TFJ's Sidewalk Cafe > Dustbin Of History >
Review: ოთარ იოსელიანი [Otar Iosseliani]: პასტორალი [Pastorali] 『田園詩』 (映画); Otar Iosseliani [ოთარ იოსელიანი]: Seule, Géorgie [Allein Georgien] 『唯一、ゲオルギア』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2023/03/21

旧ソ連時代のジョージア出身で1979年にフランス・パリへ拠点を移した映画監督 ოთარ იოსელიანი [Otar Iosseliani] を特集する 『オタール・イオセリアーニ映画祭』が開催されています。 というわけで、ヒューマントラストシネマ有楽町で、遅ればせながら2本観てきました。 いずれも、フランス・パリに拠点を移してからの劇映画の作風とはかなり異なるものと思われます。

პასტორალი [Pastorali]
『田園詩』
1975 / Грузия-фильм [ქართული ფილმი / Georgian Film] (СССР) / B+W / 95. min.
Director: ოთარ იოსელიანი [Otar Iosseliani]

都会 (首都トビリシ [თბილისი / Tbilisi]) の若いピアノカルテット (男女2人) の サメグレロ [სამეგრელო / Samegrelo] 地方の農村 (コルホーズ) での夏合宿を、 ホストの農家の娘 Eduki の視点で主に描く約1時間半。 特に大きな物語の展開はなく、細かくエピソードを連ねて、 抑制されたユーモアと美しい画面で淡々と捉える、半ばドキュメンタリー的に感じる映画でした。

田園風景にホストの家の子どもたちとミュージシャンたちとの交流など、美しくも心温まる場面もありますが、 住民間の喧嘩、コルホーズのルールを守らない様子、 ホストの家での宴会に招かれるものの結局放置されてしまう音楽家の男性、とかも、 殊更笑いを強調することなく、しかし、ユーモアを感じる視点で捉えて行きます。 音楽使いも興味深く、合宿中のミュージシャンたちのクラシカルな演奏と地元の人々の地声のポリフォニーが対比的に使われるだけでなく、 レコードで再生される戦間期の流行ダンス曲やソ連らしいブラスバンド、 そして、ミュージシャンがオープンリールで録音したポリフォニーの逆回し音などが、ユーモアを持って使われます。 監督の娘 Nana Iosseliani 演じる Eduki が、音楽家たちと交流するに従い、少しずつオシャレになってくのが微笑ましく感じられました。

Seule, Géorgie [Allein Georgien]
『唯一、ゲオルギア』
1994 / Arte (FR/DE) / colour / Pt. 1: 91 min.; Pt. 2: 69 min.; Pt. 3: 86 min.
Préparée par [von] Otar Iosseliani [ოთარ იოსელიანი]

フランス・ドイツ共同運営の公共放送局 Arte の制作による 第一部 (Pt. 1) で古代から20世紀初頭のロシア領時代まで、 第二部 (Pt. 2) でソ連時代、そして、第三部 (Pt. 3) のポスト・ソ連時代の三部構成で ジョージア映画を含むアーカイブ映像で綴るジョージアの歴史、約四時間のドキュメンタリーです。 政治的な動向ももちろん取り上げられていましたが、 文化芸術の描写が多めだったのは、Iosseliani の興味関心というだけでなく、 文化教養番組のTV局 Arte の方針というのもあるでしょうか。 疎いトピックということもあり興味深く観ることはできましたが、約4時間という情報量に圧倒されてしまいました。 観てよく理解できたとは言い難いのですが、気になった点を備忘を兼ねて各部ごとに。

第一部はプレ・ソ連のプロローグとも言えるもの。 この頃は記録映像は無いので、その代わりに、歴史物のジョージア映画の映像が再現ドラマ的に利用されていたのも印象に残りました。 特に疎かった、モンゴル侵攻以前の黄金時代と言われる中世王国時代の話、 この最盛期の თამარი [Tamar] 王女に捧げられた შოთა რუსთაველი [Shota Rustaveli] の 叙事詩 ვეფხისტყაოსანი [The Knight in the Panther's Skin] 『豹皮の騎士』などに興味を引かれました。

第二部はロシア革命後の独立した民主共和国時代から2021年の赤軍のジョージア侵攻の経緯が丁寧に描かれ、それから以降のソ連時代が描かれます。 ソ連時代からジョージア映画というのは存在感があったわけですが、 20世紀後半のソ連時代、ジョージアにおいて大目に見られる特別な位置にあったことが、 当時のジョージア映画人たちの言葉で綴られていたのに、興味を引かれました。 そして1989年の東欧革命。ベルリンの壁の崩壊の映像に、ひょうきんな曲が当てられていた所に、皮肉を感じました。

第三部はソ連崩壊とその後の混乱期ですが、 ジョージアのポリフォニーからヨーロッパ各地のボリフォニーを辿る説明から始まり、 そこから一気にデモ鎮圧、騒乱、クーデター、内戦の緊迫した映像が続きますます。 起点は、ソ連解体以前、東欧革命と時を同じくする1989年の「4月9日の悲劇」とその後の主権宣言で、 その後の初代大統領 ზვიად გამსახურდია [Zviad Gamsakhurdia] が大変な悪人として描かれていたことが印象に残りました。 そして、1991年末-1992年始にかけてのクーデター、そして、その後のジョージア内戦、アブハジア紛争、南オセチア紛争です。 特にアブハジア紛争は銃撃戦だけでなく戦車や重火器を交えた本格的な戦闘の様子や凄惨な犠牲者映像を含めて描かれていました。 紛争があったということは知っていましたが、ニュース映像等は観ていなかったので、ここまで激しいものだったのか、と。 そして戦闘が続く中、「1994年1月で編集を終えた」と言う字幕で終わりました (内戦・紛争終結はこの約半年後)。 ジョージアの内戦の経緯の描かれ方は、現在のロシアによるウクライナ侵攻の経緯が重なって見えました。