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Review: Metropolitan Opera, James Robinson (prod.), George Gershwin (comp.): Porgy And Bess 『ポーギーとベス』 @ Metropolitan Opera House (オペラ / event cinema)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2020/06/28
『ポーギーとベス』
from Metropolitan Opera House, 2020-02-01, 13:00–16:30.
Written by George Gershwin, DuBose & Dorothy Heyward, Ira Gershwin.
Production: James Robinson.
Set Designer: Michael Yeargan. Costume Designer: Catherine Zuber. Lighting Designer: Donald Holder. Projection Designer: Luke Halls. Choreographer: Camille A. Brown. Fight Director: David Leong.
Cast: Eric Owens (Porgy, a disabled beggar), Angel Blue (Bess, Crown's girl), Alfred Walker (Crown, a tough stevedore), Frederick Ballentine (Sportin' Life, a dope peddler), Chauncey Packer (Robbins, an inhabitant of Catfish Row), Latonia Moore (Serena, Robbins' wife), Donovan Singletary (Jake, a fisherman), Golda Schultz (Clara, Jake's wife), Denyce Graves (Maria, keeper of the cook-shop), Jamez McCorkle (Peter, the honeyman), et al.
Conductor: David Robertson.
World Premiere: Colonial Theatre, Boston, September 30, 1935.
Co-production of the Metropolitan Opera; Dutch National Opera, Amsterdam; and English National Opera.
This production's premiere: London Coliseum (English National Opera), London, 11 October 2018.
上映: 109シネマズ川崎, 2020-06-27 10:30-14:20 JST.

George Gershwin の Porgy And Bess は、 “Summertime” をはじめスタンダードナンバーを多く生み出したことで有名なオペラです。 ジャズの文脈で曲をそれなりに聴く機会がありましたが、舞台での上演を観る機会がありませんでした。 1959年にミュージカル映画化されていますが、プリントの入手が困難で、失われた映画にほぼ近い状態といいます。 Metropolitan Opera では約30年ぶりになるという上演が Met Live in HD でかかったので、これは良い機会と観に行きました。

20世紀初頭のアメリカ南部の黒人居住区の Catfish Row (なまず長屋) を舞台とする群像劇です。 あらすじをそれなりに目にする機会はあれど、乞食 Porgy の Bess への無償の愛の話という程度のプロットを知る程度だったので、 Bess はもちろん Catfish Row の住人たちが個性的に描かれていて、そういう話だったのかと気付かされる点が多くありました。 演出による解釈という面もあると思いますが、Bess は Porgy を振り回す魔性の女なのではなく、情夫 Crown からのDV (家庭内暴力) と薬物依存症に苦しむ女性として、明確に描かれていました。 Bess が Crown や Sportin' Life から逃れられないのは、誘惑に弱いからではなく、DVによる学習性無力感や薬物依存症のためだったのか、と。 働き者ながら出漁中に嵐に遭って死んでしまう漁師 Jake と幼子を抱えた妻 Clara、 Crown との喧嘩で死んでしまう Robbins としっかり者の妻 Serena、 長屋の肝っ玉母さん Mary など、脇役的なキャラクターも魅力的でした。

Gershwin の指定もあってキャストはほぼアフリカ系アメリカ人もしくはアフリカ出身 (Clara 役の Golda Schultz は南アフリカ出身とのこと) なのですが、そんな中で警官役だけ白人。 Robbins 殺しの犯人ではないとわかっていながら Peter を容疑者として逮捕拘留するなどの理不尽な逮捕や捜査の場面は、 Black Lives Matter (BLM) 運動の契機となった “Killing of Goerge Floyd” 事件を思い出させられるものでした。 そして、もちろん演技への称賛という意味もあったと思いますが、カーテンコールで警官役の時にブーイングが起きていました。 収録されたのは BLM 運動以前ですが、そんなところにも BLM 運動の背景を見るようでした。

音楽的な要素という点では、“folk opera” と呼ばれるように、アメリカ南部の伝承的な音楽に着想したもの。 スタンダートナンバーとなった曲も多く、jazz のルーツとも言える blues や ragtime の影響を受けたもの。 しかし、信仰など宗教的な主題も多く、コーラスでの掛け合いなど、黒人霊歌 (spiritual)、gospel 的な要素も大きいと気づかされました。 Gershwin のバックグラウンドの Jewish 的な要素といえば、少人数のジャズコンボで演奏される “It Ain't Necessarily So” など Klezmer 的に聞こえる演奏もあるのですが、 上演の中で聴くと Sportin' Life のテーマとしてしか聞こえなかったり。 テーマは jazz の場合即興の出発点という面も強く、そんな曲として聴くのと、舞台作品の文脈上で聴くのでは、受ける印象が違うことを実感しました。

物語としては貧乏長屋の人情噺で、アフリカ系アメリカ人に限らない普遍的な話です。 同時代戦間期の松竹映画とかにいかにもありそう、例えば 小津 安二郎 の喜八ものとして翻案できそう、などと思いながら観ていました。 もちろん、Porgy が喜八 (坂本 武)、Bess がヒロインの女給 (桑野 通子 が良いな)、 Crown や Sportin' Life は与太者で、Mary は飯田 蝶子が演じる長屋の面倒見良いおばさん。 (特に、Bess を追って New York へ旅たつ Porgy が喜八っぽく感じられました。) その一方、Bess の薬物依存症やDV被害、警官による Catfish Row 住民の不当な扱いなど、現代に置き換えても通じるテーマも多く、 むしろ、現代に置き換えてのスタイリッシュな現代演出で観てみたいようにも思いました。

アフリカンダンスを思わせるダンスの使い方やコーラス使いなどミュージカルに近いものを感じましたし、 廻り舞台や映像プロジェクションを使った場面転換など現代的とは思いましたが、 時代や場所の設定は原作に忠実で、衣装や美術もリアリズム的に丁寧に登場人物を描く、比較的オーソドックスな演出でした。 抽象的でミニマリスティックな現代演出の方が好みですが、 群像劇の登場人物のそれぞれの個性を理解できたという点で、初めて観るにはこのような演出で良かったでしょうか。 20世紀初頭頃のアメリカ南部の黒人居住区の雰囲気を垣間見るような、そんな面白さもありました。