東京国立近代美術館フィルムセンターの特集上映 『シネマの冒険 闇と音楽 2014 from ウィーン フィルムアルヒーフ・無声映画コレクション』 (Silent Film Renaissance 2014 from Vienna: Treasures of Filmarchiv Austria) のプログラムでピアノ生伴奏 (演奏: Gerhard Gruber) 付きサイレント映画上映を観てきました。
ハプスブルグ帝国時代の1906年設立の映画製作会社 Saturn-Film が、 1910年にかけて製作したエロティック短編映画から3本。 当時の「紳士の集い」のような所で上映されたものという。 といっても、確かに裸や下着姿の女性が写っているものの、予想してたよりは他愛無い内容でした。
Polissons et galipettes [The Good Old Naughty Days] という2002年にDVDリリースされたサイレント期のエロティック短編映画選集は、 よりハードコアな内容だったので、そういうのもあり得るかもしれないと。 上映会場を考えて一般上映に問題のない内容の作品を選んだのかもしれませんが。
ウィーン育ちながらドイツでサイレント映画時代から活動した映画監督 G. W. Pabst の出世作。 戦間期ウィーンを舞台に、貧困にあえぐ庶民と、投機的投資しつつ退廃的な生活を送るブルジョワ達を、 飢えをしのぐため売春をする街の娘たちを軸に対比的に描いた群像劇です。 主人公の一人、アパートの地階に住む Maria (Asta Nielsen) は、親の暴力を逃れるため家出し、結婚を約束した銀行員の男 (Egon) の元に走るが、 出世のための金を望む彼のために売春をするも、彼に裏切られ、富豪の Canez の愛人となり、最後には殺人の罪を被ります。 一方の、Maria と同じアパートの1階に住んでいた Grete (Greta Garbo) は、勤め先でセクハラに遭い辞めることになる一方、 父が投機に失敗して借金を追い、売春一歩手前まで追いつめられるが、家賃を得るために間借りさせたアメリカ軍将校に救われます。 その他にも、家を追われて納屋や屋根裏で生活する幼い子を抱えた夫婦など、貧困に喘ぐ人々が描かれます。 そのような庶民の生活と対照的に、銀行員 Egon の上司や投資のため一時滞在中の富豪 Canez などブルジョア達が繰り広げる、 パーティに明け暮れ金とセックスに乱れた生活も描いています。
戦間期ドイツの Neue Sachlichkeit (新即物主義) 映画として知られますが、 Expressionism (表現主義) の映画よりはリアリズム的描写かもしれませんが、 いわゆる写真の分野での Neue Sachlichkeit のような形式主義的な画面作りは見られませんでした。 Russian Avant-Garde のようなシャープな画面作りもあるかもしれない、と期待したところもあったので、少々肩透かし。 むしろ、ブルジョワの退廃した生活と貧困に喘ぐ庶民の風刺的な描き方に、 George Grosz らが描いた戦間期ドイツの風刺画を連想させられました。 映画における Neue Sachlichkeit は、絵画における Neue Sachlichkeit に近いものだったのだな、と気付かされました。
この映画のもう一つの見所は、サイレント期デンマークの映画女優 Arta Nielsen と Hollywood に渡る直前のまだ若いスウェーデンの女優 Greta Garbo という、 2人の有名な女優が共演しているということ。 といっても、2人の魅力を堪能、と言い辛いような内容でした。 Nielsen は後に Pabst が撮る Lulu にも似たボブカットのモガという出で立ち。 富豪の愛人になってから無表情といい、凄みを感じる演技。 一方の Garbo は近寄りづらい冷たい美しさ。 売春の舞台となるクラブに送り込まれても男の方が敬遠してしまうような場面があるのですが、それも納得の佇まいでした。 肉屋の行列に隣り合って2人が並ぶという場面がありましたが、2人が直接絡むような話ではありませんでした。
今回の上映の企画に携わった Filmarchiv Austria の常石 史子 氏による上映前の解説によると、 Die freudlose Gasse はドイツ映画ですが、 ウィーン育ちの Pabst が撮ったウィーンを舞台とした映画という点で、 オーストリアの映画として外せないと考え、今回の特集上映に含めたそうです。