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Review: Robert Softly Gale: My Left/Right Foot @ 静岡芸術劇場 (ミュージカル); 宮城 聰 『マダム・ボルジア』 @ 駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場 (演劇)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2019/05/15

ふじのくに⇄せかい演劇祭 2019 の後半プログラムで、これらの舞台を観ました。

Robert Softly Gale
静岡芸術劇場
2019/05/03, 13:30-15:30.
Written and directed by Robert Softly Gale.
Music and lyrics by Richard Thomas and award-winning partnership Scott Gilmour & Claire McKenzie.
Richard Conlon (Ian), Christopher Imbrosciano (Chris), Natalie MacDonald (Nat), Katie Barnett (Amy), Neil Thomas (Grant), Shannon Swan (Gillian), Gail Watson (Sheena), Alex Parker (Alex).
Writer / Director: Robert Softly Gale; Music & Lyrics: Richard Thomas; Additional Music: Claire McKenzie; Additional Lyrics: Scott Gilmour; Choreographer: Rachel Drazek; Dramaturg / Creative Producer: Mairi Taylor; Musical Director: Alex Parker; Performance Interpreter / BSL Translation: Natalie MacDonald; Set & Costume Designer: Rebecca Hamilton; Lighting Designer: Grant Anderson;
A Bird of Paradise and National Theatre of Scotland co-production.
Premier: Assembly Roxy, Edinburgh Fringe 2018, August 2018.

ミュージカルというジャンルには疎く、 Edinburgh Fringe 2018 での評判が良さげだった という程度の予備知識しかありませんでしたが、演劇祭のセレクションを信頼して観てみました。 スコットランド・アマチュア演劇協会のコンテストのでの優勝を狙うアマチュア劇団が、 「社会的包括」に取り組むことでの得点を狙って、Daniel Day-Lewis が脳性麻痺の主人公を演じきった映画 My Left Foot (1989) のミュージカル化に取り組む様をミュージカルとした作品です。 元ネタの映画は観てませんが、知らなくても楽しめる内容です。 脚本・演出の Robert Softly Gale 自身も、脳性麻痺を持つことで劇団の雑役から主役になる Chris を演じた Christopher Imbrosciano も、実際に脳性麻痺を持っているとのこと。 かなり風刺の効いたコメディ仕立てのメタ・ミュージカルでした。

正直に言えば、どこまで演技・演出なのは測りかねるアマチュアっぽい演技に前半は入り込みづらいものがあったのですが、 休憩を挟んで後半になると次第にそれにも慣れ、むしろ、演劇における社会的包括についての議論をユーモアの込めて舞台の上で見せていくよう。 ユーモアと言っても大笑いさせるものではなく、妙に琴線に触れるものがあり、観ていて思わず涙してしまいました。 各登場人物のダメな所を、他罰的に扱うのではなく、変に肯定的に愛でるようなこともせず、 自虐的なユーモアを感じさせつつ比較的フラットに扱っているように感じられたからでしょうか。

駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
2019/05/03, 18:45-20:45.
上演台本・演出: 宮城 聰; 作: Victor Hugo; 翻訳: 芳野 まい.
音楽: 棚川 寛子; 振付: 太田垣 悠; 照明デザイン: 大迫 浩二; 衣裳デザイン: 駒井 友美子; 美術デザイン: 深沢 襟; ヘアメイクデザイン: 梶田 キョウコ.
出演: 美加理 (ドニャ・ルクレチア), 阿部 一徳 (九平太), 大内 米治 (ゼンナロ), 大高 浩一 (在本蔵), etc.

演劇祭のディレクターでもある 宮城 聰 の新作は、 オペラ化もされた Victor Hugo の戯曲 Lucrèce Borgia (1833) に基づくもの。 元はルネサンス期15世紀から16世紀にかけてのイタリアを舞台とした戯曲ですが、舞台を日本の戦国時代に移して大幅に翻案していました。 野外の劇場を使い、歌舞伎や浄瑠璃に着想したような衣装や振る舞いに、打楽器を中心とした音楽、という演出は相変わらず。 しかし、エンディングの舞台となる茶屋での宴というのは戦国時代というより花魁風の衣装にしても江戸時代のようだったりと、 翻案の設定が合わないように感じられ、作品世界に入り込むことが難しかったです。 第一幕と第二幕て舞台を転換するのではなく野外劇場を2つ作って観客を移動させるということをしたのですが、 それも作品世界に入るのを邪魔したようにも感じました。

うまく作品世界に入り込めなかったので、演出家が見出した日本の戦国時代との類似点に納得というよりも、 むしろ、戦前日本のブルジョワ資産家一家の話にして、戦の話は株屋の仕手戦の話あたりに置き換え、 1920-30年代の松竹がメロドラマ映画に仕立てても違和感無さそう、思いながら見ていました。 特に、ドニャ・ルクレチアとゼンナロの関係など、いかにも母子物のメロドラマだなあ、と。

「有度」のような山中の緑を借景できる野外劇場を持っていることもあってか、 宮城 聰 / SPAC は奥行きのある空間使いが上手いという印象を持っていたのですが [関連する鑑賞メモ]、 第一幕、第二幕共に空間の奥行き方向を殺すかのような舞台を作っていたのが、とても気になりました。 第一幕では第二幕で使う劇場との仕切りの壁を背にして、 第二幕では屏風のような可動式の衝立を立ててその前で演技をくり広げるという演出をしていました。 ラストシーンでは、衝立越しに見える公園の木々をライトアップして浮き上がらせたりはしていましたが、 奥行き方向の広がりを感じさせるようなものではありませんでした。 第一幕第二幕共に奥行きを殺していたので、それも演出家の意図なのだろうとは思うのですが、 折角の野外なのに奥行き方向を殺して空間を狭く使っているようで勿体無く思いました。