純、後半、ヒーローが様々な困難を乗り越えていく場面もロール・プレイング・ゲームのよう。 とはいえ、空飛ぶ絨毯のような特撮や、大きな王城のセットを使った大軍勢のスペクタクルなど、当時としては画期的だったのだろうと思わせるだけのものはありました。 流石に最近は実写の映画・TVドラマなどであまり見かけなくなったように思いますが、 「快盗」ヒーロー主役がで、アクションとコミカルな場面を交えつつ、陰謀に巻き込まれたヒロインを救う、 という冒険活劇の原点を観るようでした。 (自分はアニメーション映画 『ルパン三世 カリオストロの城』 (1979) を連想しました。)

併映でサイレントの短編映画 Benjamin Stoloff (dir.): Grief of Bagdad (Fox (USA), 1925)。 The Thief of Bagdad の城内の主要な場面を中心にストーリーを簡略化して、 ヒーロー (盗賊)、お姫様、敵役の (モンゴルの) 王子の3役を猿 (チンパンジー) で演じさせたパロディです。 よくこんなものを作ったなと思いつつ、元ネタを観た直後だったので衣装などのディテールにこだわりが感じられ、 笑いながら観ることができました。

上映は柳下 美恵 のピアノに加え 鳥飼 りょう のパーカッションの生伴奏付きでした。 状態の良いフィルム上映で生伴奏付きという、現在の日本ではベストに近い環境で観られて良かったでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

自分が初めて観たサイレント映画は、というと、おそらく、高校生の頃 (1983-5年)、新宿の黙壺子フィルムアーカイブ上映会で、 Réne Clair: Entr'acte (1924) とか戦間期アヴァンギャルドの実験映画でしょうか。 もちろん、映画弁士も生伴奏もなし。 当時はサイレント映画への興味というより、実験映画への興味でした。 1990年代入って次第に自分の興味も広がり、Boris Barnet などのソヴィエトのサイレント映画や、 Buster Keaton、サイレント期の 小津 安二郎 なども好んで観るようになりましたが、 この頃はまだ、活動弁士や生伴奏が付いての上映も、ほとんど意識していませんでした。 ある意味、娯楽映画の本流ともいえる冒険活劇映画やメロドラマ映画の上映へ足を運ぶようになったのは、ここ10年ほどでしょうか。 小津 以外の日本のサイレント映画を観るようになったり。 最近は、生伴奏抜きでサイレント映画の上映を観る気がしませんし。 まさか、こうして Douglas Fairbanks の冒険活劇映画を生伴奏付きで観るようになるとは。自分も変わったものです。

[3940] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Oct 16 22:57:13 2021

先週末の土曜の午後は、渋谷で映画を観た後に、三軒茶屋へ移動。この舞台を観てきました。

世田谷パブリックシアター
2021/10/09, 15:00-16:30.
Conception et mise en Scène: Raphaëlle Boitel.
Collaboration artistique, scénographie, lumière et conception du Spider: Tristan Baudoin. Musique originale: Arthur Bison. Assistant: Julieta Salz
出演 [Avec]: 皆川 まゆむ [Mayumu Minakawa], 長谷川 愛実 [Aimi Hasegawa], 杉本 峻 [Shun Sugimoto], 目黒 陽介 [Yosuke Meguro], 吉川 健斗 [Kento Yoshikawa], 山本 浩伸 [Hironobu Yamamoto], 安本 亜佐美 [Asami Yasumoto].
リハーサルアシスタント, アンダースタディ: 吉田 亜希 [Aki Yoshida]
世田谷アートタウン2021関連企画, French Circus Focus 2021, フランス×日本 現代サーカス交流プロジェクト
Création: 2015.

世田谷パブリックシアターで2019年に Cie l'Oublié(e) で初来日公演した [鑑賞メモ] フランスの現代サーカス・アーティスト Raphaëlle Boitel の2015年作を、 Boitel が選出した日本のサーカスアーティストによるキャストで再制作したものです。 ながめくらしつ [鑑賞メモ] を主宰するジャグラーの 目黒 陽介、 ながめくらしつ や 目黒とのデュオ うつしおみ [鑑賞メモ] としても活動するエアリアル・パフォーマーの 長谷川 愛実、 ブレイクダンスをテクニックのベースとするパフォーマンスチーム Kinetic Art [鑑賞メモ] などで活動する 杉山 峻 など、 今まで観る機会のあった日本のサーカス・アーティストが Raphaëlle Boitel の演出の中でどう活かされるのかという興味もあり、楽しみにしていました。

5人のサーカス・パフォーマー役と2人の裏方役の7人がトレーニングやリハーサルする様子を作品化するという、いわゆるバックステージ物の作品です。 裏方役の1人 (山本) は狂言回しのクラウンで、 残る6人のそれぞれ大技での見せ場をトレーニングやリハーサルの体で作り、マイムなどの場面で繋いで行きます。 そして、パフォーマー役の5人が本番用の衣装に着替えていざ本番という場面で終わるという構成でした。 エアリアルなどの器具を付ける正方形のフレームが、客席からも見えるように、対角線が左右方向になるように天井に設置され、 フロアにはほぼ何も無く、椅子や可動式の照明、タイトワイヤー用の足場などを動かしながら、場面を展開して行きます。 むき出し感のある空間はトレーニングやリハーサルのためのスタジオっぽく感じられますし、 特に照明は動かすことで光と影の様相が変わる所が効果的でした。

技の見せ場は、吉川のタイトワイヤーをはじめに、長谷川のエアリアル・フープ、皆川のベビーパウダー上のダンス (フロアワーク)、目黒のジャグリング、杉本のエアリアル・スパイダー、そして、最後は安本の「スパイダー」。 特に、5人のパフォーマーがそれぞれのワイヤーを引いてのエアリアル「スパイダー」は、 エアリアル・パフォーマンスする安本だけで無くワイヤーを引く5人の様子も含めてダイナミックでしたし、ワイヤーを組み合わせての蜘蛛の巣状の造形も面白く、見応えありました。 杉本のエアリアル・ストラップも、Tangle では静的だっただけに、 ここまでダイナミックな演技ができたのかという意外さも感じました。 光で浮かび上がるパウダーの煙の中での皆川のフロアワークのダンスも幻想的で印象に残りました。

良いなと思う場面が多かっただけに、技の見せ場の間ともいえる場面でのマイム的な動きなどを使った場面が、 世田谷パブリックシアターの大きな舞台に対して動きが速く細かく、少々せせこましく、子供っぽく感じられてしまったのは、残念だったでしょうか。

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[3939] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 10 22:45:11 2021

今週の土曜は、昼に渋谷松濤へ。 急遽特別上映が決まったこのアニメーション映画を観てきました。

Les Hirondelles de Kaboul
『カブールのツバメ』 The Sparrows of Kabul
2018 / Les Armateurs (France), Mélusine Productions (Luxembourg), Close Up Films (Switzerland) / 80min / colour.
un film de Zabou Breitman et Eléa Gobbé-Mévellec.
adapté du roman de Yasmina Khadra.
Scénario: Zabou Breitman, Sébastien Tavel et Patricia Mortagne; Univers graphique: Eléa Gobbé-Mévellec.
Musique: Alexis Rault.
Avec Simon Abkarian (Atiq), Zita Hanrot (Zunaira), Swann Arlaud (Mohsen), Hiam Abbass (Mussarat).

