TFJ's Sidewalk Cafe >

談話室 / Conversation Room

TFJ's Sidewalk Cafe 内検索 (Google)
[3781] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Oct 16 23:18:38 2019

10月4日金曜の晩は、仕事帰りに渋谷へ。このライブを聴いてきました。

Gordon Grdina + 道場 [DōJō]
公園通りクラシックス
2019/06/05, 19:30-21:30.
Gordon Grdina (oud, guitar); 道場 [DōJō]: 八木 美知依 [Michiyo Yagi] (electric 21-string and 17-string kotos, electronics), 本田 珠也 [Tamaya Honda] (drums).

カナダの太平洋側、ブリティッシュコロンビア州ヴァンクーヴァーを拠点に活動する oud / guitar 奏者 Gordon Grdina の初来日です。 ヴァンクーヴァーの jazz/improv レーベル Songline からのリーダー作をリリースしてきており、 oud の音色を生かし、アラブ音楽的な旋法やリズムも感じる jazz/improv を楽しんでいたので、 10/3-5と共演相手を変えて続いたライブの2日目に行ってみました。

休憩挟んで前半、後半、アンコール無しの約2時間、 後半の冒頭で Grdina の oud のソロがありましたが、残りは3人での演奏でした。 共演相手からある程度予想されたことですが、 Gordon Grdina, François Houle, Kenton Loewen, Benoît Delbecq: Ghost Light (Songlines, SGL1621-2, 2017, CD) や Gordon Grdina's The Marrow: Ejdeha (Songlines, SGL2409-2, 2018, CD) などで聴かれるような音の間合いを生かした演奏では無く、 Grdina も guitar を弾くことが多く、ラウドでロック的なイデオム強めの音密度の濃い即興でした。 Grdina の guitar は低音に迫力があって、その上に 八木 の箏の高音が散りばめられていくような展開など、楽しめました。 が、疲れた金曜晩に聴くには少々重過ぎるようにも感じてしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3780] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Oct 15 22:28:58 2019

9月28日日曜の昼に横浜へ行った後は、一旦、帰宅したものの、夕方には錦糸町へ。 このコンサートを聴いてきました。

すみだトリフォニーホール
2019/09/18, 17:30-20:00.
Български гласове – Ангелите [Bulgarian Voice Angelite], Катя Барулова [Katya Barulova] (conductor); guest: 笙アンサンブル《星筐 -Hoshigatami-》: 東野 珠実, 三浦 礼美, 中村 華子.

Хор БРТВ, София [The Bulgarian State Radio & Television Female Choir, Sofia] (ブルガリア国営ラジオ・テレビ局コーラス) を母体に1987年に結成されたブルガリア女性コーラスグループの日本公演です。 もともとソロで歌われていたブルガリアの民謡に1950年代 Филип Кутев [Philip Koutev] らによって女声ポリフォニーとして編曲されるようになり、 それが1980年代に欧米に Мистерията на българските гласове [Le Mystère des Voix Bulgares] として紹介され知られるようになった、 倍音成分多めの地声の女声ポリフォニーです。 欧米に広く知られた後、ドイツの音楽レーベル/エージェント JARO の下で別れて活動するようになったコーラスが The Bulgarian Voice – Angelite です。 (当初は JARO のコーラスも Le Mystère des Voix Bulgares と名乗っていましたが、名称の権利が Хор БРТВ 側にあることになって、The Bulgarian Voices – Angelite と名乗るようになったということのようです。) 現在の指揮者/音楽監督は2018年に就任した6代目の Катя Барулова [Katya Barulova]。 Le Mystère des Voix Bulgares や The Bulgarian Voices – Angelite は、 1986年の Le Mystère des Voix Bulgares (Disques Cellier, 1975; 4AD, CAD603, 1986, LP) のリリース以来、 レコード/CDでそれなりに聴いてきましたが、生で聴いたことがなかったので、これも良い機会かと足を運びました。

休憩を挟んで前半、後半、あと長めのアンコールで2時間半程度のコンサートでした。 ブルガリア各地の民族衣装を纏った18人の女性歌手が、ソロや少人数の掛け合いで前に出たり、ゆっくり歩きながらもありましたが、ほぼ横一列に並び、コーラスします。 ゲストの入った後半の頭とアンコールの一部を除き、ほぼコーラスのみで、 曲により percussion や тамбура [tambura] を軽く添えることもあった程度でした。 レコード/CDでそれなりに聴いてきたので、新鮮さ面白さはありませんでしたが、 倍音成分多めのコーラスはCDよりもライブの方がよく聞こえます。 ソロとか掛け合いとかが視覚化されますし、民族衣装もチャーミングで、レコード/CDで聴くよりわかりやすく、楽しめました。 (隣席が咳が多い人で、後ろの席が小声でうめくように独り言いい続ける人で、 ライブの良さ悪さ相殺という感もありましたが。まあ、ライブではこういう時もあります。)

The Bulgarian Voice – Angelite は他のミュージシャンとの共演も多く、 特にロシアの Moscow Art Trio や中央アジア・トゥバの Huun-Huur-Tu との共演はかなり良いものでした。 このコンサートでは、雅楽の笙アンサンブルと競演しましたが、音色が似過ぎて出会いの妙というものは感じられませんでした。 雅楽と共演ではブリガリアの民謡に基づく曲を2曲演奏する一方で、 日本の歌を取り上げたのですが、それらは雅楽と関係なく「ソーラン節」と「ふるさと」。 日本の伝統的な音楽を演奏するミュージシャンと共演したり、日本の歌を取り上げてたりするのであれば、 何か一つのコンセプトに基づくディレクションがされてる方が良いと思うのですが、 そういう脈略が全く感られなかったのは残念でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3779] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 14 22:49:46 2019

9月28日日曜は昼に横浜みなとみらいへ。 ラクビーワールドカップ2019はほとんど観ていないのに、このパフォーマンスを観てきました。

ラグビーワールドカップ2019ファンゾーン, 臨港パーク, 横浜
2019/09/07, 12:30-13:00.
Choreographer: Fearghus Ó Conchúir; Composer: Tic Ashfield; Costume Designer: Carl Davies; Costume Supervisor: Angharad Griffin.

日本開催のラグビーワールドカップ2019へのウェールズ出場に合わせて、 National Dance Company Wales が来日し、ラクビーを題材とした作品を関連会場で上演していました。 ヨーロッパの公的なダンスカンパニーとはいえ有名とは言い難く、 こういう機会でもなければ観る機会のなさそうということもあり、 横浜のファンゾーンでの上演を観てきました。

ラグビーで見られる動きを再構成したコンテンポラリー・ダンス作品といったものでした。 プレイヤーだけでなく応援する観客のしぐさなども動きの要素もありましたが、 コスチュームもラクビージャージで、やはり試合中のプレイヤーの動きをメインに用いていました。 縦の動きもラインアウトのリフトに着想したものでした。

特にコミカルな演技を交えるようなことはなく、 試合中の動きをスローダウンして、ダイナミックさより姿勢の美しさ面白さを見せるもので下が、 間近で観たこともあり、迫力は十分でした。 音楽にラグビーと関係する歌などを使うことはなく、抽象的なエレクトロニカをあわせていました。 サッカーに着想した Ballet de Lorraine の Discofoot などもあり、ありがちな作品とは思いますが、 ジャージを着て芝の上で実際の試合中のように芝や土にまみれながら演じるという所に、 劇場上演される作品との違う面白さも感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

ついでにファンゾーンで昼食して帰っても良いかと思っていたのですが、 天気が良いわけでもなく、試合観戦で盛り上がっているわけでもなく、 屋台を前にしても気が乗らず、結局、パフォーマンスだけ観て帰ることになってしまいました。うむ。

[3778] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 14 19:46:53 2019

9月28日土曜は昼前に池袋に西口へ。 藤倉 大 をアーティスティック・ディレクターとして 2017年に始まった現代音楽とその周辺の「新しい音」のフェスティバル 『ボンクリ・フェス』 (“Born Creative” Festival)。 子連れでも楽しめる企画が多いというのが特徴でしょうか。 3回目の今年は PUNKTや 八木 美知代 が参加するということで、初回に続いて足を運んでみました。

少し早め昼前に行って 本條 秀慈郎 (三味線) や 東野 珠実 (笙) のアトリウム・コンサートを聴いたあと、このコンサートを聴きました。

『ボンクリ・フェス2019スペシャル・コンサート』
“Born Creative” Festival 2019 Special Concert
東京芸術劇場 コンサートホール
2019/09/28, 14:00-16:00.
1)Morton Feldman: Something Wild in the City: Mary Ann's Theme, for horn celesta and string quartet. Ensemble Nomade.
2)挾間 美帆 『颯(はやて)』 [Miho Hazama: Hayate]. Ensemble Nomade.
3)八木 美知依 『通り過ぎた道』 [Michiyo Yagi: The Road Not Taken]. 八木 美知依 [Michiyo Yagi] (箏 [koto]).
4)PUNKT live remix of “The Road Not Taken” by Jan Bang (electronics), Erik Honoré (electronics), Eivind Aarset (guitar, electronics), Nils Petter Molvær (trumpet, electronics), 藤倉 大 [Dai Fujikura] (electronics).
5)Terry Riley: In C. Ensemble Nomade, Nomade Kids, 八木 美知依 [Michiyo Yagi] (箏 [koto]), 本條 秀慈郎 [Hidejiro Honjo] (三味線 [shamisen]).
6)坂本 龍一 [Ryuichi Sakamoto]: honj I - III. 本條 秀慈郎 [Hidejiro Honjo] (三味線 [shamisen]).
7)大友 良英 [Yoshihide Otomo] 『振動と回転』. 大友 良英, 川越 聡子(東京芸術劇場副オルガニスト) (pipe organ).
8)藤倉 大 『春と修羅』(映画『蜂蜜と遠雷』より) [Dai Fujikura: Spring and Asura]. 萩原 麻未 [Asami HHagiwara] (piano).
9)藤倉 大 『ホルン協奏曲第2番』 [Dai Fujikura: Horn Concerto No. 2]. 福川 伸陽 [Nobuaki Fukukawa] (horn), Ensemble Nomade.

現代音楽というかモダン・コンポジションを中心に選曲されていますが、 Nomade Ensemble に子供のアンサンブルを加えての In C など 微笑ましい演奏もある、緩めのコンサートでした。 特殊奏法を含む horn とアンサンプルがかけあう藤倉 大 『ホルン協奏曲第2番』など、 いかにも現代音楽らしい曲の方が楽しめたように思いますが。 一番の目当ては、八木 美知依 と PUNKT live remix でしたが、 Super Deluxe、公園通りクラシックス、新宿Pit Innなどなどて聴いてきた 八木 美知依 『通り過ぎた道』も、 こういうコンサートホールでソロで聴くとぐっと凛とした印象を受けます。 PUNKT live remix はアンビエントな音空間に『通り過ぎた道』の淡い断片が散りばめられたようでした。

事前申込が必要と気づいておらず「〇〇の部屋」と題したプログラムは観れなかったのですが、 PUNKTだけは立見で入ることができました。

『PUNKTの部屋』
PUNKT's Room
東京芸術劇場 ギャラリー1
2019/09/28, 17:40-18:25.
Jan Bang (electronics), Erik Honoré (electronics), Eivind Aarset (guitar, electronics), Nils Petter Molvær (trumpet, electronics).

PUNKTの2人 (Jan Bang, Erik Honoré) にゲスト相当の2人 (Eivind Aarset, Nils Petter Molvær) を加えての1時間弱ノンストップのライブでした。 Aarset や Molvær の出す楽器音だけでなく、お互いが電子的に加工した音に、次々と加工を重ねていくような即興演奏なのですが、 アンビエントな出だしから、重いビートが入る展開なると Norwegian National Ballet の Ibsen 原作のバレエ [鑑賞メモ] に付けた Molvær や Bang の音楽を思わせました。 そこから、八木 美知依 『通り過ぎた道』 の断片や男性ヴォーカル (おそらく David Sylvian のもの) の断片など、 他の音源も用いて微かに散りばめる展開へ。 後半、Molvær の緩くフラットなフレーズをベースに Brian Eno: Discrete Music を思わせる展開となって、 これは明らかに意識してのものだったのではないかと。

1時間弱の短いライブでしたが、良かっただけに、もっとちゃんとした会場でフェスティバルの一部ではなく PUNKT をメインとしたライブを観たいものです。 というか、やはり、Norwegian National Ballet の Ibsen 原作バレエを生伴奏でみたいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

19時からのコンサートホールを使っての“出演者なしの電子音楽コンサート”「大人ボンクリ」も 途中まで聴いたのですが、結局、脱落。 昼前からの疲れた晩にあの音楽で、睡魔との戦いになってしまいました(弱)。

[3777] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Oct 8 0:02:15 2019

9月22日日曜は午後に恵比寿へ。この展覧会を観てきました。

Her Own Way - Female Artists and the Moving Image in Art in Poland: From 1970s to the Present
東京都写真美術館 地下1階展示室
2019/08/14-2019/10/14 (月休;月祝開,翌火休) 10:00-18:00 (木金-20:00,8/15-8/30木金-21:00).

共産政権下の1970年代から現在に至るポーランドにおける美術の文脈における映像表現を、特に女性作家という観点から見た展覧会です。 形式的な面白さや美しさを狙った作品というより、フェミニズム的な視点の強いドキュメンタリ色濃い作品がメインの展覧会でした。 さすがに1970年代となると、共産圏においても西欧と同時代的なビデオアートが試みられていたのかという時代的な興味以上のものを見出すことは難しいものがありました。 しかし、21世紀のものとなると、興味深く感じる作品もありました。 Karol Radziszewski: America Is Not Ready For This (2012) は この展覧会でも取り上げられている1970sに活動を始めた Natalia LL が1977年の New York でどのように受容されたか当時の関係者の証言を集めたビデオ作品ですが、 1990年代のアイデンティティ・ポリティクスの主題とした注目される以前の現代美術がいかに西側欧米中心主義的だったか浮かび上がらせるよう。 「ミス・ポーランド」への挑戦を記録して作品化した Jana Shostak: Miss Polonii には、 アートと「ミスコン」の類似性に気付かされるというより、 ベラルーシからポーランドへの移民という彼女のバックグラウンドにEU圏であるかどうかの壁の高さを意識させられました。

TOP Collection — Reading Images: The Time of Photography
東京都写真美術館 3階展示室
2019/08/10-2019/``/04 (月休;月祝開,翌火休) 10:00-18:00 (木金-20:00,8/15-8/30木金-21:00).

東京都写真美術館の今年のコレクション展『イメージを読む』の第二期です。 畠山 直哉 の Slow Glass シリーズ [鑑賞メモ] や 佐藤 時啓 のライトペンのシリーズ [鑑賞メモ]、 杉本 博司 の「劇場」シリーズ [鑑賞メモ]、 田口 和奈 の ほとんど真黒の画面にうっすらと顔が浮かびあがるポートレイト 「あなたを待っている細長い私」[鑑賞メモ]、 Edward Ruscha: Every Building on the Sunset Strip など、好きな作品を久々に観て楽しんだのですが、 全体としてはテーマにピンとくるものが無く、ぼんやりとした印象となってしまいました。 といってもコレクション展ですし、個別に作品が楽しめるだけでも十分なのですが。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

2階の展覧会 『嶋田 忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界』 ももちろん観ました。 野生の鳥類を捉えた動物写真を楽しんで観ましたが、 自分にとっては、きれい、かっこいい、かわいい、以外の語彙がほとんどないジャンルの写真なので、鑑賞メモは残しません。 しかし、動物写真は人気ありますね。写真家によるトークがあったこともあるのか、最も賑わっていました。

[3776] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 7 0:48:45 2019

9月21日土曜は秋の彼岸の墓参だったのですが、終わった後に、初台へ。 会期末の迫ったこの展覧会に行ってきました。

東京オペラシティアートギャラリー
2019/07/10-2019/10/23 (月休;月祝開,翌火休;8/4休), 11:00-19:00 (金土11:00-20:00).

