Simon Reynolds, "Independents Day: Post-Punk 1979-1981" を読み終えたので、軽く読書 (?) メモ。
Reynolds は、post-punk の始まりとして、1977年夏に Capital Radio が放送した Johnny Rotten のショーを挙げているわけですが、 punk のドキュメンタリーの名著 Jon Savage, England's Dreaming (1991) にもこれは出てこなかったように思うし、こんな放送があったのかぁ、と。 ちなみに、post-punk の終りとして、 1981年の New Romantic や Goth (Positive Punk) の登場を挙げてますね。 確かに、post-punk を肯定的に特徴付けるような名アルバムは 1979-1981 の間にほぼ出揃っていると思いますが。 ピークだけを切り出し過ぎているような気もします。 というか、post-punk のモダニズム的前衛という面を強調するとそうなるのかな、と。 1980年代前半にだって、それなりに面白い音がインディーズ界隈から出てましたし、 New Romantic なんか「反動のポストモダン」というか、 punk 以降ならではの一種のリアクションとして捉えられるように思いますし。 post-punk の動きが拡散して減衰していく1980年代前半くらいまで 視野に入れてもいいように思ってしまいました。
「私が失望したことといったら、Pistols と Clash がメジャーと契約したことだ。」 という Goeff Travis の言葉を引用して、 punk 以降ならではの独立系レーベル「インディーズ」について多くを割いているわけですが、 どうも肯定的に書かれ過ぎているような気がして、違和感を覚えました。 確かに、この文章の扱っている期間である1980年前後に限れば、肯定的な意義があるとは思います。 しかし、post-punk 期に登場した「インディーズ」については、 その後の1980年代後半〜1990年前後のドタバタと、1994年のインディーズ・イデオロギーの終焉まで視野に入れて総括しないと、 バランスに欠くんじゃないかなぁ、と、僕は思っています。
Manchester、Scotland、Liverpool と London 以外のシーン、というのも、 post-punk の特徴として取り上げられていて、 シーン毎の rock 的なものに対するスタンスの差異とか纏めているのは面白いですね。 で、「1979年から1981年の間ずっと、週刊の音楽紙は、 街ベースの新しいシーン ―― 次の Leeds、次の Sheffield を 見つけることを競い合っていた」って状況だったんですね。ふむふむ。
あー、やっぱり、post-punk の音楽を語る際に Leeds 一派 + α (Gang Of Four / Mekons / Delta 5 / Au Pairs) は外せないですよねぇ。それなのに、再発とかろくにされていないわけですが…。 それから、確かに、Rough Trade 時代は僕も大好きですけど、 Scritti Politti に多くを割いているのは、ちょっと意外でした。 けど、Scritti Politti の Green Gartside が、London Musicians Collective (Evan Parker や Derek Bailey のいた free improv. の拠点) を「形式主義」 (アートのためのアート) だと断罪していた、 というエピソードが、その時代を感じさせてくれて、ちょっと感慨深いです。
ということで、違和感を覚える記述もありましたが、興味深く読むことができました。 本になるのが楽しみです。日本語の翻訳も出るといいなぁ。