Seven Ages Of Rock は 2007年にイギリス (UK) の BBC で放送された rock の歴史を辿る 全7回のテレビ・ドキュメンタリー番組だ。 この1月に NHK BS1『BS世界のドキュメンタリー』枠で 『みんなロックで大人になった』という邦題で放送されたものを観た。 特に1970年代まではレアな映像満載で、それだけでも興味深かった。 しかし、それだけではなく、提示する rock 観と歴史観にも独特な点があり、 そこに興味を引かれたシリーズでもあった。
BBC Worldwide とアメリカ (US) の VH1 Classic の共同制作とされているが、 プロデューサ陣は BBC だ。 最初に BBC Two で放送されたもの (以下BBC版) は1回60分 (第7回は90分) だったが、 続いてアメリカ VH1 Classic で放送されたもの (以下VH1版) は1回48分。 今回の NHK で放送されたもの (以下NHK版) は50分だ。 Wikipedia (English) でのBBC版とVH1版の違いの記述を参考にすると、 NHK版はVH1版にピーター・バラカンとマーティ・フリードマンの導入を付けたもののようだ。 BBC版とVH1版の違いは Wikipedia (English) に詳しい記述がある。
全編を通して興味深かったのは、レコードやCDで聴かれる音そのものより、 コンサートの規模やステージ・パフォーマンス、演出の変遷に重点を置いている点だ。 歴史の転換点として曲やアルバムよりもコンサートを挙げることが多かった。 これは、映像無しのレコードやライブの音源しか使えないラジオ番組ではなく、 コンサートの様子を捉えた映像が使えるテレビ番組でこそ可能なことだ。 ポピュラー音楽の録音複製を前提とした音楽という特徴もあって、 また、消費者向けのレコードガイドという商業的要請もあって、 rock の歴史は画期となったシングル曲やアルバムで追うレコード中心のものになりがちだ。 特に、日本でイギリスやアメリカの rock シーンを追う場合、なおさらだ。 映像を使うことができるという特徴を生かし、 パフォーマンスの観点を含めた rock の歴史を提示したという点で、 良いテレビ番組だった。
1970年代の prog rock、glam rock のうちステージが派手なものを集めた第2回の "Art Rock"、 ジャンルを問わずスタジアムに万単位の観客を集めてのコンサートを行うスタイルの rock を集めた第5回の "Stadium Rock" など、 このような観点ならではのものだ。 VH1/NHK 版での第1回 "My Generation" において The Who を大きくフィーチャーしていたのも、 この「performing arts としての rock」の先駆者だったからだ。 第6回 "Alternative Rock" や第7回 "Indie" にしても、 レコード制作におけるメジャーレーベルに対するインディということよりも、 観客に手が届く小規模なハコをツアーして回る、というスタイルに焦点を当てていた。 そして、第3回の "Punk" は "Art Rock" に対するカウンター、 第6回 "Alternative Rock"、第7回 "Indie" は "Stadium Rock" へのカウンター、 という位置付けだ。
ただし、"Alternative Rock" や "Indie" においても、 知名度の高いグループ、ミュージシャン中心の選択をしている。 1980年代の UK indie や US indie のアンダーグラウンドでの胎動を描いているわけではない。 そこから登場した "Stadium Rock" レベルで「成功」したグループ ("Alternative Rock" であれば R.E.M. と Nirvana、"Indie" であれば Oasis と Blur) をメインにフィーチャーし、 そういったグループが出てきた土壌として、"Alternative Rock" や "Indie" を描いている。 そういう点でも、この番組では、rock パフォーマンスの典型的スタイルとして "Stadium Rock" 的なものを想定していたよう思う。 そして、その主流があってこその alt/indie である、と。 それでも、マニアではなく一般の視聴者を想定したテレビ番組制作にしては、 地味で通好みな所を選んでいると感じることもあった。 特に第1回 "The Birth Of Rock" から第3回 "Punk" にかけてまでは。
"Stadium Rock" を頂点とする rock の performing arts 的な面を強調する一方で、 この番組の示す rock 観はかなり保守的だ。 アコースティックなものに持ち替えることはあるが、 vocals、electric guitar、electric bass、drums を基本とするスタイルのもののみを取り上げていた。 rock の音楽性の多様化については触れなかった。 例えば、1970年代の実験的な prog rock、 1980年代の post-punk / new wave や、 1990年代の post-Second Summer of Love な techno/house と隣接した alt/indie rock など、 脱 rock イデオムの方向性を持つものは、この番組の示す歴史のスコープ外だ。 確かにその点を少々物足りなく感じたが、 シリーズを通して rock 観や歴史観がブレていないので、これで良いと思う。
