TFJ's Sidewalk Cafe > Dustbin Of History >
Review: 清水 宏 (dir.) 『暁の合唱』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2014/10/29

シネマヴェーラ渋谷『日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界』で上映されたこの映画を観てきました。

『暁の合唱』
1941 / 松竹大船 / 白黒 / 101 min.
監督: 清水 宏.
木暮 実千代 (斎村 朋子), 佐分利 信 (浮田 兼輔), 川崎 弘子 (小出 米子), 小出 三郎 (近衛 敏明), 三好 英子 (平井 岐代子), etc

石坂 洋次郎 の同名の小説が原作で、舞台は秋田の横手。 高等女学校から女子専門学校への進学を諦めた女学生の 斎村 朋子は、バスの運転手を希望してバス会社へ就職する。 彼女の教育を任された運転手 浮田 は、バス会社の仕事を一通り勉強させようと、彼女に車掌の仕事から始めさせる。 そんな朋子が、仕事に恋に成長していく様子を描いた映画です。

彼女が進学を諦めた理由は冒頭で語られるのですが、それが伏線に使われたりするようなこともなく、朋子もあっけらかん。 むしろ、本当にバス運転手になりたくて、自分の意思で進路を選んだと感じさせるほどでした。 そんな意思が強く仕事に積極的なのですが、ドジっ娘。 女学生や車掌の制服姿も可愛いのですが、後半、ツナギを着て顔を油で汚して車を運転を練習する姿も素敵。 まだすらりと若い 木暮 実千代 が演じる、そんな朋子が魅力的でした。 そして、それを見守り育てる 浮田 も、甘やかしたりせず、かといって鬼教官でもない、いい距離感。 そんな朋子と浮田のやりとりも面白い映画でした。

前半の車掌時代の朋子のエピソードは、同監督の『有りがたうさん』 (1935) [レビュー] を思わせるもので、大らかな時代ののどかなユーモアが存分に楽しめました。 運賃をマケてもらおうとする老婆が 飯田 蝶子 で、それをしょうがない客だという感じで応対しつつもきっちり取る運転手が 日守 新一 だったり、 バス車内での突然の出産の場面で助産婦や駐在を呼びに慌てふためく運転手が 礒野 秋雄 だったり、要所でハマった脇役を配していた所がツボにはまりました。

朋子が自動車整備や運転を学ぶようになると、そんな人情噺というより、食い違う男女の想いという戦前松竹メロドラマ的構図が前に出ます。 経営者の娘で事務を切り盛りする米子は浮田に好意を寄せ、浮田は朋子への気持ちを心に秘め、 浮田の大学時代の友人にして米子の弟 三郎 も朋子に 好意 を持つようになります。 朋子も三郎のことが気になり始めるのですが、そこに三郎の恋人、女性新聞記者 平井 が登場します。 浮田をめぐる密かな三角関係、三郎をめぐる三角関係の派手な修羅場エピソード、朋子をめぐる友情のような三角関係を通して、男女観や恋愛観を語らせる。 それも、人情噺的なユーモアもバランスも良く配して、ドロドロのメロドラマではなく、サッパリと仕上げていました。

それに、なんといっても映像の構図やテンポが良いのです。 前半の車掌時代のエピソードでの、のんびり揺られるバス車内のリズムや、田舎の野畑の中を走るバスを捉えた引いた画面。 そして、浮田が朋子を三郎に譲って米子との結婚を決意する場面。 平井との別れ話をしている所に偶然ながら朋子に踏み込まれ「朋子に軽蔑される」と落ち込む三郎と浮田が二人で来た河原で、 落ち込む三郎を遠くに捉えつつ、その様子を時々伺うでもなく事案げに歩き、横になって空の雲を見上げる浮田。 ただそれだけなのですが、その直後に浮田が米子へ結婚を申し込んだことが、その後、明かされます。 こういう男女関係の行く末を決める決断の描写は『有がたうさん』での峠の場面で、運転手と売られて行く娘の様子を遠目で察する黒襟の酌婦の描写を思い出させられました。