日曜の朝は小雨。土曜の疲れもあって、どうしようかと迷ったけれども、 起きることができたので、まずは上野へ。目当ては、 東京国立博物館の 「応挙館で美術体験 応挙館公開」。 鯨津 朝子 のインスタレーションもありますし、観にてみようかなと。 しかし、博物館前まで来てみると、荒天で庭園開放中止となり、こちらも開催中止 orz 荒天時中止とは知っていましたが、この程度の小雨でもダメだとわ……。
気を取り直して、アメ横経由で竹橋へ移動、この展覧会を観てきました。
1960年代に活動を始めた現代美術作家 河口 龍夫 の回顧展だ。 これだけまとめて観るのはおそらく初めて。 (1998年の水戸芸術館での個展を観たような気がしていたのだが、 レビューを書いていないので、見逃していたのかもしれない。) コンセプチャルな面の強い作品だが、 時間や抽象的な概念を扱いつつも、 その抽象概念操作の関連ドキュメンテーションを展示するのではなく、 あくまでそれをどう造形作品として示すのか、その造形への拘りが良い展覧会だった。
展覧会は、作品が扱っている主要なテーマに沿って、「言葉」「時間」「生命」の三部構成。 そんな中では、「言葉」や「時間」の部の、それも1970年代の作品が最も楽しめた。 特に良かったのが、1973年のパリ青年ビエンナーレ (Biennale de Paris) に出展されたという 「関係 — エネルギー」 (1972)。 床に疎らにいかさか無造作に、蛍光灯や石、銅の棒などが並べられ、 蛍光灯や電熱線が光り、時折タイマーの音が控えめにジリジリと鳴るという。 その造形の妙もあって、エネルギーの造形作品化というコンセプトを越え、 例えば 大友 良英 らによる旧千代田区立練成中学校屋上でのインスタレーション 『休符だらけの音楽装置』 [レビュー] の 祖形の一つを見るようだった。 その他、単純な立体をパズルのようなピースで作った1977年の作品や、 虫眼鏡で太陽光線を集めて木の板を焼くことで太陽の動きを記録した「太陽の道」 (1975) など。
1980年代末になると、鉛や蜜蝋といった素材へのこだわり、 舟、小屋やベッドといったより象徴的な造形が出てくる。 鉛使いなど、シンプルな Anselm Kiefer のよう、と思うところも。 それも悪くないのだけれども、そう感じるのも、 1970年代からの流れを追って観ているからかな、と思う所もあった。
河口 龍夫 展を観る前に、工芸館へ行って、 『現代工芸への視点 — 装飾の力』 展 (1/31まで) を観てきました。 工芸といっても、ガラスが3人、漆が2人で、残りは陶磁。陶磁は盛んなんだなあ、と。 現代的な工芸作品というと、少し前までは、土塊のような陶磁作品とか、 抽象的なオブジェのようなものが中心だったように思うのですが、 この展覧会に出ていたものの多くは、ポップてキッチュでちょっとグロテスクなもの。 そういうディレクションだったのだとは思いますが、 2000年代の商業画廊での現代美術での流行と並行するものを感じて、興味深く思いました。 少し前の、抽象的なオブジェのような陶磁の作品など、 もの派やポストもの派と並行していたのかな、と。 しかし、観ていて印象に残ったのは、比較的抽象的なもの。 礒崎 真理子、青野 千穂、北村 純子、田中 知美、服部 真紀子 の作品でしょうか。
河口 龍夫 展へ22日に行ったのは、九州の友人が、14時からの講演会に来ると聞いていたから。 展示会場で無事会うことができました。 しかし、土曜の初台→池袋と日曜朝の上野→竹橋がかなり堪えたうえ、 低気圧接近もあって腰の調子が不穏。 1時間半座り続けるのは避けたい感じだったので、講演会はパスして、帰宅。 夕方からは休養に充てたのでした。
土曜の夕方、初台界隈を観て回った後は、池袋へ。 西口に出て、この作品を体験してきました。 予想外の人気で大混雑。16時半頃受付で、約1時間半待ちでした。
去年、使用されなくなった図書館の建物を使った「演劇的インスタレーション」作品『荒地』を観た [レビュー] カンパニー Port B が、 新たなインスタレーション作品を発表したので、体験してきた。 『荒地』は主に音声を使ったインスタレーションのみだったが、 この作品は Port B がよく手がけている「ツアー」形式とのハイブリッド。 作品は、池袋西口公園に設けられたプレハブ仮設の『個室ビデオ店』でのDVD鑑賞の後、 「ツアー」での雑居ビルのパブ・スナックらしき店舗跡を使った『出会いカフェ』でのパフォーマンス体験となる。 「ツアー」はオプションだが、オプション込みで体験してきた。 スタイリッシュな『荒地』の方が好みだが、 『個室都市 東京』で歓楽街のような所で生きることを少しは感じることができたようにも思う。
まず『個室ビデオ店』でDVDを借りて個室に入って1時間程観た。
DVDに収録されているのは、池袋西口で撮影された5分程度のインタビュー映像だ。
それぞれ違う人のインタビューが収録されたDVDが数百本、貸し出し用に用意されていた。
インタビューの内容は、「朝食に何を食べましたか?」「今何が欲しいですか?」のようなもの、
「誰かに愛されていると感じますか」「守るべきものがありますか」のようなものから、
「どうしてネットカフェ難民がいると思いますか?」「難民をどう思いますか?」のようなものまで。
インタビューのテンポは、熟考しながらインタビュアーとゆっくり話すというよりも、
矢継ぎばやの質問にどんどん答えていくもの。
聞いていても、何かを考えさせられることなく、人の内面を見るようでもなく、上滑りしていくよう。
そんなインタビューを10人分程観た後は、ツアーだ。 ツアーといっても観客がぞろぞろと移動するわけではない。 個室ビデオ店からの火災避難訓練と個室ビデオ店員に言われ、 一人で案内地図を頼りに西口の地下街を抜けて『出会いカフェ』へ行った。 そこで、ハーフミラーの向こうにいる「相手」を指名し、 その「相手」と2人で小部屋へ入り会話した。 その会話とは『個室ビデオ店』で観ていたインタビューだ。 ビデオの中の人に向けられていた質問が、自分へ向けられることとなる。 予想はついていて、店で待ちながら自分ならどう答えるか考えていたのだが、 いざ自分に向けられるとばっとは答えられなかった。 しかし、それにしても、自分に質問を向けられたからといって、 問題意識がわき起こってくるようなものでは無かった。
個室ビデオ店を利用したことも無いし、 出会い喫茶 (カフェ) という業態も名前を聞いたことがあった程度。 実際の店内の様子との違いは判らないけれども、 インタビューの問いについて考えさせられたというよりも、 そういう場の雰囲気を体験したこと自体が興味深かった。 一方、インタビューについては、むしろ、『個室ビデオ店』の個室でビデオを観ながら、 もしくは『出会いカフェ』の小部屋で「相手」と話しながら、 そういった問いが余所事のように感じられた。 問われているような物事から、そもそも疎外されているような。 そして、その疎外感と『個室ビデオ店』や『出会いカフェ』の空間の雰囲気の組み合わせが、 印象に残った作品だった。
このような観客が個別に体験する形態の作品なので、 舞台上演やスクリーン上映と違い、多くの観客を捌くことができない。 「ツアー」が体験できる最終日21日の夕方に行ったこともあり (結局、22日午前の「ツアー」が追加となった)、大変な混雑で非常に待ち時間が長かった。 作品の形態上、待たされるのは仕方ないかとは思う。 しかし、もし再演することがあったら、整理券を配って個室に入ることのできる時間が予め判るようにするなど、 待ち時間を有効に使えるような工夫をした方が良いのではないだろうか。
ところで、この作品は
『フェスティバル/トーキョー 09秋』
参加作品なのだが、仮設の『個室ビデオ店』の隣に、やはり参加作品の
『おやじカフェ』
があったので、待ち時間を使って体験してきた。
コンテンポラリーダンスのダンサー・振付家の 伊藤 キム のプロデュースのカフェで、
一般公募の「おやじ」の店員が、30分おきに 伊藤 キム 振付のパフォーマンスを見せるというもの。
確かに客いじりもあったけれども、パフォーマンスの時以外は比較的普通のカフェ。
もう少しハプニング的要素が強かと予想していたのだが、
パフォーマンスの時と普通の店員の時の区別ははっきりしていた。
といっても、それなりに楽しめたけれども。
待ち時間が予想以上に長かったので、半ばあきらめかけていたのですが、 『個室都市 東京』の『出会いカフェ』が終わったのが、なんと19時55分頃。 ということで、急いで東京芸術劇場に戻って20時開演の バンコク・シアター・ネットワーク 『農業少女 (タイ現代演劇バージョン)』 を観てきました。タイの現代演劇ってどんなもんだろう、という興味で。 野田 秀樹 の脚本ということである程度予想はしていましたが、 舞台設定はタイに変えられていましたし、セリフはタイ語でしたが、 日本の小劇場演劇を思わせる舞台でした。 昔はこういう演劇もそれなりに観ていたなあ、と (遠い目)。 しかし、日本の小劇場演劇って良かれ悪かれ欧米の演劇とかなり違うものに感じます。 この表現をいくら洗練させても Complicite (Simon McBurney)、Ex Machina (Robert Lepage) とか Berliner Ensemble のようにはならないだろう、という意味で。 そして、そんな表現がタイで受容されているというのが興味深いです。ふむ。
土曜は、昼過ぎに家を出て、初台へ。まずは、 東京オペラシティ・アートギャラリーで 『ヴェルナー・パントン展』 (12/27まで) を観てきました。 デンマークの家具/テキスタイルのデザイナー Verner Panton を回顧する Vitra Design Museum 企画の展覧会です。 第二次大戦後、20世紀半ばのモダンデザイン、というか。まったりできる展示で眠くなったり。 しかし、微妙に有機的な形状な所や色使いがツボから外れるんだよなー。 同時代なら、スイスの Neue Grafik や ドイツの Braun 社のプロダクト・デザインのような ストイックなデザインが好みだなー、とか。 そういえば、今年の初夏、 『純粋なる形象 ディーター・ラムスの時代—機能主義デザイン再考』 を府中美術館でやっていたのを思い出してしまいまいました。 病気で行きそびれたんだよなー。
続いて、NTT ICC で 『コープ・ヒンメルブラウ 回帰する未来』 (12/23まで)。 オーストリアのデコンな建築設計事務所 Coop Himmerlb(l)au の展覧会です。具体的な建築プランなどを展示する建築展示ではなく、 アイデアというかコンセプトのプレゼンテーションですが、そこが裏目に出ていたかも……。うーむ。
『CREAM ヨコハマ国際映像祭 2009』で観て 印象に残った Alfredo Jaar の展覧会 (11/28まで) をやっていたので、 Kenji Taki Gallery も覗いてきました。細い鏡ごしに観る金鉱山の写真、とか、 写真をどう見せるのかにこだわりがある人なのかな、と。
ついでに、ちょっと足を伸ばして OZONE へ。 目当てはバランスチェア。 腰痛対策でバランスチェアを検討しているんですが、買う前にいろいろ試しておきたいな、と。 しかし、『北欧のバランスチェア』は10/6で終わっていて、 『ピーター・オプスヴィックの椅子展』 [Peter Ovspik] は12/10から (12/27まで)、 と、ちょうどその合間という悪いタイミング……。 ま、スタンダードな物が何脚かあったので、軽く試してみることはできましたが。
ここのところレビュー続きでしたし、たまには、ちょっと緩めの話。
土曜に『ロシアの夢 1917-1937』展を 観に 埼玉県立近代美術館へ行ったわけですが、ミュージアムショップに でロシア・アヴァンギャルド関連の書籍・グッズがいろいろ売られていて、物欲が……。 ロシア・アヴァンギャルドに限らず、バウハウスなど、1920sのデザインは好きですし。
で、島根県立石見美術館コレクションのソヴィエト・テキスタイル・デザインを使ったハンカチがあったので、
sickle & hammer な柄のものを買ってしまいました。
先日、ハンカチを一枚、落としてしまったばかりでしたし。
ほんとは、トラクター柄とか機械柄とかあれば、そちらの方がよかったんですが。
けど、この sickle & hammer の、ばっと見それと気付かないかわいらしさも気に入っています。
この柄のシャツとかあったら買ってしまいそう。
あと、Александр Родченко (Aleksandr Rodchenko) デザインの
カップ&ソーサー (ただし、オリジナルの90%のサイズ) が売られていました。
2003年の『ロシア・アヴァンギャルドの陶芸』の時に復元制作された
ティーセットのデザインを用いたものです。
そのまま定番商品になったとも考え辛いし、2003年以来の在庫なのでしょうか。
2003年の展覧会の時にはなんとか買うのを踏みとどまったのですが、
そんなことを考えていたら、自分が買わずして誰が買う、と……。
他にも、2004年の『幻のロシア絵本1920-30年代』展に合わせて復刻された、 『「幻のロシア絵本」復刻シリーズ 全10巻』 (淡交社, 2004) も売られていました。これは、当時、買ってしまいましたが。 こっちも再版されているとは思えないし、まだ売れ残ってるんでしょうか。 とてもかわいいんだけどなー。やはり、こういうのってあまり売れないのかしらん……。むむむ。 ちなみに、1920-30年代のロシアのアヴァンギャルドな絵の絵本については、 ここのリンクから辿ると、 いろいろ観られます。お勧め。
久々の週末(明け)のCDレビューは、
土曜に観た『ロシアの夢 1917-1937』展 @ 埼玉県立近代美術館
