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Review: 米田 知子 『暗なきところで逢えれば』 (Yoneda Tomoko: We shall meet in the place where there is no darkness) @ 東京都写真美術館 2階展示室 (写真展)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2012/09/09
『暗なきところで逢えれば』 [We shall meet in the place where there is no darkness]
東京都写真美術館 2階展示室
2013/07/20-09/23 (月休; 月祝開, 翌火休), 10:00-18:00 (木金-21:00)

米田 は1990年代から活動する、記憶をテーマにしたコンセプチャルな写真を作風とする作家。 その活動を総括するような回顧展だ。 歴史的な事件と関係する場所を周到にリサーチし、 そうと意識させない静的な風景写真として撮影する作品を多く制作している。

物語的な要素を画面から排した一見抽象画的な風景写真ながら、 そこまで徹底しているように感じられないのは、何を撮るかという縛りがあるからかもしれない。 台湾に残る日本家屋の室内を撮った Japanese House シリーズ (2010) や、 日本統治時代は官立病院で独立後は韓国国軍機務司令部 (Kimusa) として使われた建物の室内を撮った Kimusa シリーズ (2009) などは、 壁や窓を正対して方形のパターンとテクスチャとして捉えた画面ながら、 人が使った痕跡から微かに感傷が湧き上がり、その痕跡への関心を誘われるよう。

そういう作品は良いと思う一方、古いカメラで暗い不鮮明な写真として撮った 『パラレル・ライフ: ゾルゲを中心とする国際諜報団密会場所』 [The parallel Lives of Others: Encountering with Sorge Spy Ring] シリーズ (2008) や、 少し傾いた画面等も使い顔がはっきり判る大きさで人を映し込むように3.11以降を撮った 『積雲』 [Cumulus] シリーズ (2013) となると、 画面作りの作為が強すぎる。

Japanese House のような作品と 『積雲』のような作品をまとめて観てみることで、 主題と形式の微妙なバランスの難しさも感じた展覧会だった。