3月に都内で開催されていた『オタール・イオセリアーニ映画祭』 [鑑賞メモ] が 横浜シネマリンでも開催されたので、 観たいと思いつつ見逃していた音楽関連の2本を含む中短編ドキュメンタリー3本からなるプログラムを観てきました。
ジョージアの伝統的なポリフォニーに関するドキュメンタリーです。 冒頭にジョージアのポリフォニーに関する全般的な概要が字幕で説明された後、 スヴァネティア [Сванетия], メグレリア [Мегрелия], グリア [Гулия], カヘティア [Кахетия] (映画中にキリル文字の字幕で示されます) の4つの「音楽的方言」が順に、中間字幕で区切られた4つのセクションで紹介されます。 歌の内容や各音楽方言の特徴に関するナレーションや字幕による説明は全く無く、 それぞれの地方の歌う人々や、人々の生活の様子のモノクロ映像に合わせて環境音と合唱が流れ続けます。 言われてみれば確かに雰囲気が違うと感じる程度にしか聴き分けられませんでしたが、 今までもジョージアのポリフォニーを聴いたことはあれど音楽方言があることを意識していなかったので、 そうだったのかと興味深く観ることができました。
ジョージア最大級の工場と言われた ルスタヴィ冶金工場 [რუსთავის მეტალურგიული ქარხანა / Rustavi Metallurgical Plant] の様子を捉えたモノクロのドキュメンタリー映画です。 20世紀半ばの自動化のほとんど進んでいない製鉄のプロセスとそこで働く工員たちを捉えています。 音楽が付けられているのはオープニングのオーケストラ曲とエンディングの弦楽曲くらいで、 工場の騒音がそのまま生かされています。 作家性を強く感じる程ではありませんでしたが、 身分を隠して4ヶ月工員として働きながら撮影したとのことで、 プロパガンダ映画のように工業の素晴らしさを称揚するわけでなく、 もしくは社会派ドキュメンタリーのように労働の過酷さを強調するわけでもなく、 淡々としたフラットな視線で撮られているように感じました。
ジョージアからフランス・パリへ拠点を移した後の Iosseliani が1982年夏にフランス領バスク (Pays basque français) を訪れ、 エレット (Hélette) の神の祭とパゴル (Pagolle) の住民が総出で行う牧歌劇 (pastorale) « Pette Basabürü » の準備と上演の様子 (と映画中で説明されないが、海外も含めこの映画の紹介テキストに書かれている) を捉えた、 フランスのテレビ局 France 3 のために制作されたドキュメンタリーです。 他の Iosseliani ドキュメンタリーと同様、解説のナレーションやアフレコの音楽はほとんど使われず、 祭や牧歌劇の際の歌声や楽器音、環境音がほぼそのまま使われています。 解説が無いので、どういう場面なのか捉えかねる箇所も少なからず。 牧歌劇にしても住民たちが自分たちのために上演するものであってアート/エンタテインメント的な意味で本格的な洗練された演技・演出ではありませんし、 伝統的といってもキリスト教的なものではありますが、ヨーロッパ各地の伝統的な音楽や舞踊の一つとして、 その音楽、舞踊や舞台、そしてその背景にある村の様子を興味深く観ました。
冒頭部しばらくはモノクロなのですが、モノクロで捉えた山村の様子に、 バスクにもある地声のポリフォニーが添えられると、まるで『ジョージアの古い歌』や პასტორალი [Pastorali]『田園詩』(1975) [鑑賞メモ] でのジョージアの山村を観るよう。 思えば、邦題は『田園詩』ですが原題は牧歌劇という意味もある単語です。 『ジョージアの古い歌』、『田園詩』、そしてこの『エウスカディ、1982年夏』に、 一貫した Iosseliani の興味関心と美意識も感じることができました。