TFJ's Sidewalk Cafe > Dustbin Of History >
Review: Metropolitan Opera, Phelim McDermott (prod.), Kevin Puts (comp.), Greg Pierce (libretto): The Hours 『めぐりあう時間たち』 @ Metropolitan Opera House (オペラ / event cinema)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2023/02/12
from Metropolitan Opera House, 2022-12-10.
Music by Kavin Puts, libretto by Greg Pierce.
Base on the book by Michael Cunningham (1998) and the Paramount Picture film (2002).
Production: Phelim McDermott.
Set and Costume Designer: Tom Pye; Lighting Designer: Bruno Poet; Projection Designer: Finn Ross; Choreographer: Annie-B Parson; Dramaturg: Paul Cremo.
Cast: Renée Fleming (Clarissa Vaughan), Kelli O'Hara (Laura Brown), Joyce DiDonato (Virginia Woolf), et al.
Conductor: Yannick Nézet-Séguin.
World Premiere: Metropolitan Opera, Nov. 22, 2022.
上映: 東劇, 2023-02-11, 14:30-17:45 JST.

Met Opera live in HD で1シーズンに1作必ず新作オペラを入れるのですが、その2022/2023シーズンの作品です。 Virginia Woolf の小説 Mrs. Dalloway 『ダロウェイ夫人』 (1925) に着想した1998年の同タイトル Michael Cunningham の小説と、 その2002年の映画化 (Directed by Stephen Daldry, starring Nicole Kidman, Julianne Moore, Meryl Streep) に基づくものです。 新作オペラという興味はあるものの、作曲家、演出家、元の小説に関する予備知識も無かったので、映画で予習をして臨みました。

この作品は3つの時代のそれぞれの1日の出来事を並行して描いています。 1つ目は1923年のロンドン郊外、Virginia Woolf が Mrs. Dalloway を書き出そうとする1日を描いています。 2つ目は1950年代 (小説は1949年、映画は1951年の設定) のロサンゼルス、主婦の Laura Brown が夫の誕生日パーティの準備をする1日を描いています。 3つ目は1990年代 (小説は1999年、映画は2001年の設定) のニューヨーク、編集者の Clarissa Vaughan) が担当の作家 Richard Brown (過去の恋人で、現在はAIDS闘病中) の受賞パーティの準備をする1日を描いています。 それぞれの日は、Laura Brown の愛読書が Mrs. Dalloway であること、 Laura Brown と Richard Brown が親子であること、そして、Clarissa の渾名が Mrs. Dalloway であることで、繋がっています。 パーティの準備や自殺など共通するモチーフがあり、これらの3つの日はそれぞれ Mrs. Dalloway の描く1日の変奏となっています。 3つの日は絡み合うというほど密に相互干渉せず、その日の中で生じる似た様な出来事を通じて響きあうようです。

3つの日に通底するテーマが同性愛で、 Virginia はそれを抑圧したまま (オペラでは描かれませんでしたが映画では後の自殺の原因と暗示される) ですが、 1950年代の Laura は作品で描かれた1日でそれを自覚し、一旦は自殺しようとするもののそれを止めます。 作品中には直接描かれないですが、Laura は後に家出し、そしてそれが息子 Richard のトラウマになっています。 1990年代の Clarissa は同性の恋人 Sally (この名は Mrs. Dalloway の登場人物と同じ) と同棲中です。 この時代では、主要な登場人物は皆、同性愛者かバイセクシャルかで、その性的指向を特に抑圧してはいないのですが、AIDSという形で悲劇がもたらされています。 そんな時代による変化などの違い、それでも似たような点などを、3つの日を並行して描くことで浮かび上がらせていくようです。

このような3つの日を並行して描くという複雑な構造を持つ作品を、 映画ではそれぞれの時代の場面を別々に撮影して複雑にクロスカッティングすることで実現していましたが、 流石に舞台ではそれはできないので、どのように舞台化するのかが興味の一つでした。 この演出では、舞台上にそれぞれの時代に対応した可動式の小舞台を作って、 それを出したり引っ込めたり横に動かして、主にその小舞台の中でその時代を演じていました。 そして、強く印象付けたい場面などに、その小舞台無しに舞台を広く抽象的に使います。 舞台全体を不完全ながら白い枠で囲んでいるということもあり、マルチウィンドウ画面を舞台上で実現したかのよう。 これにより、3つの日の間で視線を送ったり声を合わせて歌うなど、3つの日の間の関係をより直接的に描く––めぐりあうというより、響きあう––事ができていました。 ナレーション的なコーラスや、状況を示すダンスも付いて、3つの日が同時進行するという複雑さの割にわかりやすい、 スマートというより力技での解決という意味で、凄い演出でした。 しかし、複数の小舞台が舞台上に乗り、さらに、コーラス隊やダンサーたちも舞台上にいるため、 情報量が多すぎで視覚的にゴチャゴチャとしたものになってしまっていました。

映画では Philip Glass の音楽が使われていました。 Kevin Puts の音楽はミニマルな展開も使われていましたが、 例えば1950年代のシーンではジャズ的な要素が使われるなど、時代を説明するかのよう。 わかりやすくはあるのですが、 一貫してミニマルかつメロドラマチックに盛り上げる映画での音楽の方が好みでしょうか。 振付の Annie-B Parson は、 David Byrne's American Utopia (2019) [鑑賞メモ] で振付を担当していた振付家です。 ダンスは映像の中では背景に埋もれがちで、特に印象に残るほどでは無かったのは残念でした。

小説や映画、さらにその元となった Mrs. Dalloway を知らなくても付いていけそうな演出でしたが、 視覚的にも音楽的にも全体として少々説明的に過ぎるように感じてしまいました。 また、予習に映画を観たときにも感じたのですが、複雑な構造を追う際のパズルを解く様な面白さ、興味深さは確かにあるのですが、 それによる異化作用が強くて、秘めた愛 (性的な指向) や過去の選択への後悔のような (ある意味メロドラマチックな) 主題の方に入り込めませんでした。