PC処世術 - 通信速度を考える

通信速度の変遷 - LAN編

 パソコンに記録したデータというものは、単独のPCの中に蓄えておくだけでは活きてこない。他のパソコンなどに転送あるいは他者と共有できて初めて価値を持つデータも少なくない。これはなにもインターネットやLANが当たり前となった現代だけの話ではない。パソコン同士でデータをやり取りするということは、昔からフロッピーなどのメディアを介しても可能ではあったが、やはりパソコン同士を繋いでデータをやり取りすることは利便性の観点から必要とされてきたことである。(特に敷地が広く,パソコン同士が長距離に散在していたアメリカ方面の機関などでこの欲求は大きかったようである。)
 パソコン同士を繋ぐ方法としては、比較的近隣にあるPC同士を繋ぐ LAN のような方法と、比較的離れた場所にあるPC(あるいはサーバ)に接続するダイヤルアップのようなものとがある。LAN は主として近隣のコンピュータのストレージ(HDDなど)に対して読み書きを行う方法を提供するものであり、ダイヤルアップと比較して遥かに高速である。ダイヤルアップのような方法は LANと比較してかなり低速な方法ではあるが、自分のPCと外界との情報をやり取りする手段としてその需要があったものである。

 ここではまず、LANの速度と、外界との接続(ダイヤルアップ, ADSL, FTTH含む)速度の進歩の歩みを整理してみたい。図1は、各年ごとの代表的な通信速度をプロットしたグラフである。縦軸はデシベル[db]表記としており,kbps を単位とした通信速度の対数をとって20倍した値で表示してある。
 まず LAN であるが、Ethernet 10base-2, -5, Token Ringなどの LAN が一般に出回り始めてきたのは1993年頃だったろうか。その通信速度は、10Mbpsであった。そして日本におけるインターネット元年とも呼べる1995年頃には10base-Tの普及もあり、しばらく10Mbpsの時代が続いた。100Mbps用の機器が登場し始めたのは 1997〜1998年頃だっただろうか。当初はHubにしても 1ポート数万円という高価な機器であったが、その後急激に低価格化が進み、一般化した。2004年現在でもごく標準的なLANの通信速度といってよく、やはり数年続いたことになる。1Gbpsの通信速度を誇るGigabitEther は2002年頃に一般向けの機器が出始めたと思うが、2004年現在は低価格化の歩みとともに普及が加速している段階にある。
 このような LAN の通信速度は、図1に示すように階段状に10倍(20db)ごとの飛躍を繰り返してきたわけであり、その更新サイクルは4〜5年であった。そして、その進歩の速度は 4.3db/年 と、 CPU速度の進歩の速さと同程度の速度である。通信速度を速くする需要の根源は、やり取りするデータ量に関連するものかとばかり思っていたが、どういうわけか HDDの容量増大の速度(5.1db/年)に比べると緩やかなようである。その一方で、HDDの速度の加速度(2.5db/年)に比べると遥かに速いので、ネットワークが速度面で HDDのようなストレージに近づきつつあることが数字の上からもハッキリと読み取れるわけである。HDDの速度をネットワークの速度が追い越すことがあるかどうかは分からないが、ネットワークの速度がローカルのHDDに比べて遅いものであるという認識は過去のものになってしまうかもしれない。確かに、額面速度ではあるが 1Gbpsといえば125Mbytes毎秒であり、既にシリアルATAの転送速度に肉薄しているのである。

 このように、LANはもともとPC同士を繋いでデータをやり取りするところに目的があったものであるが、進化スピードの相違により他の機器に対する能力の位置付けが変化しており、その使い方や使用目的の変化を予感させる。2004年現在までは LAN の速度自体がPCが醸す買い替え感の直接的要因にはなっていなかったように思われるが、PCに期待する機能を支える存在として、今後要注目ではないかと筆者は見ている。
 今回は近隣のPCとの接続を行う LAN について述べたが、図1には比較的遠いPCやネットワークとの接続速度についても青色で示してある。次回はこれについて述べてみようと思う (18. Apr,2004)