アルジェリア出身でフランス在住の作家 Yasmina Khadra による小説 Les Hirondelles de Kaboul (2002; 『カブールの燕たち』, 香川 由利子 (訳), 2007) に基づくアニメーション映画です。 (残念ながら原作は未読。) 舞台は2000年前後のアフガニスタンの首都カブール、イスラム主義のタリバンの抑圧的な統治下で不条理な状況に追い詰められる2組の夫婦を描いています。 2019年に Annecy Festival で sélection officielle に選ばれるなど評価されているものの 日本の配給会社が買い付けておらず日本の劇場上映が困難な状況ですが、 今年、再びタリバンがアフガニスタンを掌握したという情勢を受けて、 フランス大使館文化部/アンスティチュ・フランセ日本のパートナーイベントとして特別上映されたものを観てきました。

主役の夫婦2組のうち1組は大学出のインテリ夫婦。 歴史教師 Mohsen と妻の画家 Zunaira は活動の場を失い、次第に貧しくなり、抑圧的な生活の中、次第に尊厳を失い、関係が壊れて行きます。 もう1組はアフガニスタン紛争時は戦士 (ムシャヒディーン) で戦傷で足が不自由な女性刑務所の看守 Atiq と、 彼を救った元看護婦の妻 Mussarat。 Mussarat は末期癌で苦しんでおり、元戦友がタリバン統治下の状況になじんていく中、Atiq は疎外を覚えるようになります。 Zunaira は夫婦喧嘩の中で過って Mohsen を殺してしまい Atiq が看守をする刑務所に収監されるのですが、 牢でチャドリ (ブルカ) を脱いだ Zunaira を見て Atiq は彼女に情 (同情とも愛情とも取れる) を抱くようになり、結局 Zunaira が拒んで未遂で終わったものの、脱走の手引きすらしようとします。 そんな Atiq の情に気づいた Mussarat は Zunaira の身代わりとなることを提案し、 実際に身代わりで処刑されるのですが、処刑後に気付かれて Atiq も殺されます。 なんとか逃げ延びた Zunaira が Mohsen の師の家に匿われる場面で、物語は終わります。

冒頭の売春婦に対する石打ち刑や、外出時はチャドリを着ることを強制され音楽も街中での笑いも禁じられるという、 イスラム主義のタリバン下での女性たちの置かれた抑圧的な立場を描いたアニメーション映画で、 今回の特別上映もその文脈で実現したものです。 しかし、今の自分の気分がそう観させているのかもしれませんが、男性側の描写も丁寧で、 普遍的なポストアポカリプスのディストピア物語として観ました。 アフガニスタン紛争後の貧困が蔓延し暴力が支配する街で、 映画館や書店はもちろん大学も荒廃し、書籍も打ち捨てられ、歴史や文学も教えられない状況は、 核戦争後ではないものの、終末後の世界を見るようでした。 そして、私生活の細部まで振る舞いを規制され、誰が敵なのかはっきりとしない中、支配者の意に沿わない Atiq が支配者に放たれた狙撃者につけ狙われる様は、 ハイテクではないものの、監視社会のディストピアを思わせます。 そんな描写に、そして、ディストピアに対する絶望的な抵抗としての愛情、欲望の物語という点でも、 George Orwell のディストピア小説 Nineteen Eighty-Four (1949) すら連想しました (ちょうど今年読み直したばかりだったからかもしれませんが)。

その一方で、演出は、 激しい感情描写やアクション、暴力的場面の描写を控え、主人公の女性2人だけでなく男性2人も含め心情を淡々と繊細に描写します。 そして、演出に合った水彩画のような淡いタッチを多用した画面。 物語からはマジックリアリズム的な飛躍がほとんど感じられないにも関わらず、特に最後の身代わりになるという決断とその結末は、リアリズムというより寓話的。 今年、特集上映で観た 川本 喜八郎 のアニメーションの [鑑賞メモ] 中世の説話を通して描く世の不条理にも通じるように感じられました。

余談ですが、この映画の冒頭の場面で Zunaira がラジカセで聴いているのは、 Burka Band の “Burka Blue” (Monika Enterprise, 2003)。 Goethe Institut が2002年10月にカブールで開催したワークショップで誕生したバンドです。 そのワークショップにドイツから招かれたのが A Certain Frank (Kurt Dahlke & Frank Fenstermacher) と Saskia von Klitzing (Fehlfarben) という縁もあり、 2003年に Monika Enterprise から7inchシングル、 さらに翌年には Ata Tak からCDもリリースされました。 Gudrun Gut (ex-Malaria!) 主宰の Monika Enterprise といえば、 Riot Grrrl 流DIYフェミニズムの indietronica からの反応とでもいうレーベルカラーです [関連レビュー]。 そんな文脈で知った音楽が冒頭でかかったことも、自分にとっては、掴みとしては良かったでしょうか。 といっても、作品の舞台設定はタリバン支配下の2000年前後、 一方、Burka Band のきっかけのワークショップはテロとの戦い (2001年) を経て新共和国が成立 (2002年) したから可能になったものですので、 よく考えると時代設定的には整合しないのですが。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この機会を逃すと観る機会があまり無さそうという程度の動機で足を運んだものの、期待以上の良作だったので、原作も読みたくなったのですが、邦訳の ヤスミナ・カドラ, 香川 由利子 (訳) 『カブールの燕たち』 (早川書房 / ハヤカワepiブック・プラネット, 2007) は、絶版 (もしくは版元在庫切れ) で古書も高価になっているよう。残念です。

[3938] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 10 18:20:50 2021

先週末の土曜の午後、東京都現代美術館で展覧会を観た後は、 美術館前から業10 東京スカイツリー駅前行のバスに乗って三ツ目通りを北上。 業平でこの展覧会を観てきました。

たばこと塩の博物館 2階特別展示室
2021/09/11-11/14 (前期:09/11-10/10;後期10/12-11/14) (月休;9/20開,9/21休), 11:00-17:00.

