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No13 香りのエッセイ 「本物の匂い」 1995年
パラディ(三協工業株式会社機関誌)

トライ]の100フィート缶を開けた時のあの妙なフィルムの匂い。
この匂いを“ああ、いい香りだ”と感じる人は少ないかもしれないが好きな匂いだという写真家は大勢いる。
私のように、“写真をやる人”にとつては、この匂いを好きだということだけで何やらプライドがくすぐられるものがあるのだが――笑止という声が聞こえた―――あの匂いをかぐと、心高ぶるのは確かである。

 愛用のカメラ、ライカM6にトライ]をつめる。ライカには徽かに懐かしい匂いがあるような気がする。いや、人はM3ならいい匂いがするよ!と言うだろうか。あるいはすでにクラシックカメラになったニコンFには、ニコンの匂いがあると言うだろうか。だが、この徽やかな心の中の匂いは、本物ならみんな持っているものなんだという気がしてならない。

 フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトの“夏の別荘”の外壁のレンガを撮った写真の大パネルに、魅せられたように立ちつくす女性がいる。アアルト展には若い女性が多い。そしてよく似合う。彼女は、レンガの持つ土の温もりと匂いをかいでいるに違いない。そして本物との出会いに涙しているのだ。若い娘の心なぞわかるはずもないのに、何故か手にとるように感じられる。写真も匂うのである。

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