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Review: 内田 吐夢 (監督) 『限りなき前進』 (映画); 伊奈 精一 (監督) 『母に捧ぐる歌』 (映画); 伊奈 精一 (監督) 『家なき娘』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2024/11/17

国立映画アーカイブの上映企画『没後50年 映画監督 田坂具隆』も後半。 16日に「田坂監督ゆかりの人々とその作品」からの2プログラムを観てきました。

『限りなき前進』[改篇版]
1937 / 日活多摩川 / 77 min. / 35 mm / 英語字幕付 / 白黒.
監督: 内田 吐夢, 原作: 小津 安二郎.
小杉 勇 (野々宮 保吉 君), 轟 夕起子 (野々宮の娘敏ちゃん), 滝花 久子 (野々宮の妻), 江川 宇礼雄 (北 徳昭 君), etc.

小津 安二郎が「愉しき哉保吉君」として企画したものの松竹では実現できず、内田 吐夢 が日活で映画化したものです。 元々99分の長さがあったものの、戦後のリバイバル公開の際にハッピーエンドになるよう改変され、 1954年に内田が中国から復員した後、改変版から意に沿わない部分を削除して本来の演出意図を字幕にして挿入したといいます。 今回上映されたものは、その英語字幕版77分でした。 そんな経緯のある映画で映画本での言及や資料展示では度々目にすることはあったので、これも良い機会と観ました。

小杉 勇 演じる50代半ばのサラリーマンが定年制の施行により退職となり人生設計が狂う様を コミカルに描いた小市民映画です。 物価上昇や娘の嫁入りの準備などに苦慮しつつのサラリーマン生活の描写はいかにも小津らしく、それを奇を衒わず映像化していました。 しかし、急遽定年退職を言い渡されるも、その現実を受け入れられず、部長に昇進したという妄想に取り憑かれてからは、ほとんど妄想の中の場面しか残っていませんでした。 現実と妄想が交錯するようなプロットは小津だけでなく松竹大船の映画で見らるようなものではなく、それをどう映画化したのか興味を引かれるだけに、その点が惜しまれます。

このプログラムでは、併映で『トーキーステージ竣工式実況』 (日活, 1936, 10 min.) も上映されました。 こちらは式の様子というより当時最新の鉄筋コンクリート建てのステージの様子が伺える点が興味深い物でした。

『母に捧ぐる歌』
1939 / 新興キネマ東京 / 71 min. / 35 mm / 白黒.
監督・原作: 伊奈 精一.
髙野 由美 (戸崎 紀子), 杉山 美子 (娘 光子), 美鳩 まり (幼稚園の先生 佐々木 春江), 宇佐美 淳 (その兄で作曲家の隆一), 菅井 一郎 (紀子の義父慎介), 浦辺 粂子 (その妻里子), etc.

様々な家の事情を超えて童謡歌手デビューを果たす少女、そしてそれを通しての一家の和解をを描く、 主題歌『母に捧ぐる歌』をフィーチャーした歌謡メロドラマ映画の童謡版です。 女給ゆえに亡夫の実家に受け入れられず娘から引き離される、というのも戦前映画らしいプロットでしょうか。 はっと目を引くような場面はありませんでしたが、ストーリーも演出も堅実で、メロドラマらしく泣かせる映画でした。

伊奈 精一 は 田坂 具隆 と同じく1926年に日活で監督デビューし、長年交友関係があった縁でこの企画に取り上げられたようです。 『母に捧ぐる歌』の併映で以下の映画の部分も上映されました。

『家なき娘』[部分]
1939 / 新興キネマ東京 / 32 min. / 35 mm / 白黒.
監督・原作: 伊奈 精一.
美嶋 まり (マリ子), 大井 正夫 (祖父 間宮重造), 浦邉 粂子 (重吉の乳母 お米), 淡島 みどり (飯島 時子), 宇佐美 淳 (時子の許嫁 相川), etc.

小説 Hector Henri Malot: En Famille 『家なき娘』 (1893) の翻案映画化です。 同小説に基づく 田坂 具隆 『愛の町』 (日活太秦, 1928) [鑑賞メモ] との翻案や演出の違い、 特に戦時色濃くなる1939年という時代にパターナリズム的とはいえ労働問題を扱った原作をどう翻案したのかという興味がありました。 上映されたのはオリジナル73分のうち断片的に残存した中間部分32分で、上映された部分もかなり傷が多いものでした。 主人公の父親にして社長の息子の葬式以降の労使対立やその後の労働環境改善の場面がほとんど残っておらず、それらがどう描かれたのかは伺えませんでした。 『愛の町』との翻案の相違点といえば、『愛の町』ではあまり目立たなかった工場での Perrine の親友 Rosalie 相当の役が時子として、また、 Perrine の味方となる技師 Fabri に相当する相川が時子の許嫁という関係となっていました。 『母に捧ぐる歌』と同じ年に同じ監督とスタジオで撮られ出演俳優も美嶋 まり、宇佐美 淳、浦邉 粂子など重なっており、『家なき娘』の断片からも似た雰囲気を感じました。

上映企画『没後50年 映画監督 田坂具隆』で足を運んだのは 前半10月の3プログラム [鑑賞メモ] と合わせて5プログラム。 田坂 具隆 『愛の町』 (日活太秦, 1928) に出会えたのは良かったのですが、 田坂 具隆 監督作品を3本 (うち1本はダイジェスト版) しか観られませんでした。 戦前日本映画はここ10年余り現代劇映画中心にそれなりに観てきましたが、松竹がメイン、次いでPCL/東宝で、それ以外はあまり観られていませんでした。 この上映企画で日活や新興キネマの映画を観て、少し幅を広げることができたでしょうか。