東京美術学校出身で、 1908(明治41)年から1934(昭和9)年まで三越呉服店の嘱託としてポスターや広報誌のグラフィック・デザインを手がけ、 日本の戦前モダンなグラッフィックデザインを代表するデザイナの展覧会です。 2019年にも東京国立近代美術館でギャラリー4を使ったコレクションに基づく小規模な企画展 [鑑賞メモ] がありましたが、 今回は非水の故郷の愛媛県美術館のコレクションに基づくもの。 東京国立近代美術館の展示に比べて、非水の生涯、人となりに焦点を当てたような展覧会でした。 モダンなグラフィックデザインを堪能するという程ではありませんでしたが、 非水の原点にあたる東京美術学校時代から三越の嘱託になる前後の 黒田 清輝 らとの交流に関する資料や、 歌人で妻の 翠子 とのコラボレーションとか、今まであまり目にする面を見ることができた展覧会でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

残暑が厳しくなければ、東京都現代美術館からたばこと塩の博物館まで、 大横川をのんびり散歩して行きたいところでしたが。 すっかり体力も衰えているので、体力温存でバス移動にしてしまいました (弱)。

[3937] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 4 22:11:06 2021

先の週末土曜は台風一過の快晴。 夏のような暑さが戻る中、午前中には清澄白河というか木場公園へ。 この展覧会を観てきました。

MOT Annual 2021: A sea, a living room, and a skull
東京都現代美術館 企画展示室 地下2F
2021/07/17-2021/10/17 (月休;8/9,9/20開;8/10,9/21休), 10:00-18:00.
潘 逸舟 [Ishu Han], 小杉 大介 [Daisuke Kosugi], マヤ・ワタナベ [Maya Watanabe]

例年5〜6組は選ばれる東京都現代美術館のアニュアルのグループ展ですが、今年は3組というか3名で、 出展作品は全て大スクリーンに投影するシングルチャネルのビデオ作品でした。 サブタイトルからして三題噺になっている企画かとも予想したのですが、関連はほとんど感じられず、 独立した3つの個展を観るようでした。

中で最も印象に残ったのは 潘 逸舟。 固定カメラ、モノクロで撮られた海の液晶絵画的な美しさと、その中で繰り広げられているパフォーマンスの不条理さのギャップが楽しめました。 一連の同一コンセプトのシングルチャネルの作品を組み合わせた空間構成もスタイリッシュ。 以前に観た時は [鑑賞メモ]、スタイリッシュながら掴みに欠けるように感じたのですが、今回は不条理に掴まれました。

Mark Manders: Strage and Display
東京都現代美術館 コレクション展示室 3F.
2021/07/17-2021/10/17 (月休;8/9,9/20開;8/10,9/21休), 10:00-18:00.

3〜6月に企画展示室で開催した Mark Manders: The Absence of Mark Manders 『マーク・マンダース—マーク・マンダースの不在』 [鑑賞メモ] が新型コロナウイルス感染症 緊急事態宣言で会期短縮されたことを受け、 作品返却までの間、コレクション展示室の一部を使い、出展作品の一部を異なる形で再構成した展覧会です。 前の展覧会を観ているのでさすがに新鮮さはありませんでしたが、 不条理なクレイ・アニメーションの世界に迷い込んだような感覚を楽しみました。

Genkyo Yokoo Tadanori
東京都現代美術館 企画展示室 1F/3F.
2021/07/17-2021/10/17 (月休;8/9,9/20開;8/10,9/21休), 10:00-18:00.

1960年代から1970年代に演劇実験室・天井桟敷 (寺山修司)、状況劇場 (唐十郎) 周辺の アングラ演劇のグラフィックデザインなどを手掛けたことで知られる 横尾 忠則 の現在に至る仕事を辿る大規模な個展です。 1960年代から1970年代にかけてのポスターは、当時のカウンターカルチャーのグラフィック・デザインの一典型ということもあり、 デザイン史の中で位置付けられて観る機会もそれなりにありましたが、 デザインから絵画に軸足を移してからの活動はコレクション展などで断片的にしか観ていませんでした。 今回まとめて観ることで、Y字路という特にこだわったモチーフがあったのかと今更ながら気付かされました。 また、特に展覧会前半は、1970年前後のカウンターカルチャーが1980年代ポストモダンへと変容していく様子を辿って観ていくようでもありました。

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[3936] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 3 17:30:50 2021

先週末の日曜は、どんよりとした天気。 そんな中、午前中から横浜に出て、展覧会を2つハシゴしてきました。

そごう美術館 (横浜)
2021/09/10-2021/10/10. 10:00-20:00.

1980年代から舞台作品のコスチューム・デザインを手かげてきている ひびのこづえ の、 回顧展というよりむしろ最近の活動に焦点を当てた展覧会です。 彼女の関わった舞台をよく観てきているという程ではないのですが、 2010年代以降の造形を生かしたダンスとのコラボレーションを楽しんでいるので [鑑賞メモ]、 その興味もあって足を運びました。 しかし、風船など使った半ば舞台美術化した、衣装は着て踊られてこそ面白さが引き立つ、と再確認するような展覧会でもありました。

会期中の週末にパフォーマンスも3作品予定されていたのですが、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言中のため全て中止になってしまいました。 会場のあちこちに置かれた液晶モニタで公演の様子を上映していましたが、画面も小さく、鑑賞するというより、その様子を伺える程度でした。 そんな中では、展示している衣装を着て踊るアオイヤマダの映像を重ねて観ることができるよう 鈴木 一太郎 がAR (拡張現実) 化した《AR forest》が、 (パフォーマンス中止を受けて急遽制作したもののようでしたが、) 展示している衣装が踊り出すような面白さを感じることができました。

KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
2021/09/09-2021/10/08. 11:00-18:00.