[レビュー] に合わせて、
このアンソロジーの紹介。
1908年から1942年にかけてロシア・アヴァンギャルドの作家たちが作った 音楽、詩、アジプロ等を集めたアンソロジーだ。 編纂したのは Facultad de Bellas Artes de Valencia の Miguel Molina Alarcón。 ロシア・アヴァンギャルドの音楽はあまりCD化されていないので、貴重なリリースだ。 確かに、現在の音楽に慣れた耳で聴くとそれほど刺激的なものではないだろう。 しかし、『ロシアの夢 1917-1937』のような展覧会 [レビュー] と併せて聴けば、 興味深く聴こえる所も多いだろう。
CD1は Miguel Molina Alarcón が2003年から2007年にかけて再現制作した音源で、音楽が中心。 街中で工場サイレンを使って演奏された Арсений Авраамов (Arseny Avraamov) の Гудковая симфония (Symphony of Sirens) (1922) のアゼルバイジャン・バクー (Baku) 版や、 Михаил Матюшин (Michail Matjuschin) 未来派のオペラ Победа над солнцем (Victory over the Sun) (『太陽の征服』, 1913) が聴き所だろう。 (ただし、Победа над солнцем は、 1996年にロシア国営放送 РТР (RTR) の再現制作の録音を収録している。)
CD2 は歴史的録音を集めたもので、音楽よりも詩の朗読や演説が多い。 それも、作家本人ながら1950-60sに録音したものも多い。 それでも、Ленин (Lenin) や Владимир Маяковский (Vladimir Mayakovsky) の声が収録されている。 音楽は1931年に Smithonian Folkways による Orchestre Symphonique de Paris の録音 Sounds Of New Music から2曲採られている。 その1曲、Александр Мосолов (Aleksandr Mosolov) 作曲の Завод, Музыка машин (Steel Foundry, Symphony Of Machine) (『鉄工場』, 1928) も、聴き所だろう。
全72頁のブックレットには英語による詳細な解説が載っている。 しかし、作品タイトルにロシア語キリル文字表記が一部で使われているものの、 人名のキリル文字表記は無し。この点は少々残念だ。
実は8月に入手済だったのですが、 紹介するきっかけも無く、そのままになっていたのでした。 展覧会で使われているのも見て、こちらも紹介しておこう、と。 このタイミングを逸したら、いつ書くという……。 で、レビュー自体は日曜に書き終えていたんですが、他にもいろいろ話題があって、 談話室へ振るのが今日になってしまったのでした。
しかし、10月下旬から11月上旬にかけてライブ続きということもあって、 ライブレビューに手一杯でCDレヴューが書けなかったですし。 レビューしておきたい新譜CDもかなり溜まってきてしまっています。むむむ。
日曜は休養日とはいえ自転車散策日和。
というわけで、今回は目黒川を越えて渋谷近くまで進出。
ついでに、この美術館を覗いてきました。
木村 伊兵衛、中山 岩太 と『光画』を創刊した写真家であり、 野々宮写真館も入った九段のモダンな野々宮アパートを建て (1936年)、 当時の芸術シーンを支えた 野島 康三 の回顧展だ。 彼の写真は東京都写真美術館などで観たことがあるが、これだけまとめて観たのは初めて。 風景や静物の写真もあるが、約半数が肖像写真。 そして肖像写真の方が良かった。特に1931年の「女の顔」シリーズ。
ちなみに、この展覧会へ足を運んだきっかけとしては、 今年の頭に東京都写真美術館で 中山 岩太 の展覧会を観た [レビュー] ということもあるが、 ちょうど、坪内 祐三 『靖国』 (新潮社. 1997) を再読していて、 第九章 「軍人会館と野々宮アパート」 に興味を惹かれたということもあった [読書メモ]。 そして、モダンだったといわれる 野々宮アパート や 『靖国』で描かれる九段の街の雰囲気を捉えた写真も観られるかもしれないと期待していた。 しかし、風景写真といっても庭などで撮った写真ばかり。 野々宮アパートどころか、東京の街の様子を撮った写真も無かった。 当時は既に 桑原 甲子雄 や 木村 伊兵衛 が街のスナップショットを撮り出していた頃だけに、 少々意外だった。 そういう作風ということだったのだろうか。
また、1920年代のゴム印画、ブロムオイル印画を経て1930年代のゼラチンシルバー印画へとの、 技術進歩にモダニズムを感じる所もあった。 1931年の「女の顔」シリーズの良さも、 ゼラチンシルバーに取り組み出した直後という勢いもあったように思う。 中山 岩太 展の時は様々な印画紙の違いなどが判るような技術的な展示も充実していただけに、 この展覧会でもこういったプリントの違いなどの面も展示でもっと取り上げて欲しかった。 ちなみに、この展覧会のゴム印画を制作した 大藤 健士 が、 制作時の考察や作業工程の解説をブログで公開している: 「野島康三のネガからガムプリント(ゴム印画)を作る」。
松濤美術館は、天皇陛下御在位二十年ということで、11/12-15の間、無料開放になってました。 そんなことも知らずに行ったのでお得感が。 どうやら、都立や都内の区立の美術館は 「天皇陛下御在位二十年記念事業」で一部無料になっていたりしたようですね。むむむ。
そういえば、東京都写真美術館から、 友の会継続の案内が届いているなあ……。 かつては自転車散策ついでにコレクション展を観る、なんてことをよくしていたのですが。 腰を壊してからは少々足が遠退きがち。 ここのコレクションは充実しているし、勉強になるコレクション展をよくやってくれてるので、 応援したいところなのですが……。
土曜、浦和の2つの美術館をハシゴした後は、東京に戻って京橋から銀座にかけて軽く画廊巡り。
主目的は、この2つの写真展でした。
去年、東京都写真美術館で回顧展的な展覧会を開催した 柴田 敏雄 の展覧会が、 都内2つのギャラリーで開催されている。 こちらはカラー写真による新作展だ。 砂防ダムや擁壁など人の手の加わった山中の様子を構成的に捉えた写真というのは相変わらず。 2年前に『Work:Man』展 [レビュー] を観たときは、 初めてカラー作品を観たということもあったが、 人の気配など今までの作品との違いを強く意識させられた。 しかし、今回の新作には人の気配を感じるような所もなく、 むしろ、昔からカラーでこういう写真を撮っていたような気がする程だった。
ダムの洪水吐きから流れ落ちる水を上から捉えた写真など、カラー写真にもかかわらず、 白黒写真と同じようなモノトーンな仕上がりになっているのも面白かった。 しかし、やはり、カラーならではの色彩感も楽しめる作品、 例えば、複数段の砂防ダムを落ちていく明るい茶色い水を捉えた写真のリズム感、 濃い青のダム湖の水面に浮きロープで止められた茶色い流木を捉えた写真の 空に翼を広げたかのような様などが、特に楽しめた。
こちらは、未発表の白黒写真の展覧会。 『For Grey』と同じと思われる砂防ダムの写真もあったので、最近撮ったものもあるのだろう。 やはり、山中のダムや擁壁の写真なのだが、残念ながらいまいちピンとくる作品が無かった。 カラーでの作品を観た直後ということもあるかもしれないが、 ギャラリーの雰囲気にいまいち馴染めなかったというのもあるかもしれない。
ちなみに、こちらの展覧会は、11月15日までと11月16日からの2期に分け、途中で展示替えがある。 今回観たのは前期の方だ。
BLD Gallery へは 初めて行きましたが、商業スペースっぽいというか、 ギャラリーというよりもデパートの催事場のような雰囲気を感じてしまいました。 商業ビルの最上階にあるからというだけではない何かが。 隣接する関連書籍・小物売場のせいかなあ。うむ。 BLD Gallery は展示替えがあるということで、前期に間に合うよう慌てて行ったのだけど、 後期も行くべきか悩ましい……。むむむ。
ポーラ ミュージアム アネックス では 豊久 将三 『Blank Space』 (11/29まで)。 前を通りがかって、 そういえば昔に観たことがあったなあ、と入ってみました。 やっぱり James Turrell を意識しているなー、とか思いつつ、 博覧会のパビリオンのような音楽とナレーションはいかがなものかと……。 こういう所が現代美術作家というより照明デザイナ、なんてことを考えさせられた展示でした。
土曜は雨が止むのを待って昼過ぎに家を出て北浦和へ。
楽しみにしていたこの展覧会を観てきました。
1910年代から30年代にかけてのロシア・アヴァンギャルドの展開を、 主にデザイン、建築、舞台芸術の様々な資料を駆使して描いた展覧会だ。 埼玉県立近代美術館では今年頭にあった美術展 [レビュー] に続いてのロシア・アヴァンギャルドの展覧会だ。 ロシア・アヴァンギャルドの展覧会は1990年代からそれなりにフォローしていることもあり、 その展開について認識を新たにしたという程ではなかったが、 今回初めて目にしたものもあり、充分に楽しめる展覧会だった。 個々については少々浅めだけれどデザイン、建築、舞台芸術を横断して 文化的な潮流を追う展示は、ロシア・アヴァンギャルドの入門として良いだろう。
今回の展覧会の出展作品は、ロシアの4つの美術館・博物館のコレクションが核になっていた。 モスクワ建築大学付属美術館からは建築関係の資料が出ていた。 サンクトペテルブルグ・ロシア国立図書館のコレクションは 2003年に川崎市民ミュージアムでポスター展 [レビュー] が開催されたことがあったが、 今回はポスターだけでなく絵本や政府制作のパンフレット等を観ることができた。
目を引いたものの一つが、 サンクトペテルブルグ・ロシア国立演劇音楽博物館の舞台芸術関連のコレクション。 確かに、衣装のデザイン画などは、 1998年に横浜美術館であった Labanov-Rostovsky コレクション展 [レビュー] の方が充実していた。 しかし、こちらの見所は、当時の衣装の実物が3点だろう。 もう一つ印象に残ったのは、Дмитрий Шостакович (Dimitri Shostakovich) のバレエ Болт (The Bolt) (『ボルト』, 1931) のための Татьяна Бруни (Tatiana Bruni) デザインの衣装。 1931年という時期的にこれだけ構成主義的という興味もあるけれども、 この衣装でのバレエの舞台というのを観てみたいように思った。
サンクトペテルブルグ・ロシア国立歴史博物館のコレクションのコレクションのうち、磁器については、 2003年の『ロシア・アヴァンギャルドの陶芸』展 [レビュー] で来ていたものもあった。 しかし、革命10周年記念等のイベントでの広場や建築物の装飾案や実際の様子の写真などは、 いかにも歴史博物館ならでのコレクション。 街にアヴァンギャルド的なセンスのポスターや造形物がどう展開していたのか、 興味深く観ることができた。
国内のコレクションでは、『ロシア・アヴァンギャルドの陶芸』の際に 「ロドチェンコ・ルーム・プロジェクト」で復元制作された家具、衣服、食器など (岐阜県現代陶芸美術館のコレクション) を再び見ることが出来た。 また、島根県立石見美術館からテキスタイル・デザインのコレクションが出ていた。 本 Tatiana Strizhenova: Soviet Costume and Textile Design 1917-1945 (Frammarion, 1999) で、構成主義的に簡略化された機械や鎚鎌を使ったテキスタイル・デザインを見たことがあったが、 やっと実物を観ることができた。 それも、国内の美術館がコレクションしていたというのは驚きだった。
少々残念だったのは、図録の人名、作品タイトル等の表記が日本語と英語のみだったこと。 最近はインターネットでアクセスできるロシア語圏の情報も豊富になっており、 作家名や作品名のロシア語キリル文字表記を鍵にそういう情報を検索するのも容易だ。 そういう点でも、せめて固有名詞にはキリル文字表記を併記して欲しかったように思う。
また、会場では Сергей Эйзенштейн (Sergei Eisenstein) の映画 Броненосец Потёмкин (Battleship Potemkin) (『戦艦ポチョムキン』, 1925) や Дзига Вертов (Dziga Vertov) の映画 Человек с киноаппаратом (Man With A Movie Camera) (『カメラを持った男』, 1929) などが上映されていた。 また、会場の一角では Various Artists: Baku: Symphony Of Sirens (ReR Megacorp, ReR RAG 1&2, 2008, 2CD+book) [レビュー] からの、音楽や音声が流されていた。
ちなみに、この展覧会は、埼玉県立近代美術館の後、 岡崎市美術博物館 (2009/01/30-03/28) と山形美術館 (2009/04/03-05/09) へ巡回予定だ。
ミュージアム・レストラン「ペペロネ」では、展覧会に合わせたロシア料理ということで、
ビーフ・ストロガノフのワンプレートランチがあったので、頂いてきました。
これで、食器も展覧会に出てるようなアヴァンギャルドなやつだったら良かったんだけどなあ。
ま、難しいでしょうけど……。
