大正から戦前昭和にかけて流行った平織の絹織物である銘仙によるモダンな着物や単衣の展覧会 (単衣と対となる裏地がある着物の呼称は袷だが、この展覧会では裏地があるものが着物、ないものが単衣と区別されていた。以下は展覧会に従う) を集めた展覧会。 全4章構成のうちモダンな柄を扱ったのは「第4章 モダニズムの開花」のみで、全体の約1/3。 しかし、矢羽根柄や花柄などの伝統的な柄も含めて楽しめた展覧会でした。
やはり目を引いたのは、第4章。 明るい赤や橙による「染分幾何学模様銘仙着物」 (昭和初期〜30年代前半) のような Art Deco 風のもの、 南洋の椰子に落下傘を配した「染分落下傘模様銘仙単衣」 (昭和10年代半ば) のような時局ネタは想像の範囲内でしたが、 Wassily Kandinsky の抽象画の影響が伺える柄の「緑字抽象模様銘仙着物」 (昭和初期〜30年代前半) のようなものまであったのか、と、楽しめました。 伝統的な柄にしても、アザミなどの花柄に Art Nouveau の影響があったりと、着物もモダン・デザインと無縁ではなかったのだなあ、と、改めて実感。 『私たちの装身具: 1850-1950 日本のジュエリー 100年』 (東京都庭園美術館, 2005) で Art Deco な幾何学模様の櫛、笄、簪や帯留を見ていますが [関連発言]、 なるほどこのような着物に合わせていたのかと納得。 これらの着物に見られるモダニズムは、 渡辺 裕 『日本文化モダン・ラプソディ』 (春秋社, ISBN4-393-93161-0, 2002) に描かれた 「邦楽改良」や「歌舞伎改良」とも並行する関係だったのでしょう。 潰えたモダンの可能性の一つを見たようでした。
織る前に仮織して柄に合わせて染色する絣の技法で銘仙は織られているのですが、 糸のずれによって絣足と呼ばれる模様のずれができます。 物によってはほとんど絣足が見られないものもあり、デザイン的にあえて絣足を加える場合もあるようです。 Art Deco な「染分幾何学模様銘仙着物」でも、そんな絣足がが風合いを加えていて、 モダニズムをずらすような組み合わせが面白く感じられました。 写真による図版では絣足のような細かい所はよくわからないだけに、展覧会で実物を見た甲斐がありあした。 また、数年前に Issey Miyake Men が出した幾何学模様の絣のシャツを持っているのですが、その元ネタを見るようでもありました。
最近になって戦前戦中の松竹映画をよく観ていますが、 出演している女優の洋装も素敵ですが、和装のときも多く、それも白黒でも映える大胆な柄を着こなしています。 きっとここで展示されているような銘仙だったのでしょう。映画がカラーだったらいっそう華やかだったろうなあ、と。 展覧会会場は銘仙を着た女性の絵が表紙の『三越』 (百貨店の広報誌) や 2点ですが、鏑木 清方 などが描いた銘仙を着た美人画も展示されていました。 それを見て、『揺らぐ近代 ―― 日本画と洋画のはざまに』 (東京国立近代美術館, 2006) [関連発言] で描かれた女性の和装も、銘仙が多かったのかもしれない、と思い至りました。 当時は『和洋合奏之図』のような「邦楽改良」ネタなどには反応できましたが、さすがに着物にまで目が行きませんでした。 女性の和装に関する戦前のモダンな絵画や映画や写真を楽しむポイントを一つ増やすことが出来たことも、この展覧会の収穫でした。
展覧会は前期、後期に分かれていて、全面的な展示替えとなっています。 今回観たのは前期ですので、近くへ行ったときに後期の展示も観たいものです。