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Review: David Lynch, Inland Empire
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2007/08/26
2006 / France/Poland/USA / 180 min. / color.
Director, Wrighter: David Lynch. Producer: Mary Sweeney.
Laura Dern (Nikki Grace / Susan Blue), Jeremy Irons (Kingsley Stewart), Justin Theroux (Davon Berk / Billy Side), Harry Dean Stanton (Freddie Howard), Karolina Gruszka (Lost Girl),

映画 Blue Velvet (1986) や TVシリーズ Twin Peaks (1990-1991) で知られる アメリカ (USA) の映画監督 David Lynch の Mulholland Drive 以来5年ぶりとなる新作は、 今までの作品以上に Lynch 的な世界が堪能できる作品だった。 それは3時間という長尺というだけでない。 今まであれば通常の物語映画のように始まり、 半ばで何かをきっかけに、 シュールで不条理な悪夢のような映像世界に突入していた。 それが、この作品では冒頭からそうなのだ。 それで3時間飽きずに観れてしまう説得力があった。

ハリウッドを舞台に映画を撮ることに関する映画という点でも Mulholland Drive (レビュー) の延長にあるのだが、 Betty Elms と Rita の世界と Diane Selwyn と Camilla Rhodes の世界の2世界だった前作と比べ、 その構造ははるかに入り組んでいる。 まず、主人公である女優 Nikki の生きる世界があり、 Nikki が主役に抜擢された劇中劇 (映画内映画) としてリメイク映画 On High In Blue Tommorrow がある。 そして、さらに、その元となったポーランド (Poland) のジプシー民話に基づく 曰く付きの未完の映画という設定の 47 がある。 さらに、メタの位置に、その映画世界を涙を流しながらTVで見ている "Lost Girl" の世界があり、 それらの世界と並行するかのようなウサギの被り物を着た人々が舞台上にいるような世界 ("Rabbits" として Lynch の公式サイトで公開されていたような) がある。 この5つの世界は整然と切り分けられて提示されることはなく、 むしろ、明確な区別が付けられないように混然一体に提示される。 特に、Nikki の生きる世界と映画内映画の世界はシュールな演出で結びつけられ、 意図的に混乱させるような作りになっている。

Nikki の主演した映画内映画は主人公が不倫・恋愛トラブルを抱えた映画で、 Nikki も共演した Devon と恋愛関係になり、 現実と映画内が混乱する、というストーリーといえばそうなのだが、 それは表現するための枠組という程度で、 それをちゃんと物語ることは意図されていない。 実際、撮り始めた時点で完成した脚本がなく、 アイデアが生まれたらシーンごとにシナリオを書いては撮り溜めて制作したという。

むしろ、その枠組を利用して、 不倫やパートナーの嫉妬をきっかけとする不安や恐怖、精神的不安定を ブレやピンボケ、不自然なライティング、舐めるようなクロースアップ などを多用した極端に主観的映像で表現した作品といった方が良いだろう。 Mulholland Drive はひとり勝ち (Winner takes all) 社会である俳優の世界における 成功への妄執と失敗に対する恐怖の表現という感もあったし、 Inland Empire でも 華やかな有名人の世界とプア・ホワイトや路上の売春婦・浮浪者の世界の を行き来する Susan (Nikki が映画内映画で演じる女性) に特にその要素は感じられるが、 かなり後退したようにも感じられた。

しかし、こういった主観的表現だけでなく、その中に "Lost Girl" や "Rabbits" の世界のようなメタに近い視点を置くことにより、 ぐっとメタ映画っぽくなったように思う。 Nikki / Susan の主観的恐怖の世界が異化され、 こういう映像を観て感情を喚起されるということはどうなのか、 についての映像となるようにも感じられた。 そして、そういう異化作用が、現実に立ち帰るというよりも、 違うシュールな夢を突き付けられるという感じなのも Lynch らしいと思った。 そういう点でも、この映画で最も印象に残ったのは、 Lost Girl が Nikki と一瞬抱きあうシーンだ。 抱きあった瞬間に Nikki は消えてしまうのだが。 そして、明確なハッピーエンドほどではないが、 エンディングにそこはかとない明るさを感じることが出来たのも、 メタ世界への出口が感じられたからかもしれない、とも思った。

現代アートの文脈での映像作品の中には、明確なストーリーは無いが、 比較的ナラティブな作りで抽象的な感情喚起を意図したような作品があるが、 Inland Empire は商業的な物語映画というよりそういった映像作品に近い。 そういう文脈に置いても充分に通用するようにも思うし、メタな視点の配置といい、 むしろこの映画の方がよく出来ているようにも感じられた。 今年の3〜5月にパリ (Paris, FR) の Fondation Cartier Pour L'Art ContemporainThe Air Is On Fire という展覧会を開催していた。小さな上映スペースはあったようだが、 立体のインスタレーション展示だったようだ (" 'Disturbing' Lynch art show opens", BBC News, 2007/3/2) 彼がどういう空間を作ったのか観てみたくなってしまった。 是非、日本に巡回してきて欲しい。

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