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◇ピゴネヨ〜(=疲れた〜)
BGM : gibra' ara / Amarok



●出張に備えて、「まずはここから! やさしい韓国語 カタコト会話帳」という本を買った。なるほど、カムサハムニダ(ありがとうございます)の「カムサ」は「感謝」、アンニョンハセヨ(こんにちは)の「アンニョン」は「安寧」のことなのだな。だったら漢字で書かんか漢字で。カタカナ表記の音やハングルを見ていると、どっか別の星に行くような気分になってしまう。アラビア文字のほうが、まだ地球上の言語っぽく見えますね。いや、どっちも地球の言語なんだが。ところで、「チョヌン イルボン サラミムニダ(私は日本人です)!」「イルボンマル ハルスイヌン サラミッソヨ(日本語を話せる人はいませんか)!」などと発音の練習をしてみると、どういうわけか北朝鮮のアナウンサー口調になってしまうのが困る。気合い入りすぎ。

●ようやく小学館の対談本を脱稿。雑誌に連載されたものに加筆する仕事だったのだが、7月頃から他の仕事の合間を縫ってチビチビ進めていたので、全体のバランスがどうなっているのか不安だ。でも最初から読み通して推敲している暇はないから、そのまま送っちゃおうっと。アバウトなラストパスだが、フィニッシュを枠に持っていけるかどうかは編集者の腕次第ということで。

●だいたい、私はふだん「原稿の完成度が高い」と褒められることが多い(もちろん自慢している)のだが、ということは世間のライターたちはもっと完成度の低い状態で編集に渡しているわけで、だったらこれぐらいでも怒られることはないであろう……なんて思ったりするのはイケナイことです。ごめんなさい。

●小学館は終わったが、そっちを先に進めた分、当然、祥伝社のほうは停滞している。したがって韓国出張中にかなり書き進めなければいけないことになっていて、とても憂鬱だ。そういえば私が韓国にいるあいだ、担当編集者はリフレッシュ休暇とやらでウィーンだのプラハだのに行っているらしい。書き手と編集者が海外にいるのに原稿が進むなんていうことが、あってもいいものだろうか。

●けさの「スーパーモーニング」によれば、どうやら亀会見は「一問一答」や記者の選別といった理不尽な制限があったらしい。ならば記者諸氏にいくらか同情しないでもないけれど、「一問」しか許されないなら余計に質問内容を研ぎ澄まさないといけないのだし、なにしろ相手が反則野郎なのだから、向こうの示したルールに唯々諾々と従うこともなかろう。重ねて質問して、司会者が強引に「一問一答ですからぁ!」と割って入るシーンでも撮れば、あの記者会見の実態が世間に伝わったんじゃないのかと思うと残念。終わってから抗議したってしょうがない。

記・平成十九年十月十九日(金)







◇雑感
BGM : Sky Blue Sky / Wilco



●亀会見をテレビのニュースで見た。「これまでのパフォーマンスや過激な発言についてはどんな感想を?」という記者の質問が眠たい。そんな訊き方をするから、「それは今ちょっとわかりません」みたいなことでウヤムヤにされてしまうのだ。なぜ「先ほどの謝罪は、内藤選手をゴキブリと呼んだことやリング上での恫喝行為なども含めてのものだと理解してよろしいですか?」と具体的な訊き方をしないのか。「反則を指示していないならなぜ自分への処分を受け入れるのか」と質問する記者がいないのも、どうかしている。せっかくのチャンスなんだから、もっと鋭いパンチを繰り出して面白くしろよ。あんなんじゃ、クリンチの多いボクシングの試合といっしょじゃんか。

●ボクシング界の仕組みを知らない私のような人間にとって不思議なのは、世界タイトルマッチでの反則行為に対する処分を、WBCではなくJBCが下すというところだ。あれ、相手が内藤ではなく外国人チャンピオンだったら、どういうことになるのでしょうか。それでも日本人の処分は日本の協会に権限があるの? ライセンスをJBCが与えているから、ということだろうか。だったら、あんな人間にライセンスを与えていたJBCをWBCが処分してもよさそうなものだが。