KAAT神奈川芸術劇場の企画によるアニュアルの現代美術展の2021年で取り上げられたのは 志村 信裕。 古書や家具へ映像を投影するインスタレーションを得意とする作家で、 グループ展で観る機会はありましたが [鑑賞メモ]、個展で観るのは初めてです。

サイトスペシフィックではなく抽象的なブラックボックスの中でのインスタレーションですが、 木漏れ日や湖面のような揺らめく光のインスタレーションは相変わらず。 中でも特に良かったのは、単色光の光源の投影とゆらめく光の動画を重ねて投影した作品でした。 木漏れ日を受けるように、ゆらめく光りに手を差し出すと、複数に別れ重なった影が生じます。 そんな光と影の相乗効果も美しく感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

KAATへ公演を観に行くついでに、と思っていたのですが、よくよく予定を確認すると、 次にKAATへ行くタイミングでは会期に1週間間に合わず、 週末の予定を考えるとこのタイミングを逃すと厳しいということで、慌てて観に行ったのでした。

しかし、すっかり体力が落ちた体で展覧会をハシゴするのは疲れます。 この日は、帰って一休みするつもりが、3時間も寝てしまいました。うーむ。

[3935] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Sep 27 22:58:17 2021

先の週末土曜は、図らずしも家でゆっくり過ごすことになってしまったのですが、 夕方に品川に出て、この映画を観てきました。

Calamity, une enfance de Martha Jane Cannery
『カラミティ』 Calamity, a childhood of Martha Jane Cannary
2020 / Maybe Movies (France), Nørium (Denmark), 2 Minutes (France), France 3 Cinema (France), 22D Music (France) / 80min / DCP.
Réalisé par Rémi Chayé.
Scénario original: Rémi Chayé, Sandra Tosello, Fabrice de Costil.
Création graphique: Rémi Chayé, avec Maïlys Vallade, Liane-Cho Han, Benjamin Massoubre, Eddine Noël, Patrice Suau.
Musique: Florencia Di Concilio.
Avec la voix de Salomé Boulven (Martha Jane Cannary), Alexandra Lamy (Madame Moustache), Alexis Tomassian (Samson), Jochen Hägele (Abraham), Léonard Louf (Jonas), Santiago Barban (Ethan), et al.

前作 Tout en haut du monde (『ロング・ウェイ・ノース』, 2015) も素晴らしかった [鑑賞メモ] フランスのアニメーター Rémi Chayé が、 Tout en haut du monde の時のスタッフを再び集めて制作した新作長編映画です。 19世紀後半、西部開拓時代のアメリカ開拓地 (具体的にはオレゴン・トレイル) を舞台に、 伝説のガンマン Calamity Jane (aka Martha Jane Cannary) に着想して、あまり記録に残ってない少女時代の、 男装して馬を操り開拓地を一人で生きる術を身に付けた経緯を、 実際にありそうな話というよりマンガ映画の冒険活劇らしい物語として描いています。 前作同様アニメシリーズ『世界名作劇場』を思わせる良さもありながら、そこに収まらない作品でした。

ジェンダーの制約が大きかった19世紀、それも保守的な西武開拓地を行く馬車隊の中で、 父の負傷を契機にそんな制約を跳ね除け行動し始めた主人公 Martha が、 やがて自分にかけられた嫌疑を晴らすべく馬車隊から逃れて、単身冒険に出ます。 そんな前半は Martha への抑圧が描かれた少々辛気臭い (『世界名作劇場』によくある) 展開ですが、 単身冒険に出てからは、Martha が少女であることも忘れるような、性別を感じさせない冒険活劇的な展開です。 女性の姿に戻るも場面もあるのですが、少年が女装するエピソードだと言っても通用します。 そんなジェンダーを感じさせない描写に、少女小説に基づく世界名作劇場的なものを踏襲しつつも、そこから踏み出しているように感じられました。

前作では、特にその前半サンクトペテルブルグでの主人公であるお嬢様 Sacha の心の動きをとらえる繊細な心理描写も、印象に残るものがありました。 Calamity ではそんな心理描写は後退して、冒険活劇的な描写が目立ちましたが、 これも主人公 Martha の考え込むよりも行動に出る性格の反映でしょうか。 Martha の軽はずみな行動が禍 (calamity) を引き起こし、それが物語を駆動します。 途中で出会った Jonas とのスリリングな馬車の場面、 そして自分の嫌疑を晴らすべく乗り込んだ軍の宿営地でのドタバタ騒ぎなど、 Buster Keaton オマージュも感じられるコミカルなアクションを楽しみました。

グラフィックも前作同様、枠線を使わないシルクスクリーン版画のようでありながら、 前作のサンクトペテルブルグや北極圏の白っぽい淡い色彩と違い、彩度の高い鮮やかな世界。 自然な色彩というより、後期印象派を思わせる (色彩設計に19世紀末フランスの Les Nabis の絵画を参考にしたという) 赤〜黄色に少々寄った深みのある色。 そんな中、星の光や野営の煙を表現する青みがかった色も映えます。 (前作の淡い繊細な色使いも良いのですが。) シネマスコープの画面を使ったレイアウトも良く、その画面の美しさも堪能しました。

既に準備中という次の長編作品は、19世紀パリが舞台の少女が主人公の物語とのこと。次作も楽しみです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3934] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 26 21:57:58 2021

秋分の日は30℃超の真夏日。そんな中、熱中症になるんではないかと思いつつ 午前中にお彼岸の墓参を済ませた後、銀座に立ち寄って、この展覧会を覗いてきました。

『TOKYOマシーン』
銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUM
2021/09/18-2021/09/23. 10:30-28:30.

1990年代以来、機能を持たないという不条理感と無骨な存在感を併せ持つ機械を作り続けているタムラサトルの個展です。 今回は銀座の高級ショッピングモール内の書店の展示スペースでの展覧会ということで、 電気火花をバチバチ飛ばす [鑑賞メモ] とか、 角材で鋼板をバンバン叩く [鑑賞メモ] とか、 壁いっぱい鉄パイプがビュンビュン回る [鑑賞メモ] とかの、 危険な作品ではなく、静かに鑑賞できる作品です。 少々無責任ながら高級ショッピングモール中の危険な作品という場違い感を楽んでみたいようにも思いましたが、 具体的な安全策とか考えるとこの展示は妥当な落とし所でしょうか。

今回展示されていたのは、ただ文字図形を描くだけで何も駆動しないチェーンと歯車の作品です。 機械油で光るといっても黒光りというほどではなく、むしろ錆も浮かず鈍く金属色に光るチェーンと歯車がニルニルとゆっくりと動いていきます。 その質感がフェティッシュに楽しめるという所もあるのですが、 Times のようなセリフ書体で「7」を描いた作品で、微妙な斜線の曲がりを小さな歯車を多用して丁寧に描いているところに、 そのラインへのこだわりが感じられました。

