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Review: 『戦後日本住宅伝説——挑発する家・内省する家』 @ 埼玉県立近代美術館 (建築展)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2014/08/10
Legendary Houses Postwar Japan — Provocative / Introspective
埼玉県立近代美術館
2014/07/05-08/31 (月休; 7/21開), 10:00-17:30.

公共建築などを手がけるような建築家16名が、 戦後1950年代から1970年代にかけて手がけた住宅 (一戸建て中心で集合住宅は例外) を取り上げた展覧会。 かならずしも年代順に並んでいたわけではないが、それを意識したせいか、 個々の建築家の作家性というより、戦後高度成長期という時代とその展開を観るような展覧会だった。

1950年代前半の 丹下 健三、増沢 洵、清家 清 の住宅は日本の木造 (平屋) 住宅というか民家に近いもので、その中に近代的な再解釈を感じさせるもの。 磯崎 新、菊竹 清訓 の1950年代後半の住宅となると、木造民家っぽさは消え、一気にモダニズムへ。 1960年代前半が飛ぶのだが、1960年代の後半以降になると、 障子など日本風の意匠はあれど吹き抜けなどもすっかりモダンな住宅 (篠原 一男 や 宮脇 檀) の一方で、 内部と外部を反転させたり入れ子構造にしたりとポストモダンを思わせる住宅 (原 広司、石山 修武、毛綱 毅曠) も登場する。 年代順で最後を飾るのは1978年、実用性を突き抜けてしまった 安藤 忠雄 「住吉の長屋」や、 まるで美術館かギャラリーのような 伊東 豊雄 「中野本町の家」。 1970年代の多様な住宅は今から観ても見劣りせず、豊かになった後期近代の日本における諸相を見るようだった。

そんな、日本が豊かになって近代が成熟していく様が感じられたというだけでない。 この住宅にどんな家族が住むことが想定されているか想像してみると、ほとんどが核家族を思わせるものだ。 むしろ、いろんな人々が出入りするような戦前旧家の家を近代化したような丹下 建三の「住居」 (1953) や、 一人でつつましく住むための 清家 清 の「私の家」 (1954) など、 1950年代前半の方が家族構成の想定に幅があったのではないか、と、思わせるほどだ。 そして、そんな所に、戦後高度成長期に家族のあり方が核家族へ収斂していったことを反映していたのかな、と。

そんな中で 黒川 紀章 の「中銀カプセルタワー」 (1972) の異質性が際立って見えた。 展示も動線から外れた袋小路となったスペースが割り当てられる一方、 カプセルが野外展示されていたりと、異質で浮いているにもかかわらず、力の入った展示だった。 集合住宅として取り上げられたのが「中銀カプセルタワー」とはまた極端な、と思ったが、 この時代、いわゆる団地は既にあるけれども、作家性が強い集合住宅 (マンションの類) が登場するのは1980年代以降の話になるのかな、と。

展示からそんな時代を雰囲気ばかりを読んでいたわけではなく、 単純に自分ならどの住宅に住みたいか、なんて考えながら楽しんだりもした。 もし自分に妻子がいたならば、 篠原 一男 「白の家」 (1966) や 宮脇 檀 「松川ボックス」 (1971/78) など普通に住みやすそうに思ったし、 使いづらさもありそうだけど 伊東 豊雄 「中野本町の家」のような住宅に住んでみたい、と思ったり。 しかし自分は一人暮しだし、やっぱり、清家 清のようなコンパクトな家で本やレコード・CDの棚に囲まれて暮らすというのが一番楽しそうだよなあ、などと思ってしまった。