1980年代から活動を初め、1990年代に YBA (Young British Artists) に 近い文脈 (世代的には一回り上ですが) で注目されるようになった イギリスの現代美術作家 Julian Opie の個展です。 日本での美術館規模の個展は2008年の水戸芸術館以来でしょうか [鑑賞メモ]。 回顧展ではなく、2018-19制作の新作展です。

新作といっても、ピクトグラムのように簡略化された描線とフラットな色面で描く作風は相変わらず。 アクリル板や自動車塗装されたアルミによる看板のような素材のものから、 御影石の彫像やブロンズ像、液晶やLEDのディスプレイを使ったアニメーションまで、多彩なメディア展開をしていました。 街を行き交う人々やジョギングする人々を真横から捉えた作品が多く、 スチルのイメージはもちろん、小走りのピョコピョコした動きなど、可愛らしい印象です。 単純化された描線とはいえ、ヘッドホンなどのアイテム、Tシャツや刺青の柄など、人物を特徴付ける部分だけ解像度を上げている所も面白く感じられました。

アクリル板の厚みのような凹凸はあれどのっぺりとしたイラスト的な平面作品や 「液晶絵画」的なアニメーション [関連する鑑賞メモ] という印象が強い Opie けに、 平面作品での Opie らしさをそのままに、(黒塗りですが) ブロンズの女性の立像や動物 (ひつじ) の御影石像といったある意味オーソドックスなメディアで作品化しているところに、興味を引かれました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

なんとなく10月頃までやっていると勘違いしていたのですが、気付いたら会期末の週末でした。 会期末なので混雑しているかなと思っていたのですが、さほどでもなく。 会場で、10代後半くらいの女性2人組が「かわい〜。これ、絶対観たいと思っていたの〜」「かわい〜」と会話していて、微笑ましいというか、なんというか。

[3775] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Oct 2 23:56:59 2019

9月18日水曜の晩は仕事帰りに横浜関内へ。このライブを観てきました。

横濱エアジン
2019/08/18, 19:30-21:30.
The Second Approach Trio: Андрей Разин [Andrei Razin] (piano), Татьяна Комова [Tatiana Komova] (voice), Игорь Иванушкин [Igor Ivanushkin] (doublebass); guest: 北 陽一郎 [Yoichiro Kita] (trumpet, pocket trumpet).

ロシア・モスクワを拠点に活動する1999年結成の女性 voice / piano / bass のトリオ The Second Approach Trio の初来日です。 Boheme, Solyd, ArtBeat のようなロシアのレーベルはもちろんイギリスのレーベル Leo からのリリースもあり、 CDで聴く機会はありましたが、もちろんライブは初めてです。 14日土曜に Jazz Art Sengawa 2019 に出演していたのですがスケジュール合わず、 平日晩の18日に観てきました。 前半は3人で、休憩を挟んで後半は 渋さ知らず での活動でも知られる trumpet 奏者 北 陽一郎 をゲストに迎えてのセッションでした。

Татьяна Комова [Tatiana Komova] は ロシアらしく倍音成分多めの声を使うこともありましたが、それも控えめ。 北欧などに多いテクスチャ的なものでもなく、むしろリズミカルなスキャットが中心でした。 CDで聴いていた時はアブストラクトな即興の面を強く感じたのですが、 むしろノリ良く盛り上げてくるライブで、なかなか楽しめました。

前半の2曲目に Bartok を曲をモチーフに中東欧の曲も演奏しましたが、 続く3曲目、4曲目 (前半ラスト) は Commedia dell'arte のストックキャラクター Colombina をテーマにした曲に、 Tarantella に着想した曲と、むしろ、南欧を思わせる明るい曲想でした。 時に ragtime 風にすら聞こえる piano も強いリズミカルなタッチ。 まさか、Maria Pia De Vito / Rita Marcotulli などの南欧の jazz/improv. にすら近く感じることがあるとは、と、意外な面が楽しめたライブでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

せんがわ劇場の調布市直営から指定管理者制度への移行に伴い継続が危ぶまれていた Jazz Art Sengawa ですが、 結局、今年は9月12-15日に自主開催という形で開催されました。 Jazz Art Sengawa へは2008年の初回から2015,6年の2回を除き毎年行っており、今年も是非行きたかったのですが、出張と日程が被ってしまい断念。 その代わりに、平日晩は厳しいと思いつつ、このライブへ行くことにしたのでした。

公共劇場や公立美術館には、ショートレンジな地元密着だけでなく、商業ベースに乗り辛い実験的なアートの試みの場としての活動も期待しているのですが、 調布市せんがわ劇場の Jazz Art Sengawa 存続にしても、新潟市りゅーとぴあの Noism 契約延長の件にしてもそうですが、 とりあえずは乗り切ったものの厳しいものです。 事情に通じているわけではないのであまり多くは語りませんが、あいちトリエンナーレの件といい、日本の公立美術館、公共劇場、公的資金の入ったアート・イベントの類は、厳しい冬の時代に突入した感が……。

[3774] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Oct 1 23:23:02 2019

日曜9月15日の昼に銀座で映画を観たあとは、ランチや散策をしながら丸の内へ移動。この展覧会を観てきました。

All About Mariano Fortuny
三菱一号館美術館
2019/07/06-2019/10/06 (月休;祝・振替休月開;9/27,8/26,9/30開). 10:00-18:00 (金(除祝),第2水,8/12-15,最終週平日 10:00-21:00).

20世紀前半、スペイン出身でベネチアを拠点に活動した主に服飾デザイナーとして知られる Mariano Fortuny の展覧会です。 代表作と言える細かいプリーツのドレス “Delphos” はもちろん、 舞台美術・照明など幅広い活動を紹介していていました。 特に、Wagner に傾倒していて、間接照明を生かした繊細な照明演出を可能とするよう開発した球状の舞台背景 “Cupola Fortuny” に興味を引かれました。 ヴォルフガング・シヴェルブシュ 『光と影のドラマトゥルギー —— 20世紀における電気照明の登場』 (Wolfgang Schivelbusch. Licht Schein Und Wahn: Auftritte der elektrischen Beleuchtung im 20. Jahrhundert. 1992) では、 現代の照明を中心した舞台演出のルーツとして20世紀初頭の Edward Gordon Craig や Adolphe Appia の仕事が紹介されていますが [読書メモ]、 “Cupola Fortuny” もそれらと同時代の試みで、そんな時代を感じることができました。

もちろん Delphos も様々なヴァリエーションが展示されていましたが、 ワンピースだけでなくセパレートもあったり、襟ぐり袖ぐりの形や、サイドのガラス玉装飾など、 思っていたより多様なバリエーションが楽しめました。 Delphos ドレスの収納方法も展示されてましたが、プリーツの方向に丸めた上でゆるく捻るように丸めるというもので、 シルク素材でも変わらず、Issey Miyake の Pleats Please と同様の収納法になるのだな、と。

ランプシェードのプロダクト・デザインやテキスタイルのデザインを見ていると、 確かに戦間期のものともなるとスッキリしたシャープさを持つ Art Deco やモダニズムの影響も感じましたが、 曲線的な柔らかなデザイン、柄づかいもあり、やはり Belle epoch の時代の Art Nouveau 的なセンスの人だったのかな、とも感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

映画と展覧会のギャップが大き過ぎ、食い合わせが実に悪くなってしまいました。 しかし、このタイミングを逸するとどちらも見逃しになりそうということで。 ま、そういう時もあるでしょうか。

[3773] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Sep 30 22:26:11 2019

9月14,15日の週末も土曜は出張移動日で潰れてしまったのですが、 日曜は昼前に銀座に出て、この映画を観てきました。

Capharnaüm
『存在のない子供たち』
2018 / Lebanon/France/USA / colour - 2.35:1 / 125 min.
Réalisation: Nadine Labaki; Scénario: Nadine Labaki; Musique: Khaled Mouzanar; Production : Michel Merkt et Khaled Mouzanar.
Zain al-Rafeea (Zain, le garçon des rues), Yordanos Shifera (Rahil, la clandestine éthiopienne, mère de Yonas), etc.

レバノンのスラムを舞台とし、そこで生きる子供たちが直面する問題 (ドメスティックな暴力、人身売買など) を、主人公であるスラムの少年 Zain の視点から描いた映画です。 その背景にある、パレスチナ紛争、レバノン内戦、シリア内戦など長年の戦争による難民問題、 アフリカらの不法移民就労者の問題も、もちろんスコープに入っています。 原題は「混沌」という意味ですが、 『存在のない子供たち』という邦題は身分証を持たないため人道支援、社会保障の類からこぼれ落ちて不利な状況に追いやられている状況からして結構的を射た邦題とは思いますが、 存在がない (=身分証がない) というのはスラム住まいだったり不法移民就労者だったりする親もそうだったりします。

ドラマ映画ですが、出演している俳優はプロフェショナルではなく演じる役柄に近いバックグラウンドを持つ人をオーディションで選んでいて、 主人公を演じた Zain al-Rafeea はシリア難民の子、 幼子を抱えて不法就労するエチオピア人女性 Rahil を演じた女性 Yordanos Shifera は やはりエチオピア出身で映画撮影中に強制送還されそうになった、というエピソードもあります。 物語はフィクションですが、出演者が実際に体験してきたことに近いエピソードがベースとなってるため、 子供を含むアマチュアの俳優とはいえ演技は自然です。 スラムや拘置所などの中でロケを行い手持ちカメラを駆使して撮影されていて、現場に立ち会っているかのようなリアリズム的演出がされた、ドキュドラマ的な映画でした。 問題への理解が深まった、身近に感じられるようになったと言うのも憚れる作品でしたが、 手持ちの手ブレ激しい画面が多く半ばで手ブレ酔いしてしまったにもかかわらず引き込まれ、 希望が無いながらささやかな救いのあるエンディングに涙してしまいました。

この映画の監督はレバノンの Nadine Labaki。以前に観たことのある Et maintenant, on va où ? 『私たちはどこに行くの?』 (2011) [鑑賞メモ] では内戦の一因たる宗教対立を扱いながら、リアリズム的ではなくあくまで風刺の効いたコメディに仕立てていました。 少しはコメディリリーフがあるかと予想して望んだのだけど、かなり直球にシリアスに作られた映画でした。 もはやコメディにする余地が無いくらい状況が悪化しているということなのでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

Nadine Labaki の映画はそれなりにチェックしていた (Instagram もフォローしていた) ので、 この映画の存在自体は知っていたのですが、こんな邦題で公開されているとは全く気付いていませんでした。 気付いた時には公開から1ヶ月以上たっていて、上映終了してしまう前にと慌ててしまいました。

[3772] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 29 22:58:13 2019

例年と異なり9月上旬が繁忙期になってしまい9月7,8日の週末は職場に出ていたりしたのですが、 そんな合間を縫って、7日土曜晩にこのフラメンコ・ショーを観てきました。

Tablao Flamenco Garlochí
2019/09/07, 17:30-20:00.
Israel Galván (baile), Niño de Elche (cante, toque).
Programa Entrantes: 1)Recitando de Eugenio Noel 2)Fantango Cubista 3)Bulerías de la máquina 4)Tango del Reloj 5)Alegrías del cuerno 6)Pasodoble del Gallina; Programa Postres: 1)Seguiriyas carbónicas 2)Martinetes de la verdad 3)Saeta de Marchena 4)Pregón del oro 5)Granainas del agua 6)Sevillanas sentadas

ジャンルを越えた共演も多い「異端児」とも言われる flamenco ダンサー Israel Galván [鑑賞メモ] の tablao (レストランや居酒屋にある flamenco の舞台) での公演です。 Galván は劇場を活動の場としており tablao で踊ることは滅多にない、ということもありますが、 tablao で flamenco が踊られる場の雰囲気を知る良い機会かと、足を運んでみました。

休憩を挟んで前半 (Programa Entrantes) 1時間、後半 (Programa Postres) 1時間の公演でした。 彩の国さいたま芸術劇場での公演同様、黒シャツ黒バンツに控えめな照明。 伴奏の Niño el Elche は guitarra はほとんど用いず cante のみ。 伝統的な歌い方というより、テキストの詠唱もあれば、倍音成分の多い overtone singing に近い歌い方を交えたり。 ヘッドセットマイクを用いてリヴァーブをかけるような時も。 Galván のダンスは足踏みで細かくビートを繰り出す抽象的な楽器演奏のよう。 後半の冒頭、粗い黒い砂 (おそらく石炭を砕いたもの) を約 1×0.5 m の長方形に敷き、その上で踊り出すと、 ザクザクジャリジャリジリジリと通常の flamenco にはないようなサワリのテクスチャが加わりました。 Niño の cante も合わさり、動きというよりも音響的にとても面白く感じられました。

店内の調度品や基本の照明は暖色系ですが、演出での舞台照明はむしろ青みががることが多く、対照的で、 Galván の動きが出すオーラ、響いてくる音もあって、舞台上に宇宙空間のような異空間が出現。 終演後に写真/動画を撮る時間を作ってくれるサービスこそタブラオらしいと思いましたが、 呑みながら jaleo (掛け声) をかけつつリラックスして楽しむつもりで臨んだのですが、 baile/cante が途絶えても jaleo する隙も無い緊張感溢れるパフォーマンスでした。 ステージ脇ですが近い席で、迫力はもちろん、息遣いや、砂を踏むジリッという細かな響きにも直に触れるよう。 むしろ彩の国さいたま芸術劇場で観たときより、その flamenco の「異端」さを実感できました。

このようなパフォーマンスを観ると、やはり他ジャンルとの共演が面白そうです。 キャンセルされた2016年来日公演の Akram Khan [関連する鑑賞メモ] とのコラボレーション Torobaka が観られなかったのは残念です。 しかし、今、一番観たい Israel Galván 関連プロジェクトといえば、なんといっても、Cast-a-Net [PDF] です。 Sylvie Courvoisier (piano), Israel Galván (danse), Evan Parker (saxophone ténor/soprano), Mark Feldman (violon), Ikue Mori (électronique) という顔触れで、ダンスの公演という free improv 色濃い音楽のライヴといった方が良い内容です [Sylvie Courvoisier, Ikue Mori の関連鑑賞メモ, Evan Parker の関連鑑賞メモ]。 去年8月の、おそらく Festival Les Jardins musicaux での約1時間のコンサートの様子が 約1時間の Couvoisier 公式の映像 [Vimeo] で観ることができます。これで来日してくれたら、と思わざるを得ません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3771] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Sep 23 20:54:13 2019

第一週は8月25日[鑑賞メモ]、26日[鑑賞メモ]に観た利賀の 第9回シアター・オリンピックス。 第一週も8月31日に観てきました。

利賀芸術公園 利賀大山房
2019/08/31, 17:00-18:15.
Text by John Cage, Created, directed and performed by Robert Wilson.
Associate director and performer: Tilman Hecker; Associate director: Ann-Christin Rommen; Dramaturgy: Stephan Buchberger; Makeup: Manu Halligan; Music: Arno Kraehahn; Video: Tomek Jeziorski.
Premiered on August 22, 2012 at the Ruhrtriennale Festival, Jahrhunderthalle, Bochum, Germany.