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[3933] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Sep 25 14:33:06 2021

ARTE Concert でしばらく前に配信されていて気になっていたもののジオブロックで観られなかった舞台が先週末の日曜にNHKプレミアムシアターに放送されたので、 休前日水曜の晩にさっそくNHKオンデマンドで観ました。

Opernhaus Zürich
12, 13 Februar 2021.
Ballett von Christian Spuck
Music von Hans Zender. Schuberts «Winterreise». Eine komponierte Interpretation.
Choreografie: Christian Spuck; Musikalische Leitung: Benjamin Schneider; Bühnenbild: Rufus Didwiszus; Kostüme: Emma Ryott; Lichtgestaltung: Martin Gebhardt; Dramaturgie: Christian Spuck, Michael Küster.
Ballett Zürich
Mauro Peter (tenor), Philharmonia Zürich.
Premiere: 13 Oktober 2018, Opernhaus Zürich.
TV-Regie: Michael Beyer
NHK ondemand URL: https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2021116003SA000/index.html

Wilhelm Müller の詩集に基づき Franz Schubert が1827年に作曲した連作歌曲集 Winterreise 『冬の旅』を、 Ballett Zürich が芸術監督 Christian Spuck の振付でバレエ化したものです。 Spuck の作風には疎かったのですが、『冬の旅』という題材と、スタイリッシュな舞台の様子を捉えたスチル写真に惹かれて、配信で観てみました。

装飾なしのコンクリート打ちっぱなしを思わせるムラのあるグレーのパネルで三方を囲まれ、 蛍光灯の青白い光のフラットな照明で、スポットライトや暗転などの演出は用いず。 そんな舞台の上での装飾と彩度を抑えた黒っぽい衣装というビジュアルがかなり好み。 どこか既視感があったのですが、1980-90s頃の Comme des Garçons のブティックでしょうか。

そんな舞台は現代的ですが、トゥシューズで踊る場面もあり動きはバレエのイデオムは強め。 「冬の旅」に出ることとなる失恋と傷心という状況を捨象して、旅先での孤独の不条理と死の寒々とした心象を視覚化したよう。 男女組んでのダンスや群舞は、傷心のような恋愛に関する状況をロマンチックに描写するものではなく、音楽を視覚化するよう。 不条理や死の心象風景は、むしろ、目隠しされたり、頭部や腕にカラスの剥製などの象徴的なオブジェを着けたり、枯れ枝の束を竹馬に乗ったりした姿で、 グループでポーズを取ったり静かに動いたりと、活人画に近いやり方で描いていきます。 グループでポーズを取った状態でセリを使って登場したり退場したりという演出は、静かな活人画的な情景の切り替えに効果的でした。

Winterreise はピアノ伴奏で歌われることが多いのですが、 今回は1993年に Ensemble Modern により初演された Hans Zender による オーケストラ編曲 (Eine komponierte Interpretation) 版が使われていました。 スチル写真のイメージは電子音を多用した現代的な舞台作品を思わせるものだったので、 現代的にリミックス (recomposed) されてそうとも思ったのですが、流石にそれはなし。 しかし、元の旋律も生かしつつも不協和音が多く加えられたその音は、殺伐とした舞台上のイメージに合っていました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3932] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Sep 23 23:15:08 2021

先の三連休中日の日曜は、雨の土曜から一転して快晴。 午前中早めに恵比寿に出て、東京都写真美術館の展示・上映企画をまとめ観しました。

東京都写真美術館 3F
2021/08/24-2021/10/31 (月休; 月祝開, 翌火休). 10:00-18:00.
Maree Clarke, Rosemary Laing, Polixeni Papapetrou, Val Wens, 石内 都 [Ishiuchi Miyako], 片山 真理 [Katayama Mari], 畠山 直哉 [Hatakeyama Naoya], 横溝 静 [Yokomizo Shizuka].
Co-curated by Natalie King in special collaboration of University of Melbourne.

企画意図は掴みかねましたが、印象に残った作家について。 以前に観た Chopin のピアノ曲を弾く年老いた女性たちを淡々と捉えた《永遠に、そしてふたたび》も良かった 横溝 静 の《That Day / あの日》 (2020) では、 写真のプリント現像を様子を使いつつ現像液中で浮かび上がってくる写真像とその合間の語りからなる ナラティブなインスタレーションがうっすらと物語 (津波被害だろうか) を浮かび上がらせます。 Polixeni Papapetrou の娘に動物の仮面に19世紀風の衣装を着せて撮った演出写真シリーズ Between Worlds は、 Max Ernst のシュルレアリスティックな銅版画コラージュをカラー写真化したよう。 しかし、演出写真というよりセルフポートレートを自分と娘を合成してメタリックホイル上に黒でプリントした MY HEART –– still full of her の方が、その仄暗いイメージに思わず目を止めてしまうものがありました。

東京都写真美術館 2F
2021/08/24-2021/10/31 (月休; 月祝開, 翌火休). 10:00-18:00.

1972年に活動を始めた動物写真家の回顧展です。 1970年代から赤外線センサーを使ったロボットカメラを使うなどその試みも面白いのですが、 シリーズ《死》の動物の死体が朽ちていく様を連続的に捉えたシリーズ写真の 動物の可愛らしさを捉えるのではなく引いた視点で生態系のあり方を記録したような所が興味深く感じられました。

山城 知佳子
Yamashiro Chikako: Reframing the land/mind/body-scape
東京都写真美術館 B1F
2021/08/17-2021/10/10 (月休; 月祝開, 翌火休). 10:00-18:00.
東京都写真美術館 1Fホール
2021/9/18-20;10/1-3.
Aプログラム「他者の残響と生きる」: 《あなたの声は私の喉を通った》 (2009, 7m20s), 《沈む声、紅い息》 (2010, 7m), 《創造の発端 –アブダクション/子供–》 (2015, 18m), 《土の声(劇場版)》 (2017, 26m)
Bプログラム「場所がはらむ物語」: 《肉屋の女(劇場版)》 (2016, 27m30s), 《チンビン・ウェスタン 家族の肖像》 (2019, 32m)