シリーズを通してもう一つ物足りなく感じた点は、女性ミュージシャンがほとんど登場しないことだ。 VH1/NHK版で第3回 "Punk" でフィーチャーされた Patti Smith、 第6回 "Alternatie Rock" でフィーチャーされた Pixies の Kim Deal だけ、 BBC 版でも第3回 "Punk" に The Slits が加わるだけだ。 punk 以降の alt/indie の側から見れば、 彼女らと同じくらい重要な女性ミュージシャンは他にもいる。 しかし、"Stadium Rock" を典型とする rock はあくまで男性の世界であり、 女性は周辺的な存在だったのだ、と改めて思い知らされた。 しかし、"Stadium Rock" 的なものを前提としても、 1980年前後のアンダーグラウンドな punk 〜 new wave の女性ミュージシャンに始まり、 1980年代半ばの Madonna や Cindi Lauper の成功、 1990年前後のアンダーグラウンドな Riot Grrrl を経て、 1990年代半ばの女性版 Lollapalooza としての Lilith Fair の成功、 のような流れで "Women In Rock" のような回を作れたのではないか、とも思う。
登場するのが、男性ミュージシャンばかり、というだけでなく、 白人のミュージシャンばかりでもあった。 BBC版では第1回で Jimi Hendrix がメインにフィーチャーされたが、 VH1/NHK版は第1回で軽く触れられる blues のミュージシャンたちと、 第5回 "Stadiam Rock" の回に Clarence Clemons (Bruce Springsteen & The E Street Band) が出てくるだけだ。 白人の rock と黒人の R&B/soul/funk のような人種的な棲み分けの反映だろうが、 ここまではっきり分かれていたものか、と、感慨深かった。 (このパラグラフ2009/01/20追記)
各回別に見ると、rock'n'roll (Elvis Presley, Chuck Berry, etc) も The Beatles も出さずに "The Birth Of Rock" の歴史を物語る第1回がかなり大胆な構成に感じられた。 1960〜1970年代のアメリカのグループ/ミュージシャンが ほとんど取り上げられなかった所にも偏りを感じた。 BBC版では Jimi Hendrix をメインにフィーチャーし、 The Beatles も何曲かフィーチャーされていたようなのだが。 あと、第4回 "Heavy Metal" では Ozzy Osbourne、 第6回 "Alternative Rock" では Kurt Cobain、 第7回 "Indie" では Oasis と、メインのミュージシャン/グループの伝記的な部分に ストーリーを負い過ぎているように感じられた。 もう少しニュートラルにシーン全体を見渡す作りにしても良かったのではないか、と。
当時の映像や番組のための取材でミュージシャンに弾かせた演奏などが ふんだんに使われているのも、この番組の魅力だ。 しかし、あくまで歴史を示すことが主で、 曲・演奏は途中で編集され、インタビュー等が被さってしまう。 1時間に収めるには仕方無いと思うが、 1回3時間くらいになっても良いから曲・演奏を完全に収録した ロングバージョンで観てみたい。
使われた映像やインタビューについては、 自分がリアルタイムで体験していないこともあるのか、 1970年代までのものが興味深かった。 第1回でのインタビュー中の Keith Richards (The Rolling Stones) や Jack Bruce (Cream) のソロ演奏は渋かったし、 The Who のステージ機材破壊が必ずしも事前打合せ済みではなかったという話も可笑しかった。 第2回では The Velvet Underground、Syd Barrett 在籍時の Pink Floyd、 Peter Gabriel 在籍時 の Genesis、Brian Eno 在籍時の Roxy Music などの 動く映像が観られたのが嬉しかった。 第3回は特に Patti Smith はかっこよかったし、 第4回も冒頭の初期の Black Sabbath や Deep Purple の映像を興味深く観た。 しかし、それ以降は少々醒めた感じで観ていることが多くなった。 それそのものではないものの、テレビや音楽雑誌のスチルで観たことあるような光景に 感じられることが多かったこともあるかもしれない。 ビッグなショービジネスのような面に少々引いてしまったこともある。 1980年代以降の大規模なコンサートに比べたら 1970年代の "Art Rock" のショーなどアングラ的にすら感じられた。 あと、自分の音楽趣味に最も近かった第6回 "Alternative Rock" では Kurt Cobain の話を観ていて少々感傷的になるときもあった。 (このパラグラフ2009/01/20修正)
あと、NHK版について気になった点を。 NHK版がVH1版をベースにしたのは 『BS世界のドキュメンタリー』枠50分に収めるためだと思うが、 60分のBBC版で観たかった。 特に、第1回 "The Birth Of Rock" で Jimi Hendrix が、 第3回 "Punk" で The Slits や Buzzcocks が観られなかったのは、残念だ。 あと、字幕において、固有名詞が省略されていることが多いことが気になった。 これは、字幕で画面が繁雑になるのを避けるためだろうと思う。 しかし、興味をもってさらに調べたり聴き進めたりする際に、 固有名詞は重要な鍵になるものだ。 ちゃんと字幕に載せた方が親切ではないだろうか。
ちなみに、Seven Ages Of Rock というタイトルは、 "Seven Ages Of Man" を思わせるもの。 "Seven Ages Of Man" というのは、 ルネッサンス以来の西洋絵画の有名な主題であり、 William Shakespeare の "All the world's a stage" (As You Like It, 1659-1660; 『お気に召すまま』) にも出てくる表現だ。 このような文化的背景を前提とした題なので、邦題もそれを反映させたものにして欲しかった。 『みんなロックで大人になった』という邦題はミュージシャンや聴衆の成長を追った人間ドキュメンタリを思わせるもので、 パフォーマンス寄りの視点から見た rock 表現革新の歴史、という内容にも即していない。