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Review: 五所 平之助 (dir.) 『マダムと女房』 (映画); 島津 保次郎 (dir.) 『愛よ人類と共にあれ』 (映画); 野村 浩将 (dir.) 『令嬢と與太者』 (映画); 小津 安二郎 (dir.) 『非常線の女』 (映画); 牛原 虚彦 (dir.) 『進軍』 (映画); 内田 吐夢 (dir.) 『警察官』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2013/05/02,15

昨年に続いて今年のゴールデンウィークも、 神保町シアターで『巨匠たちのサイレント映画III』 という日本のサイレント映画の特集上映が開催されていました。 一部トーキーも含まれていますが、サイレント映画は全てピアノ生演奏付きで、一部は活動弁士付き。 今回は6本見ることができました。

『マダムと女房』
1931 / 松竹蒲田 / 57min / 白黒 / スタンダード.
監督: 五所 平之助.
渡辺 篤 (劇作家 芝野 新作), 田中 絹代 (その女房), 伊達 里子 (隣のマダム), 井上 雪子 (隣の少女), etc.

日本初の国産トーキーで当時のジャズ演奏が大きくフィーチャーされているという所を最も期待していたのだけれども、他の音楽や音の使いも絶妙。 脚本は少々単純で粗いけれど、渡辺 篤 演じる主人公のちょっととぼけたキャラクターも生きた、楽しい映画だった。 郊外新興住宅地の木造民家に転居してきた 劇作家 が、女房に原稿を書けとせっつかれつつ、 隣の文化住宅から聴こえるジャズの生演奏が五月蝿いと抗議しに行ったつもりが、 家のマダムや楽団に丸め込まれてすっかり楽しんでしまうという。 それを見た女房は嫉妬するけど、戻った主人公の筆は急に進むようになり、結局、夫婦仲良くハッピーエンド、という喜劇。

タイトルからも伺えるように、洋風でモダンなものと伝統的なものの対比がテーマになっていて、 使われている音楽にもそれが伺える。 主人公が丸め込まれてジャズを楽しんでいる様子を観て、女房が寂しそうに歌う歌も民謡風。 オープニングにはチンドンが使われている。 エンディングの音構成が凝っていて、農村のエンヤコラ、空を飛ぶ飛行機の音、 そして、映画の数年前のヒット曲「私の青空」の演奏が遠方の文化住宅から聴こえてきて、 主人公夫婦もそれに合わせて歌い出す、という。 モダンやものや伝統的なものを織り交ぜ遠近も使い立体的に音を捉えていくのも面白い。

女房は頭を大きく結った和装、隣のマダムや少女はモダンな洋装で、 嫉妬した女房が「洋服を買ってください」とねだる場面も印象的。 結婚する前はハイカラな女学生だったのだろうと思わせる写真もあり、 エンディングで洋装にまではいかないもののモダンな髪型と着物になるといった、 ファッションの変化の描き方も絶妙。

最初期のトーキーで録音は良いとは言い難かったが、 サイレント映画的な映像表現が多かったせいか、気にならなかった。 モダンなものと伝統的なものが入り交じる社会での、 モダンなものへの憧れを感じた映画だった。

『愛よ人類と共にあれ』
1931 / 松竹蒲田 / 3h1min / 白黒 / スタンダード.
監督: 島津 保次郎.
上山 草人 (山口 鋼吉), 鈴木 傅明 (鋼吉の次男・雄), 田中 絹代 (雄の情婦・真弓), 岡田 時彦 (鋼吉の長男・修), etc.

実業家 山口 鋼吉 とその家族をめぐる約3時間の群像劇。 今回の上映は前半後半それぞれ1時間半の約3時間での上映だったが、 オリジナルは前後半合わせて4時間以上だったようで (東京国立近代美術館フィルムセンターに現存するもので241分)、 1時間程省いての上映だった模様。 最後の取って付けたような米国編に違和感を覚えたのも確かだが、 4時間での上映であれば、ちゃんと話が繋がっているように感じたのかもしれない。

上山 草人 演じる家族を顧みずに金 (事業) と女 (妾) に没頭する 鋼吉 が、 二人の娘婿に裏切られて没落し、学者肌の長男にも突き放され、 家族を顧みない父を嫌って家を飛び出した 鈴木 傳明 演じる次男 雄 に救われて、 次男夫婦とアメリカで新生活を始める、という『リア王』を連想させるような物語。 上山のアクの強い顔立ちが没落し周囲に手を返されていく様の演技にはまっていたし、 鋼吉 の下から去る周囲の人々のキャラクタも立っており、 貧しいながら誠実な次男をうまく引き立てていた。 田中 絹代 にはダンスホールのクイーンで 雄 の情婦=妻 真弓 のようなモガっぽい役柄は あまり似合わないけれども、そのギャップが良いのかもしれない。

このように松竹蒲田のお馴染みの俳優陣の演技も楽しんだが、もちろん、映像表現も見応えがあり、 特に 鋼吉 の没落の原因になった樺太の山火事の映像は大迫力。 ロケとスタジオセットを交えていたように見えたが、それでもどうやって撮ったのだろうと。 オープニングの新即物主義的な街並の映像を回転させる表現にも、ぐっと引き込まれるものがあった。 ダイナミックな表現だけでなく、登場人物の心理の表現も丁寧。 鋼吉 が自殺しようとする所を 雄 が救い父子和解する場面など、思わず涙してしまった程。

俳優から映像の技法まで楽しめた3時間だった。 この時期の日本のサイレント映画は既に、3時間観させる描写と構成の力を獲得していたのだなあ、と、感慨。

『令嬢と與太者』
1931 / 松竹蒲田 / 1h35min / 白黒 / スタンダード.
監督: 野村 浩将.
磯野 秋雄 (梶川 十介), 阿部 正三郎 (古石 剛吉), 三井 秀男 [弘次] (行田 忠平), 結城 一朗 (松山 弘), 若水 照子 (松山の妹 とみ子), 井上 雪子 (令嬢 富美子), etc.