2000年代以降、主に現代美術の文脈で活動する映像作家です。 グループ展で《チンビン・ウェスタン 家族の肖像》 (2019) など観たことがありましたが、 回顧展という程の長いキャリアではないですが、今回、20年近くにわたるまとまった数の作品を観ることができました。 辺野古埋立問題などの現代の社会問題にも着想しつつ、 それをドキュメンタリ的もしくは、リアリズム的に描くのではなく、 伝説や昔話などにも着想を得て、質感などのフェティシズムも感じさせる映像も使った、 寓話的なナラティヴを持つ映像作品です。 その土地自身を擬人化して語らせるような《土の声》 (2016) が、最も良かったです。 今回は展示室構成も、ガマ (沖縄の洞窟) の巡りながら観るということを連想させるような インスタレーション上の工夫もされていました。 が、30分前後の長めのナラティヴな映像作品は劇場版の方が合っているようにも感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

朝10時半頃から、ランチタイム挟んで、とはいえ、15時半まで約5時間半。 特集上映Bプログラムを見終わった時には、集中力も体力も尽きました。 映像作品が多い展覧会は長丁場になりがちで、観るのもきついです。 土曜の水戸日帰りに続いて、日曜も、ということで、流石に三連休最終日の月曜は休養に充てました。

[3931] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Sep 20 18:52:59 2021

三連休初日の土曜は、台風の影響もあって、時折強い雨も降る生憎の天気。 さらに、ワクチン2回接種済みになったとはいえ、新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言も9月末まで延長され、出かけるのも少々気後れする状況です。 しかし、12日の緊急事態宣言解除を期待して事前入場予約を入れてしまっていましたし、 臨時休館中も事前入場予約者のみ入場できるという連絡も頂いたので、 混雑を避けるならむしろこのタイミングで行ってしまった方が良いかと、 水戸に遠征してこの展覧会を観てきました。

水戸芸術館現代美術ギャラリー
2021/09/18-2021/10/17 (月休; 月祝開, 明火休), 10:00-18:00.

1980年代後半から現代美術の文脈で活動するビデオを使ったインスタレーション作品と得意とするスイスの作家 Pipilotti Rist の個展です。 グループ展やコレクション展で観る機会はありましたが、個展を観るのは2007年の原美術館 [鑑賞メモ] 以来と、十余年ぶりです。 シングルチャネルのビデオ作品から、オブジェ等へのプロジェクションマッピングを経て、 スクリーンだけでなくオブジェ等への投影も含むマルチチャネル・ビデオのインスタレーションに没入して体験するような作品へと展開していると実感する展覧会でした。

東京都現代美術館のコレクション展にあった “A Liberty Statue for Tökyö” (2009) [鑑賞メモ] もそうでしたが、 ビデオ投影される壁の前にはカーペットが敷かれ、クッションが並べられていて、横になりつつ観るようになっています。 “4th Floor To Mildness” (2016) のように、ギャラリーにはダブルベッドが不規則に並べられ、 そこに横たわって天井に投影されたビデオを観る作品もありました。 緊張を持って作品に向いあうというより、リラックスすることを促されるような展示です。

投影される映像は、人肌を舐めるような、もしくは、草むらの中や水中を蠢く小型動物の視点で見るかのような小型カメラの映像が多用されます。 その彩度を強調したり、色相や明度を反転したり、万華鏡のように反転したものを重ねたりなどの エフェクトをかけられた映像は、サイケデリックな印象を与えます。 人肌を舐めるような映像では性器なども映り込んだりするのですが、 クロースアップされ過ぎているうえにエフェクトをかけられ、直ぐには気づかないほどです。

さらに、今回は鑑賞する空間自体がインスタレーションとして作り込まれていました。 “Sentimental Sideboard” (2020-2021) や “Hakone Ruhe” (2020-2021) では David Lynch も連想させられるような奇妙なホテルのラウンジのような空間が作られ、 カウチに身を沈めながら、映像やオブジェを観るというより、その空間の雰囲気を体験します。

“Caressing Dinner Circle” (2017) では、会食用の丸テーブルに着いてガラスや白磁の食器が並ぶテーブル上に投影される映像を鑑賞します。 “Hakone Ruhe” 「箱根の静けさ」というタイトルもありますし、 Rist のお宅というより、Rist が仮想的にプロデュースしたリゾートホテルのラウンジやレストランで、 作品と向かい合うというより、作品世界に浸る (実際、Rist は水に浸るような映像を多用する) ような体験でした。

そんな世界に浸るような最近の作品も楽しんだのですが、 一通り観終えた後に、メインの展示室から少し離れた第9室を使って上映されていた初期シングルチャネル・ビデオ作品を観て、 初期のパンキッシュなビデオ作品が良さも再認識しました。 (2007年に少々長めに書いているので、今回は多くは語りませんが。) ここで上映されていた初期作品の中にも今回初めて観るものがありましたが、 その中で興味を引かれたのは “Pickelporno” (1992)。 ポルノビデオへ反対するのではなく、より望ましい性的な感覚の可視化方法の追求というコンセプトがあったようなのですが、 小型カメラによる極端なクロースアップやサイケデリックなエフェクトなど、 今回上映されていた初期ビデオ作品の中で最も、最近のマルチチャネル・ビデオインスタレーションに使われている映像に近いものでした。 実際のところメインの会場でのインスタレーションで性的な感覚を意識させられることは無かったのですが、 作家の意図としては性的な感覚の暗示も含んでいたのだろう、と気付かされました。

屋外展示もあるのですが、“Hiplight (for Enlighted Hips)” (2011) にしても ライトが付いていないと単に下着が干してあるだけのようですし、 “Open My Glade (Flatten)” (2000) は夜間のみの投影ということで観られませんでした。 これから行こうという方はご注意ください。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

水戸へ行くのも2019年の 中谷 芙二子 展 [鑑賞メモ] からの2年余ぶり。 外出自粛の日々が続いて体力が落ちていたので、ゴロゴロしながらまったりと体験できる展覧会とはいえ、水戸日帰りはきつかった……。

[3930] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Sep 6 0:12:38 2021

COVID-19第5波がピークアウトしているのか高止まりしているのか、 様々な指標がサチっていて把握しづらいこの頃、医療の逼迫は続いてるので、先週末、今週末も外出は自粛。

『ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ2021』 (Jim Jarmusch Reprospective 2021) という特集上映が7月から開催されています。 1980年代から活動するアメリカの独立系の映画監督で、 ずっと観てきているという程ではないものの、かなり好みの作風の監督です。 しかし、気付いたのが7月半ば過ぎの第5波で感染急拡大中。 映画館へ行くのも気が引ける状況で、すっかり行きそびれてしまいました。 しかし、それに合わせてか、Amazon Prime Video でのレンタルもいつの間にか始まっていたので、 週末に2時間程度のまとまった時間を作って、少しずつ観進めています。

Jim Jarmisch の初期3部作は1986年にフランス映画社BOWシリーズで日本公開さたのを観ています。 確か、今は無き有楽町スバル座で。シネ・シャンテができる前は、ここがBOWシリーズの上映館でした。 それ以来35年ぶりに観ましたが、最初に日本公開となった第2作 Stranger Than Paradise (1984) は、意外とよく覚えていました。 ハンガリーからきた従妹 Eva を預かることになったギャンブラー Willie とその相棒 Eddie のニューヨークでの数日と、 1年後に Eva のいる Cleveland を訪れ、3人で Florida へ行く、 微妙にうまくいかない不条理な日々や出来事淡々と描いたコメディのモノクロ映画です。 当時も「オフビートな笑い」と言われていましたが、明らかに笑いを取りに行くような描写が無い中から滲み出るようなとぼけたユーモアが良いなあ、とつくづく。

第1作 Permanent Vacation (1980) はほとんど記憶に残っていませんでした。 まだ、不条理感がユーモアへ昇華されておらず、若いナイーブさを感じます。 3作目 Down By Law (1986) も前半、Zack と Jack がハメられて刑務所入りするまでのエピソードはほとんど覚えていませんでした。 前作から続いて不条理なオフビートのコメディで、 モノクロのアレた(粒子の粗い)画面だったという印象が残っていたのですが、今回見直して、 New Orleans の少々荒んだ街並み、そして何より、脱走後の Louisiana の bayou の風景が モノクロながらとても美しく捉えられていたことに気づかされました。 こんなに絵の綺麗なスタイリッシュな映画だったのか、と。

初期3作以外では、Paterson (2016) [鑑賞メモ] を観直した他、 現時点の最新作 The Dead Don't Die (2019) を観ました。 去年日本公開されていたようですが全く気付いていませんでした。 Jarmusch がゾンビ映画というのは意外でしたが、ホラーじゃなくて不条理でとぼけた風味のコメディは彼らしいでしょうか。 撮影はCOVID-19以前で、ゾンビは消費社会で魂を抜かれた人々のメタファーとして描かれていますが、 このCOVID-19パンデミック下で観ると、COVID-19のような疫病のメタファーに見えて仕方ありません。 白人の人種差別主義者が出てきたり Trump 政権下の政治状況への皮肉と思われる設定、描写もあり、 Jarmusch にしてはかなり社会風刺も感じられ、ゾンビ映画ということよりそちらの方が少々意外に感じられました。

Amazon Prime Video で配信中なのは、おそらく特集上映と同じ12作。 ということで、まだ道半ばにも達していませんが、少しずつ観進めたいものです。

先週末日曜28日の午後、職域接種でCOVID-19ワクチンモデルナ筋注の2回目を受けました。 副反応をある程度覚悟していたのですが、注射後18時間程経過した明昼前頃から熱っぽくなり、 午後には鎮痛解熱剤 (カロナール) を服用して38℃超。 今までにかかった病気の症状に最も近いのは、鼻や喉の症状ないインフルエンザでしょうか。 38℃超の発熱なんて10年ぶりくらいで、かなりキツく、 本を読むどころか、TV (オンデマンド) 付けててもまともに観てもいられない程でした。 明火曜朝もまだ微熱がありましたが、鎮痛解熱剤服用で、そんなことも忘れて仕事できました。 せっかくここまできて不用意に感染してももったいないので、 これから十分に免疫が付くまでの2週間、待ちます。

[3929] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 22 21:53:21 2021

COVID-19感染爆発で病床不足どころか人工呼吸器も使い果たした首都圏の医療崩壊の状況を見るに、 (少なくともワクチン2回目の接種を終えるまでは) 展覧会や公演に行く気にもなれないのですが、 土曜は午後に初台へ。 そんな状況になる前からチケットを取っていたこの公演を観てきました。

Super Angels
新国立劇場オペラパレス
2021/08/21, 14:00-16:45.
総合プロデュース・指揮: 大野 和士; 台本: 島田 雅彦; 作曲: 渋谷 慶一郎.
演出監修: 小川 絵梨子; 総合舞台美術 (装置・衣裳・照明・映像監督): 針生 康; 映像: WEiRDCORE.
振付: 貝川 鐵夫; 舞踊監修: 大原 永子.
演出補: 澤田 康子; オルタ3プログラミング: 今井 慎太郎.
キャスト: オルタ3 (Supported by mixi, Inc.) (ゴーレム3), 藤木 大地 (アキラ), 三宅 理恵 (エリカ), 成田 博之 (ジョージ), 小泉 詠子 (異端1 ルイジ), 込山 由貴子 (異端2), 北村 典子 (異端3), 上野 裕之 (異端4), 長野 礼奈 (異端5).
合唱: 新国立劇場合唱団, 児童合唱: 世田谷ジュニア合唱団, ホワイトハンドコーラスNIPPON.
渡邊 峻郁, 木村 優里, 渡辺 与布, 中島 瑞生, 渡邊 拓朗 (新国立劇場バレエ団).
管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団.
新国立劇場三部門 連携企画. 芸術監督: 大野 和士 (オペラ), 吉田 都 (舞踊), 小川 絵梨子 (演劇).
2021年8月21日新国立劇場プレミエ

新国立劇場オペラ芸術監督の大野 和士の企画による、 発声機能を持ち歌うことができるアンドロイド「オルタ3」をフィーチャーした 「大人から子どもまで楽しめる」オペラです。 2020年8月に上演予定されていたものが1年延期で上演されました。 台本 は 島田 雅彦、作曲 は 渋谷 慶一郎。 というより、オペラ、舞踊 (バレエ)、演劇の新国立劇場三部門 連携企画ということで、 新国立劇場バレエ団のダンサーも出演しており、 三部門連携がどう結実するのか、ダンスがどのように使われるのか、という興味もあって足を運びました。

