Trip Album Top

Home

旅のアルバム
韓国 「扶余・公州・清州」
  (古の「百済」)の旅
 


高句麗新羅とともに韓国の三国時代(紀元前1世紀~紀元後7世紀)を築いた百済(くだら・ペクジェ)
なかでも扶余、公州世界遺産「百済歴史遺跡地区」に指定されているエリアで、
約700年間続いた百済時代の趣を感じることができます。

BS等で放映されている韓国歴史ドラマ「薯童謡(ソドンヨ)」「帝王の娘スベクヒャン」等、人気ドラマの舞台であり、
「ソドンヨ」の主人公武王や、「スベクヒャン」の父 武寧(ムリョン)王等の言い伝えの残るとても興味深い地でもあります。
百済時代に思いを馳せながら、人気のソウルや釜山とはまた違った韓国の魅力をお伝えします。

  現在の地図

扶余、公州、清州はソウルの南、釜山の西北
韓国中西部にあります。


下の地名をクリックしてお好きなところからもご覧になれます

 扶余
 公州
 清州


 成田から清州国際空港
成田から2時間30分ぐらいで、もう韓国に着きました。
  清州国際空港は軍民共用空港で、着陸前に窓のシェードを閉める様
にとアナウンスがありました。景色を見たかったので、着陸してから
開けようとしたら、注意されてしまいました。軍・民共用空港なので、
「撮影禁止」ということらしいです。うっかり撮ってしまったら、最悪、
懲役3年、罰金300万ウォンということも・・・。  韓国ではまだ戦争
は終わっていないということを再認識しました。そういえば、以前
タシュケントで乗り換える途中、タラップで外の写真を撮ろうとしたら、
銃を向けられた事がありました。知らないということは恐ろしいです。
戦争を知らない私の様な気楽な人間は特に気を付けなければ!!
清州国際空港
画像:Wikipediaの「清州国際空港」より
1.扶余 (プヨ)
国立扶余博物館
  香を焚いて悪い気運をなくす為の道具。
神秘的な山水の景色を背景に、五楽士、神仙、
禽獣、想像上の動植物が描かれている。

2日後の公開の為、残念ながら実物は
  見られなかった。 (写真:KOREA.netより)  
   
国宝 扶余王興寺舎利器
(七世紀前半)
扶蘇山城 (世界遺産) 
百済の都は、
紀元前18年漢城 ハンソン」(現在のソウル温祚(オンジョ)王
都とする。王は高句麗の始祖朱蒙チュモンの子と伝承されている。
(韓国ドラマ「朱蒙チュモン」もすごく面白いですよ!)

475年熊津 ウンジン」(現在の公州)に文周王が遷都

538年泗沘 サビ」(現在の扶余 プヨ)に聖王が遷都
泗沘は白馬江と扶蘇山に守られた要塞の地形と豊かな平野に恵まれ、
政治・運治・文化が最も栄えた「泗沘時代」を迎える。

660年 百済は唐・新羅連合軍により滅ぼされる

  扶蘇山に築かれた「扶蘇山城」は、約120年間にわたり王都を守った
要塞であり、百済が唐・新羅連合軍に滅ぼされる最後まで
歴史を共にした象徴的な城郭。
滅亡の際には、約3000人の宮廷女官が扶蘇山の断崖「落花岩」から
白馬江へ身を投げ、貞節を守ったという伝承が今に伝わる。

周辺には百済史ゆかりの遺跡が数多く残り、2015年「百済歴史遺跡地区」
の一部として世界文化遺産に登録された。
扶蘇山城 山腹の東屋 「半月楼」
傍を白馬江(錦江)が半月形の様な曲線を描いて
流れることから名付けられた楼閣

山門の内側


世界遺産 定林寺
  国宝9号 定林寺 五重石塔

 復元された構内に鎮座する高麗時代に造られた石仏
 
可愛いキノコのレストランで
夕食は公州名物の「蓮の葉ごはん」  
 
夕食後の散策

「宮南池」
 人気韓国ドラマ「薯童謡(ソドンヨ)」の主人公 武王が634年に離宮の中に作った、韓国最古とされる人工池。
武王百済第30代の王(在位600年~644年)
平民として育った薯童(ソドン)(百済の王子)が運命を切り開き、敵国新羅の王女善花(ソンファ)と愛を貫く感動の物語。
BSでも何度も放映されている人気ドラマで、危ない状況を2人で乗り切っていき、王と王妃になる素敵なお話です。オススメ!です。
池は1967年に復元されたもの。7月~8月が蓮の花の見頃。
湖岸から橋を渡っていくと「抱龍亭」