埼玉県立近代美術館の後は、歩いて うらわ美術館へ。 歩いたのは初めてでしたが、特に迷うことなくたどり着くことができました。 時間にして10分余でしょうか。 で、開館10周年記念の展覧会 『オブジェの方へ —— 変貌する「本」の世界』 (1/24まで) を観てきました。 この美術館はいわゆる現代美術の文脈でのアーティスト・ブックをテーマにコレクションしています。 このコレクションを中心とする展覧会も、前半はアーティストブックが並んでました。 Anselm Kiefer も本の作品を作っていたんだー。 けど、本って手に取れないと微妙だなあ、と観ていたら、 後半はけっこう気合いの入ったインスタレーション。 黒焦げになった本を大きく並べた 遠藤 利克 の作品とか。 ちょっと地味な展覧会かなとは思いますが、悪くはありません。 埼玉県立近代美術館のついでに足を伸ばしてみるのもよろしいのではないでしょうか。
久しぶりの読書メモは、再読物。読み直して気付いたりしたことなど。
成美 弘至 『20世紀ファッションの文化史 —— 時代を作った10人』 (河出書房新社, 2007) の読書メモを以前書いたとき、 「『ファッションの20世紀』をデザイナーを主役に組み換えたような感じ」 というようなことを書いたわけですが、ちゃんと読み直してみると、かなり違いました。 特に、第二章「国民服と標準服——総力戦とファッション」など 作家 (デザイナー) 主義的な歴史観からは抜け落ちてしまうような点ですし、 第四章「ミニ・スカートからパンクへ——対抗文化とファッション」の記述の多くにしてもそう。 そういう意味で、柏木 の本の方がスコープが広いです。
この本の再読は、東京都現代美術館での 展覧会を 観に行く前の予習を意識したところもあったり。 けど、週末の予定も立て込んでるし、来年頭までやってるので、直ぐには観に行かなさそう……。
5年ほど前に読んだときは、 モダンな見世物的空間としてとしての招魂社〜靖国神社の姿を描いた所が強く印象に残ったのですが、 今回最も興味深く読んだのは、 アヴァンギャルドなモダニズム建築とキッチュな帝冠様式建築、そしてナショナリズムとの関係を 九段下の軍人会館 (帝冠様式) と野々宮アパート (モダニズム) を通して読み解く 第九章 「軍人会館と野々宮アパート」。 画廊九段 や 『光画』『FRONT』 といった雑誌、舞踏家 伊藤 道郎 の話など、 当時の前衛的な芸術の動きと関連付けられているのも興味深く読めました。 この章に関連して、山口 昌男 『「挫折」の昭和史』 (岩波書店, 1995; 岩波現代文庫 2005) と 北澤 憲昭 『岸田劉生と大正アヴァンギャルド』 (岩波書店, 1993) も、読みたいものです。
再読物ではなく新刊ですが、 伊東 信宏 『中東欧音楽の回路 —— ロマ・クレズマー・20世紀の前衛』 (岩波書店, 2009) も読書メモしておきたいと思っているんですが……。また、別の機会に (っていつになるやら)。
土曜、にしすがも創造舎で Grupo de Rua を観た後は、
都電荒川線と副都心線を乗り継いで新宿三丁目へ。
続いて、このライブを観てきました。
スイス・チューリヒの piano 奏者 Nik Bärtsch の3度目の来日だ。 ECM での2タイトルのリリースでの編成である Ronin 5tet では初来日ということで、 この編成の妙を楽しみに臨んだ。 前半は Bärtsch と Imre Thormann の舞踏との duo、 後半は Ronin でのライブでアンコールに2回も応じてくれた。 ライブを観るのも3回目ということで新鮮な衝撃の類は無かったが、 執拗な反復のうちにジワジワと熱くなるような演奏が相変わらず楽しめた。
初来日の際 [レビュー] の際の舞踏の印象が良くなかったので、 正直、前半の舞踏との duo はあまり期待していなかった。 しかし、Thormann のソロだけで、かつ、その動きのミニマムさも楽しめた。 頭上近くからの強いライティングと白塗りの体は、顔や体の微妙な起伏による影を際立たせる。 舞台上、足の位置を固定したままじわじわと動くだけなのだが、 顔の角度の微妙な変化で影の作る表情が変わるし、筋肉の力の入り具合もはっきり浮き上がる。 弦の響きなのか鍵自体の音なのか、と、感じるような Bärtsch の piano の打楽器的な反復が 作り出すミニマル音空間も、その白塗りの体の動きのBGMとして合っていた。
後半は Ronin、2006年の trio に2人を加えてさらにパワーアップした演奏が楽しめた。 Bärtsch、Meyer、Rast の3人については前回の来日と大きく印象は変わらず。 Holon からの曲が中心で、そこでも聴かれたような、 Sha によるちょっとオリエンタルな旋法で唸るような saxophone がライブでも楽しめた。 しかし、5人編成で全体としての音圧が高くなっているため、 contrabass/bass clarinet での反復フレーズが少々霞んでしまっていたのが残念。 初来日の Mobile は静かな展開でタンギングの刻むリズムも映えていたのだが。 Rast と Pupato が視線を交わしながら、その層に深みを加えるようリズムを刻む所も面白かった。
Ronin の演奏は淡々としてはいるものの、 Bärtsch かけ声をかけることで、音の厚みと圧力をぐっと上げたりするので、 立席の会場であればこういったタイミングでフロアが盛り上がったりするのだろうか、と、 先日の Jaga Jazzist のライブの客のノリ [レビュー] を思い出したりもした。 そして、そういう会場でもちょっと観てみたいようにも思った。 このジワジワ熱くなるような感覚は、座って聴いていた方が楽しめるようにも思うけれども。
これで、10月下旬からの間にライブ・ラッシュ (といっても約2週間で4回ですが) も終わり。 最初は腰の調子が心配でしたが、なんとか4回とも無事クリアできました。 というか、3日の馬車道の帰りに瀬田温泉で温泉&整体した後の調子が良好。 8月末でコルセットは取れたものの、それ以降も状態が不安定で腰痛ベルトが必要でした。 実は、1日の横浜が堪えたか、2日の時点では、立席ライブも辛く感じた程でした。 しかし、温泉&整体の後は腰痛ベルト無しで過ごしてます。 7日のダンス公演→音楽ライブのハシゴも、腰痛ベルト無しで問題なし。 ま、手術前であれば、昼から晩まで使って 美術館・画廊巡り→ダンス公演→音楽ライブ、程度のハシゴはこなせていたので、 完全復活とは言い難いですが……。 けど、あまり詰め込まずにこの程度にしておく方が、余裕を持って楽しめるのかな、と思ったり。
日曜は休養日。天気も良かったので、運動不足解消も兼ねて近所を軽く自転車散策。 腰痛ベルトを取ったばかりなので、今回は無理せず大橋近辺までにしましたが、 次は山越えして渋谷川のラインまで進出したいな、と。
土曜は昼過ぎ遅めに家を出て西巣鴨へ。
にしすがも創造舎でこの舞台を観てきました。
Bruno Beltrão は、ブラジル・リオデジャネイロ州ニテロイ (Niterói, Rio de Janeiro, BR) 出身。 1990年代からストリート・ダンスの文脈で活動を始め、 2000年代に入りコンテンポラリー・ダンスの文脈で作品を制作・発表するようになった振付家だ。 その Beltrão が Rodrigo Bernardi と1996年に設立したカンパニーが Grupo de Rua だ。 その程度の予備知識しか無かったので、 street dance や capoeira の動きも使い、 hip hop や baile funk のビートに乗ったダンスを見せるのだろうか、と予想していた。 しかし、その動きこそ street dance 的なものから組み上げていたが、 舞台作品としての作り上げ方は、それをミニマルに抽象化したようなものだった。
前半は、街の雑踏の微かな音のみを使いパフォーマンスした。 それも、舞台奥の照明を落とし、観客席すぐ前の空間のみを使って。 2〜3人のパフォーマーが代わる代わる奥から出て、踊るというよりも、 ちょっとした通りでの小競り合い絡み合いのような動きを見せた。 その動きの場所からも、人垣越しに通りを見ているように見える所は面白かったが、 音楽も派手な動きや照明演出もなく、少々、眠気を感じたの確かだ。
面白く感じるようになったのは、音楽も使い出して、舞台を広く使うようになってから。 後ろ向きで走る動きや、手を床に付いて横に転がり回るような動きが、面白かった。 特に舞台下手から他のパフォーマーに投げ出されるようにして走り出すような所など、 打ち出された粒子が運動しながら反応して変化していくよう。 音楽は、hip hop や baile funk といったものでは全くなく、 また、samba や bossa nova のようなブラジルを想起させるようなものでもなく、 むしろ、intelligent techno というか IDM 的なもの。 これはちょっと意外だったけれども、 暗く黒光りする床と照明以外ほとんど無い舞台に合っていたと思う。
確かに、去年観た Grupo Corpo [レビュー] や Cia. Deborah Colker [レビュー] と比べたら ストリート的な表現かもしれないが、 ステロタイプなストリート的な記号は無し。 それはそれで、動きの面白さをミニマルに押し出しているようで、良かったと思う。
これで、 フェスティバル/トーキョー 09 秋 初鑑賞。これから12月末まで、また忙しくなりそうです。 といっても、まだ、Chris Kondek: Deat Can Bounce と Rabih Mroué & Lina Saneh: Photo-Romance しかチケット取ってませんが。 一番楽しみにしている Rimini Protokoll: Cargo Tokyo-Yokohama が、 まだチケット発売どころか詳細発表にすらなっていないという……。
ところで、フェスティバル/トーキョー、来年は秋11月の開催なんですね。 今年の年2回というのは、春開催から秋開催へ移すための移行措置。 さすがに年2回を毎年は無理ですよね。 11月というのは今までの年度末よりも余裕がある時期なので助かります。
久しぶりの、post-punk リハビリ日記。 たまにはアメリカ物を。
The Feelies
は、1977年にニュージャージー (New Jersey, US) で結成された indie rock のグループ。
1970年代末から1990年代初頭にかけて4枚のアルバムを残していますが、そのうち最初の2タイトル、
Crazy Rhythms (Stiff, SEEZ20, 1980 / Domino, REWIGCD65, 2009, CD) と
The Good Earth (Coyote / Twin Tone, TTC8673, 1986 / Domino, REWIGCD66, 2009, CD) が
Domino /
Bar/None から
リマスターCD再発されました。
Crazy Rhythms から30周年ということで、再結成コンサートもしているようです。
1990年に A&M がCD化したときに入手しそこねていたので、今回入手。
The Feelies の名前は Anton Fier が在籍していたグループとして 1984〜5年頃に知ったように思いますが、 当時は既に Crazy Rhythms は入手困難盤。 初めて買ったのは The Good Earth でした。 R.E.M. の Peter Buck の共同プロデュースで、 Glenn Mercer と Bill Million のツインギターが ミニマルに単調にフレーズをかき鳴らす rock。 はっきりしない歌唱も含めてIRSレーベル時代の R.E.M. と似ているわけですが、 R.E.M. が Life's Rich Pageant (1986)、Document (1987) と 次第に普通のロックになってきた頃だったので、 R.E.M. より The Feelies、なんて思ったものでした。
The Good Earth と、それに続く Only Life (Coyote / A&M, 1988)、 Time For A Witness (Coyote / A&M, 1991) は、 大学〜大学院時代に愛聴していたので、思い入れ深いです。 数年前くらいから思い出したようによく聴くようになって、 LP でしか持っていない The Good Earth と Only Life を 自力で盤起こしでデジタル化して iPod でも聴けるようにしていた程でした。 しかし、Crazy Rhythms はLPもCDも結局買わず仕舞だったので、聴くのも約20年ぶり。 CDで2タイトルを聴き比べて、 自分にとっては、やはり、ツインギター5人組の The Feelies の方が良いなあ、と。
The Good Earth に続いて、 Mercer & Million ではなく Dave Weckerman をソングライターとし The Feelies の5人にキーボード奏者 John Baumgartner を加えた サイドプロジェクトのグループ Yung Wu が、 Shore Leave (Coyote / Twin Tone, TTC87119, 1987, LP) というアルバムをリリースしています。 実際のところ、The Feelies のアルバムとほとんど違わない音楽をやっています。 カバー曲を3曲やっているのが良いのですが、 特に Brian Eno が歌った “Big Day” (Phil Manzanera: Diamond Head, 1975) のカバーがとても良いのです。 このアルバムも、The Feelies のアルバムに続いてリマスターCD再発されたら、と思います。