2012年の Ruhrtriennale で初演された John Cage のテキストに基づく、Robert Wilson による (ほぼ) 一人芝居です。 Wilson の作品は動画やスチルで色々観てきていますが、生で観たのは Woyzeck だけ [鑑賞メモ]。 オペラなどの大規模なプロダクションが目立つ中、一人芝居とは珍しいと、観てみることにしました。 床一面に書類が丸めて捨てられたかのような状態で、 Cage のテキストがプラカード的な手書きで黒で書かれた白地の布が舞台狭しと下げられています。 舞台中央に机椅子が置かれ、顔を白塗りにして白い服を着た Robert Wilson が、 椅子にかけて「何についてでもないレクチャー」を繰り広げる、というものです。 冒頭の場面こそ、悪魔を思わせる人物が後方の上方にいるのですが、特に何をするでもなく去ってしまいます。 Mayakovsky のポートレートなどの映像が後方に投影された李もするのですが、レクチャーとの関係は判然とせず。 照明の明るさが変わったり、Wilson が舞台上手のベッドに横になったり、激昂した口調になったりと、それなりに変化はあるのですが、劇的に何か起きるとは言い難い作品です。

いかにも禅問答のような Cage のテキストも彼らしいし、舞台のビジュアルも Robert Wilson らしいと思いつつ、 このような作品はそもそも「レクチャーには何らかの伝える内容がある」という前提があってこそ成り立つものじゃないのではないかと。 John Cage のテキストが書かれた20世紀のこのような作品の受容層にはそういう前提が共有されていたのだろうとも思います。 しかし、現在、経営セミナーやITセミナーの類に行けば、それなりの確率でそれに近いレクチャー、トークの類を聴くことができます。 そんな中でのこの Lecture on Nothing は、「何についてでもない」ことの意味深長さを考えさせられるというより、 アートのコンテクストで John Cage や Robert Wilson をありがたがるようなものではないかと、感じてしまいました。 Lecture on Nothing を観た後にこの動画を知ったのですが、 TEDのトークのパロディにして、セミナー等でよく見られるTED流のプレゼンテーションへの風刺にもなっている Will Stephen: How to sound smart in your TEDx Talk [YouTube] の方が、アクチュアルに感じられてしまいました。

利賀芸術公園 野外劇場
2019/08/31, 20:00-21:00.
構成・演出: 鈴木 忠志.
舞台美術: 塩原 充知, 岩崎 健一郎; 照明: 丹羽 誠; 音響: 小林 淳哉; 衣裳: 満田 年水, 岡本 孝子; 道具: 市川 一弥.
出演: 竹森 陽一 (老人); 中村 早香 (娘・早香); 長田 大史, 竹内 大樹, 飯塚 佑樹, 江田 健太郎, 守屋 慶二 (僧侶); 변 유정 [Byeon Yu-Jeong] (花嫁); 齊藤 真紀, 佐藤 ジョンソン あき, 木山 はるか, 鬼頭 理沙, 刘 欣 [Liu Xin] (紅白幕の女); 이 성원 [Lee Sung-Won], 加藤 雅治, 藤本 康宏, 平垣 温人, 平野 雄一郎, 平山 貴盛, 李 俊 [Li Jun], 趙 佳 [Zhao Jia], 枭 陽 [Xiao Yang] (車椅子の男).
花火師: 前田 徹, 高橋 保男, 高橋 光久, 須藤 優, 村松 秀隆, 吉田 倫哉, 植木 陽祐, 榎木 昌弘, 村井 智紀, 根岸 佑佳, 塩川 和典.
初演: 1991年 利賀 野外劇場 (日本).

1991年に利賀フェスティバル10周年を記念して、それまでの 鈴木 忠志 の作品から抜粋された場面を再構成し、花火ショーとしたものです。 鈴木 忠志 の作品を観てきていれば引用されている場面の意味もよくわかるのでしょうが、 観たことがあるのが『リア王』だけなので [鑑賞メモ]、そういったとこは掴みかねました。 しかし、花火ショーとしては、とても近いところから打ち上げられる花火だけに迫力満点でした。 舞台の後方に広がる池の反対側の岸がら打ち上げられると、花火が真上に広がり自分へ降ってくるかのよう。 池の上で繰り広げられる仕掛け花火も多様。 確かにこれは、利賀芸術公園以外での上演がかなり難しい作品だと、納得。 フェスティバルを盛り上げる花火ショーとして十分に楽しむことができました。

第9回シアター・オリンピックスで観た作品はここに書いたものだけでなく、 第一週25日に 鈴木 忠志 (演出) 『リア王』、Θεόδωρος Τερζόπουλος (Σκην.): Τρωάδες [鑑賞メモ]、 翌26日に Алаш [Alash] のコンサート、中國國家話劇院 / 劉 立濱 (導演): 《人生天地間》、 Российский государственный академический театр драмы им. А.С.Пушкина (Александринский) / Валерий Фокин (постановка): Сегодня. 2016 - ... [鑑賞メモ] を観ています。 シアター・オリンピックスは9月23日の第五週まで続きましたが、それ以降は足を運べませんでした。 一概に比べられるものではありませんですが、観ることができた7つの舞台のうち もっとも良いと感じられたのは Θεόδωρος Τερζόπουλος (Σκην.): Τρωάδες でしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

31日の夜も富山駅前まで戻ってから一泊したのですが、流石に疲れていたので、 翌9月1日は富山で観光したり美術館に立ち寄ったりすることなく、直帰したのでした。

[3770] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 22 20:33:40 2019

8月25,26日に利賀芸術公園でシアター・オリンピックス2019を観た後、26日の夜は富山駅前まで移動して一泊。 27日に東京へ戻る前に、総曲輪の南に2015年にオープンした 隈 健吾 [展覧会の鑑賞メモ] の設計による 銀行、図書館、美術館から複合施設 TOYAMAきらりを観てきました。 ファサードも目立ちますが、内装に木が多用されていて、ガラスながら温かみも感じる落ち着いた空間になっていました。 で、美術館でやっていた展覧会を観てきました。

René Lalique - Paris Modern Elegance - Selected Works from the Kitazawa Museum of Art
富山市ガラス美術館
2019/04/27-09/23 (5/8,5/15,6/5,6/19,7/3,7/17,8/7,8/21,9/11,9/18閉), 9:30-18:00 (金土 9:30-20:00).

20世紀前半の戦間期、Art Deco の時代の食器、香水瓶やランプシェードなどガラス製品のデザインで知られる René Lalique の展覧会です。 Lalique の作家性を示すというより、 19世紀末のジュエリーの工芸作家の時代から、50歳過ぎにのガラス工芸への転身を通して、 当時のモダンなライフスタイルの変化を示すような展示でした。 Lalique のデザインしたガラス製品、工芸品は Art Deco 関連の展覧会で必ずのように展示されているのを観てきましたが、 転身する前のジュエリー作家時代を意識することはあまりなく、 単品物で上流階級向けの宝飾品から量産も可能で大衆も入手可能なガラス製品へ、という文脈という気付きを得た展覧会でした。

富山市ガラス美術館
2019/04/27-09/23 (5/8,5/15,6/5,6/19,7/3,7/17,8/7,8/21,9/11,9/18閉), 9:30-18:00 (金土 9:30-20:00).

ガラスを素材に用いるポーランドの造形作家による展覧会です。 2003年以降制作を続けているというルネサンス期以降の近世の絵画に着想した作品シリーズを展示していました。 中心的に描かれている人物ではなく、普通では目に留めないような犬、靴を題材として選び、 ガラスの色に合わせた単色に変えた元の絵画の複製と併置するという、少々コンセプチャルな作風でした。 ガラス板を割って作った細長いガラス片を金属で作った枠に植えるように接着して、もふもふの動物をガラスで表現していました。 コンセプトよりも、ガラスでもふもふを作るという質感のギャップ方が面白く感じられました。 それにしても、よく、こんなものをポーランドから運んでこれた、と感心してしまいました。

富山といえば、2017年に駅の北側にオープンした富山県美術館 [鑑賞メモ] もありますが、 こちらの富山ガラス美術館も併設の金沢加賀麩の老舗 不室屋のカフェの雰囲気も含めなかなか良い美術館でした。 路面電車の駅 (西町) に近く、立ち寄りやすいロケーションというのも嬉しいです。 駅を挟んで反対側にあり2つの美術館をハシゴするには不便ですが、富山に来た時には立ち寄りたいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3769] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Sep 17 0:23:14 2019

1ヶ月近く前の話ですが、8月下旬に観に行った第9回 シアター・オリンピックスの話の続き。 25日の夜は利賀の民宿で一泊し、26日も3本観てきました。

利賀芸術公園 利賀山房
2019/08/26, 14:00-15:00.
Бады-Доржу Ондар [Bady-Dorzhu Ondar] (vocals, игил [igil], дошпулуур [doshpuluur], guitar, баян [bayan], хомус [khomus, jew's harp]), Аян-оол Сам [Ayan-ool Sam] (vocals, дошпулуур [doshpuluur], игил [igil], guitar, хомус [khomus, jew's harp]),, Аян Ширижик [Ayan Shirizhik] (vocals, кенгирге [kengirge, Tuvan flame drum], шынгырааш [shyngyrash, Tuvan bells], хапчык [xapchyk], дуюглар [duyuglar], шоор [shoor, Tuvan longitudinal flute], мургу [murgu, Tuvan overtone flute] хомус [khomus, jew's harp]).

ロシア・東シベリアのトゥヴァ共和国の主要民族トゥヴァの民族音楽を演奏するアンサンブルです。 トゥヴァ伝統の overtone singing である хөөмей [khoomei] と伝統楽器をメインに主に伝承曲を演奏するグループです。 トゥヴァ国外では Smithsonian Folkways からアルバムを出したり Béla Fleck and the Flecktone との共演盤を Rounder からリリースしたり、と欧米 (特にアメリカ) での活動が目立つでしょうか。 トゥヴァの音楽といえば、ロック色濃い Yat-Kha や、 improv や electronica などの異種共演の多い Хуун-Хуур-Ту [Huun-Huur-Tu] などのアンサンブルと比べ、 Алаш [Alash] は electric guitar を使うとはいえ比較的オーソドックスな演奏です。 CDで хөөмей [khoomei] や хомус [khomus, jew's harp] をフィーチャーしたトゥヴァの音楽をそれなりに聴いてきているので、 アンサンブルに意外さがあったわけではありませんが、ライヴで聴くと倍音の響きの面白さはいっそうです。 игил [igil] や дошпулуур [doshpuluur] の鈍い弦の響きも合わせて、約1時間のライヴを楽しみました。

《人生天地間》[Life between Heaven and Earth]
利賀芸術公園 新利賀山房
2019/08/26 16:00-17:15.
魯 迅 [Lu Xun] 《阿Q正傳》 改編的話劇 獨角戲
導演 [Director]: 劉 立濱 [Liu Libin]; 編劇 [Playwright]: 楊 佔坤 [Yang Zhankun]; 舞美設計兼燈光設計 [Stage/Lighting Design]: 鄧 文 [Deng Wen]
主演: 蘇 小剛 [Su Xiaogang] (阿Q).
初演: 2018年3月8日 國家話劇院先鋒劇場
中國國家話劇院 [National Theatre of China] 出品・演出

中國國家話劇院の 劉 立濱 の演出に魯 迅 没後80周年の2016年から構想したという 魯 迅 の 白話小説『阿Q正伝』 (1921-22) に基づく一人芝居です。 人形や阿Qの付けた面など小道具は使えど、大きな舞台美術は無く、 暗い舞台に弱めのライティングの中に人や小道具を浮かび上がらせるという現代的な演出でした。 その一方で、台詞に合いの手を入れるように鳴らされる楽器に、中国の伝統的な劇との類似点も感じられました。 約11000文字の台詞を休まず一人で演じるのは凄いと思いつつも、 このミニマリスティックな演出に聞き取れない言葉が合わさるというのは辛いものがありました。 中国からの観客が少なからずいて、セリフに受けていたりもしたので、 おそらく台詞が聞き取れ、発話のトーンによるニュアンスが分かると印象違うのでしょう。 字幕があったといえ、そのような面白さを掴みかねた公演でした。

利賀芸術公園 岩舞台
2019/08/26 20:00-21:10.
Постановка [Director]: Велерий Фокин [Valery Fokin]; Сценография [Scenic Designer]: Николай Пущин [Nikolai Roschin]; Художник по свету [Lighting Designer]: Дамир Исмагилов [Damir Ismagilov]; Звуковая партитура и музыка [Music]: Антон Яхонтов [Anton Yakhontov]; Медиа [Media]: Юрий Дидевич [Yury Didevich]; Пластика [Plastic Art]: Владимир Варнава [Vladimir Varnava]; Художник по костюмам [Costume Design]: Ника Велегжанинова [Nika Velegzhaninova]; Редактор видео и анимации [Animation and Video]: Светлана Мурза [Svetlana Murza]; Музыкальный руководитель, ассистент режиссёра [Music Director, Assistant Director]: qИван Благодёр [Ivan Blagoder].
Пётр Семак [Pyotr Semak] (Владимир Огнев [Vladimir Ognev]), Никита Барсуков [His double] (Его двойник [His double]), Елена Вожакина (Анна, его жена [Anna, his wife]), Игорь Мосюк (Манн, чиновник [Mann, the Clerk]); София Шустрова [Sofia Shustrova], Тимур Акшенцев [Timur Akshentsev], Дмитрий Белов [Dmitry Belov], Дмитрий Бутьев [Dmitry Butev], Андрей Марусин [Andrei Marusin] (Артисты [The Actors]).
В литературной основе спектакля фантастическая повесть Кирилла Фокина «Огонь». [The performance is based on Kirill Fokin’s science fiction story Fire.]
Премьера – 25 февраля 2016 года [Premier - 25 February 2016], Российский государственный академический театр драмы им. А.С.Пушкина (Александринский) [Russian State Pushkin Academy Drama Theater (Alexandrinsky Theatre)].

