ベルギーのダンスカンパニー Rosas の2年ぶりの日本公演は2演目が予定されていますが、 まずは、1960年代モダン・ジャズの名盤 John Coltrane: A Love Supreme (rec. 1964; Impulse!, 1965) を踊るというこの作品。 Rosas がジャズのレコードを使って踊ると言えば、 過去にも Miles Davis: Bitches Brew (Columbia, 1969) を使った Bitches Brew / Tacoma Narrows (2003) [鑑賞メモ] がありますが、 その作品でダンサーとしてだけでなくDJとしても活躍していた Salva Sachis が、この作品では振付としてクレジットされています。
Thomas Vantuycom が saxophone、Robin Haghi が piano、Jason Respilieux が bass、José Paulo dos Santos が drums と、 カルテットの各パートの演奏に4人のダンサーがそれぞれ関係付けられていて、 まるで各パートの演奏やパート間の関係によって動きが構成されたダンス作品でした。 まず、無音の状態で saxophone 役の Vantuycom が20分近くソロで踊った後、 A Love Supreme を編集することなく、4部構成そのまま流して踊りました。 Bitches Brew / Tacoma Narrows の時のように映像をくみあわせたりすることなく、 舞台美術の無いむき出しの舞台を使い、ライティングだけのミニマリスティックな演出だったので、 作品の基本的な構成がそのまま提示されるような、わかりやすい作品になっていました。 音楽をメインに据えたミニマリスティックな演出など Rosas らしいのですが、 その一方で Rosas にしては意外なと思うような事が多い作品でした。
動きは、リズムというか音の時間的な分節に合わせて動きの分節して合わせるような単純な「音ハメ」ではなく、 モードの音階の行き来やソロや伴奏などのパート間の関係性を、手先足先の動きや立ち位置などに置き換えていくようなものでした。 しかし、即興のベースとなる主題を提示する時に4人がユニゾンするように踊ったり、 ストリートダンス的なイデオムを使う的もあってか「音ハメ」的に動くように見える時もありました。 カッチリしたものではなく緩やかなものとはいえ、 以前であれば排されていたように感じたユニゾンや「音ハメ」もある程度許容しているように見えたのは意外でした。
また、音楽の構造を可視化していくようなダンスだったので、 各パートの役割分担というか、ヒエラルキーのようなものも可視化されてしまったようにも感じました。 あくまでも、主役は saxophone。 リズム隊はバッキングで、piano こそそれなりに目立つ動きをするものの、 ソロを取るときでも無ければ bass や drums は後ろの方で同じような動きで踊っていたり。 1960年代に入って、特にフリー・ジャズ以降、ジャズにおいても各パートの役割が流動的な作品が増えていくわけですが、 Coltrane がフリー・ジャズへ踏み込んでいく直前の A Love Supreme を音楽に選んた時点で、これは致し方無かったのかもしれません。 しかし、ダンサー間にバレエ的なヒエラルキーが感じられないというのも Rosas の特徴だと感じていただけに、 この点についても意外に感じました。
2005年に最初に制作したときは男女混成で踊ったようですが、この2017年の完成版は男性ダンサー4人。 その力強い動きは John Coltrane Quartet の迫真の演奏に負けていませんでしたが、 当時のジャズが持っていた男臭さ、マッチョさをも可視化してしまったようにも感じてしまいました。 クラッシック/現代音楽で踊っているときの Rosas は、性別に対してニュートラル、もしくは、 男性が踊っていても少々フェミニンに感じていたので、そういう面が見られたのも意外でした。
Rosas にしてはかなり意外に感じられた作品でしたが、楽しめなかったわけではありません。 特に Part III - Pursuance の冒頭、drums のソロに合わせて José Paulo dos Santos がソロで踊る様子を、残り3人が袖で見ている所から、 saxophone が主題を吹き出すところから3人が飛び込んで4人でユニゾンで踊りを決め、 続いて4人が思い思いの動きに散開していくような展開は、 このアルバムの格好良さを思いっきり可視化して見せ付けられたようでした。