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Review: 田坂 具隆 (監督) 『月よりの使者』 (映画); 田坂 具隆 (監督) 『更生』 (映画); 田坂 具隆 (監督) 『愛の町』 (映画); 三枝 源次郎 (監督) 『特急三百哩』 (映画); 島 耕二 (監督) 『暢気眼鏡』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2024/10/15

国立映画アーカイブでは上映企画『没後50年 映画監督 田坂具隆』を開催中です。 田坂は、1924年に日活大将軍 (京都) へ入社、1927年に監督となり、戦後1960年代まで活動した監督です。 まずは、11日、12日にサイレント映画を伴奏付き (1本は弁士も) で観てきました。

『月よりの使者』
1934 / 入江ぷろ, 高田稔プロ, 新興シネマ / 147 min. / 35 mm (16 mmからの復元) / サイレント / 白黒.
監督: 田坂 具隆; 原作: 久米 正雄.
入江 たか子 (野々口 道子), 高田 稔 (弘田 進), 水原 玲子 (山形 弓子), etc.

溝口 健二 『滝の白糸』 (入江ぷろ, 新興キネマ, 1933) [鑑賞メモ] に続く 入江 たか子 主演作、 相手役は 高田 稔 で、スター2人の独立プロダクションによる製作です。 結婚を約束した恋人が結核に罹り自殺してしまったことを契機にサナトリウムの看護婦となった道子 (入江) と、 彼女の働く八ヶ岳・富士見高原のサナトリウムで療養していた進 (高田) の、この2人の間の愛を描いた約2時間半の長編メロドラマ映画です。

進に許嫁、後に妻となる弓子がいるということはありますし、道子へ寄せられる一方的な好意もあったりしますが、 結婚の障害となるような階級・貧富差や周囲の反対ははっきりとは描かれません。 むしろ、修道女のように生きようという道子のこだわりが2人の愛の道に塞がる苦難を作り出し、それを通して道子の気高さを描くようでした。 進をめぐる道子のライバルに当たる弓子の描写が薄く魅力的な人物として描かれておらず、 道子をめぐって進のライバルになるような男性も登場せず、恋愛の綾を演出するような展開がなく、 男女の運命のままならさ、やるせなさのようなものを感じさせません。 そんなこともあり、メロドラマとしては物足りないものがありました。

しかし、高原を疾走する汽車列車を捉える構図やサナトリウム内や後半の刑務所内での道子 (入江) を捉える構図などモダンな構図も良いですし、 高原や海岸の風景や、象徴的な花の使い方、そんな中で絵になる 入江 (特に修道女のような看護婦白衣姿) や 高田 の存在感など、 画面の美しさを堪能することができました。 当時のモダンな風俗を感じさせる要素があまり映り込みませんでしたが、舞台がサナトリウムや刑務所だったりするので仕方ないでしょうか。

『月よりの死者』は、弁士 片岡 一郎、ピアノ伴奏 柳下 美恵 で観ました。 予定されていた弁士が急病のため急遽変更での登板でしたが、そつなくこなしていて、さすがです。

『更生』 (ダイジェスト版)
1927 / 日活大将軍 / 10 min. / 35 mm (17.5 mmからの復元) / サイレント / 白黒.
監督: 田坂 具隆.

現存する最古の 田坂 監督作品です。 10分のダイジェスト版ですが、断片ではなく、粗筋が追えるよう編集されていました。 恐喝しようとして金を恵まれた貧しい男がそれを契機に更生して事業者として財を成す一方、 金を恵んだ富豪は火災で没落するが、没落した一家を見つけ出し恩返しを果すという物語です。 後の『愛の町』にも繋がる雰囲気が感じられましたが、これだけでは絵や物語の面白さはなんとも言い難いものがあります。

『愛の町』
1928 / 日活太秦 / 105 min. / 35 mm / サイレント / 白黒.
監督: 田坂 具隆; 原作: エクトル・マアロウ.
三桝 豊 (社長 菊池伝右衛門), 夏川 靜江 (孫娘 輝子), 南部 章三 (技師 手塚次郎), et al.