「抱龍亭」夜景も美しい
  
2.公州 (コンジュ)
公州は、三国時代の475年から63年間にわたり百済の首都となった所。
(時代的には 1.扶余 と 2.公州 は前後しますが見学順に紹介しています。)
武寧王(ぶねいおう)は、百済の第25代王(在位:462~523年)。 前述の武王武寧王の曾孫。
百済が高句麗の侵攻を受けた際に即位し、国を安定させ、外交戦略を強化した。
特に、日本との文化交流や領土の譲渡を行い、百済の国力を回復させたことで知られている。
日本書紀によると、461年に百済王の側室が倭国(日本)に向かう途中に加唐島で武寧王を産んだとされる。
韓流ドラマ「王の娘 スベクヒャン」ではスベクヒャンの父「武寧王」として描かれている。
 
世界遺産 「 公山城」
錦江に隣接する山に築かれた東西800m、南北に400mの山城。

公山城前に立つ「武寧王」の銅像



坂を上って公山城内に入る。


2660mの城壁に囲まれている。
「公山亭」からの錦江の眺め

反対側には「錦江大橋」が見える。
 
世界遺産 「武寧王陵と王陵園」
(ムリョンワンヌン/ワンヌンウォン)
百済時代の王と王族の古墳が7基復元された遺跡。(宋山里古墳群とも呼ばれる)
武寧王陵は、唯一盗掘されずに発掘された墓。108種4600点もの遺物が出土した。
実物は近くの国立公州博物館で展示されている。

武寧王陵と王陵

紀元前18年~紀元640年の王族の墓、特に武寧王の墓に注目。
トゥホノリ (投壺遊び)
韓国伝統の遊具。矢を壺に向かって投げ入れ、より多く入れた
人が勝ちという遊び。宮中や貴族の屋敷内で楽しまれた。
私もやってみましたが、なかなか難しいです。
 
 古墳(模型館)の中に入って、 王の墓の内部体験ができます。
  武寧王の墓内部 (精巧に再現されたもの)
レンガの壁面に白や金で龍が描かれている。
 
 
武寧王陵から出土した近世の冠飾等の遺物

国立公州博物館 
武寧王陵など、忠南の北部地域から発掘された宝物、遺物が収蔵されている。
 

   
   

国宝
:武寧王の王冠の左右に付けられていた金製冠飾

 繊細な金細工技術は、当時の百済文化の水準の高さを示している。


   

 青銅の鏡
日本でも奈良や群馬の古墳や沖ノ島等でも同じ様な鏡が出土されて
いる。当時の中国、朝鮮半島、日本の古墳時代と深い関係がある。
 
 
世界遺産 「麻谷寺」(マゴクサ)
 7世紀:新羅時代  640年に新羅の善徳女王から土地の寄進を受け創建された寺。 開祖は慈蔵律師(戒律宗の祖)
 12世紀:高麗時代の再興  1172年 曹渓宗(韓国禅宗)の知訥が禅宗寺院として再出発
 15世紀:李氏朝鮮時代  李氏朝鮮は儒教国家であり、仏教弾圧が続いた。この時期、麻谷寺は衰退し、寺勢を失う。
 16世紀:文禄、慶長の役  1592~1598年 文禄、慶長の役、秀吉による日本軍の侵攻で多くの寺院が大きな被害を受けた。
 17世紀:再興  1651年覚淳大師により再興。 現存する最古の建物「霊山殿」「大雄宝殿」はこの時期の建立。
 19世紀:平和的交流時代
      から朝鮮支配へ
 1896年独立運動の指導者金九が白蓮庵に潜伏・修行。閔妃暗殺事件に憤り、日本人を殺害した後、身を隠した場所。
 20世紀:日本統治時代  1910–1945年 日本統治時代。1911年 寺刹令により「朝鮮三十本山」に指定。公式に保護される寺院となる。
 21世紀:現代  2018年 「山寺、韓国の山地僧院」の一つとして世界遺産登録。 禅宗文化の継続性が評価された。

麻谷寺の歴史は、韓国の歴史を象徴するようなもので、日本との関りも平和的な交流時代から、秀吉による侵攻、
近代には日本による統治など、厳しい時代があったことを私達日本人も知らなくてはいけないと思います。

麻谷寺を寄進した古代朝鮮・新羅の初の女王「善徳女王」は、王女として生まれた双子の1人で、双子は不吉という言い伝えがあり、
宮中の外に逃がされ庶民として育つ。やがて自分が王族であることを知り、新羅に戻る。策略や戦いを乗り越え、政治的手腕と人望
を発揮し、遂に女王として即位する。テレビでも何度も放映されている人気の韓国歴史ドラマで、こちらもお勧めです!
  「麻谷寺」
普徹和尚の説法を聞くために集まった人々の姿が、渓谷を埋め
つくす麻畑の様だったことから名付けられたと言われている。
 
 

麻谷寺 「解脱門」
 
麻谷寺 「天王門」
 
天王門 四天王像
表情が漫画的で、ユーモラス。
 
天王門 四天王像
色もカラフルで、楽しい。
  橋を渡って行きます。

 
   