ロシア・サンクトベテルブルグ Российский государственный академический театр драмы им. А.С.Пушкина (Александринский) [Russian State Pushkin Academy Drama Theater (Alexandrinsky Theatre)]. の開場260周年、 劇場芸術監督でシアター・オリンピックス発起人の一人でもある Велерий Фокин [Valery Fokin] の70歳を記念して2016年に開催されたフェスティヴァル «Десять спектаклей Валерия Фокина» [Ten Valery Fokin Performances] で、旧劇場に隣接して建てられた新劇場の杮落し公演の演目として初演された作品です。 2016年を舞台とした地球が異星人に滅ぼされる様を国際機関のシンクタンク研究員の視点から描いたSFを舞台化しています。 野外公演でしたが初演時は劇場での公演で、映像や照明を仕込んだ装置なども駆使した演出でした。 蛍光灯というか白色LED光で浮かび上がらせたガラスもしくはアクリルの箱に主役を閉じ込める演出など工夫は感じましたが、 背景に投影される映像が20世紀風だったり、異星人との交渉にうまく対応できないトップ会談の演出がキッチュだったり、映画では無く演劇でSFを上演する限界を感じてしまいました。 1時間余の時間で限界があるとは思いますが、主人公と妻との関係や異星人の描写も薄く感じられました。 そういう意味では、主題に説得力を感じることはありませんでしたが、 ドローン飛ばしたり、本物の自動車つかったり、ギミック多目で、楽しんで観ました。 主人公の妻が下着姿にコートという姿で登場する場面も、いわゆるサービスカットかしらん、と。

《人生天地間》も Сегодня. 2016 - ... も とても良かったという程ではありませんでしたが、 中国やロシアの演劇を観る機会はほとんどありませんので、 これが各国の典型的な演劇表現ということではないとは思いますが、 テイストの違いなど興味深く観ることができました。

ところで、シアター・オリンピックスの感想メモが書くのに時間がかかっている理由の一つに、 会場で配布されているパンフレット類に、 オリジナルの言語でのタイトルやスタッフ・キャストの名前や初演に関する情報など、 拠点としている国での評価や初演時の評判、作品制作時のバックグラウンドなどを知るキーとなる 自分が知りたい情報が載っておらず、これらを調べるのに時間がかかっているということがあります。 舞台上ではマルチリンガルなのに、パンフレット等の配布資料がそうじゃないのは少々残念でした。 せめて、開催地の日本語と、世界の共通語としての英語に加え、 上演作品毎のオリジナルの言語での3ヶ国語併記でのクレジット等だったらよかったのに、とつくづく。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

積み残しが大量発生していますが、少しずつ……。

[3768] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 8 22:03:51 2019

半月前の話になってしまいましたが、8月下旬、23、24日と沖縄出張だったのですが、戻っての25日日曜に合わせて26, 27日と短いながらの夏休みを取りました。

冷戦終結後の1990年代初めに鈴木 忠志、Θεόδωρος Τερζόπουλος [Theodoros Terzopoulos]、Robert Wilson ら演出家・劇作家によって創設され、 1995年に第1回が開催された国際演劇祭 シアター・オリンピックス。 第9回はロシア (サンクトペテルブルグ)、日本 (利賀) の二カ国開催です。 日本開催は第2回の1999年の静岡以来ですが、その頃は演劇に遠征して観るほどの興味が無く見に行きませんでした。 最近は『ふじのくに⇄せかい演劇祭』へ行く程度には演劇を観るようになり、 シアター・オリンピックスの雰囲気に触れ、生で観る機会の少ない海外の演劇を観る、そして、利賀に行ってみる良い機会かと、 第一週の8月25、26日に利賀へ行ってきました。 まずは、25日に観た2本について。

利賀芸術公園 利賀大山房
2019/08/25, 16:00-17:45.
構成・演出: 鈴木 忠志; 原作: William Shakespeare.
舞台美術: 戸村 孝子; 衣裳: 岡本 孝子.
出演: 竹森 陽一 (老人 (リア王)), Ellen Lauren (ゴネリル), Нана Татишвили [Nana Tatishvili] (リーガン), 木山 はるか (コーディーリア), 이 성원 [Lee Sung-Won] (グロスター), 田 冲 [Tian Chong] (エドガー), 平垣 温人 (エドマンド), Kameron Steele (オールバニ), 石川 治雄 (コーンウォール), 植田 大介 (オズワルド), etc
初演: 1984年12月28, 29日, 利賀山房 (日本).

鈴木 忠志 演出の舞台を生で観るのは、実は初めてです。 1984年に初演されて以来、世界各国で上演され続けられている作品です。 Shakespeare の King Lear を複数言語で演じる、 複数の国からの俳優がその役のセリフをそれぞれの母国語で演じるというという作品です。 初演時は男優のみで上演されたとのことですが、今回の上演では女性の役は女優が演じていました。

ライティングや引戸を使って空間を文節して、所作で場面を描き、そのイメージで物語るような舞台でした。 King Lear という有名な物語に基づいているだけでなく、 イメージで物語っていくような演出もあって、複数の言語での上演ということは物語を追う妨げにはなりませんでした。 ライティングも所作も美しいところは好みだったのですが、 奥行き感を殺した舞台美術で絵画的というか映像的な演出に感じられてしまいました。

初演時は男性のみの上演だったということもあるのか、 リア王の3人の娘の存在感が薄くなっていて、むしろ、グロスターと2人の息子の物語のようでした。 3人の娘の存在感が薄いだけに、リア王が精神病院に入院しているという設定の説得力も薄く感じられました。 上演に選ばれた5つの言語についても、そんなリア王の設定に関係あるのか、 英語とロシア語が含まれているのは初演時が1984年という冷戦時代を反映している、 もしくは東アジアの外交に関わる言語ということなのか、などと思いつつ観ていたのですが、 腑に落ちる事も無く。 いろいろ釈然としないまま終わってしまった感もあった舞台でした。

Τρωάδες [The Trojan Women]
利賀芸術公園 野外劇場
2019/08/25 19:30-20:45.
του Ευριπίδη [by Euripides]; Μετάφραση: Κωστής Κολώτας [Translation: Kostis Kolotas].
Σκηνοθεσία-Σκηνική εγκατάσταση [Direction-Stage installation]: Θεόδωρος Τερζόπουλος [Theodoros Terzopoulos].
Βοηθός σκηνοθέτης [Assistant directior]: Σάββας Στρούμπος [Savvas Stroumpos]; Μουσική [Music]: Παναγιώτης Βελιανίτης [Panayiotis Velianitis]; Κοστούμια [Costume]: Λουκία [Loukia]; Φως [Lights]: Θεόδωρος Τερζόπουλος [Theodoros Terzopoulos], Κωνσταντίνος Μπεθάνης [Konstantinos Bethanis]; Υπεύθυνη παραγωγής [Production manager]: Μαρία Βογιατζή [Maria Vogiatzi].
Διανομή [Cast]: Αναστασία Παπαδοπούλου [Anastasia Papadopoulou] (Εκάβη [Hecuba]), Σοφία Χιλλ [Sophia Hill] (Ελένη [Helen]), Νιόβη Χαραλάμπους [Niovi Charalambous] (Ανδρομάχη [Andromache]), Αντώνης Μύριαγκος [Antonis Miriagos] (Ταλθύβιος [Talthybius]) Σάββας Στρούμπος [Savvas Stroumpos] (Ποσειδών - Μενέλαος [Poseidon - Menelaus]), Ελισάβετ Ιγγλίζ [Elisavet Ingliz] (Αθηνά [Athena], Κασσάνδρα [Cassandra]), Hadar Barabash, Sara Ipsa, Evelyn Asounant (Κασσάνδρα [Cassandra]), Erdoğan Kavaz (Κορυφαίος [Chorus leader]), Όλος ο θίασος [All the troupe] (Χορός [Chorus]).
Παραγωγή: Οργανισμός Πάφος 2017, Πολιτιστική Πρωτεύουσα της Ευρώπης, Θέατρο Άττις [Production: Papos 2017 Organization, Eurpean Capital of Culture, Attis Theatre].

Θεόδωρος Τερζόπουλος [Theodoros Terzopoulos] は、シアター・オリンピックの創設者の一人ですが、 今まで演出した作品を観たことが無く、作風についてはほとんど予備知識はありませんでした。 今回観たのは、 紀元415年にアテナイで初演されたというエウリピデス [Ευριπίδης, Euripides] によるギリシャ悲劇『トロイアの女』 [Τρωάδες, The Trojan Women]。 王女カッサンドラ [Κασσάνδρα, Cassandra] をはじめトロイア戦争に敗戦したトロイアの女たちが、ギリシャ側の軍の指揮官などに妾や奴隷として分配される様を描いた作品です。 これを、内戦等で分断された都市ニコシア (キプロス)、モスタル (ボスニア)、エルサレム (イスラエル)、そしてシリアとギリシアからの俳優によって、 ギリシア語、トルコ語、クロアチア語、ボスニア語、ヘブライ語、アラビア語の6ヶ国語で演じるという作品でした。 ちなみに、Νιόβη Χαραλάμπους がキプロス、Hadar Barabash がイスラエル、Sara Ipsa がクロアチア、Evelyn Asounant がシリア、Erdoğan Kavaz が北キプロス (トルコ)、 初演の時には出演していたが今回の公演にはクレジットされていない Ajla Hamzic がボスニア、 他がギリシアの出身の俳優ということのようです。 (ボスニアの方がクレジットされていませんが、ボスニア語のセリフがどうなっていたのかは、自分にはわかりませんでした。)

黒い短ブーツ (軍靴か?) が直径3〜4 m程度の円形に渦巻くように並べられ、その後ろに椅子が並べられた程度のミニマリスティックな舞台。 女性たちはみな黒のドレス、男性も黒シャツに黒パンツという出で立ち。 クレジットの通り役を割られてはいましたが、それぞれの役を個性的に演じて物語っていくのではなく、 現在も東地中海世界に広がる紛争・内戦地帯の戦争被害者としての様々な女性の嘆きの嘆きを、 『トロイアの女』のセリフを使って現前させていくかのようでした。 冒頭に俳優たちが実際の内戦の犠牲者の遺影を掲げてその名を呼びかけたり、 カサンドラの狂乱する様を、複数の言語で繰り返し演じる様などに、特にそれを感じさせました。

効果音に近い電子音の音楽の他に、多くはないものの俳優が歌う場面もありました。 一つは女優が歌う Henry Purcel の “The Cold Song”。 あと、Κορυφαίος [Chorus leader] 役の男優が時々、憂いを感じる旋律の歌を少々がなるように詠唱していたのが気になりました。 Σαβίνα Γιαννάτου & Primavera En Salonico が取り上げそうな東地中海世界の民謡を思わせる旋律で、 自分も聞き覚えがあるので有名な曲と思うのですが、曲名を思い出せません。 Σαβίνα Γιαννάτου & Primavera En Salonico [鑑賞メモ] もそうですが、 トルコの Kardeş Türküler など Kalan レーベルが多く取り上げる多言語のプロジェクト [関連発言] など、 音楽 (特に world music) の文脈では、東地中海世界の多言語プロジェクトというのは広く行われています。 そして、多くの場合、そのプロジェクトの背景には少数民族問題や宗教が関係する紛争、内戦があります。 この『トロイアの女』にもそれと共通するものを感じた事も、観ていてこの作品の世界に入りやすかった一因かもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

初めて行く利賀で、アクセスの不便さだけでなく、劇場やその周辺の環境や宿泊にも不安がありました。 確かに、富山駅から遠く、レンタカーが運転できないとなると、アクセスがかなり制限されてしまう場所と実感。 民宿のレベルは、ま、そんなものでしょうか。 しかし、劇場や関連設備についてはむしろ非常に現代的に整備されていて、そこは良かったです。 テントサイトも案内されていたこともあって、ロックの野外フェスに近いサバイバルになるかと不安でしたが、そんな事はありませんでした。 一度行って様子が分かった事で、行く敷居は下がったでしょうか。

まずは、25日の話から。続きはまた後ほど。

[3767] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Aug 22 23:36:50 2019

猛暑続きの続く先週末の土曜は、午後に京橋へ。 国立フィルムアーカイブの上映企画 『シネマ・エッセンシャル 2019』 で、久しぶりに戦前日本映画を観てきました。

『浪華悲歌』
1936 / 第一映画 / 白黒 / 72min.
監督・原作: 溝口 健二. 脚本: 依田 義賢.
山田 五十鈴 (村井 アヤ子), 梅村 蓉子 (麻居 すみ子 (惣之助夫人)), 大倉 千代子 (村井 幸子 (アヤ子の妹)), 大久保 淸子 (横尾 さだ子 (医師夫人)), 浅香 新八郎 (村井 弘 (アヤ子の兄)), 志賀迺家 辨慶 (麻居 惣之助 (薬種問屋主)), 進藤 英太郎 (藤野 喜藏 (株屋)), 田村 邦男 (横尾 雄 (医師)), 竹川 誠一 (村井準造 (アヤ子の父)), 原 健作 (西村 進 (麻居店員)), etc

あらすじ: 大阪の薬種問屋で電話交換嬢として働くアヤ子には、思いを寄せる店員 西村がいたが、 家は貧しく、飲んだくれの父は会社の金を使い込んだとして追い詰められていた。 アヤ子はその金を弁償するため、家出して、電話交換嬢を辞め、かねてから言い寄ってきていた問屋主 麻居の妾となった。 アヤ子は、麻居と文楽観劇中に麻居夫人に見咎められるが、麻居の知人である株屋の藤野の機転で難を逃れる。 逃れて行ったデパートで、偶然、西村と再会し、カフェで求婚されが、アヤ子は麻居の妾であることを明かせず、求婚を受けずにその場を去る。 その後、麻居の主治医 横尾が妾宅へ行くべきところ間違えて本宅へ行ってしまったため、麻居夫人に妾宅に乗り込まれることになる。 麻居夫人に結婚相手を探すと言われ、アヤ子は事の経緯を打ち明けた上で 西村 の求婚を受ける決意をする。 西村の所に向かう途中、アヤ子は妹と遭い、学費を工面できずに兄が帰ってきていることを告げられる。 そこで、兄の学費のため、アヤ子は藤野から騙し取る。 その後、西村を妾宅に呼んで、事情を打ち明けた上で、結婚したいと言う。 そこに藤野が踏み込んでくるが、用心棒がいると西村の後ろ姿を見せて、追い返してしまう。 結局、警察がやってきて、アヤ子と西村は逮捕されてしまう。 取調で、西村が自分はアヤ子に騙されていたと供述しているのを、アヤ子は聞いてしまう。 西村はすぐに釈放され、アヤ子も初犯ということで父に身元引受されて釈放される。 実家に戻るが、兄や妹に家に帰って来るなと言われ、アヤ子は再び家を出る。 行く宛の無いアヤ子が橋に佇んでいると、医師 横尾 が通りかかり、病気かと尋ねられる。 アヤ子は不良少女という病気だと答えるのだった。

貧乏故に、電話交換嬢から妾となり、さらに男から金を騙し取る「不良少女」へ転落し、 恋人や家族にも冷淡に対応されるというバッドエンドの物語です。 しかし、アヤ子はそんな不幸に対して、身の不幸を嘆くというより、立ち向かうようなキャラクタというとこもあって、後味はカラッとした映画でした。 アヤ子の旦那となる麻居が妻に頭が上がらないボケのキャラクタで、 救いの無いハードボイルドな物語の中では、麻居が夫人に対してへまをする場面など、良いコメディリリーフになっていました。 職業婦人時代の銘仙の和装から、妾になってからは島田髷を結って豪華に和装し、その後がモダンな洋装の「不良少女」となるアヤ子の服装の変化も象徴的。 狭い日本家屋のアヤ子の実家と、妾宅のアール・デコ風の住之江のアパート (今で言うなら高級マンション) の対比も、印象に残りました。 麻居夫人が妾宅に乗りこんで、麻居を追い出した後、アヤ子と2人でしみじみ話する場面があるのですが、 この物語の中でのアヤ子の一番の理解者は、実は麻居夫人だったのかもしれないな、と思ったりもしました。

戦前日本映画は松竹大船映画を多く観てきているわけですが、 カラッとしたハードボイルドな描写 (特に、アヤ子が藤野を騙す場面以降) といい、笑いの盛り込み方といい、 松竹大船の作風とは異なり、映画における戦前モダニズムといっても多様だったのだな、と。 舞台が大阪で、セリフは全て関西弁 (といっても現代のお笑いでの関西弁では無い) というのも新鮮でした。 アヤ子が旦那と文楽を観に行く場面があるわけですが、東京が舞台の松竹映画でよく出てくる歌舞伎の場面も、大阪が舞台だとこうなるのかと。 そういう意味でも、新鮮に楽しめた映画でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

日曜も晩に西新井ギャラクシティへ行って、 ドーム映像作品『HIRUKO』を観てきたのですが (以下略。多くは語りません)。

[3766] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 18 23:19:52 2019

先週末日曜は、午後ゆっくりめに表参道へ。この展覧会を観てきました。

Christian Boltanski
Animitas II
Espace Louis Vuitton Tokyo
2019/06/13-2019/11/17, 12:00-20:00 (臨時休業、開館時間変更はウェブサイトで告知).

