イスラエル (Israel) の映画監督 Ari Folman による、 自身の従軍体験を題材とした長編アニメーション映画だ。 ちなみに、Folman は実写による映画 Saint Clara (1996) も監督している。 Waltz With Bashir のアニメーション監督は Yoni Goodman。
Folman がイスラエル軍兵士として従軍したのは イスラエル軍がレバノンに侵攻した1982年のレバノン戦争 [en.wikipedia.org]。 Folman は何らかの理由で戦場での記憶を失っていたのだが、 20年以上経って戦場で殺した26匹の犬を夢に見るようになったことをきっかけに、 同じ部隊や同じ戦場にいたはずの人々を訪れ話を聞いて回り、 自分が赴いた戦場で何が起きたのか思い出していく。 そこで聞いた戦場での話や甦った自身の戦場での記憶を、 少々シュールなアニメーションで映像化している。 アニメーションの画風は日本やアメリカのものとは異なり、 むしろヨーロッパのバンド・デシネ風だろうか。 リアルな戦場描写ではなく、むしろ心象風景を描くような作品だったこともあり、 不自然な人物の動きも作品を大きく損なう程ではなかった。
映画の最後で、記憶はレバノン戦争中に 西ベイルート Sabra and Shatila のパレスチナ難民キャンプで起きた虐殺事件 (Sabra and Shatila Massacre [en.wikipedia.org]) に辿り着く。 大統領に指名されていたキリスト教マロン派ファランヘ党 (Phalange Party; Phalangists) の指導者 Bashir Gemayel の暗殺に対する報復として、 イスラエル軍の支援下でファランヘ党が手を下した虐殺事件だ。 映画のタイトルにある Bashir はこの Bashir Gemayel のことだ。 主人公がパレスチナ難民キャンプを包囲するイスラエル軍の一兵士として 虐殺事件を目撃したことを思い出して、この映画は終る。 虐殺事件に至るまでは全てアニメーションで描かれるのだが、 最後に思い出したこの虐殺事件はアニメーションでは描かれず、 当時のニュース映像が使用される。 道に折り重なる死体や瓦礫にのぞく死んだ少女の頭部を捉えた映像はショッキングだ。 それまでのアニメーションはこの虐殺事件をリアルに思い出ださせるための 長い前振りだったのか、という程の印象の強さがあった。 しかし、一方で、最後まで描ききらなかったという点で アニメーション表現として考えると少々残念に感じた。 実写の映画も撮っている Folman には そこまでアニメーション表現にこだわりが無いのかもしれない。
このイスラエル映画は Sabra and Shatila Massacre という微妙な問題を扱って いるにもかかわらず、イスラエル国内でも評判が良いという。 テルアビブ (Tel Aviv, Israel) 出身でロンドン (London, UK) を拠点に活動する ユダヤ系 (Jewish) のjazz saxophone 奏者 Gilad Atzmon は このことについて、"Sabra, Shatila and Collective Amnesia" (Palestine Think Tank, 2008-11-15) で、 「このこと (イスラエル軍のお膳立てとはいえファランヘ党によって パレスチナ難民キャンプでの虐殺が実行されたと、この映画で思い出されること) は、 この映画がイスラエル人に熱狂的に迎えられたことを説明できるかもしれない。 実際に殺したのは彼らではないし、 この映画を愛することは彼らを素晴しい人道主義者として表現する。 彼らは暗い過去に取り組んだということになる。」 と辛口にコメントしている。
この映画は1982年にイスラエル軍がレバノンのベイルートまで侵攻し Sabra and Shatila Massacre を許すことになったその是非を問うような映画ではない。 レバノン戦争の背景となるパレスチナ問題やレバノン内戦についての言及も無ければ、 登場人物の従軍した作戦 (Operation Peace of the Galilee) が 何を目的にしたものだったものかにも触れない。 Sabra and Shatila Massacre の問題は、 そのような文脈を抜きにした上での人道的問題として扱われる。 その描き方は、少々物足りなくも感じた。 しかし、レバノン戦争やその背景について知らなくても、 現代の戦争に一兵士として従軍するということはこういうことなのかもしれない、 例えば、イラクやアフガニスタンに派遣された米軍兵士にも似たような事が 起きているのかもしれない、と感じさせる程度の普遍性と説得力を 感じる話にはなっていたと思う。
最後のショッキングな虐殺事件の映像を除くと、 心的外傷後ストレス障害 (PTSD) の原因となるような戦場での体験よりも、 それよりも休暇で戦場から平和な街に戻った際の違和感を描いたシーンが印象に残った。 そのシーンで使われたBGMは Public Image Ltd. の "This In Not A Love Song"。 1983年の曲ということで、レバノン戦争中の休暇で実際に聴いたはずは無いが、 単に曲の雰囲気だけではなく、その時代を思わせる曲ということもあるのだろうか。 他にも、この頃の New Wave の曲から Orchestral Manuœvres In The Dark の "Enola Gay" が使われていた。 レバノン戦争についての歌、The Human League, "The Lebanon" (1984) も 使われるかもしれないと観ながら期待したが、それは無かった。 "The Lebanon" の歌詞はレバノンの民兵の視点からのものなので、 もし使おうとしても、イスラエル軍兵士の視点のみのこの映画には合わなかっただろう。
以下は、関連する談話室への発言の抜粋です。
昨年公開されたイスラエル (Israel) のアニメーション映画 Waltz With Bashir [レビュー] がグラフィックノベル化されました。 Folman は映画の監督、Polonsky は映画の美術監督とチーフ・イラストレーターです。 映画で使われた絵をそのまま使っています。 スチルをそのまま並べたという程ではないですが、 比較的静的なコマ割で淡々と展開します。 Sabra and Shatila Massacre の場面では、生々しい写真がそのまま使われています。 映画の方がシュールな雰囲気が強くお薦めですが、 細部を振り返るのが容易なグラフィックノベルという形式も悪くありません。 去年末から1月にかけてイスラエルのガザ (Gaza) 侵攻があったばかりですし、 このグラフィックノベルで Sabra and Shatila Massacre をおさらいするのも 悪くないかもしれません。
また、Waltz For Bashir のアニメーション監督 Yoni Goodman による90秒の短編アニメーション Closed Zone が、 先月 (2009年3月)、インターネットで公開されました。 このアニメーションは、 イスラエルの非営利組織 Gisha (パレスチナ人の移動の自由の保護を目的として2005年に設立) が ガザ地区の全面封鎖解除を呼びかけるために制作したもので、 もちろん、去年末から今年1月にかけてのイスラエルのガザ侵攻 [The Guardian の intractive guide] を受けたものです。 公式サイトに掲載された 請願のメッセージ (ヘブライ語/英語/アラビア語)、監督の言葉の日本語訳が 次のブログに載っています: 「「戦場でワルツを」監督の短編アニメ「封鎖地区」」 (『100 voices』 2009-03-10)。 また、この短編アニメーションのメイキング・オブも YouTube で公開されています: Closed Zone: Behind the scenes。 この短編アニメーションを紹介する The Guardian の記事もあります: “Animator of award-winning Israeli movie tackles Gaza”. The Guardian. 2009-03-05.
ちなみに、映画 Waltz For Bashir は、 『戦場でワルツを』と邦題を改め、2009年秋にシネスイッチ銀座で公開予定です [cinemacafe.net]。