ちなみに、今回のリマスターCD再発、CDにはボーナストラックが収録されておらず、 同封されたカードに書かれたシリアル番号を使って オリジナルの収録曲とボーナストラックを合わせた 320kbps MP3 ファイルを ダウンロードするようになっています。へー。
火曜は祝日。前夜がライブだったので朝起きられないかな、とも思っていたのですが、 平日と同じ時間に普通に目が覚めてしまいました。 というわけで、早めに家を出て馬車道へ。 1日のリベンジということで、無事に整理券を入手して、この映画を観てきました。
映像を使った作品を多く制作しているスイスの現代美術作家 Pipilotti Rist が 初めて作った長編映画は、 映像作品 “Ever Is Over All” (1997) [関連レビュー] に登場する 手に持つ花で駐車中の自動車の窓ガラスを叩き割っていく青いドレスを着た若い女性像をさらに展開し、 色彩溢れる映像センスはそのままに2000年代以降に顕著になったキッチュでシュールなセンスも加え、 80分間の少々コミカルな物語に仕上げたような作品だった。
主題については、Pepperminta というより Edna の通しての女性性に関する言及など、Rist らしい。 しかし、“Ever Is Over All” では仄めかし程度だった 秩序を守る側 (警察や大学・学校など) と色彩で混乱させ解放させる側 (Pepperminta たち) のような図式は、映画では単純で少々ステロタイプに過ぎるだろう。 むしろ、色鮮やかな花や果物、明るいブルーの水中をゆるく泳ぐ人や漂う物、クロースアップで露になる肌理、 カラフルでどろっとした液体などの質感が、Rist のこだわりを感じた。 単純化された図式は、そんなこだわりの映像に変化を付けて80分間見続けられるように構成するための枠組みだ。
そして、そういった判りやすさやユーモアが、現代美術作家による映画にしては、 例えば Matthew Barney の The Cremaster Cycle や Drawing Restraint 9 といった映画 [関連レビュー] に比べ、 この映画をとっつきやすい物にしていたと思う。 また、主要登場人物の服装や小物のその色彩や形のセンスの少々悪趣味な感じや、 それによる秩序破りを描く所に、John Waters の映画を連想させられたときもあった。
映画音楽担当の一人 Anders Guggisberg は、“Ever Is Over All” はもちろん、 “I'm A Victim Of This Song” (1995) での Chris Isaak: “Wicked Game” のカバーなど、 今までもRist の多くの映像作品で音楽を手がけてきている。 その音楽も今までと同じく、 ベルリンのレーベル Monika Enterprise [関連レビュー] のリリースに近い indietronica 的なものだ。 もしくは、少々キッチュなセンスも含めて、 Chicks On Speed からDIY色とtechno色を薄めたよう。 彼女らの Visitors という映画を観たことを思い出したりもした [関連レビュー]。
月曜は休暇取得して連休にしたのですが、土日に動き回った疲れもあり、家でゆっくり休養。
積聴CDの消化しつつ、本を読んだり。
ま、月曜は美術館・画廊もいきつけのジャズ喫茶も休みですし、
雨がちで寒い天気だったので、家を出る気にもなれませんでしたが。
で、晩に渋谷に出て、このライブを観てきました。
1990年代半ばにノルウェーから登場した Martin & Lars Horntveth 兄弟を核とするグループ Jaga Jazzist の初来日公演だ。 A Livingroom Hush (Smalltown Supersound, STS056CD, 2001/2002, CD) は、そのIDM的なリズムとホーンセクションの組み合わせも斬新で、当時はよく聴いていた。 しかし、その後は自分の興味から外れてしまい、旧録の再発 Magazine (Smalltown Supersound, STS082CD, 1998/2004, CD) を聴いた程度で、 The Stix (Ninja Tune, 2003) も、 What We Must (Ninja Tune, 2005) も聴いていなかった。 というわけで、最近はどんな音楽をやっているのかチェックしてみようという気分で、ライブに臨んだ。 ライブはアンコール2回を含めて2時間弱と少々短め。 聴き覚えのある曲がほとんど無く、おそらく最近の曲が中心のセットだった。
CDで聴いていた印象から淡々と正確な演奏を繰り出すステージを想像していたので、 rock マナーの激しめの身振りでの演奏は意外だった。 観客に拍手を促したり、静かな展開からわっと盛り上げていくような約束事も、かなりベタに rock 的。 そんな所に、少々ついていかれなかったのも確かだ。 しかし、客煽りなどサービス精神溢れる振る舞いもしつつ Martin Horntveth が叩き出す変則的なビートは良かったし、 上段に並んだ trumpet、trombone、tuba のブラスセクションも聴きごたえがあった。 ライブということもあると思うが、CDで聴かれるような繊細な electronics の音は目立たず、 post-techno な nu-jazz というよりも、普通に jazz rock 的な演奏と感じた。
最も楽しんだ曲はアンコールでやった “Animal Chin”。 確かに、A Livingroom Hush のオープニングを飾る曲で、 聴き覚えがあるということもあったと思う。 しかし、アンコールに入ってから少々淡々とした演奏になったことも、 “Animal Chin” のような曲を映えさせたように思う。
日曜は昼に家を出て横浜馬車道へ。 18時からヨコハマ国際映像祭で上映される Pipilitti Rist の Pepperminta の整理券のためにちょっと早めを出たつもりだったのですが、全然早めではなかったという……。 13時過ぎの時点では既に整理券は残っていませんでした。Rist の人気を侮っていましたよ……。 現代美術も最近はポピュラーになったんだなあ、と、こういう所で実感。
晴れて暖かい陽気だったので、昼食後、気を取り直して
野毛山動物園へ。
一応、ヨコハマ国際映像祭のサテライト会場ですし。
けど、作品展示もそこそこに、動物を見ていました。
小規模な無料の動物園ですが、あっという間の2時間余。
結局、閉園時刻までいましたが、全ては観きれませんでした。
しかし、動き回る動物を携帯電話のカメラで取るのは難しい。
レッサーバンダやハクビシン、タヌキなどカワイイんだけど、うまく撮れません。
右はなかよし広場にいた雌のチャボ (矮鶏)。
(追記: 公式ブログによると、
ミノヒキチャボ (蓑曵矮鶏) というニワトリ (鶏) の品種のようです。)
近づいてカメラを向けてもおとなしく座っててくれました。
というか、そのまま触ったり抱いたりしても大丈夫な程の人懐こさでした。
で、動物園閉園後、日暮れて雲行きが怪しくなる中、桜木町を通過して、 馬車道駅近くの BankART Studio NYK、さらに新港ピアへ。 このフェスティバル形式の展覧会を見てきました。
去年開催された ヨコハマトリエンナーレ 2009 とほぼ同じ 新港ピア と BankART Studio NYK で開催された、 現代美術の文脈でのビデオを使った映像作品を扱った展覧会だ。 ビデオを使っているという程度の共通点しか無い、全体としてかなり緩い展覧会だったが、 BankART Studio NYK で展示された作品の中には、それなりに興味を惹かれた作品もあった。 特に印象に残った作品について軽くコメント。
Duane Hopkins の作品は、イギリスの郊外的な風景を捉えた、『液晶絵画』的な作品。 左右対称になるよう中央で鏡像で張り合わせた風景の中央で、回転する動きをする人物が、 郊外の微妙な閉塞感のようなものを映し出しているようで興味深かった。 古い映画の中での楽器演奏シーンや音が鳴るシーンを4画面でコラージュした Christian Marclay は、 映画の断片自体を音楽のパーツとして使うあたりが彼らしい。 4面が四重奏の4つのパートになっている、とか、そこまでの仕掛けは無かったようだが。 他にも、1994年に Pulitzer Prize を取った写真家 Kevin Carter の写真を フラッシュアップさせる Alfredo Jaar の作品が印象に残った。
新港ピア 会場には日本の作家が中心に集められていた。 可動式の3段の階段状の台の上に5〜6台の ヘッドホン付きブラウン管モニタが並べられたものが14台並べられた 「映像が生まれるところ (Primal Image)」など、 個別にちゃんと作品を観ようという気が削がれるもので、まるで、試聴コーナーだ。 全体として一つのインスタレーション作品でもなければ、 皆でコンセプトを合わせて作品を作っているわけでもないのだ。 こういう展示作りでも、BankART Studio NYK でのメインに対するオルタナティブとして、 作家たちが自主企画で近所の倉庫を安く借りて勝手に盛り上がっているなら、 それはそれで面白いかもしれない。 しかし、新港ピアでは、オルタナティブな自主イベントのような勢いも感じられなかった。 work in progress と言えば聞こえがいいかもしれないが、 むしろ、奥のラボスペースや11月1日の晩に観た イベント「停電EXPO」 を含め、 雰囲気作りで終わってしまっているような空虚さを感じてしまった。
また、サテライト会場のうち野毛山動物園を観たが、 美術作品の展示によって普段は見逃されがちな物事に視線を向けさせるような所を 作品に感じることはなかった。 むしろ、動物や動物園の面白さによって作品へ視線を向けさせるようであった。
この展覧会を観に行った理由の一つに、 実行委員会の副委員長にして出展作家でもある 藤幡 正樹 が、 会期冒頭に出品を辞退したということがあったから。 実際の所どうなのか、という好奇心もあった。 辞退理由の2点目で挙げている音が遮断されず他の作品に迷惑をかけるという点については、 藤幡 正樹 の作品が特に音が大きく迷惑をかけているわけではなかった。 新港ピア会場は酷いと思うが、BankART Studio NYK 会場に限れば、 他のビデオアートの展覧会と比べて音の遮蔽が特に悪いという程では無かった。 辞退を受けての 「ディレクター緊急コメント」 を聞いていると、 予算規模と準備期間に見合あわない規模でやった無理が出てしまった、という所なのだろうか。
それにしても、野毛山動物園を見ておいてよかった。 動物園メイン、映像祭はそのついでと思えば……。
土曜は午後遅めに家を出て、まずは新富町へ。
中央区の現代美術ギャラリーが開催したイベント
Kunst Oktoberfest '09
を覗いてきました。ビール片手に無料バスでギャラリー巡りしようというイベントです。
去年に続いて今年も、ということは、好評だったのでしょうか。
バスのルートも本数も増えて、巡りやすくなってました。
巡っている人だけ見ていると、経済的な不況は感じられません。
ARATANIURANO へ挨拶に顔出して、
MEGUMI OGITA STUDIOで
友人たちと合流して、
nca からバスで北上して、
ラディウム - レントゲンヴェルケ で下車して、
TARONASU や
Gallery αM、
FOIL GALLERY
(FOIL は不参加ですが) の入ったアガタ竹澤ビル へ。
やはり平面が多いわけですが、彩色した木彫も流行っていますねー、とか。
アガタ竹澤ビル界隈はまた別口で来たいですねー、とか。
今回は友人たちと一緒に話しながら回ったので、去年と違い徒労感は無かったような気がします。
で、馬喰町で一旦友人達と分かれて単独行動。
飯田橋の日仏学院の庭を使ったインスタレーション
中谷 芙二子 +
doubleNegatives Architecture
「MU : Mercurial Unfolding 偶成と展開」
を観てきました。なんとか、会期最終日に間に合いました。
普通に使われている空間でのインスタレーションですが、予想以上に濃い霧でした。
しかし、三渓園 (写真集) と違い
アートというよりも空間デザイン的に感じてしまったのは、
どうしてこの場所に霧なのかという文脈が見えなかったせいでしょうか。ふむ。
で、Kunst Oktoberfest を南下してきた友たち他と新橋で再合流。
T氏誕生会ということで、
1年ぶりに 新橋お多幸 へ。
15年以上前の大手町サラリーマン時代にも来ていた店ではありますが、やっぱり、美味しい〜。
今回は、まかないの モツ煮 まで頂くことができてしまいました。
冬場、もっと足を運びたいとは、いつも思っているのですが……。
少し間が空いてしまいましたが、木曜の晩は仕事帰りに六本木へ。このライブを観てきました。
日本=オランダ混成のトリオのライブだ。
もともとダンサー等も加えた大きな編成で企画されていたプロジェクトだが、
結局、この編成で落ち着いたよう。
日蘭交流400周年記念『日本オランダ年2008-2009』関連イベントとして
9月にオランダ、10月に日本をツアーしたこともあってか、
2年前のライブ [レビュー]
に比べて遥かにグループらしい感じだ。
「十六夜」のような 八木 の持ち歌も演奏していたが、
江戸時代の長崎出島オランダ商館の「カピタンの江戸参府」など、
江戸時代の日蘭関係をテーマした曲を演奏していた。
旋律を判りやすく優雅に演奏するような展開はあまり無いものの
日本の古典音楽やオランダの民謡 (子守唄) をベースにした曲もあり、
和やかに楽しめるような所もあるライブだった。
オランダ語から日本語に取り入れられた外来語を読み上げる所から演奏に入った曲が、