国立新美術館での回顧展 [鑑賞メモ] に合わせて、表参道の Espace Louis Vuitton Tokyo でも展覧会が開催されています。 展示は Aminitas のヴァリエーションの2作で、 一つは2016年の東京都庭園美術館 [鑑賞メモ] でも展示されていた豊島の Aminitas (La Forêt des Murmures), Japan (2016)。 もう一つは、Aminitas (Mères Mortes), Dead Sea, Israel (2017)。 スクリーンを背中合わせにするか、向かい合わせにするかという違いはありますが、 ギャラリーに干藁を敷き詰め緑の林と砂漠の映像を組み合わせるインスタレーションは、東京都庭園美術館 での展示を思わせました。

しかし、そんな展示コンセプトは他所に、 猛暑の街中、表参道の喧騒をしばし忘れて、涼みながらゆったりと休憩というか瞑想することのできる、 そんな場所にもなっていました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この後は、表参道をスパイラルへ移動。この公演を観てきました。

スパイラルガーデン
2019/08/11, 18:00-19:15.
演出・振付: 中村 恩恵.
出演者: 小野 絢子 (Camille), 首藤 康之 (Rodin), 中島 瑞生 (Paul), 中村 恩恵 (Calline).
演奏: 郷古 廉 (violin), 伊藤 裕 (cello).
演奏曲: Eugène Ysaÿe: Six sonatas pour violon seul, Op. 27 (No. 1, 2, 4, 5 より); Maurice Ravel: Sonate pour violon et violoncelle; J. S. Bach: Partita for Violin No. 1 in B minor BWV 1002 より.
主催: サヤテイ.
初演.

小野寺 修二 演出作品の 首藤 康之 出演作品は何回か観たことがありましたが [鑑賞メモ]、 客演ではなくメインとなった作品を観たことがありませんでした。 ex-NDT で首藤との共演も多く近年は新国立劇場バレエ団への振付も手掛ける 中村 恩恵 の演出・振付で、 新国立劇場バレエ団のダンサー2名を加え、音楽も生演奏の作品ということもあり、 観る良い機会かと足を運んでみました。

フランス近代の彫刻家 Rodin の弟子にして愛人 Camille Claudel の一生に着想した作品です。 象徴的な白い彫像2体、照明の色や明るさに変化を付けるも比較的フラットというミニマリスティックな演出で、 バレエ的なテクニックで踊り描くというより、静かな動きで場面を描いていくような作品でした。 動かしながらのテーブルを使った動きなど、縦方向にも変化がありましたし、 violin の 郷古 はダンサーに絡むというほどではありませんが、ダンサーが踊る舞台の中を歩みながら演奏するなど、 脇で静かに伴奏する以上でした。 Camille を2人1役としたり、メタな視点 (というか最後のソロなど影の主役にすら感じた) として Camille の弟 Paul を加えたりと、ストレートな物語りかたを避けようという演出を感じました。

しかし、残念ながら、ピンとくることなく終わってしまいました。 メタな視点を加えているとはいえ、ロマンチックなアーティスト像を描くという点が自分とは相性悪かったでしょうか。 しかし、席が悪かったということもあるかもしれません。 下半身がほとんど見えなかったのですが、ダンス公演でこれはかなり厳しいものがありました。 スパイラルホールは、Dance New Air などで何度となくダンス公演を観に来ていますが、こんなに見づらい席は初めてでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3765] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 18 12:07:11 2019

先週末土曜は、朝には家を出て横浜YCATから高速バスで市原へ。

市原湖畔美術館
2019/08/04-10/27 (月休;月祝開,翌平日休), 10:00-17:00 (土・休前日 9:30-19:00; 日・祝 9:30-18:00).
Никита Алексеев [Nikita Alexeev], Алена Иванова-Йохансон [Alena Ivanova-Johanson], Леонид Тишков [Leonid Tishkov], Владимир Наседкин [Vladimir Nasedkin], Таня Баданина [Tanya Badanina], Александр Пономарев [Alexander Ponomarev].

ソ連崩壊後のロシアで活動する作家による現代アートを紹介する展覧会が、房総半島中部の市原湖畔美術館で始まりました。 ロシアの現代アートは国際企画展で断片的に観る機会はあれど、まとめて観る機会はなかなか無いので、足を運んでみました。 2013年にリニューアル・オープンした市原湖畔美術館 (元・市原市水と彫刻の丘) も リニューアル後は現代アートの展覧会に力を入れている様子だったので、美術館に足を運んでみる良い機会でもありました。

ロシアの現代美術というと、今まで日本に紹介されてきた文脈もあってか、 Война [Voina] や Pussy Riot などアクティヴィズムに近いパフォーマンス・アートという印象も強いのですが [関連する談話室発言]、 この展覧会はそのような色は薄め。 宇宙をテーマにしていたせいか、インスタレーションとドローイングからなる夢想的、幻想的、瞑想的とも感じられる展覧会でした。 出展作家は6名。都内の美術館の大規模な展覧会に慣れ過ぎてしまったか、こぢんまりした展覧会でしたが、 個々の作品にゆっくり向き合うには丁度いい規模でしょうか。

最も印象に残ったのは、この展覧会における背骨とも言える Леонид Тишков [Leonid Tishkov] によるロシア宇宙主義 (Русский космизм) オマージュの一連の作品でした。 宇宙主義は20世紀初頭のロシアの文化運動で、革命後のアヴァンギャルドへも影響を与えたと言います。 Велимир Хлебников [Velimir Khlebnikov] の詩 «Ладомир» [“Ladomir”] (1919) からタイトルを取った作品は、 パスタやパンで未来都市をとったもので、パスタによるコンストラクションを思わせながらも、 パスタの繊細さが粗いタッチによる線描をそのまま空間に作り出したようでもありました。

2017年に開催された «Антарктическая биеннале» [“Antarctic Biennale”] 『南極ビエンナーレ』の企画者 Александр Пономарев [Alexander Ponomarev] による «Нарцисс» [“Narcissus”] は、 床一面位水を張った照明を落とした地下ギャラリーに、極地航海時に舳先から撮った海水面のビデオを大きな4面の液晶ディスプレイで上映した作品です。 スタイリッシュで瞑想的な雰囲気で、外の炎天が嘘のようにひんやりとした別世界へ連れて行かれたよ う。 少々力技なインスタレーションという点では、いかにも21世紀のグローバルな現代アートとも感じました。 通しては観ませんでしたが、Алена Иванова-Йохансон [Alena Ivanova-Johanson] による «Антарктическая биеннале» のドキュメンタリー的な映像作品 “Master of the Elements” [teaser] も ギャラリーで観ることができました。 その映像を観ていると、南極の風景の非日常さとそれを捕らえた映像美はあれど、作品がそれに負けていたるようにも感じてしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

35度近い炎暑で、周囲を散策して企画展関連以外の野外展示の作品を観る気になれませんでした。 美術館併設のピッツェリアを含め雰囲気も良かったですし、考えていたより便は悪くなかったので、 企画展などに合わせて時々訪れたいものです。

実家は新暦の盆に墓参している上、自分の職場にはお盆休み一斉休暇という概念がなかったので、 すっかり失念していましたが、この日は、お盆休暇初日。 午前のアクアライン下り方面は、川崎側の周辺の高速道路を含めて大渋滞でした。 予定より30分程度の遅れで済んだのはマシだったのかもしれません。 夕方は上り方面が渋滞するという予報もあったので、15時には美術館を出たのですが、アクアラインは既にノロノロ運転でした。 お盆時期の移動は要注意です。

[3764] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Aug 6 0:34:37 2019

梅雨明けから猛烈な暑さで外出が憚られるほどですが、 先の週末は土曜午後に外出ついでにこの展覧会を観てきました。

Samuel Jessurun de Mesquita
東京ステーションギャラリー
2019/06/29-2019/08/18 (月休;7/15,8/12開;7/16休). 10:00-18:00 (金10:00-20:00).

1890年代から1930年代にかけて木版画やエッチングなどの版画やグラフィック・デザインの文脈で活動した オランダのセファルディ・ユダヤ人のグラフィック・アーティスト Mesquita の回顧展です。 ほとんど知らないアーティストでしたが、 Art Nouveau から Art Deco にかけての時代という活動時期に興味を引かれて、足を運んでみました。 しかし、Art Nouveau や Art Deco からの影響はさほど感じられず、 むしろ、モダンながらグロテスクで影のある雰囲気は表現主義、ドローイングなどはシュールレアリズムとの共通点を強く感じる作風でした。 枠線をあまり用いず太さを変えた粗いストライプで陰影を表現して描いたポートレートなど、なかなか良かったです。

ただ、Mesquita 個人に焦点を絞りすぎていて、当時の彼の表現が置かれていた文脈がよく掴めなくて、観ていて不完全燃焼気味でした。 M. C. Escher の師で、Auschwitz に送られて1944年に亡くなったものの作品は Escher によって救われたというエピソードは、フライヤ等でもかなり強調されていましたが、 例えば、Mesquita がグラフィック・デザインを度々手がけた建築・芸術雑誌 Wendingen の 当時のモダニズム運動の中でのポジション (例えば、同じオランダの De Stijl との関係は?) とか、展示を観てもわかりませんでした。 同時代の木版画といえば、目黒区美術館の 『京都国立近代美術館所蔵 世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて』 展でそれなりにまとめて観る機会があったばかりなのですが、 そんな同時代の木版画表現とその中での Mesquita のポジションがわかると、もっと楽しめたかもしれないと思いつつ観た展覧会でした。

アーティスト本人とはあまり関係無い話ですが、 展示解説によるとポルトガル系のセファルディ・ユダヤ人の家系とのことで、 おそらく、レコンキスタ完了直後のユダヤ人追放令 (スペイン1491年、ポルトガル1496年) の際にオランダに移住した家系と思われますが、 ユダヤ人がイスラームのモスクを意味する Mesquita を姓に持つようになった経緯が気になってしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3763] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 4 21:30:53 2019

まだ先週末の話ですが、日曜は昼前にこの舞台を観てきました。

KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
2019/07/28, 11:30-12:15.
Original idea and direction: Sergi Ots; Assistant to director: Emilie De Lemos; Script: Sergi Ots and Emilie De Lemos.
Actors: Natàlia Méndez; Set design: Adrià Pinar, Sergi Ots; Set construction and artifacts: Adrià Pinar and Pau Seguí Costume design: Marcel Bofill and Nahoko Maeshima Lights: Adrià Pinar Photography: Sergi Ots
A Production between:Ponten Pie & Festival El Més Petit De Tots
Premier: 2015.

KAAT神奈川芸術劇場のキッズ・プログラムの1つとして公演が行われた、 スペイン・バレンシア地方 (Valencia, ES) を拠点に活動するカンパニー Ponten Pie による、 2〜5歳の子供向けに作られた演劇作品です。 ほとんど予備知識も無く、大人が一人で観に行くのも少々憚れたのですが、 写真やティーザー動画に惹かれて足を運んでみました。

舞台は海底に沈んで半ば砂地に埋もれてた、もしくは、打ち上げられて半ば砂地に埋もれたガレオン船 (西洋近世の木造帆船) でしょうか。 水を張ったような青い薄布を被せた、その下には砂と見立てたコルクチップを厚く敷き詰めた幅3m奥行き6m程度の長方形の舞台を中央に、 砂地から突き出た船尾楼甲板の一部のような客席が取り囲こんでいました。 船尾から入ってきた女性パフォーマーが、セリフを用いず、 送風機も使って布を煽ったり、コルクチップの中から物を掘り出したり、吹き上げる「砂」と戯れたり。 最後に舳先の部分を頭部大に縮小した模型を被って砂の上を荒れ狂う夜の海を進む帆船を模したような動きをしたあと、 砂の中にうっすら顔だけを出して横たわり、客が退場する間もそのまま、 カーテンコールのようなものも無いままに静かにパフォーマンスを終えました。 女性は難破した船の乗客の亡霊、もしくは、積み荷の女神像だったのでしょうか、そんなことを思わせたエンディングでした。

客席から手が届きそうなほど舞台も狭くパフォーマーも一人というこぢんまりした舞台でしたが、 セリフを用いずに人形は用いないものの物を使って連想でイメージをつなげていくようなパフォーマンスは、 Philippe Genty [鑑賞メモ] を子供向けにしたようでした。 特に、大きな布を波打たせる動きは、夜の嵐の場面で舳先の模型に小さな照明を仕込んでいた所など、近い演出を感じました。 最近観て Philippe Genty を連想させた舞台作品に Dimitris PapaioannouThe Great Tamer があったわけですが [鑑賞メモ]、 それとは Genty を挟んで逆の方向性 (大人向け) を持っているようで、 ラストの埋もれた死体のイメージから遡って自由連想的にイメージを繋げるような構成や、 地中/砂の中から掘り出すイメージの多用など、思いのほか共通する点が多かったというのも、興味深く感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

東京芸術劇場の TACT/FESTVAL や座・高円寺の「世界を見よう!」など、 公共劇場の子供向けプログラムにはサーカスや人形劇を中心に子供向けと侮れない作品が少なくなく、好んで足を運んできています。 KAAT神奈川芸術劇場も行きやすくなたことだし、と、今回初めてキッズ・プログラムに足を運んでみたのですが、その甲斐はあったでしょうか。

この週末は他にも色々気になる公演があったて、 当日券があると知って晩に新横浜方面の某公演へ行こうかと心が動いたのですが、体が動かず (体力的にきつくて)、断念。 というか、この週末観た3本 (La Cie. Quotidienne: Vol d'usage、Noism 15周年記念公演、Ponten Pie: Loo) がどれもアタリで、これだけでもう消化不良気味でした。 重なるときは重なるものです。うむ。

[3762] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 4 12:32:22 2019

先週末の話ですが、土曜の夕方、高円寺のあとは柿の木坂の都立大学八雲キャンパス跡へ。この公演を観てきました。

めぐろパーシモンホール, 2019-07-27, 17:00-18:45.

新潟市の公共劇場である りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 を拠点に活動する 日本で唯一と言っていい公共劇場レジデンシャルなダンスカンパニー Noism の15周年公演です。 公演を観たことがあるのは『ラ・バヤデール — 幻の国』だけで [鑑賞メモ] あまりフォローできていなかったので、15年間の歩みを知る良い機会と、足を運びました。

『Mirroring Memories ––それは尊き光のごとく』
演出振付: 金森 譲.
衣装: 堂本 教子, 中嶋 祐一, Estable of Many Orders, 宮前 義之 (ISSEY MIYAKE); 出演: Noism1 + 金森 譲.
初演: 上野の森バレエホリデイ2018.