全知全能のAI「マザー」に支配された管理社会の下で、 学校卒業時に異端とされ開拓地へ送られたアキラと、 開拓地でアキラがメンテナス係を担当していてアキラの死後反乱を起こしたアンドロイド ゴーレム3、 アキラとは幼馴染みで反乱を起こしたゴーレム3の制圧に向かったAIドクター エリカの物語です。 AIという道具立てはあるものの、近未来的というより、異端を開拓地送りにするような管理社会の設定も20世紀的なディストピアを舞台とした、 いかにも「大人から子どもまで楽しめる」ジュブナイルSFな物語でした。 20世紀的な管理社会よりも、Big Techによる市場を介した支配のようなものにした方が近未来的というか21世紀的になったのではないかとは思いつつも、 素直にストレートプレイにしたら1970年代NHKの少年少女ドラマシリーズ風に楽しめそうな話だと思いながら観ていました。 しかし、そんな物語とオペラという形式との相性があまり良くなかったのか、さほどピンと来ないまま終わってしまいました。

ダンスをどう使うのか、という興味もあったのですが、 抽象的ながら格子構造もハッキリした舞台装置に、映像のプロジェクション、 そしてコーラスを舞台いっぱい並べることの多い演出の中で、 ダンスは埋もれがちに感じられてしまいました。 アンドロイド「オルタ3」の歌唱についても、 日本語なのでなんとか分かる程度で、歌詞も聞き取れるとは言い難く、 むしろ物語の世界に入ることを妨げる異化作用の方が強く感じられてしまいました。

今回は良かったという感じではなかったのですが、 三部門連携企画のような試みは単発で終わらせずに継続することで成果が出てくるものとも思うので、 今後も継続してほしいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この週末から、フィギュアスケートのシーズン、というか、 ISU (International Skate Union) の Junior Grand Prix of Figure Skating (JGP) が始まりました。 2020/21シーズンは中止だったので2年ぶりです。 JGPの公式無料 YouTube ストリーミング [公式チャンネル] は、アナウンサーの煽りが無いだけでなく、Ted Barton 氏の的確な解説もあって、とても楽しめます。 今シーズンは日本とロシアが不参加で少々物足りなさは否めませんが、 外出自粛中に楽しむストリーミングの選択肢になりそうです。 今週末は第1回、フランス・クールシュヴェル (Courchevel) の1回目です (今シーズンはクーシュヴェルで2回開催)。 全て観ているわけでなく、アイスダンスを中心に観ています。 あと、もちろんガラ [YouTube]。 ジュニアは2年も経つと選手がすっかり入れ替わってしまいます。 初見のカップルがほとんどだったのですが、そんな中、 Darya Grimm - Michail Stavitskiy (GER) [Rhythm Dance, Free Dance] という素敵カップルを知ることができました。これから応援していきたいものです。

[3928] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 15 17:57:13 2021

COVID-19感染爆発で、百貨店・ショッピングモールや都心主要駅での感染が続き、医療も崩壊。 その上、西日本のような被害は出ていないものの本降りの雨続き。 というわけで、この週末も外出自粛。 そんな中、土曜の午後に、去年末に『東京の女性』を観て以来気になっていたこの映画をDVDで観ました。

『青春の気流』
1941 / 東宝東京 / 白黒 / 86min.
監督: 伏水 修. 脚色: 黒澤 明. 原作: 南川 潤 『愛情の建設』『生活の設計』より.
原 節子 (由島 槇子), 山根 壽子 (馬渕 美保), 大日方 傳 (伊丹 径吉), 藤田 進 (テストパイロット村上), 中村 彰 (美保の弟 章), 進藤 英太郎 (由島専務), etc

戦前のモダンで自立した女性像を描いた『東京の女性』 (東宝東京, 1939) [鑑賞メモ] と同じく、 東宝東京による 伏水 修 監督 で 原 節子 が主要な役を演じた映画です。 流石に太平洋戦争開戦後で『東京の女性』に比べ戦中色は濃くなりますが、 まだ戦前モダンの雰囲気を楽しめる映画でした。

航空機製作所の気鋭の若手設計技師 伊丹を主人公に、 積極派対消極派の社内政治に巻き込まれつつも最新旅客機を設計から完成に導く話を軸に、 伊丹を挟んで庶民の女性の恋人 美保 と伊丹に好意を寄せる専務のご令嬢 槇子 の 三角関係からなるのメロドラマを絡めた物語です。 仕事は出来るが女性には素っ気ない男性を挟んでご令嬢と庶民的な女性を対比させる展開は当時のメロドラマの典型で、 吉村 公三郎『暖流』 (松竹大船, 1939) [鑑賞メモ] や 大庭 秀雄『花は僞らず』 (松竹大船, 1941) [鑑賞メモ] も連想させられます。 大日方 傳 演じる伊丹は松竹メロドラマでの 佐分利 信 の役ほど朴念仁ではないですが、 ご令嬢 原 節子 は 高峰 三枝子 に被りますし、 何より、控えめな恋人役の 山根 壽子 が 水戸 光子 にとても似ているように感じられました。

松竹メロドラマではたいていヒロイン2人が直接対面する場面などを作って、それぞれの女性の心理が繊細に描かれるわけですが、 この映画ではラスト近くの伊丹の結婚式の場面まで、2人のヒロインが直接合いませんし、その場面では既に2人の心の揺らぎは無い状態です。 エンディングもご令嬢が振られたことを知る涙の場面でヒロイン視点でメロドラマチックに終わりません。 その場面から、さらに引っ張って、伊丹と美保の結婚式、そしてハネムーン飛行で終わります。 恋の成就としての結婚と航空機開発の成功という伊丹の視点からのハッピーエンドです。 そういう点では、あくまで伊丹が主人公の映画です。

メロドラマ部分の展開や演出はさすがに松竹メロドラマに比べ見劣りしますが、 その一方、航空機開発の場面はさすが東宝です。 航空機開発の工程は特撮も駆使してその現場を具体的に描きます。 『花は僞らず』での発明のいいかげんな描写など比べ物にもなりません。 航空機開発の現場はもちろん、ご令嬢、設計技師やテストパイロットたちのモダンな服装など モダンなディテールは楽しめたのですが、 積極派対消極派の社内政治の描写は図式的でしたし、メロドラマ的要素も弱いので、 『東京の女性』に比べると不完全燃焼気味になってしまいました。期待が大きすぎたでしょうか。

『青春の気流』は脚色 黒澤 明 ということで 黒澤 明 DVD コレクションというシリーズの中で2019年にDVD化されています。 今回は、それを入手して観たのでした。 その一方で、そういうきっかけも無い『東京の女性』がDVD化されていないというのは、残念な限りです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]