大雄宝殿 内部
美しい金色の釈迦三尊と仏画(禅宗なので曼荼羅ではない)。
宝殿内で参拝者に配って下さった豆等の入ったお餅を美味しく頂きました。
 
 「大光宝殿」前の「五重石塔」(国宝)
13世紀末~14世紀初に建立。高麗時代特有の細長いフォルムで、
尖塔は金メッキの青銅製の塔が飾られている。元代末期のチベット
仏教の影響を受けている。この様式の塔は、韓国、インド、中国にし
か見られず、非常に貴重なもの。国宝に指定されている。
   
韓国料理 
  定番の朝食

辛いわかめスープ(ユッケジャンミヨックッ)、韓国海苔、
キムチ、野菜ナムル、エゴマ醤油漬け、小魚佃煮、卵、ごはん 

キムチや野菜など小皿はお替り自由ですが、そんなに食べられません。
 
   西門市場 「サムギョプサル通り」

アーケード上部の文字は
「一緒に消費し、一緒に成長する本当の韓国!」
と書かれています。
  韓国料理で特に人気のある焼肉料理。油が下に落ちるように鉄板を
斜めにして、豚バラ肉と野菜を焼いて食べる。店員さんが回って来て、
ハサミで焼肉をチョキチョキ切ってくれる。サンチュやエゴマの葉に肉、
ニンニク、キムチ、ネギサラダを載せて、葉で包んで食べるのが定番。
左下がエゴマの葉。大葉に似ているが、シソの香りはしない。
  人気のサムギョプサルのお店
(西門市場 サムギョプサル通りにある)

(夕食)



3.清州 (チョンジュ)
忠清北道の中心都市 
 
 
青南台 
清州市 大清湖畔にある大統領の公式別荘。
ゴルフ場、ヘリポート、養魚場、茅屋などもあり、樹木124種、野花124種、
天然記念物のカワウソ、ムササビやイノシシ、キバノロ、ヤマネコ、タヌキ、キジなどが生息している。
2003年から一般公開されていて、国民の憩いの場となっている。(行事のない日は見学可)
  青南台記念館
 
  大統領席
(座って写真撮れます!)
 
 
 
椒井行宮(チョジョンヘングン)

王の療養のための離宮(行宮)”で、世宗大王が目の治療のために長期滞在したことで知られる歴史遺跡。

世宗(1397~1450)とは李氏朝鮮の第4代国王で、ハングルを作った王として有名。王は宮中に学問研究所「集賢殿」を設置。
儒学やさまざまな文化・技術を振興。集賢殿は王の政策諮問機関として機能し、朝鮮の文化と文治主義を発展させる原動力になった。
儒教の理想である王道政治を展開したとされ、朝鮮王朝における最高の聖君として国民に尊敬されている国民的英雄。
ソウルの光化門広場に世宗の銅像がある。
テレビでも「大王世宗」や「世宗大王-星を追う者たち」等が放映されている。
   
  外行前(王が地方に行幸した際に行政を行うための建物)エリア
の復元建物

 
  椒井行宮の敷地中央の象徴的な東屋で、
薬水の湧く地域の景観を楽しむために設置されたもの。

  世宗が製作させた渾天儀(こんてんぎ)の復元模型
天体の位置を測定したり、太陽や月の動きを再現。

 
 清州市内 
   
 
「清州ユッコリ総合市場」

清州を代表する市場で、田舎で農家自ら栽培した農産物や
様々な商品が並ぶ市場。夜明け市場:別名トッケビ(お化け)市場 
も開かれ、農家の人々が朝市で売っている。
「ユッコリ」とは「6つの通り」という意味で、六方向に道路が伸びる
六叉路のすぐそばに市場が広がっていることから名付けられた。

日本の商店街にも似た、大きなアーケード商店街で、通り中央
にも野菜などの商品が並び、通りがいくつにも分かれていた。
日にちや時間にもよりますが、私達が行った午前中は市場の中は
それほど人は多くなく、地元の買い物客と一緒にショッピングを楽しみました。
  最後の昼食「ジャージャー麵」(チャジャンミョン)
甘めの黒ーいソースのかかった麺と酢豚。
初めてのお味のジャージャー麵、美味しかったですが、
酢豚も甘いので、味がかぶりました。

  ジャージャー麺店

韓国のジャージャー麺(チャジャンミョン)は日本のジャージャー麺とは
全然違うもので、韓国の調味料「チュンジャン」(中国の甜麺醤に似た
味噌の様な調味料)を使って作る。豚肉と玉ねぎをこのソースで炒め、
茹でた麺にかける。これに必ず付いてくるのが「タンムジ」(たくあん)

  私は今回の旅で初めて知った公州、清州でしたが、世界遺産が
多く、見所たっぷり、食事も美味しく、歴史が好きな方、特に韓国
歴史ドラマファンにはとても興味深い地域です。ソウルや釜山に
行ったことのある方には新発見の韓国、是非おすすめします!
 
参考:地球の歩き方、韓国観光公社

     

    Back        This Page Top

ホームへ戻る
home