曲の展開にもユーモアが感じられて、最も気に入った。
ちなみに、10月26日から11/3にかけて、
六本木 SuperDeluxe は
7周年記念のイベントをしており、The Floating Worlds のライブもその一環となっている。
まだ7年かという感もあるが、前駆のなる麻布十番 Deluxe 時代を含めると十年以上続いている。
音楽ライブにしても、他のイベントにしても、
東京の中でもかなり個性的なラインナップのイベントスペースだ。
jazz/improv のライブはここでやるのが最も好きなこともあり、それなりに足を運んでいる。
今後もこの調子で頑張って欲しい。
ニューヨークの BAM Next Wave 2009 について、 先日した話のフォローアップ。 Meredith Monk & Ann Hamilton: Songs Of Ascension [公演情報] の レビューが The New York Times に出ています。 1980年代の主張の強い感じは無くなっているけどその遺伝子は残ってる、と、評価は若干微妙な感じです。ふむ。
さて、先日ちょっと触れましたが、 1978年創設のロンドンのコンテンポラリー・ダンスのアニュアル・フェスティバル Dance Umbrella 2009 も始まっています。 こちらは 公式 YouTube チャンネル を開設して、 作品紹介、リハーサルやインタビューを公開しています。 やはり、自分向けのリンク集 & 備忘録も兼ねて、プログラムの中から気になるものを簡単に紹介。
第1週の中では、 Cloud Gate Dance Theatre of Taiwan (雲門舞集): Wind Shadow [公演情報]。 舞台美術 Cai Guo-Qiang (蔡 國強) というのが、気になります。 The Guardian に載ったレビューでは星3つ。ふむ。 The Guardian はインタビュー映像も載せてます。
あと、BAM Next Wave 2009 でも 取り上げられている セネガルの Andréya Ouamba と、 イギリス (UK) の Matthias Sperling とによる、 Diplomacy 2 [公演情報]。 The Guardian にはレビュー出ませんでしたが……。 ちなみに、この公演は、 African Crossroads というアフリカのコンテンポラリー・ダンスに焦点を当てた公演シリーズの一つ。 BAM Next Wave といい、欧米ではアフリカのコンテンポラリー・ダンスに注目が集まりつつあるよう。
第2週の中では、オーストリアのカンパニー Cie. Will Dorner の Bodies In The Urban Spaces [公演情報]。 AFPBB News が 「究極の姿勢で1時間、ロンドンに人間彫刻現る」 (2009-10-19) と写真50枚も使って伝えています。 けど、The Guardian はスルー……。 街中で展開したパフォーマンスで、映像や写真で観る限り、ユーモアも感じられてとても面白そう。 大道芸フェスでもいいから日本でもパフォーマンスして欲しいものです。
第3週の中では、イギリス (UK) のカンパニー Shobana Jeyasingh Dance Company の Bruise Blood [公演情報]。 The Guardian のレビューは星3つですが。 名前から伺われますが、芸術監督/振付家の Shobana Jeyasingh は ロンドン在住ながら南インドのタミル・ナードゥ州チェンナイ (Chennai, Tamil Nadu, India; 旧称 Madras) 出身。 最近注目を集めているバングラティシュ系の Akram Khan といい、 南アジア系イギリス人 (UK Asian) のコンテンポラリー・ダンスも元気そう。
第4,5週は今回のトリともいえる Michael Clark Company: New York [公演情報]。 今年の Biennale di Venezia で 初演し、 Edinburgh International Festival でも 上演した、 David Bowie、Iggy Pop と Lou Reed に着想を得たという 1970s rock な新作です。 Edinburgh の時の The Guardian の レビューは星4つと評価高めでした。 ちなみに、The Guardian の “Step-by-Step guide to dance: Michael Clark” (2009-04-27) はよくまとめてあって、お勧め。
Dance Umbrella 2009については、とりあえずこんなところでしょうか。
海外のコンテンポラリー・ダンスの動向のチェックといっても、 フェスティバルやカンパニーの公式サイトをチェックして、 The Guardian や The New York Times のような 有名なニュースサイトに載るレビューを、 他の国際ニュースを読むついでにチェックする程度。 深く専門的にはチェックしてはいないですし、非英語圏のチェックは薄くなりがち。 BAM Next Wave 2009 や Dance Umbrella 2009 のこういった公演に興味があるのであれば ここをチェックすべき、という所をご存知の方は、是非教えてください。
一ヶ月近く間が空いてしまいましたが、週末 (明け) のCDレビュー。
今回は南仏オクシタニアのグループを紹介。
フランス南部にあたるオクシタニア (Occitania) の オーヴォルニュ (Auvergne) 地方やラングドック (Languedoc) 地方の folk/roots をベースに jazz/improv 的な要素を加えたような音楽を演る La Fabrique というグループがいる [関連レビュー]。 そのメンバーとして活動する accordéon / percussion 奏者 Laurent Cavalié の もう一つのグループが、この Du Bartàs だ。 この Fraternitat! は2作目。 1作目の Turbo Balèti (Sirventés, 2007) は、残念ながら未入手だ。
演奏する音楽は、La Fabrique よりもオクシタニアのポリフォニーの要素が強いもの。 リズミカルな accordéon と打楽器の伴奏に乗り、 ちょっと陰りを感じるような節で、 時に Cavalié がソロで、時に男声3人のポリフォーニーが歌う。 accordéon を使わずリズミカルなポリフォニーを聴かせる “Aval Dins La Ribièra” や “La Cocodrilha” も良いが、 accordéon を使った緩めのリズムの歌の方が楽しめた。 “Cap De Fenhant” や、“Filha Que Ses A Maridar”、 そして同郷の女声ポリフォニーのグループ La Mal Coiffée も加わった “Tres Còps De Trompetas” など。
ちなみに、オクシタニアの他のグループからの影響も大きいようで、 “Cap De Fenhant” は La Talvera の収集した伝承曲、 Tres Còps De Tromtetas は Moussu T E Lei Jovents: “Paul, Emile Et Henri” に 着想を得た曲、とクレジットされている。 一方、南米コロンビア (Colombia) の cumbia の曲 “Dal Costat De Carcassona” を採り上げてもいる。
Du Bartàs: Fraternitat! で1曲にゲスト参加していた 女声ポリフォニーのグループ La Mal Coiffée も、2年前に Polyphonies Occitanes というアルバムをリリースしている。 アレンジは Du Bartàs の Laurent Cavalié だが、 彼が accordéon 演奏で参加するようなことはしていない。 一曲、guitar が控え目にゲスト参加しているだけで、 彼女ら自身による percussion のみを伴奏にポリフォニーを聴かせる。
Bombes 2 Bal [レビュー] のような賑やかなダンス的なノリは無く、 むしろ、無伴奏で声の響きだけで聴かせる展開が多い。 取り上げている曲は1曲を除き伝承曲だが、歌詞が判らないこともあるのか、 むしろ、Faraualla [レビュー] に近い 息の音などの抽象的な響きを生かしているような所が耳に残っている。
ちなみに、La Mal Coiffée は新譜 A L'Agacha を この10月にリリースしている (未入手だが)。 また、Laurent Cavalié のソロ Soli Solet のリリースが 来年に予定されている。 ちなみに、この2作のリリースは、 Du Bartàs: Fraternitat! と同じく、 オーベルニュのオーリヤック (Aurillac, Cental, Auvergne, FR) の 独立系のエージェンシー/レーベルの Sirventés。 公式サイトによると、所属アーティストには、 ミュージシャンだけではなくコントや演劇のパフォーマーも同程度含まれている。 このサイトの情報だけでは、共演などがどのくらい行われているのか判断しかねるが、 音楽と演劇の近さを感じるようで、とても興味深い。
実は、書き出したのは9月末。途中で半ば放置状態、没になりかけてました。なんとか救出。 ま、ライブとか大道芸フェスとか他のネタを優先したからではあるんですが、 twitter も書き進められない一因かもしれない……。うーむ。
それにしても、ここ数日の急な冷え込みは体に堪えます。
腰の調子が不穏なのは、ライブハウスの椅子のせいではなくて、
急な冷え込みと低気圧のせいではないかという気がしてきた……。
という話はさておき、煮物が美味しい季節ということで、
先日のサトイモとレンコンのそぼろ煮 [twitpic] に続いて、
今週末は肉じゃがを作り置きに作りました。
どうせ食べるのは自分だけだし見た目はいいや、と、普段は面取りとかサボるんですが、
なんとなくそういう気分だったので今回は面取りしてみました。
一晩置いて暖め直してもほとんど煮崩れしません。をを。
舌触りのせいか、味も違うような気がします。美味。
ま、くずぐずになった肉じゃがも、それはそれでいいと思いますが。
たいした手間でもないので、たまには面取りするのもいいかな、と思ったり。
平日の疲れが出たか、低気圧の影響か、土曜はぐったり。
しかし、夕方近くに家を出て、京橋・銀座界隈を軽く画廊巡り。
冷たい雨にも負けて、多くは回れませんでしたが。そんな中から。
京橋の ASK? art space kimura では、 藤幡 正樹 + 池田 一栄 『A Figure of Dys-Juxtaposition 2009』 (11/7まで) [展覧会情報]。 2面マルチスクリーンによる両手のダンスビデオ。ちょっぴり可愛らしいユーモアも感じる小品でした。
柏に大きなスペースを持つ TSCA [関連レビュー] が 新たに銀座というか築地にオープンさせたギャラリー TSCA Tokyo では、 タムラサトル 『VIEWING WEEK: TAMURA Satoru』 (11/7まで)。 新作展ではなく今までの作品のビューイング。 こじんまりながら多様な作品をスタイリッシュにまとめた展示でした。 「接点」シリーズ中心の展示ですし、たまに生で観て火花や白熱球のゆらめきを体感するのもよろしいかと。
土曜の晩は早め休んだこともあって、日曜は少し復活。 で、昼に家を出て、三茶 de 大道芸 を横目に三軒茶屋を通過して南青山へ。 ノルウェーからのミュージシャンによるライヴを観てきました。
氷を使った楽器の演奏で知られる Terje Isungset と folk/roots のグループ Rusk などで知られる歌手 Unni Løvlid、 という2人のノルウェー (Norway) のミュージシャンの来日ライブだ。 ライブは3部構成。最初に Terje Isungset のソロ、 続いて、Isungset にゲストの 巻上 と 中村 を加えてのトリオ、 最後に、Isungset & Løvlid のデュオだった。
Isungset は以前にもライブで観ており [レビュー]、 その時から大きく変わる演奏ではなかった。 鈴や木製の鳴りものをジャラジャラガラガラと鳴らしたり、 石をカンカン鳴らしたりシャリシャリと擦ったり、と、とりとめ無さげな演奏。 にも関わらず、落ち着いて聴かれるのは、 背景でゆっくり脈動するようなビートを bass drums が刻んでいるからだろうか。 巻上 と 中村 とのトリオでは、Isungset と 巻上 の口琴 (jew's harp) 合戦を楽しんだが、 中村の 篳篥 の音と 巻上の theremin の音色が被ってしまい 音の広がりが感じられなかったのが少々残念だった。
最後に Løvlid と Isungset のデュオ。 Løvlid は予め録音したコーラス部を再生しつつ、繊細ながら通る歌声で詠唱した。 folk/roots 的な曲調をベースとしているけれども、 コーラス部を含めハミングや息継ぎの音すらも生かしたかなり抽象的な歌唱だ。 そんな詠唱に、Isungset が鈴、木や石の鳴る音を効果的に使った伴奏を添え、 寒々とした針葉樹の森の中から女性の声が響いてくるような幻想的な音世界を作り出していた。 コーラス部はゆったり反復するものだったので、これを予め録音したものではなく、 ライブでループさせて作っていくことが出来たらもっと面白かったのではないだろうか。 しかし、このデュオだけで2時間くらいゆっくりたっぶり聴きたかった。
