オーストラリア出身の演出家 Barrie Kosky による2016年に Frankfurt Opera のために制作した Carmen。 その演出の作風に予備知識はありませんでしたが、オペラ歌手を踊らせる演出という評判を知って、 Royal Opera House in cinema での上映に足を運んでみました。 1875年初演前の1974年の初稿版に基づく上演で音楽が通常の上演とかなり異なるということでしたが [解説]、 そこまで馴染みがあるわけではないので、確かに “Habanera” が違うという程度しか分かりませんでした。
舞台全体を階段ステージにしただけで舞台がスペインであることを示すような装飾は一切なく、衣装も流石にの服装は使ったもののスペインの民族衣装はほとんど無し。 Carmen 役はショートカットで、黒を基調としたフラッパーな衣装だったり、男装 (パンツスタイル) だったりで、 見た目は戦間期のファム・ファタール Lulu (Louise Brooks) に近く、 暗めの照明で時に下からの照明を使う演出も戦間期の表現主義映画のよう。 似ているというほどではなかったですが、男装も Marlene Dietrich を意識したのかな、と思うときもありました。 ダンスや衣装も、オペラというよりミュージカル、レビューやカバレットを意識した演出。 そんな戦間期1920s-30sのモダンな「狂乱」の時代を感じさせる演出は、かなり楽しめました。
主要キャストだけでなくコーラスも舞台に上げて皆躍らせる演出も、確かに見どころ。 男女3名ずつの6名の黙約ダンサーのダンスを交えることで、全体の動きもかなり締まって見えました。 最後の闘牛場の外の場面 (Act III Scene 2) の冒頭、観客役のコーラスが舞台前面で “Toreador” を歌いながら跳ね躍る後方の階段上で闘牛士の衣装を着たダンサー6人がキレキレのダンスを踊る場面もよかったですが、 最も良かったのは Act II、Lillas Pastia's tavern の場面の冒頭、 Carmen、Mercédès、Frasquita の3人が歌い踊る場面。 6名のダンサーもバックダンサーよろしく一緒に踊るのですが、 オペラ歌手3人も一体となってダンサーと見劣りしないダンスを踊っていました。
Royal Opera House や Metropolitan Opera の event cinema を観ていると、 オペラ歌手にかなり激しい動きを要求する演出は少なく無いのですが、ここまでのものはあまり無いでしょうか。 この2月に観た Sasha Waltz 演出のオペラ Matsukaze もそうでしたが [鑑賞メモ]、 これからはオペラ歌手もある程度踊れないと、現代演出のオペラはやっていけなくなりそうだなあ、と。 しかし、この Kosky の Carmen は、 良くも悪くも分かり易く説明的に役を踊るようなダンスで、 キレキレのダンスを見せていた6人のダンサーもいわゆるバックダンサー的な役割がほとんど。 ダンス作品としても見応えあった Matsukaze とは ちょっと違うとも感じてしまいました。