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Review: 石田 民三 (dir.) 『花つみ日記』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2016/10/09

神保町シアター『吉屋信子と林芙美子 女流作家の時代』で、 上映された戦前の乙女映画を観てきました。

『花つみ日記』
1939 / 東宝京都 / 白黒 / 73min.
監督: 石田 民三.
高峰 秀子 (篠原栄子), 清水 美佐子 (佐田みつる), 葦原 邦子 (梶山先生), etc

あらすじ: 東京から大阪の女学校へ転校してきた 佐田 みつる は、 浅草生まれで宗右衛門町の舞妓の置屋の娘という同級生 篠原 栄子 こと栄ちゃんと仲良くなる。 しかし、歌が上手くて女学生たちの憧れの 梶山先生 をめぐって仲違いし、二人は絶交してしまう。 その直後、栄ちゃんは女学校をやめて舞妓になってしまう。 休日に家族と行った信貴山で、みつるは舞妓姿の栄ちゃんと偶然遭うが、言葉も交わさず栄ちゃんは走り去ってしまう。 その後、栄ちゃんは病に臥せってしまう。 みつるの兄に召集が来たときいて、栄ちゃんは病をおして街中で千人針を募り、梶山先生に託す。 みつるは梶山先生に連れられ栄ちゃんを見舞い、二人は仲直りする。

原作は雑誌『少女の友』連載の少女小説 吉屋 信子 『天国と舞妓』。 当時15歳の 高峰 秀子 が主演し、戦前の乙女映画の最高峰という評判の作品で、観ておきたいと思っていました。 若干の違和感も覚えたものの、女学生2人の友情 (というかエスな関係) を丁寧に描いた乙女映画という期待に違わぬ映画でした。

主演の 高峰 秀子 も生々と好演していますが、ショートヘアもクールで可愛らしい 清水 美紗子 の方が、 そして、憧れの先生を演じた 葦原 邦子 が良かったな、と。 葦原 邦子 を意識して観たのは初めてですが、中原 淳一 夫人で、宝塚歌劇団の男役として人気で、愛称「アニキ」だったという、 いかにも乙女映画向けのバックグランド。 二人が仲良くなるエピソードの中には、中原 淳一 の絵を一緒に観る場面もありました。

『小林かいち展』を観たばかりということもあって [鑑賞メモ]、 かいちの絵葉書・絵封筒を買ってたのは、こういう女学生たちだったんだろうなあ、と思いながら観ました。 小林 かいち の描く和装の女性は「だらり帯」が多かったのですが、 栄ちゃん、みつるの普段の和装も帯をだらりと垂らすもので、 舞妓になった栄ちゃんの帯の結び方は かいち の絵の通りの「だらり帯」。 キリスト教徒ではないけど教会へ日曜礼拝へ一緒に行くというエピソードがあるのですが、 そこで映し出される玉造教会の聖堂も、かいちの教会モチーフと被って見えました。

舞台が大阪だったというのも、新鮮でした。 玉造教会はもちろん、舞台として使われた大阪女学院 などのモダンな建築、 そして、栄ちゃんの住んでいた 宗右衛門町 の伝統的な木造の街並み、など大阪大空襲で失われた大阪の街の様子がうかがわれるよう。 東宝京都の制作というのもあるのか、自然に感じられました。 単にエピソードやモチーフに時代の雰囲気を感じただけでなく、 女学生が並んで歌いながら校庭を掃除している様子を校舎の上階から俯瞰する画面といい、 宗右衛門町の置屋や梶山先生の住んでいる商家の木造の屋敷内を広く捉える画面といい、 モダニズム的な美しい画面も印象に残りました。

女学校学園物の戦前日本映画といえば、清水 宏 (dir.) 『信子』 (松竹大船, 1940) もあります。 『信子』ではエスな関係は描かれませんが、どちらも当時の女学生のモダンなライフスタイルをスタイリッシュな映像で捉えていて、共通するものも少なからずあります。 比べてみると、『花つみ日記』の栄ちゃんの置屋の娘という設定に少々違和感を覚えました。 『信子』では、女学校に赴任した信子は置屋への下宿を咎められ寮監となります。 日本初の女性弁護士誕生をうけて作られた 佐々木 康 (dir.) 『新女性問答』 (松竹大船, 1939) では、 姉が芸者をしていることを理由に主人公 志賀 時代 は大学女子部の同級生から仲間はずれにされます。 戦前のメロドラマ映画では、家の貧しさのために芸者に身を売ったり生活のために女給になるという話が多いわけですが、 栄ちゃんが舞妓になる理由はそういうわけではありません。

原作を読めば何か判るかもしれない、と、原作とされる短編小説『天国と舞妓』を読んでみて、 登場人物やその設定の一部を使っているものの、全く別の話だということに気づきました。 原作は みつる が主人公。梶山先生は出てきませんし、千人針のエピソードはありません。 みつると栄ちゃんは教会の日曜学校で知り合って友達になった小学校の同級で、 みつるは女学校に進学する一方、英ちゃんは父親が病気のために進学せずに舞妓に身売りし、最後はお座敷で客に刺し殺されてしまいます。 子供の頃に仲良くした友達が家の貧富の差によって全く違う人生を歩むことになってしまう、という話でした。 むしろ、原作の短編小説の方が戦前メロドラマ映画によくありそうな話で、 それが映画のように変えられた背景に何があったのか、気になりました。