Isungset & Løvlid といえば、彼らに Frode Haltli を加えた3人が 中国贵州 (貴州, Guizhou) 省の南東部にある侗 (トン, Dong) 族の村を訪れて作成した Bridges (桥梁): Live In China (Heilo, HCD7201, 2005, CD) というアルバムがある [レビュー]。 日本でも Bridge のようなセッションが実現すれば、面白いだろうと思う。 今回のライブのゲストを見た時点で Bridge のようなセッションになることは無いだろう予想したし、 実際にそうだったけれども。 またの来日の機会に期待したい。
結局、この週末は冷たい雨。先週末、上野へ大道芸を観に行ってしまってよかった〜。 Celestroï は三軒茶屋の雑然とした街中より上野恩賜公園の緑の中の方が良さそうだし、 日曜に Terje Isungset & Unni Løvlid のライブがあるので 三茶でフルに観るのはキツそう、という判断だったのですが。 こんな寒い天気になることまでは予想していませんでしたよ。 天気と体調が良ければ、ついでに 三茶 de 大道芸 を軽く観てもいいかな、と思っていたのですが、天気に負けてパスしてしまいました……。
それにしても、ライブハウスの丸椅子は腰に辛い〜。 11月頭にかけて行きたいライブが続くのですが……。 大丈夫なんだろうか……。
ニューヨークの BAM (Brooklyn Academy of Music) でアニュアル・フェスティバル BAM Next Wave 2009 が始まってます。 今年で第27回となるコンテンポラリーなパフォーミング・アーツのフェスティバルです。 公式サイトに作品を紹介する動画も載っていますし、 自分向けのリンク集 & 備忘録も兼ねて、 プログラムの中から気になるものを簡単に紹介。
今年の一番手は10月3日から Robert Lepage: Lipsynch [公演情報 @ BAM]。 動画を見る限り、相変わらずライティングがトリッキーな舞台 [関連レビュー]。 しかし、三部構成で上演時間約9時間とのこと。 The New York Times に載った レビューでは、 “Game on, lovers of theatrical marathons. Or should I say martyrs to theatrical marathons?” なんて言われちゃってます。むむむ。日本には来なさそう……。 むしろ、Sylvie Guillem との共演作品 Eonnagata (2009) が日本に来ないかな……。
10月21日からは Meredith Monk & Ann Hamilton: Songs Of Ascension [公演情報 @ BAM]。 Monk と Hamilton のコラボレーションは Mercy (2002) に続いて。 Meredith Monk & Vocal Ensemble だけでなく The Todd Reynolds String Quartet [関連レビュー] をフィーチャーした舞台、というのが気になります。 数日すると The New York Times にレビューが載るのではないかと。 Mercy 同様にECM からCDが出るのではないかと思いますが、 舞台の様子のビデオも含めてDVDでリリースして欲しいなあ……。
11月4日からは Robert Wilson: Quartett [公演情報 @ BAM]。 Heiner Müller の戯曲、というのが気になります。日本に来ないかなあ……。 しかし、前回来日の Woyzeck [レビュー] の 客の入りがイマイチだったからなー。厳しいかも。
11月12日からは Cirkus Cirkör: Inside Out [公演情報 @ BAM]。 紹介の動画を観る限り、 以前に観た 99% Unknown [レビュー] に比べて、 伝統的なサーカスっぽい印象を受けます。また、来日公演しないかなあ……。 しかし、先日紹介したバルセロナの Mercat de les Flors のラインナップにしてもそうですが、 欧米ではこの手のラインナップにコンテンポラリー・サーカスを含めることが普通になってきてます。 日本ではまだまだ、という感じですが……。
12月9日からは Chunky Move: Mortal Engine [公演情報 @ BAM]。 オーストラリアのカンパニー。今までノーチェックだったのですが、何回か来日していたよう。 照明や映像や駆使した舞台が気になります。今度来日したときは見逃さないようにせねば。
12月16日からは Reggie Wilson / Fist & Heel Performance Group and Andréya Ouamba / Compagnie 1er Temps: The Good Dance - dakar/brooklyn [公演情報 @ BAM]。 どういうカンパニーなのか全く知らないのですが、 ニューヨークはブルックリンのカンパニー (Fist & Heel Performance Group) と セネガルはダカールのカンパニー (Compagnie 1er Temps) との共演、というのが気になります。
と、先日の twitter でのつぶやきを 談話室向けまとめてみました。 ロンドンで始まっている Dance Umbrella 2009 の話の方も、談話室へちゃんと振りたいものです。
土曜に観てきた 大道芸フェスティバル ヘブンアーティスト TOKYO 2009 @ 上野恩賜公園。 そのレポートの後編です。
Christian Taguet 率いるフランス (France) のカンパニー Cirque Baroque。 こちらも、東京近辺の大道芸フェスティバルの常連です。 今回来ていたのは座長 Christian と息子 Benoît Taguet、 あと女性パフォーマー Karen Bourre。 春に Jean-Baptiste Taguet と Céline Dupuis が演じた筋立てのあるショー [写真集] のようなものでは無く、それぞれの芸を見せるミニサーカスでした。 Benoît Taguet は2003年の時 [写真集] と同じくベルトを使ったパフォーマンス。 女性はたいていエアリアルの人を連れてくるのですが、今回は違いました。 Karen Bourre は初めて観ましたが、まずは、コミカルに jaggling と hoop を。
そして、Christian がマジックをしている間に着替えて、bounce jaggling を。
こちらは、身のこなしも優雅で美しく。
後で知ったのですが、彼女は、
Compagnie Jérôme Thomas
にもよく参加しているようです。
Cirque Baroque を含む写真集: 三茶 de 大道芸 2000、 三茶 de 大道芸 2002、 2003年秋の上野恩賜公園、 三茶 de 大道芸 2003、 野毛大道芸 2004、 三茶 de 大道芸 2004、 三茶 de 大道芸 2005、 三茶 de 大道芸 2007、 Open The Park (Midpark Project 2009)。
海外でも活躍する日本の大道芸人 雪竹 太郎 の、 彼を有名ならしめた作品『人間美術館』。 この作品の様子は、 野毛大道芸 2003 の写真 がお勧め。そういえば、その時に「考える人」を撮らなかったな、と。
雪竹 太郎 を含む写真集: Avignon, France 2001、 野毛大道芸 2003、 ヘブンアーティスト TOKYO 2003。
フランスのスティルト・カンパニー Celestroï。 14時頃、前が押して Cirque Baroque の開始を待っていた時に、登場。 スティルトの上にバンド・デシネのファンタジー作品に出てきそうな衣装を着た3人組。 少し練り歩いては立ち止まり、向かい合ったり、身体を揺らしながら、 tárogató (ハンガリーの single reed 管楽器)、 bombarde (ブルターニュの double reed 管楽器)、 accordéon diatonique という編成で folk/roots 風の音楽を演奏する、 というスタイルのパフォーマンスでした。 tárogató の人は時々 chalemie (チャルメラ。oboe の元になった double reed 管楽器) に持ち替えるときもありました。 曲が終わって観客から拍手が出ると、回るように踊ったりもしました。 bombarde の強烈な音色からブルターニュのカンパニーなのかなと思っていたのですが、 ローヌ=アルプ地方サン=テティエンヌ (Saint-Étienne, Rhône-Alpes, FR) を 拠点とするカンパニーです。
夕方は17時近く、日が暮れ始めた頃に登場。
東京文化会館と国立西洋美術館の間の路上でパフォーマンスしました。
夜のパフォーマンスでは、頭上に吊り下げた笠付きの白熱灯が点灯。
緑多い公園の薄闇の中、自身の明かりで浮かび上がる様は、その衣装や音楽もあいまって、
彼らの周囲にファンタジー的な世界を作り出していました。
昼観たときはちょっと衣装が変わったスティルト音楽隊という程度の印象でしたが、
夕暮れまで待った甲斐がありました。
日暮れ後の闇の中のパフォーマンスの方が格段に良かった。
l'Éléphant Vert [写真集] などを連想させられる所もありますが、 フランスのカンパニーにはビジュアルからして雰囲気作りが巧い所が多いと、つくづく思います。
Celestroï の夜のパフォーマンスの前、16:30頃に一時ぱらぱらっときていたのですが、 パフォーマンスが終わって10分もしないうちに、上野恩賜公園は本格的な雨に。 観てる間に降り出さなくてよかった〜。
Cirque Baroque、Celestroï、Morgan Cosquer、La Famille Goldini は今度の週末10月24,25日の 三茶 de 大道芸 にも出演します。 興味を持った方は、来週末に三軒茶屋界隈に行ってみるというのもよろしいかと。
ところで、
Celestroï の夜のパフォーマンスを待つ時間を使って、谷中方面に足を伸ばしてみました。
東京藝術大学前を通り過ぎたときに、信号灯を使った 中村 政人 の作品が目に入りました。
これって、ひょっとして
『異界の風景』展の
展示だったのでしょうか。時間に余裕があまり無かったので、美術館には入りませんでしたが。
しかし、谷中界隈は、 art-Link 上野谷中 の期間中、ということもあったと思いますが、人が多いのにびっくり。 営業再開したカバヤ珈琲に行列が出来ていたのはまだしも、他のカフェも満席状態。 まさか、谷中でカフェ難民になるとは予想してませんでしたよ。 大道芸鑑賞で疲れた足腰を休めようと思ってたのに……。 そういえば、9月26日の『ナンダロウアヤシゲな日々』に、 「谷根千のヤマサキさん曰く、「なんか中がすっかりキレイになって、六本木の地下みたいなの。六本木、行ったことないけど」。どんな店なんだよ」 なんてくだりがあって、笑いました。 しかし、最近の谷中銀座の混雑も酷いことになっているし、 『谷根千』も休刊したし、そろそろ谷中界隈は終わった感も (多くは語らない)。
日曜は、さすがに疲れでぐったり。というわけで、休養日。
しかし、天気が良かったので、午後に近所を軽く自転車散策。
かるく体を動かすくらいの方が、怠さも和らぐかな、と。
左の写真は、散策中、三宿一丁目辺りの烏山川緑道でみかけた猫。
水を怖がる様子もなく、水路の中の石の上に下りて水を呑んでました。
金曜晩の呑みが堪えて、土曜朝はかなりふらふらだったのですが、 頑張って午前中に家を出て、上野恩賜公園へ。 大道芸フェスティバル ヘブンアーティスト TOKYO 2009 を観てきました。 そのレポートの前編。 ちなみに、JavaScript が有効になっている場合、写真をクリックすると、 別ウィンドウで一回り大きなQVGAサイズで観ることができます。
ヘブンアーティストとは 2002年に創設された東京都の大道芸人公認制度。 この制度によって公認された大道芸人に海外招聘パフォーマーを加え、 毎年10月半ばの週末に上野恩賜公園で開催されている大道芸フェスティバルが、 ヘブンアーティスト TOKYO だ。 制度が創設された翌年2003年 [写真集] から、 このようなフェスティバルの形で開催されるようになっている。 今年は、海外招聘パフォーマー4組を含む114組のパフォーマーが参加した。
ヘブンアーティスト TOKYO で招聘される海外パフォーマーは、 その前後いずれかの週末に三軒茶屋で開催される 三茶 de 大道芸 と共通となっている。 たいていは自宅に近い三軒茶屋の方で観ているのだが、 たまには気分を変えて広い公園で観るのも良いだろう、と、今年は上野へ足を運んでみた。
斬新な演出や空間使いで強く印象を残すパフォーマーには出会えなかったが、 少々SF的な衣装を着て高足上で音楽を演奏する Celestroï など充分に楽しむことができた。 何より、三軒茶屋に比べ遥かに開放感のある公園のゆったりめの空間で、 のんびりと大道芸を楽しんだ。
以下に写真を撮ったカンパニー/パフォーマを、個別にコメント付き写真で簡単に紹介。 パフォーマー名演目名については、自分で調べられる限り、 パフォーマーの公式サイトや海外の大道芸関係のフェスティヴァルのプログラムなどで 一般的に用いられている表記に従っている。 調べがつけられなかったものについてのみ、 会場で配布されていたパンフレットに用いられていたものを用いている。
丸一仙翁社中による江戸太神楽の大道芸。 仙次による一つ鞠の曲。
丸一仙翁社中を含む写真集: 野毛大道芸 2003、 みなとみらい21大道芸 2006、 ヨコハマ大道芸 2007。