過去の作品の中から黒衣にまつわる10のシーンを抜粋し、最初と最後に 金森 振付による新作を配した、オムニバス作品です。 上野の森バレエホリデイ2018で初演された作品ですが、再演にあたって1シーン (最後から2番目) が追加されています。 可動式の幅1m高さ1m程度のハーフミラーを十数枚並べただけの舞台装置の前でシーンを踊り、 暗転と字幕や回顧的な映像、そして、Arvo Pärt の “Spiegel im Spiegel” を間奏的に使ってシーンを繋いでいきました。

劇的舞踊だからというだけでなく、作品の中でも見せ場とも言えるシーンを抜粋していることもあるかと思いますが、 パドドゥ的なリフトを多用した男女ペアでの踊りのシーンが多く、それが印象に残りました。 日本のコンテンポラリーダンスでは、コンタクトインプロビゼーションのようなものはあれど、 このような表現は少ないだけに、そんなところに Noism のバレエ的なバックグランド持つ振付家・ダンサーを揃えたカンパニーらしさを感じました。 オムニバスということもあって『ラ・バヤデール — 幻の国』にあった演劇的な面は抑えられ、 むしろ、テクニカルな感情表現を駆使してきっちり踊るところを堪能できました。 『マッチ売りの話』 (2017) の場面からの流れもあったとは思いますた、 ラストの『Träume ––それは尊き光のごとく』での 浅海 を見守るような 金森 と 井関 のダンスを見ていて、 Noism を生み育てきた慈父、慈母の話のよう、と思ってしまいました。

『Fratres I』
演出振付: 金森 譲.
音楽: Arvo Pärt: Fratres for strings and percussion.
衣裳: 堂本 教子; 照明デザイン: 伊藤 雅一 (RYU), 金森 穣.
出演: 井関 佐和子, 池ヶ谷 奏, 浅海 侑加, チャン・シャンユー [Hsiang Yu Chan], ジョフォア・ポプラウスキー [Geoffroy Poplawski], 井本 星那, 林田 海里, カイ・トミオカ [Kai Tomioka], チャーリー・リャン [Charlie Leung], 西岡 ひなの, 鳥羽 絢美, 西澤 真耶, 片山 夏波, 三好 綾音.
新作 (Noism設立15周年記念作品)

休憩を挟んでの新作は、『Mirroring Memories』とは対称的でした。 14人のダンサーによる群舞で、ナラティブな要素はほとんど感じられません。 途中で使われる白米の「滝」と照明のみの演出で、 タイトルにもなっている Arvo Pärt の “Fratres” に合わせ、 12分間、強い意志を感じさせながらも静かに、修行僧のように祈り続けるかのような作品でした。 特に、フードのある衣装を使い、フードを被って「滝」に打たれるかのような場面など、その印象も強烈でした。 現在の Noism の置かれた厳しい状況と、それを打開するための祈念を思わず連想せずには入られませんでした。

市長交代に市の財政事情もあって、Noism の存続が危うくなっていると報道されています [美術手帖の記事]。 この公演の時点では、2019/2020シーズンまで活動延長となったものの、 2020年9月以降については今年8月に市長が活動継続の可否を判断するという状況とのこと。 日本でも1990年代以降、芸術監督を置く公共劇場が増えたものの、レジデンシャルなカンパニーを置いて活動する公共劇場はほとんどありません。 コンテンポラリーダンスのカンパニーは新潟市の Noism が唯一ですし、 演劇に目を向けても、静岡県の SPAC (静岡県舞台芸術センター) くらいしかありません。 新国立劇場バレエ団にしても、レジデンシャルとは言い難い給料しか出ていないと聞きます。 Noism や SPAC の良いライバルとなるような公共劇場レジデンシャル・カンパニーが国内から出てきて欲しい、 首都圏に少なからずある芸術監督を置く公共劇場が Noism や SPAC に倣ってレジデンシャル・カンパニーを抱えるようになって欲しい、 と思っていただけに、このような動きは残念な限りです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

このカンパニーが置かれている状況を観る際に作品に投影してしまいがちで、 そうでは無くもっと自然に作品を観たいとは思いつつも、そう観てしまったことも含めた鑑賞メモとしました。うむ。

[3761] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 28 23:04:11 2019

今週末も土曜は昼に高円寺へ。この公演を観てきました。

Vol d'usage
座・高円寺1
2019/07/27, 13:00-14:00.
Conception & vélo acrobatique: Jean Charmillot; Conception & sangles aériennes: Jérôme Galan; Regard extérieur: Marc Vittecoq; Création musicale: Yannick Tinguely; Costumes: Emily Cauwet; Création lumières: Lydie Del Rabal; Administration: Valérie Binn.
Création 2016.

La Cie. Quotidienne はフランスのサーカスカンパニーという程度の予備知識しかありませんでしたが、 毎年優れたサーカスを呼ぶ座・高円寺の夏の子供向けプログラム「世界を見よう!」ということで、足を運んでみました。 自転車曲乗り (vélo acrobatique [acrobatic cycling]) を得意技とする Jean と エアリアル・ストラップ (sangles aériennes [aerial strap]) を得意技とする Jérôme の男性2名による、 それぞれが得意とする技を見せるというのではなく、2人での曲乗りやエアリアル、そして曲乗りとエアリアルを巧みに組み合わせた約1時間のパフォーマンスが楽しめました。

小道具の椅子2脚だけで大道具や装飾は無し、中央にストラップを2本垂らしただけの円形舞台を使い、そこを回りながら自転車の曲乗りを見せていきます。 一方、エアリアル・ストラップといえば前転や後転の動きで腕や脚にストラップを巻きつけながらの上下方向の力強い動きで見せるというのが一般的です。 この作品でもそういう上下の動きを使った時もありましたし、スウィングも交えましたが、 むしろ、中央から垂らしたストラップを握りながら円形舞台を回るように走ることで、遠心力で浮き上がるという使い方が特徴的でした。 エアリアル技は高さで見せることが多いわけですが、この低く浮遊するようなエアリアル技は新鮮に感じられました。 自転車曲乗りと低く浮き上がるエアリアルは、どちらも円形舞台を回りながらの演技ということで、相性も良く組み合わせも多彩でした。

前半では明かされないのですが、 ちょうど信号が変わるタイミングで交差点を突っ切るように坂を使って加速した自転車に乗った少年が、 交差点で出会い頭で自動車に衝突しそうになるも、咄嗟に無意識な動きで自動車の上を飛び越えるとことで衝突を免れた、 その飛んでいる際の時間が止まったかのような不思議な感覚をテーマとしていました。 約1時間分の技を繋げる枠組みといえばそうなのですが、この状況を物語るために曲乗りとエアリアルを組み合わせて演技しているよう。 ダイナミックながらゆっくりとした時間が流れるような、ふんわり浮遊感も感じさせる、幻想的なパフォーマンスが楽しめました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

先週、Jörg Müller / Noémi Boutin: Sarabande観たときは、 これが今年のベスト・サーカス・アクトかもと思ったのですが、これに匹敵するようなものが続いてしまいました。 今年の「世界を見よう!」のサーカスは大当たりでした。

[3760] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 22 21:45:09 2019

日曜も昼過ぎに上野公園へ。この公演を観てきました。

東京文化会館
2019/07/21, 14:00-16:00.
Балет Бориса Эйфмана [A ballet by Boris Eifman]
по роману Л. Н. Толстого [Based on the novel by Leo Tolstoy]. на музыку П. И. Чайковского [Music: Pyotr Tchaikovsky].
Декорации: Зиновий Марголин [Sets: Zinovy Margolin]; Костюмы: Вячеслав Окунев [Costumes: Vyacheslav Okunev]; Свет: Глеб Фильштинский [Light: Gleb Filshtinsky].
Дарья Резник (Анна) [Daria Reznik (Anna)], Сергей Волобуев (Каренин) [Sergey Volobueb (Karenin)], Игорь Субботин (Вронский) [Igor Subbotin (Vronsky)].
Премьера: 31 марта 2005 года [Premier: Premiere: March 31, 2005].

振付家 Борис Эйфман [Boris Eifman] が1977年にソ連レニングラード (現ロシア・サンクトペテルブルグ) に創設した バレエ・カンパニー Театра балета Бориса Эйфмана [Eifman Ballet] の21年ぶりの来日公演です。 古典ではなく Эйфман オリジナルの作品、それも、心理的な物語バレエを上演するカンパニーで、 コンテンポラリーダンスや Royal Ballet などの西欧のバレエ団とは異なるセンスの現代バレエが観られそう、という興味で足を運んでみました。 ちなみに、今回観た Анна Каренина [Anna Karenina] は、 新国立バレエ団も上演している作品です。

1870年代のロシアを舞台とする Л. Н. Толстой [L. Tolstoy] の同名小説に基づく Анна [Anna] と Каренин [Karenin]、Вронский [Vronsky] の3役と男女16名ずつで演じられる2幕の作品ですが、 力強くキレの良い群舞と、コントーションがかったアクロバットのようなパ・ド・ドゥでのリフトなど見応えあるバレエでした。 象徴的な表現はミニマリスティックではなく、むしろ群舞で表現され、 特にラストの Анна の自殺の場面での機関車の表現など群舞へのこだわりを感じました。

しかし、Анна を挟んでの三角関係の3人に絞って物語を簡略し過ぎのようにも感じましたし、 自分の好みがミニマリスティックな演出ということもあるのか、 物語の世界には入り込めずに、すれ違ったまま終わってしまいました。こういう時もあるでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

自分の好みとはちょっと違そうで、桑野塾もある週末だしどうしようと躊躇していたら、 割引チケットが出て、それなら観ておく良い機会かなと足を運んだのでした。 ある意味予想通りではありましたが、割引チケットの割に観やすい席でしたし、こういう舞台もたまに観ておくのも良いかしらん、と。

[3759] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 21 21:58:09 2019

土曜は昼に高円寺へ。この公演を観てきました。

座・高円寺1
2019/07/20, 13:00-14:00.
Jörg Müller (circassien), Noémi Boutin (violoncelliste), Hervé Frichet (création lumière).
Music: Jean-Sébastien Bach: Suite pour violoncelle n°1 en sol majeur, Suite pour violoncelle n°3 en do majeur, Suite pour violoncelle n°5 en do mineur.
Production Déléguée: Cie Frotter | Frapper.
Création 2014.

2017年に金属パイプをスイングさせるミニマルで静謐かつダイナミックなパフォーマンス Mobile観せてくれたサーカス・パフォーマー Jörg Müller が、 座・高円寺の夏の子供向けプログラム「世界を見よう!」に再び登場しました。

約1時間のパフォーマンスは曲に合わせた3部構成でした。 最初は中央で向きを変えつつ Noemi が演奏する周囲で、キャンドルを付けたスティックでのバランス芸で、 落とした照明の中で静かに動くキャンドルも美しい導入でした。 続いては、Noémi はサークルの脇に退いての伴奏で、 金属パイプを使った Mobile でみせたようなジャグリングを見せました。 ラストは、四隅からワイヤで水平に吊るしたストールが固定されたボードの上に Noémi を乗せてのパフォーマンスです。 最初はボードの下に Jörg が横になった上で演奏の反動でボードが静かに回転するままに、 そして Jörg が回転するボードを避けるよう上半身を起こし、 やがて立ち上がり静かにボードを揺らし始め、最後には大きくスイングさせて Jörg もボードに乗りました。 そして揺れながら音楽が終わり照明がフェードアウトしました。 静かな動きから少しずつダイナミックになるも、演奏は淡々として、ボードの上は静止しているよう。 ダイナミックなのに静けさの感覚を失わず、抑えたライティングもあって、動と静のコントラストも幻想的で美しいパフォーマンスでした。

Mobile も良かったですが、 Noémi Boutin による cello の生演奏が加わり、 それも、単なる伴奏では無いけれども、演奏の美しさを損なわないような関わり方を作り出して、 よりいっそう美しくなったパフォーマンスを味わうことができました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

公演の後は、早稲田へ移動して、久々に桑野塾を聴講してきました。 前半は 鈴木 佑也 「群棲する都市—1960-70年代におけるソ連建築家グループNERの試み」。 3月に『インポシブル・アーキテクチャー』展を観たこともあってか、 1960s-70sのソ連にも Новый Элемент Расселения [New Element of Resettlement] などの アンビルトの系譜があったのかー、と、展覧会の抜けを補うように興味深く聴くことがができました。 後半は、河村 彩 「絵グラフで見るソ連—イゾスタトによるグラフィック・デザインの冒険」。 Otto Neurath と Gerd Arntz によるインフォグラフィックスの手法 Vienna Method (Isotype) の ソ連における受容と変容の話でした。 «Сталинская конституция социализма» 『スターリンの社会主義憲法』 (1937) や «Москва реконструируется» 『モスクワ再建設』 (1938) などの 1930年代後半のプロパガンダ豪華本を写真スライドで見ることができたのですが、 このような形にまで消化されたのだなあ、と感慨深いものがありました。

最近は、趣味生活も全くもって低調になってしまってますが、 聴講だけとはいえ、たまにこういう所に顔を出して刺激を受けて、 趣味生活からの後退速度を少しでも抑えていきたいものです。

[3758] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 15 22:50:01 2019

この三連休の初日土曜は晩に三軒茶屋へ。この公演を観てきました。

世田谷パブリックシアター
2019/07/13, 19:00-20:45.
企画・構成・演出・出演: 野村 萬斎.
ビジュアルデザイン・テクニカルディレクション: 真鍋 大度 + 石橋 素 + ライゾマティックスリサーチ [Rhizomatiks Research].
出演: 大槻 裕一 + 万作の会.

Perfume のライブなどでのテクノロジーを駆使した映像演出を手がける会社 Rhizomatiks については、 そのライブのTV中継を見たり、展覧会は観たり [鑑賞メモ] したことはあるのですが、 映像演出した舞台を生で観たことがありませんでした。 Perfume のライブなどチケット争奪戦も激しく生で観ることは半ば諦めかけていたのですが、 世田谷ばプリックシアターのパフォーマンス & トークのシリーズ「MANSAI◎解体新書」で 研究部門 Rhizomatiks Research のビジュアルデザインを使ったパフォーマンスが上演されるということに気付いて、観てみました。

前半のパフォーマンス『5W1H』は、演ずる者、観るもののアイデンティティ、ライヴのパフォーマンスと映像やCGアバタの関係がテーマの1時間ほどの作品でした。 トークのように始まり、観客の名前やどこから来たのかを尋ねるような客弄りから、 Rhizomatiks Research の映像演出付きのパフォーマンスになだれ込みました。 動きに合わせてのライブ作成したCG映像のプロジェクションだけでなく、 人を乗せることもできる位置を精密に制御できる可動式の半透明のLEDディスプレイ (「ころすけ」と呼ばれているとのこと) を6台使いました。 テーマにも合致する『まちがいの狂言 〜ややこしや〜』や、三番叟、『船弁慶』の平 知盛などの能狂言のネタも散りばめられる一方、 映像演出に合わせたワイヤーアクションも見せました。 習作というにはかなり本格的なパフォーマンスで、Rhizomatiks の映像演出はライブの人の動きと合わせてこう観えるのかと十分に伺うことができました。

後半は約30分の日替わりゲストとのトークで、 自分が観た日のゲストは『シン・ゴジラ』 (2016) の縁もあってか特撮監督の 樋口 真嗣 でした。 『シン・ゴジラ』では 野村 萬斎 の動きをモーションキャプチャしてゴジラの動きとして使っており、 それと今回の Rhizomatiks でのアバタの動きを比較した話が多く出てきました。 特に、映画では作り込みに時間をかけたが、今回のパフォーマンスではライブで処理するため軽く作られているという指摘には、なるほどと。 ポストパフォーマンストークはうまくまとまらないことも少なくないのですが、 この企画はシリーズ化されているだけに流石に慣れたものを感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

2015年の Mad Max Fury Road も、 2016年の 『シン・ゴジラ』 も、このサイトには鑑賞メモを残していませんですし、 この公演も足を運ぶ動機としては同様のカテゴリなので、特に残さなくてもいいかと思っていたのですが、 軽く書くつもりがそれなりの量になってしまったので、一応残しておきます。

この三連休は新暦の盆ということで、墓参したり実家に顔をだしたり。 ゴールデンウィーク以来、公演を観に行く週末が立て続いていましたし、 来週末再来週末の予定が詰まり気味なので、少しゆっくり休養モードで過ごしました。 おかげで積み残しになっていた鑑賞メモもクリアすることができました。

[3757] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 15 10:28:54 2019

これもまた積み残していた鑑賞メモですが、6月30日(土)の昼に池袋西口でこの舞台作品を観てきました。

Apichatpong Weerasethakul
Fever Room
東京芸術劇場 プレイハウス
2019/06/30, 12:30-14:00.
Director & Editor: Apichatpong Weerasethakul.
Cast: Jenjira Pongpas Widner, Banlop Lomnoi, Teenagers of Nabua.
Production Manager: Sompot Chidgasornpongse; Projection, Visual designer: Rueangrit Suntisuk; Lighting: Pornpan Arayaveerasid; Sound Designer: Akritchalerm Kalayanamitr, Koichi Shimizu [清水 宏一]; Visual Assistant: Piti Boonsom; Lighting Assistant: Voratorn Peerapongpan; Cinematographer: Chatchai Suban; Camera Assistant: Thanayos Roopkhajorn; Sound Editor: Chalermrat Kaweewattana.
Production: Kick the Machine Films.
Premiere: 4 September 2015, Asia Culture Center Theater, Gwangju, South Korea.

