神保町シアターの 『戦後70年特別企画——1945-1946年の映画』 で観た中から、阪妻こと阪東 妻三郎主演の時代劇を2本。
喧嘩っ早い大井川の川越人足 寅八が、狐退治の際に拾った子供を、初めは意地だけで育てるうち、人情が芽生え、寅八 自身も成長する。 やがて、その子が落胤であることが判り、一旦は返すことを拒むが、最後にはお殿様の息子として見送ることとする、という物語です。 終戦直後、GHQの「ちゃんばら禁止令」の下で製作公開された映画で、酒場での取っ組み合いの喧嘩シーンはあれど、太刀を振り回しての殺陣はなし。 荒くれな男が子育てに右往左往するさまもユーモラスに、そして次第に人情深くなっていく様をしみじみと描いた、人情喜劇でした。 『雄呂血』 (1925) [鑑賞メモ] のような映画での阪妻とのギャップの面白さ、というのもあったかもしれませんが、 阪妻の演技に人懐っこそうな魅力も感じられ、単に強くてカッコいいだけではなかったことに気付かされました。
講談の題材として広く知られた上野の国の侠客 (やくざ) 国定忠治が天保の飢饉に苦しむ農民のために立ち上がる話の映画化。 農民たちを顧みない代官たちのやり方に耐え続け、農民たちを救わんと押しかけ女房のお町まで代官に差し出さんとするも、 堪忍袋の緒が切れ、最後には水門へ殺到し水門を開けてしまいます。 思い悩みながら我慢の前半に、最後に爆発して大立ち回りとなる後半という、お約束の展開ですが、 立ち回りの場面も、群衆が押しかけるような場面がほとんどで、太刀を振るっての殺陣の場面はわずかばかり。 その点は物足りなく感じました。
その一方、農民が旱魃に苦しんでいることを描くところで、 苦悩する農民たちの顔を日照りの空を背景にあおるような角度に撮って、そこにナレーションを重ねたり。 国定忠治が水門を壊す場面でも、忠治や壊れていく水門をクロースアップのモンタージュで描いたり。 殺陣の場面が控えめだったせいか、 まるで、『FRONT』 (戦中に日本で出版されたプロパガンダ・グラフ雑誌) の写真か、Russia Avant-Garde の映画かという、 モダンな画面作りに気付かされました。