東京とアメリカを行き来きしながら育ち、ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動する劇作家・演出家・パフォーマーの Aya Ogawa の日本初公演です。 作風やバックグラウンドはほとんど知りませんでしたが、新国立劇場・演劇部門の海外招聘公演ということで観てみました。
失敗をテーマとしたワークショップを通して作り始めた作品で、作家自身の失敗である父と疎遠になり亡くなった際も葬式をあげなかったことを題材するという自伝的な作品でもあります。 元々、オルタナティブスペースのような会場を使い客席を取り囲むような形で上演を始めたとのことで、 舞台と客席の関係を取り払うというほどではないものの、客席の照明に明るさを残した上、観客も時々参加させる形での上演でした。 オーソドックスな会話劇のような演出ではなく、Aya Ogawa が自身を演じることが避けられ、一人複数役で舞台上での役の切り替えもあり、 俳優のリアリズム的な役の作り込みを通してではなく、俳優が舞台上に作り出す状況を通して、 親子のディスコミュニケーションやアメリカ社会での日系人の置かれた状況 (白人) を描いていくよう。
入場時にメモ紙が渡され、後半近くに観客に自分の失敗について書かせて集めました。 読み上げたりするのだろうかと思ったところ、内容に触れずに手回しのシュレッダーにかけてしまい、 観客に書かせたものをそうしてしまうのかと、驚きました。 しかし、ラスト、観客8名も参加させて父の葬式をする場面で、そのシュレッダーが棺桶に入れる花の様に添えられるのを観て、 なるほど、Aya Owaga の父の葬式をやり直すことを通して、Aya Ogawa だけではなく観客の失敗と悔恨も「葬送」する作品だったのだな、と。
Aya Owaga の個人的な体験に基づくものの、肉親との不仲という多くの人が何かしらの抱えているという点で普遍的なテーマが、絶妙な距離感で作品化されていましたし、 晒すように弄るのではなくそっと寄り添うような観客参加のあり方も興味深いものがありました。 自伝的、観客参加型と事前に知って苦手なタイプの作品かもしれない思ってましたが、杞憂でした。