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Review: Sasha Waltz & Guests (prod.), Toshio Hosokawa (comp.): Matsukaze 『松風』 @ 新国立劇場オペラパレス (オペラ)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2018/02/25
Sasha Waltz & Guests / Toshio Hosokawa
Matsukaze
新国立劇場オペラパレス
2018/02/17, 15:00-16:30.
Music by Toshio Hosokawa [細川 俊夫], Libretto by Hannah Dübgen, Based on a classic Noh play of the same name.
Conductor: David Robert Coleman. Direction and Choreography: Sasha Waltz. Set Design: Pia Maier Schriever, Chiharu Shiota [塩田 千春]. Costume Design: Christine Birkle. Lighting Design: Martin Hauk. Dramatrugy: Ilka Seifert.
Cast: Ilse Eerens (Matsukaze [松風]), Charlotte Hellekant (Murasame [村雨]), Grigory Shkarupa (Der Mönch [旅の僧]), Jun Hagiwara [萩原 潤] (Der Fischer [須磨の浦人])
音楽補 [General Music Staff]: 冨平 恭平 [Kyohei Tomihira] Vocal Ensemble: 新国立劇場合唱団 [New National Theatre Chorus]. Dance: Sasha Waltz & Guests. Orchestra: 東京交響楽団 [Tokyo Symphony Orchestra].
A production by Sasha Waltz & Guests commissioned by the Théâtre Royal de la Monnaie in coproduction with Grand Théâtre de Luxembourg, Teatr Wielki – Polish National Opera and in cooperation with Berliner Staatsoper.
World premiere: 03.05.2011, Théâtre Royal de la Monnaie, Brussels.

室町時代に成立した伝統的な能の演目『松風』に基づく2011年初演の新作オペラの日本初演。 作曲が 細川 俊夫 [鑑賞メモ] というだけでなく、 演出が Sasha Waltz [鑑賞メモ] で コンテンポラリーダンス色濃い作品だという評判もあって、足を運んで見た。 細川 俊夫 というと雅楽の楽器を笙を使った曲を聴いたことがあるものの能楽というイメージはなく、 Sasha Waltz のダンスも様式的というより即物的で少々グロテクスという印象があったので、 能の色は濃くなく、むしろ表現主義的というか舞踏風の作品を予想していた。 しかし、意外にも能らしさを感じる作品で、それがかなり好みだった。

オペラでダンスを用いる場合、例えば Romeo Castellucci 演出の Tannhäuser がそうだったが、歌手の背景として踊るというものが多い。 しかし、この作品では歌手とダンサーが入り混じり、特に松風、村雨の姉妹二役の女性歌手は他のダンサーと同程度の動きをしていた。 また、姉妹の登場の場面では、ワイヤーに吊るされて上から登場し、吊るされたまま難しい空中姿勢も交えつつ歌っていた。 (一方、旅の僧の役は途中でオーケストラピットに移動してそこで歌っていたが。) Metropolitan Opera や Royal Opera House の現代演出のオペラをイベントシネマで観ていて、 オペラ歌手も身体能力を求められて大変だなと思うことも少なく無いが [鑑賞メモ]、そんなレベルを超えていた。

動きは、身体を攀じるような動きも控えめで、むしろ手先足先で空間に線を描いて行くかのような動きが印象に残った。 能や狂言を意識した動きはさほど無かったように思うが、舞台上を速く移動するとき、走るというより摺足を思わせる足捌きを多用していた。 そんな所も興味深く見ていたのだが、最も印象に残ったのは、複数の歌手/ダンサーに一つの登場人物を演じさせていたこと。 それもムーバー/トーカーのような分業をせずに、2人が同時に並行して歌い踊る形で演じるという。 こういう演出は Simon McBurney [鑑賞メモ] や 小野寺 修二 [鑑賞メモ] などマイムに近い文脈でよくみるように思うが、 ダンサーや歌手が役を演じるのではなく、舞台の上の動きが場面や登場人物を作り出して行くよう。 舞台美術にこういう演出も合わせ、とてもミニマリスティックで象徴的な表現に感じられた。 能に近い表現に感じた一因は、そんな所にあったと思う。

オーケストラも用いた音楽は明確な旋律があるというより音のテクスチャを強調したもの。 あまり抑揚が無い歌の旋律で、ここぞというところで (能管や鼓を思わせる) 強いフルートの音やパーカッションの音が印象的に用いられ、そんな所にも能に近い所を感じた。 舞台が須磨の浦で海の近くということで、波の音が録音された効果音として使われていた。 風の音はコーラスで表現していたのだが、波の音も象徴的にオーケストラやコーラスで表現したらどうなっただろう、とも思った。

塩田 千春 [鑑賞メモ] の舞台美術も期待ていたのだが、 中盤の姉妹登場の場面で、枠を黒糸で不規則に編み上げた彼女らしいインスタレーションが使われていた。 ワイヤーで吊るされた姉妹役がその糸の中をまさぐり動き、下の方でもダンサーたちが蠢き、情念に囚われた姉妹を象徴的に表現して、最も印象に残る場面になっていた。 この黒糸のインスタレーションが下げられ、塩屋を象徴的に表す木枠だけとなった舞台も、 複数の歌手/ダンサーに一つの登場人物を演じさせた演出と合わせて、 マイム作品風の演出だとは思ったけれども、とても気に入った。

オペラの音楽的な面というより、歌手やダンサーの動きや舞台美術からなる作品として、 コンテンポラリーダンスや現代的で身体表現に重きをおくマイムや演劇の作品を観るのに近い感覚で楽しむことができた作品だった。 そして、コンテンポラリーダンスなどの作品でも、このレベルで興味深く楽しめる作品はそうそう無いように思う。