戦間期 Art Deco のグラフィックデザインで知られる ロシア・ハリコフ (現ウクライナ・ハルキウ) 出身のフランス人デザイナー A. M. Cassandre のポスター展。 展示の元となったのは、やはり戦間期 Russian Avant-Garde のポスターコレクション [レビュー] でも有名な故・松本 瑠樹 氏のコレクション。 1920年代から1930年代前半までの典型的な Art Deco のデザインだけでなく、戦後の仕事までカバーした回顧展だ。 1991年に東京都庭園美術館で松本 瑠樹 コレクションの Cassandre 展が開催されているが、当時はノーチェック。 戦間期のモダンデザインの展覧会で Cassandre のポスターを度々目にする機会があったが、これだけまとめて観たのは初めて。
いわゆる Art Deco の典型的作風のデザイナーで、それも長距離鉄道や豪華客船など近代的な交通機関のポスターが特に有名。 今回、まとめて見て、遠近短縮法と似た消失点を設定した構図や、客船や機関車の一部をクローズアップで捉えて強さを強調する画面作りなど、 新即物主義 (Neue Sachlichkeit) の写真との共通点に気付かされた。 Grand-Sport のポスターは Weimar 時代の Bauhaus のロゴの顔にスポーツキャップを被せたようだし、 Casino のサインボード (1931) の形も色使いも Alexandre Rodchenko のおしゃぶりの広告 (1923) と似ている。 エピゴーネンともいえるかもしれないが、当時の Avant-Garde を消化して同時代的な広告デザインを展開しているとも言える。 そういう点でも戦間期モダンの雰囲気を満喫できた。
Le Corbier は Cassandre の Au Bucheron のポスター (1923) を「まやかしのキュビズム」と批判したとのこと。 その批判ももっともで、Cassandre のような Art Deco のデザインは、戦間期 Avant-Garde の仮想敵のブルジョワの趣味とも言える。 自分も1990年代頃までは、戦間期の Art Deco と Avant-Garde を正反対なものとして見ていた。 21世紀に入り Art Deco 展 [レビュー] を観た頃には、 戦間期の文化として、むしろ共通点を見るようになった。 そんなことを思い出した展覧会でもあった。
1930年代後半以降の仕事の展示もあったが、Art Deco 期と比べると蛇足の感は否めなかった。 Art Deco の流行も終わった1930年代後半以降、Cassandre の作風も Surrealism 的なものに変化していた。 同時代のロシアでは Avant-Garde から Socialist realism へと移った時代。 Cassandre が Art Deco から Surrealism へ移ったというのもフランスらしく感じられた。