現代美術の文脈でのビデオインスタレーション作品や映画作品で知られるタイの映像作家 Apichatpong Weerasethakul [鑑賞メモ] による舞台作品です。 2017年のTPAM (Performing Arts Meeting in Yokohama) で日本初演されていますが、その際は年度末繁忙期で観られず。 劇場を使ってどんな作品を作ったのだろうという興味もあって、観に行ってみました。

会場はプレイハウスという東京芸術劇場で一番大きな劇場ですが、観客は客席ではなく舞台上に案内され、 幕は下りた状態で、客席に向かって座らされます。 そして、幕側と左右の三面のスクリーンを使った、マルチスクリーンの映像作品の上映が始まります。 Weerasethakul らしく、ドラマ映画ではなく淡々とタイ北東部らしき風景とそこの洞窟を巡る漠としたイメージが投影されます。

雷雨の場面となるとビデオ上映が終わり、雷鳴が轟く中、幕が上がります。 客席側はスモークで満たされ、月のような少し欠けた明かりも見える中、 劇場の舞台照明システムを使ったライトショーが始まります。 強烈な光が舞台上の観客に向けられるので、大音響と光の軌跡に包まれるよう。 最初は細い線が多数旋回するように動くのですが、次第に光の面が回転し上下するように動きます。 劇場のスモークはムラがあるので、光で切り出されて雲海のようにも見えます。 また、ライブで上演しているのか映像投影なのか観ているだけでは判然としませんでしたが、 そのスモークの中で影絵のように人影が蠢いたり。 そんなライトショーをひとしきり観た後、再び幕が下りて、短い映像を右手のスクリーンに投影して上演は終わります。

前半はマルチスクリーンのビデオインスタレーションのために劇場を使わなくても、と思いもしましたが、 後半のライトショーで、これであれば劇場を使う理由は腑に落ちました。 しかし、前半と後半が違い過ぎて、この2者を合わせる意味が掴めませんでした。 後半の体験は確かに強烈ではあるのですが、 ライトショー、光のインスタレーションとして独自性を強く出すのはハードルが高そうです。 例えば、Guillaume Marmin & Philippe Gordiani: Timée [鑑賞メモ] をスケールアップしたよう、 と思いつつ体験していました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3756] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 14 23:48:41 2019

これも積み残していた鑑賞メモですが、6月22日(土)の午後に六本木でこの展覧会を観てきました。

Shiota Chiharu: The Soul Trembles
国立新美術館 企画展示室1E
2019/06/20-2019/10/27 (会期中無休). 10:00-22:00 (火10:00-17:00).

1990年代後半からベルリン (Berlin, DE) を拠点に活動する現代美術作家 塩田 千春 の、 パフォーマンス的な面も強い最初期1990年代の作品から、最近の舞台作品の舞台美術家としてのコラボレーションの記録まで、 作家の歩みと作風の変化をたどる回顧展です。

2001年のヨコハマトリエンナーレ以来、美術館での展覧会だけでなく、ケンジタキギャラリーでの個展 [関連する鑑賞メモ] も含めてそれなりに観てきているので、 初期の泥をモチーフにした作品 (泥水が流れる巨大なドレスのインスタレーションやバスタブの泥水に浸かるビデオ) などは観たことがありました。 その当時はほとんど意識しませんでしたが、当時の作品の記録の展示を観ていると、Marina Abramović [関連する鑑賞メモ] などのパフォーマンスの影響を強く感じました。 そんな初期のドキュメントから、赤糸や黒糸を特徴的な素材とするギャラリー空間をいっぱいに使うインスタレーション作品を経て [関連する鑑賞メモ]、 近年の舞台美術の仕事 [関連する鑑賞メモ] を続けて見ると、 表現衝動をコントロールせずに造形作品というよりパフォーマンスとして作品になっていたものが、 糸のような素材と出会うことにより表現衝動を他のジャンルのアーティストとコラボレーション可能な造形作品に落とし込む作家なりの方法論ができ、 舞台美術のような仕事が可能となったのだなあ、と。そんな制作のあり方の変遷を見るようでした。

展示されていたインスタレーション作品については、会場が明るく綺麗という森美術館という会場の癖もあるかと思いますが、小綺麗で良くも悪くも薄まったような印象を受けました。 例えば、黒焦げのピアノや椅子に黒糸が絡みついたインスタレーションは 2007年の神奈川県民ホールで観ていますが [鑑賞メモ]、 その時の印象に比べて不安を引き起こすようなものが感じられませんでした。 しかし、回顧展での作品展示ですし、そうなってしまうのも仕方ないでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3755] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 14 23:40:13 2019

約1ヶ月前の話になってしまいましたが、6月15日(土)の晩に東池袋でこの公演を観てきました。

梅田 宏明 + Somatic Field Project
『2-taxon』
あうるすぽっと
2019/06/15, 19:00-21:00.
『Movement Research - slipstream』
振付: 梅田 宏明
出演: 中村 優希, 加賀田 フェレナ, 齊藤 コン, 京極 朋彦, 大塚 郁実, 小松 菜々子, 熊谷 理沙, 三田 真央, 原 正樹.
サウンド・ライティングデザイン: S20.
新作
『vibrance』
振付: 梅田 宏明
出演: AYUMI, Chika-J, YULI.
サウンド・ライティングデザイン: S20.
新作
振付・出演: 梅田 宏明
イメージ・ディレクション: S20; イメージ・プログラミング: S20, 比嘉 了, 大西 義人; システム・デザイン: 比嘉 了, 大西 義人; サウンド・デザイン: 濵 哲史 (YCAM), S20; ライティング・デザイン: 高原 文江 (YCAM), S20 衣裳: 片山 涼子; センシング・エンジニア: 大西 義人, 大脇 理智 (YCAM); ビデオ・エンジニア: 大脇 理智 (YCAM); テクニカル・コーディネーション: 岩田 拓朗 (YCAM).
山口情報芸術センター (YCAM) 委嘱作品, 2011.

梅田 宏明 は2000年代に入ってコンテンポラリーダンスだけでなくメディアアート的な現代美術の文脈でも活動するダンサー/振付家です。 NTT ICC などでインスタレーション作品を観たことはあれど [鑑賞メモ]、ダンス作品は観たことはありませんでした。 そんなところで、スチル写真を観て少々気になっていたYCAM委嘱作品『Holistic Strata』が都内で再演されるということで、足を運んでみました。

前半は、梅田のダンス・メソッド「Kinetic Force Method」に基づく新作2作品で、 人間的というよりロボット、それも、古典的なカクカクした動きではなく滑らかにPID制御かけているような動きが特徴的でした。 『Movement Research - slipstream』はバレエやコンテンポラリーダンスをバックグラウンドに持つダンサー、 『vibrance』はストリートダンス、ヒップホップダンスをバックグラウンドに持つダンサーということで、 同じメソッドでも身体の癖 (ストリートダンスではオーバーシュート気味な動きになる) が感じられました。 しかし、あえて空間的な演出を抑えて人の動きに焦点を当てたようですが、 ダンサーの立ち位置や移動、客席方向を意識したような動きの方向性に、単調さ、変化の乏しさを感じてしまいました。

後半は『Holistic Strata』の再演でした。 照明を落とした暗い舞台に白い光の点が砂嵐のように吹き荒れる中、ミニマリスティックな electronica の音楽に合わせて踊ります。 舞台両脇からのダンサーへの投影と、正面上方からの背景の投影に分けていて、 ダンサーの黒い影の背景に光の点が渦巻いたり、ダンサーだけに光の点が蠢いたりと、様々な組み合わせを作り出していました。 これは、さすがに、スチル写真やビデオには無い見応えを感じました。 しかし、移動しているダンサーに追従して投影することに技術的な制約もあるのかもしれませんが、 ダンサーは基本的に足元を動かさず移動しないため、前半同様、空間的な単調さ、変化の乏しさを感じてしまいました。

開演前の時間、劇場ロビーを使って、VRインスタレーションのプロトタイプを展示がありました。 最近はVRを少し意識して観るようにしているので [関連する鑑賞メモ]、これもこの公演に足を運んだ理由の一つでした。 『Holistic Strata』にも似た、暗闇の中に白い光のチューブや粒が渦巻く抽象的な音響映像でした。 最近観た他のVR作品に比べるとまだまだ習作という感じでしたが、2本目の渦巻く球体のような方が好みでした。

後半の Holistic Strata などビジュアルも美しかったのです、 人の動き、演技というより舞台空間の使い方、構成という今の自分の興味と見事にすれ違った感もあった公演でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この連休は実家方面の対応であまり展覧会・公演という感ではないのですが、 積み残していた鑑賞メモを少しずつ、書き進めています。

[3754] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 7 22:56:17 2019

時折雨がパラつく梅雨寒の土曜は午後に横浜山下町へ。舞台を観てきました。

神奈川県民ホール, 2019-07-06, 14:00-16:30.

1959年設立のオランダのコンテンポラリー・ダンスのカンパニー Nederlands Dans Theater (NDT) の13年ぶりの来日公演です。 1975年以来長らく芸術監督を務めた Jiří Kylián が専任振付家に退いた2000年代頭、『彩の国キリアン・プロジェクト』の一貫として 彩の国さいたま芸術劇場 で公演を度々観る機会がありましたが [鑑賞メモ]、 いつの間にか日本に呼ばれなくなり、やっと再来日が実現しました。 現在の芸術監督は2011年以来の Paul Lightfoot ですが、彼も今シーズンで退任とのことです。 芸術監督は変わってしまいましたが、コンテンポラリーなバレエの色が濃い NDT は好きでしたし、 今の NDT を観るよい機会と、足を運びました。

来日公演のプログラムは4作品からなるミックスビルですが、 2015/16シーズンのミックスビル Somos をベースに、Same difference (2007) を 2016/17シーズンの Scenic Route で初演した Singulière Odyssée (2017) で置き換えたもの。 Singulière OdysséeShoot the Moon が専任振付家 Sol León と Lightfoot の共作、 残りの Woke up BlindThe Statement はそれぞれ現在のゲスト振付家 Marco Goecke と Crystal Pite による作品です。

Singulière Odyssée
Choreography: Sol León & Paul Lightfoot.
Music: Max Richter: “Exiles”. Light: Tom Bevoort. Set degign: Sol León & Paul Lightfoot. Costumes: Joke Visser, Hermien Hollander.
Cast: Meme von Opstal, Roger van der Poel, Meng-Ke Wu, Yukino Takaura, Gregory Lau, César Faria Fernandes, Chloé Albaret, Chuck Jones, Aram Hasler Madoka Kariya.
Premiere: 2017.

午前9時39分のスイス国境の Basel 駅の待合室を舞台とした、行き交う人々の様子に着想した作品です。 行き交う人々は現代的で匿名的な通勤客ではなく、荷物は持たないものの長距離列車に乗る旅行客で、 舞台の待合室も木製の腰板やベンチのあるクラッシックな雰囲気です。 ボーズや後ずさるような歩きも多用して、舞台上で、並行した複数の時間が流れ、止まり、逆流するよう。 行き交う人々はそれぞれに事情を抱えているようで、その物語がふっとドラマチックに湧き上がっては消えていきます。 人々はすれ違うけどあまり交わることなく、孤独を感じさせます。淡々と感傷的な Max Richter の曲調もそれに合っていました。 待合室や旅行者たちの衣装のクラシカルな雰囲気や、ポーズの姿勢やそこからの動きの美しさも、印象に残る作品でした。

Woke up Blind
Choreography: Marco Goecke.
Assistant to the choreographer: Hedda Twiehaus. Music: Jeff Buckley: “Dream of You and I”, “The way young lovers do”. Light: Udo Haberland. Decor and costumes: Marco Goecke.
Cast: Alice Godfrey, Meng-Ke Wu, Jon Bond, Olivier Coeffard, Gregory Lau, Sebastian Haynes, Luca Tessarini.
World premiere: 2016.

Goecke はドイツ出身で2000年以降作品を発表してきている振付家です。話題の振付家の一人ですが、作品を観るのは初めてです。 この作品は1997年に早世した1990年代アメリカのシンガーソングライター Jeff Buckley に着想した作品です。 男性ダンサーは上半身裸で、特に前半、腕の力瘤を見せるような動きもあり、ボディビルディングの動きに着想した所もあるのかなと見ていたのですが、 そんな動きと Jeff Buckley の歌の関係もわからず、ピンとこないまま終わってしまいました。 こんな時もあるでしょうか。

The Statement
Choreography: Crystal Pite
Assistant to the choreographer: Ander Zabala. Light: Tom Visser. Decor: Jay Gower Taylor. Costumes: Crystal Pite, Joke Visser. Music: Owen Belton. Playwright: Jonathon Young. Vocal performance: Meg Roe, Colleen Wheeler, Andrew Wheeler, Jonathon Young.
Cast: Lydia Bustinduy, Meng-Ke Wu, C´sar Faria Fernandes, Roger van der Poel.
World premiere: 2016.

カナダの振付家 Crystal Pite のこの作品は、 オフィスの打合せコーナーを思わせる暗い舞台の中の照明下のテーブルを囲んで、録音済みの議論に合わせて当て振りするように男女2人が踊ります。 その動きは、議論での身振り手振りをデフォルメしたようなもの。 そのキレの良いオーバーアクションとも言える動きは面白いのですが、録音を用いず、 昔観た Runar Hodne の En Folkefiende のように 踊りながらセリフを言う、それが難しいなら、ライブで俳優に喋らせるのもアリなのではないかと思いつつ観ていました。

しかし、中盤を過ぎると様相が変わります。 音楽というより電子音の中に会話の断片が飛び散り溶け出したかのようになり、 4人のダンサーの動きもそれまでのセリフ当て振りの動きに基づくダンスとなります。 視覚的にもテーブルを離れてソロで踊ったり、 テーブルの上もしくは下での2人でのダンスをライトアップで浮かび上がらせたり、と、 個々のダンスを舞台上にコラージュしていくかのよう。 このような音の変容と、それに並行する動きや空間演出の変容の関係が、とても面白い作品でした。

群舞を使った Royal Ballet の Flight Pattern (2017) も 音楽の構造の可視化と歌詞の演技による可視化の関係の絶妙さを感じさせる作品でしたが [鑑賞メモ]、 一見大きく作風が異なるようで、音の変化と動きや空間演出の変化の結び付けに、共通する問題意識を感じる作品でした。

Shoot the Moon
Choreography: Sol León & Paul Lightfoot.
Music: Philip Glass: Movement II from Tirol Concerto for piano and orchestra. Staged by: Anders Hellstrom. Light: Tom Bevoort. Decor and costumes: Sol León & Paul Lightfoot. Realization: Joke Visser & Hermien Hollander.
Cast: Madoka Kariya, Yukino Takaura, Meme von Opstal, Roger van der Poel, Sebastian Haynes.
Live camera: Niels, Paxton Ricketts. Rotating walls: Guido Dutilh, Gregory Lau, Luca Tessarini.
World premiere: 2006.

