セリフをぼぼ使わない映画を撮ることで知られるドイツの映画監督 Veit Helmer の新作は、 グルジアの山間の村の谷を渡るロープウェイのゴンドラを舞台にした、女性乗務員2人が主人公のロマンティックなコメディです。 父の死をきっかけに戻った村でロープウェイの乗務員と働き始めた Iva と、 航空会社の客室乗務員を志望している先輩乗務員 Nino の、2人の間の関係をセリフを使わずに描いていきます。 最初のうち、ロープウェイを行き来しながらチェスをするあたりまでは、長閑な田舎でのちょっとギクシャクしつつの微笑ましい交流かなというところですが、 相手を喜ばすために仮装したりゴンドラを改造するようになるあたりから、次第にリアリズムから外れてファンタジー色濃くなります。 中盤頃までは2人の間の関係、気になる相手から次第に好意を寄せる相手に、そして、仲違いから仲直りへ、などの二人のロマンチックな関係の機微を、 表情や仕草、音楽や環境音はもちろん仮装やゴンドラ改造の方法などを使って、微笑ましくもコミカルに描いていきます。 しかし、終盤に入って、それまで駅長 (Chef) に乗車拒否されていた車椅子の男をゴンドラから吊り下げて谷を渡らせてあげるあたりから、 シスターフッドによる現状の打破というほど強いものではないですが、現実からの飛躍が寓話的に描かれます。
登場するゴンドラが Veit Helmer の親友だったタジキスタンの映画監督 Бахтиёр Худойназаров [Bakhtyar Khudojnazarov] [関連する鑑賞メモ] Кош ба кош [Kosh ba kosh]『コシュ・バ・コシュ 恋はロープウェイに乗って』 (1993) と同じ型式のもので、 ファンタジー色濃い展開になってからは Лунный папа [Luna Papa]『ルナ・パパ』 (1999) も思い出させられました。 Бахтиёр Худойназаров [Bakhtyar Khudojnazarov] の作風から、 ポストソ連の混乱に対する風刺 (とセリフ) を抜いて、優しい寓話に寄せたような作風に感じられました。 セリフを使わず状況と動きでクスッとした笑いをとる所は Jacques Tati も思い出します [関連する鑑賞メモ]。 相手の気を引き喜ばせるための仮装やゴンドラ改造、車椅子の男に谷を渡らせること、ラスト近くの村人総出の鳴り物演奏も添えられた夜のゴンドラパーティの場面などは、 ファンタジックなクレイアニメーションなどで使われそうな表現でもあります。 しかし、そういったことを実写でこんなにチャーミングな映像にできるのか、と。 もう少し風刺を効かせてもいいのではないかとも思いつも、このご時世、この邪気のない浮世離れ感が貴重に感じてしまいます。
派手な映像効果演出は無くファンタジックな場面でも手作り感満載で、そこが味わい深いのですが、 当初予定していたロープウェイが故障で使えず、代わりのロープウェイは単線だったため、ロープウェイのすれ違いの場面などはコンピュータでの合成とのことでした。 駅の乗り場が片面しかないので少々不自然に感じていたのですが、そういうことかと。
監督の Veit Helmer は Чулпан Хаматова [Chulpan Khamatova] 出演作を度々撮っているので名は知ってましたが、作品を観るのは初めて。 こんな面白い映画を撮る監督と知り、今まで観ていなかったことを悔やみます。 Tuvalu (1999) や The Bra (2018) など、他の作品も特集上映して欲しいものです。