●関係ないけど、女児刺殺事件を教育再生会議と結びつけて語ろうとする古館伊知郎も、ほんとうにどうかしている。いまさら言ってもしょうがないけど。

●さらに関係ないが、急に思い出したので書いておくと、テレビ朝日の角澤アナは目の見えないサッカーファンのあいだで、ものすごく評判が悪いです。いや、もちろんすべてのサッカーファンのあいだで評判が悪いだろうとは思うが、ブラインドサッカーの選手たちは異口同音に「試合で何が起きているのか全然わからない」と腹を立てていた。そりゃあ、そうだろうな。「絶対に負けられない戦いがそこにはある!」ばっかり何百回も聞かされたら、たまらんよ。ゆうべのカタール戦は観てないから知らないけど、きっとそんな感じだったんでしょ? ともかく、NHKの実況なんかは彼らにも好評だから、「全然わからない」のは「テレビだから」ではない。まあ、日本に30万人しかいない少数者への配慮を数字第一の民放テレビ局なんかに求めるのは無理な相談かもしれないが、視覚障害者もテレビを見ていることを忘れてはいけない。ラジオばかり聴いていると思ったら大間違いなのだ。

●いま、目が見えない人の場合は「テレビを聴いている」と言うべきじゃないの?と思った人もいるだろうが、彼らは「テレビを聴く」とは言いません。「テレビを見る」と言います。晴眼者だって、実はテレビから「耳」で多くの情報を得ているにもかかわらず、「きのうテレビを見ていたら、○○がこんなことを言っていた」などと言う。「それは見たんじゃなくて聞いたんだろ」とつっこむ人はいない。いるかもしれないが、ふつう、そういう人は「めんどくさい奴」と思われて相手にされない。それと同じことだ。コンサートは「聴く」もの、味噌汁は(どんなに具だくさんでも)「飲む」もの、テレビは「見る」ものである。言葉の慣用とはそういうものなんだろうと思う。

●もっともっと関係ないが、これも急に思い出したので書いておくと、このあいだ書店の新書コーナーで「日本人はなぜシュートを打たないのか?」というタイトルを見かけたとき、それを一瞬「野球の本」だと思い込んだ自分に驚いた。湯浅健二という著者名を見てようやくサッカーの話だと認識したのだが、私もかなりどうかしている。しかし、これは決して私がサッカーに興味を失っているからではなく、仕事柄、新書のタイトルに厳しい視線を向けているからだと思う。だって、「日本人はなぜシュートを打たないのか?」は、野球の本なら意表をつく面白いタイトルだけど、サッカーの本としては凡庸じゃないか。だから、まさかイマドキの新書編集者がサッカー本にそんなタイトルをつけるとは思わなかったのだ。「○○はなぜ××なのか」にすりゃあいいってもんじゃないのである。あと、むかしむかしのそのまたむかし、シュートが苦手だったタブチ君が、投手にそれを投げさせないようにするために、ホームランを打って記者にその球種を訊かれるたびに必ず「シュート」と答えていたという故事も、頭のどこかにあったのかもしれない。っていうか、表記が「なぜシュートを撃たないのか」になっていれば勘違いしなかったと思うんだけどね。「シュートを打つ」のは、やっぱ野球選手の仕事だろ。まあ、どうでもいい話。仕事しろ仕事。おまえはキーボードを打て。もっとも、さっきからいっぱい打ってはいるんだが。

記・平成十九年十月十八日(木)







