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Review: Stuart Baker (dir.): Mirror to the Soul: A Documentary film about British Pathé in the Caribbean 1920-1970 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2013/07/16

Mirror To The Soul: Music, Culture and Identity in the Caribbean 1920-1972 (Soul Jazz, SJR CDDVD263, 2013, 2CD+DVD[0/PAL]) という、カリブの音楽と文化に焦点を当てたDVD+CDボックスセットがリリースされたのですが、 このDVDに収録された映画が面白かったので、紹介。

Mirror to the Soul: A Documentary film about British Pathé in the Caribbean 1920-1972
2012 / Soul Jazz Films / 1h52min / B&W/colour.
Director: Stuart Baker.

British Pathé が1920年から1972年にかけて制作したニュース映画を約2時間にまとめたドキュメンタリー映画です。 新たに撮影した映像は含めず、選んだニュース映画を淡々と繋いでいます。 収録されているのは、植民地時代から独立直後の(旧)英領カリブ諸国を中心に、 仏領や蘭領のカリブの地域、カリブ海に面した中南米ラテンアメリカ諸国に関するもの。 イギリスのカリブ系移民に関するニュースも含まれています。 キューバ革命など政治的なニュースもありますが、かの地の風土、文化を紹介するものが中心です。

撮影された国・地域は以下の通り: アルバ [Aruba], バハマ [The Bahamas], バルバドス [Barbados], バミューダ [Bermuda], 英領ギアナ [British Guiana] (ガイアナ [Guyana]), 英領ホンジュラス [British Honduras] (ベリーズ [Belize]), コロンビア [Colombia]), キューバ [Cuba], グランドケイマン島 [Grand Cayman], グアドループ [Guadeloupe], ハイチ [Haïti], ジャマイカ [Jamaica], プエルトリコ [Puerto Rico], トリニダード [Trinidad], イギリス [United Kingdom], アメリカ [United States of America], ベネズエラ [Venezuela], バージン諸島 [Virgin Islands].

収録された映像のうち最初期のものは白黒サイレント。 素朴な記録映像ばかりですが、それらの中では、 1928年のフランス、カリブの島へ向かう監獄船に乗ろうとする418人の受刑者たちの映像が目を捉えます。

トーキーになるのは1933年から。第二次世界大戦前の初期トーキーの中での一番の見所は、 “Don Azpiazu and his Cuban Ensemble filmed at Leicester Square Theatre, London” (1933)。 ロンドンでの撮影ですが、戦前とは思えないようなアップテンポな演奏はもちろん、音の良さにも驚き。 グアドループで撮影された “Riding down the River” (1933) は、 自然のウォータースライダーというか、滝滑りを楽しむ観光客たちを撮っただけの映像。 しかし、1933年といえば、まだ小津がサイレント映画を撮っており、 松竹が撮影所を蒲田から大船へ移転さて本格的にトーキーに取り組もう、という年です。 そんな頃に、こんな所までトーキー撮影機材を持ち込んで撮影していたのか、と。

戦後1950年代頃までのものは、観光的な紹介がメインのカリブで撮影された映像よりも、 ロンドンで撮影されたものに興味深いものが多くあります。 特に、この映画の中で一番の見所とも言えるものが、 “The Empire Windrush arrives at Tilbury Docks” (1948) [“Pathe Reporter Meets 1948” の後半]。 The Empire Windrush は、カリブからイギリスへ移民を運んできた第一号の船で、 Danny Boyle が芸術監督をした London Olympic 2012 opening ceremony でも大きく取り上げられていました。 その船がロンドンのティルベリー港へ到着したことを伝えるニュース映像です。 この船には Lord Kitchener が移民の一人として乗っており、インタビュワーに促されて calypso の名曲 “London Is The Place For Me” を無伴奏で歌うという場面まであります。これはすごい。 もちろん、その後のイギリスにおけるカリブ系移民を取り巻く状況を伝えるニュース映画も “Our Jamaican Problem” (1955)、“'Shameful Eposode' Notting Hill Gate” (1958)、“White Defence League” (1959) と収録されています。

