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Review: 『ダイアローグ・イン・ザ・ダーク 2008』 (Dialog im Dunkeln / Dialogue in the Dark) @ 学士会館 (展覧会)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2008/08/30

Dialog im Dunkeln (Dialogue in the Dark) は1989年に ドイツ (Deutschland/Germany) の Andreas Heinecke の発案によって始められた 体験ワークショップ型の展覧会だ。 日常生活を模したインスタレーションした真っ暗闇の空間を、 数名のグループで体験するというものだ。 視覚障害者を疑似体験するかのようなインスタレーションだ。 日本でも2000年から度々開催されており、 しばらく前から気にしていたイベントだったが、 気付いた時には既に予約が埋まっていたり終っていたりと機会を逃していた。 今回、やっと体験することができた。

自分が体験した回の参加者数は6名。 荷物や光を発するものをロッカーに預けて、 まずは、部屋の入口の前でオリエンテーション。 参加者相互の自己紹介をし、 視覚障害者用の白杖と手の使い方を受けた。 その後、視覚障害者のアテンドが登場し、再び自己紹介した後、 彼に率いられて真っ暗闇の部屋に入った。 視覚が使えない空間の中、 アテンドや他の参加者の声、杖や手、足の裏の触覚などを頼りに進んで行った。 草の中の小径を抜け、二本丸太の橋を渡り、池に触れ、藁敷きの広場で横になり、 揺れるつり橋を渡り、小木に囲まれた小径を抜け、 テーブルを囲んでワインを飲みつつ会話した。 ここまで約45分の行程、 その間じゅう水の流れる音や鳥の鳴声が聴こえていた。 緑豊かな庭園の中を散策したというイメージだろうか。 そして、薄明るい小部屋に出てしばらく目を慣らした後、外に出て終りだった。

このような暗闇を体験するインスタレーションというと、 James Turrell のインスタレーション作品 "Backside Of The Moon" (1999; レビュー) を連想させられる。Turrell の作品には知覚ぎりぎりの明るさの光があるが、 入った直後の視覚が利かない真っ暗闇の感覚は同じだ。 Dialog im Dunkeln では45分間光が浮かび上がってくることは無かったが、 暗闇の中で感覚が砥ぎ澄まされているような感覚は Turrell の作品の方が遥に上だった。 Turrell の作品は静かに座って光が目の中に浮かび上がってくるのを待つ、という観賞をする。 そして、感覚を砥ぎ澄まして、感覚そのものと対峙していくような所がある。 しかし、この Dialog im Dunkeln でも 確かに視覚以外の感覚は鋭敏になるが、それはある程度のレベルまでで、 むしろ意識は周囲との関係性に向けられたように感じられた。 それは、オリエンテーション時に 参加者同士がはぐれないよう声によるコミュニケーションを取るとこが薦められ、 実際に互いに声出し確認しつつ行程を進んで行ったということも大きいだろう。 コミュニケーションや空間把握に関わる視覚以外の感覚を意識化させる所があり、 企業の研修にも利用されているということにも納得した。 しかし、このような特殊な状況を体験させるというのは、 一歩間違えれば自己啓発となってしまう危うさがあるとも感じた。

James Turrell のような作品を体験していることもあるせいか、 暗闇体験そのものが新鮮というわけでは無かったが、 動きまわったこともあり意外に感じられた事もやはり多かった。 部屋に入ってからテーブルを囲んでワインを飲むまで、 自分の体感では20〜30分と、実際の時間の半分程だったのが、一番の驚きだった。 空間把握については、距離が掴めず、 広そうな藁敷きの広場も実は5m四方程度なのかなと思ったりしていた。 一緒にいた参加者の中には、終った後に意外な所から出てきて驚いていた人もいたが、 自分はそれほどでもなく、途中少々道に迷ったりした割には、 方向感覚はあまり失われなかったようだ。 あと、聴覚触覚に比べて嗅覚はそれほど鋭くならなかった。

あまり広く広報せずに学士会会員優先で参加者を募ったせいか、 参加者の半数は普通のサラリーマン風。 James Turrell のような特殊な感覚を体験させる インスタレーション作品を体験したことが無いどころか、 そういうものが他にあることすら知らないような。 しかし、そういう人の感想を聞いていると、新鮮に楽しめたようで羨ましい、 というか、自分はスレてしまっているなあ、と反省するところもあった。

残念だった点は、せっかくのインスタレーションなのに、 サイトスペシフィックでは無かったところ。 学士会館という1928年竣工の洋館を会場にするということで、 その建築的な特徴を視覚以外で体験するような所もあるのではないかと期待していた。 しかし、結局、そのような会場の文脈と関係の無い自然豊かな庭園のような設定だった。

ウェブで過去の開催時の感想を探して読んでみると、 ブランコ、数段の階段や、自動車があったりしたこともあったよう。 インスタレーションの内容は少しずつ変わっているようだ。 違うインスタレーションであれば、また参加してみたいとも思う。

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