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Review: Mathilde Monnier et Jean-François Duroure: Pudique Acide / Extasis @ 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール (ダンス)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2013/11/10
Mathilde Monnier et Jean-François Duroure
Pudique Acide / Extasis
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2013/11/09. 15:00-16:10.
Choréographie: Mathilde Monnier et Jean-François Duroure. Musique: Kurt Weill, Bernard Hermann. Lumière: Eric Wurtz.
Avec: Sonia Darbois, Jonathan Pranlas.
Recréation: Festival Montpellier danse 2011.

Mathilde Monnier はNouvelle Danse 興隆期の1983年に活動を開始し、 1999年以降 Centre Choréographique National Montpellier Languedoc-Roussillon の芸術監督を勤めるフランスの振付家/ダンサー。 彼女が活動初期の1984年と1985年に Jean-François Duroure と作った Pudique AcideExtasis が、 2011年に Festival Montpellier danse で再制作された。 オリジナルは Monnier と Duroure 自身がデュオで踊ったが、再制作では若い男女のダンサーに振り付けている。 Monnier の作品は今まで観たことがなく、半ばダンス史のお勉強気分でその日本公演に足を運んでみたのだが、 シンプルな演出構成ながら美しさとユーモアを感じるダンスを堪能できた。

前半の Pudique Acide と後半の Extasis のいずれも音楽に Brecht/Weill 歌を多用していることもあり、二部構成の1作品のように感じられる。 Pudique Acide は特に舞台装置を置かない、 Extasis はフォトセッションのスタジオのようにフロアの四隅に三脚スタンドの照明が置かれただけの、シンプルなステージ。 音楽無しの静かな動きを見せる場面と、Brecht/Weill の歌などに合わせてリズミカルにユーモラスな、 時にバレエ的なイデオムを感じるダンスを踊る場面が繰り返される。 特に面白く感じたのは、後半の喧嘩するようなダンスや “Der Song von Mandelay” での前後に大きく移動しながらのダンス。 動の場面と静の場面のコントラストはもちろん、動きの中の緩急もメリハリがあって、コミカルなだけでなく美しさも感じるダンスだった。

前半後半とも少しずつ衣裳を脱いでダンサーイメージを変えて行いく所も面白かったし、 確かに、後半の四隅のライトやフロアの蛍光灯を切り替えて舞台の表情を変えていくだけでなく、 照明スタンドのシルエットを背景に後半のメタな言及も感じる照明使いも美しかった。 といっても、観客を驚かせるような奇を衒った演出だったり 動きよりもコンセプチャルが重視されがちな昨今のコンテンポラリーダンスと比べ、 確かに素朴な構成演出かもしれない。 しかし、シンプルに動きと踊りを観せるような舞台だった。 自分も演出中心に舞台を観がちなのだが、コンテンポラリーダンスの原点の一つを思い出させるかのように、 動き踊る姿を観ることの楽しさを久々に思い出させてくれた舞台だった。

一年余前に Jean-Claude Gallotta の1982年作品の再演を観たときは [レビュー] お勉強という感になってしまったので、今回もそうなってしまうかもしれないと思いつつ臨んだのですが、 良い意味で予想を裏切られました。 コンテンポラリーな作品でもこういう歴史的作品の再演は良いものだなあ、と、つくづく思った公演でした。