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No5 旅の朝

1995年10月31日
居酒屋『夢屋』会報 第16号


旅の朝は、ホテルの食事で始まる。明るい光、緊張感のあるシンとした空気の中に、微かに聞える食器のふれ合う音。とぎれとぎれに聞えてくる人の声。
 可愛い娘が、COFFEEをカップについでくれる。ああいい香り。どこのホテルでもCOFFEEに裏切られたことはない。ミルクを入れて一口飲む。フーツと息をはきながら廻りを見る。僕はこの一時が好きだ。この時を楽しむために旅に出るようなものだ。
ロスやニューヨークなら、スーツに身を固めた数人のビジネスマンがミーティングを兼ねて食事をしている。ヤングエグゼクティブという感じ。時には品のいいグレーのスーツをきちっと着こなした女性が加わる。柔らかいカールをした髪、とても姿勢がいい。男の話に相づちを打ちながら談笑している。キャリアウーマンつていうのかなあ!
 一日が始まるのだ。僕は頬杖をつきながら彼等を見ている。傍観者だ。旅は傍観者でいられるから楽しいのだろうか?
 僕達の泊まったホテルは、サンフランシスコのダウンタウンの中心地にあるユニオンスクエアのすぐ際にあるが、何しろ一泊6000円の安ホテル、浴槽がちょっとクラッシックスタイルの陶器の床置型だったりしてそれなりに面白いのだが、食堂がつまらない。ふと思いついて15分位歩いてハイアツトリージエンシーに行くことにした。  朝が少し早く、3月末の風は冷たいが心地よい。まだ少ないが、ビジネスマンが足早にオフ ィスに入って行く。
 今度の旅は、高一になった娘との二人旅。いいねえって人に言われた。娘が一緒に行ってく れるから。でもこれは一年前のこと。今はロクに口をきいてくれない!
 このホテルはボートマンという建築家が設計したが、とてもバランスのよい僕の好きな巨大 なアトリウムを持っている。エスカレーターで上がっていくと、広がってくるこの空間に、娘の息をのむ気配が伝わってきた。
 中年のウエイターがニコニコしながら、僕たちを包み込むような様子で席へ案内してくれる。ビュッフェスタイルにするかと聞かれたから“YES” “COFFEE?” “YES”娘にもささやくように“COFFEE?” “NO THANKYOU”か細い声で答える娘にやっぱりねとにこっととしてウィンクする。プロだなあ、女より男の方がいいなあ!なんて妙なところで納得する.娘はノーサンキューと言えたことでホツとしている。楽しくなってきたようだ。
立って料理をとりに行く。オレンジジュース旨いよって娘にすすめる。本当にアメリカのオレンジジュースは旨いのだ。卵は娘はスクランブル、僕はサニーサイドUP。娘を建築家にしたい僕は、ボートマンの設計したロスのボナベンチユアにも泊まったけど、こつちの方がいいよと言う。フンフンと聞いていた娘はこの空間が気に入ったようだ。“明朝もここに来ようね!”と。やったあ!さてこれからケーブルカーに乗って何処へ行こうかな?

 僕達の一日も始まつたのだ。

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