Gallotta はフランス・グルノーブル (Grenoble, Rhône-Alpes, FR) を拠点に1970年代末から nouvelle danse 〜 contemporary dance の文脈で活動する振付家。 Gallotta の作品を見たことが無かったので、良い機会かなと、その初期の1982年の作品の再演を観てきました。 トリオで踊る1時間の作品ですが、今回の公演では急病で一人が踊れなくなり、 40分の男女デュオの作品として改作したものを上演しました。
舞台装置等の無い黒く塗られたホールの壁むき出しの状態 (ブラックボックス) で、 照明の強弱とほぼ piano ソロの音楽のみ。 男女のデュオということもあってか、抽象的なダンスというよりも物語的、 男女の恋の駆け引きをダンスで表現しているよう。 そんな物語を感じる舞台でしたが、元のギリシャ古典の恋愛物語 Δάφνις και Χλόη との関係は判然とせず。 駆け寄ってのリフトや並んで跳ねるように駆け踊るような所を観ながら、 まるでフィギュアスケートの男女ペアのよう、とも思ってしまいました。 評などを通して知る Gallott のイメージからすると、かなり普通のダンスという印象を受けました。
公演後、ドラマトゥルグの Claude-Henri Buffard によるトークがありました。 今回上演した作品に限らず Gallotta の今までの作品を紹介するもの。 まず “Fiction” と “Friction” の2つをキーワードとして提示。 前者の “Fiction” については、 今回上映した Daphnis é Chloé も含め Gallotta はフィクショナルな人物を題材とする作品を多く制作しているが、 どう対応しているか判らなくなる程抽象化しているとのこと。 そのための手法の一つとして、特定の1人のダンサーが一つの役を演じることなく役を入れ替えることもあり、 Daphnis é Chloé でも男性ダンサー2人の どちらが Daphnis でどちらが Dorcon かは固定されていないとのことでした。 今回はデュオだったので普通の男女の恋の駆け引きのようにみえてしまったけれども、 トリオであればそのあたりの演出の妙を楽しめたかもしれなかったのだなあと、それを聞いて残念でした。 役を固定しない方法は最近ではかなり一般的で、最近自分が観たものに限っても、 Sylvie Guillem の Eonnagata [レビュー] や カンパニーデラシネラ の 『異邦人』 [レビュー] など、すぐに挙げられるほど。 しかし、その手法の狙い (Gallotta であれば物語の抽象化) が違うように思われる所に、 時代の変化を感じました。
後者の “Friction” というのは、今回の上演作品からは少し離れて、 周囲と摩擦を生じさせるやり方でダンスを制作してきたという話。 その2つの手法として、劇場以外の場所で作品を作るということと、 プロのダンサー以外の人を使って作品を作るということを挙げていました。 Buffard 氏も言っていましたが、このような作品は最新では一般的になっていますが、 Gallotta が出て来た1980年前後はかなり挑戦的だったのでしょう。 特に、少々「ふっくらとした」女性ダンサーを使おうとしたら 彼女を外さないと補助金を出さないと圧力をかけられた、というエピソードが印象に残りました。 “Fiction” で挙げられた役を固定しないやり方といい、 1982年から30年経って、当時は挑戦的だったものが一般的になってしまったものも多いのだろう と、話を聞いていて感慨深いものがありました。
今までの活動をビデオを使って要領よくまとめていて勉強になったし、 舞台を観て釈然としなかった点について腑に落ちたところもあって、 舞台だけでなくトークを聴いた甲斐がありました。