ベネッセアートサイト直島 は、瀬戸内海に浮かぶ香川県の直島で ベネッセが1990年代から開発を進めている アートリゾートだ。行ったのは今回が初めて。 そのうち、本村地区の 家プロジェクト (1998-)、 2004年にオープンした地中美術館、 最初の1992年にオープンした中核施設 ベネッセハウス を観て回ってきた。
ベネッセアートサイト3箇所の中で最も楽しめたのは、家プロジェクトだ。 古い木造民家が並ぶ本村地区の雰囲気が良く、 木造民家に囲まれた細い路地を巡っているだけでも、とても楽しい。 そして、その文脈の中で作品が生かされていたように思う。
木造民家を生かした作品で最も良かったのは、角屋の宮島 達男 「時の海 '98」 (1998)。 木造民家一階の八畳二間ほどの床を大きく抜いて浅く水を張り、 赤橙緑三色のLED数字表示器をランダムに配置して1〜9と無表示をループさせるカウンター作品だ。 薄暗い木造家屋の中に水が広がるというのもありそうで無い取り合わせで、 そこにかすかに揺らぐLEDのきらめきも良かった。 宮島は時々水中にLED数字表示器を置いた作品を作るが、 水とLEDの取り合わせは良いように思う (1995 Top Ten の第八位)。 2階の掛軸の作品はハズしていると思ったが、それも気にならない程だった。 それにしても、水の循環や木造家屋の湿気対策など、維持が大変そうだ。
しかし、最も良いと思ったのは観賞する際は町並みとは関係ない James Turrel, "Backside Of The Moon" (1999)。 知覚ぎりぎりの明るさの光が漏れてくるアパチャー作品だ。 真っ暗闇の空間に座っているうちに、ふっとぼんやりとした光が見えてくる瞬間がある。 しかし焦点は合わない。 しかし、もうしばらくするとぱっと焦点が合って、 前方のアパチャーや弱いスポットライトの作り出す光の絵が姿を現す。 その2つの瞬間がとても良い。 1995年に Turrel の作品を初めてポートサイドギャラリーで観たのが この "Backside Of The Moon" だった (1995 Top Ten の第三位) こともあり、やはりこの作品が Turrel の作品で一番だと思ってしまう。 久々に追体験できて良かった。
杉本 博司, "Appropriate Propotion" (2002) は、杉本による 護王神社 の再建で、 階段の光学ガラスの使い方など、無理なくモダンに仕上げているのは良いと思った。 しかし、写真以外の作品だとどうしても山師っぽく感じられるところもあって、 警戒してしまい素直に楽しめなかった。地下室に入り忘れたのも残念。
はいしゃ の 大竹 伸朗 「舌上夢/ポッコン覗」 (2006) は、 町外れにある建物全体を 配船廃材 や「絶句景」なオブジェ等 (関連レビュー) で作り替えたもの。 「絶句景」的なものは控えめにアクセント程度にしておいたのが良かった むしろ配船廃材のテクスチャを生かした建物改造とそれに合わせた暗いトーンの描き込みが、 残る木造民家のテクスチャと半分は溶け合い、 半分は (特に黒光りする船底が) 強烈なコントラストを作り出していた。
千住 博 「ザ・フォールズ」 の場合は石橋に至る狭い路地や 平屋で半ば和洋折衷の要素を持つ建物の雰囲気が勝っていたように思うし、 碁会所 の 須田 悦弘 「椿」 の場合、木造とはいえ新築で、 インスタレーションにさりげなさが無かったのが少々惜しいと思った。
ちなみに、内藤 礼 の作品は要予約なのだが、直島行きを決めた時点で既に予約がいっぱいで 残念ながら観ることができなかった。
自然光のみを照明とした展示の Claude Monet なども期待していたのだが、 建築が勝りすぎているのか、チケットセンターから美術館までの「地中の庭」のイメージが悪かったか、 実際に展示室に入ると遺体安置所のよう。(美術館は作品の遺体安置所といえばそうなのだが。) Walter de Maria も作家の意図と違うところで楽しんだけれども、それ以上のものは無し。
そんな中で最も楽しめたのは、やはり James Turrel。 本村地区の木造民家の並ぶ雰囲気も 安藤 忠男のコンクリート打ちっぱなし建築も 超越する強度と、それでいてその地の文脈を破壊しない柔軟さを併せ持つ作品だと感心した。 特に "Open Field" (2000) は、 アパチャー空間に踏み込むのだが、それが光の中に踏み込むような面白さだ。 光の中から外を観るとそれがまたアパチャー的な作品になっているというのも良かった。 天井に四角い窓を開けた "Open Sky" (2004) は日没時に観賞するのが良いとのことだが、 要予約 (ナイト・プログラム) ということで観ることはできなかった。 自分が観たときは、昼間の強い陽射しに樹の影も写り込んでおり、普通の建築の中庭っぽく感じた。
ベネッセハウスは美術館だけでなく、作品を室内に展示した宿泊施設も持つ。 直島行きを決めた時点で既に予約がいっぱいで宿泊はなし。 一般客が見られるミュージアムと野外展示作品のみを観た。
良くも悪くもその地の文脈を抹殺して人工的に作り出したリゾート、 という感じの印象を、ミュージアムとその周囲の空間から受けたのは、 本村地区を先に観たからだろうか。 まだミュージアムは普通の現代美術館という趣だったが、 屋外展示、特に宿泊施設やテラスがある界隈は、リゾートの雰囲気が強過ぎ。 Niki de Saint-Phalle などの野外彫刻もそういう雰囲気を高めていた。
最も印象に残ったのは、 杉本 博司 の「海景シリーズ」のゼラチンシルバープリント (関連レビュー) がミュージアムの屋外テラスに展示されていたこと。 強烈な自然光の下で観るというのも新鮮だった。 それにしても、退色したらプリントし直すのだろうか。 実際の水平線との対比なのだろうが、その水平線と写真の線が重なる視点が見つけられなかったのは、 少々残念 (レストランの席だったのではないかと推測)。 ただ、遠くの岩壁に展示するような視線誘導型の作品となると、 コンセプチャル過ぎて少々あざとさも感じてしまう。
実は、この美術館で最も期待していたのはランドアートの Richard Long (関連レビュー) だったのだが、 こちらが屋内の作品しか無かったのが少々残念。 流木や泥の作品は無理にしても、岩を使った作品など、屋外向けだとも思うのだが。
地中美術館もベネッセハウスは正直あまり良い印象が残らなかったが、 自分の側の問題もあるかもしれない。 何年も前から噂を耳にして気にしていたうえに、 わざわざ香川県まで行ったということで期待過大。 東京近郊にあって、気楽な感じで観ていれば、もっと普通に楽しめたのかもしれない。 また、南の島のリゾート地のような隔絶された人工的な空間が楽しめる人なら、 本村地区よりも地中美術館やベネッセハウスの方が楽しめるかもしれない、とも思った。