最初の Singulière Odyssée と同じく León & Lightfoot の作品です。 3組の男女ではなく2人の女性と3人の男性による絡み合う三角関係、食い違う男女の想いを描いています。 (絡み合う三角関係、食い違う男女の想いというのはメロドラマの典型ですね [関係する鑑賞メモ]。) この絡み合う三角関係を描くのに使われる舞台装置が、回り舞台を3分して作られた3つの部屋です。 舞台が周り部屋が変わる度に異なる男女の愛憎関係や一人の傷心が描かれるのですが、 隣り合う部屋の間に設けられた扉や窓が、それら場面を絡めていきます。 そして、絡み合う三角関係がメロドラマの物語を駆動するかのように、舞台は回り続けます。 ビデオカメラを使って見えない部屋の様子もライブで絡める時がありましたが、 さほど効果的に思えず、そこまでやらなくても回り舞台で十分だと感じてしまいました。

Singulière Odyssée でもポーズが多用されていましたが、この作品もそう。 場面の転換にドラマチックにポーズを使うことで、時の流れを変えるというよりメロドラマチックな瞬間をスチルとして切り出すような効果も感じられました。 駅を行き交う人々の孤独を描いたような Singulière Odyssée は pas de deux があってもほんのすれ違いという感じでしたが、 この Shoot the Moon は、むしろ、愛憎の pas de deux の変奏曲のよう。

Philip Glass によるピアノ・コンチェルト (Tirol Concerto の Movement II) のストリングスが添えられたピアノの旋律も実にドラマチックかつウェットで、 メロドラマチックな雰囲気を否が応でも盛り上げてくれます。 部屋の雰囲気も現代的でモダンな住宅というより少しくすんだ壁紙も少し古ぼけた感じ。 少々クラッシックな美男美女のメロドラマ映画から、愛憎シーンだけを抜き出して作った映像を観ているような気分になった作品でした。

久々に観ると、Kylián 時代から変わったようであり、 コンセプチャルに過ぎず技術を持つダンサーがしっかり踊る作品を演じ続けてくれているという点では変わっていませんでした。 中でも最も自分の好みだったのは、やはり Crystal Pite の The StatementShoot the Moon は、あまりにベタなメロドラマに苦笑しながら観ていたのですが、 一日経って思い出してみると、メロドラマの構造と舞台装置での仕掛けや pas de deax の変奏というダンスの構成がマッチしていて、 Singulière Odyssée よりも面白い作品ではないかと思い直しました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

積み残しが色々発生していますが、Nederlands Dans Theater の公演が良かったので、まずはそちらを優先します。 と言っても、観に行ったのは日本公演の最終日だったので、全く間に合っていませんが……。

[3753] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 1 23:33:12 2019

先週末土曜は、朝から胃もたれしそうなバレエのトリプルビルをイベントシネマで観た後は、北へ移動。 続けてこの舞台を観てきました。

彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2019/06/29, 15:00-16:40.
Performers: Pavlina Andriopoulou, Costas Chrysafidis, Dimitris Kitsos, Ioannis Michos, Ioanna Paraskevopoulou, Evangelia Randou, Drossos Skotis, Christos Strinopoulos, Yorgos Tsiantoulas, Alex Vangelis.
Set Design + Art Direction in collaboration with Tina Tzoka. Artistic Collaborator for costumes: Aggelos Mendis. Lighting Designed in collaboration with Evina Vassilakopoulou, Artistic Collaborator for Sound: Giwrgos Poulios. Sound Design and operation: Kostas Michopoulos. Music: Johann Strauss II, An der schönen blauen Donau, Op. 314. Music Adaptation: Stephanos Droussiotis. Sculpture Design: Nectarios Dionysatos. Costume – Props Painting: Maria Ilia. Creative - Executive Producer + Assistant Director: Tina Papanikolaou. Assistant Director :Stephanos Droussiotis. Assistant Director + Rehearsal Director: Pavlina Andriopoulou.
Produced by Onassis Cultural Centre - Athens (Greece)
Premiere: 24 Μay 2017, Main Stage, Onassis Cultural Centre - Athens.

主にコンテンポラリーダンスの文脈で活動するギリシャの演出家 Dimitris Papaioannou の初来日公演です。 彼の名を有名にした Athens 2004 Olympic Games の Opening Ceremony は TV中継でも観ていませんでしたが、その後、話題になっていた演出家でしたので、観る良い機会かと、足を運んでみました。 コンテンポラリーダンスの文脈とは言えど、Papaioannou 自身振付家と自称しておらず、 演じているパフォーマーも俳優とダンサー (ストリートダンスを含む) の混成。 最後の白骨死体から逆算するようにシュールレアリスティックでグロテスクなイメージをパフォーマーの身体を用いて作り出し自由連想的に繋いでいくような、 マイム劇というかフィジカルシアターに近い舞台作品でした。

表面的にはかなり異なった強面する作品と思いましたが、シュールレアリスティックなイメージの連鎖で構成されていく様は、 Philippe Genty との共通点を感じました [鑑賞メモ]。 人形を使って可愛らしくファンタジックにする代わりに、裸体も辞さないパフォーマーの身体を使ってグロテスクに表現しているよう。 Papaioannou はバラバラになる身体を複数のパフォーマーで表現していましたが、Genty は人形でそうしていたな、と。 イリュージョン的に奈落に抜けられるよう作られた黒いベニア板敷きの大きく波打った舞台も、これがふんわり波打つ白い布であれば、まさに Genty。

しかし、そういう構造よりも、グロテスクなディティールの方が重要にも感じられた作品でした。 有名なルネサンス絵画のイメージを用いた場面などは少々あざとくも感じましたが、 麦穂の羽の手投げ矢を大量に降らせて「麦畑」を作り出したり、 その「麦畑」をパフォーマーたちが摘み取る場面をはじめ、意外なイメージの転換の仕方はさすが。 「麦畑」を作る際のベニヤ板の下に舞台から見えるように人を寝かせた状態で手投げ矢を投げる所などナイフ芸も連想させるのですが、 長いスリンキー (コイルバネ状の玩具) のジャグリング、玉乗りや高足、ロープへのぶら下がりなどを使かわれていました。 この作品での Papaioannou の意図からは外れるように思いますが、サーカス芸のスキルと相性の良さそう。 そんなことを思った作品でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、イベントシネマとは言えトリプルビルの3時間余りの後に2時間弱の舞台は、キツい。 さすがに、与野本町から埼京線、東横線を乗り継いで帰る気になれず、 大宮に出て湘南新宿ラインで武蔵小杉までグリーン車で帰りました。ぐったり。 年に数回の話だし、グリーン料金570円なら常用しても良いかも、と思ったり。

[3752] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 30 0:19:47 2019

この土曜は朝から日比谷へ。このバレエをイベントシネマで観てきました。

Royal Opera House, 16 May 2019.
上映: TOHOシネマズ日本橋, 2019-06-29 10:00-13:10.

Royal Opera House Cinema Season 2018/19 唯一のコンテンポラリー・バレエのプログラムということで楽しみにしていたこのトリプル・ビルを観てきました。

Choreography: Christopher Wheeldon.
Music: Ezio Bosso and Antonio Vivaldi used by arrangement with Ezio Bosso. Costume designer: Jasper Conran. Lightning designer: Peter Mumford. Staging: Christopher Saunders.
Principals: Beatriz Stix-Brunell, Vadim Muntagirov, Lauren Cuthbertson, Ryoichi Hirano, Sarah Lamb, Alexander Campbell,
Conductor: Jonathan Lo. Orchestra: Orchestra of the Royal Opera House.
Premiere: San Francisco Ballet, 2008.

Alice's Adventures in Wonderland [鑑賞メモ] や The Winter's Tale [鑑賞メモ] でハイテクな物語バレエという印象が強い Wheeldon ですが、これは抽象バレエ。 といっても、群舞も駆使しての音楽の構造の可視化というより、 「愛の形」のスケッチとしての pas de deux をライティングも駆使して時間的空間的にコラージュして構成していくよう。 手前の pas de deux をライティングで浮かび上がらせる一方、赤く暗い背景で黒いシルエットの踊りを見せる、などの立体感あるライティングによる演出も好みでした。 衣装も、シルエットにすると体のラインが綺麗に出るようスカートなどがシースルーな上、 断片的な金のストライプが黒いシルエットの中で煌めくという、ライティング映えするものでした。 Klimt 着想ということで、初演から衣装は Klimt の絵を意識したものに変更されたようですが、 体のラインが綺麗に出る女性のワンピース風衣装は、Secession というより Art Deco 風に感じられました。 けど、Secession 風 (例えば Schwestern Flöge のドレス風) はダンス向けとは思えないですし、 むしろ、これで良かったのではないでしょうか。

最近、Secession (分離派、セゼッション)、Wiener Werkstätte (ウィーン工房) 界隈の展覧会を立て続けに観たわけですが [鑑賞メモ]、 その時はさほど良いとは思わなかった Klimt の魅力に、 このバレエで少し気付かされたようにも思いました。

Choreography: Sidi Larbi Cherkaoui.
Music: Henry Purcell. Electronic music: Olga Wojciechowska. Concept and set design: Sidi Larbi Cherkaoui and Roh Production. Costume designer: Olivia Pomp. Lighting designer: Adam Silverman. Associate choreographer: Jason Kittelberger.
Performers: Natalia Osipova (Medusa, a priestress), Olivia Cowley (Athena, goddess of the temple), Ryoichi Hirano (Poseidon, god of the sea), Matthew Ball (Perseus, a soldier), Artists of the Royal Ballet (priestess and soldiers),
Ailish Tynan (soprano), Tim Mead (counter-tenor), Toby Carr (theobro), Reiko Ichise (voila da gamba).
Conductor: Andrew Griffiths. Orchestra: Orchestra of the Royal Opera House.
Premier: Royal Opera House, 8-21 May 2019.

大幅に翻案されているものの、ギリシャ神話の Medusa の逸話に着想した物語バレエです。 Sutra [鑑賞メモ] や Dunas [鑑賞メモ] など、 大掛かりだったりスペクタクル性高い作品を観ることが多く、 テーマで緩く場面を繋げはするけど物語るというほどのものは感じてなかったので、 心理描写も繊細なナラティブな作品に、こんな表現も出来たのかと新鮮でした。

上映中の Cherkaoui のインタビュー中で 「Poseidon は力づくで Medusa の純潔を奪うが、Athena は同じ神の Poseidon を罰することが出来ないので、被害者である Medusa の方に罰を与える。現代でもよくある話ですが。」 (大意) と仄めかすように言っていたように、 Medusa の物語はセクハラや性暴力の被害の不条理、苦悩や憤り、そして救済の話に読み替えられていました。 罰として蛇髪の怪物に変えられるというのはまさにセカンドレイプで、怪物というのは性暴力被害者というスティグマ、 もしくは、その不条理への苦悩と憤りを象徴しているかのよう。 神話的な枠組みを使うことで、あくまで象徴的で普遍性を持たせた形で表現しているのも、良かったでしょうか。

そんな Medusa を演じるのはかなり難しいと思うのですが、 演ずる Natalia Osipova の演技力が凄い。 以前に観た Anastasia [鑑賞メモ] もそうですが、 内面に狂気というか、トラウマや妄想などを抱えたようなキャラクタを品位を失わずに美しく演じることができる、稀有なダンサーではないでしょうか。 以前から Osipova は Björk に顔立ちが似ていると思っていましたが、 蛇髪の怪物マスクをかぶるとますますそれらしく。 (というか、Medúlla か、と。)

Medusa の救済の物語の鍵となるのが Perseus。 この作品では怪物にされる前、互いに想いを寄せていた相手という位置付けで、Medusa から愛の証のお守りとして渡されていたベール様の布に守られて、Perseus は怪物となった Medusa の退治に成功します。 この Medusa と Perseus の pas de deux は、怪物退治というより、トラウマで狂乱する Medusa を Perseus が受け入れ宥めるよう。 Medusa にとっては Perseus に殺されることが救済だったのか、 もしくは殺されたのは「怪物」となった Medusa の心の一部だけだったのか。 いずれにせよ、現実に比べたらロマンチック、もしくは御都合主義かもしれませんが、 ラスト、怪物から元の美しい姿に戻って Henry Purcell の “The Plaint” に合わせ憂いを含む表情で美しくも切なく踊る Medusa の姿に、涙しました。

ラストだけでなく各所で Henry Purcell の “The Plaint” が使われていましたが、 “O let me weep, for ever weep” という歌詞も Medusa の心の声のよう。 (“He's gone” の部分の歌詞を使わず、作品のテーマに合わせていました。) 今まで、“The Plaint” といえば Pina Bausch の Cafe Müller のイメージでしたが、 この Medusa のイメージで上書きされたかもしれません。

Choreography: Crystal Pite.
Music: Henryk Mikołaj Górecki (from Symphony No. 3 - Symphony of Sorrowful Songs). Set desinger: Jay Gower Taylor. Costume designer: Nancy Bryant. Lighting designer: Tom Visser.
Principals: Kristen McNally, Marcelino Sambé. Dancners: Calvin Richardson, Joseph Sissens, Isabella Gasparini, Benjamin Ella, Ashley Dean, et al.
Robert Clark (piano)
Conductor: Andrew Griffiths. Orchestra: Orchestra of the Royal Opera House.
Premier: Royal Opera House, 2017.

最近注目を集めているカナダの振付家 Crystal Pite ですが、これでやっと作品を観ることができました。 ポーランド・シレジア地方の民謡にある戦争で失った息子を嘆く母親の歌や、 ゲシュタポの監獄の壁に残された女性の言葉などに着想したという、 Henryk Mikołaj Górecki: Symphony No. 3 - Symphony of Sorrowful Songs を音楽に使った作品です。 36名という大人数のダンサーを使っての音楽の構造の可視化というシンフォニック・バレエにも近い面 (といっても、整然としたダンスではなく、不規則に蠢く難民の列でしたが) と、 曲の歌詞を難民人道問題という現在的な問題に読み替えての演技による可視化を、 どちらか一方が浮くことなく作品していて、 選曲と読み替え先の題材の選び方のセンスの良さを感じました。 しかし、ある程度予習して知っていたということもあるかと思いますが、 直前に見た Medusa の強い印象で、 少々霞んでしまったかもしれません。

それにしても、最初の一本はさておき、性暴力被害に難民人道問題と、 なかなかにヘビーな題材に取り組んだ見応えあるトリプル・ビルでした。 Royal Ballet の来日公演にもこのような見応えのあるコンテンポラリー作品のプログラムがあれば、 足を運ぼうと思うのですが……。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

積み残し案件がいくつかありますが、Met Live の Dialogues des Carmélites の鑑賞メモが時機を逸してしまった (上映期間中に書けなかった) 反省から、こちらを優先します。 公演期間の短い舞台公演であれば、期間中に間に合わなくても諦めがつくのですが。