◇忙と忘2
BGM : A Ghost Is Born / Wilco



 あー。けさのNHK「おはよう日本」を録画してある人はいないだろうか。いないよなぁ。そこではブラインドサッカーを取り上げたおよそ3分のコーナーが放送されていたはずで、きのう、9月に取材現場で知り合ったNHKのアナウンサー氏がそれをわざわざ電話で教えてくれたのに、それからバタバタと仕事をしているうちに録画予約を忘れてしまったのだった。あーあ。いまさらアナ氏に「ビデオ貸してもらえませんかねぇ」なんて頼めないしなぁ。まあ、映像そのものは私が自分の目で見たものが大半であるはずなのでいいのだが、NHKがどんな切り口でブラインドサッカーを紹介するのか知っておきたかった。もし番組をご覧になった方がいましたら、どんな感じだったか教えてもらえると幸いでごんす。うー。アナウンサーのTさん、せっかくのご厚意を無駄にしてしまってごめんなさい。

 そのブラインドサッカー取材で韓国に行くまで、あと4日。暗い体育館でより良い写真を撮るべく、きのうは新しい交換レンズを買ってしまった。徐々にカメラマン志向が高まっている今日この頃なのである。えへへ。購入したのは、OLYMPUS ZUIKO DIGITAL ED 50-200mm F2.8-3.5 。これまでカメラのことは何も知らなかったが、レンズって高いのね。カメラ本体より高いんでやんの。あははー。しかし高いだけあって、そのボケ味はかなりのもの。ヨドバシカメラの店頭でファインダーを覗いた瞬間にグッときてしまった。スポーツ写真は背景をぼかさないとシマらないからね。うんうん、シマらないシマらない。財布の紐もシマらない。うー。アルゼンチンのときはMacBook、ブラジルのときは一眼レフ、今回はレンズ(それだけで1キロ以上ある)と、海外出張のたびに装備が重くなっている。

記・平成十九年十月十七日(水)







◇忙と忘
BGM : Summerteeth / Wilco



 心を亡くすと書いて「忙」とはよく言ったもので、けさ愚妻に「今日で13年」と言われるまで、本日10月15日がわれわれの結婚記念日であることをすっかり忘れておったのだった。おおそうか、「忘」も心を亡くすと書くのだな。つまり、あらゆる意味で心が死んでいるのだ私はいま。私は心が死んでいる! 私は心が死んでいる! と大声でくり返してみると、ちょっと叫ぶ詩人の会みたいでおもしろいぞ。いや、この場合、「心は私が死んでいる!」のほうが詩っぽいかもな。鼻は象が長い! 鼻は象が長い! いちいち二度言わんでよろしい。「叫ぶライターの会」はないのだろうか。あったら1日だけ体験入会したい。うおー! うおー! 結婚記念日にやることじゃありませんぜ旦那、うっへっへ。内容と文体がバラバラだ。わかるかなぁ。わっかんねぇだろうなぁ。まあよい。読み手を置き去りにしても叱られないのが日記の良いところだ。ともあれ、今日が結婚記念日ということは、明日は愚妻の誕生日だということである。こちらは忘れにくいシステムになっているのがありがたい。順番が逆じゃなくてよかった。ところで関係あるような無いような話だが、なぜ「虻」は虫を亡くすと書くのか。虻、生きてるよねぇ。虻が生きているなら私の心だって死んでないじゃないか。私は心が虻! 心は私が虻! どっちでもない! 心配するな。まだ発狂してはいない。まだ。

記・平成十九年十月十五日(月)







◇旗振り役
BGM : Being There / Wilco



 きのうはセガレの運動会。「体育学習発表会」ではなく「運動会」だ。あれは3年前、セガレが1年生のときに、当時の校長が(定年退職前の最後っ屁のように)「運動会」を「体育学習発表会」と改称したのだが、その校長の退職を受けて昨年度から赴任していた新校長が、今年度から元に戻したのだった。就任1年目は前任者の「偉業」を引き継いでおいて、2年目からおずおずと独自色を出してくるというヘタレなやり口も含めて、すべてがとてもバカバカしい。

