影絵や切絵を思わせる平面的な画面構成と鮮やかな色彩を作風として知られるフランスのアニメーション作家の新作です。 一応繋ぎはあるものの、実質、独立した3つの中編を集めたオムニバスです。 古代エジブト、中世フランス・オーヴェルニュ、近世オスマンの 3つの時代・地域を舞台にしたおとぎ話というか伝承的な物語を、 その絵のスタイルや物語り方も違えて、アニメーション化しています。 ガイドを思わせる現代風の服装のアフリカ系の女性が工事現場の足場で客のリクエストに応じて3つ話を物語る、という枠組みを作っています。 王子もしはそれに相当する主人公が一旦は地位を追われるものの、王女/お姫様と結ばれる、という英雄譚のヴァリエーションとなっています。
“Conte 1: Pharaon!”「第1話 ファラオ」は、 展覧会 Pharaon des Deux Terres に合わせてルーブル美術館 (Musée du Louvre) から委嘱された作品で、 ヌビアのナパタの王国出身の Tanouékamani がエジプト統一してファラオとナパタの王女と結ばれる物語です。 紀元前7世紀 第25王朝のファラオ Tantamani がモデルで、3作のうち史実に最も基づいた作品とのこと。 古代エジプトの壁画の画風を動かすアニメーションで物語ります。 ファラオになったらナパタの王女と結婚できると言うのがモチベーションで、 血生臭い戦闘の場面は無く、登場人物の内面の機微も描かれず、知略というか神の思召で話が進む神話的な語りです。
“Conte 2: Le Beau Sauvage”「第2話 美しい野生児」は、中世のフランス・オーヴェルニュが舞台。 こちらは淡くカラフルな背景光の影絵を動かすかのようにアニメーション化したもの。 酷薄な城主の好奇心旺盛で心優しい王子が、地下牢の囚人 (実は近隣の伯爵) を逃した罪で森で処刑されることになるが、 処刑を任された狩人たちに逃されて、義賊「美しい野生児」となり、民衆を率いて父を懲らしめて城主となり、伯爵の娘と結ばれるという物語です。 逃げてから義賊となるまでの話が無く、やはり、登場人物の内面の機微も描かれない、伝承的な説話を思わせる語りです。
“Conte 3: La Princesse des Roses et le Prince des Beignets”「第3話 バラの王女と揚げ菓子の王子」は、 18世紀オスマン帝国が舞台。 モロッコの王宮を追われた王子が都イスタンブールへ行き、揚げ菓子 (フランス映画なのでベニエ (beignet) としていますがロクマ (lokma)) 売りをするうち、 御用達となることで王女と出会い、やがて密会するようになり、発覚を期に2人で宮殿を逃れ、隊商の王女王子として生きていくことにする、という物語です。 王宮の様子もカラフルで細かくゴージャスに描かれた絵をベースにした奥行き感もあるアニメーションです。 第1,2話に比べると、王子の苦労や才覚、王女の意思、そして、2人の出会いの機微などが丁寧に描かれていましたし、 現代的な翻案というほどではないものの、自立心の強い王女のキャラクターなどは現代的にも感じられました。 動きも様式化されつつも艶かしさを感じるところもあり、ユーモラスな表現もあり、 王子の作る揚げ菓子や王女の作るバラのゼリーも美味しそうで、 廃墟となった宮殿の一室での密会でのウードを伴奏にしての歌と踊りの場面もあり、 これだけで約90分のアニメーションとして観たかったようにも思いました。
長編第1作 Kirikou et la sorcière 『キリクと魔女』 (1998) 以来、 日本でもコンスタントに公開されてきていたものの今まで見逃していました、 以前であれば、こういう王子と王女のおとぎ話は守備範囲外に感じたのではないかと思いますが、 バレエやオペラを観るようになったこともあるのか、むしろそれらと地続きな普遍性も感じられました。