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Review: Volksbühne am Rosa-Luxemburg-Platz / René Pollesch: Cinecittà Aperta: Ruhrtrilogie Teil 2 (『無防備映画都市 —— ルール地方三部作・第二部』) @ 豊洲公園西側横 野外特設会場 (演劇)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2011/09/25
豊洲公園西側横 野外特設会場
2011/09/23. 21:30-23:00.
Text und Regie: René Pollesch. Bühne: Bert Neumann.
Mit: Inga Busch, Christine Groß, Martin Laberenz, Trystan Pütter, Catrin Striebeck.
Premier: 2009/06/19, Mülheim an der Ruhr.

ベルリンの Volksbühne am Rosa-Luxemburg-Platz が2008年から2010年にかけて ルール地方 (Ruhr) のミュールハイム (Mülheim) で制作した野外劇「ルール地方三部作」 Ruhrtrilogie の第二部が、フェスティバル/トーキョー2011のプログラムの1つとして上演された。 とめどない議論からなるドイツ語のセリフは追いきれなかったし、 散りばめられた映画ネタは判ったものの方が少ないとは思うけれども、 それでも、映画セットのスケールそのままに、そこで演劇を見せてしまう強引さや不条理さ、 表現手法のズレが生むユーモアが充分に楽しめた作品だった。

豊洲公園に設けられた特設会場の片隅には、 屋根付きテントの下に数百席の椅子が並べられた客席があり、 その前に映画用の野外セットやスタッフ用のキャンピングカーやトレーラー、ワゴン等が並んでいる。 また、客席近くには映像投影用の大きなプロジェクタ・スクリーンが立てられていた。

その映画の野外セットでの映画撮影についてのメタ演劇で、 セリフ等で多くの映画を参照していた、特に、タイトルの元ネタである Roma città aperta (『無防備都市』, 1945) の 監督 Roberto Rossellini と、この映画に脚本で参加していた Federico Fellini。 また、Werner Herzog 等の Neuer Deutscher Film への言及もあった。 しかし、正直に言えばあれは Fellini っぽい衣装だな、とか、そのレベルしか自分には判らなかった。 また、セリフはドイツ語で怒濤のように議論し続けるようなもの。 プロジェクタ・スクリーン上部に投影された字幕は追わずに、動きを観ることに専念したので、 時折聞こえる固有名詞やわずかに覚えている基本語彙を断片的に聞き取るのが精一杯。 映画撮影の問題を通して資本主義や反ユダヤ主義も俎上に挙げているらしい、という程度の理解しかできなかった。

外国の演劇を観るときはたいていセリフが追いきれないので、 原作の戯曲や小説に目を通して予習していくことが多いのですが、 今回は元ネタが映画ということで事前に予習するができませんでした。少々後悔。

にもかかわらず、思わず笑いながら観てしまったのは、 演劇向けに空間構成を変えることなく、映画セットのスケールをそのままに、 そこで映画撮影をするかのように演劇をやってしまうという、強引さがあったからだ。 当然、100mは離れているであろうセットの近くで動かれても、 何をやっているのかよくわからないし声もろくに届かない。 しかし、セットを観客席に寄せるとか、観客席から死角を作らないといった、演劇向けの配慮はなし。 むしろ、その配慮の無さが映画撮影所という臨場感を感じさせていたし、 演劇をやるには無理のある映画撮影所的な空間をそのままにすることにより、 その無理さ不自然さを逆手にとったような表現を試みているかのよう。 そして、そこが観ていてツボにはまった。 (そのような手法に Melo 以降の Alain Resnais の映画、 特に Les Herbes Folles [レビュー] と類似するものを感じてしまった。)

声の届かなさ見えなさを補うように、マイクで音声を拾いカメラで撮った映像をプロジェクタに投影するのだが、 コンタクトマイクの類は使わず、TVの劇場中継のように「神の視点」的なカメラで判り易いように示すわけではない。 映画撮影に関するメタ演劇という枠組を利用し、 劇中の存在でもあるカメラマンの手持ちのカメラで撮影し音声スタッフの持つ竿マイクで声を拾っていた。 その映像が映画への参照のような画になっている時もあって、確かに、それも良かった。 しかし、遠くで何かやっているのにカメラやマイクが追いかけていないときもあるし、 遠くでの状況が説明的に判るように撮っているわけでもない。 そんな少々グダグタになった所を、大声や駆け足、 もしくはとめどないセリフで強引に繋いでいるようなところにも、不条理なユーモアを感じた。 もちろん、キャンピングカーやワゴン、パトカーを模した自動車などが実際に走り回ってしまう その迫力も楽しんだし、 俳優達のよく走り回る姿も面白かった。 俳優たちが竿マイクやスクリプトガールに囲まれてフィールドを動き回わる様子も、 映画撮影という設定だとわかっていても、妙に不自然な仰々しさが可笑しかった。 そんなわけで、セリフが追えないことが気にならなかった程、この野外劇を楽しむことができた。

Volksbühne am Rosa-Luxemburg-Platz は2005年の初来日 (『終着駅アメリカ』 (Endstation Amerika, 2000), 世田谷パブリックシアター, 2005) を見逃してしまったので、今回が初観劇。 今回の野外劇も楽しめたけれども、やはり劇場での上演作品も観てみたい。