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中之条ビエンナーレ 2009

Text Last Update: 2009/9/23 | 撮影 on 2009/9/21
群馬県中之条町内
2009/08/22-09/23, 9:30-17:00.

中之条ビエンナーレ 2009は、 群馬県北西部に位置する中之条町で開催されている里山を舞台としたアートイベントだ。 2007年に第1回が開催されているが、全くノーチェックだった。 第2回の会期が始まってから気付き、会期末が迫った休日の21日に観てきた。 吾妻線中之条駅前のA地区 (商店街)、中央のB地区 (嵩山)、東のC地区 (故郷養蚕)、 西のD地区 (四万温泉)、E地区 (沢渡温泉) と 10km 四方の山がちな里山に会場が広がっており、自動車無しに見て回るのは困難だ。 越後妻有トリエンナーレ程大規模ではないけれども、 参加作家数も100人を越えており、全部回ろうとしたら2日は必要な規模だ。 実行委員会が運行するツアーバスの温泉コースを使って観て回ったので、 コースから外れたC地区以外の4地区を、一日でほぼコンプリートに効率よく回ることができた。 よく晴れたけれど、すっかり秋になって暑くもない。天候も恵まれ、 里山アートツアーを満喫することができた。

参加作家は日本人もしくは日本を拠点とする作家のみというドメスティックな顔ぶれで、 2000年代以降の日本の大型のアートイベントでよく名前を見る有名な作家も少ない。 そんなこともあって、さほど期待せずに観に行ったのだが、期待以上に楽しめたアートイベントだった。 都内のコマーシャル・ギャラリーやアートフェアでは平面作品や小物の立体が主流となっている [レビュー] けれども、 そこではマイナーなジャンルとなりつつある大規模な立体やインスタレーションの作品が 出展作品のほとんどを占めていた。 それも、1970s-1980s生の参加作家が多く、 若い世代でもこのような作品に取り組んでいる作家はたくさんいるんだと気付かされた。 確かに、越後妻有トリエンナーレ など他の国際アートイベントで観たことがある作品の 素朴なヴァリエーションと感じてしまうような作品もあったし、 社会的に当たり障りの無いテーマの作品がほとんどだった点も物足りなかった。 しかし、都内のアートフェアを回るよりも、このようなイベントに足を延ばした方が、 興味深い若い作家に出会えるのかもしれない。そんなことに気付いたことも収穫だった。

各会場の受付も地元のお年寄りが中心で、地元の普通の家族連れらしき観客も多く、 第2回にして地元とうまく密着できているな、という印象を受けた。 もちろん、越後妻有トリエンナーレの成功とその後のアートイベントの流行もあり、 理解を得やすくなっているということもあるだろう。 ビエンナーレという形のイベントをやろうというきっかけとしては越後妻有などがあったのだろうと思うが、 1998年に吾妻美学校を開きそこを拠点に制作をする作家達がいたこと、 2001年から続く伊参スタジオ映画祭のような先行イベントが既にあったことも、 うまく定着している一因だろう。

後半は体力的にきつくて余裕が無くなったこともあると思うが、 最初に見たA地区に印象に残った作品が多かった。 特に、旧廣盛酒造の酒蔵を使った展示は、少し暗めのハコの雰囲気の良くてとても楽しめた。 中でも、藤井 達矢「こたつみかん」のインスタレーションは、 宙を舞う炭化したミカンの皮、赤外線ランプ様の赤みがかった明かりに、 底なしかのような水槽 (実は墨汁で深さが判らないようにしているだけで数センチの深さだとか)、 などが、冬の定番の団欒というテーマも吹っ飛ぶような幻想的な空間を作りだしていた。 この「こたつみかん」は、旧廣盛酒造だけでなく、 E地区の沢渡温泉官舎山の小屋やハイキングコースにも作品を展開しており、 そちらは、小技の利き方 (冬の団欒を表すため正月飾りも使ったり) がむしろユーモラス。 酒蔵と山の中という空間的な異質さとその仕上がりのコントラスト、 そしてそれらを炭化したミカンの皮やコタツという記号でシュールに関係付ける所も、面白かった。 ちなみに、藤井 達矢 はこの秋、地元で 西宮船坂ビエンナーレ 2009 を開催するという (10/25-11/23)。 このような各地のイベントが連携しネットワーク化されていくと、面白くなるのかもしれない。

次いで印象に残ったのは、 鈴木 孝幸「place/fog」。 といっても、砂の山とその制作途中と思われる映像を対比させた旧廣盛酒造のインスタレーションを 観たときは、それほどピンとこなかった。 しかし、その後、D地区の旧第三小学校の、校庭に大きくうがかれた窪みと、 そこから掘り出された石を教室に積み上げたものからなるインスタレーションを観て、なるほどと。 作家一人でたった2日間で運び込んだなんて話をボランティアに聞いたこともあるのかもしれないが、 その物量よるインパクトはもちろん、2つを繋ぐことによりプロセスや作業量を浮かび上がらせている。 そして、振り返ると、校庭の四角い窪みは旧廣盛酒造の映像モニタの対比になっているのかな、と。 そして、量感やプロセスの浮かび上がらせ方を違えつつ、 頂点に棒状のものを立てた山という形で2会場のインスタレーションを結ぶことにより、 そのコンセプトを浮かび上がらせる所が面白かった。

