太平洋島嶼地域メラネシアのフランス海外領土ニューカレドニア (Nouvelle-Calédonie / New Caledonia) の コンテンポラリー・ダンスの初来日公演。 芸術監督・振付の Sthan Kabar-Louët はニューカレドニアの首都ヌメア (Nouméa) 出身だが、 1990年代半ばから11年間渡欧し、Béjart Ballet Lausanne で7年間ダンサーとして活動という。 2005年にはニューカレドニアに戻り、Karbal Nouméa Ballet を創設し、 Béjart Ballet Lausanne に作品 Aliziam O'Est (2010) を提供する等の活動を続けていた。 そんな彼が2012年に設立したのが、Compagnie de Danse Contemporaine de Nouvelle-Calédonie という。 この程度の予備知識しか無かったのだが、 あまり馴染みの無い地域のカンパニーということで、どんな舞台になるのか観に行ってみた。
Kabar-Louët の経歴から予想されるとおり、 コンセプチャルというより美しい動きを見せるような演出といい、ダンサーの動きといい、 いかにもコンテンポラリー・バレエという舞台だった。 音楽もある程度現代的とはいえ classical なものを多く使い、 メラネシア的な要素を取り込み方は少々異国趣味的。こういう所も Béjard 風か。 そのような動きや演出の好き嫌いは別にして、 ダンサーの動きはちゃんと鍛えられたもので悪くなかったのだが、 それ以前の問題として、音響や映像・照明が悪く、舞台に集中できなかった。
音楽はオーケストラ演奏の録音を使っていたのだが、 録音が悪いのか、設備が貧弱なのか、オペレーションが悪いのか、音が割れ気味。 ストリングスやピアノ、そして、効果音の風切り音など、耳障りな音になっていた。 ポップやロックのエレクトリックな音ならまだしも、 オーケストラの録音をこういう音質で使うと、とても安っぽく感じられてしまう。
また、背景に大きくダンスのスチル映像をほとんど常にプロジェクタで上映し続けていた事も、 必然性をほとんど感じないだけならまだしも、逆に舞台の雰囲気を台無しにしていた。 照明自体もめりはりなくかなりベタに舞台全体を照らすようなものだったのだが、 常にプロジェクタの光が舞台を照らしているため、舞台全体ばぼんやり明るくなってしまっていた。 さらに、暗転時もブロジェクタを黒画面にするだけでなので、 液晶プロジェクタの薄明かりが舞台がうっすら浮き上がらせてしまう。 事前に予習として観た YouTube の 作品紹介映像 によると、 光と闇のコントラストも強く、かなりスタイリッシュな舞台だったはずなのだが。 タイトルからして新月の闇夜を描いた作品だろうに、これではまるで満月の明るい夜ではないか、と。
パフォーミング・アーツの表現は場の制約が大きく照明や音響に完璧は難しいだけに、 完璧でなくても想像力で補って観ているつもりだが、今回は補えるレベルでは無かった。 ちゃんとした音響・照明設備と技術スタッフを備えたコンテンポラリー・ダンスの公演に慣れた劇場であれば、 それなりに観られたものになったのではないだろうか。 それだけに、なんとも残念な舞台だった。 そして、舞台芸術における音響や照明の重要性をつくづく痛感した舞台でもあった。
ところで、上演中の話ではないが、客入れの時に The xx: “Crystalised” がループでBGMとしてかかっていた。 コンテンポラリー・ダンスの公演で客入れBGMなんて珍しいが、 この歌と作品に何か関係あるのだろうか、と聴いていたが、結局関係無さそうで、釈然とせず。 客入れBGMにしても、ブロジェクタ映像にしても、 コンテンポラリー・ダンスに馴染みのない観客を飽きさせないための工夫としてやったことなのかもしれない。 しかし、コンテンポラリーなパフォーミング・アーツでは余分なものを削ぎ落とした表現を多用するので、 判り易いように飽きさせないようにと下手に手を入れると、 削ぎ落とすことで得た演出効果を台無しにしてしまいがちなのかもしれない。