 セガレは、紅組の応援団。自ら立候補したらしく、どうしてそんなことがやりたいのか父にも母にもさっぱり理解できない。しかも旗を振る係。サッカーのGKもそうだが、どうやら「後ろでみんなと違うことをやる」のが好きなようだ。自分の息子がずっと「赤旗」を振り回している姿にはグッとくるものがあったが、まあ、戦いの最中に「白旗」を振り回すのもそれはそれでモンダイがあるように思われるので、どっちでもいいや。ところで紅組も白組も6年生の応援団長は女子だった。応援団全体を見渡しても、9割は女子。5〜6年生の騎馬戦も、閉会式で校長が「騎馬戦ではみんな赤が勝ったと思ってるでしょうが、(実質的には)勝ったのは女子でしたね」とコメントするほど女の子の強さが際立っていた。大丈夫なのか日本男子。結果は、315対265で紅組の優勝。セガレが旗を振っている関係上、わりと本気で紅組を応援していたので嬉しかった。

 5月から6月にかけてローラ・ニーロ集めに励んで以来、ほとんどCDを買っていなかったのだが、何かの拍子に聴いてみたらとてもよかったので、ウィルコのアルバムを6タイトルも大人買いしてしまった。このバンドを紹介するのにしばしば使われる「オルタナティブ・カントリー」という言葉は何のことだか私にはよくわからないが、ウィルコはよい。よよいのよい。久しぶりに愉快痛快なロックバンドを見つけた気分。初めてリトル・フィートの存在を知って集め始めたとき感じたものに匹敵するぐらいのインパクトがある。どういう音楽なのかは、うまく説明できません。聴いていて想起するのは、ビートルズとレディオヘッド、だろうか。とても注意深く音楽を作る人たち、というのが第一印象。

記・平成十九年十月十四日(日)







◇切腹は断固阻止すべし
BGM : A.M. / Wilco



 がっちりガードを固めて背中を丸め、およそボクサーらしくないベタ足でモタモタと頭から突っ込む姿を見て「おまえはカブト虫か」などと悪態をついていたら、最後は本当に「持ち上げて落とす」というビートル殺法を見せてくれた次男クンではあった。親父が「ゴキブリ」と呼んだせいで、ほんとうに相手が昆虫だと思っていたのかもしれない。カフカかよ。それにしても、あの反則技を見て、サッカーの試合中に興奮のあまりボールを持って走り出したことでラグビーを創始した(という説もある)エリス少年のことを思い出したのは私だけではないだろう。見境をなくした人間って何すっかわからん。持ち上げて落とせる格闘技はとっくに存在するので、次男クンにエリス少年のような創造性はないわけだが。醜悪としか言いようがない。いや、授業参観中の父兄がリングに乱入しなかっただけマシだと考えるべきだろうか。できれば内藤さんのパンツには、「保険見直し」ではなく「世直し」と大書してほしかったものである。

 しかし後から振り返れば、ただ痛々しさだけが残る試合であった。あの子の姿からは、「オレはボクシングが好きだ」という気持ちがこれっぽっちも伝わってこなかった。たぶん、好きじゃないからだろう。あの守備的な姿勢は、相手のパンチではない何か別のものから、必死で身を守っていたように思えなくもない。何度も首をひねっていたのも、「なんでオレの人生はこんなことになっちゃったんだ?」という根源的な疑問によるものだったのではあるまいか。なんか勝てそうもないのがわかった途端に、「オレのパンチは宇宙一とちゃうかったんや〜」とマインドコントロールが解けたとか。彼が殴り倒すべき相手は、リングの上ではなく青コーナーにいるとしか思えなかった。やめたいならやめていいよ、と、誰か言ってやれ。少なくとも、切腹なんか絶対にさせちゃいけない。あんな色の髪の毛の奴に切腹させたら、武士の文化を汚すことにしかならないと思う。どうしても死にたいなら、リストカットがお似合いだ。不穏当な発言があったら謝る。すまない。もっとも、彼らに対してはどんなに不穏当な発言も許されるとは思うけれど。世間の「ガス抜き装置」としての存在意義は認めてやってもいい。

記・平成十九年十月十二日(金)