『ペリーヌ物語』としてTVアニメーションシリーズ化もされた小説 Hector Henri Malot: En Famille 『家なき娘』 (1893) の翻案です。 満州で貧困の中で父を亡くした輝子は、日本へ帰る船上で到着する間際に母も亡くし、母の遺言に従い父を勘当した工場経営者の祖父を訪れます。 駆け落ちした両親に対する祖父の怒りを知り、輝子は身分を隠して祖父の工場で働きますが、 秘書として働く中で頑なだった祖父の心を解きほぐし、和解するという物語です。 優しさと誠意を持って接すること通して祖父の心を和らげていく過程を、 工場の劣悪な労働・生活環境と対立的な労使関係からの労使協調しての労働・生活環境改善と重ねていきます。

資本家と労働者の対立を背景に祖父と孫娘の私的な和解に工場での労使協調・労働環境改善を重ねて描くというストーリーだけでなく、 特に、職工町の火災で助けを求めて社長宅へ押しかける労働者やその家族たちの群衆の描写や、労使和解後の溌溂とした労働者たちの描写、画面の絵作りなど、 ロシア・アヴァンギャルドの映画や Fritz Lang: Metropolis『メトロポリス』 (1927) も想起させるところがありました。 1928年というほぼ同時代にこんなモダンな映画が日本で撮られていたのか、と。 しかし、労使和解はラストの大団円で象徴的に描かれ、改善された職工町は遠景のみ、ディテールが描かれなかった点は、少々物足りなく感じました。

また、ロシア・アヴァンギャルド映画にありがちな闘争のマッチョさはこの映画には無く、 むしろ、『月よりの死者』とも共通するような花を用いた演出など、 夏川 靜江 演じる輝子の可憐さ、健気さを引き立たせる描写も目立ちます。 原作にはないこの映画オリジナルのプロットですが、 祖父との和解、労使関係の改善に加えて、輝子と技師 手塚の間の恋も控えめに、しかしラストは結婚という形で絡めます。 そういう点はむしろ世界名作劇場的というか、少女小説・少女漫画的にも感じられ、そこに良さを感じました。

実は、TVアニメーションシリーズ世界名作劇場『ペリーヌ物語』 (1978) と同じ原作だとはすぐには気付きませんでした。 小学生時代 (1974-79) に世界名作劇場を観ていましたが、後に再放送などで見直す機会があった 『アルプスの少女ハイジ』 (1974)、『母をたずねて三千里』 (1976)、『赤毛のアン』 (1979) 以外は、 『ペリーヌ物語』だけでなく他の作品も言われてみればそうだったかなと思う程度でほとんど覚えていないということに気付かされました。

『更生』と『愛の町』は併映で、共にピアノ伴奏 天池 穂高 で観ました。 『愛の町』ではサイレントであることを忘れるほど没入して観て、エンディングでは思わず涙ぐんでしまいました。

『特急三百哩』
1928 / 日活大将軍 / 93 min. / 35 mm / サイレント / 白黒.
監督: 三枝 源次郎.
島 耕二 (森 茂), 瀧花 久子 (おみよ), et al.

田坂が助監督時代に師事したという 三枝 源次郎 の監督作品で、田坂の妻 瀧花 久子 がヒロインを演じています。 将来を嘱望された優秀な若手の蒸気機関手 森 茂 と、幼くして売られて心ならず曲芸団員となった娘 おみよ の間の、 曲芸団に おみよ を連れ戻そうとする曲芸団長や列車運行のための 茂 の職務などの障害を乗り越えていく、2人の恋路を描いています。 貧しいながらも実直で人情味も感じさせる恋路の描写に、こういう所を田坂は引き継いだのかと思うところもありました。 しかし、鐵道省の後援で製作されたという事で、やはり、運転操作なども本格的な描写で迫力のある蒸気機関車、列車を捉えた場面が、この映画の一番の見どころでしょうか。

『暢気眼鏡』 (不完全)
1940 / 日活多摩川 / 29 min. / 35 mm / 白黒.
監督: 島 耕二; 原作: 尾崎 一雄.
杉 狂児 (眞木 太郎), 轟 夕起子 (妻 芳枝), 山田 治子 (娘 和子), et al.

先の『特急三百哩』の主演の、そして田坂の映画での主演も多かったという 島 の監督転身後の作品で、芥川賞受賞作の映画化です。 貧乏小説家 眞木 と妻と娘の三人暮らしをユーモラスに描きます。 全78分中現存する29分の上映ということで、コミカルな場面を集めたスケッチ集のよう。 その描写は松竹大船の小市民映画にも通じる所があるかなと思いつつも、機微を捉える繊細な日常の描写に代えて、喜劇的な表現に置き換えたように感じられました。

『特急三百哩』 と『暢気眼鏡』 は併映で、「田坂監督ゆかりの人々とその作品」という枠での上映でした。 サイレントの『特急三百哩』は伴奏 神﨑 えり で、鉄道映画ということで、『鉄道唱歌』の変奏を織り交ぜつつ、ピアノだけではなく時にピアニカも交えていました。