フランス Studio Canal による Jacques Tati の映画の 修復デジタル化を承けて、 4月12日から5月9日にかけてシアターイメージフォーラムで 『ジャック・タチ映画祭』が開催されました。 日本初公開の短編を含む現存する Jacques Tati 全作品、及び、娘の Sophie Tatischeff の映画をまとめて上映するということで、 見直す良い機会にと、週末休日を使って通って全上映作品を観ました。 その簡単な鑑賞メモを、観た順ではなく、公開時期順で。 特に言及が無い限り、以前にも観た事がある作品です。
Tati の演じる悪役など到底こなせない気弱そうな俳優が、 勝気な妻の見つけた新聞広告に応じて強力な格闘家との試合に出ることになり、 ぼこぼこにやられそうな所が、彼を映画出演に連れ出したい友人の助太刀もあって、勝ってしまう、という短編。 Tatiらしいとぼけたキャラクターは楽しめましたが、まだ習作という感もあります。
パリの浮浪者2人組がパリを離れる資金繰りに、中古車を騙し取って、 それを使って客を騙し集めてドライブ・ツアーをするが、 様々なハプニングでドタバタ騒ぎになるという話。 今回の上映で初めて観ました。 昼飯にすべく鶏を追い回す場面など面白い場面もありますが、語はかなり酷いものでした。
Tati 演じる農家の息子が、村で練習してるボクシング選手を見ているうちに、 練習に巻き込まれ、ぼこぼこにされそうになるも、郵便配達夫なども巻き込み乱闘になるというドタバタのコメディ。 入門書を読みながらのボクシングなど、トボけたキャラクターが生きている場面が良いです。 『乱暴者を求む』 On demande une brute と似た話で、とぼけた格闘技ネタはこの頃の Tati の十八番の一つだったのでしょう。
アクロバティックかつコミカルな自転車運転で配達して回る Tati 演じる郵便配達夫を捉えた 短編アクション・コメディ。 ストーリーも弱い一方、後に初長編 Jour de fête 『のんき大将 脱線の巻』で使われる場面が多いので、 それに向けての習作といったところでしょうか。
Jacques Tati の初長編映画。まだ、M. Hulot というキャラクターは登場せず、 François と呼ばれる、間の抜けた、しかし、妙に運動能力の高い郵便配達夫を演じています。 フランスの田舎の村祭りとその前後に (原題は「祭りの日」)、 François とその周囲が引き起こすドタバタを描いたコメディ。 Tati はセリフを喋りますし、笑いもアクション中心。 後の Tati のスタイルはまだまだ確立されていませんでしょうか。
M. Hulot というキャラクターを主役とした長編の一作目。 海辺の避暑地 (Bretagne 半島の大西洋側の付け根の街 Saint-Nazaire の近郊) でヴァカンスを過ごす人々と、 その中で不器用な M. Hulot の引き起こすドタバタを描いたコメディ。 周囲から浮いた存在である Hulot の孤独感が笑いの良いスパイスになっていますし、 そんな中、子供と老人には愛される (そして、ヒロインと良い時間が一度だけ過ごせる) という救いもあるという、バランスも良い作品です。
以前観たものに比べ格段に画面が綺麗になって、特に夜景はこんなに綺麗に撮られていたのか、と。 しかし、逆にビンテージ的な趣は薄れてしまったかな、とも感じてしまいました。
寡黙で不器用なキャラクター M. Hulot を主人公とした長編第2作。 超モダンな家に住む化学会社の社長 Arpel 一家が、 夫人の弟で下町の古いアパートに住む定職無く独身の M. Hulot に仕事や結婚相手を紹介しようとして 引き起こされるドタバタを描いたコメディ。 カラフルでモダンな意匠をふんだんに使った画面は Les Vacances de monsieur Hulot 『ぼくの伯父さんの休暇』から 5年という短期間で大きく変わったのだなあ、と感慨深くもありました。 もっと激しいドタバタの場面が多かった印象があったですが、 今回見直すとそうでもなく落ち着いていて、むしろ近代化によって失われるものへの感傷を強く感じました。
Tati の持ちネタであるスポーツなどの形態模写や、壁にぶつかったり段差に躓くネタを、授業という形で見せる短編。 授業をするのがモダンなオフィスで、 エンディングで書き割りのオフィスビルが移動して現れるボロ家に帰っていく所にも、Tati らしさを感じます。 しかし、この講義の内容から、この頃には 『ぼくの伯父さんの休暇』 Les Vacances de monsieur Hulot や 『ぼくの伯父さん』 Mon Oncle に見られる不器用な人物が引き起こすドタバタの面白さとそれ故の疎外感の哀愁から、 人の仕種の純粋な面白さへと、興味の重心が移っていたことを伺わせます。