◇おらおら革命
BGM : Yankee Hotel Foxtrot / Wilco



 なんだかすごいなこの被告はと思ったのは、法廷で2度暴力…厳戒の中、また刑務官殴るというニュースだ。傷害事件で実刑判決を言い渡された法廷で検察官に怪我をさせ、その傷害罪でも実刑が確定したものの、収監される前に拘置所で暴れて建造物損壊罪に問われ、その初公判でも「おらー」と叫びながら刑務官を殴って退廷処分。きっとこの暴行事件でも起訴されるわけで、その法廷でも「おらおらー」と誰か殴るなり何か壊すなりして起訴され、その法廷でもまた……ということになり、そうやって暴れ続けていれば永遠に裁判が続くので刑務所に入らないで済むという、じつに画期的な法廷戦術なのではないかこれは。あるいは暴力革命のミニマリズム? この人、最終的に死刑囚になったとしても、刑の執行直前に刑務官をぶん殴りそうな気がする。おらー。その場合、どう処理されるんでしょうか。死刑を中止して、また傷害罪の取り調べから始める(そしてまた誰かを殴る)わけ? もちろん、現実にはいちいち立件しないで死刑にするんだろうが、「死刑囚の犯罪」を法理論でどう扱うのか興味がある。なんでそんなことに興味があるんだ私は。

記・平成十九年十月十一日(木)







◇ラツィオ×レアル・マドリード(欧州CL)
BGM : Half The Perfect World / Madeleine Peyroux



 あれれ。もう10日だよオイ。10月、3分の1も過ぎちゃったよ。おかしいだろそれ。ふざけんなよ。ゆうべ小学館のTさんから電話があり、後回しにしていた単行本の原稿(半冊分)を「22日までにいただけるでしょうか」というので、なんだそんなにロスタイムあったのか!と天にも昇るような多幸感に包まれてしまい(だって電話をもらうまでは今週中には上げないとぶっ殺されるんじゃないかと怯えていたのだ)、つい仕事を脇に置いてラツィオ×レアル・マドリード戦をビデオ観戦してしまったのだが、しかしよく考えてみると今月中に書くべき原稿の量が減ったわけでも何でもない(もう一冊、祥伝社の仕事がある)ので、「パンデフ最高!」とかほざいてヘラヘラしてる場合じゃねえだろおまえは、という話だった。ちなみにパンデフというのは、ファン・ニステルローイという外道のまったく尊敬に値しない二つのゴールで常に先手を取ったレアル・マドリードから二度にわたってきわめて美しい同点ゴールを奪うことによってラツィオに勝ち点1をもたらしたマケドニアの英雄の名です。いやっほーう。だからいやっほーうじゃないっつうんだよ。いやはや何ともバロッタ翁の横っ飛びセーブには心底シビレたよまったくとか唸っている場合でもない。ところでレアルの監督って顔が溶けかかったマイケル・ダグラスみたいだというのも実に余計な感想。私は忙しい。私は忙しい。私は忙しい。自分にそう言い聞かせないと今日も怠けてしまいそうなほど、私の気持ちを楽にしてしまったのだゆうべのTさんの電話は。私に原稿を書かせる編集者は、決して手綱を緩めてはいけない。でも鞭でぶっちゃイヤ。

記・平成十九年十月十日(水)