通信速度の変遷 - 接続速度編

 前回は LAN の速度の変遷について述べた。 LAN は、ネットワーク中にあっては比較的近距離でかつ高速に接続されたものであり、インターネットにあってはサーバー側の転送能力を律則するものである。つまり前稿で示された 4.3db/年という値は、インターネットのサーバー側からの転送速度の進歩の速さであると読むこともできる。
 さて、翻って比較的遠距離、例えば自宅からアクセスポイントまでの接続速度を考えてみよう。図1では、青色で示されたラインである。図を見ていただいてお気づきかもしれないが、接続速度は必ずしも直線的ではない進歩の道のりを歩んできた。特に ADSLをはじめとするブロードバンドの出現の前後では、プロットされた点が大きくうねっている。自宅とアクセスポイントの接続速度は、社会インフラや各種利権の絡むところであり、必ずしも技術の進歩に沿った歩みになるとは限らないようである。なお、図1の青線はプロットからの近似線ではなく赤線(4.3db/年)の平行移動である点、ご注意いただきたい。
 インターネットが普及する以前、パソコン通信の時代から、電話回線とモデムによる接続の速度は進歩を続けてきた。1980年代は300bps〜1200bps程度の速度であり、通信で得た文字列を受信しながら読むことができたような時代である。この時代から ADSL時代までの間は、主にモデムの進化の歴史である。モデムのスピードはPCの32bit化の頃から 9,600bps, 14.4kbps と推移し、インターネット元年の頃に 28.8kbps となり、そして下り57.6kbpsまで進化を遂げた。
 しかしながらモデムの進歩は、図1では青線を下回った進歩であり、その当時着々と進化していた LAN の速度の伸びに比べると遅いスピードで進歩していたことになる。つまり、サーバー側の能力の向上があって送られてくるべき情報量は増大したが、PCとアクセスポイントの間の通信速度がボトルネックとなっていた時代であったと言うことができる。通信速度の遅さと高い従量制通信コストに頭を悩まされた方も少なくあるまい。
 実はこの時代にも、デジタル化・高速化の必要性は通信会社も感じ取っており、ISDNなる接続方式も出現した。しかし図1を見て明らかなように、ISDNが提供した通信速度はモデムの延長線上であり、格段に速かったわけではない。そして、サーバー側の能力との乖離はますます進み、2000年には128kbpsの速度を以ってしても実に10デシベル(約3.2倍)を超えるギャップを生じているのである。このことから、ISDNはサービスインの段階で既に陳腐化済みの接続方式であった疑いが濃厚であり、ユーザーの需要とのギャップを埋めるに至らなかったと考えられる。ISDNがその後どうなったかは、2004年現在の通信環境を見れば明らかだろう。ブロードバンドの出現までの間は、ユーザーの欲求とのギャップを埋められなかった時代であり、ユーザーは我慢を強いられていたようである。

 さて、時代は移ってADSLをはじめとするブロードバンドの興隆が目立ってきた21世紀初頭であるが、ADSLの接続速度(1.5Mbps〜)は縦軸対数のグラフで見てもインパクトがあったと言える。人間の感覚と言うものは大抵 log(対数)だ、と言われているが、だとするとADSLは体感速度としても十分インパクトがあったと考えることができ、2004年現在の隆盛も理解できる。
 そのブロードバンドも、これまで独占状態にあった通信インフラに風穴を開けられる存在として接続速度大競争の時代に突入している。1.5Mbps 程度で始まった ADSLであるが、2004年現在では 40Mbpsを標榜するものまで出現している(もちろん、額面での速度であり実行速度とは異なる点は含みおく必要がある)。そして ADSLに負けじと行った(?)大投資により光ファイバによる FTTHなども台頭しつつあり、接続速度は 100Mbpsと LAN並にまで達しつつある。
 しかしこのような速度の競争は、筆者の見立てではいささか過熱気味である。果たして世の中が要求している通信速度とマッチしているのかどうか、疑問を挟む余地がある。確かに通信速度は速いに越したことはないが、残念ながらサーバー側の能力の伸びは4.3db/年なのであり、ADSL, FTTHの速度大競争がもたらしている通信速度の伸びに追いついていない。つまり、PCとアクセスポイントとの接続速度よりもサーバー側の能力の方がボトルネックになっていると考えるのが妥当なように思う。接続速度競争によってユーザーは速い通信速度を享受できるようになったが、高速回線のために支払っているコストが妥当であるかと聞かれると、残念ながら疑問符を付けざるを得ない(勿論、高速回線を必要とするユーザーがいることは事実であるが)。筆者としては大価格競争になってくれた方が嬉しかったりするのだが、それでは ITバブル時代の投資が回収できなかったりするのかもしれず、現在の接続速度競争は位相遅れを持ってやってきた ITバブルの産物とも考えられる。

 さて、現在のサーバ側の能力に対して多少余裕のある ADSL の接続速度だが、果たしてどのくらい余裕があるのだろうか?図1の青線と ADSLの標準的な接続速度 24Mbps とがクロスする点をみると、2007〜2008年頃である。つまり、2004年現在からあと3〜4年は ADSLから FTTHへの乗り換えを迫られることはなく、ADSLは結構しぶとく生き残ると予想することができる。8Mbpsでもあと1〜2年は持ちそうに見えるし、40Mbpsならもう少し長生きだろう。勿論、我慢の限界は更に低レベルであることを考慮すると、8Mや12Mbps程度のADSLもかなりしぶといと考えられる。 どうしても FTTH のような高速回線に移行しなければならないというシチュエーションがやってくるのは、どうやら 2008年〜2010年頃より先になりそうだ。
 ・・・ん?この年代は 64bit黄金時代の到来パソコンに期待される機能としての動画が本格化する予定の年代である。なにやらひと波乱を予感せずにはおれず、筆者としては財布の紐をなかなか緩められずにいる。 (21. Apr, 2004)