アメリカから女性ばかりの団体旅行でパリを訪れた若い女性の一泊のパリ滞在の間の出来事と、 非常にモダンなオフィスを訪問した M. Hulot の不条理な一日、 そして、その2人が交錯する新装開店のナイトクラブでの大騒ぎ、を描いたコメディ。 M. Hulot をはじめ登場人物の内面描写も希薄で、 抽象的でモダンな空間で人の動きの面白さを描くような所は、 まるでコンテンポラリーなダンスやフィジカル・シアターの作品を観るよう。 視覚的な駄洒落とでもいうような街にある幾何的パターンの面白さや意外な類似点を対比させた映像も 楽しい映画です。 以前に観たときよりも、この抽象性、形式性が面白く感じられました。
ナイトクラブの場面に、客が帰って半ば壊れたがらんとした店内、といった描写があったような気がしたのですが、 今回見直したら、そんな場面はありませんでした。 Tati の映画によく見られる祭の後の寂寥感からの類推で、そんな場面を勝手に自分の中で作り出してしまったのでしょうか。
自動車会社 Altra 社が国際モーターショーにキャンピングカーを出展するためのパリからアムステルダムへの搬入のドタバタを描いたコメディ。 M. Hulo を主役としたシリーズ長編の4作目で、Altra 社の技師役。 不器用なトラブルメーカー的な存在で、 Hulot は遅れの責任を取らされる等、不器用ゆえの疎外感も 『プレイタイム』 Play Time よりは復活しています。 到着したときにはモーターショーは終って祭の後の寂しさという描写も、Tati らしいです。
といっても、やはり『プレイタイム』的な視覚的な駄洒落に、 高速道路やその交通、巨大駐車場、大規模展示場などが作り出す 空間的色彩的なリズムを、音響的なリズムと併せて映像化している所が魅力的で、 大画面で音響も良い映画館で観たい映画。 今回見直して『プレイタイム』が思っていた以上に良かったのですが、 やはり、『トラフィック』が Jacques Tati の映画の中で最も好きでしょうか。
スウェーデン公共放送局 SR (Sveriges Radio) TV2 との共同制作で、 ストックホルムの Cirkus での Monsieur Loyal こと Jacques Tati の主演するサーカスショーをドキュメンタリー風に捉えた映画。 Tati の舞台芸人としての持ちネタ「スポーツの印象」の上演する様子や、 1970年代の流行を取り入れた “Nouveau Cirque” 以前のサーカスの雰囲気を垣間見ることができます。 が、1980年代以降のコンテンポラリーなサーカスと比べると、素朴さは否めません。
残念なことに、自分の観た回は、機材トラブルで残り8分を残した所で上映打ち切りになってしまいました。 また見直そうにもスケジュールが厳しいので、諦めました。
下町の菓子屋とそこに集まる客たちを、特にはっきりとした物語無しにスケッチしたような短編。 娘 Sophie の監督作品で、もちろん、初見。 特に Jacques Tati の映画の影響は感じられませんでした。 菓子屋なのに中年以上の男性客ばかりでバーのような雰囲気なのは、タルトに酔っ払うほどのリキュールを効かせているから、 という所に皮肉というかユーモアを感じました。
1978年にUEFAカップ決勝に進出したコルシカ島北部の中心都市バスティアのサッカークラブ SC Bastia の、 オランダの PSV Eindhoven との決勝戦で盛り上がる街の様子を捉えたドキュメンタリー映画。 これも、初めて観ました。 インタビューなどせずに淡々と、試合中も観客の様子をとらえています。 敗戦後、翌日のゴミの散らかったがらんとしたスタジアムを取るところなどは Tati らしい思いましたが、 レア物であること以上の見所はありませんでした。
なんとか 『ジャック・タチ映画祭』 上映作品長編6本短編7本を全て観ることができました。 短編に初めて観るものがありましたが Tati の映画のイメージを覆すようなものでもなく、 再見したものについても新たな発見があったと感じることはなく、 『プレイタイム』や『トラフィック』のような作風が最も好みだと再確認したくらいでしょうか。 あと、昔に観たときは M. Hulot の不器用なキャラクターにむしろ共感をもって観ていたように思うのですが、 今回は少々いらっとするような時も。これも歳をとったということでしょうか。
始まる前は映画祭を楽しみにしていたのですが、観始めてみるとイマイチ盛り上がれませんでした。 『プレイタイム』と『トラフィック』を観た後はコンプリートしなくてはという義務感で通ったような感も。 年末年始の小津 安二郎 サイレント映画祭 @ 神保町シアターや 3月の戦前松竹映画祭 @ 東京国立近代美術館フィルムセンター の時のように、 観終わってすぐ感想をツイートしたくなったり、鑑賞メモを書いていてつい長くなってしまったりするようなこともなく。 現在の自分の嗜好や興味とちょっとズレてしまったのでしょうか……。うーむ。