2014年末からの約2年の休館、改修工事を経て、東京都写真美術館がリニューアル・オープン。 そのリニューアル・オープン及び総合開館20周年記念の展覧会として、 3階及び2階の展示室を使った 杉本 博司 の大規模な個展が開催されている。 3階はフロア全体を使ったインスタレーション、 2階は『劇場』シリーズをリニューアルした新作シリーズ『廃墟劇場』 (2013-2015) と、 京都の三十三間堂の千手観音を撮った『仏の海』 (1995) が展示されていた。
3階の展示室全体を使ったインスタレーションは『今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない』と題され、 地球が死んだ後の廃墟、というより、朽ちかけたトタン板作りの掘建小屋のような空間に 骨董趣味の延長とでもいう古物 – 化石、古代の遺物から少々古びた20世紀の大量生産品、ここ最近の物まで – に、 いくつかの自分の写真作品を交えてのインスタレーション。これもある種の侘び寂びだろうか。 33の職業の人物による「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない」という書き出しではじまる世界滅亡とそれへの反省を語る文章を有名人に手書きされたものが、 インスタレーションの各コーナーのテーマのように掲げられている。 その内容のせいもあって、冷戦期の終末戦争や反近代的な終末イメージに最近口に上るようになった破局的災害のイメージを接木したような終末論趣味を、 思わせぶりなインスタレーションで飾り立てているよう。
2階は1点の骨董を除いて、大判にプリントされた白黒写真を並べた静謐な展示。 『廃墟劇場』シリーズは『劇場』シリーズ同様、映画館で映画上映の間長期露光した作品。 ただ、『劇場』シリーズとは異なり使われなくなって廃墟のようになった映画館が舞台とし、 上映された作品のあらすじが作品と組み合わされていた。 映画の選択が『今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない』同様、 冷戦期の終末戦争や反近代的な終末イメージを扱った映画が多かった。 そんなこともあり、『千体仏』 [レビュー] を 久しぶりに観て差異と細部を両立させた形式的な面白さにほっとした。 去年の『趣味と芸術―味占郷/今昔三部作』 [レビュー] が楽しめたので期待していたのだが、 今回の展覧会の終末論趣味には付いていけないものがあった。
併せて、地階で開催されていた 『世界報道写真展2016』 も観てきました。 さすが 杉本 博司 は混んでると思っていたのですが、『世界報道写真展2016』の方が混んでいました。 (2フロア使った 杉本 博司 展の方が観客数は多いかもしれませんが。) 客層はかなり異なるわけですが、報道写真は根強い人気があるのだなあ、と。
東京都写真美術館は収蔵品展も良く企画展も含めほとんどの展覧会を観に行く美術館なので、リニューアル前は長年 友の会 会員でした。 リニューアル後も躊躇無く年間パスポートを購入。 友の会 の時は、会員向けのイベントもあり展覧会案内等が送られてきたのですが、 年間パスポートはカードに署名をするものの美術館側で名簿を管理することなく、展覧会やミュージアムショップの無料・割引サービスのみ。 個人情報保護法改正もあり、個人情報を扱わないサービスが現実的ということなのでしょうか。 前の友の回からの流れか、休館中リニューアルオープン直後まで展覧会案内が送られてきていますが、 今後どうなるのでしょうか。ふむ。