通信速度の変遷 - モバイル編

 これまでに、LANの速度の変遷、およびダイヤルアップ, DSLの速度の変遷について述べてきた。そして情報発信の源流であるサーバ側LANの通信速度の成長率:4.3db/yearほどのスピードで要求される通信速度が大きくなっているというのが筆者の見立てであった。
 昨今ではLANやインターネット接続速度(DSLなど)に加えて, 携帯電話系モバイル接続速度も大きな世間の話題の一つである。2004年現在にあっては、ノートPCなどからモバイルでインターネットに接続するだけでなく、PDAや携帯電話から直接インターネットに接続して情報をダウンロードすることも常識となりつつある。メールに至っては、パソコンを趣味にしない人にとっては 「『メイル』といえばケータイ・メールを指す」ことも多いというご時世になっている。
 その背景にはモバイル機器の性能もまた半導体の進歩に伴って向上してきたこともあるし、IP網を始めとした通信インフラの整備と移動体通信会社間の競争によって接続料金がこなれてきたことなどが挙げられるだろう。ここでは、携帯電話(PDC)の出現から2004年現在に至る過程を追いながら、現状のモバイル通信環境がどのような状態におかれているかを眺めてみたい。

 まず、モバイル接続速度の変遷を図2のようにまとめてきた。図2は、図1にサービス・イン時点でのモバイル接続速度の額面(注:必ずしも額面通りの通信速度で接続できるわけではない点を含みおいて欲しい)を緑色でプロットしたものである。1993年のPDC携帯電話のサービスイン時点から、PHSによる 32kbps, 64kbps サービスおよび W-CDMAのFOMA(384kbps), そして KDDI の CDMA 1X WIN(2.4Mbps)サービスまでがプロットしてある。
 ここで、緑色の線は傾き4.3db/yearの線であり、図1の青線と同一であるのだが、サービスイン時点の通信速度のプロットと良く一致している。モバイル接続速度は、要求が固定回線の接続速度に対して小さいものとばかり思っていたが、以外にもモバイルも固定回線も近いレベルの速度が要求されているようだ。(あるいは、額面速度と実効速度の差が固定回線とモバイル接続の要求レベルの差であるかもしれない。)

 ただ、実際に普及した年代を考えると, 携帯電話は 1995年頃に爆発的に普及したように思うし、FOMAも900iシリーズが出た2004年頃から普及(?普及したといえるかどうかは疑問が残るが)したようであり、少々乱暴ではあるがサービスインから普及まで大体2年くらいのディレイがあるように思える。緑の点線は、実線から2年ずらして描いてみたラインである。
 こうしてみると、PDC〜PHS時代においては、ほぼ要求どおりの通信速度がモバイル接続においては提供されてきたことが伺える。図2においてプロットが実線を大きく下回らないことは、すなわち普及すべき2年後においても点線を大きく下回ることがないことを意味しており、世間から要求される接続速度と提供されている接続速度の間に大きな乖離が生じていなかったと考えられる。
 再三世代携帯電話(3G)と言われるFOMA はどうであろうか。FOMAが提供できた384kbpsという通信速度は、4.3db/year のラインからみるとやや下回っており、時間で見ると1年分くらい下回っているように見える。「つながりにくい」とか「サービスエリアが狭い」とも言われることのある FOMA だが、サービスインの遅れに伴って,そのメリットたるべき通信速度の面で見ても世間の要求から浮世離れした感がある。その乖離の程度はISDN程ではないにしても、行く末が案じられる。
 一方で、KDDIの提供する CDMA 1X WIN(1xEV-DO)はどうだろうか。その額面速度は丁度 4.3db/year の緑色実線に乗っている。とかく定額料金制度が取りざたされがちではあるが、KDDI が提供するパケット通信の速度は世間の要求から乖離しておらず、この点から見ても 2004年現在における KDDI の躍進は合点の行くところである。

 さて、サービスインから実際に普及するまでの期間はおよそ2年であることを考えると、ドコモ vs KDDI(1X WIN) の正念場は 2005年迄にあるように思われる。今後当サイトでも考察したいとは思っているが、携帯電話をはじめとするモバイル機器の進化もまた著しく、要求される通信速度もまだ大きくなる気配である。 筆者には技術的な優劣は良く分からないが、KDDIに躍進を許しつつあるドコモは世間からの要求ラインに乗った機器をあてがってゆかない限り、挽回は難しいのではないかと筆者は思うのである。(16. May, 2004)

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