フランス・ミディ=ピレネー地方トゥールーズ (Toulouse, Midi-Pyrénées, FR) のアクロバット2人組 La Famille Goldini。 Marvelous Mambo は、 マンボのリズムに乗って、大柄な女性にちょっと尻に敷かれた感じの小柄な男性を演じる、 コミカルなショーでした。
この二人はまだ小さな子供を連れて来ていて、
ショーが始まる前に子供も交えて客寄せのパフォーマンスをしていました。
それも可愛いらしくて、面白かった。
日本を拠点に活動する 徐領民雑技団 (在日中国雑技芸術団とも)。 東京近辺の大道芸フェスティバルの常連です。 いつも 張 海輪 がやっている椅子倒立、今回は違う女性パフォーマーがやっていました。 この女性パフォーマーがやっているのを観たのは初めて。それも6脚。 他にもこれが出来るパフォーマーがいるというのが凄い。
徐領民雑技団を含む写真集: 三茶 de 大道芸 2000、 2003年秋の上野恩賜公園、 野毛大道芸 2004、 三茶 de 大道芸 2004、 三茶 de 大道芸 2005、 みなとみらい21大道芸 2006、 よこはま大道芸 2007、 三茶 de 大道芸 2007、 よこはま大道芸 2008、 三茶 de 大道芸 2008。
トゥールーズ (Toulouse, Midi-Pyrénées, FR) のサーカス・カンパニー Compagnie Sacékripa の一員として活動する ジャグラー (jongleur) Morgan Cosquer のソロ。 jazz/improv 風のアブストラクト clarinet の演奏に乗って、足も駆使したジャグリング。 そういう音楽使いからも判るように、大技ではなく、繊細な動きでみせるタイプ。 身のこなしがぬめっとしてシュールな印象でした。
(後編に続く)
一昨日のこととなってしまいましたが、祝日12日の夕方、 この展覧会のオープニング・ライブを観てきました。
大友 良英 が7月から都内各所で開催している一連の展覧会 『ENSEMBLE 09 休符だらけの音楽装置』 の2つめの展示が、旧千代田区立練成中学校 の屋上で開催されている。 最初の展示となる 原宿VACANT での 『Without Records』 が 良かったので、 12日のオープニング・ライブに合わせて観て来た。
球技場として使われていた中学校屋上は、球が外に出ないよう、巨大なケージになっている。 そのケージの中の十数箇所に音の出るオブジェが設置されていた。 そのオブジェは選りすぐりの素材を使い精巧に作り込んだ存在感のある立体作品というより、 むしろ、その場にあるあり合わせの物を組み合わせて作った器用仕事で、 風雨にさらされてくすんだ校舎屋上のコンクリートや金網に馴染むようなものだった。 風などに反応するオブジェが目についたが、 アコースティックに音を出すだけでなく、 electric guitar とギターアンプを使ったり、 ノートパソコン等のを仕込んで電子的な雑音を使ったり。 このような音選びは、大友 のアンサンブルらしさだろうか。 器用仕事でローファイに仕上げた電気電子風鈴みたい、と思う所もあった。
通常時に観ていたら緩い展示だと軽く流して済ましていたかもしれない。 器用仕事的な面白さはあるけど、造形的に興味深いという程ではない。 オブジェの出す音量はかなり抑えられているのだが、 人も多く必ずしも静かに聴き入っているわけでない、 その繊細な音の響きの機微を楽しむという場の雰囲気でも無かった。 しかし、ライブというとこで展示を作成した7人の動きもあり、 それに加えて、百人以上と思われる観客の動きもあり、 16時半から1時間余り、退屈することは無かった。 演奏を楽しんだというより、屋上の上でちょっとした出来事が起き、 それで人々が緩く集散する、そんな様子を観ているのが面白かった。
ライブといっても展覧会のオープニングなので、オブジェを操作するというよりも、 サウンド・オブジェの一部となるようなものが多いかと予想していた。 しかし、実際のところ、普通の音楽における演奏に近い印象を受けた。 それは、作家側の意図というより、 作家がオブジェを操作していると回りに観客の輪が出来てしまうという状況に依る所が大きい。 その一方で、Sachiko M がバケツに素足を突っ込んでサウンド・オブジェの一部と化していた時もあったのだが、 そういう時は周囲にほとんど誰も集まっていなかった、ということが印象に残った。 大友 良英 が自転車で屋上を緩く走り回っているときも、多くの人は気にかけていなかった。 こういった行為と座り込んで緩く electric guitar を弾くような行為が対等に置かれている所が、 このパフォーマンスの良さの一つだったと思うけれども。 というわけで、自分はあまり人垣に混じらず眺めていた。 そして、観客を注目させる演奏を感じさせる行為が何で、観客の関心を惹かない行為が何なのか、 観客の集散の動きを通して見ているのが、興味深かった。
通常の展示は17時半からとほぼ日没後しか観られないのだが、ライブは16時半から。 1時間程は明るい中でオプジェを観ることができた。 これも、ライブに合わせて観に行った理由の一つだった。 11/3にもクロージングのライブが予定されているので、 明るい中でオブジェを観たい人は、それに合わせて観に行くのも良いだろう。 しかし、通常の展示の時、日没後、まばらな客の中で観ると、かなり違う印象となりそうだ。 余裕があれば、人の少なそうな夜の展示というのも観に行きたい。 それも雨の日とか微妙な天候な時に。
ところで、オープニングのライブの最中は特に撮影禁止という様子ではなかったので、 携帯電話のカメラを使って、その様子をいくつか撮影した。 その写真をはてなフォトライフに載せてある: tfj's fotofile > Ensemble09-1012。
ちなみに、会場の旧千代田区立練成中学校は、 今までも、アートフェア 101TOKYO の会場として使われたことがある建物だ。 来年2月から ちよだアートスクエア (仮称) となることが予定されており、現在、その準備が進められている。 その運営会社 commandA の代表は、 アーティスト・イニシアティブ・オーガニゼーション commandN の代表でもある現代美術作家の 中村 政人。 十余年前の1998年に練成中学校近くの犬塚ビルの地階一階で始まった commandN が こういう形に発展したというのも、感慨深い。
金曜晩の疲れもあって、土曜は少々腰の調子が不良。
しかし、昼過ぎ遅めに家を出て早稲田大学へ。
ロシア・アヴァンギャルド等のロシア文化研究で知られる
桑野 隆 先生を囲んで
ロシアをテーマに話題を持ち寄る会「桑野塾」の第一回会合に出席してきました。
発起人の一人
大島 幹雄 さんが声をかけて下さったのでした。
偉い研究者の方々に混じるというのは少々腰が引けたのですが、
Всеволод Мейерхольд (Vsevolod Meyerhold) や Синяя Блуза (Blue Blouse, 青シャツ)
の動く映像が観られるという話に惹かれて、参加することにしたのでした。
最初の報告は 武隈 喜一 「ディミートリイ・ティオームキンと群衆劇、西部劇」。 ロシア、そしてアメリカで活躍したユダヤ人音楽家 Dimitri Tiomkin (Дмитрий Тёмкин) の話でした。 『真昼の決闘』 (High Noon, 1952)、 『OK牧場の決斗』(Gunfight at the O.K. Corral, 1957)、 『ローハイド』(Rawhide, 1959-1965) といった西部劇映画/TVドラマで音楽を手がけ、西部劇音楽の典型を作り上げた Tiomkin が、 1921年の亡命前、ロシア革命直後は赤軍で群衆劇を手がけていたとわ。 ポピュラーで広く馴染まれている音楽の背景にはにはユダヤ人音楽家の回路があるというような 伊東 信宏 『中東欧音楽の回路 —— ロマ・クレズマー・20世紀の前衛』 (岩波書店, 2009) の話なども、連想させられて、とてもエキサイティングでした。
後半も 武隈 喜一 氏の報告で、2004年から2006年にかけてロシアで放送されたTV歴史番組 Исторические Хроники [ru.wikipedia.org] から、 “1923 год — Всеволод Мейерхольд” (“Year 1923 - Vsevolod Mayerhold”) の回を観ました。断片的ながら当時の映像が多く使われていて、興味深かったです。 主要な所は 武隈氏 が通訳して下さったのも、理解の助けになりましあ。 Mayerhold 以外の回も面白そうですが、ロシア語がわからないので、 もしDVDが入手できても、自分だけで観るのは辛いなあ、と。
Dimitri Tiomkin という話題の選択も絶妙で、 話が専門的に掘り下げられていくというよりも、 様々な方面に広がっていくような所があって、とても面白かったです。 呑みながらの二次会もとても盛り上がりましたし。 酔った勢いで、偉い先生に絡んでしまい、反省……。 次回、次々回の発表もおおよそ決まり、3ヶ月に一回くらいの頻度で続きそう。 これからも是非参加し続けたいものです。 本格的な発表は難しいだろうけど、自分なりのネタ探しもしたいものです。
金曜土曜の不摂生が祟って、日曜はぼろぼろ。天気が良かったので、休み休み、家事をしたり。
夕方、また、瀬田温泉に行って、温泉 & 整体。
腰だけでなく首や肩の凝りも酷かったのですが、かなり楽になりました。これは癖になりそ。
で、いきつけのジャズ喫茶に流れて一人呑み。温泉整体後は酔いの回りが速いなあ、と。
オマル・ハイヤーム 『ルバーイヤート』
(平凡社ライブラリー お-21-1, ISBN978-4-582-76679-0, 2009-09-10)
が、一人呑みながら読むとハマる、という発見があったり。
金曜の晩は、仕事の後、六本木へ。このライブを観てきました。
Setsubun Bean Unit は、 Farmyard Animals Trio (Pete Flood, Gideon Juckes, Brendan Kelly) を核とした 日英ミュージシャン混成で、 日本の音頭や映画音楽を少々 dubwise な jazz/improv のスタイルで演奏するグループ。 CD [レビュー] のリリースから約2年を経て、 日本での初ライブだ。 約1時間と短いステージは少々物足りなかったけれども、 音楽から想像されるような色物感を押さえたステージを見せた。
演奏はCDで聴かれるものから大きく変わるところは無かった。
ライブではお祭り騒ぎ的なパフォーマンスを見せるかもしれないと予想した所もあったが、
むしろ Flood / Juckes / Kelly が淡々とシリアスに演奏している姿が印象に残った。
2人のお囃子踊り子は華があったけれども、カムラは落ち着いた雰囲気。
獅子舞もあったけれども、それほどパフォーマンス的な要素が強いという印象は受けなかった。
ノリノリのお祭りダンスミュージックとしての音頭の再生のようなものとは違い、
live electronics 入り jazz / improv 的な演奏で
少々シリアスに日本の音頭を再解釈しようとしているのだろうな、と。
後半、Cicala-Mvta の 大熊 ワタル と コグレ ミワゾウ が参加して、
チンドン的な賑わいも加わると、だいぶお祭りっぽくなったけれども。
今回の来日に合わせ、Cicala-Mvta の2人等をゲストに迎えて新作を録音しているよう。 その新曲がメインのライブかと期待した所もあった。 しかし、多くは2年前のCDからの曲。また、ライブも1時間程度で終わってしまった。 この点はちょっと残念だった。
ちなみに、このライブは、『奇想の系譜 其の一』と題し、 京都の DJ shabushabu と大阪の dub band neco眠る からの3人 (guitar, bass, drums) によるユニット Amagyou (neco-shaburu) とのジョイントだった。 neco眠る の名前は、前から少々気になっていたのだが、ライブを観るのは初めて。 この編成では、dub というより post-rock っぽく感じられた。 演奏時間が長くなかったので、ちゃんとしたライヴであれば、 また違うスタイルも観られるのかもしれないが。
土曜以降の話は、また後ほど。
谷根千工房 (編著) 『ベスト・オブ・谷根千 —— 町のアーカイヴス』 読書メモの続き。
僕が『谷根千』という雑誌を知ったのは、大学に進学 (1986年) してから。 ちょうど、1986年に『東京人』という雑誌が創刊され、 その雑誌に影響を受けて街歩きをよくするようになった頃。 『東京人』の記事かそこに載っていた広告か何かで、知ったように思います。 そもそも、『東京人』という雑誌に興味を持ったのは、 高校時代に読んだ 赤瀬川 原平 『超芸術 トマソン』 (白夜書房, 1985) から。 その流れを組む路上観察学会が1986年に設立され、 その関係者の記事が多く載っていたのが、 『東京人』を読み出したきっかけでした。 『超芸術トマソン』というと無用の建築物構造物が有名ですが、 麻布谷町の再開発といった話題も扱っていましたし。 1984年創刊の『谷根千』、1985年の『超芸術トマソン』、1986年創刊の『東京人』というのは、 自分の中で強く関係付けられて記憶されています。 バブル景気最初期、都心部で始まった地上げ乱開発に対するカウンターというか。