◇B1日本代表×兵庫サムライスターズ
BGM : No Word From Tom / Hem



 8日正午キックオフのB1日本代表×兵庫サムライスターズ(於ホームズスタジアム神戸)は、3-0で代表の圧勝。サンパウロ遠征以降、個人の技術やチーム戦術は相当に(いやもうそれは驚くほどに)レベルアップしたものの、どこかの国の晴眼代表と同様「フィニッシュが課題」だったB1(全盲)代表だが、合宿最終日の紅白戦は計4ゴール、この壮行試合でも3ゴールが生まれ、風祭監督もホッとされていたようだ。とくに、今回初めて代表入りを果たした加藤健人(通称カトケン)が紅白戦で1点、壮行試合で2点と大ブレイクしたのは好材料。サンパウロ遠征には不参加だった鳥居健人(通称トリケン)も、先日の東日本リーグでバカスカとゴールを決めていたそうだ。この2枚が使えると、サンパウロで出ずっぱりだった田中智成と佐々木康裕の負担も軽くなる。なにしろアジア選手権は5日間休日なしで5試合を戦うという強行日程なのだ。ともあれこの調子なら、対戦する3ヶ国のうち、レベルの(たぶん)低い中国やイラン相手ならかなり得点が奪えるのではないかと予想する。しかし中国とイランは誰も見たことが(聞いたことも触ったことも嗅いだことも)ないので、やってみないとわからない。去年の世界選手権もそうだったが、相手国の情報が皆無に等しい国際大会ってドキドキする。

 ところで昨日の壮行試合、「ひょうごサッカーデー」というイベントの一環だったので、おそらくは初めてブラインドサッカーを見たであろうギャラリーが何十人か「ウソだろ!?」という表情でピッチを取り囲み、シュートシーンなどでは「おお」と感嘆の声も上がっていた。「どうよ」と胸を張る資格が私にないことは承知しているが、なんだか誇らしかった。いちいちトラックをレンタルして試合会場まで(たった1試合のために)フェンスを運ばなければならないので関係者は大変だが、こういう機会はなるべく増やしたほうがいいですね。ブラインドサッカーだけのイベントでは、ブラインドサッカーを知ってる人しか来ないので。

 試合終了後、韓国での再会を約束しながら選手やスタッフらと握手を交わし、生まれて初めて新幹線のグリーン車に乗って帰京。連休中で普通車の指定席が取れなかったのでしょうがない。足を乗せる台があるのはありがたかった(逆にいうとそれぐらいしかありがたいことがなかった)が、ケータイをマナーモードにしていないバカが4人(みんな着信音が違ったから間違いなく4人)もいて、何度も安眠を妨害された。1人目のときに「チイ〜ッ!」と盛大な舌打ちをして警告してやってんだから気づけよバカ野郎。品川から調布にある妻の実家に直行し、義理の父母の喜寿を祝う会に列席。疲れました。でも、こうしてたまに「太陽の光を浴びながら立ち歩く仕事」があると良い気分転換になる。さて、またアーロンチェアにべったり腰を据えて、後回しにしっぱなしだった小学館の単行本に取りかかることにするか。9月中に仕上げることになっていたはずなのにまったく催促されないが、これ、いつまでロスタイムをもらえるんだろうか。

記・平成十九年十月九日(火)







◇そして神戸
BGM : Karaoke Noise



 夜を日に接いで(木に竹を接ぐような原稿を)書きまくっていたので何が何曜日の出来事だったのかうまく思い出せないが、前回の日誌を更新して以降、やっとのことで新書を脱稿するやいなや「わしズム」の座談会記事をやっつけ、朝から晩まで医者と弁護士の口述を計7時間にわたって聞き、帰宅するやいなや「わしズム」の対談記事をまとめていたら、ふと気づくと新幹線に乗り遅れそうな時間になっていたのでものすごく慌てたのだったが、何とか無理やりフィニッシュに持ち込んで送稿するやいなや荷物を抱えて駅に走り、倒れ込むように品川でのぞみ117号に乗り込んだのは、ブラインドサッカー日本代表の合宿練習を2日間にわたって取材するためだった。それも終わって、いまは西明石のリンカーンホテルというふざけた名前の宿でこれを書いている。日本チームの常宿なので私もここには何度も泊まっているのだが、もっとふざけているのは部屋に耳栓が用意されていることで、なぜ耳栓かといえば、隣のカラオケスナックか何かから悪夢のような歌声が送り届けられるからだ。いや、まだ悪夢のほうがマシだよな。悪夢は現実じゃないからな。ま、2泊で7900円じゃしょうがないですけども。部屋には冷蔵庫もないのに全室LAN回線無料というあたりが、便利なのか不便なのかさっぱりわからないところである。冷蔵庫とインターネットのどっちが私たちにとって飲み物を冷やすのに必要だと思ってるんだ! しかし、そんなことはどうでもいいのであって、日本チームは合宿のたびに着実にレベルアップを果たしている。声の連携で前線の3人がポジションチェンジをくり返しながらパスを回してゴールに迫る攻撃パターンの練習は、じつに見応えがあると同時に驚くべきものだった。どんなもんなのか見たい人は、明日(8日)12時にホームズスタジアム神戸(旧・神戸ウイングスタジアム)に行くと、日本代表の壮行試合(対兵庫サムライスターズ)を見ることができるはずです(雨天中止)。キックオフの13時間前に告知してどうすんだよそんなもの。

