ロシア・沿ヴォルガ地方のマリ・エル [Марий Эл] 共和国の主要民族マリ (旧称チェレミス [Черемис])。 フィン=ウゴル系の言語 (マリ語) を持つ民族で、そのうちマリ・エル共和国東部に住んでいる人々は牧地マリ [луговомарийский] と呼ばれています。 このロシア映画は、その牧地マリのフォークロアを女性を主人公として映像化しています。 原題は『牧地マリの天界の妻たち』の意。 マリ・エル共和国はタタールスタン共和国やチュヴァシ共和国とも接し、周囲にチュルク系の民族も多い地域ですが、 マリの人々はロシア正教化もイスラーム化もせずに伝統的な多神教というか異教 (pagan) を強く残しています。 この映画が扱っているのはそんな異教の、性的な大らかさも残したフォークロアです。
映画化にあたっては、ロシア化・近代化する以前の伝統的な風俗習慣を再現して映像化するのではなく、 伝統的な風俗習慣も残しつつロシア化・近代化を経た現代の人々の生活の中でそのフォークロアを描いています。 画面作りも、オーセンティックな伝統を描くべく深みのある落ち着いたものではなく、むしろキッチュさすら感じられるもの。 それも、フォークロアのいくつかのエピソードを1つの物語として構成して映画化するのではなく、 いかにもフォークロアらしい断片的なエピソードをそのまま映像化していて、 Оで始まる24人の女性をそれぞれ主人公とした24編からなる短編映画集のような構成。 マジックリアリズムのような不条理さは感じられず、 近代化を経た生活といかにもフォークロアな突飛な展開のギャップも幻想的でユーモラス。 断片的なエピソードもあって、異国へ旅をしているというより、不思議な夢を観ているような気分になりました。
監督の Алексей Федорченко [Aleksey Fedorchenko] は2005年デビューのこと。
原案・脚本の Денис Осокин [Denis Osokin] とはこれ以外にも
Овсянки (Silent Souls, 2010) という映画を撮っています。
予告編を観た限りでは、作風はかなり異なりそうです。
2人とも、マリ人のバックグランドを持つということは特にないようです。
映画でマリの人々を取り上げたのは、ヨーロッパに残る数少ない異教の人々ということこともあるのでしょうか。
『webD!CE』に掲載された Федорченко インタビューによると、
脚本の Осокин は言語学者、民俗学者でもありマリ出身ということも、この作品を可能としたようです。
(2016/10/19訂正)