与太者三人組を主人公とするシリーズ映画の第一作。 不良少年の更生施設も持て余した与太者たちを優しく遇する松山先生を好意的に描きはすれ、 先生や令嬢と与太者達の階級差の問題に切り込むわけではなく、 モダンな風俗やモダニズムな技法が堪能できるわけでもない。 しかし、ほんわかした人情喜劇を楽んむことができた。

与太者たちが助けるエキゾチックな顔立ちの令嬢役 井上 雪子 も良いが、 松山先生の妹役 若水 照子 の与太者達を見守る優しい笑顔にやられてしまった。

『非常線の女』
1933 / 松竹蒲田 / 1h40min / 白黒 / スタンダード.
監督: 小津 安二郎.
田中 絹代 (時子), 岡 譲二 (襄二), 水久保 澄子 (和子), 三井 秀夫 [弘次] (和子の弟), 逢初 夢子 (みさ子), etc.

小津版ノワール映画とも言われる映画で、都会のナイトライフなどモダンな風俗が堪能できる。 しかし、それにしてもウェットな人情物になってしまうのは、 単に 田中 絹代 演じる「ズベ公」な女性が良妻になろうとするというストーリーだけでなく、 田中 の洋装のあまり似合わない顔立ちのせいもあるだろう。 そういう所が、ズベ公になり切れない女性役にはまっている。

2003年の生誕百周年のときに家のTVで観た時はそうでなかったのに、 感情移入して観られたのも、映画館で生演奏付きで観てるから。 エンディングでは、思わず涙してしまいました。

『進軍』
1930 / 松竹蒲田 / 1h58min / 白黒 / スタンダード.
監督: 牛原 虚彦.
鈴木 傳明 (篠原 孝一), 田中 絹代 (山本 敏子), 藤野 秀夫 (孝一の父 庄作), 鈴木 歌子 (孝一の母 おとき), 武田 春郎 (敏子の父), 高田 稔 (敏子の兄 史郎), 押本 映治 (大和田飛行士), etc.

日本陸軍の全面協力で撮影されたことで知られる映画。 鈴木 傳明 演じる貧しい小作の倅と 田中 絹代 演じる金持ちの令嬢の間の階級差のためにすれ違う恋心を描いた前半から、 後半は本格的な戦争映画に。 戦場シーンの迫力は期待以上だった。この時期にこんな撮影ができたのか、と。

戦争の描き方は、国の命運を賭けたようなものではなく、 敵国も敵兵もろくに描くことなく、 むしろ、階級を超えた恋をドラマチックにする仕掛けだ。 積極的に志願するわけではなく、徴兵される不安も子を軍隊へ送り出す親の悲しみも率直に描いていた。 満州事変 (1931) 直前の作品だが、まだそこまで戦時色は強くなかったのだろうか。 むしろ、「希望は戦争」というか、階級差を克服する機会としての軍隊、戦争というプロットであり、 それが当時の社会の雰囲気だったのかもしれないない、と。

それにしても、鈴木 傳明 の体格良く端正な顔立ちは、貧しい小作の倅という設定に合わない。 しかし、傳明 のような見た目も好青年が主人公のおかげで、 階級差のある恋というテーマが重くなり過ぎなかったのかな、と。 ヒロインの令嬢を演じた 田中 絹代 は洋装より和装、まだ若いだけに振袖が似合っていた。 相手の貧しさを気にしない啓かれた所はあれど、自分の意志で将来を決めようという程でもなく、 結局成り行き任せという微妙な役柄に、ちょうど良いのかもしれない。

しかし、『愛よ人類と共にあれ』を先日みたばかりで、 田中 絹代 と 鈴木 傳明 との組み合わせに、そちらの映画を思い出させられることしきり。

『警察官』
1933 / 新興キネマ / 1h30min / 白黒 / スタンダード.
監督: 内田 吐夢.
小杉 勇 (伊丹 喬助 巡査), 中野 英治 (富岡 哲夫), 松本 泰輔 (宮部 巡査), 森 静子 (宮部の娘 鶴子), 桂 珠子 (ダンスホールの恵美子), etc.

内務省の協力を得て警察署も使ってロケ撮影された犯罪サスペンス映画。 噂にはは聞いていたけど、観たのは初めて。 因縁含みとなる事件の発生、伏線となる引っかかりもある出会い、 執念深く続ける辛く地味な張込み、確かな証拠を掴むと同時に犯人側にもそれが発覚し、 大掛かりな捕物騒ぎとなって、しかし、最後には静かに主犯逮捕、と、 TVの刑事物シリーズドラマでお馴染みの展開で、 サイレント映画時代からパターンだったのだなあ、と。 それにしても、最後の捕物アクション・シーンは 白黒ならではのコントラスト強い画面もあって、見応えあった。

捕まる側が、生い立ちの不幸から犯罪者になったような同情を寄せられるようなタイプではなく、 「赤化」したブルジョワ青年とその仲間の共産党員たちという設定が、 共産党への弾圧が強まり赤色ギャング事件などが発生した翌年に撮影されたというところ思い出させられた。 捕物シーンでにカットインする警察の使命をうたい上げる字幕などはいかにも警察PRだと思ったが、 こういう犯人の造形 (原作の採用) にも内務省の意向もあるのかもしれない。