記・平成十九年十月七日(日)







◇あーあ
BGM : The Album / Caravan



 書いても書いても新書の原稿が終わらない。
 もう、「わしズム」に取りかからなければいけないのに。
 焦燥。
 憂鬱。
 眠気。
 コーヒー。
 目薬。
 そしてサロンパス。
 しかし、この徹夜続きにもかかわらず腰痛がない。
 アーロンチェア、すごいや。
 アーロンチェアのすごさを実感する日々は、
 わりかし不幸な日々。

 ミクシィで矢野真紀とローラ・ニーロのコミュニティなるものを発見して深く考えないまま入会し、とくに何もしないまま、翌日にはいたたまれなくなって退会した。なぜ私は自分の好きなものが好きな人々が好きなものについて語り合って(そして盛り上がって)いるのを見聞きするのが苦手なんだろう。難儀な性格。もし、自分の嫌いなものが嫌いな人々が嫌いなものについて語り合って(そして大いに盛り上がって)いたらどうだろうか。なぜ、ミクシィのプロフィール欄には「嫌いな○○」という項目がないのだろうか。

記・平成十九年十月三日(水)







◇ああウザってえ!
BGM : Loud Guitars, Big Suspicions / Shannon Curfman



 主権者による直接選挙で堂々と選出された地方自治体の首長を「小人」と呼び、その抗議文を「戯れ言」と切り捨てた大臣がいるそうな。ほほう、小人ですか。私がその大臣に投げつける言葉は「アンタに言われたくねえよ」に決まっているのだが、私怨はともかくとして、権力を握ったとたんにヒーロー気取りで本性を剥き出しにして居丈高になり、かように小汚い差別的言辞を弄するような者を小人と呼ばずして、いったい誰を小人と呼ぶべきか。テレビタレントとしての知名度を政権の人気取りに利用されただけのアドバルーン大臣が、チョーシこいてんじゃねえぞコラ。っていうか、「辛口」のセンスが古すぎ。むしろ痛々しい。

記・平成十九年十月二日(火)







◇パワープレイ
BGM : Little Feat / Little Feat



 いよいよ九月の仕事がロスタイムに突入した。あくまでも「十月に入った」とは言わないところがいじらしい。いや、いじましい。いや、ウソつきだ。サッカーと違って、締切の場合はロスタイムがどんだけあるのかわからないので、とりあえず中盤を省略してひたすらゴール前のファン・ホーイドンクめがけてロングボールを放り込みたいところではあるのだが、文章というものには、どういうわけか中盤のビルドアップを端折ると単なる「ことわざ」になってしまうという恐ろしい性質がある。まあ、ビジネス書なんてものは、実のところ、ことわざを20個ぐらい並べれば事足りることしか書いていなかったりもするのだったが(あくまでも一般論だよ一般論)、まさかそういうわけにもいかない。ことわざ20個では、薄い新書どころかパンフレットにもならない。20個のことわざを200ページに膨らますのが私の仕事だ。いいのかそんなこと言って。壁に耳あり障子に目あり。口は災いの元。急いては事をし損じる。急がば回れ。ことわざは楽だなぁ。回っちゃダメだけど。

記・平成十九年十月一日(月)







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