音楽や劇場舞踊に関する映像ももちろん収録されています。 劇場舞踊であるいわゆる “negro ballet/dance” の舞台の様子は、 ロンドンで撮影されたものですが、 “Jamaican ballet group Ballet Negre” (1946) と “Katherine Dunham Dance Campany” (1952) の2本。 Katherine Dunham はアフリカ系アメリカ人ですが、 収録されたのはカリブを題材とした作品を上演したということででしょうか。 “negro ballet/dance” を動画で観たのは初めてのように思いますが、 予想以上に ballet の影響が感じられ、ballet の身のこなしで Voodoo dance を踊っているかのよう。 そんな所にも興味を引かれました。 音楽関係もいくつかありましたが、特に “Calypso at the Caribbean Club” (1947) が 戦後早い時期の calypso の様子を伝えていています。

キューバの革命に関連するニュース映画も、革命前の Batista 政権に関するものから、 革命、ピッグス湾事件 (Bay of Pigs Invasion)、キューバ危機などを伝えるまで収録しています。 そんな中では、“Castro on the ball” (1959) が、Castro の野球好きな様子を伝えています。 革命直後の野球のチャリティゲームで、始球式で暴投気味のピッチングを見せたり。 バットを振るシーンもあるのですが、打席に立つ前に映像が終ってしまうのが残念。 また、キューバ革命の3年後、ジャマイカ独立に涌く首都キングストンの様子を伝える “Kingston, Jamaican Independence” (1962) も収録されています。 こちらは独立式典にイギリスの Margaret 王女も出席して、キューバ革命とは対称的な雰囲気です。

ここまで挙げたニュース映画は全て白黒ですが、1957年以降、カラーも交じるようになります。 ロンドンで撮られた “Granville Arcade Caribbean market, Brixton” (1961) は、 カリブ系移民を取り巻く暗いニュースを伝える1950年代の白黒ニュース映画とは対称的。 「カリビアンスタイルの市場へ行こう!」というノリで、 カラフルな映像も明るい感じでカリブ系移民の集まるブリクストンの露天市を紹介しています。

カリブで撮られたカラーのニュース映画の中では、 英連邦王国として独立後のトリニダード・トバゴの首都 Port of Spain を1966年に訪問する女王 Elizabeth II世 の様子を伝えるものが印象的。 ジャマイカ独立式典で Margaret 王女が被っていたのとほぼ同様の花の帽子を Elizabeth II世 も被っているのですが、 このスタイルの帽子には何か意味があるのでしょうか。 また、スラムの様子を捉えた “Shanty town, Beetham, Port of Spain” (1970) や、 それとは対称的にモダンな街の様子を紹介する “Port of Spain” (1972) も印象的。 この2本は、街の音は無く、年代的にも様式的にも映像と合致しない音楽が付けられているのが残念。 少々異色なものとしては、“London in Caracas” (1969)。 ベネズエラの首都カラカスにまで Swinging London の影響が見られる様子を、店やファッションを通して伝えています。 その映像のコミカルな演出も1960sぽくて可笑しいです。

自分は特にカリブ近現代史に通じているわけではありませんが、 それでも上に挙げたような見所があり、大変に楽しめたドキュメンタリー映画でした。 収録されている映像のほとんどが1960年代、カウンターカルチャー/ポストモダンな文化が席巻する以前。 ソフト帽にスーツ、コートという人々の服装のセンス、映る街並に見られるデザインのセンスも、戦間期〜ミッドセンチュリーなモダンな感じ。 全体としても、良くも悪くも100〜50年前のモダンな雰囲気 (植民地主義的な視線を含め) が堪能できる映画でした。

この2時間にまとめられた映画を収録したDVDは、他に関連のボーナス映像を約1時間分収録しています。 また、このDVDを含む box set は、ブックレットとCD2枚を収録しています。 CDケース大のブックレットは、カラー76ページを使ってDVDに収録された映像を解説しています。 CDの1枚目は Caribbean Jump-Up, Mambo & Calypso Beat 1954-1977 と題され、 DVDに収録された映像の年代の後半にあたる時代のカリブの音楽のコンピレーションとなっていて、 もう一枚は Afro-Caribbean Music Up From The Roots 1994-2013 と題され、 ここ20年の間に録音され Soul Jazz Records からリリースした音楽のサンプラーとなっています。 関連するミュージシャンの未リリース音源も含まれています。 映像に直接関係する音源ではありませんし、特に2枚目は映像の雰囲気に合致しているとも言い難いですが、 Soul Jazz らしいDJ的センスを感じる選曲で、カリブの雰囲気を楽しむのには良いかもしれません。 しかし、やはりこのボックスセットの主役はDVDとそれを解説したブックレットで、CD 2枚は雰囲気作りの付録かと思います。