藤井 達矢 にしても 鈴木 孝幸 にしても、 シリーズ化した作品を複数展示したことによる印象の強さというのもあると思う。 シリーズ化により作品のコンセプトが明確になり面白く感じるということもあるだろう。 しかし、このようなイベントでこの規模のインスタレーションを複数サイトでシリーズ制作してしまう そのバイタリティも、素晴らしいと思う。

A地区では、旧廣盛酒造の他に、中田木材の製材所を使った展示が面白かった。 中庭に錆の浮いた金属板を配して白いテーブを張り巡らせた 東城 信之介 の作品も奇麗だった。 しかし、木材の作り出す空間自体が手を加えなくてもそのままインスタレーションを 施したかのようになっていた、ということもあったと思うけれども、 そんな中に視線を誘導するかのように茸か粘菌のようなオブジェを配した 崔 允美 の作品が気に入った。

A地区の後は、B地区 (嵩山) へ移動。 旧五反田学校の平屋のこじんまりとした旧校舎に 藤井 龍徳 と 清岡 正彦 の2人が大掛かりなインスタレーションを施していた。 廃校跡を使った展示は中之条ビエンナーレ内に何カ所かあったのだが、 この会場は全体として作品が勝っていて一番面白かった。 周囲に 藤井 龍徳 による丸木の柱が林立していたのだが、 校舎入ってすぐの「イヤナンデス」と沢山書かれたインスタレーションを観ると、 何が嫌なのかまでは読み解けなかったけれども、 その「イヤナンデス」パワーを校舎全体から発しているようにも感じられた。 その奥の 清岡 正彦 の舟をモチーフとしたインスタレーション3部作は、 乾、湿、凍を人気が失われた雰囲気も含めて対比させたような所が良かった。

昼食を食べた 道の駅霊山たけやま では、 嵩山の巨大な岩から道の駅に張られたワイヤーに、 サクサベウシオ による巨大なオブジェが吊るされていた。 今回観た作品の中で最も大掛かりなもの。 いかにも重そうな大きな石や鉄板が青空に浮かぶ姿は、さすがにインパクトがあった。 石が頭で波打つ細長い鉄板が胴の龍が、霊山の岩山へ向かう、といったところか。 この作品のためにワイヤーを張ったのだとしたらそれはすごい、と思ったが、これは常設とのこと。 5月にはこのワイヤーに鯉のぼりがかけられたりしているとのことだった。

映画祭もやっている伊参スタジオ (旧第三中学校) で印象に残ったのは、 校庭に鳥の水たまりを作った 大和 由佳。 さらに2階の1室に、床にクリアな塗料で同じ大きさの鳥を描き、それを繋ぎとめるように紐を張る というインスタレーションもしていた。 繋がれた鳥と解き放たれた鳥という対比のようでもあり、 教室と校庭を繋ぐ「水路」を暗示するようでもあり、そこが面白かった。

B地区の後はE地区 (沢渡温泉) で 藤井 達矢の 「こたつみかん」 など。 で、最後にD地区 (四万温泉) へ。 旧第三小学校会場に多くの作品が展示されていたが、 鈴木 孝幸 「place/fog」以外で最も印象に残ったのは、 梅木 隆 のサウンドイスタレーション。 教室の床はふわふわした人工毛皮が敷かれ、 天井からカラフルな丸い色厚紙を付けた紐がたくさんぶら下がっている。 その丸い色厚紙に混じって、厚紙のように着色された小さく薄いスピーカーが仕込まれており、 色厚紙付きの紐をかきわけて進むと、 そこからかつての教室を思わせるような音が小さくさわさわっと聴こえるようになっている。 正直、去年の横浜トリエンナーレで観た Cerith Wyn Evans and Throbbing Gristle: “A=p=p=a=r=i=t=i=o=n” [写真] のポップで感傷的なヴァリエーション、と最初は思ったけれども、 スピーカーを探しながらはしゃいで楽しむ子供たちを見ていて、 これはこれで良いかもしれない、と思った。

温泉街に展開した展示や、あちこちにさりげなく置かれている ビエンナーレ総合ディレクター 山重 徹夫 と地元の方々による動物を象った白いオブジェも楽しんだ。 「四万あかり」は時間が合わずに観ることができなかったけれど。 しかし、四万温泉では作品よりも温泉街の残している昭和の雰囲気そのものを楽しんでしまったように思う。 県重要文化財となっている繊細な木造建築の積善館も 風情があっていいなあ、と。

こんな感じで、朝10時半から夕方18時まで、ひたすら作品を見て回る充実したバスツアーだった。 四万と沢渡と2つの温泉がエリア内にあるのに、日向見足湯でなんとか足湯に入るのがやっとの行程だった。 直前に行く事を決め、現地の状況もよくわからなかったので、宿泊せずに日帰りにしてしまったが、 ゆるいながらいい感じのアートイベントで、風情のある温泉街もあるなら、一泊旅行にしても良かったかな、と。 一人で泊まるとちょっと高く付きそうだけど……。