昨年2011年9月24日から今年2012年1月12日まで、 イギリスの Victoria and Albert Museum (V&A) で 1970sから1980sにかけて流行した 美術、デザイン、建築の分野におけるポストモダニズム (Postmodernism) について掘り下げた展覧会 Postmodernism: Style and Subversion 1970-1990 が開催された。 このCD 2枚とDVD 1枚からなるボックスセットはこの展覧会に合わせて企画されたもの。 CDジャケット大のブックレットに、6ページにわたって 展覧会を企画した V&A の Glenn Adamson の解説が載っている。
ポピュラー音楽におけるポストモダニズム運動をテーマに編集されているが、 1970s末から1980年代中頃までの New Wave が過半を占めている (あと hip hop が少々)。 それも、マニアックな所は狙わず、New Romantic を含めメジャーなものを中心に選曲されている。 しかし、単なる1980s年代ヒット曲集というのとも、趣味的なこだわりとも違う、 ポストモダニズムの展覧会の企画に沿って考えられた選曲だ。 リリースは EMI だが、EMI 傘下レーベルだけでなく、広く音源がとられているのも良い。 また、DVDは1980s前半の MTV が始まったばかりの頃のミュージック・ビデオの アンソロジーとしてもお薦めできるものだ。
post-punk が好きとはいえ、自分の好みはインディーズに偏っており、 メジャーなものは手薄で、New Romantic 等はほとんど持っていなかった。 その補完という点でも、この box set はありがたかった。
Adamson は、 このミュージック・ビデオのDVD付きの1980s の New Wave をメインとする編集の意図を 「ポストモダニズムは New Wave を実際に新しいものとした欠かせない要素であった。 それは MTV の DNA であった。(中略) 逆に、グラフィックデザイナーの Peter Saville が好んで言うことだけれども、 音楽産業はポストモダンなアイデアの主たる「配送システム」だった。」 と述べている。
したがって、メジャーなもの中心の選曲とはいえ、選曲はヒットを基準とはしていない。 例えば、この頃の David Bowie の曲であれば、ヒットを基準にすれば “Let's Dance” だろうが、“Fashion” が選ばれている。 Duran Duran もヒットした Rio からの曲 (“Hungry Like The Wolf” など) ではなく、 最初のヒット曲 “Girls On Film” だ。 Culture Club も “Do You Really Really Want To Hurt Me” はなく “Karma Chameleon“。 これは音楽そのものというより、ポストモダンなファッション面を意識したものだろう。
収録曲ついて一曲一曲にコメントしているわけではないが、 例えば Talking Heads: “Psycho Killer” について Adamson はこう述べている。 「ポストモダニズムは、何より、実り多い不安に関するものであった。 Talking Heads のライヴ映画 Stop Making Sense の冒頭、 ステージ上一人で “Psycho Killer” を歌う David Byrne は、 他のいかなる男らしいロックの態度より、このことが説得力があるといえると示している。」 そして、これが Talking Heads: “Psycho Killer” が Stop Making Sense からのライヴ・ヴァージョンで収録されている理由でもある。 (DVD の方に収録されていないのが残念だが。)
比較的レアな音源としては 1984年の12″シングル音源である Kraftwerk: “Tour De France” の François Kervorkian remix を収録している程度。 やはり、聴いていて新鮮味に欠けたのも確か。 しかし、Adamson の書いていること全てに納得するわけではないとはいえ、 新しい発見があるというより考えさせられる選曲が楽しめた。
観ようとすれば YouTube などで観ることができるものが多いとはいえ、 ミュージシャンの枠を越えた1980sのミュージック・ビデオの コンピレーションDVDとなると、なかなか良いものが無かった。 その点、1980年代のミュージック・ビデオを収録したDVDの方が楽しめた。 オープニングから Ultravox: “Vienna”、Visage: “Fade To Grey”、 Duran Duran: “Girls On Film” (Godley & Creme の最初期の監督作品) と、 ポストモダニズムの過剰な引用とはこのことかとばかり New Romantics の濃いビデオが続く。 その後に続く Robert Longo による New Order: “Bizarre Love Triangle” や Anton Corbijn による Depeche Mode: “Never Let Me Down Again” のビデオの、 対称的な洗練も感慨深い。
Orchestral Manoeuvres In The Dark: “Enola Gay” や Blondie: “Rapture” など、 このDVDで初めて観た (もしくは当時観たかもしれないけどすっかり忘れてしまった) ビデオを いくつも観ることができ、 DVD全体を通して、1980年代前半っぽい雰囲気も含めて楽しんで観ることができた。
唯一残念なのは、New Order: “Bizarre Love Triangle” の音声がビデオとズレていたこと。それも十秒以上のズレで。 ミュージシャンの歌唱演奏シーンがほとんど使われていないビデオなので オリジナルを知らなければ気付かないかもしれないが、 Longo の落ちる人の映像と歌詞が合っていないし、 一旦曲を切って映画かドラマのシーンを挿入する所など台無しだ。 V&A の Postmodernism 展のバックグラウンドにこのビデオが使われており、 企画の鍵となる作品だっただけに、そこでのミスという点でも残念だ。
New Order のビデオは “Bizarre Love Triangle” 以外もとでも良いので、 “Bizarre Love Triangle” を観るのであれば、ミュージック・ビデオ集 New Order: Item: A Collection (Warner Music Vision / Rhino, 60369-70484-27, 2005, DVD) [レビュー] をお薦めしたい。