1920s-30sに活動した新興写真の写真家、堀野 正雄 を200点余の資料を通して全体像を捉えた展覧会。 今まで 村上 知義 など昭和モダンのの展覧会でその名を見ることはあったけれども、これだけまとめて観たのは初めて。 幅広い活動のどれもが興味深く、一人の写真家に焦点を当てた展覧会にもかかわらず、 戦間期モダニズムの雰囲気を堪能できた展覧会だった。
全6部構成の第1部「築地小劇場と新興舞踊」は、村上 知義 と交流があったということで、 1920年代に撮影した築地小劇場の舞台写真や出演した役者、その界隈の「新興舞踊」のダンサーのポートレートから。 しかし、様子が伺えるので確かに資料的には興味深いが、 この頃の写真は小さく暗く鮮明とは言い難い写真で、観ていて不完全燃焼気味。
続く第2部「写真実験への挑戦」では、板垣 鷹穂 の指導の下で制作した写真集 『カメラ・眼×鉄・構成』 (1932) の写真を中心に、 工場や鉄橋などの機械的建造物を捉えた写真を集めていた。 被写体はもちろん遠近短絡法を思わせるアングルなど、 同時代の Neue Sachlichkeit や Russian Avant-Garde を思わせるところも。
第3部「写真実験の展開」では、板垣 鷹穂 や 村上 知義 らの編輯を得て制作され 『犯罪科学』等の雑誌に掲載された一連の「グラフ・ドキュメンタリー」作品が展示されていた。 写真のコラージュと短いキャプションのタイポグラフィで構成されたドキュメンタリーだ。 第2部で展示されていた写真も使われており、むしろこういう構成の中で生きるところもあるな、と。 ここの展示が良かったのは、代表的なページのみを展示するのではなく、 一連のページを全て観られるように複製を並べて展示してあったこと。 この展示であれば、単に紙面のデザインの問題だけではなく、ストーリーの組み立ても読むことができる。 村上 知義=監督編輯, 堀野 正雄=写真 『首都貫流——隅田川アルバム』 (1931) を通して観ると、 ほぼ同時代に制作されたこともあり、先日観たばかりの 藤牧 義夫 の隅田川の白描絵巻 [レビュー] を連想させられるところもあり、 そのネガティヴな面も含めて当時の典型的なモダンな風景だったのだろうなあ、と。 全てのグラフ・ドキュメンタリーに共通する左翼的な社会改良を訴えるストーリー立てにも時代を感じた。
続く第4部「近代日本」は、グラフ・ドキュメンタリー以降の 一転モダンの明るい面を捉えたような1930年代の写真が並んでいた。 しかし、それも後半になると戦時色が濃くなる。 「フォト・ドキュメンタリー」に感じられる左翼色が消えるのも興味深いところ。 第5部「女性美の探究」では第4部と同時代の同傾向の写真のうち、 女性を被写体にしたものに焦点を当てたもの。 制作した女性のポートレートや女性モデルを使った広告写真が並んでいたが、 典型的なモガを思わせるファッションの人がいない所に1930年代という時代を感じた。 といっても、戦間期モダンな女性像が多く観られ眼福でしたが。
最後の第6部「大陸へ」では、1938年から39年にかけて、 植民地統治下の朝鮮や満州国支配下の満州・内蒙古の写真が展示されていた。 ここまで来ると、典型的なモダニズムの雰囲気はだいぶ薄れてくるが、 他にも満州を拠点に活動した 淵上 白陽 のような新興写真作家もいたし、 1920s-30sの日本のモダニズムを知るには、朝鮮や満州も視野に入れる必要があるのだろうと、 改めて実感するところもあった。
200点規模の展覧会の場合、たいてい、そのうち興味を引かれるのは一部となるのだが、 この展覧会は全6部いずれも興味深い、とても濃い内容の展覧会だった。