しかし、『谷根千』を買うようになったのは、『東京人』を読み出してすぐではなく、 1988年に根津に通うようになってから。 根津の喫茶店や中華料理店に昼食や夕食に行くことはよくあったので、 そんなときに店先で新しい『谷根千』を見かけると買っていました。 で、時々、『谷根千』片手に、それをネタに散歩する、という。 『谷根千』はこじゃれたカフェやデザイン雑貨の店などを紹介するような雑誌ではありませんし、 当時あのエリアにそんな店があったという記憶もありません。 そんなものを目当てにした散歩ではありませんでした。 『谷根千』で取り上げられているへび道の駄菓子屋に寄って、 そこで買ったアイスキャンデーに「うーん、やっぱりいまいちだったかも」なんて思いつつ、 特に目的もなく小一時間ふらふらする、みたいなことをしていました。 友達と連れ立って遊びに行くような所ではなく、いつも一人でふらりと。 そして、1992年に大学院を出て就職したのをきっかけに、 この界隈から足が遠退き、『谷根千』も買わなくなりました。
谷中・根津・千駄木界隈が今のようなこじゃれた町に変わりだしたのは、 就職して根津に通わなくなった1992年以降。 1990年代後半、SCAI The Bathhouse など目当てに、たまにこの界隈へ行く度に、 こじゃれた店やスペースができているのに気付く、という感じでした。 今から思えば、谷中芸工展が始まり柏湯が SCAI The Bathhouse に変わった1993年が、 一つの転換点だったのかな、と。 巻末の地域雑誌『谷中・根津・千駄木』年表に載っている出来事の中で、 SCAI The House、谷中芸工展や 1998年に始まった art-Link 上野谷中 に関わる件といえば、 2004年の谷中芸工展にD坂シネマ初参加ということだけ。 そんな所に、『谷根千』と1990年代後半以降のアートな町づくりの間にある 世代というか出自の違いを感じるところもあったりするのでした。
『谷根千』は、今年夏、94号で休刊。休刊号くらい、久々に買ってもいいかなと思っていたり。 それにしても、自分が買っていたのは20号前後なので、 今から見ると比較的初期の頃の読者となるんだなあ、と。 というか、当時、まさかそんなに長く続くとは思っていませんでしたよ。
他にもいろいろ話は無いわけではないですが、あまり昔話を引きずるのもよくないかな、と。 というわけで、このくらいにしておきます。
火曜は、手術後の経過を診てもらうため病院へ。 しかし、非常に混雑していて、診察が予約時間から4時間も押すことに。 そんな待ち時間の間に、この本を読んでしまいました。
1984年創刊の季刊の地域雑誌 『谷中・根津・千駄木』 の 第1号から第80号までの記事から編纂されたアンソロジーの単行本。 『谷根千』こと『谷中・根津・千駄木』 といえば最も成功した地域雑誌/ミニコミ誌で、 ここでわざわざ紹介する程でもないとは思うのだけれど、 読んでいていろいろ懐かしかったりしたので、そんな話を徒然に。
このエリアで生まれ育ったわけではありませんが、 中学高校そして大学と学校がこの本が扱うエリアにあったこともあり、 当時 (1980-1991) はよくこの界隈をよく歩いていました。 最近は、年に数回しか行かなくなってしまいましたが……。 そんなわけで、当時の紙面のデティールが妙に懐かしかったり。 今は無き道灌山の中華料理店 昌華飯店 の広告が何カ所かに出て来たり。 この中華料理店は中学高校時代に本当によく使ってましたよ……(遠い目)。
中学高校時代 (1980-1985)、谷中界隈の散策、 特に、学校帰りに道灌山から諏訪道を上野公園まで歩く、なんてことをよくやってましたが、 当時の谷中の印象はむしろちょっと寂れた町というものでした。 朝倉彫塑館も当時は手入れにくたびれた私立美術館という印象。 高校の頃には原美術館や東京都庭園美術館へ行くようになっていたので、 この美術館もそんなふうになれば入るのに、なんて、思っていたものでした。 この本を読んで、 「二十数年前、私たちが引っ越して来た頃の谷中界隈は、活気がなかった。」 と 桐谷 逸夫 がこの本に寄せた文の冒頭に書いているのを見て、やっぱりそうだったよなあ、と。
なんて、書き出したら長くなったので、ここで一旦切ります。続きはまた明日以降。
10月1日から4日にかけてベルリン (Berlin, DE) で繰り広げられていた ナント (Nantes, FR) の巨大人形劇団 Royal de Luxe の公演 Les Géants Arrivent (Die Riesen Kommen, The Giants Arrive) ですが、雨に降られたりしたようですが、無事終わったようです。フランス国営の通信社 AFP が、 「延べ150万人以上が「鑑賞」、ベルリンの巨大操り人形劇」 (AFPBB News, 2009-10-05) と、スチルの写真を88枚も使って伝えています。テキストはほとんどありませんが、 写真を順に観るだけでおおよそのパフォーマンスの流れは判るように思います。 公式 twitter アカウント からポストされていた写真は暗いものが多く、 この時期でもうベルリンは暗く寒そうなんだなあ、と思って観ていたのですが、 AFPBB News の写真を見るとそうでも無い感じです。 あと、公式 twitter アカウントで紹介されていましたが、 ドイツの Picturereport.net に、 Die Riesen Kommen のコーナー が作られています、大判のスチルが50枚、あと、ムービーもあります。こちらもお勧め。 ムービーでのニュース報道としては、英語ですが、 “Giant puppets mark reunification” (BBC News, 2009-10-03) も。 ドイツ語のサイトを探せば、もっとスチルやムービーがあるとは思いますが、探しきれていません。 お勧めのサイトがあったら、是非教えて下さい。
twitter で振った小ネタを、他にいくつか、こちらで紹介。
英 The Guardian 紙に、 Sanjoy Roy: “Dance would die without the internet” (The Guardian, 2009-10-02) という記事が出ています。 ダンス・ビデオ (ダンスのパフォーマンスを捉えたビデオ作品) などが YouTube へ投稿されていることに対して ダンス・カンパニーが文句を言うのはいいんだけど、 作品を観た事がなかったりほとんど知らなかったりする人々にとって良い試聴機会になっている、 ということを指摘しています。 このような議論は音楽の分野でさんざん行われてきたことではありますが、 ついにダンスの分野にまで、と、感慨深いです。 ダンスの場合、公演で見られる人数も限られていますし、 公演を観た事もないカンパニーのDVDを買おうというのは熱心なファンに限られるでしょう。 自分の体験からしても、音楽や美術に比べてダンス鑑賞という趣味はかなりマイナーで、 話が通じないことがほとんど。 (自分の場合、コンテンポラリー物中心で、さらに話を難しくしていると思いますが……。) もう少し知ってもらいたいと、 先日、コンテンポラリー・ダンスの YouTube をまとめて 紹介したばかりだったので、 この The Guardian の記事には頷くばかりです。
映画 『僕らのミライへ逆回転』 (Michel Gondry: Be Kind Rewind. 2008) を去年観たときは、 商業主義を皮肉り地元密着型のDIY主義を謳う人情コメディで、ちょっと感傷的ノスタルジーかな とも思ったのですが [レビュー]、 どうやら Gondry は本気だったようです。 杉本 達應 さんのブログが、 「ミシェル・ゴンドリーの手作り映画バンザイ!」 (2009-10-03) で、Be Kind Rewind に関連して Gondry が出した本 You'll Like This Film Because You're In It: The Be Kind Rewind Protocol (Picture Box, Inc. 2008) を紹介しています。 ワークショップ活動の話など、一読をお勧めします。 特に、本の最後に Gondry が書いていると引用紹介している文章が熱いです。 ところで、1980年代に post-punk のインデペンデント・レーベルの活動を通して このようなDIY主義を知った者としては、 イギリスやヨーロッパの方がアーティで、 American hardcore などアメリカの方がDIY主義が根強い、という印象がありました。 そんなこともあって、アメリカの映画監督ではなく、 フランス出身の映画監督がアメリカでこういうことをやっているというのが、 ちょっと面白いなあと思ったりしました。
一ヶ月程開いてしまった週末のCDレビュー。
ネタは無いわけではないのですが、イベント関連の話題は鮮度が高いうちにしたいので、
CDレビューはつい後回しになりがちです。
Brenna MacCrimmon は Baba Zula へのゲスト参加や Muammer Ketencoğlu らとのプロジェクト Ayde Mori など イスタンプールのシーンでの活動で知られる、 カナダ・トロント (Toronto, Ontario, CA) 出身の女性歌手だ。 彼女の新作は Kalan からのリリースだが、 トルコではなく北米各地でその地のミュージシャンと録音・制作している。 リズミカルな曲やエフェクトを駆使した曲はほとんど無く、アコースティックで緩い曲が中心。 確かに、最初に聴いた時はつかみ所が無かった。 しかし、folk 的にも感じるゆらめくような歌い口が、聴いているうちにハマった。 “Getme Gel” や “Sabah Sabah Seyredelim Yalıyı” など。 bass も少々 psyche で緩い Baba Zula のような “Dolama Dolamayı” や 英語の歌詞による folky な自作曲 “Mussels In The Bay” も良い。
このCDの興味深い点は、北米を拠点に バルカン、ギリシャ、トルコやアルメニアなどの音楽を演っているミュージシャンたちと 共演していることだ。そういう所から北米のシーンが浮かび上がってくるような興味深さがある。 アメリカ西海岸ベベイエリア (Bay Area) の The Toids、 Ziyiá、 Édessa といったグループのミュージシャン、 ニューヨーク (New York) はイーストヴィレッジ (East Village) の Souren Baronian's Taksim やプルックリン (Brooklyn) を拠点に活動する Matt Moran、Greg Squared、Rueben Radding、Patrick Farrell、Rima Fand、Jodi Hewat など。ちなみに、ブルックリンの彼らは、 Slavic Soul Party、 Ansambl Mastika、 Zagnut Orkestar、 Luminescent Orchestrii といったグループで活動している。 ちなみに、folky な自作曲 “Mussels In The Bay” では、 彼女の地元トロントのミュージシャンを使っている。
ところで、Brenna MacCrimmon の参加していたプロジェクト Ayde Mori のメンバーの一人 Sumru Ağiryürüyen も Issız (Kalan, 463, 2009, CD) をリリースしている。 こちらはトルコ語の歌詞と時折の楽器の音色にトルコっぽさを感じる所もあるが、 ウィスパーな歌い方も気怠く憂い folk rock という感じの内容。これは、かなり意外だった。
Kardeş Türküler の女性歌手 Fehmiye Çelik や bass 奏者 Ayhan Akkaya らによる バルカン (Balkan) の音楽のプロジェクトだ。 Esma Redzepova や Boban Markovic の曲も演奏している。 Kardeş Türküler 同様 Boğaziçi Gösteri Sanatları Topluluğu (BGST) 内のプロジェクト という位置付けだ。 guitar や bass、drums の使い方に、rock 的な要素を強く感じるが、 例えば post-rock 的な同時代的な実験性を感じるものではない。 そうでなければ、もう少し下世話で雑食的なノリがあっても良いのではないかと思う所もある。 それでも、“Çiçekçi” や “Ajde Jano / Karanfil Beyaz” の ような曲は充分楽しめた。
Kalan 関連のミュージシャンの話を、併せて、もう一つ。
Kalan から3作リリースしている女優兼女性歌手 Şevval Sam が
国営宝くじ協会が開催した抽選会でクルド語の歌を歌い、
出席していた来賓の副知事や郡長が退席するという騒動があったという
[Radikal 紙記事の翻訳]。
明確に反体制ではなく体制に利用される部分を許容しつつ、
少数民族の言葉の歌を歌うことの政治性に意識的で、絶妙なバランスの上で活動しているという点で、
Kardeş Türküler と同じく、いかにも Kalan のミュージシャンらしいエピソードだ。
Şevval Sam の1作目 Sek (Kalan, 389, 2006, CD) は halk 風。
2作目 Istanbul's Secret (Kalan, 417, 2007, CD) は
Ninja Tune レーベルの Up, Bustle & Out! と組んで dubwize に。
3作目 Karadeniz (Kalan, 454, 2008, CD) は
黒海地方の folklore 風。
作品毎に音楽性が違う所も女優らしい。
Radikal紙の記事によると「クルド語でも歌いますし、アルメニア語でも歌います」と言ったとのこと。
いままでのリリースにはそのような歌は含まれていないが、そういう歌もレパートリーに含まれているのだろう。
是非そのような歌を集めた新作をリリースして欲しい。